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マスター:久生夕貴
シナリオ形態:ショート
難易度:非常に難しい
形態:
参加人数:6人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2015/09/18


みんなの思い出



オープニング

●中種子町

 その日、種子島指揮官・九重 誉(jz0279)はある人物達との面会に臨んでいた。
 遮光カーテンが閉じられた室内には、誉と数名の教師が立ち会っている。
 目前に佇むのは、足下まで黒いコートに覆われた二人の人物。黒いフードをすっぽりとかぶっているせいで、こちらを向く表情ははっきりと見えない。
 誉は一度口元を引き結び、静かに切り出す。

「――よく来た、と言っておこうか」

 そのまなざしは、いつも通りの鋭さを帯びている。
「私がここの指揮官を務める九重だ。お前達のことは学園本部から報告を受けている」
 彼の言葉に、背の高い方から微笑の気配が漂う。
「お会いできて光栄ですわ。噂通り、素敵な殿方ですわね」
 聞いた誉はわずかに眉を上げると、そっけなく。
「悪魔に世辞を言われたところで、嬉しくもないがな」
「まあ。そういうつれないところも、魅力的ですわよ」
 フードからのぞく瞳には、肉食竜をも思わせる妖光が宿っている。一度捕らわれると、深淵の縁に引きずり込まれそうな――
「この島のことは、キミに話を通せって言われたんだけど」
 そこで隣にいた背の低い方が、淡々と割り込んだ。鼻にかかったような声音だが、告げる言葉にはどこか色濃い重さがある。
「その通りだ。ここでの決定権はすべて私にある」
「じゃあ、悪いけど人払いしてもらえるかな。少々込み入った話があるから」
 教師達と視線を交わしてから、誉はうなずいてみせる。
「いいだろう」
「ご心配要りませんわ、悪い話ではありませんもの」
 他の教師が出ていったところで、二人はフードをそろりと脱ぐ。
 現れた美貌の少女。けれど纏うのは禍々しき冥府の香り。

 ――これが、メフィストフェレスの遣い。

 ぞっとするほどに艶然と微笑む龍魔と、白磁の頬をぴくりとも動かさない時魔。
 静謐とした室内に、底知れぬ闇が忍び寄るような。
 相対する誉は内心で苦笑する。
 四国を担当する教師から話には聞いていたが、やはり実際に目の前にすると気圧されそうにもなる。
 もちろん、気取られるつもりもないけれど。

「では、話を聞かせてもらおう」

 人と冥との会談が、南の小島で密やかに始まった。




「……これを着るのは何ヶ月ぶりかな」
 久遠ヶ原の制服に着替えながら、少女は独りごちた。
 休暇で出かけた人界。お土産にと渡された中に、この制服があった。
 あの時はまさか、こんな形で使う事になるとは思わなかったけれど。

 ――運命というのは、案外上手くできているのかもしれない。

 偶然という運命を、あの道化悪魔が愛したように。
 己の手が及ばないところで、何かが作用し合う感覚。
 それぞれの意志が、ひとつの到達地へ収束していくさまを、彼女は今、確かに感じている。

 ※

 集まった生徒達を前に、誉は依頼内容の説明を手早く始めた。
「諸君らに頼みたいのは、ゲート周辺域への潜入及び調査だ」
 言いながら、宇宙センターの構内図を生徒達に配る。
「センター職員の話によると、ゲートが現れたのはここ」
 指でさされた箇所は、センター北部。『大型ロケット発射場』と記載されている。
「入口付近の様子が現在どうなっているのか、はっきりとわかってはいない」
 説明によれば、ゲート展開後に周辺域を濃霧が覆い、付近の様子が全く見えないのだという。
 誉は次に、発射場西部にある場所を指し示す。
「ここに気象塔と呼ばれる施設がある。塔から発射場を監視している班によれば、付近には偵察サーバントらしき姿が数多く目撃されている。奴らと接触すれば、天使に見つかるのも時間の問題だろう」
 生徒達は互いに顔を見合わせる。

 最少人数での編成。

 この人数で天使に見つかってしまえば、恐らく逃げ切るのでさえ――
「つまり、奴らに見つからないことが前提だ」
 誉は生徒達へ視線を移すと、そのまなざしをいっそう強める。
「はっきり言っておこう。恐らくこれは命懸けの任務となる」
 指揮官の言葉に、撃退士達は思わず息を呑んだ。
 撃退士の仕事は常に危険と隣り合わせだ。にもかかわらず誉がわざわざ「命懸け」という以上、この任務は限りなく成功率が低いことの現れ。
 誉は顔色一つ変えず生徒達の様子を観察しながら、内心では苦渋の思いでいた。

 ――自分が行ければ、どれほど気が楽だろう。

 撃退士として既に再起不能である自分には、指示を与えることしかできない。
 その歯がゆさ、もどかしさ。
 生徒達を前線を送るとき、全滅を免れなかった過去の戦いが脳裏をよぎる。
 そしてそのたび、震えそうになる。
 誉は一旦沈黙すると、生徒達に気づかれぬよういつもの無表情を装う。
「……近いうちに、学園本部にも人員招集をかける。だが最低限、ゲート周辺の様子がわからなければ、作戦へのリスクが計り知れない」
 ゲート周辺を視認できないのは、天使にとって見られたくないものがあるからに他ならない。
 それ故に最少人数で潜入し、状況を探り、戻ってくる必要があるのだと。
「この任務の成否が、今後の作戦に大きく影響する」
 誉はそう言って、改めて生徒達を見渡す。

「頼んだぞ」

 生徒達の表情がいっそう引き締まったとき、誉は教室の入口へちらりと視線をやった。
「ああ。言い忘れていたが、今回の任務には同行者がいる」
 促され入ってきたのは、久遠ヶ原の制服に身を包んだ細身の少女。
 見た目は14,5才くらいだろうか。ビスクドールの様に整った顔立ちを、黒のストレートボブが包んでいる。
「見覚えがいる者もいるかもしれないな。つまり、そういうことだ」
 見た目とは違い、そこにいるだけで空気が変わるほどの濃いオーラ。それは目前の存在が人でないことをありありと示していて。
 少女は紫水晶のような瞳でこちらをじっと見つめ、唇を開く。
「ボクの名はリロ・ロロイ。よろしく」
 そう言ってにっと笑む悪魔と、予想外の同行者に唖然となる生徒。対する誉は淡々とした調子のまま告げる。
「今回の任務に役立つと判断し、同行を許可した。必要なことは本人に頼むといい」
「といっても、ボクはキミたちの補助くらいしかできないけど、ね」
 直後、少女の手に大ぶりの本が現れる。説明によれば、彼女が目で見たものはこの本へ自動的に記録されるらしい。
「ただし、映像が記録されるわけじゃないから、そこは気を付けて」
 そう話す彼女の細い指が、白紙のページをなぞった。

 その後、諸々の説明を受け、生徒達は宇宙センターへと発った。
 彼らを見送る誉の表情は、相変わらず何の色をも映してはいない。けれど二年ものあいだ、ここで共に過ごして来た者ならわかる。
 深謀の指揮官は、動かぬ面の下で常に生徒の死を忌避し続けているということ。
 その望みは、たったひとつ。


 ――必ず生きて、帰って来い。





リプレイ本文



「お初にお目にかかります。某、久遠ヶ原守政康と申します」
『拙者、タダムネと申します。以後、お見知りおきを』
 南条 政康(jc0482)と右手の”腹心”の挨拶に、リロ・ロロイは瞳を瞬かせた。
「……凄いね。それ、自分で喋ってるの?」
『左様。腹話術にござりまする』
 まるで生きているように喋る人形を、メイド悪魔は興味深そうに見つめている。

 霧に覆われた大型ロケット発射場を見やり、小田切 翠蓮(jb2728)は煙管を手で弄んだ。
「どこぞに霧発生装置でも仕掛けおったか? お先真っ暗ならぬ、お先真っ白と言った所だのう」
 ここからではゲート付近がどうなっているのか、敵がいるのかさえ全く見えない。
 夜来野 遥久(ja6843)もゲート方向を見つめ、頷く。
「かの地に何があるのか。見定めて、生きて帰りましょう…必ず」
 これまでのことを考えると、あの天使に捕まればどうなるかは想像に容易い。
 それ程に危険を伴う任務だからこそ、全員の間に言いしれぬ緊張感が漂っているのを感じていた。
「あのクソ天使…ぜってーぶっつぶす」
 月居 愁也(ja6837)は、親友にだけ聞こえる声でそう呟いた。
(目には目? いや顔面全部潰すだろ)
 リロの前では平静を装っているが、彼女を傷つけたあの天使に対する怒りはここにいる誰よりも強い。
 対する遥久も、怒り心頭の親友をたしなめる様子はない。顔に出さずとも、彼自身似た想いでいるからだろう。
 そんな彼らの隣では、フィノシュトラ(jb2752)がふんすと気合いを入れた。
「絶対、次につなげるために、情報を手に入れてみんな無事に帰ってくるのだよ!」
 敢えて明るく言ったのは、緊迫するチーム内を少しでも和らげたい気持ちもあったから。
「早くこの島を島の人たちに返してあげたいです…」
 川澄文歌(jb7507)はそう呟いてから、リロに向かって微笑んだ。
「リロさん、制服も似合っていますよ♪」
 何度も共に歌い、言葉を交わしてきた相手。一緒に闘えることが、素直に嬉しかった。
 対するリロも少し嬉しそうに「ありがと」と呟いてから。
「ボクはキミ達の後ろからついてくね」
「うん、その方がいいね。リロちゃん身バレするとまずいんでしょ?」
 愁也の言葉に無言で頷く。遥久はでは、と皆を見渡し。
「任務中はリロさんの名前も極力呼ばぬよう注意しましょう」
 ここで作戦内容を確認していた政康がはっとなる。
「大変な事に気が付いたぞ、タダムネ」
『何事でございますか、殿』
「うむ。今回は隠密行動。腹話術をやっていては、敵に発見されてしまう」
 そう、この任務の要は『敵に発見されない』こと。任務中の会話は極力避け、スマホメールでやりとりをすると皆で決めた。
『では、此度の依頼、私は……』
 その言葉に、政康は沈痛な面持ちで頷き。
「あまり出番はあるまい」
『殿、たとえセリフがなくとも、拙者は常に殿の右手にござりまするぞ!』

「――では、そろそろ時間かのう」

 ゆるりと出された翠蓮の言葉に、全員の表情が引き締まる。
 互いに頷き合うと、任務開始の合図。

 呼吸を殺し、
 足音を潜ませ、
 気配に紛れる。

 代わりに五感全てを研ぎ澄ませ、敵の死角に潜る。
 潜入ミッション、開始だ。


●気象台から霧の中へ

 上空には監視サーバントの目があるため、メンバーは林の中を通過することにしていた。
 霧まではおよそ300m。そう遠くない距離とはいえ、霧のない場所では敵から見つかりやすい。
(いつ見られるかわからないから、気を付けないとね…)
 建物の陰に身を潜めながら、文歌は周囲に監視鳥がいないか目を懲らした。
 空。木。建物。
 視界に入るあらゆる場所を、念入りに確認していく。
 しばらく上空を観察していると、大体五秒おきに鳥影が横切るのがわかった。
(合間を縫って移動しましょう…!)
 仲間と目で頷き合い、行動に移す。

 まず、最初の関門。
 気象台から林に入るまでに道路を渡らなければならなかった。道路を渡る間は上から丸見えになってしまうため、フィノシュトラが皆へ目配せする。
(地面の下を通って、渡った先の安全を確認してくるのだよ!)
 物質透過で地下へと潜った彼女は、そのまま林の中へ移動しようとする。しかしここで、あることに気づいた。
(わわ、真っ暗なのだよ…!)
 ひとたび地面にもぐってしまうと、まったく視界が効かない。加えて地下では方向感覚も鈍ってしまう。
(うっかり違う場所に出たらまずいのだよ……)
 なんとか勘を頼りに移動し、恐る恐る頭を出した先は林の中。胸をなで下ろしつつ、すぐさま周囲を確認する。
 敵影はない。
 彼女の指がメールの送信ボタンに触れた。

 フィノシュトラの誘導で、メンバーは一斉に林へ入っていく。
 途中鳥影を見つけた愁也は、即座に木の陰に身を隠した。
(やっべえ、見つかるかと思った)
 異変がないか慎重に見定め、そろりと息をつく。
(しっかし、林の中だと今どこにいるのかすげえわかりづらいな……)
 地図と方位磁石を持参していなければ、恐らくどの方角に走ったのかさえわからなくなっていただろう。
 息を整え、敵の気配を探る。
 足跡が残らぬよう草が生えている地面を選び、木と木の間を一気に走り抜けた。
 長身の遥久は姿勢を低くしながら、枝葉の揺れ方を観察している。見定めるのは、風が吹く方向。
(北東からの風であれば…南西側から突入か)
 霧の中には犬型サーバントがいる以上、できるだけ風下から突入すべきと作戦会議で決めていた。匂いが敵側へ流れることを防ぐためだ。
 近くの物陰では、政康が方位磁石と構内図をじっと睨んでいる。
(南西からであれば、このルートがよいのではごらんか)
 彼が提案したのは、少々迂回しつつも途中身を隠せる施設が点在するルート。現状最も最適と思える内容に遥久が同意の首肯をしてみせると、政康は全員に指示を出す。
(某についてきてくだされ!)
 政康の誘導で、メンバーは南西方向へ迂回し始める。
 次第に白いもやが見え始め、濃霧が前方の視界を遮ろうとしたその時。
(そろそろ儂の出番かのう)
 突入直前、翠蓮が方位術を展開させた。すべての神経を研ぎ澄ませ、風や太陽の位置から現在地を割り出していく。
(ふむ、発射台の南西302m地点、といったところかの)
 即座にメンバーへ報告。視界の効かない場所に入るときは、突入地点を正確に把握しておくことが重要だからだ。
(ここからは正に五里霧中。方位術も偶には役に立つものよ)
 翠蓮はどこか愉しそうに微笑する。
 艶然と細められた瞳には、濃霧に埋め尽くされた世界が映っていた。


●発射台を目指し

 空気が、変わった気がした。

 むせ返りそうな程の濃い霧は、視覚だけでなく心理的にも圧迫感を与えてくる。
 しかしそれだけではない、何か。
 ここにあるのは、さらに濃く、淀みきった――醜悪の気配。

(この胸クソ悪さ……前と同じだな)
 愁也の顔が嫌悪に歪む。
 数日前の救出戦時と、同じ気配を感じる。
 ちらりと隣にいるリロをうかがうと、彼女の表情は一見いつもと変わらないように見える。けれどほんのわずかに口元が強く引き結ばれているのを、愁也は気づいていた。
 静謐の中に、強烈な感情が潜んでいることにも。
(大丈夫、願いは叶えるよ)
 愁也はリロの頭をぽんぽん、とやってから生命探知を展開させる。こちらを向いた紫水晶へ、黙ってうなずいてみせ。
 悔しさ。怒り。
 それらすべてを押し殺していられるのは、隣にいる少女が自身以上に多くを抑えているのがわかるから。

(北東に一匹。北に二匹)

 探知にかかった敵数と位置。
 愁也から報告を受け、足音を消した遥久が物陰からまず一番近い番犬の存在を確認する。
 犬はしばらくの間視界範囲をうろついていたが、やがて発射台の方へと移動し見えなくなる。しかししばらくすると、再び同じ場所へ戻ってくるのが見て取れた。
(……どうやら同じルートを周回しているようだな)
 時間を計り、何秒で戻ってくるのかを探る。
 同じようにして、残り二匹の巡回周期を割り出した後は、行動可能時間帯の割り出し。
(北東の番犬が立ち去った十五秒後。このタイミングで動きましょう)
 遥久の提案に、次は政康がヒリュウを召喚。
(頼んだぞ、チビマル)
 身振り手振りでヒリュウに指示を与え、遥久が割り出したタイミングに合わせて偵察に出す。
 その際、五メートル以下の低空飛行させることを忘れない。それより上は、偵察鳥の可視範囲に入ってしまうからだ。
 チビマルから送られてくる視覚情報を元に、政康は進行ルートを確定させていく。
(この先五メートル程の地点に建物がござりまする。それに沿っていきましょうぞ)
 
(では、行きます!)
 移動力も高く隠密性能に特化した文歌が、先行して北上を開始する。
 オーラを消し、足音も気配も消し去り、それでもなお神経を研ぎ澄ませていく。
(絶対に、見つかるわけにはいかないよ)
 たった数センチ、数秒の誤差が命取りになりかねない。
 息をするのでさえ躊躇う、緊張感。
 いつ目前に敵が現れるかわからない恐怖と闘いながら、文歌は懸命に霧中を駆ける。

 敵の目をかいくぐり、潜み、しばらく進んだところで、翠蓮が再び方位術を展開させた。
(上空が見えぬゆえやや精度は落ちるが…恐らく、目的地まで残り100メートルを切ったところであろうな)
 建物の位置関係を確認していたフィノシュトラが、翠蓮の報告内容と照らし合わせて現在地を確定させていく。
(今いるのは、ロケット発射台手前にある管制塔なのだよ!)
 彼女は建物位置だけでなく、地面の様子からも現在地の特定を試みていた。
 アスファルト、芝生、コンクリート……事前に見た発射場の写真と照らし合わせても、間違いない。
(やっぱり、ここからでも入口は見えないのだよ……)
 ゲートはもう目と鼻の先であるはずなのに、発射台付近は霧に覆われ全く視認出来ない。確認するためには、やはり至近距離まで近づくしかなさそうだ。
(さて、ここからが正念場よのう)
 翠蓮は鷹揚に微笑した。
 愁也の報告によれば、敵の数はゲートに近づけば近づくほど増えているという。見つからないためには、今まで以上に慎重な行動が求められるだろう。
(なに、焦ることはない。『穴』はあるものよ)
 サーバントの知能は高くない以上、複雑な動きをすることは難しい。
 必ず、隙は生まれる。
 それが例え針の穴ほどに小さなものでも、狙い定めるこちらもまた、針の先ほどに緻密であればよい。

 正確な情報。
 正確なタイミング。

 手に入れる方法を、自分たちは知っているのだから。
(ここからは、ゲート入口の確認と霧の発生装置の捜索を手分けして行いましょう)
 遥久の提案で、ゲートのある発射台付近を二手に分かれて探索することとなる。
(俺と南条さんは手前で待機して、警戒にあたってるから。何かあればすぐに伝えるよ)
(ゆめゆめ、用心なされよ!)
 愁也と政康に背を任せ、残りのメンバーは発射台へと駆けてゆく。
 目的地まで5メートルを切った、その時――

 霧の中から、巨大な影が姿を現した。


●その目に映るものは

(これは一体、何…?)
 青ざめる文歌の視線先、通常は格納されているはずの発射塔が出されていた。
 しかし、そこに設置されているのはロケットではない。
 上半身はカイゼル髭をたくわえた獅子、下半身は蛇。

 一言でいえば、酷く趣味の悪いマーライオンのような。

(なんだか凄く、嫌な感じがするのだよ……)
 物陰で見ていたフィノシュトラが、ぶるりとその身を震わせる。
 不快感しかないデザインは、設置した者の性格を表しているかのようで。
(これってもしかして…何らかの『兵器』なのではないでしょうか)
 何かを吐き出しそうな口元が明らかに怪しい。
 二人がさらに近づこうとした時、急に酷い目眩に襲われる。
(……!?)
 精神を強烈に乱される感覚。何故かこれ以上先に進めない。

(結界が張られてるね)

 突然、脳内に響く声。リロだ。
(多分、この霧とも関係があると思う。”あれ”を守るためだろうね)
 隠されていた兵器。結界の存在。
 事前にわかっていなければ、どうなっていたかわからない。
(早く皆に報せないと…!)
 文歌はカメラを取り出すと、禍々しさに満ちた物体を撮影していく。
 フィノシュトラはその間にゲートへと向かうが、やはりこちらも結界が邪魔して近づけない。
(ゲートを破壊するには、霧を何とかしないと不味そうなのだよ…!)

 その頃、遥久と翠蓮は霧発生装置の捜索を行っていた。
(霧は発射台を中心に広がっている。近くにあるはずだ)
 遥久は番犬の警戒網に引っかからないよう時計を気にしつつ、付近をくまなく見て回る。
 文歌達のいる発射塔とは反対側に回り込んだ時だった。
(あれは……)
 発射台の北側。建物屋上方向から空気の流れを感じていた。翠蓮も屋上を見やり。
(ここは飛んだ方が早そうだのう)
 あの一帯だけ明らかに霧が濃い。恐らく上空の鳥からも見えないはずだ。
 翠蓮が飛行する間、遥久は時間を計測しつつ、自身もカメラで目印になりそうなものを撮っていく。
 屋上に到達した翠蓮は、周りに敵がいないのを確認すると同時、中央に何かが置かれているのに気づいた。
(成る程、成る程。これがまさに霧の正体よ)
 とぐろを巻く蛇の形をした装置から、白煙が吐き出されているのがわかる。
 翠蓮はすぐさまカメラで撮影を終えると、下へ戻る。入れ替わりに、遥久が呼び寄せたリロが屋上へと飛び立った。

 探索を終えた彼らが愁也達の待機地へ戻ると、二人は既に撤退準備を整えていた。
(後は帰還するのみ。されど油断は禁物ですぞ)
 戦は勝ったと思ったときが最も危険だと、歴史が証明している。
 政康は待機している間、愁也と話し合い最も最短で撤退できるルートを模索していた。
(俺らの通ってきた場所に、足跡とか匂いが残ってるとまずいしね)
 万が一にも敵との鉢合わせを危惧し、来た道とはずらしたルートで帰ることにする。これ程にまで徹底できたのも、彼らが慎重に慎重を重ねた結果、僅かながらも余裕が生まれたからこそ。
 政康は先導しながら、皆を鼓舞する。
(ここまで来た以上、最後まで敵の目を盗み切りましょうぞ!)

 彼らは知らない。
 今この瞬間に、不可能が可能に変わったことを。
 いくつもの分岐点を、越え切ったことを。

 霧中の羊が、時を駆ける。
 その先で、光が啓いた。



「――そうか、ご苦労だった」
 生徒からの成功報告を受け、九重 誉(jz0279)は人知れず安堵の吐息を漏らした。
 ゲート周辺の状況確認、何より兵器と霧の発生装置を発見できたのは大きい。そしてその事実を、相手に悟られなかったことも。
(すべてを可能にしたのは、各自が己にできることを最大限発揮できたからだろう)
 一人でも欠けていれば、これ程の成果はあげられなかったはずだ。改めて、生徒達が生還した事実を噛みしめる。

 本部へと帰還中、翠蓮はリロへと話しかけた。
「おんしの主はどの様なお人なのかのう?」
 自身は既に冥界へは帰れぬ身。されど魔界の薔薇に興味深々だった。リロはほんの少し、考えた後。
「ボク達は、閣下のモノ。だから、壊した者を閣下は許さない」
 紫水晶の瞳が、さらに冷ややかさを帯びる。

「そしてボクも、許さない」

 愁也はゲート方向を振り向くと、決意に満ちた声で言った。

「ぜってーここに戻ってくるからな」

 彼らの脳裏に映るのは、霧中で嗤う天使の姿。
 決戦の時は、もうすぐ。


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:7人

輝く未来を月夜は渡る・
月居 愁也(ja6837)

卒業 男 阿修羅
蒼閃霆公の魂を継ぎし者・
夜来野 遥久(ja6843)

卒業 男 アストラルヴァンガード
来し方抱き、行く末見つめ・
小田切 翠蓮(jb2728)

大学部6年4組 男 陰陽師
未来祷りし青天の妖精・
フィノシュトラ(jb2752)

大学部6年173組 女 ダアト
外交官ママドル・
水無瀬 文歌(jb7507)

卒業 女 陰陽師
撃退士・
南条 政康(jc0482)

卒業 男 バハムートテイマー