「何だこれは…俺様に何をどうしてほしいのだ…」
自販機前のシスは、ジュースの買い方が分からず手間取っていた。
「見つけた、わ!」
「なっ!?」
突然右腕を掴まれる感触に身体がびくりと強ばる。見れば矢野 胡桃(
ja2617)が笑顔で腕に抱きついている。
「き、貴様は…!」
「驚かせてごめんなさい、ね。やっと見つけられたから、嬉しくて」
「!?!?」
「貴方ね、人間界に来たばかりの転校生は」
続いてナナシ(
jb3008)が左腕へ抱きつく。
「随分探したのよ」
「約束の場所にいなかったから、迷子になってしまったのかと思っちゃった、わ」
二人の会話にシスは状況が飲み込めず固まっていた。しかし話すうちに自分が誰かと間違われていると気づいたのだろう。
「あ、ああそうだ。俺様…じゃない俺が転校生だ」
メリー(
jb3287)がじっとシスの顔を見つめながら、小首を傾げ。
「何だかメリーの知っている人に似ている気がするのです…?」
「ききき気のせいだろう」
本当によく似た他人だと思っている彼女、残念そうに。
「あの人じゃないのですね…。メリーとの約束を守ってお話しに来てくれたのかと思ったのですけど…違ったのですね…」
「うっ……」
両腕を掴まれたシスは、しきりにソールがいる方を気にしているようだった。注意を逸らすために、華桜りりか(
jb6883)は彼の袖口をくいっと引く。
「んと…お名前教えてほしいの…」
「名前? ああえーと俺の名前は…その…テラだ」
「テラかあ〜なんかでっかい名前やな」
カメラを手にゼロ=シュバイツァー(
jb7501)も気さくに挨拶。
「よっす!俺はゼロ。またの名をシン=アポカリプスや!今日は撮影班で行くからよろしゅうな♪」
「あ、ああ…よろしく」
そんな彼らを少し離れた所から観察する者。
「あれがシスか…」
咲村 氷雅(
jb0731)はオグンを始めとした天界の情報を求めて参加していた。
従業員に扮しつつ、他天使がこちらへ近づかぬよう周囲を監視するもりだ。
「私達、ね。貴方が人間界に早く馴れるよう、頼まれてるの」
「だからこの遊園地を案内してあげるわ。質問にだってドーンと何でも答えてあげるわよ」
胡桃とナナシの言葉に、シスは困ったように後方を見やった。
「それはありがたいが…向こうで連れが待っているのでな」
「あら、彼女なら他のメンバーが対応してくれているわよ」
「何?」
ナナシの返しに天使の顔がさっと青ざめる。急いで戻ろうとするのを皆で阻止にかかると、シスはあからさまに抵抗し始めた。
「おい何をする放せ!」
「彼女は向こうの班に任せておけば大丈夫よ」
「ふざけるな! あいつはかなり具合が悪そうだった。放っていくなどできるか!」
半ば怒ったように言い切ると、ソールの方へ向かい出す。その背を慌てて追いながら。
「どうする…です?」
「とりあえず、無理矢理は止めた方がよさそうなのです…」
考えてみれば彼の性格上、そう簡単に仲間を放置するはずもなかった。
監視中の氷雅も同様に。
(不安を煽るやり方は逆効果になりそうだな…)
シスがソールの身を第一に案じている以上、トラブルになりかねない。
焦りが生じる中、数名の携帯が鳴った。ナナシが呼び止める。
「テラさん待って。彼女を介抱してるメンバーから連絡が入ったわ」
「何?」
「彼女、大丈夫みたいやで」
ゼロの言葉にシスは一瞬迷う様子を見せたが、すぐに。
「あいつに代われと伝えてくれ」
携帯を受け取り何事かしゃべっていたようだが、通話を切ったあと苛立ちを隠せない様子で。
「くそっ…俺様の気も知らないで……」
「なんて言われたのです?」
「ここからは別行動を取ると言われた。まったく、もう知らん!」
ヤケ気味なシスと、胸をなで下ろす撃退士。
他班の機転もあり、何とか引き離す事ができたようだ。
●
撃退士達はシスを連れ、監視がてらテーマパークへと繰り出した
最初のうちこそ不機嫌だったシスも、見慣れない光景に意識を向け始めている。
「どう? 人間界もなかなか楽しいでしょ」
「あ、ああ…そうだな」
ナナシの言葉にそう返しつつ、シスはどこか所在なさげでもあった。後方のりりかへ視線をやり。
「…おい。さっきから貴様はなぜ俺の服を掴んでいるのだ」
「はぐれたらいけない、の…。あたし歩くのが遅いから…だめ、です?」
「うぐぐ……」
両腕には胡桃とナナシ。背中にはりりか。
どう見てもハーレム(笑)なこの状況、思春期男子にはハードルが高すぎた。
「メリーお弁当作ってきたのです。テラさんよかったら食べてくださいなのです…」
「弁当…だと……?」
おずおずと差し出されたお弁当(訳:物体X)を見て、シスの額に汗が浮かぶ。ちなみに彼女の破壊料理は既に経験済み。
「どうしたのです…? メリーの作ったものは嫌なのです…?」
「ぐぬぬぬ…いやそうではない…」
不安そうにされると断れない系男子。覚悟を決めて受け取ったところで、ナナシがじゃあ私もと。
「これあげるわ。貴方に似合うと思うの」
ばーんと差し出されたのは耳付きシルクハット。ぴょこんと飛び出た猫耳が無駄にキュートだ。
「いや待て、こんなもの恥ずかしくt」
「遠慮はいらない、わ」
胡桃が問答無用でかぶせて、すかさず写真撮影。
「あたしもツーショットお願いしたいの……」
「よっしゃりんりん、俺が撮ったろ!」
カメラ片手にゼロが笑顔で激写。むぎゃおーしているシスを胡桃とナナシがサンドして笑顔で激写。
「せっかくだから、マスコットとも写真撮りたいわね」
どこかにいないか探すナナシの視線先――
そこには、ナスがいた。
「お、ちょうどええな。ナスっぴー()と写真撮ろか!」
ゼロの目配せでナスの着ぐるみがよたよたと近づいてくる。ちなみに中の人は監視中の氷雅だ。
(慣れない着ぐるみは歩きづらいな…)
盛り上げ役に貢献できればと着てみたのだが。明らかに挙動不審なナスに、シスの目が光る。
「ほう…貴様がなすっぴーか。なかなか興味深い姿をしているではないか」
なぜか厨二心にヒット。
「俺様にはわかるぞ…この曲線には恐るべき理由があるのだと!」
中の人が困惑を極めたその時、園内アナウンスを知らせる音が響いた。
ぴんぽんぱんぽーん。
『迷子のお知らせです。”桃銀の絶対狙撃少女(ピーチトリガーハッピー)”矢野胡桃様、お連れ様がお待ちです。繰り返しますピーチ…』
胡桃の絶叫が重なると同時、仕掛け人ゼロがいい笑顔でサムズアップ。
「へーかの真名を世界に広める第一歩やな!」
「おのれ右腕ぇえええええええ」
胡桃のムカ着火ファイヤーが炸裂し、ゼロは次元の狭間に旅だった。震えるシスへ笑顔で振り向き。
「さあ、行きましょ?」
「目が笑ってないぞ」
その後、ジェットコースターで泡を吹くシスを楽しんだら、一旦休憩。
「これ一口食べてみますか?…です」
ぐったりするシスへ、りりかが三段重ねのアイスを差し出す。
「アイスはチョコで決まり、なの」
「ぬ…」
笑顔で言い切られ食べてみると、甘すぎずほろ苦さもある上品な味わい。
「よし、アイス食べ終わったら次はあれな♪」
ゼロが指さす先を見て胡桃が首を振る。
「え?お化け屋敷?ホラーハウス? 却下だ却下」
お化け大嫌いな彼女にとってお化け屋敷など万が一にもあり得ない――
「どうしてこう、なるのかしら…」
強制連行された闇の中で、胡桃は死んだ目をしていた。
「大丈夫なのです、Ghostbastardならメリーに任せてくださいなのです!」
金属バッド装備の危険フラグ付が約一名。
だめな予感しか無い幽霊屋敷内で、突然何かが淡く発光する。
「今何か光った…?」
そこにいたのは、宇宙人だった。※氷雅です
「いやああああああ」
「きゃああああああ」
「おい俺様にくっつくな動けんだろう!」
胡桃とりりかにしがみつかれ、シスは完全に狼狽。
「私ほんとにホラー苦手なのよ…」
「わわわかったから泣くな! 貴様等も見てないで助けろ!」
咎められたゼロとナナシはによによしながら。
「いや〜面白いもん見られたな〜思て」※無慈悲に撮影中
「咲村さんいい仕事するわね…」
ちなみに氷雅は近くで監視(暗くて見えないから)するためであり、至って真剣である。
その時、ゆらりと影が動いた。
バットを構えたメリーが、殺る気に満ちた目で飛び出してくる。
「Ghostが出たのですね!メリー頑張るのです!」
「おい待て貴様くぁwせdrftgyふじこlp」
※その後はお察しください※
●
「うっかりGhostと間違えてしまったのです」
お化け屋敷から出たメリーは、シスへ申し訳なさそうに謝った。
「こ、この程度大した事ではない。気にするな」
涙目で手当てされるシスは、隣でゼロが何かを読んでいるのに気づく。
「ぬ。それは…」
「これか?『凍てつく玻璃滅士』の黙示録やな」
ゼロはいくつか読み上げながら、りりかの方を振り向き。
「これ読むとシスってのは仲間が大好きなんやなぁ…きっとええ奴なんやろな」
「んむ、ゼロさんの言う通りきっと良い方なの……」
「こいつこれからどないするんやろなぁ。お前はどない思う?」
シスは二人にじっと見つめられたじたじ。
「さ、さあ…俺にはわからんが…。そいつは別に良い奴でもないし、己の思う通りにしか動かない…だろう」
しどろもどろなシスに、胡桃が思い出したように呟く。
「そういえば…頬を叩いてしまった騎士団の天使、元気かしら……」
聞いたシスは思わず口を開きかけるも、慌ててつぐむ。その表情は何か言いたげでもあった。
その後、りりかの提案でお土産コーナーへと向かった。
皆でお揃いのストラップを選んでいる間、ナナシはそっとシスを誘うと外へ連れ出す。それに気づいた氷雅は念のためナスに扮しつつ気配を消して追尾。
二人は人気の無いベンチを見つけると並んで腰掛けた。
「…で、何の用だ」
シスの問いにナナシは答える事なく、スマホでメールを打つ。シスの懐から電子音が鳴ったと同時、三白眼が見開かれた。
”知りたい情報は手に入った?”
沈黙するシスにナナシは切り出す。
「オグンに関してはまだこっちにも動きは無いわ。けど、魔界も天界も先日から動きが怪しいし、近いうちに何かが起きるかもしれないわね……」
その言葉に、自分の正体がバレていることを理解したのだろう。シスは諦めたように顔を上げ。
「…俺様は情報を得るためにここへ来たわけではない」
「えっ、じゃあ何しに来てたの?」
シスはしばらく黙り込んでいたが、渋々口を開いた。
「――団長の件だが」
振り返った表情にはどこか苦悩が滲んでいて。
「俺様に話したことをどうこういつもりはない。貴様にも貴様なりの事情があったのだろうし、俺様とて知ったことを後悔してはいない」
だが、とここで強い視線を向ける。
「この件がソールとエルに知られるとなれば話は別だ。貴様等がどう見ているかは知らんが、奴らはまだ義父や師を亡くした混乱から抜け出せてはいない」
それは自分とて同じだが、彼らの方がよりその痛みが深いことを知っているからこそ。
「奴らを巻き込みたくなかった。それだけだ」
この瞬間、撃退士達は彼がここに来た理由をようやく理解した。
シスはただひたすら、オグンをめぐる様々な思惑と混乱からあの二人を遠ざけたかった。その切実さゆえに。
「ソールを監視して情報から遠ざけようとしてたのね…」
ナナシはため息を漏らす。
そう言えば連れ回している間も、始終何かを気にしているようだった。
「なんて言うか、ほんまあいつらしいなぁ」
こっそり盗み聞きしていたゼロの言葉にりりかも頷く。
「シスさんちょっと心配、なの……」
頑固で馬鹿正直で。
あくまでも一人で抱えようとする様に、胡桃は嘆息する。
「不器用、ね。まったく…」
そういう所が気に入ってはいるのだけれど。
そこでメリーが突然、シスの元へ駆けていった。
「やっぱりシスさんだったのですね!」
「な…?」
疲れが浮かぶその表情に、もっと早く彼の悩みに気づいてあげれば良かったと思う。
「聞いて欲しいのです。メリーはお兄ちゃんが悩んでいたら、とても心配なのです」
悩みの全部を打ち明け無くもていい。
でも本当に困ったときは、頼って欲しい。
「きっと妹さんも同じ気持ちなのです。だから困った時はちゃんと頼るって事を、伝えてあげて欲しいのです」
必死に訴えるメリーに、シスはしばらく黙っていた。やがて大きくため息を吐いた後、ベンチから立ち上がり自販機へと向かう。
「おい、これはどうやって使う」
教わりながら買ったドリンクを、メリーに向かって投げる。
「やる」
「え?」
「そこに隠れている者達も出てくるがいい」
言いながら次々にスポーツドリンクを買っていく。どうやらおごりだと言いたいのだろう。
ゼロが受け取りながら。
「気づいてるの黙ってて悪かったなあ」
「…ふん、そもそも俺様のスペクタルオーラを隠し切れるわけがなかったのだ」
相変わらずの返答に笑いながら、ぽんと肩を叩く。
「まあまたいつでも相手すんで」
りりかはジュースと引き替えにノートを差し出した。
「これ、あげるの…」
「? 何故だ」
「交換日記、です」
「交換日記だと!? そんな恥ずかしい真似できるか!」
「じゃあ、新しい黙示録でいいの…です。それと、できれば真名もいただきたいの…」
「何? 注文の多い奴だな全く…」
ぶつぶつながらもノートにペンを走らせる。そこには『無意識下のSSガール(サディスティック・サクラメント)』と書かれていた。
彼女の純真()な策略が成功したところで、氷雅が声をかける。
「ぬ? 貴様は…」
「なすっぴー()…と言えば分かるか」
「な…貴様がなすっぴーだと…!」
ちなみに彼、慣れない着ぐるみ行動のせいでだいぶお疲れ。
「悪いが一部始終見させてもらった。お前を振り回してしまったかもしれないが…オグンの話、ナナシには感謝している」
死んだと報ぜられたオグン。
会うことが叶わず、それでも未練がましく生存を信じていた。
シスはしばし考え込んだ後。
「今日のことがどう影響するかは俺様にもわからん」
実際のところ、こうして情報を共有する事にリスクがあるのは間違いないだろう。少なくとも、この先どう転ぶのか何の保証も無い。
「だが結果がどうであれ、俺様は俺様の決めたことをやるだけだ」
「…ああ、そうだな」
互いの道が重なる日が来るのかはわからない。そんな中で自分たちが選べるのはやるか、やらないかだから。
「また、ね」
別れ際、シスは胡桃へ向けて躊躇いがちに口を開いた。
「……あの女のことだが」
「え?」
「貴様に頬を叩かれたことを恨んではいないだろう。俺様に言えるのはそれだけだ」
「……そう。ありがとう」
「じゃあね、シス。その時が来たらまた連絡するわ」
ナナシの言葉に、シスは貰ったストラップを手に「世話になった」と一言だけ告げる。
頭上では、天の鳥がその全てを映していた。