美術室に集められた8人。
彼らは今、比類無き結束力を持って団結を果たしている。
目的はただ一つ、『全員分の黒歴史回収』。
張り詰めた空気が漂う中、ピーマン男が全員を見渡し宣言する。
「作戦コード名『黒史滅殺』。ただ今より決行開始する。総員、迅速に位置に付け!」
「「「サー! イエッサー!」」」
彼らの名誉を守る戦いが、今始まった。
●
開始直後に職員室へと全力疾走するのは、橋場アトリアーナ(
ja1403)。
楠 侑紗(
ja3231)の活躍により早々に暗号を解いたメンバーは、黒歴史の有りかを「音楽室」と「体育館」であると予測をつけていた。
どちらも鍵がかかる場所の存在を考え、アトリアーナは鍵を入手しに向かったのだ。
(なんとしてもあれを回収しないと、ボクのイメージが……っ)
いつも通り淡々とした表情をしている彼女だが、実際はかなり焦っている。
アトリアーナが探しているのは、自身が小学生の時に書いた作文。
あれを皆の前で読み上げたときの、周囲の視線。思い出す度、恥ずかしさで死にそうになる。
※※
題:しょうらいのゆめ
ぼくのお父さんとお母さんは、とてもなかがいいです。
いつも「いけ、おかあさん。じゅうまんぼるとだ」「そんなわたしじゃむりよ」「なにをいっているんだ。きみのひとみはじゅうまんぼるとじゃないか」「あらやだお父さんたら」と言って、キスをしたりだきあったりしています。
そんなりょうしんをぼくはそんけいしています。
いつかおなじようになるのが、ぼくのゆめです。
※※
その頃のアトリアーナは、両親が普通だと思いこんでいたため日常的に男女問わず好きな相手へハグや頬ずり等の過剰なスキンシップを披露していた。
自分が特殊だと思い知ったあの日。
この出来事が引き金となり、彼女は自発的な愛情表現が苦手になってしまったほどである。
職員室にたどり着き忘れ物をしたと嘘事情を説明すると、体育館は現在部活動で使っているため鍵はかかっていないだろうとのことだった。
問題は音楽室。
今日は部活が休みらしく、誰も部屋は使っていないらしい。
「何とか、音楽室の鍵は借りられたの……」
アトリアーナは携帯を手に、メンバーへと連絡を入れる。
●TAIIKUKAN
「困った事をしてくれたものね」
そう呟きながら体育館外を捜索しているのは、月臣朔羅(
ja0820)。
「犯人は……また今度の機会に、じっくりと追い詰――探して、確りとお仕置きしましょう?」
にっこりと微笑む彼女。しかしどう見ても目は笑っていない。
そんな朔羅が探しているのは、自身が中学時代に撮った写真。
ピンクのふりふりでひらひらとした服装に身を包み、ノリノリでやばやばなポーズで写っている自分を見た瞬間、朔羅の顔は青ざめた。
(この激しい露出度は、犯罪級と言っても過言では無いわ……)
そこに写っていたのは若かりし頃の過ち。友人に頼まれ渋々行った魔法少女のコスプレ画像である。
いつも冷静沈着で、優等生然としている彼女。こんなのが出回ったら、終わりだ。
朔羅は体育館周辺の植え込みを探すが、それらしきものは見あたらない。
そこを、生徒らしき二人組が通りかかる。慌てて身を隠す。
(あれは……)
見るとその内の一人は、見覚えのある封筒を手にしている。朔羅は二人の会話に耳を傾ける。
「それどうしたんだよ」
「うん。さっきそこの植え込みで拾ったんだよな」
封筒を陽に透かしながら、言う。
「あれ、中に何か入って……ってうげぐぼぁ」
「お、おい! どうしたんだ……かおいhふぉうあwh」
地に倒れ伏す二人。その場から去る、影。
\容赦無さマジパネエ/
神速で二人を始末した朔羅は、再び物陰に潜む。
「ごめんなさい、これは見せられないの」
奪った封筒を確認する。間違いない、皆を呼び出すときに使われていたものと全く同じだ。
「……とりあえず、一件回収成功といったところかしら」
そう言って朔羅は、封筒をそっと胸元に隠した。
その頃、館内では恐ろしいほどの鬼迫を発している者がいた。
「探し物してるの。ごめんなさいね? フフフど〜こ〜か〜し〜ら〜」
超笑顔で用具室へと向かっているのは、ヨナ(
ja8847)。普段は素敵オネエな彼であるが、今日は誰一人寄せ付けないオーラを発している。
ヨナが血眼になって探しているのはとある写真。その写真が撮られたときのことを、彼は青ざめながら思い出していた。
※※
――あれは、俺がまだ普通の男子だった頃の話だ。
フリーの傭兵として各地を回っていた俺。
殺伐とする日々の中で、少年兵だった俺はどこかで癒しを求めていたのかもしれない。
愛らしい小物。ふわふわのぬいぐるみ。
気がつくと、そんな者に興味を抱いている自分がいた。
だが俺は男だ。
愛されクマさんなんて、持てるわけが無いだろう!
そんな悶々としていた俺に、ある時転機が訪れた。
「そうだ。格好いいモノと組み合わせればいけるんじゃね?」
そう気付いた俺に、怖いものなどなかった。
※※
引きつった表情のヨナが手にした写真。
そこに写るのは、凄惨さを極めた姿。グラスファイバーフリルを取り付けた防弾ベストに身を包み、愛用のショットガンは銃身をピンクを基調とした白のドット柄に塗り替えられている。
極めつけは銃口だろう。
銃口外の形がクマー、内側がハート型と言う渾身のプリティーカスタマイズ。
そんな銃を構え戦場で無表情に引き金を引く、若き日の自分。
この写真を見た者なら、誰もが口にせざるを得ないだろう。
こ れ は ひ ど い。
ヨナは低くドスの利いた声を出す。
「これが漏れたらマジ死ねる」
あれ、いつものオネエ口調はどこ行った。
一方、並々ならぬ負のオーラを発しながらステージを移動しているのはフェルルッチョ・ヴォルペ(
ja9326)。
「何故一枚残らず燃やし尽くした筈の者が出てくるんだよ……」
あれは他人どころか、自分すらもう二度と見ないと決めたもの。それが今頃になって出てくるなんて。
「とにかく、絶対に回収しなくちゃ――だナ」
フェルルッチョが語尾の記号が無くなる勢いで探しているのは、元恋人と一緒に写った写真。
恥ずかしくなるほどのいちゃつきぶりが収められており、久遠ヶ原に来る以前に撮影されたものだ。
どうやら彼、写真に写る彼女との間に何か苦い過去があるらしく、絶賛トラウマ蘇り中。
心中荒れ放題と言った様子である。
そんなフェルルッチョの前を横切る、二つの人影。
寄り添う男女を見た瞬間、彼の目の色が変わる。
「……今のるっちょの前にカップルで現れるなんて、いい度胸だよネ」
普段はカップルを見ても襲うことなど絶対無い彼。しかし、タイミングが悪かった。
「うふふ、モテ夫さん。私幸せよ」
「ああ、俺もだよモテ美。世界は俺たち二人のためにあるのさ」
いちゃつく二人。その隣で勢いを増す嫉妬のオーラ。
「フフ……非モテとか非リアとかそんな甘っちょろいもんじゃない、もっと恐ろしい本当の嫉妬ってやつを思い知らせてやるよ」
男が彼女の腰に手を回そうとした瞬間。フェルルッチョを取りまく光纏もとい負のオーラが最高潮の輝きを見せる!
\\\カッ///
あ……ありのままに今起こったことを話すぜ。
俺は今、モテ美の腰に手を回そうとしていた。それなのに、気付いたらそこにいたのはよし子だった。何を言ってるのかわからねーと思うが、俺も何が起こったのかわからなかっry
「ひどいわモテ夫さん! 私という彼女がいながら、よし子とも関係を持っていたのね!」
「待て、モテ美。ちがうんだこれは!」
突然始まった修羅場の横を、ゆらりと通り過ぎるフェルルッチョ。
微笑む彼が手品スキルを全力で使用したことを、気付く者はいない。
●ONGAKUSITU
「なるほどな……こっちは邪魔が入らない代わりに鍵地獄と言うわけか」
音楽室を見渡したピーマン男が、忌々しそうに呟く。
アトリアーナから受け取った鍵のおかげで、中には易々と入れたのだが。
「明らかに怪しい準備室と、ピアノの鍵が無いのには困りました……」
八種 萌(
ja8157)が困り切った様子で言葉を漏らす。準備室の鍵は音楽教師が管理しているとのことだったのだが、運悪くその教師は出張に出かけていると言うのである。
(あ、あれが今日中に見つからないと私は……私は!!)
萌の内心は、まるで嵐のごとく荒れていた。
普段のおっとり具合はどこへやら。彼女が何としても見つけ出さなければならないのは、恥ずかしすぎる自分の過去。
写真を見たときのことを思い出し、萌は思わずその場に崩れ去る。
「あれを誰かに見られたら……もうお嫁に行けません!」
貧乳であることを密かに気にしている萌。一度でいいから巨乳を経験してみたい。そんなちょっとした乙女の純情な憧れだった。
写真の中の彼女は、なんと見事なる巨乳へと変化していた。あろうことか下着姿で写っている萌の胸元からは、白く豊満なアレがのぞいている。艶やかで、ふわふわと柔らかそうなアレ。
そう、まるでそれは食べたくなるような……
\肉まんは乙女の夢をも救う/
「あの後、胸の中で肉まんが潰れて大惨事だったのです!」
思い出される肉々しい香り。色々な意味で凄惨な記憶。※もちろんその肉まんは、スタッフが後で美味しくいただきました。
顔を覆って悶絶しながら、萌は何とか声を出す。
「ピアノの鍵は……きっと準備室の中にあるに違いありません」
彼女の推理はもっともだった。とにかく全ては、準備室をどうにかするしかない。
周囲をうかがった森田直也(
jb0002)が、ドアを見据える。
「……鍵は何とかならねえか俺がやってみる。皆はとりあえず、今探せる場所を頼むぜ」
●
「あふー、2012年の世界滅亡って、こういうことだったんでしょうかー」
机や棚を捜索しながら言葉を漏らすのは侑紗。いつもと変わらずゆっくりした口調の彼女だが、今回は何かが違った。
誰よりも暗号を先に解き、的確な判断を下す。その驚くべき集中力は、全て作戦成功のため。
「あれを見られるわけにはいかないのですー……」
彼女が探すのは、一枚の写真。そこに写っているのは、おかめ面を付けた巫女装束姿と言う不審極まりない自分。
しかも、もの凄い勢いで転んでいる瞬間が収められている。
侑紗の脳裏には、忌々しい記憶が蘇っていた。
都市伝説が流行っていたあの頃。ちょっとした好奇心を持った彼女は、なぜか無性に自分が都市伝説を作ってみたくなった。
「不気味なおかめ巫女、夕刻に現る! 発する言葉は『わたし、きれい?』」
そんな都市伝説が誕生する瞬間を夢見た侑紗。怪しい格好をして人通りが少ない道を、ふらふら彷徨っていた所。
「ウーー」
背後からのうなり声に、はっと振り向く。そこにいたのは、近所に住み着いている大きな犬。
振り返った自分を見るなり、激しく吠え始めた。
「まま待って下さい。私は怪しい者じゃないんですー」
う そ つ け。
明らかな不審者を前にした犬。当然ながら猛烈な勢いで突進をはじめる!
「あひいーーあれーーー」
慣れない草履に薄暗い道。加えて視界を塞ぐお面がいけなかった。
慌てた彼女は足をひっかけ、盛大に転んでしまう。そこをたまたま通りかかった人に、撮られてしまったのである。
一方、扉と格闘しながらふっと遠い目をするのは直也。
「ああ……子供の頃の俺をぶん殴ってやりてえ……」
思い出す度に、自分を殴りたい衝動に駆られる。自身最大の黒歴史は、彼の幼い頃に遡る。
十年程前。
ロマンを愛する彼は、幼い頃有名な怪盗に憧れを抱いていた。
<直也君の華麗なる三段論法>
1.俺の求めるもの=ロマン
2.ロマン=怪盗
3.俺の求めるもの=怪盗
答:つまり、俺が怪盗になればいい
写真に写っていたのは、小さなマントを翻し泣きわめく子供を見て高笑いをする自分。
「怪盗モーリー」になりきった彼は、あろう事かちびっこのお菓子を盗んでいた。泣き出す子供を見下ろしては「ふはははお宝はこの怪盗モーリー様がいただいた!」と逃げ去る日々。
あまりのくだらなさに、思い出す度泣けてくる。
「あんなのが出回ったら、俺様のイメージはがた落ちだ!」
大して今とあんまり変わらなくね? と言うツッコミはさておいて、一応彼は真剣そのものである。
とにもかくにも、自身のトラウマとも呼べる当時の写真を、誰かに見られるわけにはいかないのだ。
「あ、ありましたーー!」
音楽室内に響く、侑紗の声。机の中から見つけたのは一通の封筒。これに間違いない。
皆が歓喜の声をあげた直後、爆発音がこだまする。
「くく……扉は俺様が"なんとか"したぜ」
薄ら笑いを浮かべながら、釘バットを手にする直也。
そう。彼は気付いてしまったのだ。
自分たちの名誉>扉の修理代 → 破壊は正義
しんと静まりかえる室内。
四人は何も言わず、ただうなずきあった。大丈夫だ。何も問題ない。
彼らは粉砕された扉からは目を逸らし、即刻準備室への侵入を果たす。
今はただ、作戦遂行を目指すだけ。
皆の血走った視線が、あらゆる場所へと注がれた――
●捜索の果てに
焼却炉の前に集うのは、八人の撃退士。各々の手には、同じ封筒が握られている。
「どうやら無事、全員分の回収に成功したみたいだな」
ピーマン男のつぶやきに、全員がうなずく。
跳び箱の中から封筒を発見したアトリアーナが、宣言した。
「黒歴史は灰にすべき、なの」
同じく用具室の棚から封筒を発見したヨナが、力強く続く。
「ええ。即刻、燃やしてしまいましょう」
朔羅と侑紗が先に見つけた二通に加え、体育館ステージ裏からフェルルッチョが一通、楽器ケースの間から萌が一通、そしてグランドピアノの中から直也が一通発見をしていた。残りの一通は、ピーマン男が肖像画の額縁裏から見つけたものである。
「もう二度と、凄惨な事故が起きないように――」
八人は、各々が手にした封筒を焼却炉へと放り込む。
ぱちぱちと燃えさかる炎。そこに放り込まれた封筒は、見事に灰へと変わろうとした時。
「実は……」
直也の側で申し訳なさそうに切り出す萌。
「封筒を見つけた時、うっかり中を見てしまって……その……」
「あー良かったら今度俺と飯でもどう?」
速攻で話題を逸らす直也。実は自分もうっかり萌の下着姿を見てしまったことは、口が裂けても言えない。
作戦名『黒史滅殺』。任務遂行にて終了。
立ち上る煙を笑顔で見送りながら、皆ちょっぴり涙が出た。
黒歴史を掘り返すのって、ダメージ大きいですね――
ちなみに、壊された準備室の扉はいつの間にか直されていた。
「黒歴史以外でターゲットにダメージを与えるのは、信条に反するからな!」
そう言って高らかに笑う声が、学園内のどこかでこだましたと言う。