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マスター:久生夕貴
シナリオ形態:ショート
難易度:難しい
形態:
参加人数:8人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2016/04/25


みんなの思い出



オープニング



 託した先は、正に真か?



●久遠ヶ原

 その日、西橋旅人(jz0129)はとある住宅街の一角を訪れていた。
「ほう。ようやくミカエル様との接見が現実味を帯びてきたか」
 出迎えたオグン(jz0327)の言葉に、旅人ははっきりと頷いてみせる。
 昨年の会談から半年。ひとまず天冥の全面戦争が回避されたのもつかの間、今は関東や北海道で争いが勃発している。
 天界上層部での派閥争いが囁かれる中、学園内では四国・ツインバベルへの接触を水面下で模索していた。
 とはいえ事が進む前に明るみになれば、オグンだけでなく関わった者全てを危険にさらしかねない。
 太珀や旅人が慎重に学園側との交渉を進めた結果、ようやく【穏健派ミカエルとの接見可能性】を見出すに至ったのだ。
「それでオグンさんに窺いたいのですが、ミカエルさんに接見するにはどうするのが確実でしょうか」
 旅人の問いにオグンはふむ、と顎髭をさすり。
「あのお方に取り次ぐのならば、まずは側近のベロニカ殿に相談するのがよかろう」
 ミカエルは高位天使である以上、いきなりの接見は難しいという。
「そのベロニカさん…というのは?」
「ミカエル様の幼少時から仕えておる文官で、天界全体の事情にも明るい。優秀な秘書官ゆえ一筋縄ではいかんだろうが、信を得れば必ず協力してくれるであろう」
 ついでに言うとな、とオグンはどこかいたずらめいた笑みを浮かべる。

「ベロニカ殿は蒼閃霆公の姉君だ」


●四国・ツインバベル《双剣の天女》

 謁見の間を後にしたシス=カルセドナ(jz0360)は、緊張を解くように大きく息を吐いた。
 主君であるウリエルから、突然下された命。

 ”秘書官の護衛任務”

 先方たっての希望だと告げられたが、恐らく主君はなぜ自分が指名されたのか、知らないでいるのだろう。
 いや、正確に言えば自分にも本当のところはわからないでいるのだが。
「何がどうなっているのかさっぱりだ!」
 先日久遠ヶ原学園から連絡があり、一通の文を託された。中身を見てはいないが、学園と団長双方からのものらしい。
 渡す先は、ミカエルの秘書官であるベロニカ・オーレウス。シス自身は会ったことがなかったが、その噂を断片的に聞いたことはあった。
 そう、あれはまだ幼い頃――


 ※※

「のう、バルシークよ。”蒼の微笑(みしょう)卿”が来ておるようだが、おぬしは顔を見せんでいいのか」
「いや、私はいい」
「遠慮せんでも卿はおぬしの姉君であろうに」
「………………姉上は怖い(断言)」
「…………」
「…………」

 ※※


「あの蒼閃霆公が畏怖を覚えるなど、一体どんな奴なのだ…」
 学園からの文は直接渡すと目立ちすぎるため、ベロニカ付きの秘書見習いに渡していた。
 そして数日を経て、護衛指名に至る。団長の件が絡んでいるのはまず間違い無い。
 恐る恐る執務室に赴いたシスを出迎えたのは、意外な”微笑み”だった。

「そなたがシスですか」

 おっとりとした声音。瑠璃色の瞳が、まっすぐにこちらを向いていた。
(これが、蒼閃霆公の……)
 床まで届きそうなほどの、ゆるく波打つ鳶色の髪。身につけた群青色の官装は、かの大天使の外套を思い起こさせた。
 シスは片膝をつくと頭を垂れ。
「従士シス=カルセドナ。主君の命を受け…」
「ああ、かように堅苦しい挨拶はいりません。いらっしゃい、顔を見るのを心待ちにしていましたよ」
 にこにことそう告げられ、シスは拍子抜けしてしまう。
 あれ、意外と怖くない。
 どうやら杞憂だったと知ったシスは、早速気になっていた事を切り出してみる。
「秘書官殿は、蒼閃霆公の姉君と聞いているが」
「ええ。それがどうかしましたか?」
「と言うことは年は何才dぐほおおおおおおお」
 脳天に稲妻を浴びたシスは悶絶しながら叫ぶ。
「なななな何をする貴様殺す気か!」
「何か言いましたか?」
「いえなんでもないです」


●種子島

「――わかった。後はこちらに任せてくれ」
 通話先の西橋旅人へそう告げ、九重 誉(jz0279)は腕時計を見やった。時刻は朝の八時半。約束の時間まであと少しだ。

 ”ミカエル秘書官との会談”

 旅人の話では、秘書官を名乗る相手から接触があったのはつい一週間前のこと。間を取り持つ従士によれば、一度生徒に会いたいと言って来たらしい。
 会談場所について、誉は旅人から相談を受けていた。現在天魔の活動がないこの島なら、他の者に気づかれにくいからだ。
 そうしたいきさつを経て、現在関東戦で手一杯な旅人に代わり、誉は会談に立ち会うこととなった。
 連れてきた生徒達の顔にも、緊張の色が見える。時計の針は、約束の刻を指そうとしていた。

 秘書官ベロニカ・オーレウスは、従士を伴い時間通りに姿を表した。
 絶やすことのない微笑。その奥で深い英知がのぞくのを誉は見た気がした。
 彼女は一通りの挨拶を済ませると、おもむろに切り出す。
「本題に入るにあたり、わたくしから提案があります」
 怪訝な表情を見せる生徒達へ、ベロニカはおっとりと微笑んで。
「そなたらとオグン殿の意は分かりました。なれど存知の通り、我らがそなたらと『対等』に会談したと知れれば、立場上難儀なことになりかねません」
 彼女によればいくらこの地が緩衝地帯と言えど、上層部による『天界優位』の意識は変わらない。
 下手をすると余計な難癖をつけられ、この会談自体が握りつぶされてしまう恐れがあるという。
「かような隙を、みすみす作ることもないでしょう。そこでそなたらには私の信を得た上で、『己が力』を持って接見の権を得てもらいたいのです」
 その言葉に誉はふむ、と頷き。
「己が力、とは具体的に何を指すのか」
 ベロニカはゆっくりと視線を動かし、隣にいるやたら白い従士に告げる。
「シス、今からこの者たちと手合わせなさい」
「ぬ!? しょ、承知した」
 やりとりを聞いた誉はつまり、と確認する。
「生徒達が彼に勝てば、貴君との交渉に入れると?」
「いいえ。手合わせの結果次第で、ミカエル様への接見を約しましょう」
「何?」
 彼女の返事に真っ先に反応したのは、シスだった。
「秘書官殿、それは本気で言っているのか?」
「ええ、もちろんですよ」
「いやちょっと待て。貴様の信を得るのならばもっと、こう、手汗握る言霊聖戦(訳:駆け引き)とかあるだろう?」
「かようなものは、飽きました」
「はあああああ!?」
 オグンの時のような話し合いを想定していただけに、生徒達もあっけに取られている様子だった。ベロニカは大して気にする様子もなく。
「ただし。そなたらの中から二名、この子につけてください」
「おい、そんなものはいらん。俺様だけで十分だ」
「とは言えこの子はそれなりに強いですし…」
 シスの抗議は完全スルーし、彼女は思案げに視線を動かす。ふと、シスの後ろにいるからくり人形に気づき。
「そのエア友だちは封印なさい」
「その呼び方はやめろ(まがお」
 そして蒼の微笑卿は撃退士へ向け、おっとりと微笑んだ。
「こちらからの提案は以上です。そなたらの返事を聞きましょう」

「……先生どうしましょう」
 生徒からの言葉に、誉は躊躇無く返す。
「ここまで来た以上、断る理由もない。諸君等もそのつもりだろう」
 とは言え、恐らくこの試合ただ勝利すればいいというものでもない。
 なぜなら彼女は”シスに勝てば”とはひと言も言わなかったからだ。
 誉は内心で苦笑する。
(なるほど。噂通りこれはやっかいだ)
 
 さて、どうしようか。


リプレイ本文





 いつか、その高みへ






「己の力、か」
 ミカエル秘書官の提案に、大炊御門 菫(ja0436)は思案げに呟いた。
 水無瀬 雫(jb9544)も考え込むような表情で。
「ただ力を示すだけなら、シスさんを倒せばいいわけですよね」
 けれど彼女はシスにハンデを負わせてでも、チームを分けるよう指示した。
「違う陣営同士でも連携できるのか見たいのでしょうか? そんな単純な話でもない気がしますが…」
 彼女の言葉に菫も頷く。
「私達は何を求められているのだろうな」
 万の言葉では足りない。
 言葉を刃に代えて切結び、刃に魂を込めて語る。
(瞬刻に交わした刃こそ力は宿る…そう言いたいのか?)
 ベロニカの瞳を見て、マキナ(ja7016)は高知戦のことを思い出していた。
「この展開が、蒼閃霆公の望みに近づいたのであればいいんだけだけどな…」
 自分は彼の最期に立ち会えたのみで、刃を交えることはできなかった。
 見事な生き様。
 あの目は、遥か未来を見据えていたように思う。
 彼女の瑠璃にも、同じ未来が見えているのだろうか。

「気に食わん」
 フィオナ・ボールドウィン(ja2611)は開口一番そう言い捨てた。
 彼女の脳裏に浮かぶのは、穏健派との窓口であった”禍津の使徒”の顔。
「穏健派との話であるならば、何故あ奴がおらぬのだ…」
 一介の使途との約定。地位を考えれば無かったことにされてもおかしくはないけれど。
「……やはり、気に食わん」
 若杉 英斗(ja4230)は初めて知らされた情報の多さに、驚きを隠せないでいた。
「オグン、生きていたのか……」
 学園が死んだと発表したオグン。
 実際は生きていて、秘密裏に動いていたとは思いもよらずに。
(事情が事情とはいえ、俺が学園に不信感を抱きそうだな……)
 欺かれていた事への釈然としない想い。言葉に出さずとも自分と同じように感じている者も多いだろう。

 他方、オグンの件に直接関わっていた黒羽 拓海(jb7256)は、また別の想いを抱いていた。
(ようやくここまで来たか)
 オグンの命を何とか繋いでから、一年。
 情勢は大きく動き、今のまま行けばより苛烈な戦いが待っているかもしれないと、彼は考えていた。
(だが、この機会を物に出来れば変えられる目はある)
 仲間を騙すことになってでも、選んだ道だ。ここで成功させなければ、全てが水の泡になってしまう。
 そう強く想っているのは、あの場にいたナナシ(jb3008)も同様で。
 天魔共存を目指す彼女は、シス班を天使、悪魔、人間の混成チームにすることを提案していた。
「シス、打ち合わせしたいのでこちらに来てもらえますか?」
 マキナの言葉にシスは若干躊躇いがちに。
「ほう…謀略の合(訳:話合い)に俺様も混じれと?」
「貴方も参加するんだから、一緒に考えるのは当然でしょ」
 ナナシが問答無用で引っ張り込んだところで、雨野 挫斬(ja0919)と雫が飲み物やお菓子を配り始めた。
「腹が減っては〜ってことで、はいこれあげるわ!」
「ぬ!? あ…ありがとう」
 雫もシスに飲み物を渡しつつ、そういえばと切り出す。
「私、なすっぴー?の関係者です。来られなかった彼の代わりに来ました」
 そう言えば伝わると聞いて来たのだが、大丈夫なのだろうか。彼女の心配をよそに、相手は驚愕の表情に変わっていた。
「何だと…? では貴様はかの一族の同朋なのか」
「ええ、まあ」
「くく…成る程。つまり今の貴様は世を忍ぶ仮の姿ということだな!」
「いえ違いますが」
 噛み合わない会話を生暖かく見守りつつ、マキナは呟いた。
「それにしても、バルシークに姉がいたとは思いませんでした」
「ほんとね。私こっそりバル姉って呼ぶことにするわ」
 そこで拓海はふと、ある事実に気づいてしまう。
「ん? そう言えばあの古参騎士の姉となると、随分……」
 続きを口にするより早く、背筋に悪寒が走る。
「どうしたの黒羽さん?」
「い…いえ。雷に打たれる自分を幻視した気がしますが何でもないです」

 話し合いが終わったところで、いよいよ手合わせ開始の流れとなる。
 その時、挫斬がおもむろにベロニカへ向かって切り出した。
「ねえ、戦う前に言っていい?」
「聞きましょう」
「今回のゲームで、私達が組むに値するのかを見るのは勿論だけど」
 視線の先でベロニカはどこか楽しげな様子で聞き入っているようにも見える。
「同時に人間に対して色んな遺恨がある焔劫の騎士団員が、本当に私達と組めるのかシス君を通して見るつもりなんでしょ? 敵と同時に味方も計ろうとするなんてアナタ怖いわね」
 彼女は微笑んだまま、何も言わない。挫斬はちょっと不満そうに。
「計られっぱなしは悔しいからやり返すけど、今回の件をアナタ個人はどう思ってるの?」
「どう、とは?」
「親しい友人知人だけでなく弟まで殺した下等な家畜である私達と、和議や友好関係を結びたい? 結べると思う?」
 そう問われたベロニカは、ほんの少し考える素振りを見せ。
 にっこりと、微笑んだ。

「その答えを教えるには、早計でしょう」




 開始直前、審判を務める九重 誉が改めてルール確認を行っていく。
 皆で決めた方法は以下の通り。

・各チームリーダーを選出し、先にリーダーを倒した方が勝者
・生命力が一瞬でも0以下になった者は退場

 最初は互いに50m離れたところからスタートだ。
「天界側のリーダーがシス君、撃退士側のリーダーがフィオナ君だな」
 そこでシスが同チームの二人を振り向いた。
「くくく…喜ぶがいい。俺様がこの隊に相応しい名を考えてやった」
「却下よ」
「まだ何も言ってないぞ!」
 憤慨するシスをスルーし、ナナシはにぱっと笑う。
「じゃあ、今から私と貴方は『友達(仮)』ね」
「ぬ……」
 拓海もシスに向き合うと、はっきり告げる。
「俺も今から背中をお前に預ける」
 その胸にあるのは、満開の桜の下で交わした約束。
「あの時語った言が嘘ではないと示す、良い機会だからな」
 彼らの言葉にシスはしばし沈黙していたが、やがて視線を上げ。
「ナナシ、拓海。俺様からも言っておくことがある」
「あら、何かしら?」
「これより先は、貴様らを魂の盟友(ソウルメイト)だと思うことにする」
 顔を見合わせる二人の目前で、天使は意気揚々と宣言した。
「この戦い勝ちにいくぞ。俺様に付いてこい!」

 一方、撃退士チームも既に臨戦状態にあった。
「さて、少しは楽しませてもらえるのだろうな?」
 不敵な笑みを浮かべるフィオナの隣で、雫も集中力を研ぎ澄ませ。
「この様な手合わせの機会は滅多にありません。全力で戦い学ばせてもらいましょう」
「人間対人間はあまり好きじゃないけど…今回は仕方ないな」
 英斗にとって、この力は天魔と戦うために鍛えたもの。仲間相手に振るうのは本意ではないが、やるしかないと覚悟を決める。
 蒼き炎を纏ったマキナは、戦闘モードへと切り替わり。
「己が力なんて小難しいこと言われても、分からねえし」
 戦えというなら、全力でやるまで。
 彼が好戦的な色を瞳に宿す隣で、菫はこちらを見守るベロニカを意識している。
(彼女は何故、微笑んでいる?)
 絶やすことのない、微笑。その理由が、少し気にかかった。
 対する挫斬は、愉しそうに戦場を見渡し。
「相手が天使でも悪魔でも同じ人間でも」
 戦友、家族、恋人でも。
「私の前に武器を持って立つなら、全て敵よ。そして敵なら戦うわ」
 逆に、と彼女は同チームのメンバーを見やり。
「天使でも悪魔でも、昨日までの敵でも仇でも」
 横に立つなら共に戦う仲間で、後ろにいるなら守るべき者。
 刹那、挫斬の全身を濁った赤の陽炎が覆い始める。
「そう割り切れば世界は単純に楽しくなるわ。割り切れればだけどね」

 誉の合図が、始まりを告げる。

「というわけで楽しく遊びましょ、きゃははは!」




 開始と同時、菫と挫斬はシスチームへの接近を開始した。
「相手は遠距離から速攻戦を仕掛けてくるだろう」
 ならば自分も、全力で前に出るのみ。
 建物の影を利用しながら足を進め、後続のための道を拓く。
「フフフ、さあどこにいるかしら〜?」
 嬉々とした様子で挫斬が建物と建物の間を橋抜けようとした瞬間、身体に衝撃が走る。
「いった〜い!」
 撃たれた角度を考えると恐らくは”上”から。挫斬が視線を走らせると上空からこちらを狙う人影が見えた。
「随分遠いところから狙ってくれるじゃない。逃がさないわよ!」
 直後、シスの声が辺りに響いた。
「迷える子羊に皓獅の加護を…真空蒸着(コスモオーラ)!」
 巨大な陣と共に、白輝のオーラが彼らを覆う。建物の影から弓で攻撃していたマキナが舌打ちをして。
「あの時と同じ手を使って来やがったか」
 初手で特殊抵抗と防御力を上げてくるやり方は、高知戦で見た手法だった。拓海とナナシの性能傾向から見てもぴったりの能力と言えるだろう。
「さすがは支援型ですね…これは長期戦を覚悟した方がよさそうです」
 同じく建物に隠れていた雫の後方で、フィオナはふんと笑みを刻み。
「望むところよ。そのための布陣であろう」
 攻撃型の相手と違い、こちらは圧倒的に防御型が多い。同じく防御の要である英斗も頷いて。
「あの強化が続いている間は慎重にいった方がよさそうですね」
 下手すれば一気に攻め入られ、落とされかねない。
「焦らずいきましょう!」

 一方、開始直後に飛行したナナシとシスは、遠距離攻撃を続けていた。
「必ず誰か突っ込んでくるはず…そこを狙うわ」
 意思疎通で指示を飛ばしながら、ナナシは大型ライフルで向かってくる相手を狙撃する。菫は最前列で進みながら、上空の二人を見やった。
「……この位置からでは届かないな」
 発見次第速攻で叩くつもりだったが、初手から飛行されたために自分の射程では届きそうもない。
(仕方ない、長期戦を覚悟するか)
 ナナシの銃弾を受ける直前、菫の瞳が瞬きと同時に暗赤色へと変化する。冥の力を封殺し極力ダメージを減らしつつ、菫は反撃の瞬間を探る。
 遮蔽物に潜む拓海も狙撃銃片手に敵影を探っていた。
(あの建物の後ろに一人…)
 挫斬が出てきたところへ銃弾を放った直後だった。
「フフ、つ〜かまえた!」
 気がつけば瞬間的に加速した挫斬が目の前に迫っていた。間合いを詰められた拓海が身構えると同時、嬌声があがる。
「アハハ!さぁ、解体してあげ、じゃないしたら不味いわね。遊んであげる!死なないでよ!」
 身体のリミットを外した彼女は、力を一気にバーストさせる。
 一回、二回。
「くっ…!」
 凄まじい勢いで叩き込まれる攻撃に、拓海の表情が苦痛に歪む。
 三回目を受けたところで、ナナシの援護が入った。
「悪いけど、あなたと遊ぶのは危険過ぎるわ」
 生み出した黒杭が挫斬の手足に打ち込まれ、動きを封じ込める。
「シス、黒羽さんお願い!」
「任せておくがいい!」
 シスが放つ巨大チャクラムが、意識を刈り取られた挫斬の胴部に直撃する。大きく体勢を崩したところを、拓海の一閃がとどめを刺した。
「……何とかなりましたね」
 地に沈む挫斬を見て、拓海が息をつく。シスの強化魔法を受けていなければ、恐らく負けていただろう。
「ちょっともう終わり〜?」
 速攻で脱落となった彼女は不満顔。退場を告げた誉は苦笑しながら。
「あれだけ狙われたら仕方ないな」
 ちなみにナナシの狙いは、最初から攻撃の要である挫斬を一番に落とすことだった。そう言う意味では、むしろ危険と判断されたことを誇るべきなのかもしれない。
「ほんとはここから死活って楽しくなるんだけどな〜。まぁ、今回は手合わせだから我慢しないとね」
 物足りないが仕方がない。挫斬は切替早く応援席へと移動した。

「ようやく一人か…先は長いな」
 拓海が次なるターゲットを探そうとした瞬間、飛び出してきた影に大きくはじき飛ばされた。
「っ…!」
 見れば烈風突を命中させたマキナが、戦斧に持ち替えやりと笑みを浮かべている。
「悪いが、俺の相手をしてもらうぜ」
「成る程。望むところです」
 同じく刀に持ち替えた拓海は、闘気を解き放つ。
 勢いよく振り抜かれた刃。躊躇無しの全力突撃を受け、マキナは嬉々とした様子で戦斧を振りかぶった。
「やるじゃねえか。やっぱタイマンはこうでなくっちゃなあ!」
 拓海とマキナが一対一の戦いを始めたところで、ナナシは接近してきた英斗、フィオナを相手取っていた。
「究極の技を魅せてやる…時代よ、俺に微笑みかけろっ!」
 英斗がそう叫んだ瞬間、彼の周囲に時代を司る女神と6人の美少女騎士が現れる。理想郷が生み出す加護が彼らの防御力を更に押し上げた。
「さすがに二人同時はきついわね…」
 上空からライフルで削りつつ、ナナシは呟く。
 鉄壁の防御型。ナナシの攻撃力を持ってすら、そう簡単に落ちてはくれない。受けた傷を癒しながら、フィオナは笑う。
「まあ、我を一撃でどうにかできるなどとは思ってはおらんだろうが…一撃で沈めたいなら、ウル級の一撃をもってこい」
「ナナシさんの攻撃は正直痛いけど…俺もそう簡単にやられるつもりはないからな」
 弾丸を放たれた直後、英斗の盾が風に揺らめく柳のような白銀のオーラに包まれる。冥の力を受け流したさまを見て、ナナシは確信を持った表情で。
(やっぱり若杉さんに庇われたら、フィオナさんを落とせそうにないわね)
 まず対処すべきは、英斗の盾。
 そう判断した彼女は、狙いを彼に定めた。

 一方、菫がシスを引きつけている間に、雫はこっそり背後からの接近を果たしていた。
「飛行が厄介ですね…何とかしましょう」
 シスが近づくタイミングで大きく跳躍し、その背へと飛びつく。
「ぬわああああああ!?!? おい貴様離れろ!」
「嫌です。飛ぶのを止めるまで離れませんよ」
 雫は背中にしがみついたまま、ぐいぐいと翼を掴む。シスは明らかに狼狽した様子で叫ぶ。
「ききき貴様のような婦女子が男に抱きつくなどわわわかった降りるから離せ!!」
 降りてきたところを狙うのは、反撃の瞬間を狙っていた菫。
「ここだ!」
「ぐっ…!」
 足に収縮させたアウルを解き放つように踏み込む。不可解な軌道を描く一撃が、天使の胴部を深く抉った。
「私とも殴り合ってもらいますよ」
 雫は逃げられないようシスの腕を掴むと、蹴りを食らわす。二人に囲まれたことで、天使の顔に焦りの色が見え始めた。

 攻防を繰り広げる彼らの姿に、観戦者の空気も自然と高揚していた。
「どっちも頑張れ〜!」
 両チームへ声援を送る挫斬は、持参してきた飲み物やお菓子を取り出す。
「いる?」
 ベロニカへ紅茶を差し出すと、彼女は「いただきましょう」とにっこり。
「お菓子はポテチとキャンディどっちがいい?」
「ポテチ、とはどういった代物ですか」
「ポテチ知らないとかあなたそれ、だいぶ問題よ」
 そんな軽口を叩きつつ、挫斬はポテトチップスを渡す。一枚口にしたベロニカはじっくりと味わって
「これは…やめられないとまらない感が致しますね」
「カ●ビー違いだけど気持ちはわかるわ」

 その時、接戦を繰り広げていたマキナと拓海に動きがあった。
「へっ。ここまで来たら、どちらが先にやられるかだな」
 唇の血をぬぐいながら、マキナはにやりと笑んだ。
「全く同感です」
 同じく頬の血をぬぐい、拓海も微笑んでみせる。
 蒼い炎と蒼い雷。
 拮抗する阿修羅同士がぶつかり合う苛烈さは、まさに戦いの華と呼ぶべきもので。
「そろそろ勝負つけようじゃねえか!」
 先に地を蹴ったマキナが勢いよく戦斧を振り抜いた。拓海は刀で受け止めるも、あまりの衝撃で体勢を崩してしまう。
「まだまだァ!」
 拓海が体勢を立て直すより早く、白銀の刃が唸るように空を切った。
「くっ…!」
 間髪入れず叩き込まれた重撃で、拓海の体躯は後方へ吹っ飛ばされる。脇腹に走る強い痛みに、一瞬意識が飛ぶ。
 このままマキナが押し切るか。
 そう思われた時、即座に刀を構え直した拓海は蒼雷を刀身に纏わせ、一気に距離を詰めた。
 稲妻が走る。
 凄まじい勢いで振り抜いた一閃に、マキナの意識が刈り取られる。拓海は傷む脇腹に耐えながら抜刀の構えを取り。
「手は抜くつもりはありません。一気にいかせてもらいます!」
 再び走る蒼雷の刃。
 渾身の一撃が打ち込まれたのを見て、挫斬がおお〜となる。
「勝負あったわね!」
 彼女の言葉通り、マキナの体躯が地に伏していく。
「だがマキナ君の方も、目的は果たしたようだ」
 誉の言葉通り拓海の傷も相応に深く、何よりシスからはだいぶ引き離されている。

 続いて動きを見せたのは、ナナシ、英斗、フィオナのグループ。
「このままちまちま削っても、埒があかないわね」
 ナナシの言葉通り、時間をかけていてはシスが先に落とされかねない。そう判断した彼女は突然、英斗へ向かって突撃を開始した。
「一気に決めるわ!」
「させるか!」
 刹那英斗が生み出した守りの奥義が、彼女の突破力を阻む。しかしナナシの本当の狙いは、英斗の動きを封じ込めること。
 神封じの黒杭が、英斗の意識を刈り取っていく。それを見たフィオナが即座に両手剣に持ち替え、素早く振り抜く。
「間合いに入って来るのを待っておったわ」
「っ……!」
 鋭い刃がナナシの肩口を切り裂く。間合いを詰めればこうなることは予測できた。しかし強力な英斗の防御網を封じるためには、こうするしかなかったのだ。
「まさに肉を切らせて骨を断つ…ってやつよね」
 痛みを堪えながら、ナナシはその手に炎を生み出す。バラの花びらをも思わせる炎が凄まじい風と共に荒れ狂い、二人の生命力を削り取っていく。
「くっ…ここまでか…!」
 膝をついた英斗に、退場が告げられる。
 まさにぎりぎりの攻防。
 ナナシがほっとするのもつかの間、目前には黄金を宿す笑みが迫っていた。

 同じ頃、拓海はシスの元へ何とか到達していた。
「すまない、遅くなった」
「貴様その傷はどうしたのだ!?」
 自分以上に傷だらけの拓海を見て、シスはぎょっとなっている。
「成すべき事をやっただけだ」
 拓海は短くそう答えると、そのまま雫へ向かって突撃していく。
「私を狙ってきましたか」
 シスと殴り合っていた雫は、拓海が振り抜いた刃を氷の障壁で受け止める。
「さすがの威力ですね。ですが私もそう簡単には落ちませんよ」
「まだだ…!」
 拓海は雫の懐に飛び込むと、再び神速の一閃を打ち込む。
 あと一撃。落ちる前にせめて深傷を負わせられればと、拓海は渾身の力で刃を振るう。
 激しい衝突音と共に、雫の体躯が揺らぐ。しかし彼女も即座に体勢を立て直すと、つま先を叩き込んだ。
「……っ」
 雫の蹴りを受け、拓海はそのまま膝を付く。雫は息を切らせながら。
「勝負ありましたね」
 退場を告げる誉の声を聞き届け、再びシスへと向かおうとした時だった。
「針状結晶(ルチルインクルージョン)!」
 シスの声が届くと同時、身体中に衝撃が走る。
 拓海をかわすのに精一杯で、反応が遅れた。荒れ狂う針結晶をもろに受けた雫はそれでも何とか立ち上がり、反撃の拳を叩き込む。
 シスの顔が苦痛に歪む。刹那、彼の身体を白輝の炎が包み込んだ。
「悪く思うなよ…!」
 攻撃威力の増したチャクラムに、雫の体躯が地に沈む。
「…ここまでのようですね」
 しかし度重なる攻撃に、シスの体力も既に尽きかけている。血をぬぐう天使の視線先で、声が上がった。

「シス、『力』とは何だ!」

 鉄壁の護りで耐え抜いてきた菫が、その強いまなざしでシスを見据えていた。
「私にとっての力とは、この胸に灯る焔。この戦華だ!」
 竜の凍魔。光燐の剣。
 彼女達と交わした戦場、そこに連ねた信念と矜持が常に己を燃えあがらせてくれる。
「いい質問だな人間!」
 聖なる槍と皓黛の戦輪が交差する。
「俺様にとって『力』とは混沌の世を然るべく選択へと導く術であり救世(メシア)の理が黎明の輝きを経てry」
「分からん一行で纏めろ!」
「えっ………………………つ、つまりは『意志』だ!」
「短すぎる!」
「貴様わがままだぞ!」
 ぎぃん、と金属を弾く音が響く。
 戦輪を受け止めた菫は、痛みを堪え前へと踏み出す。
「私は前に進まねばならない」
 全ての命を滅するのではなく、繋ぐために。
 護り、活かし、そして戦いこそを終わらせる為に。
「何時か至る高みへと、上り続けなければならない。そのためには、己の力で足を前へと動かし続けるしかないのだ!」
「それは俺様とて同じだ!」
 一旦距離を取ったシスは、流れる血もそのままに菫を見据える。
「親父や蒼閃霆公は、己の信念を貫き通した」
 それが出来たのは、揺るがぬ意志とそれを実現するだけの力があったからに他ならず。
「今の俺様にはまだ足りん」
 あの高みへと至るには。
「だが必ず至ってみせる。だから俺様も今、貴様を倒さねばならんのだ!」

 同じ頃、ナナシとフィオナの勝負も佳境を迎えていた。
 最後のライトヒールを使ったフィオナは、それでも不遜な笑みを絶やすことなく告げる。
「これだけの猛者揃いの中、我までも追い詰めるとはさすがだな」
「お褒めにあずかり光栄ね。でも正直言うと、もうだいぶ限界よ」
 最前線で数々の攻撃をかわし、英斗の防御力を突破してきたナナシは既にスキルが尽きかけていた。
 しかしそれはフィオナの方とて同じで。
「ならばそろそろ決着を付けるとしよう」
 そう言ってフィオナは白き鞘を持つ剣をゆっくりと構え直す。
「同感ね」
 ナナシも赤黒い光を纏う巨大戦槌を握りしめる。
 最後は互いに全力勝負。
 ナナシが振るったハンマーをフィオナは剣の鞘で受け止める。そこから流れるように懐へと飛び込み、肘打ちを食らわす。
 みぞおちに入った痛みで、ナナシは一瞬息が出来なくなる。それでも最後の力を振り絞り渾身の一打を叩き込めば、対するフィオナも素早く剣を握り直し遠心力を乗せた一閃を放つ。
「これが…最後!」
 時同じくして、シスも最後の一撃を打ち込んでいた。
「行くぞ、衝撃石英(インパクトクォーツ)!」
 放たれた巨大結晶が菫の鉄壁防御を貫いていく。
 激しい衝突音が響き渡り、一瞬時間が止まったかのような感覚を覚える。

「……悔しいが、私の負けだな」

 観客が見守る中、先に菫が膝を付いた。そして同じく全力を出し切ったナナシとフィオナが同時に倒れた瞬間、誉の声が響き渡った

「勝負あり。シスチームの勝利!」

 最後に残ったシスは、感慨深いものを感じていた。
(一人であれば、俺は負けていた)
 勝てたことは恐らく偶然じゃない。
 きっとそのことに――意味があるのだと。




 穏やかな春風が、潮の香りを乗せてゆく。
 互いの健闘を称え合うメンバーの元へ、ベロニカはゆっくりと降り立った。
 運命の瞬間。
 彼女が下す結論を前に、撃退士の顔にも緊張の色が見える。
 しかし彼女の口から語られたのは、思いもよらぬひと言だった。

「――我が弟バルシークは、正に実直な男でした」

「秘書官殿…?」
 シスも戸惑いの表情を見せる中、ベロニカは静かに続ける。
「実直すぎるがゆえに融通が利かぬところもありましたが、一度信じた者に対しては義を貫いたはずです」
「…ええ。その通りです」
 拓海の言葉に、マキナもはっきりと頷いた。
「悔しいけど、公の生き様は見事だった」
 大切な存在を護り抜いたその姿に、心打たれなかったと言えば嘘になる。
「その弟は、そなたらの手によって命を落としました。ですが弟は最期のときまでこの子を、そしてそなたらを信じ、未来を託したと聞いております」
 ベロニカはそこで一旦言葉を切ると、撃退士達を見渡した。

「それがどれほどの信であったか、わかりますか」

 託された志。
 託された魂。

 己が最も愛した者にではなく、敵として対峙した相手にすべてを託した。
「オグン殿についても、聞き及んでおります。かような決断に至るまでには、並ならぬ覚悟を要したでしょう」
 そこでベロニカは挫斬へ問いかける。
「オグン殿は騎士としての生き様を捨て、弟は命と引き替えにしてでもそなたらを選んだのです。下等な家畜だと見做す相手へ成せる業だと思いますか」
「それは…うん、できないわね」
 正直に答える彼女に、ベロニカは微笑んで。
「叶うならば私は二人の意志を尊重したいと考えました。ですがそなたらが本当に、彼の者達の信に値するのか。見極めたいと考えたとしても、不条理ではないはずです」


 託した先は、正に真か。


「だから、シスさん側に私達のうちの誰かを付けるように言ったんですね」
 雫の言葉に、ベロニカは首肯する。
「この先そなたらと我らは、立場こそ違えど同じ標を臨む同志であらねばならぬのです。そのことを解しているか、見るつもりでした」
 もちろん、様々な遺恨や価値観の相違はあるだろう。それでも同じ目的へ向け各々の役割を果たすことが、この先求められるはずだから。
 そこで英斗はでも、と思っていた事を告げる。
「そっちが俺達を試すのと同様、俺達だって天界が信用するに足るか見極めているんだからな」
 そもそもこの戦争は、天魔側から仕掛けてきたこと。英斗の言葉にベロニカは「ええ、そなたの言う通りです」と頷く。
「オグン殿や弟と我らは別の存在である以上、そなたらが我らを計ろうとするのもまた、道理でありましょう」
 だからこそ、と彼女はシスを見やり。
「この子を連れて来たのです」
 これからの未来を担う若い世代。
 自分達には築けなかった新たな時代を、彼らなら造ってくれると信じて。
 そこでベロニカは居住まいを正すと、撃退士へ向き直った。

「そなたらが見せた篝火、実に見事なものでした。託された先、正に真であると判断いたします」

「じゃあ…」
 ええ、と彼女はにっこりと微笑んで。

「ミカエル様への謁見、私ベロニカ・オーレウスの責において手配いたしましょう」

 歓声が上がった。
 メンバーが喜び合う中、フィオナは半ば呆れ気味にベロニカへと言いやる。
「まったく、随分と面倒な真似をしてくれるものよ」
「弟が選んだ者たちならば、この程度のことは容易と見ましたので」
「ふん…どうせ貴様の目的は他にもあったのだろう。食えん奴だ」
 その言葉に彼女は変わらぬ微笑みを湛えたまま、どこか懐かしむように。
「そなたらはバルの最期を見届け、その魂を託された存在」
 己には叶わなかったからこそ。

「少しくらい、いじわるもしたくなるでしょう?」

 僅かに見せた切なげな色。
 絶えることの無い微笑の奥で、深い喪失と愛が垣間見えた気がした。
 ――ああ、そうか。
 菫は唐突に理解した。
(最初から彼女は、私達の心を見ようとしていたのだ)
 それはまさに、拈華微笑。
 本当に大切なことは、言葉で伝えるこができない。だから言葉ではないものを通して、知ろうとした。
 ナナシの脳裏に映るのは、言葉ではなく生き様で伝えようとした大天使の姿。
(やっぱり貴女、バル姉よ)
 その視線先で、やっぱり彼女は微笑んでいて。

 別れ際、拓海はベロニカに改めて挨拶をする。
「黒羽拓海という。蒼閃霆公の技を借り受けた者として挨拶をと」
「ええ。ひと目見てわかりましたよ」
 弟と同じ、蒼き雷を纏う姿。
 彼女の手が拓海の頬に触れると同時、瑠璃の瞳が慈しげに細められる。

「そなたが継いでくれたこと、感謝致します」

 最後に見せた微笑みは、姉としての顔だった。







 会談が終わり、撃退士達は帰路に着く。
 突然フィオナは竜のごとき瞳で誉を見据えると、溜まっていたものを吐き出した。
「貴様に言っても詮無きことではあるが…。穏健派とは以前交渉を持っていたはずだが、それはどうなった」
 怒りを孕んだ問いかけに、誉は困惑気味の表情になる。
「すまないが、元々私は種子島が管轄なものでな。事情を知っているのは、西橋君が担当している件のみだ」
「責任逃れのつもりか? 言い訳など期待してはおらぬが、オグンの件も含めて随分と裏切ってくれたものだ」
 強い口調の彼女に、ナナシと拓海がなだめるように声をかけた。
「でもねフィオナさん。オグンの件はあの時そうするしかなかったの」
「ええ…でなければ、命をつなぎ止めるのは難しかったでしょうし」
「救出に関わった者にまで隠す必要があったとは思えんな。少なくとも学園が我らを欺いた事実に変わりはない」
 納得していない様子に、英斗も躊躇いつつも正直な感想を述べる。
「フィオナさんの気持ちはわかります。事情が事情とはいえ、俺も学園に不信感を抱きそうになりましたし……」
「元々は私達が最初の交渉に失敗したのが原因だ。その件については不甲斐なかったと思っている」
 険しい表情で菫がそう告げると、メンバーの間に重い沈黙が流れた。
「あーもう面倒くさいことはやめにしよ!」
 顔の前で大きく手を振る挫斬に、雫とマキナも同意する。
「そうですね。今回は無事成功したんですし、それでよしとしましょう」
「俺も目的さえ果たせれば、それでいいです」
 やりとりを見守っていた誉がここで口を挟んだ。
「まあ、私自身もつい最近までオグン生存の事実は知らされていなかったからな。この件について不信を抱く者の気持ちも理解できるし、秘匿せざるを得なかった事情も察するにあまりある」
 それぞれの心情を慮りつつ、誉は告げる。
「当事者でなかった私に、この件について言えることは少ない…が、諸君等が何かしらの強い想いを持ってここへ来ているのは理解しているつもりだ」
 だからこそ、欺かれたことに怒りを覚えたのだろうし、事情を知っている者は口を閉ざしていたのだ。
 重要な局面になればなるほど、各々が譲れない何かを抱えているものだと教師は言う。
「それでも同じ標を目指すのなら、見つけるしかないな」
 互いに重なる、道筋を。
 この島が数多の葛藤や意見の相違を越え、生徒自らの手で結末を選びとったように。

 桜の花びらが、ひらひらと舞い落ちる。
 この小さな島でまたひとつ、新たな紋が刻まれた。
 次なる一手は――




依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: 創世の炎・大炊御門 菫(ja0436)
 誓いを胸に・ナナシ(jb3008)
 天と繋いだ信の証・水無瀬 雫(jb9544)
重体: −
面白かった!:8人

創世の炎・
大炊御門 菫(ja0436)

卒業 女 ディバインナイト
高松紘輝の監視者(終身)・
雨野 挫斬(ja0919)

卒業 女 阿修羅
『天』盟約の王・
フィオナ・ボールドウィン(ja2611)

大学部6年1組 女 ディバインナイト
ブレイブハート・
若杉 英斗(ja4230)

大学部4年4組 男 ディバインナイト
BlueFire・
マキナ(ja7016)

卒業 男 阿修羅
誓いを胸に・
ナナシ(jb3008)

卒業 女 鬼道忍軍
シスのソウルメイト(仮)・
黒羽 拓海(jb7256)

大学部3年217組 男 阿修羅
天と繋いだ信の証・
水無瀬 雫(jb9544)

卒業 女 ディバインナイト