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マスター:久生夕貴
シナリオ形態:ショート
難易度:難しい
形態:
参加人数:8人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2016/11/21


みんなの思い出



オープニング

※神器修理についての話は特設ページをご覧ください※



 ミカエルへ神器修理の話をもちかけてから、数日経った頃。
 学園教師九重 誉 (jz0279)は、焔劫の騎士団員シス=カルセドナ (jz0360)の来訪を受けていた。
「わざわざ出向いてくるとは、よほどの用件があるようだな」
 誉の言葉に天使は頷いてから、来意を告げる。

「俺様は”ツインバベルからの依頼”を伝えに来た」

 その瞳はいつになく真剣で、強い意志を宿していた。


●双塔からの依頼

 久遠ヶ原の片隅。
 人目につきにくい建物内で、二人は向き合っていた。
「――つまり、その『アテナ』という名の天使を、探し出して欲しいということだな」
 シスが話した内容を確認するように、誉は問いかける。
「アテナ様の行方は王権派の天使どもが追っている。奴らよりも先に見つけて、保護して欲しい」
「わざわざ学園に依頼する理由は?」
「その説明をするには、まずアテナ様について話さねばならん」
 言いながら天使は周囲を見やった。恐らくは、自分たち以外の存在を気にしているのだろう。
「心配しなくていい。ここでの会話が外部に漏れることはない」
「すまん、貴様等を疑っているわけではないのだが――実はだな、アテナ様は『前王ゼウスのご息女』なのだ」
 天使から出た思わぬひと言に、誉は一瞬沈黙する。
「つまり……王族の者だと?」
「もっと言えば、殿下はベリンガム王の妹君……もう一人の『王位継承者』だと聞いている」
 それを聞いた誉は、合点した様子で吐息を漏らした。
 なぜシスがこれ程までに慎重だったのか。なぜ王権派がアテナを追っているのか。
「ベリンガムにしてみれば己の王位を揺るがす存在である以上、一刻も早く消し去りたい……か」
 眉をひそめる誉に、シスは首肯し。
「政変後、辛うじて天王からの刺客を逃れ、落ち延びておられたらしい。先日天界から落ち延びた天使が先触れとして、我らの元に辿り着いてな。ゼウス王の腹心だったミカエル様と団長…オグン殿の庇護を求め、地球入りすると」
「まったく、地球を巻き込んでくれるなと言いたいところだがな……。しかしならば尚更、ツインバベル自らが保護へ赴くのが道理と思えるが」
「もちろんそのつもりだった。だが、先触れの動きを察知されてな。王権派が警戒するなか、我らが動けば自ずと居場所が奴らに知られ、万が一が起こりかねないとの判断だ」
 聞けば既に王権派の捜索隊が各地に広がり、どこで遭遇してもおかしくないのだという。
「要するに王権派から目を付けられていない学園生なら、奴らの捜索網をくぐり抜けられると」
「その通りだ。アテナ様の保護に成功すれば、神器の修理だけではなくそれ以上の対価を差し出す用意がある。これがミカエル様のご意向だ」

 シスの説明に耳を傾けつつ、誉は内心で感慨深いものを感じていた。
 話を聞く限り、アテナはベリンガムに対抗しうる唯一の存在であり、地球派遣の天使にとっては『希望の象徴』と呼ぶべきものだろう。
 それ程の存在を『人の手』に託すというのだ。
(ままならぬ事情があるとは言え、ミカエルも大博打に出たものだ)
 そこには人類に対する感傷めいた仲間意識は感じられない。むしろ人類を好敵手として信頼しているからこそ、できることなのだろう。

 実に大胆で、掟破りで。

「どうかしたか」
「いや。そう言えばシス君は最近騎士に昇格したそうだな。おめでとう」
「ぬっ……あ、ありがとう」
 途端にしどろもどろになる相手を見て、含み笑いを漏らしつつ。
「君が学園との連絡役を担ってくれて助かっている。生徒達も君のことを信頼しているようだからな」
「……そうか」
 気恥ずかしそうに頷いてから、シスは再び表情を引き締める。必要以上の言葉を話そうとしないのは、恐らく務めを果たすだけで手一杯なのだろう。
「話を続けるぞ。具体的な作戦内容についてだが、まずツインバベルが派兵をし、捜索隊の目をこちらへ向けさせるつもりだ」
「ふむ。陽動を行うというわけか」
「ああ。加えてベロニカ殿が、殿下の居所についての情報操作を行うことになっている。これで一時的な、撹乱はできるはずだ」
 とはいえ効果はそう長く保たないだろうと、天使はいう。
「アテナ様捜索の指揮を執っているのは、出雲で貴様等の神器を破壊した『シリウス』という天使だ。奴が諜報部隊を率いているのはミカエル様から聞いているだろう」
 聞けば情報収集に特化した者が中にいるらしく、どこまで時間稼ぎできるかはわからないという。
「ならば最初から、陽動が見抜かれると想定しておくべきだな。こちらでも追っ手の来襲に備えて別働隊を準備しておこう」
 そう言って誉は思案げに腕を組んでから、シスを見やった。
「アテナの居場所については、どこまで掴んでいる?」
「四国入りしているところまではわかっているのだがな。先に落ち延びてきた天使の話によれば、アテナ様との合流場所は、”地脈エネルギーが強く身を隠せる場所”という決め事になっていたらしい」
「随分と曖昧だな」
「候補が幾つかある方が、敵の目をごまかせるだろうとの判断だそうだ」
 その返答に、誉はなるほどと頷きつつ。
「とはいえその手がかりだけでは、我々が先に見つけるのは難しいと思うが」
「その点については、手がある」
 言いながらシスは、懐から何かを取り出してみせた。
「これは?」
「ミカエル様から託された、ゼウス王の腹心のみが持つメダリオン(証)だ」
 中央に紫紺の石がはめ込まれた、手のひらサイズのオーナメント。よく見ると石の中央で、矢印のような針が動いている。
「王族が持つ特殊なエネルギーに反応するよう作られているらしい。一定距離内に近づけば、中央の針が反応し殿下の元まで導いてくれるのだそうだ」
「成る程、方位磁針のようなものか」
「そうだ。有効範囲は半径100キロ圏内。ツインバベルではこの針が反応を見せていた」
 指した方角はツインバベルがある石鎚山より南東。地図を見ていた誉が、片眉を上げる。
「高知中央部か……お前達にとっても、因縁の場所だな」
 騎士団との決戦の地。
 わずかに目を伏せる天使の肩を叩きつつ、誉は切り出す。
「地脈が強く身を隠せる場所……となると、寺院かもしれないな。この辺りは霊場も多い」
「ああ、そういうのは貴様等の方が詳しいだろう。捜索隊には俺様も同行させてもらう。追っ手と鉢合わせしたときのためにもな」
「その方がいい。……念のために確認しておくが、アテナは戦えるのか?」
 シスはその問いにかぶりを振った。
「殿下は訳あって、生まれてからずっと修道院に預けられていたそうだ。恐らく戦い方はご存じないだろう」
 ただ、と三白眼がこちらを向いた。
「天界を脱出する際、絶対防御の神器『イージスの盾』を持ち出したと聞いている。防御に徹してさえいれば、普通の天使では太刀打ちできんはずだ」
「普通の天使では、か……」
 含みのある物言いに、天使はやや険しい表情で頷いてみせた。

「神器を破壊できる存在がいれば、話は別だ」


 ※※


 もう少し

 もう少しなのに

 彼女を生かすために多くの者が死んだ

 今も多くの者が犠牲になろうとしている

 その命に報いるためにも、彼女は辿り着かなければならないのに

「お父様……どうか私をお守りください」

 数多の世界を救う使命を、果たすために





リプレイ本文




 その手に光を。





 集まったメンバーは誉とシスから告げられた作戦内容に、様々な感情を抱いていた。
「ツインバベルからの依頼、か……」
 大炊御門 菫(ja0436)は目前に立つ天使を見て感慨深いものを感じていた。
(数年前の私が聞いたら何と思うだろう)
「天使の王女…きっと不安で一杯でしょうから、早く見つけてあげないとですねー…」
 そう呟く櫟 諏訪(ja1215)の隣で、インレ(jb3056)も救いの手を待つ少女を想う。
(助けを求める声を聞いた。ならば僕は来よう――そこに尊きモノがあるならば)
「ふん。王族を我らに託すとは、ミカエルも随分と博打好きのようだ」
 楽しげにそう呟くフィオナ・ボールドウィン(ja2611)の隣で、ベアトリーチェ・ヴォルピ(jb9382)も静かなやる気を見せている。
「お姫様…救出作戦…ガンバルゾー……」
「ええ、ようやくここまで来れたのです。失敗はできません、絶対に守りましょう」
 水無瀬 雫(jb9544)の瞳は、いつも真っ直ぐで迷いがない。Robin redbreast(jb2203)はシスの方を振り向いて。
「シスたち騎士団員は、血の繋がりがなくても家族みたいなのに、アテナは実の家族に狙われているんだね」
 聞いた天使は目を伏せると「そうだな」と呟いた。その表情はどこか悲しげで。
「さて、時間もないことだし始めるわよ」
 ナナシ(jb3008)の呼びかけで、一同は作戦準備を開始する。

 彼らが立てた策は以下の通りだ。
 全員で高知入りしたあと、アテナがいる方向を指すメダリオンを使い、三角測量を行う。
 現地が特定でき次第、【本命班】と【囮班】に別れての行動予定だ。
「敵の捜索網をかわすために、現地での重要な連絡は、意思疎通やメールで行うわ」
 不用意な発言はもちろんのこと、アテナに関する会話は極力隠語を用いることを取り決める。
「アテナの暗号名についてだが…シス、何か案はないか」
 菫にふられたシスはにやりと笑んで。
「ほう、コードネームか。いいだろう俺様が考えた真名を」
「長い。却下」
「まだ何も言ってないぞ!」
 その後いくつか提案するも、言いづらい、センスがない等の理由で却下。困り果てたシスがやけくそ気味に指さしたポスターから『紅葉』がよさそうだと決まる。
 コードネームが決定したところでナナシが切り出した。
「ねぇ、シス。騎士なんだから使命のためなら頑張れるわよね?」
 彼女からぽんと手渡されたのは、黒髪ロングのカツラと同色のコンタクトレンズ。
「現地では正体がバレないように、全員変装よ。衣装は櫟さんが準備してくれたから」
「ばっちり揃えてきましたよー?」
 その内容は以下の通り。

・ゆるふわ白ニットセーター
・深紅のロングスカート
・ブラウンのファーブーツ
・胸パッド(下着付き)

「ちょっと待て…これは女物ではないのか……」
 冷や汗を滲ませる天使に、ナナシはにっこりと笑む。
「私も男装するんだし問題無いでしょ?」
「ほらほら時間もあまりないですし、早く着替えてくださいなー?」
 諏訪と雫に捕まったシスは、問答無用で引っ張られていく。
「待て待て待て勝手に脱がすな自分でやれる!」
「えっ…シスさん、女性下着の付け方がわかるんですか?」
「いいいいいやそう言うわけでは…ああもうわかった! 貴様等に任せる!」


 ★☆かわいくな〜れ☆★


「騎士としての初陣がこんなことになろうとは……」
 がっくりとうなだれるシスを、諏訪は笑顔で励ましながら写メ&転送。
 インレは上から下まで眺めてから、おもむろに手を胸元へ突っ込んだ。
「ぬわああああ貴様何をする!?」
「ふむ。胸の詰め物はもう少し詰めた方が見目が良いぞ? ――菫よ。別に他意は無いからな?」
「それはどういう意味だインレ」
「化粧…徹底的にやる…ジャスティス……」
 ベアトリーチェが化粧を施す側で、ロビンは所作を指南。
「足を広げないようにね。シスの赤いパンツが見えちゃうよ」
「ちょっと待て見てたのか貴様」
 他のメンバーも観光客やお遍路に見えるよう、各々変装。私服に伊達メガネをかけたフィオナは、シスを見やり。
「そういえば貴様、バイクか車の運転は出来るか?」
「運転したことはないが、何とでもなるだろう」
「不安しかないがまあよい。練習だと思って乗ってみろ」
 すべての準備が完了し、一行は転移装置へと向かう。
 目指すは高知、作戦開始だ。



●高知市内

「あれあれー? この辺って確か、騎士団がボコられたとこじゃんねえ」
 高知城を見上げながら、天使アルヤは呟いた。
 話に聞く枝門ゲートの中心が、ここにあったと聞いている。
「つまりそれだけ地脈が強いってことかあ。とりあえず、こればらまいとこっと」
 次の瞬間、彼女の周辺に無数の蛇が生み出されていく。ヘッドフォンを装着した少女はにんまりと笑みを浮かべた。

 ※※

 高知市中心部へと転移したメンバーは、早速メダリオンの反応を確認した。
「しっかり反応してるわね。ここからだと北東……」
 ナナシは地図上に線を引き、別の地点へ移動する。そこから指した方向と結べば、交差点が見えてきた。
「ふむ、どうやらこの寺のようだのう」
 インレが示す場所、そこには『第30番札所 善楽寺』と書かれている。菫は成る程といった様子で。
「八十八箇所霊場か。この辺りは森も多いようだし、身を隠すにはもってこいだな」
 地図を見ていたロビンと雫は、高知市南部へと視線を移す。
「善楽寺が山側だから……あたしたちは海側に近い『第31番札所 竹林寺』にいこうか」
「そうですね。逃走時のことを考えると、あまり入り組んだ場所じゃないほうがいいでしょうし」

「じゃあここからは別行動ね」
 ナナシの宣言に【囮班】の面々が動き出す。予めシスの衣装を着ていた雫は、ここで彼の姿に変化。
 ロビンは持参してきた抱き枕に笠と白装束を着せ、レンタルしたワンボックスカーに乗せていく。人数が多くいるよう見せかけるためだ。
 出発直前、雫は持参したミルク飴をシスへ渡した。
「紅葉さんと合流できたら渡してあげてください。甘い物を食べれば、疲労や緊張も和らぐと思いますので」
「成る程…俺様はこういうことには疎いのでな。助かる」
「くれぐれも、気をつけてくださいね」
「それは俺様の台詞だ」
 囮班の面々を見やった天使は、険しい表情で告げる。
「もし奴らと遭遇したら、迷わず逃げるのだぞ。絶対に無理はするな」
「わかってるわ。無理できる人数じゃないもの」
 そう返すナナシの隣で、ロビンはシスを見上げた。
「あのね、シス。あたしにもひとつ、願いができたんだ」
「願い…だと?」
「夏の時のシスの言葉のおかげかもしれない。ありがと」
 そう言って車へと乗り込む背を、天使の声が呼び止める。
「なに?」
「いや、その…何でも無い。気をつけて行け」

 囮班を見送った【本命班】のメンバーは、高知市北東部にある『善楽寺』へ向かい始める。
「我はバイクで追走する。固まって移動すると目立つであろうしな」
「なら俺様も同行しよう」
 スカートでバイクとか色んな意味でアレだが、皆敢えて何も言わなかった。
「じゃあ自分たちは車で先に向かいますねー?」
 こちらのワンボックスカーには運転手の諏訪に続いて菫、インレ、ベアトリーチェが乗り込む。
「ここからだと大体20分程度ですねー。焦っても仕方ないですし慎重に行きますよー?」
「紅葉…見つけに…ごーごー…」
 ベアトリーチェが見つめる先で、晩秋の景色が流れ始めた。


 ※※

「んーんー。今のところ収穫なしかぁ」
 ヘッドフォンに耳を澄ますアルヤは、ため息をついた。怪しそうな場所に幻影を飛ばしているが、今のところ有益な情報は出てきていない。
「あたしも騎士団と遊びたかったのにー。このままなんも出なかったら、あたし超骨折りじゃんねえ」
 唇を尖らせながら、ぶつぶつ呟く。
「あれれ? そう言えば、すー君からの連絡もないじゃん。なにやってんだろもー」
 目前の寺院を見やりながら、少女は再びため息をついた。

 ※※


 善楽寺へと辿り着いた本命班は、すぐに出せる位置に車を止めた。
 菫は念のために周囲を警戒しつつ、車から降りる。
「思った通り、この辺りは寺が多いな」
「山も近いことだし、よい『紅葉』が拝めるかもしれんのう」
 ゆるりと笑むインレの視線先に、境内へと続く参道が見えてくる。周囲には観光客の数も多く、紛れるにはもってこいだろう。
 境内に入る直前、あとから来ていたフィオナとシスが追いついてきた。
「貴様もう少し速く走れんのか」
「いや待て、貴様のスピードが速すぎるのだ!」
 ふたりが言い合うさまを写メりつつ、諏訪はアホ毛レーダーで索敵を行う。
(今のところ敵影らしきものは見あたりませんがー…)
 そのとき、木々の合間を何かがすり抜けていくのが見えた。それはほんの一瞬のことで、よほど注意していなければ気づかなかったかもしれない。
「あれは蛇でしょうかー…?」
 蛇と聞いた菫がぴくりと反応を示す。
(確か大規模作戦で見かけた天使は『自分を蛇だ』と言っていたそうだが)
(ぐーぜんの一致に…思えない…。警戒しておく…ジャスティス…)
 スマホにそう打ち込んでから、ベアトリーチェはシスを見上げる。
「紅葉…こっちで…あってる…?」
 彼女の問いに、シスは観光雑誌を見るフリをしてメダリオンを確認した。
「間違い無い。もう少しだ」

 同じ頃、先に竹林寺へと着いていた囮班は、既に準備を済ませていた。
 ナナシは隠れられる場所へ移動すると、男装からアテナを装う衣装へチェンジ。ローブとフードで顔を隠し、合図を待つ。
 その間雫とロビンは観光客を装いつつも、少し落ちつきない様子で辺りを気にしていた。敢えて警戒した素振りを見せて、敵の目を引きつけるためだ。
(今のところ怪しい人影は見えませんが……)
 本命班からは偵察らしき気配があると聞いている。ここにも来ていると考えておいたほうがよさそうだ。
 そのとき、ポケットのスマホが震えた。
(本命班、境内に入ったみたい)
 ロビンの目配せに雫は頷くと、人気のない場所へ移動し懐から笛を取り出す。
 ここからは一発勝負。
 ゆっくりと深呼吸すると、雫は一気に笛を二回吹き鳴らす。
 独特の澄んだ音色が秋空に吸い込まれていく。彼女は大きく息を吸うと、もう一度二回吹き鳴らした。
 今のところ、敵が襲ってくる気配はない。
 程なくしてローブを羽織ったナナシが現れると、二人は駆け寄って恭しく一礼した。
「お会い出来てよかったです。さあ、こちらへ」
 ロビンの誘導にナナシは黙ったまま頷くと、境内を後にする。車に乗り込んでからは、わざと油断したように雫に話しかけた。
「ルートは高知自動車道でよかったよね?」
「ええ。大回りですが、恐らく一番早くツインバベルへたどり着けるはずです。アテナ様もう少しお待ちくださいね」


 ※※

「へーへー! まさかまさかのビンゴじゃん!」
 ヘッドフォンから聞こえてきた”音”に、アルヤは嬌声を上げた。
「シリウスの勘が当たったかあ。もー全部こっちに集中させちゃおっと」
 パチンと指を鳴らすと、蛇の幻影が姿を消す。少女は背に翼を広げると、目的地へ向け移動を始めた。

 ※※


 囮班から作戦開始の報告を受け、本命班も動き始めていた。
 今のところ追ってらしき人影はない。先ほど見た蛇が近くにいないか探してみたが、いつのまにか姿を消していた。
 今がチャンス。
 互いに頷き合うと、諏訪が懐から笛を取り出した。
(では、吹きますよー?)
 すうと息を吸い込み、大きく三回吹き鳴らす。迎えを告げる笛の音は、鎮守の森全体に響き渡った。
「……出てこないな」
 辺りに静寂が戻るが、アテナらしき人影は現れない。
 この場所で本当に合っているのだろうか。
 もう囮班が動き出している以上、失敗は許されない。メンバーの表情に焦りが滲み始めたそのとき。

 薄暗い森の中、前方で淡く何かが発光した。

 近寄ってみると、樹齢100年は越えているであろう巨大な楠の洞から、少女が現れた。
 年の頃は12,3才と言ったところだろうか。銀の瞳に透き通るような肌。長い銀糸の髪が、木漏れ日で淡く照らされている。
(間違い無い、彼女が”アテナ”だ)
 姿を見た撃退士達は半ば確信に近いものを感じていた。それは少女の持つ独特の――王族の気品ともいうべきか――清廉とした佇まいに思わず息を飲んだからだ。
 沈黙するメンバーの前で、銀の瞳を持つ少女はやや怯えた表情で口を開いた。
「あなた方は、何者ですか」
 諏訪は慌ててスマホに文字を打ち込むと、少女へ向けて掲げる。
『あなたがアテナさんですねー? 迎えにきたんですよー?』
 彼らは自分たちが撃退士であること。ミカエルに頼まれて、アテナを助けに来たことを説明する。
『私たちは敵じゃない。もし私たちを信じられないなら、こいつを信頼してほしい』
 スマホ画面を見せた菫は、隣にいる女装天使を指し示した。シスは懐からメダリオンを取り出し、少女に手渡す。
「これは……お父様の……」
 受け取った銀の瞳が見開かれる。やがて少女は決心した様子で顔を上げると、はっきり頷いてみせた。

「あなたたちを、信じます」

 作戦内容を説明する間、ベアトリーチェはアテナの写真を取り囮班へメール。
(ばっちり…撮れた…)
 満足そうに頷くと、ちらちらと王女を見やる。どうやら自分と年が近いように見える彼女が、気になって仕方ないらしい。
 インレはアテナに変装をさせつつ、周囲を警戒する。
(今のところ順調だが…先の妨害は覚悟しておくべきであろうな)
 同じく警戒に当たっているフィオナは、どこか愉しそうに呟いた。
「むしろそうでなくてはつまらんよ」




 本命班がアテナと合流した頃、囮班は高速インターへ向かって車を走らせていた。
(あっちは無事合流したみたいね。王女の外見もわかったわ)
 ナナシは術を展開させ、アテナの姿に変化。その場でフードを脱ぎ、敢えて顔をさらしておく。
 インターへ近くなるにつれ、道も広くなってくる。
 大きめの交差点へ進入したそのとき、目の前にトレーラーが突っ込んで来た。ロビンは即座にハンドルを切り衝突を避ける。
「みーっけたっ」
「あれは…!」
 雫(シス姿)の視線先、荷台の上でツインテールの少女がぴょんぴょん飛び跳ねる。
「やったやった騎士団とアテナがいる! やっぱりビンゴじゃん!」
「追っ手が来たね。飛ばすよ」
 ロビンはアクセルを踏み込むと、車の間を縫うように走り抜けた。
「あーあーあいつら逃げたよ! さっさと追いかけろー!」
 トレーラーが方向転換にまごついているうちに、ワンボックスカーはそのままインターへと向かっていく。
 ロビンがスピードをさらに上げる中、雫は狙撃銃で牽制開始。
「あの巨体にぶつかられたら終わりですね。ですが機動力ならこっちの方が上です!」
「あーあーもう全然追いつかないし! もっと速く走れよー!」
 追走してくるトレーラーは車体が大きいため、スピードが出ないのだろう。一定距離から追いついてこないのをナナシは見やりつつ。
(このまま逃げ切れるといいけど…)
 恐らくアルヤは仲間の天使に連絡を入れたはずだ。であれば追っ手が来るのは”後方”だけとは限らない。
 その懸念は、県境を越えた頃に現実のものとなる。

 四国の高速道路は車の数こそ少ないものの、山あいを抜けるラインが多い。
 一行が長いトンネルに入ったところで、突然前方から爆炎が上がった。
「っ……!」
 ロビンは瞬時にブレーキを踏み、方向を転換させる。しかし程なくしてアルヤのトレーラが突っ込んで来たため抜け切ることができない。
 三人が身構えたえたそのとき、車体に衝撃が走った。ボンネットに降り立ったアルヤが、勢いよくフロントガラスを蹴破る。
「いけない!」
 咄嗟に雫が生み出した氷壁で受けようとするも、車の硬度を高めることはできず、車体は大きく損傷する。
 このままでは車ごと潰される。
 そう判断した三人が外に飛び出した刹那、銃弾の嵐が吹き荒れた。


 ※

 その頃アテナを連れた本命班は、囮班と違うルートでツインバベルへ向かっていた。
「追っ手遭遇の連絡を受けてから、だいぶ経ちますねー……」
 囮班からの連絡が途絶えたことで、メンバーの間には焦りの色が浮かんでいた。
「……これは何かあったと考えるべきだろうな」
 菫の言葉に、重い沈黙が降りる。そういえばシリウスの動向を探っていなかったことに思い至り、学園本部に確認を取らせてみる。
「どうやらシリウスが松山から消えたそうだ」
 聞いたインレがやや険しげな表情で。
「諜報部隊の長なら、気づかれず姿を消すのは造作もないであろうな」
 騎士団と王権派は今まさに戦闘中だ。常に監視させておくくらいしないと、即座に気づくのは難しかっただろう。
 ベアトリーチェは黙り込むアテナの手をぎゅっと握った。
「きっと…大丈夫…信じる…」
「……はい。ありがとうございます」
 不安げな表情がほんの少し和らぐ。今はただ、待つしかない。


 ※


「――ったく、お前はもうちっと頭使え。逃したら意味ねえだろうが」
 頭上から降りてきた声を、ナナシは朦朧としながら聞いていた。
「ええーそういうのはシリウスの仕事だしぃ?」
 アルヤはきゃらきゃら笑いながら、白銀の獣天使を見上げる。囮班を襲った狼の牙は、瞬く間に彼女達を行動不能へ至らしめていた。
「あれあれ、三人だけ? おっかしいなーもっといるように見えたのに」
 小首を傾げるアルヤの隣で、シリウスの鼻先がぴくりと反応する。アイスブルーの瞳がワンボックスカーに向けられたあと、何かに気づいた様子で舌打ちした。
「お前はめられたな」
「えーどういうことどうこと?」
「あのアテナは偽物だ」
 聞いたアルヤは一瞬呆けたようになった。しかしその表情はみるみるうちに怒りに変わっていき。
「うわーうわーもしかしてこいつら撃退士? あたしを騙すとかまじムカツクぶち殺してやる!」
「落ち着け。本物の居場所を吐かせりゃ済むだけの話だ」
 そう言ってシリウスはナナシの元へ歩み寄ると、額に銃口を突き付けた。

「さあ嬢ちゃんよ。本物がどこにいるのか教えてもらおうか」

「……言うわけないでしょ」
「吐かなきゃ死ぬぜ?」
 冷ややかな声音は、その言葉が嘘でないことを示している。
「ナナシさん…っ!」
 雫が立ち上がろうとした瞬間、みぞおちに衝撃が走る。蹴りを入れたアルヤが苛立った口調で言った。
「動くなっつってんじゃん。今すぐ殺るよ?」
「くっ…!」
 あまりの痛みに意識が遠おのきかける。この状態でなおも抗おうとする彼女達を、シリウスは理解できないと言った様子で見やり。
「なぜツインバベルのためにそこまでする。あんたらにとっちゃ敵であることに変わりはねえだろ」

「護るってシスと約束したから」

 迷い無く答えるロビンに、雫も頷いてみせた。
「ええ。理由なんてそれで十分です」
「わからないでしょうね。私たちがここに至るまで、どれほどの想いを交わしてきたか」
 ナナシはそう告げてから、沈黙する天使へはっきりと言い切る。

「私は人と天魔が共存できる未来を信じてるの。すべてを壊そうとするあなた達なんかに、屈する訳にはいかない」

「なになにこいつら超生意気! シリウスやっちゃいなよ」
 不快感をあらわにするアルヤの隣で、シリウスは何も言わず撃退士を見据えている。
 引き金にかけた指に、力がこもるのがわかった。しかし彼女達の瞳は、死を前にしてさえ揺らぐことはない。

「――成る程、大した覚悟だ」

 獣天使はどこかおかしそうに呟くと、銃を下ろした。
「行くぞアルヤ」
「えっなんでなんでー? あいつら見逃すの?」
 不満そうなアルヤに構わず、シリウスはトレーラの上に飛び上がる。
「殺さないんだね」
 ロビンの言葉に天使はふんと鼻を鳴らした。
「今あんたらを殺ったって、なんの得にもなりゃしねえからな」
「そうなんだ。王権派は誰彼構わず殺すのかと思ってたけど」
「随分な言いぐさだが、まあ間違っちゃいねえよ。王にとっちゃ”すべてが捕食対象者”だからな」
 そう言って視線をどこかへやると、軽く舌打ちをする。
「ちっ…ここからじゃ間に合わねえな。まあいい、行ける奴は全員ツインバベルへ迎え」
「あーあーテンションだだ下がり。あたしマジで骨折り損じゃん……」
 ふてくされたアルヤが荷台に飛び上がった直後、トレーラーが動き出す。そのまま去ろうとする背を雫の声が呼び止めた。
「教えてください。なぜあなた達は王権派についたんですか」
 振り向かぬ背が、答えだけを告げる。
「大した理由なんてねえよ。てめぇの力でのし上がれる場所が、あそこだっただけだ」


 ※※


「くそっ…王権派め……あいつら無事なのか…!」
 苦渋の表情を浮かべるシスを、フィオナがたしなめた。
「落ち着け、貴様が動揺していたら話にならん」
 囮班が連絡を絶ってから、既に一時間が経とうとしている。作戦を中断すべきか迷ったその時、シスが持つスマホが震え出した。
「おい生きているのか!!」
 速攻で出た天使の耳に、待ちわびた声が届く。
『なんとかね。でもこっちが偽物だってことはバレたわ』
 ナナシ達の報告で彼女達がシリウスに襲われたこと、囮が見破られたことが告げられる。
「貴様らあれほど無理はするなと…」
『あの状況では仕方ありませんでしたから』
『水無瀬さんの言う通りよ。結果的に引きつけは成功したんだしね』

「ふざけるな、俺がどれだけ心配したと思っている!!」

 あまりの剣幕に、本命班のメンバーもぎょっとなる。我に返ったシスはばつが悪そうにかぶりを振って。
「いや、すまん。これはツインバベルが持ちかけた以上、俺様の責任だ」
『誰もそんなこと思ってないわよ』
 ナナシの言葉にシスは大きく息を吐いて、沈黙したあと。
「ロビンはそこにいるか」
『何?』
「この任務が完遂したら、貴様の願い…聞かせてくれ」
 そして改めて三人へ向け、短く告げた。
「護ってやれなくて悪かった。後は任せておけ」

 囮班からの報告を受け、メンバーは今後の動きを話合う。
 この先王権派が待ち伏せしている可能性は高い。しかし引き返したところで、シリウスに追いつかれてしまえば全てが水の泡になってしまう。
 フィオナはアテナを見やると改めて確認する。
「貴様は絶対防御の盾とやらを持っているそうだな。それを使えば、貴様が致命傷を受けることはないのであろう?」
「はい。防御に徹してさえいれば」
 その返答を聞いた彼女は全員を見渡し。
「ならば迷う必要はあるまい?」

 このまま、強行突破するしかない。

 全員の意志が固まったそのとき、インレがシスに向き合った。
「おぬしに問うておきたい」
「なんだ?」
 問い返す瞳に端的に告げる。

「信じて良いのか」

 多くは語らない。その一言にすべてが集約されているはずだから。
 天使は一瞬インレを見つめたあと、はっきりと言い切った。

「信じろ。俺も貴様を信じる」

 その強いまなざしを見て、インレはゆるりと笑みを零した。
「そうか。ならばわしも命を賭けるとしよう」
 もしもこの先に、愛すべき者たちの明るい未来があるのならば。この刹那に総てを賭し、命を燃やし尽くしてみせようと。
 ただ――
「……泣かせて、しまうかな」
 脳裏に映る愛しき星に、ほんの少しだけ微苦笑を浮かべる。その様をシスは何も言わず見つめていた。


●天姫と未来を繋ぎし”希望”
 
 愛媛県西条市。
 石鎚山頂上へ向かうスカイラインを、本命班は最速のスピードで走り抜けていく。
「思った通り現れましたねー?」
 諏訪の視線先、ツインバベルの入口が見えてきたところで、追っ手の天使に包囲される。菫は窓を開けるとおもむろに言いやった。
「ここを通してくれ。私たちは友人とお遍路巡りをしているところだ」
「馬鹿言うな。そこにいるのは王女だろう。大人しく渡せば命だけは助けてやるよ」
「なに!? まさか…彼女が見えているのか…?」
「はあ?」
 訳がわからない様子の相手へ、菫はバレてしまったなら仕方ないと呟いてから。
「彼女は……弘法大師だ、偉人がゲーム等で女性化されているだろう? その影響を受けてしまって女性化してしまったのだ」
「いやちょっと何言ってるかわかんねーわ」
「くっ、言葉が通じないか」
「いや言葉通じてないのはお前だろ!」
 次の瞬間、車から飛び出したインレとベアトリーチェが不意打ちの一撃を食らわせる。菫とのやりとりに気を取られていた天使は、苛立った様子で。
「お前らなめやがって…っ!」
 刹那、強力なエネルギーが放出される。それに気づいたアテナは盾を手に飛び出した。
「皆さん下がってください!」
 放たれた衝撃波を受け止めると同時、その威力は一瞬にして無となる。
「くそっイージスの盾か!」
「シス、ここは僕らに任せて行け!」
 インレの指示でシスは王女を抱えて車に飛び込む。扉を閉めた次の瞬間、白輝の巨大陣が広がった。
「いくぞ! 超・真空蒸着(アルティメット・コスモオーラ)!」
 自動回復付きの強力なバリア。以前よりも威力が増したそれが、全員に付与されていく。

「いいか、俺様の前では誰も死なせん。どんなことがあっても生き延びろ!」

「さあ行きますよー!」
 諏訪はにこにことギアを入れると、急バックで旋回し始めた。
「しっかり掴まっててくださいねー?」
 アクセルを踏み込むタイミングを見計らい、インレは天使への間合いを一瞬で詰める。
「幼い少女の尻を追うとは躾のなって無い犬っころだ。一つ、躾けてやる」

 込めるは祈り。
 乗せるは想い。
 放つは――

「おおぉぉ! 我が斬撃!!」
 右半身を突き破って現れた巨大な刃が、凄まじい威力となって天使の喉元に襲いかかる。
「今だ!」
 インレの強襲が生んだ隙に車は勢いよく突っ込んでいく。諏訪は絶妙なハンドル捌きで天使の間をすり抜けると、横転ぎりぎりで包囲網を突破していく。
「ぬわあああ貴様運転が荒すぎるぞ!」
「何か言いましたかー? 良く聞こえませんよー?」
「待て! 奴らを逃がすな!」
 追いすがる天使の前に、ベアトリーチェの召喚獣が立ちはだかった。
「こーぼーだいし…いじめるなら…容赦しない…」
 別の天使がフェンリルに攻撃を仕掛けた直後、周囲に高重力場が形成される。赤光の球から放出された数多の剣が一斉に彼らを貫いた。
「来い。我が相手をしてやる」
 フィオナは手にした剣を掲げ、挑発的な笑みを浮かべる。再び繰り出された衝撃波を、菫の高い防御力が受け止める。
「弘法大師は私が守る。必ず守りきってみせる!」
「お前らそろそろ弘法大師から離れろよ!」

 その時、巨大な火柱が上がった。
 次々に生み出されるそれは、天使達を巻き込み行く手を阻んでいく。

「――間に合いましたね」

 ほっとした様子の”司令官”を見て、天使の顔が苦痛に歪んだ。
「ミカエル…っ!」
 ツインバベルから降りてきた援軍で、形勢は瞬く間に逆転する。
「成る程。このためにおぬしは残っておったのか」
 インレが息つく先で、炎の力天使は微笑んでみせた。


 ※


「――殿下、よくぞご無事で」
 ツインバベルへ辿り着いた一行を前に、”蒼の微笑卿”は深く頭を垂れた。アテナは頷くと、撃退士の方を示し。
「この方達が護ってくれたおかげです」
「ええ、存じております。我らの”依頼”を成し遂げてくださったのですから」
 おっとりと微笑むベロニカに、諏訪もにこにこと頷いてみせる。
「皆が頑張ってくれたおかげですねー? 何とか辿り着いてよかったですよー?」
 陽動。足止め。囮。
 それぞれが出来ることを最大限やり切ったからこそ、成し得た結果だった。

 互いに労をねぎらう間、フィオナはシスを物陰に呼ぶとおもむろに告げた。
「ベロニカに伝えろ。『久遠ヶ原は冥魔…ルシフェルの一派と交渉を持とうという動きがある』とな」
「何?」
「あ奴の事だから既知やもしれんが…現状は賛成派有利のようだ、と付け加えておこう」
 聞いたシスは成る程と腕を組みつつ。
「以前、四国の冥魔が学園と交渉を持ったという情報を受けているからな…恐らく秘書官殿も学園が天界だけではなく、冥魔とも手を組む可能性があることは知っているはずだ」
 ただ、とフィオナを見やり。
「ルシフェルに近い一派が交渉を持ったというのは、初耳だ。報せておこう」
「ああ、好きに使え。ベロニカならいい手も思いつくだろう。必要なら引き続き情報を流してやる」
「……なぜ俺様にこの話を?」
 怪訝そうなシスに対し、フィオナは愉しそうに笑ってみせる。
「幼馴染みの故郷と無理に殴り合う必要はあるまい? なにより――舞台は混沌としている方が、我が愉しめるからな」
 
 フィオナが去ったあと、シスは通りがかったインレを呼び止めた。
「無事生き延びたようだな」
「おぬしらの加護が手厚くて、すっかり無傷らしい」
 互いに笑みを漏らした後、天使はほんの少し目を伏せる。
「――蒼閃霆公が死んだとき、あの女は泣いていた」
「……リネリアか」
 残された者達を見ているのが辛かった、とシスは言う。
「だがそれは悲しかったからではない、何もできないことが辛かったのだ」
 恋人を失い、師を失い、父を失った同朋たちを、ただ見ていることしかできなくて。
「今でも己に何が出来るのかわかってなどいない。だがな、これだけは決めたのだ」
 シスはインレを見据えると、その言葉を告げた。
「俺は生きる。だから貴様もまだ死ぬな」

 帰り際。
 見送りに来た天姫を前に、撃退士達は挨拶を交わしていた。
「ここに来られなかった方達にも、感謝の意を伝えて下さい」
「もちろんだ。ああ、置き土産にこれを渡しておく」
 菫がさりげなくプロテインを布教する隣で、ベアトリーチェはおずおずと切り出した。
「アテナ…友だちに…なってもいい…?」
「えっ…私と……ですか?」
 アテナは驚いたように瞳を見開いてから、やがてはっきりと頷いてみせた。
「私と友だちになりたいと言ってくれたのは、あなたが初めてです」
 そして全員を見渡すと、一礼し。

「このご恩は忘れません。あなた方に出逢えてよかった」

 笑顔の先にあるのは、未来へと繋ぐ希望の光。



依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: 誓いを胸に・ナナシ(jb3008)
 断魂に潰えぬ心・インレ(jb3056)
重体: 籠の扉のその先へ・Robin redbreast(jb2203)
   <天使の強襲を受けたため>という理由により『重体』となる
 誓いを胸に・ナナシ(jb3008)
   <天使の強襲を受けたため>という理由により『重体』となる
 天と繋いだ信の証・水無瀬 雫(jb9544)
   <天使の強襲を受けたため>という理由により『重体』となる
面白かった!:7人

創世の炎・
大炊御門 菫(ja0436)

卒業 女 ディバインナイト
二月といえば海・
櫟 諏訪(ja1215)

大学部5年4組 男 インフィルトレイター
『天』盟約の王・
フィオナ・ボールドウィン(ja2611)

大学部6年1組 女 ディバインナイト
籠の扉のその先へ・
Robin redbreast(jb2203)

大学部1年3組 女 ナイトウォーカー
誓いを胸に・
ナナシ(jb3008)

卒業 女 鬼道忍軍
断魂に潰えぬ心・
インレ(jb3056)

大学部1年6組 男 阿修羅
揺籃少女・
ベアトリーチェ・ヴォルピ(jb9382)

高等部1年1組 女 バハムートテイマー
天と繋いだ信の証・
水無瀬 雫(jb9544)

卒業 女 ディバインナイト