●
九重誉によって招集された8名は、渡された書類片手に意見を交わしていた。
「手練れ…8名…消息不明…つまり…危険が危ない…アテンション…」
ベアトリーチェ・ヴォルピ(
jb9382)は依頼書を読みながら、ほんの少し口元を引き結んだ。
(波風…ない場所…どんな…暴風雨…吹き荒んでいるのか…)
紙面から伝わってくるきな臭さに、嫌でも表情が固くなる。
資料をめくりながら、大炊御門 菫(
ja0436)もやや険しい表情を見せた。
「状況から見て、撃退庁の隊員は何者かに襲われたと見たほうがいいだろうな」
全員の通信が途絶えている以上、まともな状況にあるとはとても思えず。
「問題は”誰が何のためにやったか”だろうが……」
菫の言葉に、龍崎海(
ja0565)は思案げに首を傾げた。
「岡山といえば八卦だけど、あいつらは炉を使った作戦中だしなぁ。メイド悪魔も関東に派遣しているからそう大きく動かないと思うし……」
可能性はあまり高くないように思えた。では、別の悪魔の仕業なのだろうか? あるいは――
「いずれにせよ、8人もの手練れを襲ったのだとしたらなかなかの強敵だろうねえ」
そう言って、鷺谷 明(
ja0776)はいつも通りの笑みを浮かべている。実のところ、彼がこの依頼に参加した動機は何やら強そうな敵が現れたという噂を耳にしたからだった。
「急いで行けば、犯人がまだ証拠隠滅を終えて無かったりするのかな?」
Robin redbreast(
jb2203)の言葉に、六道 鈴音(
ja4192)は「可能性はあるかもしれません」と返しつつ。
(生きていてくれるといいんだけど……)
手にしているのは、消息を絶った隊員の履歴書。誉に頼んで取り寄せてもらったものだ。一人一人の顔写真を見つめていると、急に嫌な予感が沸き上がってくる。
もしかしたら、彼らはもう――
そう思いかけてかぶりを振り。まるで自分に言い聞かせるように、声へ力をこめる。
「1%でも希望があるのなら、生存の望みは捨てないわ」
話合いの結果、調査の流れは最初に全員でゲートに向かったあと、『結界内班』と『住民班』に別れて調べることとなった。
「地図を見る限り、調査範囲は結構広いみてぇだな。手分けして事に当たるにしても、予め調査地点やルートは決めておいた方がよさそうだ」
小田切ルビィ(
ja0841)の提案に、海も同意を示す。
「ゲートまでのたどりやすそうなルートや、搾取されている人が纏められてそうな大型の建物の位置とか知っておきたいね」
一通りのルートや集合時間等を決め、メンバーは転移装置へと向かう。
出発直前にジョン・ドゥ(
jb9083)は九重 誉を振り向くと、やや真剣な面持ちで告げた。
「俺達の帰りがあまりに遅いなら、それが情報だと思ってくれ」
無論帰ってくるつもりだがと付け加えると、誉はやや眉根を寄せてから。
「縁起でも無いことをいうなと、言いたいところだが。状況が状況だけに、そうも言ってられんのも事実だな」
そう言って全員を見渡すと、まなざしをいっそう鋭くする。
「当初からの説明通り、現地で何が起きているのかは全くの不明だ。細心の注意を払うように」
そして、と誉は有無を言わさぬ声音で告げた。
「必ず全員で、帰ってこい」
●岡山県I市
結界内に入ったメンバーがまず最初に気づいたのは、驚くべき静けさだった。
「物音一つ聞こえませんね……誰もいないんでしょうか」
周囲を見渡しながら、鈴音が戸惑いの表情を浮かべる。見える範囲に人影は無く、ひっそりというよりも不気味なほどに静まりかえっていて。
「何とも言えないが……近くに人や天魔の気配は感じないな」
菫の視線先には、数百メートル先に見えるゲート入口がある。
彼女達が足を踏み入れたのは、住宅街らしき一角だった。辺りには年季の入った家々が立ち並んでおり、恐らくは昔からの住民が暮らしている地区なのだろう。
バイクにまたがったルビィが、警戒色を浮かべつつ。
「ゲート突入前に先行偵察も兼ねて、外周部を軽く回っておかねぇか?」
「そうだね。住人がどうなっているのかも気になるし……」
同じくバイクに乗る海は、周辺地図を確認して大まかなルートを提案。ひとまず全員でゲート外周部を回ってから、突入する流れとなった。
出発してすぐ、結界内で起きている異変の理由が判明する。
「あそこに…人…倒れてる……」
ヒリュウと視覚共有していたベアトリーチェが、庭先で倒れている老人二人を発見した。すぐに駆け寄り、手当を施そうとしてみたものの。
「これは……亡くなってるね」
眉根を寄せる海の隣で、明もかぶりを振っている。その先ではジョンが、道の途中で停止している車をのぞき込み。
「……こっちもだめだ」
「まさか、みんな亡くなってるんですか……?」
青ざめる鈴音の隣で、ロビンが何かに気づいた様子で指さす。
「見てあれ」
彼女が示した先で、猫が倒れていた。
「あっちには犬も……小鳥まで死んでる。だからあんなに静かだったんだね」
撃退士達は直面する現実に、ようやく理解が追いついてきた。菫は絞り出すように声を出す。
「認めたくはないが……恐らく精神吸収が原因だろう」
「……どうやらここのゲート主は、結界内エネルギーを吸収し尽くしちまったようだな」
そしてそれは、閉じこめられた人々の生存が絶望的であることを意味していて。
重い沈黙。
ルビィは遺体に黙祷を捧げると、静謐に満ちる空を仰ぎ。ひと言だけ告げた。
「――先を急ごう」
※
突入したゲート内部は、結界領域同様に、静けさが支配していた。
最初に足を踏み入れたジョンは、罠や奇襲に警戒しながら周囲を観察する。
「……なんだか、病院にでも来たみたいだな」
恐らくは作成者の趣向なのだろう、ゲート内部は思ったよりもこざっぱりとしていて、装飾らしい装飾も見あたらない。オフホワイトの壁と廊下が奥に向かって伸びており、その先は二手に分かれているようだった。
「ヒリュウに…先行…させる…レッツ…スパイ…大作戦…ゴーゴー…」
「いい? なにかみつけたら、戻ってきて私に教えるのよ?」
ベアトリーチェと鈴音は召喚獣を呼び出すと、進路方向の索敵を行っていく。索敵を初めてすぐ、彼女たちに反応があった。
「敵…いない…けど……」
「あちこち、死体だらけですね……」
二人の言葉通り、奥に進めば進むほどサーバントの死骸が転がっている。
「撃退庁のひとがやったのかな?」
骸を観察するロビンに、同じく遺体を確認したルビィは思案げな様子で。
「恐らく……としか言いようがねぇな。見たところ低級タイプのようだし、隊員がやったとしても何ら不思議はねえが……」
明や鈴音が写真を撮る間、ジョンは死骸から利用出来そうなものを使って床に印をしていく。
「こうすれば、迷わずに済むだろう」
装飾の少ない床に、彼の残した印はくっきりと映えている。これならば、見逃すこともないだろう。
「にしても、サーバントが一匹も出てこないってのは不自然じゃないか?」
ジョンの言葉に明も頷き。
「だねえ。『ゲートが残っている』という事実と、どうにも噛み合わん」
「大体ゲート主はそこまで大物でも無かったって話だろ? にもかかわらず先行隊が消息を絶ち、ゲートがこうして残っている。主が入れ替わったのか、相打ちまでいったがコアには手が届かなかったのか……」
はたまた、何か不測の事態が起きたのか。
「ゲートを捨てていった可能性もあるだろうけれどねえ。現段階では、何がしたいのかさっぱりわからん」
その時生命探知を行っていた海が、結果を報告し始めた。
「やっぱり反応はないみたいだね。少なくともこの付近に”生きている”存在はなさそうだ」
聞いたメンバーの顔に、やや落胆の色がにじむ。普段なら敵の気配がないのは歓迎すべきことなのだが、今回に限ってはむしろ不穏さえ感じてしまうから始末が悪い。
足下に転がる死骸を見やりつつ、海は軽く吐息を漏らした。
「こうも死体ばかりだと、さすがに気が滅入ってしまうよ」
途中入り組んでいる箇所はあったものの、目指していた場所へは案外すんなりとたどり着けた。
転がっている死骸の数が多い道を選べばよかったのと、索敵や海の生命探知で敵襲への警戒行動が大幅に減らせたのが大きいだろう。
「たぶん…この先…最深部……」
大広間に続く扉をベアトリーチェが開けた瞬間、まとわりつくような臭気に思わず顔を背けてしまう。
「臭い…凄い…」
血と、肉と、何かが入り混じり合ったような。
中に入ったメンバーの前に、直視しがたい光景が広がっていた。
「なんて酷い……」
唖然となる彼らの視線先。
奥に見えるコアの周辺に、”人だった”ものが散らばっている。
手。足。半身の一部。鈴音は足下に転がる「頭部」を見て、唇を震わせる。
「この人……撃退庁の隊員です」
事前に隊員の背格好や顔の情報を確認していたため、かろうじて判別ができた。間に合わなかった悔しさと、誰がこんなことをという怒りで、唇を強く噛みしめる。
菫は一体に近づくと、致命傷と思われる傷を確認する。深く抉られた後頭部を見て。
「……頭部を一撃か。得物は銃のようなものか……?」
別の遺体を検分していた明は細かく撮影しつつ。
「こっちは喰い千切られたような跡があるねえ。……獣にでもやられたか?」
同じように他のメンバーも、遺体の傷口や状況をひとつひとつ写真に収め、記録していく。
そこでふと、ジョンがあることに気づいた。
「……なあ。消息を絶った隊員の数って確か8人だったよな?」
「ああ、そうだが……」
そこまで言って、菫は急にはっとした様子になる。ジョンもはっきりと頷いて。
「ここにある遺体は”9人”分だ」
損傷が酷いものも多かったため、一瞬気づかなかったのだ。
「……そう言えば、ゲート主は何処に行った?」
そう口にしたルビィを始め、全員の中に”ある可能性”が浮かんでいた。
「隊員を殺して逃げたという線もありだが。俺の勘が正しければ、恐らく……」
視線の先にいるのは、身元の知れない”9人目”。
「あたしもこの遺体がゲート主である可能性は高いと思う」
そう返すロビンは、この凄惨な状況に顔色一つ変えていない。
「ゲート主が死んでるんなら、サーバントの増援がないのにも納得がいくし」
であるならば、一体誰が彼らを殺したのか。
再び生命探知を展開していた海が、やや険しい表情で告げる。
「反応がないから、この近くに犯人はいないと思うけど……。気をつけた方がいいね、彼らを全員殺したんだとしたら相当危険な奴だ」
下手に遭遇でもすれば、彼らと同じ状況になりかねない。メンバーの間に自然と緊張の色が走る。
「今さら慌てても仕方ない。先行した奴らの連絡が途絶えてるんだ、もう俺達が入ることもたぶんバレてるよ」
ジョンはその瞳に、警戒色と挑戦色を同時に宿しつつ。
「寧ろ何か不測事態や存在が出た方が情報になるし、出て欲しい位だ」
「とりあえず…長居は…危険…。手早く…調査して…ここから出る…ジャスティス…」
ベアトリーチェの言葉に、菫は遺体を見おろしながら思案する。
「そもそも、賊は”なぜここを襲ったのか”を見極めなければならないな」
犯人が天魔にしろ人間にしろ、と彼女は続ける。
「もしゲートが目的だったのだとしたら、なぜコアを壊していない?」
そう、当初から疑問視されていた『違和感』。ゲートを襲ったのなら、破壊されていないこと自体不自然なのだ。
「見つかる時間を引き延ばすためなのか……」
だとすれば、なぜ時間稼ぎをする必要があるのだろうかとも思う。
「敵対勢力の弱小ゲート主を目立たず殺していって、後で一斉にコアを破壊して混乱させるつもりなのかな?」
そう言ってロビンがコアへと視線を移した瞬間、「あ」と声を漏らした。
「――ロビンも気づいたか。俺もさっきから気になってたんだが」
そう呟くルビィは、いつの間にか奥にあるコアの傍に移動していた。
「こいつ、何かおかしくねぇか?」
彼の言葉に、海がはっとした表情になる。
「そう言えば……今まで見たコアの色はどれも蒼白い色だった気がする」
目前のものはだいぶ薄れかかってはいるものの、血のような赤に染まっている。こんな色のコアを見たのは初めてで。
「ふうむ、やはりエネルギーは切れてるようだねえ」
言いながらコアの写真を撮る明に、鈴音も同意しつつ。
「結界内の人たちが死んでましたしね……。やっぱりゲート主が吸収してしまったんでしょうか」
「ゲート主以外の誰かが、このコアに細工をしたってことはないかな?」
ロビンの言葉に、ルビィが「俺もその可能性を考えていた」と頷いてみせる。
見たことの無い色。不自然な状態。
今までとは違う現象が起きているのは確かで。
「仮にゲート主を殺った奴の仕業だとしたら、目的にはおおよそ見当が付いてる。――まあ恐らく、”既に目的は果たした後”だろうが」
ルビィとロビンの提案により、メンバーはひとまず誉に連絡を取ることとなった。コアを破壊するにしろ、状況を伝えておいた方がいいとの判断からだ。
「じゃあその間に、私は天使の生活スペースが無いか探してみようかねえ」
そう話す明に、海とベアトリーチェが同行を申し出る。
「俺も一緒に行くよ。単独行動は危険だろうし」
「私も…怪しい箇所…探す…」
三人がコア部屋を後にする一方で、残りのメンバーも各々調査を再開する。
「あたしはもう少し遺体を調べようと思うよ。何か手がかりを残しているかもしれないし」
そう言ってロビンはもう一度、遺体がある場所について注目してみる。
(彼らが死後動かされた形跡はないみたいだね)
付近にまき散らされた血の量を見ても、ここが殺害場所だとみてよさそうだった。次に遺体の衣服を探ってみる。
「……所持品が持ち去られてる?」
通常であれば持っているであろう携帯やカメラが何一つ見つからない。同じく遺品が無いか探していた鈴音もかぶりを振って。
「何も残ってないみたいですね……」
恐らく犯人は、目についたものすべて持ち去ったのだろう。菫が腕を組みつつ。
「事件発覚阻止や、遺体の身元を隠すためとは思えんな。それなら死体ごと処分しなければ意味がない」
そもそも隊員が消息を絶った時点で、ここに誰かが足を踏み入れるのは時間の問題だった。それくらいのことは相手も判っていたはずで。
「となると残された可能性はやはり……」
「自分たちの痕跡を消すため、だろうね」
鈴音とロビンの言葉に、菫は軽く吐息を漏らす。
「随分慎重な奴だな」
状況を見る限り、犠牲者はほぼ即死といってよかった。それこそ、伝言を残す暇もないほどに。
彼女達は確かに感じていた。
ここにあるのは、冷徹に処理する”理性”と、暴虐の限りを尽くす”本能”の匂い。
一体どちらが、”本質”なのか。
そのとき、ロビンは血まみれの手がほんのわずか、何かを握っているのに気がついた。
「これは……動物の毛?」
血に染まっているため色はよく分からないが、人間のものと違うのは明らかだった。
「遺体は喰い千切られたような跡がありましたし、辻褄は合いますね」
鈴音にはそれが彼らのダイイングメッセージのように思えてならなかった。最期の最期で、何とか痕跡を残そうとつかみ取ったのだと。
「やはり犯人は、獣型サーバントを連れていたのだろうか」
菫の言葉に、ジョンが反応する。
「道中の死骸に獣型はいなかったからな。もし連れていたんなら、犯人のものだろうが……」
そう言って、改めて周囲を見渡す。
「さっきから足跡でも残ってないかと調べてたんだけどな。血でほとんど消されていて判別できなくて――」
直後、彼らの目に血溜まりの中で光る何かが映った。ジョンが拾いあげてみると、切れた鎖の先に宝石のようなものがぶら下がっている。
「……ペンダントか?」
血で汚れているためはっきり見えないが、何かしらの紋章が刻まれているようにも見えた。
その頃、明たちは天使が居住していたであろう部屋を発見していた。
「どうやらここは、無事みたいだねえ」
明の言うとおり、室内が荒らされた様子はない。まだ若い天使だったのだろうか、室内の装飾はいかにも天使風情といった感じではなく、どこかモダンな印象を受けるものだった。
「これ…天使の…写真……?」
ベアトリーチェがデスクに飾ってあった写真立てを手に取る。そこに映っていたのは、20歳前後に見える若い青年と子供の姿だった。海ものぞき込みながら。
「背格好や髪色を見るに、あのゲートで死んでた天使に間違いなさそうだね」
明は日記かメモでも残されていないか探してみるが、それらしきものは見あたらず。
「……はずれかねえ」
そう呟いたとき、ふと目に入るものがあった。
手に取ってみると、この町の観光スポットが書かれたチラシのようだった。他にも、この地域の特産品で作られた菓子を食べたような跡がある。
「へぇ。天使がこんなものに興味を持ってたのか」
そう呟く海の手には、ご当地限定のマスコットキャラが付いたキーホルダー。明はそれらすべてを写真に収めつつ、ある印象を抱いていた。
(ここのゲート主は、あまり積極侵略をするつもりがなかったのかねえ)
●調査と考察
『――なるほど。話を聞く限り、コアが何者かの手によって細工された可能性は高いな』
ルビィから一通りの説明を聞いた誉は、相変わらず淡々とした調子だった。
『とはいえ、ゲートを残しておけば更なる被害が生まれる恐れがある。記録を取った後は、速やかに破壊をしてくれ』
「ああ。了解したぜ」
その時受信機の向こうで、相手が沈黙する気配があった。
『……遺体回収については、こちらで手配しよう。酷な状況だろうが、残りの調査も頼む』
届く声音がこちらを気づかっているのだと気づき、ルビィはほんの少し表情を和らげるのだった。
ゲート内調査及びコア破壊を終えたメンバーは、各自で結界内と住民の調査を開始。
数時間後再び集まると、各自の調査結果を報告し合うこととなった。
>ゲートについて
「ここについては、私から報告しよう」
最初に手を挙げたのは菫だった。
「私がまず確認したのは、いつからゲートがあったのかという部分だ。住民の話によれば、半年ほど前にゲート展開が行われたようだな」
とは言え、天使は住民を蹂躙するような素振りは見せなかったらしい。
「ゲート展開時の死者はゼロ。その後も緩やかなエネルギー詐取以外に目立った行動は確認されていない」
それと、と菫は手元のメモをめくっていく。
「私は近くにゲートがあったにもかかわらず、付近住民の多くが避難していないのが気になってな。その点も確認してみた」
彼らの話を聞くに、どうやらゲート主が積極支配をしていなかったのが理由らしかった。加えて人口の少ない町だったのも影響したのだろう、と菫は言う。
「高齢者が多い地域だからな。今さら危険の多い都市部に移動するくらいなら、ここに留まった方がマシだと結論づけた者も多かったようだ」
「その点については、俺の調査結果からも裏付けられると思う」
続いて発言したのは海。
「俺は結界内住民への聞き込みを……と思ったんだけど」
まさか全員死んでいるとは思わなかったからね、と肩をすくめつつ。
「一応生存者はいないかと思って結界内を回ってみたけど、駄目だった。ただ、撃退庁の隊員が結界内に入った時に何人か脱出した人がいたみたいでね。その人たちから話を聞けたよ」
彼らの話によれば、結界内は比較的落ち着いた状態が続いていたらしい。
「理由はやっぱり、ゲート主が目立った侵略をやってなかったからだと思う。住民を一箇所に集めたりとかもなく、結構自由に過ごしてたようだね」
その影響からか、中には悪魔から守ってもらっているとさえ思っている住民もいたのだとか。
「俺は結界内のサーバントを中心に調べてみたんだが……」
ジョンはその時に撮った写真を皆へ提示する。
「ゲート内にいたものと同タイプの死骸が転がってたな。どれも死後数日経っていない様子だった」
「俺もバイクで結界内を回っていたときに、サーバントの死骸をあちこちで見たぜ。傷跡を見た限りでは、撃退庁の隊員がやったようだったが……」
ルビィの言葉にジョンは頷いてみせ。
「俺が調べたものも、多くは撃退庁の隊員がやったものと見ていいだろう。ただここに映ってる奴らだけは、他の死骸とは異なる特徴があった」
示された写真を見たメンバーも、何かに気づいた様子だった。
「これってもしかして……」
「ああ。これは多分”サーバント同士が争った跡”だ」
「しかもここに映っているのって、ゲート内にはいなかったやつだよね」
種類を細かく記録していた海の言葉に、再度頷いて。
「つまりこれは、”天使同士が争っていた可能性”を示していると思うんだよな」
>ゲート主について
「ここは私が、報告しようかねえ」
明はゲート内外で撮った写真を、並べていく。
「ゲート主は観光名所に興味があったようだったからね。試しに私も回ってみたよ」
どうやらここの生活を楽しんでいたようだ、と笑いながら。
「そもそも手柄を欲するタイプなら、こんな小さな町にゲートを開くのは効率が悪い。どこぞの島のように特殊な地脈でもあれば話は別だろうけどねえ」
やはりここのゲート主は、撃退庁の調査通り大した力の持ち主ではなかったのだろう。
「もっと踏み込んで言えば、ここの天使は”穏健派”だった可能性が高いと私は見ている」
菫の話によれば、天使は折に触れ住民のことを気にかけていたのだという。海も同意しつつ。
「精神吸収で体調が悪くなった者がいないか、聞いて回っていたらしいしね」
「ああ。そういう言わば”ぬるい”ゲート運営は、武闘派の元ではまずあり得ないからな」
「私も…ゲート主…気になって…調べた……」
そう言ってベアトリーチェが、ゲート内で見つけた写真を取り出した。そこには天使らしき青年と、小学生くらいの子供が映っている。
「一緒に映ってる…子供…その天使が…結界外に…出しあげた…みたい…」
話を聞いていた鈴音は考え込むように。
「なんだか話を聞けば聞く程、その天使が結界内の人間を全滅させたとは思えないですね……」
>今までに変わったことはないか?
まず手を挙げたのは鈴音だった。
「私は付近住民への聞き込みをやってみたんですが……」
彼女の報告によれば、撃退庁の隊員が来た日、彼らよりも早くゲート内に入っていく人影を見た者がいたらしい。
「明け方で暗かった上に遠目だったから、姿ははっきり見なかったようですけど。二人連れだったのは間違い無いみたいですね」
同様の報告は、他のメンバーからも挙がっていた。やはり内容は同じで、比較的近くで見た人も、相手がフード付きのローブを被っていたため顔までは見えなかったらしい。
「それと気になったのが……数日前から行方がわからなくなっている人がいるみたいなんです」
彼女の話によれば、捜索しようか迷っていたところで撃退庁の隊員が来たのだという。
「ゲート破壊が終われば探してもらうよう話していたみたいですが……」
「その隊員すら行方不明になった、か」
ジョンの言葉に頷いてから、彼女は一枚の写真とメモを差し出した。そこには行方不明者の顔と、いなくなった日の服装や交わした会話などが記されていて。
「シンパシーで確認したんで、ほぼ間違い無いと思います」
その写真を見て即座に反応したのは、菫だった。
「実は後で報告するつもりだったんだが……。ゲートを監視する者がいなかったか、高台等を調べにいってみたんだ」
その途中で、何者かに殺害された遺体を発見したのだという。
「まさか……」
鈴音の視線に、菫は頷いてみせ。
「この人物で間違い無いと思う」
殺害の手口は殺された隊員のものと同じだったと、彼女は言う。その時、皆の話を黙って聞いていたロビンが、おもむろに切り出した。
「その場所で犯人と鉢合わせたのは、間違い無いと思うよ」
見れば彼女は、大量のメモ束を手にしている。
「あたしは人が多く集まる場所を探して、聞き込んできたんだけど」
ロビンが向かったのは学校やスーパーなど、人の出入りが多い場所。時間帯をずらしたり、聞き込む相手の年齢をわざとばらけさせたりと、できるだけ幅広い層からの聞き取りを行ったという。
「学校で子供達と話したときにね、気になる証言があった」
彼女の話によると、相手は小学1年生の男の子で、近くの裏山でよく遊んでいたのだという。
「地図で確認した感じだと、たぶん菫が行った場所と同じだと思う。その子が言うにはね、昨日その場所で”狼人間”と会ったんだって」
その発言に、メンバーの間に驚きの色が走る。
ロビンのメモには、その時に二人が交わした会話が記されていた。
――ぼく、オオカミ人間だすごい!って言ったんだ。そしたらね、オオカミ人間は『しかたねえ、がきはやらねえしゅぎだ』ってしゃべったんだ!
「それともう一人、女の子もいたらしいよ。その子が狼人間のことを『シリウス』って呼んでたみたいだね」
※
「――これまでの情報を照らし合わせて、考えてみたんだが」
一通りの報告を聞き終え、ルビィは自身が導き出した答えを口にしていた。
「ここを襲った奴らの目的は敵対勢力の拠点制圧ではなく、ゲートに蓄積してるエネルギーを秘密裏に略奪する事だったと俺は見ている」
紅く染まったコアの写真を見やりつつ。
「こいつに何らかの細工を施すなり、ゲート主を挿げ替えちまえば、或いは……」
「あたしもそう思うよ」
発言したのは、ロビンだった。
「そういう目的なら、コアが破壊されていなかったことにも説明がつくし。結界内の人間が、精神エネルギーを吸収し尽くされていたことも納得できるよね」
「犯人…もふもふ狼の…”天使”…ファイナルアンサー…」
ベアトリーチェの言葉にジョンも頷きつつ。
「正直、最初は悪魔の仕業かと思ったんだけどな」
秘かに彼の脳裏をよぎっていたのは、冥界の大将・ルシフェルだった。不測の事態があったのならもしやとの目論見を、持っていたのだが。
「俺自身が、天使同士が争っている根拠を見つけちまったしな」
苦笑気味に話す彼に、明もそうなんだよねえと笑いつつ。
「私も当初は、陣取り合戦の前段階かと考えてみたんだが。天使も悪魔も関東に大きいのを開いたから、事を急ぐ必要はないと思い直してねえ」
「じゃあやっぱり、噂に聞く”天界の派閥争い”の影響で増援でも来たのかな?」
海の言葉を皮切りに、ルビィはかねてから思案していた『可能性』について言及する。
「小規模ゲートで発生した『何かの兆し』。今年に入ってから発生したと言われている天界の『内ゲバ』。この2つが関係している可能性は捨てきれねェと、俺は考えている」
時期的に、内ゲバが次の段階に移行したとしても可笑しくないとも。
「その次の段階ってのが、相手の勢力を潰すのにエネルギーラインを横取りしているのだとすれば……すべてに辻褄が合ねぇか?」
「確かに……十分あり得ますね」
鈴音は一つ一つ言葉を確かめるように続ける。
「調査結果を見る限り、ここのゲート主は穏健派だった可能性が高いですよね。であれば、今回ここを襲ったのは恐らく武闘派……」
続いて明も、ふうむと腕を組み。
「横浜と京都は別口らしいし、京都は長い戦いで荒れているしね。となると、その『シリウス』とやらは武闘派の中でも京都の一派かもしれんとは思うのだが」
「京都の次にこちらがやられているのを見るに、件の人狼が京都ゲートから出てきた可能性は十分にあるだろうな」
そう応えた菫はやや険しい表情を浮かべつつ。あまり当たって欲しくはない”予感”を口にする。
「この先、四国や九州の天使達が襲われることもあり得るな」
彼女の脳裏には、先日相対した”ミカエルの側近”が浮かんでいた。
(ベロニカ達がいま危険な立場にあるのは分かっている)
既に大きな”流れ”は動き始めたのだと、確信に近いものを感じつつ。
(シス達、騎士団や隙に乗じてメイド共は動くのだろうか)
これから世界は、どこへ向かおうとしているのか。
「いずれにせよ、この先何が来ても跳ね除けなければならない」
そうでなくては前に進めないと、彼女は胸に誓う。
「これ以上犠牲者を増やすわけには、いかないわ」
そう呟く鈴音の瞳にも、強い意志がこもっていた。
※※
「――へーへーほーふむふむー」
ヘッドホンを外した少女は、どこか愉快そうに言った。
「あたしらの存在、やっぱバレちゃったね。てか、ここに来た目的もシリウスの名前までバレてるしぃ。あいつら、結構やるじゃん」
からからと笑う彼女に、天狼の男は呆れた調子で言いやった。
「ったく。お前が軽々しく俺の名を呼ぶからだろうが」
「えーなになにあたしのせいにすんの? 大体、シリウスがあのガキ見逃すからじゃん」
「うるせぇよ。……というかアルヤ、首から提げてたやつはとうした」
「あれれれれ? ふぁーどっかで落っことしたみたい」
悪びれる様子のない相手に、男は諦めた様子で視線を戻す。
「まぁ、いい。俺が来たことが知れるなら知れるで、構やしねぇよ」
「んんん? どーゆーこと?」
「俺達が王権派についたことくらい、奴の耳にも入ってるはずだ。既に地球入りしたとわかれば、動かざるを得ないだろうよ」
アイスブルーの瞳が、獲物を狙い澄ますように。
「奴らが動いたところを刺すってのも、一興じゃねぇか。なあ?」
「うわーひどいねー。ついさっきまでミカちゃんに動かれたらめんどーってんで、不運なニンゲン殺ったクセにねー」
まーでも、と爬虫類をも思わせる瞳が嗤う。
「シリウスのそーゆーとこいいと思うよ。切替上等ってやつぅ? ザイちーも見習えばいいのにねぇ、あったま固いからさぁ」
「仕方ねぇな。奴と俺とじゃ通ってきた来た道が違うんだからよ」
表に記された歴史には、必ず見えない裏側がある。
誰かがそこに立たなければならないなら自分が――ただ、そうしてきただけのこと。
「――ま、楽しもうや。どうせなら」
元より急ぐつもりなどない。
次の一手を打つまでが、何より愉しいのだから。
●久遠ヶ原
「――成る程。生徒達が持ち帰った『情報』は、想定以上だったようだな」
そう言って報告書をめくる太珀に、誉はええと頷いてみせた。
「彼らが提示した『考察』についても、理屈が通っていますからね。天界の派閥争いが本命と私も見ています」
「ふん、内輪揉めに地球を利用するとはな。天界どももふざけたことをしてくれる」
そこで太珀は、報告書のある記述に目を留めた。
「この『紋章入りペンダント』とやらの正体はわかったのか?」
「ああ、そのことなんですが」
誉はスーツの内ポケットから”それ”を取り出すと、太珀の前に掲げてみせる。
「ちょうど見せるにはうってつけの者がいましたのでね。確認させたところ、面白い言質がとれましたよ」
驚きと困惑に満ちた従士の表情が、今でも目に浮かぶ。
「その者が言うには、『その紋章はベリンガム王のものだ』だそうです」
災禍はもうすぐ、そこまで。