それだけでよかったんだ
●
ゲート突入したメンバーは、入口から長く続く廊下を駆け抜けていた。
(旅人さん、無事だったか。居場所がわかったのなら、急いで救出に行かないと)
若杉 英斗(
ja4230)は内心でそう呟きつつ、辺りの気配を探る。
「突入前に学園に確認したら、どうやらエンハンブレからカーラが抜けだしたらしい。……目的地は俺達と同じかな」
「可能性は十分過ぎるってくらいあるね。っつーかタイミング良すぎだし」
月居 愁也(
ja6837)も周囲を警戒しながら、奥へと歩み進む。今のところ目立った敵影はないが、最深部まですんなり行けるとも思えない。
「要するに、お邪魔キャラより先に迷路を攻略シて、お姫様を助け出せばいいんダろ?」
紅一点の狗月 暁良(
ja8545)は、いつもの不敵な笑みを浮かべ。
「ま、こう言うのゲームみたいで嫌いジゃないゼ。お姫様男だけどナ」
「名乗らぬ電話…この既視感(」
このパターン何度目だろうと加倉 一臣(
ja5823)が思い起こす隣で、小田切ルビィ(
ja0841)は首を捻った。
「なんつーか…いまいち意図が見えねえんだよなあ」
旅人を救出させるだけなら、わざわざこんなことをする必要がない。しかもカーラまでもがここへ向かっているとなれば、何かしらの裏を疑うのは当然のことだった。
「連絡してきた”誰かさん”は、俺たちに何をさせようとしてるのかねえ…」
一臣の呟きに、鷺谷 明(
ja0776)はいつもの笑みを浮かべ。
「普通に考えれば、私らとカーラを戦わせようとしているんだろうけど。まあ西橋君の元へ辿り着けば、答えも見えてきそうな気はするねえ」
そんな友人たちを見やりつつ、アスハ・A・R(
ja8432)は阻霊符を展開させた。
「さて、サポーターとして見させてもらう、か」
今回参加したのは、彼らがやろうとしていることを支援するため。そのための準備(色んな意味で)も万端だ。
その後方では、黒羽 拓海(
jb7256)が内心で呟いていた。
(何を信じ、何と戦えば良いのか…最近はそんな迷いを抱えていたが、愚問だったな)
正義とは何か。
自分本当に戦うべきものは何なのか。
多くの戦いを通して敵としての天魔を見てきたからこそ、迷いが生じていた。けれど。
「己を信じて大切なものの為に戦う。それだけだ」
自分にはそれしか出来ないし、たぶんそれでいいのだとも思う。
(とにかく今は旅人さんの救出に集中しよう。言いたい事もあるしな)
ひたすら全力移動で進んで来た一行は、最初の分岐点にさしかかった。
「このゲート広いですね…。だいぶ進んだはずなのに、まだまだ先がありそう」
英斗の見やる先、分岐したどちらの道も先が見えないのは、さらに入り組んでいる可能性を示していて。
「じゃあここからは、二手に分かれますか」
そう言って一臣は銃を構えると英斗へ向ける。マーキングをして他班の位置情報を把握するためだ。
「いくぜ若ちゃん!」
「さぁ、撃つがいい!」
\パァン/
「……ここはツッコんだほうがいいのカ?」
スルーしない暁良の優しさに、全撃退士が涙した。
※※
その頃、ゲート入口にひとりの少女が現れた。
紫水晶の瞳が奥へと伸びる廊下を見つめ、わずかに力がこもる。
「……兄様より先に見つけないと」
次の瞬間、その足は一気に地を駆け抜けていく。桃色のボブヘアーが弾むように揺れた。
●青班:一臣、愁也、アスハ、拓海
「……よしっと」
行き止まりから戻って来た愁也は、分岐点の壁に向かってスプレーを噴射した。
青色の×印を描き、この先が行き止まりであることを記しておく。
「予想以上に広いですね。敵が大したことないのが救いですが…」
拓海の言葉通り出てくる敵は弱いものの、迷路のような地形のせいで自分がどの辺りにいるのかすらわからなくなってくる。
「この感じだと、迷ってるのは俺達だけじゃないだろうね」
苦笑する一臣の隣で、アスハはメモとペンでざっくりとマッピング。地図と通路を見比べると、いきなり壁に向かって蹴りを入れた。
「ちょ、アスハさんいきなりどうしたの?」
ぎょっとなる愁也の目前で、アスハは蹴飛ばした箇所を指さし。
「この壁壊せそうじゃない、か?」
どうやら長く放置されたせいで強度が下がったのか、亀裂が生まれている。今度は魔法攻撃をぶつけてみると、壁の一部が崩落した。
「……いけた、な」
崩れた壁の先には、別の道が見えている。一臣が成る程と言った様子で。
「うまく使えばショートカットになりそうだね。向こうの班にも報せて……」
そう言いかけたとき、爆発音が鳴り響いた。
「えっ…今の音なに?」
愁也が音のした方へ歩いて行くと、再び振動と共に爆発音が聞こえてくる。拓海は周囲を警戒しながら耳を澄まし。
「……近づいてきてますね」
三度目の爆発音で、全員が確信を持った顔になる。各々が迎撃態勢に入った刹那、凄まじい爆音と共に目前の壁が崩れた。
「来た、な」
彼らの視線先で、大きく空いた穴から人影が現れた。見覚えのあり過ぎる顔に、愁也がやっぱりといった様子で。
「あーうん。アスハさんと同じこと考えるなんて、一人しかいないと思った」
あれだろ、音がした方に”真っ直ぐ”向かってきたんだろっていう。
「お! カーラじゃーん」
怠そうな紫水晶へ、一臣はわざと大きめの声で呼びかけた。はっきりと名前呼びしたのは、光信機を通して他班に遭遇を報せるため。
「え。なんできみたちがいるの」
こちらを一瞥するカーラへ、愁也は敢えて軽い調子で返す。
「そりゃこっちの台詞だけどねオニイサマ。というかこの間ぶりだけど、怪我治った?」
その問いかけに、カーラは何も返してこない。拓海は相手の出方を見つつ、まずはこちらの意思をはっきり伝えておく。
「先に言っておくが、俺達は今お前と戦うつもりはない」
「そうそう。頭領に休戦って言われてんだろ、言うこと聞いといたほうがいいと思うぜ?」
聞いた悪魔は沈黙しているものの、いきなり攻撃してくる様子もない。交渉の余地を感じ取ったアスハが、後押しするように切り出した。
「別に殺しあうのは一向に構わんが…貴様の行動が妹の立ち位置を危うくする、という理解があるなら、な」
「……どういう意味?」
「如何に名のある魔の庇護にいようが、命令も聞けん者の妹、というレッテルでも貼らせたい、か?」
それを聞いた悪魔の頬がわずかに反応した。やはり妹を引き合いに出されると刺さるのだろう、能面の顔に僅かな迷いの色が映る。
「なあ、あんたもどうせ旅人さんを探しに来たんだろ。なら一緒に探せばいいじゃん」
「……は?」
愁也が出した突然の提案に、カーラは明らかに戸惑っていた。見ていた一臣もああそれはいいと頷き。
「旅は道連れ世は情け、一人で迷うより効率的よ? 手分けした方が早いだろうし」
「あとさ。同行するならリロちゃんがあんたをどう思ってるか教えてやろう。なんで知ってるかって? この間直接聞いたからだよ」
以前のカーラなら、この時点で実力行使に出てもおかしくはなかった。しかし幾たびもの邂逅を経て生まれた”惑い”が、その思考を躊躇わせた。
「……ま、いいよ。目的さえ果たせればあとはどうでもいいし」
そう呟く口調は、相変わらず淡々としていたけれど。
●赤班:明、ルビィ、英斗、暁良
「どうやら兄君は、あちらの班と同行することにしたようだねえ」
カーラ遭遇の連絡を受けた赤班メンバーは、先を急いでいた。ディアボロを瞬殺した明は現在地を探りつつ。。
「今のところ私たちの存在はバレてないようだし、先に到着してしまいたいところだけど」
「こっちが正解の道だと信じるしかねえな」
ルビィはスプレーで壁に印を入れながら、ふと。
「にしても、カーラと行動を共にするってちょっと想像できねえよな…」
「世間話とかするんですかね? そういうタイプには見えませんでしたけど…」
英斗の言葉に暁良は肩をすくめ。
「つーか、そもそも会話が成立しないんじゃねェか? 男に興味なさそうだしナ」
「道中気まずそうですね……」
彼らが戦闘にならないことを祈りつつ、英斗は分岐点の床に「11時23分、右に進む」と書き記す。
しばらく探索を続けると、徐々に敵の数が増えていることがわかる。
「何となく空気も変わってきている気がするな。目的地に近づいていると見てよさそう…か?」
そう呟くルビィの目に、大きな文字が飛び込んできた。
☆★ゴールまであと少し★☆
壁に書かれたそれを見て、暁良はやれやれと言った様子で。
「……随分楽しそうダな。これ書いたヤツ」
誰とは言わないけれど。
一方、青班は思ったより平和な探索を続けていた。
「こっちも行き止まりですね……」
拓海が壁を見上げると同時に、後方で爆発音がする。壁を爆破したカーラが穴を指さし。
「たぶんあっちでしょ。まっすぐ行った方が早くない?」
「ああ。僕もそう思っていたところ、だ」
さくせん:ならこわせばいいじゃない
「何だろう、この奇跡的に気が合ってる感(」
一臣は遠い目をしつつ、先ほどマーキングした英斗の位置をこっそり探る。
(……あっちの班はだいぶ奥に行っているみたいだな)
こちらが早く着くよりその方がいい。一臣は時間を稼ぐためにもカーラへ声をかける。
「ところでさ、カーラって普段なにやってんの?」
「んー覚えてない」
その返答に拓海が怪訝な表情で。
「そんなことも覚えていないのか? 四六時中妹のことを考えているわけでもあるまいし」
「…………」
「いや否定しろよそこは!」
愁也が突っ込む隣で、アスハはお菓子を食べている。
「貴様も食う、か?」
差し出したのは、ユーカリばかり食べている動物が描かれたチョコ菓子。一臣が持ってきたものを分けてもらったのだ。
「眉毛が生えているのを見つけたら当たり、だ」
「ふーん。当たったらどうなんの?」
その問いに提供者の一臣はうーんと唸り。
「そうだな…何となくラッキーな気持ちになれるとか?」
「? それ当たりって言えんの?」
「言われてみればそうだな…当たりの定義とは何なのか…」
「黒羽君が真剣に考えてる」
「こういうのは気持ちの問題、だ。たとえ檻に閉じこめられようと、本人が幸せだと思えば当たりだから、な」
「そういうフラグ立てるのやめようかアスハ」
●
青班が不毛な会話を繰り広げる中、先を急いでいた赤班は最深部へと到達しようとしていた。
「……ここがゴールかな」
扉を開けた英斗の前に、だだっ広い空間が現れる。中央にある蒼白い光を見て暁良も頷き。
「あれがゲートコアだろ? 最深部なのは間違い無いと思うゼ」
彼らは周囲を警戒しつつ、奥へと歩み進む。コアを越えたさらに奥、薄暗い一角に檻のようなものが見えた。
「あれは……?」
近づくとクリスタルのような檻の中に、旅人が横たわっているのが見えた。
「旅人!? こンな所に居たのかよ…っ! おい生きてるか!」
何とかルビィが呼びかけると、反応があった。
明は試しに檻の外からライトヒールをかけてみるも、旅人が回復する様子がない。
「どうやら特殊な檻のようだねえ。外からのアクションが中へ届かないようだ」
「とりあえずは見つかってよかった。大丈夫ですか?」
英斗の呼びかけに、旅人は朦朧としつつも頷く。
「……うん、なんとか。心配かけてごめん」
「さーてお姫様も発見したことダし、後はどうやって脱出するかだナ」
暁良が周囲を見回る中、ルビィは檻について旅人に聞いてみる。
「閉じこめた奴は、この檻についてなにか言ってたか?」
「外からしか壊せないってことだけは聞いてる。実際、中から試してみたけど駄目で……」
英斗は檻近くの床が何箇所か発光しているのに着目し。
「あの床、あからさまに怪しいですね…旅人さん、何か心当たりありませんか」
「僕が閉じこめられる前はなかった気がするんだよね…たぶん設置したのは、あの悪魔だと思う」
「なるほど。それはますます怪しいな…」
英斗がそう呟いた時、念のために室内全体を調査していた暁良が戻ってくる。
「どーやらこの床以外に怪しいところはなさそうだゼ」
抜け道や罠のようなものは見あたらなかったと告げる。檻を観察していたルビィもかぶりを振り。
「見た感じ鍵穴もないし、旅人の言うとおり破壊するしかなさそうだが……」
今すぐ壊していいものか判断に迷うところだった。明はふむと周囲を見渡すと。
「仮にあの床を設置したのが道化殿だとしたら、何らかの意味がありそうだけどねえ」
「あれじゃねェか? よくゲームにある、床を踏ンだら決まった場所が光っテ扉が開く…みたいナ」
暁良の言葉に明も同意し。
「あちらの班が来るまで、検証してみた方がよさそうだねえ。何かの役に立つかもしれないし」
英斗はもう少し我慢するよう旅人に告げると、試しに発光箇所を踏んでみる。すると青い陣のようなものが床に浮かび上がった。
「なんかこれ、宇都宮駅奪還の時も見たような……」
溢れ出る既視感を感じつつ、試しに物を置いてみるが反応がない。どうやら生体感知する仕組みになっているようだ。
「踏んだだけだと、陣が浮かび上がるだけか…何か法則があるのかもしんねえな」
そう言ってルビィも、試しに近くの床を踏んでみる。すると同じように陣のようなものが足下に浮かび上がった。
「さっきと陣の色が違うようだねえ。若杉君のが青でこっちは赤か」
明の報告を聞いたルビィは別の床を踏んでみる。すると今度は青い陣が浮かびり、英斗とルビィの位置が入れ替わった。
「……ナルホド。同じ色の陣を同時に踏めば、互いの位置が入れ替わるってとこカ」
暁良の言うとおり、他の床も試してみると同様の結果だった。陣の種類は全部で赤、青、黄の三色。赤と青にはペアとなる床が存在したが、黄色だけがなぜか見あたらない。
「黄色はダミーか……?」
皆がそう感じ始めたとき、旅人が檻の床を指さした。
「さっきから床の一部が発光してるんだけど…」
そのとき、背後で扉が開く音がした。
●
扉を開けた一臣は、先に到着していたメンバーを見てほっとした表情を見せた。
「やっぱり若ちゃんたちの方が早かったか」
対するカーラは先にいた面々へ、不審げな視線を向けている。
「……これってどういうこと? 何が起きてんのか全然わかんないんだけど」
「そりゃこっちの台詞だぜ、カーラさんよ。俺達は旅人がここにいるって連絡を受けて、来ただけだからな」
ルビィの返答に一瞬怪訝そうな様子を見せたが、やがてこの場を仕組んだ存在に思い至ったのだろう。部屋の奥へと視線を移し。
「で、やりあうの? 俺は別にいいけど」
纏うオーラが鋭さを増そうとしたその時、明がおもむろに声をかけた。
「やあ兄君殿。先日ぶりだねえ」
「……何。お前に用は無いけど」
「まあせっかくの再会だ。記念にこれをやろう」
差し出した着ぐるみに悪魔は困惑の色を浮かべる。コアラをモチーフにしたそれは通気性がすこぶる悪く、湿気と熱がこもり放題に改造された代物だ。
「防護スーツだよ。貴様に似合うと思ってねえ、感謝したまえよ?」
どう見ても嫌がらせだが、なぜこんな物を持ち歩いていたのかは聞いてはいけない。
明が悪魔の気を逸らしている間、他のメンバーは檻と床の仕掛けについて説明を受けていた。
「そんな仕掛けがあったとは、な」
らしいなと微笑するアスハに、英斗は声をひそめつつ。
「黄色だけが未検証なんです。大体の予想はできてるんですけど」
「万が一のためにも、確証は得ておきたいところだね」
一臣の言葉にメンバーも同意。拓海は引き続きカーラを引きつけておこうと、会話に加わる。
「その着ぐるみ気に入ったのか?」
「んー。俺うさぎがよかったんだよね」
「うさぎ…」
「だってコアラもう持ってるし」
愁也は大規模作戦時の話題を持ち出してみる。
「あのとき投げかけた言葉の意味は考えたか」
「どれのこと?」
「旅人さんを傷つけたら彼女が遠くなるとか。『恐れ』と『痛み』の違いとか」
「……あーあれ」
悪魔は沈黙しただけで、何も返してこなかった。けれど忘れたと言わないあたり、気になってはいたのだろう。
「あのとき…ジェルトリュードだっけか、なんであの子を助けようと思った?」
「なんでって、ほっといたらジュエル死んでたじゃん」
やりとりを聞いた拓海は思案げに。
「彼女を死なせたくないから助けた、か。じゃあなぜ、死なせたくないと思ったんだ?」
その問いかけに、カーラは瞳を瞬かせた。恐らく何を問われたのか理解できなかったのだろう。
「……あんたってさ、自分のことほんとわかってねえというか、興味ねえよな」
やれやれと言った様子で愁也は告げる。
「あの子…あんたを命懸けで助けに来てたよな。皆あんなにわかりやすくあんたが大事なのに」
彼らがカーラを引きつけている間、残りのメンバーはさりげなく床の検証を行っていた。
ルビィが視線で合図すると、旅人は檻内の発光部分に乗る。
「後は誰が床を踏むかだが……」
その時、一臣はめっちゃ視線を感じた。
「あ、ハイ俺ですね。でもちょっと心の準備g」
「行け、我らがジョーカー」
アスハに背中を(物理的に)押され、発光床を(うっかり)踏む。
黄色の陣が浮かび上がった瞬間、旅人と一臣の位置が見事に入れ替わった。
「よし。検証は完璧だ、な」
一臣が声にならない叫び(アスハアアア)を上げる中、暁良はまじまじと檻を見やりつつ。
「やっぱこういうのは相応シいヤツがやってこそだよナ」
「狗月さんの冷静なコメントがつらい」
改めて旅人の状態を確認したルビィは、カーラを見やりつつ。
「ひとまず旅人には檻の中に戻ってもらおうぜ。話つけるまでは、中の方が安全だろうし」
「そうですね。じゃあもう一度床を……」
英斗がそう言いかけたとき、背後で扉の開く気配がした。
「――え、リロちゃん…?」
現れた桃色髪の少女を見て、愁也が愕然とした表情を浮かべる。
「どうしてキミ達が……」
同じく驚いた様子のリロ・ロロイへ、英斗が声をかけた。
「リロさんひさしぶりな気がする! でもどうしてここに?」
「えっと、ボクはあの悪魔に……」
言いかけて、はっとしたような表情になる。きっと「この邂逅」が仕組まれていたことに気づいたのだろう。
「なるほど…じゃあ黒幕の目的は、リロさんとカーラを会わせることかな」
「恐らくだが…”俺達も”入ってるんじゃねえか?」
ルビィの言葉に、みな合点した表情になる。
「つまりこれで役者が揃ったというわけだ。まったくやってくれるねえ…」
一臣は彼方から感じる”視線”に笑みを漏らしつつ。自分が檻の中にいるのみんな忘れてるなと思った。
「リロ」
カーラの呼びかけに、少女の肩がびくりと反応した。妹が何か言葉を発する早く、詰問が飛ぶ。
「今までどこにいた?」
有無を言わせぬ口ぶりは、余裕の無さの現れ。リロは口元を引き結ぶと、躊躇いがちにかぶりを振る。
「……今は言えない」
「どういう意味? お前俺に隠れてなにやってんの?」
「兄様、ボクの話を聞いて」
「必要無い。今すぐ戻れ」
「……案の定埒があきそうにねえな」
愁也がやれやれと息を吐くと、明も肩をすくめ。
「だねえ。あれは放っておくと実力行使に出かねん」
「二人とも落ち着いて。話し合いで落とし所を決めよう」
英斗が兄妹に言葉をかけるも、カーラは妹しか見えていないのか反応がない。しかしこれは、むしろ好都合と言えた。
――あれをやるしかない。
アスハ、拓海、暁良がそれぞれ位置に着き、合図を待つ。英斗はタイミングを見計らうと、眼鏡を光らせた。
(今だ!)
「了解、だ」
次の瞬間、アスハが瞬間的に圧縮した空気でカーラの体がはじき飛ばされる。不意打ちに対応出来ず体制を崩したところを、拓海と暁良が間髪入れず吹き飛ばした。
「いける!」
カーラが光る床の上に降り立ると同時、黄の陣が浮かび上がる。その刹那、檻の中にいた一臣とカーラが入れ替わった。
「……は?」
「ようやく出られたね」
作戦成功に一臣がほっとした表情を浮かべる一方で、閉じこめられたカーラは暗い目を向けてくる。
「こうでもしなきゃ、ヒトの話まともに聞かねえダろ?」
暁良の言葉に、悪魔は苛立たしそうに瞳を細めた。予想外の事態に戸惑うリロへ、愁也は安心させるように笑ってみせる。
「さあまずはオニイサマの”心の檻”を何とかしなくちゃね」
「ま、俺にも姉妹がいるから言うけどナ。たまには本音をぶつけるのも必要だゼ?」
暁良がぽんと背中を押す隣で、ルビィが意を決したように切り出した。
「アンタに頼みがある」
「……頼み?」
「たぶんわかってると思うが…カーラに大切な人達を奪われた者が居る。そのせいで前に進めずに苦しんでいるんだ」
少女の視線が旅人を捉え、小さく頷いた。
「アンタに頼むのは筋違いだってのは分かってるつもりだ…だが! ――俺はカーラに罪を償って貰いたい。その為に力を貸してくれ…!」
「……わかった。ボクにどこまでできるかわからないけど、ちゃんと伝えるつもりで来たから」
そう言ってリロは檻の側まで歩み寄ると、軽く深呼吸をし。
「――ね、兄様。ボクが小さいときのこと覚えてる?」
返事はない。けれどカーラの視線はひたすらに彼女を捉えていて。
「あの頃ボクは兄様に『ボクだけを見てほしい』って言った。兄様はそれに応えてくれたんだよね」
それは幼い子供がみせる、小さな独占欲。けれど兄はその無邪気な欲を純粋過ぎる程に信じ込んだ。
「兄様を縛ったのはボクだって、ずっと気づいてた。……ごめんなさい」
「――なんで謝んの」
くぐもった声が響く。
「謝るってことは嘘だったってこと? お前俺を騙したの?」
「違う、そうじゃ」
「じゃあなんで謝んだよ!!」
がん、という音と共に檻がびりびりと振動する。
興奮状態になった兄を見て、リロの表情が強ばる。すかさず英斗が声をかけた。
「リロさん、俺達がついてますから。頑張って」
彼女は小さく頷くと、ポケットから押し花入りのカードを取り出した。
「これ、この間もらった。兄様にあげるといいって」
桔梗が挟み込まれたそれを差し出すも、カーラは見ようともしない。けれどリロは諦めようとはせずに。
「ボクは兄様のことが好きだよ。昔も今も、その気持ちに嘘はない」
でも、と撃退士の方を見やり。
「彼らのことも同じくらい好きになった。…それじゃ、ダメ?」
カーラは彼女の声が聞こえているのかいないのか、しばらく黙り込んだままだった。
やがて虚ろな目で妹を見やり。
「……俺が邪魔になったんならそう言えばいいじゃん」
「いや誰もそんなこと言ってないだろう?」
唖然となる拓海の目前で、カーラは視線を彷徨わせながらしゃがみこみ。
「俺に死ねっていうんなら死ぬし」
「待って、兄様」
「何なら今すぐ死んでやるけど」
「おい、いい加減にしろ!」
「あんたが勝手に死ぬってんなら、今ここでリロちゃん殺すよ」
「……は?」
顔を上げたカーラの視線先で、愁也がいつの間にかリロへ剣を向けている。彼女自身も抵抗する素振りがないのを見て、悪魔の顔がみるみるうちに蒼白に変わっていった。
「やめろ」
「彼女を殺したら、旅人さんとあんたは同じになるね。ま、それも仕方ないか」
「やめろっつってんだろこの■■■■が!!」
力任せに檻を殴った瞬間、ぴしりとヒビが入った。気づいたアスハはいつでも光雨を撃てるように構えつつ。
(この檻中から壊せないんじゃなかった、か?)
(そのはずだけど。作成者より強い魔力で攻撃したら壊れる、かも)
リロの返事にあっぶねーという本音は隠しつつ、愁也は再びカーラへと向き合った。
「その檻さ、中から壊せないんだって。まるであんたそのものだ」
変化が怖くて、ずっと殻に閉じこもって。
誰かの手を待ってるだけの、幼い子供のまま。
「怒り? 怖い? 苦しい?」
愁也は目を逸らさせないよう、強い口調で呼びかける。
「それがあの日、旅人さんが見た絶望だ」
「あいつはアンタが今感じている”喪失”の恐れより、ずっと深い”痛み”を背負っている。――いや、アンタに背負わされたんだ」
ルビィの言葉に愁也も頷いて。
「『痛み』を識れ。『命』の重さを識れ。奪った未来の重さを識れ!」
カーラは微かに頬を震わせたまま、ひとことも発しない。リロは壁越しにそっと手をかざすと、想いの丈を告げた。
「兄様。ボクは自分で選んだ道を、自分の足で歩いていきたい」
その先に何があるのか、己の目で見て識りたい。
この胸を強く染め付ける『望み』が、彼らと出会った証だと信じているから。
「ボクはもう迷わない。だから兄様も――兄様自身の生を生きて」
誰のためでもなく、己の魂をまっとうするために。
「どうすればいいか、ボクも一緒に考えるから」
じっと聞いていたカーラは、やはり言葉を発しなかった。呼びかけても反応が薄い様子に、メンバーは戦闘意思が無くなったと判断する。
「とりあえず檻は壊しておこうか。このままでいるのもね」
一臣はそう告げてから、リロに向かって礼を述べる。
「お疲れさん、勇気出してくれありがとな」
その後、撃退士達の手で檻は破壊された。
出てきたカーラに明は歩み寄ると、いきなりぶん殴った。
「ちょ、鷺谷さん!?」
「まあこんなことで性根が叩き直せるとは思ってないけどねえ」
吹っ飛んだ悪魔へ沸き上がるものを抑えつつ。明は短く言いやった。
「家族と話す時間はたっぷりとりたまえよ。それと彼女の前で二度と死ぬとか言うな」
●
ようやく落ち着きを見せたゲート内で、ルビィは旅人と向き合っていた。
「この間のことだが…俺達はカーラを動揺させることに頭がいっぱいだった」
旅人の心情に考えが及んでいなかったことを告げ、謝罪する。
「ベリアルとの停戦が正式に締結すれば、今迄みてえにカーラと遣り合う事は出来なくなるかもしれない。だが、カーラには戦う以外の方法で侵した罪を償わせる。その方法を俺も考える。――今はそれで堪えてくれ。すまん…」
頭を下げるルビィに、旅人は慌てたようにかぶりを振り。
「君が謝るようなことじゃないよ。謝らなければならないのは僕の方なんだから」
そう言って改めて皆を見渡した。
「みんな、ありがとう。……それと、本当にごめん」
「……それは何に対してですか?」
顔を上げた旅人へ、拓海はずっと言いたかったことを告げる。
「確かに失ったものは取り戻せないし、奪った相手は決して許さない。それは俺も同意します。……が、アンタは何時まで昔を見てるんだ!」
いきなり怒鳴った拓海を、旅人は驚いたように見つめている。
「取り戻せない怒りも、苦しさも…俺も覚えがある。だけど、アンタにだってまだ護りたいと思える大切な存在が居るだろう! 過去に向き合ったのは何の為だ? 憎しみの炎に薪を焼べる為じゃなかったはずだ。術を解こうとしたのだって……」
そこまで言って、我に返ったように口をつぐみ。
「いや…すみません。知ったような口を利いた。ただ…もう少し現在と未来を見て欲しい。それだけです」
旅人はしばらく黙り込んでいたが、やがて目元に微微苦笑を漂わせ。
「拓海君がここまで声を荒げるのは、初めて見たよ」
「旅人さん……」
「返す言葉がないね。僕は前を見ていたつもりで、ちゃんと見えていなかった」
その時、歩み寄ってきた愁也が突然、旅人の両頬を引っ張った。
「しゅ、愁也君…?」
「……俺さ。旅人さん死んだらどうしようって、まじで怖かった」
張り詰めていたものが一気に緩んだのだろう。その瞳から涙がぼろぼろとこぼれ始める。
「もう自分を赦せ」
これ以上、自分をすり減らさないでほしい。
「重い荷物なら一緒に背負う、手も伸ばす。だからさ……一緒に未来見ようぜ」
ボロ泣きする友人に思わず笑みを零しつつ。一臣も旅人へ向き直った。
「傷の深さを測りきれなかったこと、まずはごめんな」
「オミー君…」
「喪った痛み、簡単に手放せないよな。許せないよな。…あいつ殺したら手放せるか?」
何も返さない相手へ、一臣は笑ってみせる。
「もしそれが救いだとしても…ごめんな、俺はやっぱ『手を伸ばす』わ」
別の救いを届けるために。
黙って聞いていた旅人は、やがてゆっくりと視線を馳せた。
「――ひとこと」
そう呟いた漆黒の瞳はどこか静かで。
「謝ってくれれば、それでよかったんだ」
後悔してくれとはいわない。せめて命を奪ったことに対して、区切りとなるものが欲しかった。
「――ごめんなさい」
届いた声に、旅人は顔を上げる。振り向いた先で、リロは丁寧に頭を下げた。
「ボクが謝っても仕方ないんけど…兄様がこんな状態だから」
「……ううん、いいんだ。十分だよ」
ずっと、どこかでわかっていた。
本当は自分自身が、誰より赦されたがっていたのだと。
一臣は何も言わず頷くと、親友の背を叩いた。
「じゃ、一緒に帰ろうぜ」
※
「何とかなったようだ、な」
成り行きを見守っていたアスハは、食べかけのお菓子を懐にしまった。うんと伸びをした暁良は、リロの頭をぽんとやり。
「まー収まるトコに収まったみたいで、よかったんじゃねェか?」
「色々ありがと。兄様のことは、ボクが何とかしてみるから」
「すぐに解決するわけでもないでしょうけど…困ったときは俺達も協力しますからね」
英斗の言葉に、リロは感謝の意を述べる。
「今回だって、ボクだけじゃどうしようもなかったから。キミ達のおかげ」
「ああそうだ。今度会ったときは、構想中の御当地闇鍋旅行in魔界の話でもどう?」
明のお誘いにリロは瞳を瞬かせると、久しぶりにくすりと微笑んでみせた。
「わかった。楽しみにしておく」
別れ際。
リロに剣を向けたことを謝っていた愁也が、そう言えばと。
「結局リロちゃんって今どこにいるの? 答えられなければ構わないんだけど」
問われた少女はいったん沈黙してから。すっと表情を引き締めて、その言葉を告げた。
「高松ゲート」