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マスター:久生夕貴
シナリオ形態:ショート
難易度:難しい
形態:
参加人数:8人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2015/05/15


みんなの思い出



オープニング



 約束をした。

 この魂を、解放すると。



●中種子町

 これは、病院戦が始まるほんの少し前の話。
 種子島対策本部が置かれている中種子高校では、冥魔拠点奪還戦を前に慌ただしさが増していた。
 指揮にあたる九重 誉(jz0279)は既に集まった生徒達を前に、最後の説明に入る。
「皆も知っての通り、本日正午より七条 梓の移送が始まる」
 偵察班の情報によれば、悪魔シマイ・マナフは数日前に種子島を離れたらしい。大方の予想通り、梓のいる病院へと向かったのだろう。
 誉は生徒達を見渡すと、その視線を鋭くし。
「だがあの悪魔とて、この機に我々が拠点奪還に動き出すことくらい予測済みと言える」
 事実、島の北部には既に多数の手勢が手配されており、こちらを迎撃する意志がありありと見て取れる。
 そして冥魔拠点となる西之表市中心には、ヴァニタス・八塚 楓(jz0229)も待っているのだ。
「病院班を指揮する朝比奈君より、移送は予定通りの時間に行われるとのことだ。我々はそれより早い時間――今から一時間後に西之表市へむけ北上を開始する」
 その言葉に、生徒達の表情に緊張の色が走る。
「まずは日暮れまでに西之表市周辺の敵を蹴散らした後、夜戦を避けるために一時休戦に入る。予定通り病院戦が終わっていれば、その間にシマイを足止めしつつ、一部生徒はここへ戻ってこれるはずだ」
 連戦となるため消耗が懸念されるが、今は一人でも多くの戦力が欲しい。それ故の時間差作戦であり、ぎりぎりの綱渡りとなるのは否めなかった。
 誉は再度、生徒達を見渡し。
「時間までに揃った人員で体勢を整え、夜明けと同時に西之表市への一斉突入を開始する」
 ここからは、悪魔が帰還するまでのスピード勝負。
 陽が昇るまでに八塚 楓を攻略できれば、冥魔拠点は陥落するだろう。
「突入後の動きについては、各班の担当者が追って指示する。以上だ」
 説明が終わり撃退士達は出撃準備に入っていく。作戦開始時間が迫る中、突然校内放送を通した宇都宮 宙(jz0282)の声が広がった。

『これから戦いに行くみなさんに、お願いがあります』

 スピーカーを通して流れてくる声音は、少し緊張の色が混じっているだろうか。
『私……宇都宮 宙は、種子島で生まれ育ちました。ここは本来とても美しく、平和な島です』
 一呼吸おく、気配。
『私は島を、ここに住む人たちを、救いたい。だから皆さん、どうかこの島をよろしくお願いします……!』
 その語尾が微かに震えていたことに、撃退士達は気づいていた。
 普段は明るい彼女だが、人知れず多くの感情を溜め込んでいたのだろう。
 しかし宙はすぐにオペレーターとしての顔に戻ると、いつも通りのはつらつとした声を響かせる。
『それでは皆さん、時間になりましたので各班所定位置へ移動をお願いします』

 既に初夏とも言える蒼天の下、開戦の合図が告げられた。

『これより、西之表市奪還へ向けて北上を開始します!』


●西之表市

 西之表市役所・庁舎内。
 八塚 楓はひとり、眼下に広がる市街地を見つめている。
「……空が赤い」
 どうやら、あちこちで戦闘が起き始めているらしかった。先刻偵察ディアボロから撃退士達が攻めてきている報告を受けたばかりだ。
 ゆっくりと、息を吐く。
 彼らはそう遠くないうちに、ここへと辿り着くだろう。そうなれば、自分は迎え撃つことになる。
 いつも通りの役割、いつも通りの景色。
 血に染まった、紅烙のいろ。

 ふと、この島に来る直前のことが脳裏をよぎった。
 灰色の鉄筋コンクリート、真っ白なオフィス。そこにいたすべての人間を殺した。
 あの時、命乞いをした男の顔を今頃になって思い出す。
 震えながら誰かの名を呼んでいた。助けて欲しいとすがるように泣いた。
 その生を自分はただ、終わらせた。道端の名も無き花を踏みにじるように。
 いつの間にか握りしめた手が震えているのに気づく。
 それは自分自身への怒りなのか、抱くことなどないと思っていた「後悔」の表れなのか。
 楓には、わからない。

「俺は……どうすれば」
 
 唇から呻くように声が漏れる。
 今さらこの罪を逃れるつもりはない。
 背負って生きるには、あまりにも自分は奪いすぎた。
 けれどもし。
 もし、もう一度望む事を許されると言うのなら。
 あの時、撃退士達に告げた言葉。

 ――俺は、自由になりたい

 悪魔に縛られた生を終わらせたい。
 そしていずれ裁きを迎えるとき、お前達の手にかかりたいと――ただそれだけを、願ったのに。
「くそ……っ」
 握りしめた拳を叩きつける。

 ――お前は物わかりがよくて助かるよ、楓

 シマイが軽薄な笑みが、鉄鎖のようにこの身を縛る。
 梓を救うためには、再び奪わなければならない。

 楓は手にした長刀を握りしめた。


●西之表市・郊外


 北上戦開始から二十時間以上経った、午前零時。
 現時点で揃っているメンバーを前に、誉は口を開いた。
「まずはよくやった、と言っておこう」
 丸一日をかけて行った北上戦は、順調にその侵攻を進めている。戦域によっては危ない場面もあったようだが、天界からの協力を得ていたのが大きい。
 使徒八塚 檀の指揮の下、劣勢となった戦域にはサーバント増援を向かわせていった。こうした共闘が功を奏し、点在していた冥魔拠点の奪還を次々に成功させたのだ。
 誉は予定通りと言わんばかりの微笑を口端に刻み。
「諸君らの進撃により、残るは西之表市中心部を残すのみだ」
 その言葉に、生徒達の表情から疲労の色が消える。あと少しという事実は、連戦を余儀なくされる彼らの志気を再び高めた。
「予定通りシマイ・マナフは病院に現れたとの報告だ。こちらも予定通り、西之表市中心部への突入は夜明けと共に開始する」
 誉は全員へ向け全体作戦を説明した後、各班の指示に入っていく。
「この班の任務は一つ。八塚 楓の攻略だ」
 檀の偵察サーバントによれば、楓は市役所内に立てこもっているらしい。他班が周辺域の敵を抑えてくれている間に、楓の元まで向かう段取りだ。
「シマイが戻る前に楓を排せば、西之表市奪還は成功したと言えるだろう。あの悪魔の性格上、自身の不利を推してまでこちらを叩いてくるとも思えんからな」
 つまりは、劣勢を悟った時点で撤退する可能性が高いとのことだ。
「戦わずして帰ってくれるのならこちらとしてもありがたい……が」
 そこで誉は一旦沈黙した後。ほんの少しだけ、指揮官ではなく教師としての顔に戻る。
「お前達にも思うところはあるだろう。今後シマイの討伐に関してはお前達に一任するつもりだ」
「九重先生……」
「だがもし奴を討ち取りたいのなら、現状案では難しいと思っておくんだな」
 それ以上の説明を誉はしようとはしなかった。
 撃退士達は感じていた。この先シマイを討ち取りたいのなら、今回の任務をただなぞるだけではなく、何らかの手を打つ必要があるのだということ。
 そしてそれには恐らく――協力者が必要だということ。
「それともう一つ」
 入ってきた誉の声に、生徒達は顔を上げる。
「……八塚 楓についてだが。お前達も知っての通り、あの男は既に多くの人間を殺している殺人犯だ」
 悪魔にそそのかされたとは言え、彼自身の意志によって行われたことでもあり。
 誉はその鋭いまなざしで生徒達を見渡すと、言い切るように告げた。

「罪はいずれ裁かれなければならない。そのことだけは、忘れるな」



リプレイ本文



 夜明け前が一番暗いというのは、本当だろうか。



 白々と夜が明け始めた市役所前。
 朝靄が辺りを包む中、携帯を手にしたアンジェラ・アップルトン(ja9940)は、軽くかぶりを振った
「……だめだ。誰も出ないな」
 通話先は庁舎内。もし楓が電話に出ればと思ったのだが、受話器が取られる様子は無い。
「となれば、こっちからお出迎えにいくしかないわねぇ」
 そう言って妖艶に笑んでみせるのは、ジーナ・アンドレーエフ(ja7885)。
「もうそろそろ歩き出してもいい頃でしょうし。ねぇ、おじいちゃん」
「ええ、そうですな」
 呼びかけられたヘルマン・S・ウォルター(jb5517)が、いつも通りの穏やかな微笑で頷く。その様子を見ていたチョコーレ・イトゥ(jb2736)が、やれやれと言った様子で。
「ヘルマンのじいさん。あまり無理はするなよ」
 アンジェラと共に病院戦線に就いていたヘルマンは、数時間前に到着したばかりだった。楓の為に一般人を庇った彼の身体は既に満身創痍と言っていい。
「有難うございます、チョコーレ殿。貴殿もどうかご武運を」
 チョコーレの口調はぞんざいだが、内に込められた気遣いに気づいているのだろう。好々爺顔で応える声音には、感謝がにじむ。

 一同はアンジェラの提案により、市街地被害を抑えるべく東側からの進軍を目指していた。
「……賽は投げられた、後に戻る道は無し…ってね」
 そう呟きながら市役所の見取り図と格闘しているのは、平賀 クロム(jb6178)。
 作戦前に誉に頼み、入手してもらっていたのだ。
「民家への被害を抑えるなら、やっぱり駐車場から攻め入るのがよさそうっすね。楓が立てこもってるのは…やっぱり奥の方っすかね…?」
 クロムの言葉に、ケイ・フレイザー(jb6707)が反応する。
「どうだかな。楓ちゃんなら俺たちの動きが見える位置にいそうなもんだが」
 そう言って百メートル先にまで近付いた庁舎を見上げ、呟く。
「『その執着から、あんたを解放してやる』、か」
 かつて告げた、約束の言葉。
「同じ口で『その執着を抱えて、生きて足掻いてみせろ』って言ったら、どんな顔をしてくれるかね」
 対象へのそんな倒錯的感情も、一種の『執着』なのだろうかとも思う。
 深い瑠璃色の瞳を庁舎に向ける綾羅・T・エルゼリオ(jb7475)も、さまざまな想いを抱えていた。
「前に会った時から大分時が経ってしまったが……」
 夏祭りのあの日、交わした約束。
 悪魔の枷から解き放つと告げたことを、きっと相手も憶えている筈だ。
「――行こう。楓が待っている」
 自分にできること、彼が望むこと。何が正解かは、わからないけれど。

 どこか虚ろな表情を宿すベアトリーチェ・ヴォルピ(jb9382)は、淡々とした調子で作戦遂行を目指していた。
「シマイをやっつける為に楓を説得して…悪魔を誘き寄せる一助とできればいいね…」
 これは作戦開始前に、全員で決めたこと。
 自分たちに本来課せられた任務は『冥魔拠点奪還』。けれど、指揮官の誉は言った。

 ”もしシマイを討ち取りたいのなら、現状案では難しい”

 楓をただ拠点から排除するだけでは、不利を悟ったシマイを逃がすだけだと言うこと。
 それはそれで、戦闘無しに冥魔を退けるには良手。だからこそ、誉は立場上この作戦を採ったのだろう。
 けれど、長く楓と関わってきた者たちにとって、シマイを倒さなければ彼との『約束』は果たせない。
(私は…そういの…よく…分からないけど…)
 ベアトリーチェにとっては、敵は敵。楓に対しても特別の思い入れはない。
「でも…性格の酷く悪い悪魔をやっつける為に…色んな手を使うのはジャスティス…」
 害意のある悪魔を倒せるのなら、やってみる価値はある。
 そのために、自分は出来る事をやるだけだ。



 駐車場内外には遠目から見ても複数のディアボロがいるのがわかった。
 建物の影からクロムが注意深く周囲を探りながら。
「援軍が来ている様子はなさそうっすね」
 他班の抑え・殲滅が当初の予定よりも成果を上げているのだろう。目前の駐車場になだれ込むディアボロは見られない。
「ここにいるのは、防衛用に残されているもののみ…と考えてよさそうだな」
 飛翔を始めるエルゼリオの言葉に、アンジェラも頷きながら大剣を手にする。
「数が増えないうちに、早いところ手を打ってしまおう」
 言うが早いか、まずは先手必勝と言わんばかりに刀身を振り抜く。
「受けてみろ、星屑夢想(スターダストドリーム)!」
 黄金色の刃から輝く流星が溢れ、一直線に軌道を描く。
 宙を舞う花魄が地に墜ちると同時、化け猫が金切り声を上げた。
「間髪入れずってな」
 即座にケイが手にしたルーンが、花魄に向けて投擲される。黒く淀んだ球体が妖精の小さな体躯を囲い、闇の渦に引きこんでいく。続くショットガン構えたベトリーチェが、重ねるように弾丸を散らせた。
「派手に戦って…敵の目を惹きつける…」
 彼女の狙いどおり、攻撃を受けたディアボロは一直線にこちらへと向かってくる。直後、吸い込む動作をした火車が扇状の炎を吐き出した。
「おっと、あたしが相手だよ!」
 盾を手にしたジーナが射線に立ちはだかる。一瞬で肌を焼き焦がす程の猛炎に息ができなくなるも、持ち前の抵抗力で温度障害を回避。
 彼女達が敵を引きつける間に、チョコーレは飛翔し庁舎正面近くへ移動していた。十メートルの高度から周辺全体を見渡しつつ、敵数と位置を報告していく。
「役所の入口付近に敵が多いな。ある程度減らさないと突破は難しいだろう」
 やはりそう簡単に庁舎内へは入れそうにない。
「入口近くの敵を全員でいなし、突入を優先した方がいいんじゃないか」
 その言葉に、花魄を銃で狙撃していたクロムも頷き。
「そうすっすね…民家や車への被害を減らすなら、一気に突入した方がいいかもしれn」
 言い終わるより早く、突然よく通るテノールが響き渡った。

「楓殿! お迎えに参りましたぞ!!」

 いつの間にか拡声器を手にしていたヘルマンだった。
 迫り来る敵襲にも構わず、ただ真っ直ぐに庁舎を見据えている。
「じ、じいさん……」
 唖然となるチョコーレの前で、老紳士は更なる声を張り上げる。


「愛しておりますぞ!!!!!!」


 どこかでガラスの割れる音()がした。
「……何が…起きたの…(」
 フェンリルを召喚したベアトリーチェが、瞳を瞬かせる。今一瞬時が止まったような錯覚を覚えたが、きっと気のせいだろう。
 ヘルマンへを庇っていたジーナが、さもおかしそうに笑う。
「ずいぶんすっきりした顔してるねぇ、おじいちゃん」
「おや、なんの事ですかな?」
 悪戯めいた色を隠そうともしない彼に続いて、アンジェラも拡声器片手に呼びかける。
「楓、そこにいるのだろう?」
 返事はない。しかし構わず続ける。
「聞いてくれ、梓は学園が保護した。もう彼女に危険はないのだ!」

「……出てこないな」
 近付く花魄を束縛させつつ、チョコーレは眉をひそめる。応えたのはケイ。
「どこかで聞いてはいるだろうさ」
 あの楓のことだ。どこかで必ず自分たちのことを見て、聞いている。
「相変わらず葛藤してんだろ」
 それが楓ちゃんのいいところだしな、と笑う。聞いたチョコーレはほんの少し考え、ならばと。
「俺には詳しい事情はわからんが。お前達が待つというなら周囲の敵は受け持ってやる」
 場合によっては深刻な損害をもたらすかもしれない。それでも彼らは信じているのだ。
 楓が呼びかけに応じることを。
(なら俺も賭けてみようと思った、と言ったら柄じゃないだろうが)
 人の世界に降りて始めて、他者と共に戦う面白さを知った。だから自分も彼らと同じように信じてみようと思ったのだ。
「私も…援護する…」
 ベアトリーチェもこくりと頷くと、暗紫色の狼龍と共に広場内を駆けめぐる。
 彼女は難しい事は考えない。作戦遂行のために必要と判断したからやる。
「一気に多数をやっつける…ガンバルゾー…」
 言うが早いか、召喚獣の鋭い爪が数体を薙ぎ払う。予め敵が集まるよう、立ち回っていたのが功を奏した。体勢を崩した火車を追撃しようとした瞬間、突然周囲が黒煙で満たされる。
「これは…?」
 視界が遮断され、一メートル先ですらよく見えない。加えて高温の煙のせいで、一気に呼吸がしづらくなる。
「呼吸を止めろ、肺が焼かれるぞ!」
 アンジェラの警告に、巻き込まれた面子は呼吸を最小限に抑える。その時、強烈な痛みがベアトリーチェを襲った。視界が不明瞭なため分かりづらいが、恐らく召喚獣が攻撃を受けたのだろう。
「やっかいな技だな……」
 上空にいたエルゼリオは黒煙を回避していた。しかし煙に覆われたままでは、味方を巻き込む可能性がある以上迂闊に攻撃もできない。
 その時、煙幕の一部が突風で巻き上がる。
「さすがに全部吹き飛ばすのは無理っすかね」
 クロムが展開した春一番の影響だった。黒煙が及ぶ範囲はかなり広いため、吹き飛ばせたのは一部のみ。しかし風が巻き起こった付近は、明らかに煙が薄くなっているのがわかる。そこを狙ってケイが同じように風を巻き起こした。
「今だ!」
 さらに薄くなった箇所に、敵影がくっきりと浮かび上がる。続いてエルゼリオとチョコーレが、ほぼ同時に束縛の攻撃を放った。
「これ以上動き回られても困るんでな」
 動きを縫い止められた火車と花魄を、他の面子が集中攻撃。チョコーレが予め敵の位置と数を伝えていたことも、混乱を最小限に抑えるのに繋がったのだ。
「でも…ここで長く戦ってたら…敵の数が増えるだけ…」
 ベアトリーチェの言葉通り、このまま戦っていても敵を集めるだけ。庁舎内に突入するか否か、撃退士達に決断の時が迫っていた。
 負傷者の傷を癒しながら、ジーナが長く楓と関わってきた面子に言いやる。
「あんたたちは楓を信じてここまで来たんだろ? だからあたしもあんたたちに賭けると決めたんだよねぇ」
 だからさ、と鷹揚に微笑する。

「あたしは諦めないよ」

 彼らの呼びかけに、楓が応じるまで。
「ええ、楓殿は必ず出てこられましょう」
 ヘルマンに言葉に、クロムも半ば開き直ったように庁舎をにらみ据え。
「あーもうこうなりゃ出てくるまで、叫んでやれってやつっすよね」
 大きく息を吸い込むと、庁舎全体に響き渡るような大声で叫ぶ。

「かーえーでーーー!!!どこっすかーーー!!!」

 アンジェラやエルゼリオも呼びかける。
「楓、これ以上シマイに付き合う必要はない。私達は貴殿と話がしたいのだ!」
「お前は自由になりたいと言った。俺はお前をシマイから解き放ちたい。応えてくれ、楓!」
 どうか、自分たちを信じて欲しい。
 そして今でも心の底から、自由を望むのなら。

「もう一度、その意志を俺たちに示してくれ――!」

 続く他の面子もそれぞれの想いをぶつけ、どれくらい経っただろうか。
 ほんの数十秒、もしかすると数分のことだったのかもしれない。
 役所入り口に現れた影を見て、エルゼリオが安堵の息を漏らす。

「……やっと出て来たか」

 出会った時と変わらない、燃えるような紅い瞳。
 八塚 楓の姿が、そこにあった。
 その瞬間、ヘルマンの内には人知れず感情が溢れる。

「ようやくお会いできましたな、楓殿」

 深く包み込むような声音には、相手と再会できた純粋な嬉しさがにじんでいる。
 対する楓の表情には、不安と葛藤の色がありありと浮かんでいて。
「ご安心くだされ、楓殿。梓殿は皆で守りましたぞ」
 ヘルマンは幼子を諭すかのように、穏やかな調子で語りかける。続くアンジェラも、事の次第を話していく。
「赤い靴が初めて出現した時に、私達はシマイの狙いを見破ったのだ」
 狙いが梓だと気づき、先手を打つことにしたこと。
 学園で保護するには、楓の父・柾の承諾が必要だったこと。
 そのために、檀が協力してくれたこと。
「あいつが……?」
 反応を示す楓に彼女は畳みかける。
「証拠が必要ならここにある」
 アンジェラが投げた袋を、楓は受け取る。中に入っていたのは檀直筆の手紙、梓の移送記録、そして学園で眠る梓の写真。
 楓はそれらすべてに目を通しつつも、沈黙している。信じていいものか迷う様子を見て、ケイが淡々と告げる。
「すべてを嘘だと思うのは簡単だよな。疑う方がずっと楽なんだから」
 信じることは、疑うよりも遥かに難しい。
 自分自身そのことを知っているからこそ、敢えて言いやった。エルゼリオも問いかける。
「だが、考えて欲しい楓。俺たちは――一度でもお前に嘘をついたことがあったか?」
 二人の言葉に楓は反論できないでいるようだった。ふと、全身に大きく傷を負ったヘルマンに目を留め。
「……まさか、その怪我は」
「ああ。私とヘルマン殿は、梓を奪いに来たシマイと戦い退けてきた。かなり苦戦はしたがな」
 代わりに説明するアンジェラに、ヘルマンも頷き。
「貴方に告げた言葉を嘘にはしませんでしたぞ。褒めてくだされ」
 どこか照れたように微笑む彼に、楓は再び言葉を詰まらせた後。

「……わかった」

 低く、抑揚のない声音。
「ひとまずはお前達の言葉を信じる。……どのみち、俺にはどうすこともできないからな」
 その言葉に、緊迫していた空気が緩む。ディアボロの動きも呼応するように大人しくなった。
「なんとかなったようだねぇ」
 ジーナはほっとした表情で、ディアボロの抑えに専念していたチョコーレとベアトリーチェに癒しの風を展開させる。
「ああ。一時はどうなることかと思ったがな」
「引きこもり…呼び出し大作戦…成功…」
 火車に吹っ飛ばされ傷だらけにも関わらず、ベアトリーチェは何でもないといった様子で頷く。
 ちなみに彼女達は知る由もないが、説得メンバーの意志を尊重しフォローにまわったことは、作戦そのものの成功度に大きく影響を及ぼしていた。
 今回の敵の性質上、狭い建物内での交戦にはかなりの不利が生じていた可能性が高い。結果的に楓の呼び出しを成功させたことで、全体消耗を抑えるのに繋がったのだ。


●その先に

 向き合うヴァニタスと撃退士。
「さて、時間も無いしさっさと始めるっすかね」
 切替早くクロムはそう言うと、本題に入っていく。
「実はっすね、今日はあんたとケリをつけに来た…訳ではなくて、ちょっとした情報提供と悪巧みの誘いをしにきたんすよ」
「悪巧み…?」
 怪訝な表情を浮かべる楓に、チョコーレが切り出す。
「どうだ。一緒にあの悪魔を倒さないか」
「な……本気で言っているのか?」
「別に驚く事じゃないだろう。俺もお前もシマイが邪魔なら、手を組めばいいだけの話だ。お前との決着はその後だ」
 聞いた楓は驚いた表情のまま、言葉を発しようとしない。どうやら撃退士からの予想外な提案に、理解が追いつかないでいるらしかった。続いてアンジェラが補足を加えていく。
「梓の奪還に失敗した今、ここでの不利を悟れば恐らくシマイは手を引くだろう。だが今、奴を逃がすわけにはいかない」
 彼女は思う。
 シマイは撃退士が守りを固めているとわかっていて、病院を襲撃してきた。恐らくは楓への執着がそうさせたのだと。
「わかっているのだろう、楓。シマイを倒さなければ、貴殿の自由はない。だから奴が帰ってくる前に、共に来てくれ」
 対する楓は、視線を落とし何事か考え込んでいるようだった。やがて苦悩を宿した目で撃退士達を見やり。
「……お前達も知っているだろうが、シマイは目的のためなら手段を選ばない。下手をすれば、大きな犠牲が出る」
 聞いたヘルマンがゆっくりと頷く。
「確かにシマイは強うございますな。けれど、私達は死にませんでしたぞ」
 傷だらけになってもここへ帰ってきた。すべては、楓の望みを叶えるために。
「例え私の力は微々たるものであっても、私だけがシマイを倒そうとしているわけでもありませんしな」
 その言葉に、エルゼリオも頷いてみせる。
「お前の言うとおり、シマイ・マナフは強大だ。俺達だけの力で打ち倒すのは難しいのかもしれない…だが、楓。お前の協力があれば不可能では無いと、俺は信じている」
「エルゼリオ殿の言う通りです。希望はありますぞ」
 楓はうつむいたまま、なおも悩んでいる様子だった。その瞳に浮かぶのは疑いではなく、葛藤の色。信じたい気持ちと、裏切られ続けてきた過去がせめぎ合っているのがありありとわかる。

「……楓、このままじゃ悔しくないっすか?」
 クロムの言葉に、視線を上げる。
「だって仮にこのままケリをつけたとしても、楓はシマイに縛られっぱなしじゃないっすか。あいつに一泡吹かせてみたいと思わないんすか?」
 返事はない。しかし否定しないところを見ると、反骨の情がないわけではないのだろう。
「大体、アンタの手も足もまだ動くんだろ?」
 続いてケイが畳みかけるように言いやる。
「ならせめて舞台から降りる前に一度くらいシテを務めてもいいんじゃないか?」

(みんな…変わっているね……)

 彼らが真摯に説得する姿を見て、ベアトリーチェはふとそんな感想を抱いていた。
(敵なのに…思い入れのある人が多くて…不思議…)
 彼女にとって敵は、それ以上でもそれ以下でもない。楓の願いを叶えようとする気持ちが、いまいち理解できないのだ。
 とは言え、そんなことは口に出さない。
 人は人。目的さえ達せられれば、自分と違う考えでも別に構わない。互いの価値観に介入しないのが、本当の意味での尊重だとも思うから。

 しばらくの沈黙の後、返ってきたのは苦渋の声音。

「――梓を」

 こちらを向いた紅は未だ暗く。
「今回助けられたからといって、今後も安全だと言い切れるか? どこにそんな保証がある」
 撃退士が返すより早く、楓は言い切る。
「あいつさえ無事なら…俺の自由などもうどうでもいい」
「楓……」
 自分さえシマイの言うことを聞いていれば、少なくとも梓の身は保証される。楓は手にした長刀を握りしめると撃退士を見据え。
「俺はお前達を傷つける事でしか、あいつを護ることはできない」
 けれど、彼らを殺すことは今の自分にはできないだろうとも思うから。

「だから約束通り、俺と戦って俺を殺せ。今の俺には…それしかないんだよ!」

 その瞬間、空気が一瞬にして張り詰める。
「楓、待て!」
 咄嗟に止めようとしたアンジェラを、振り抜いた長刀が吹き飛ばす。
 轟音と共に深紅の刃から業火がほとばしる。燃えさかる猛炎が近くにいたメンバーを飲み込んだ。
「くっ…説得失敗か…!」
 臨戦態勢に入ろうとするチョコーレとベアトリーチェをアンジェラは遮る。
「……大丈夫だ」
 深傷を負いながらも何とか立ち上がる。彼女の視線先には、火刃をもろに受けたジーナとヘルマンの姿があっって。

「なぜ反撃してこない…!」

 困惑に満ちた楓の声。二人は喉に溢れる血を吐き出しながら、当たり前のように返す。

「あたしはあんたを攻撃しないよ」
「ええ。我が身死んでも構いません」

「な……」
 楓は愕然と立ちすくむ。その表情は何が起きているのかまるで理解できない様子で。
「なぜだ! 何故そこまでしてお前らは!」
「まだわかんないっすか?」
 血濡れの中、起死回生で気絶を免れたクロムが口を開く。
「俺たちは、今ここであんたを殺してやるつもりなんてないんすよ」
 絶句する相手へ向け、あっさりと言い切る。

「俺のした約束は『八塚 楓を倒す』であって、『シマイのヴァニタスを倒す』じゃないっすから」

 楓の動きが止まる。
 背後に回っていたケイが畳みかけるように。
「俺たちが争うこの状況こそが、シマイの目論見だってアンタもわかってんだろ? 自分の頭でよく考えろよ、楓ちゃん。アンタが我慢さえすれば、本当にアンタの大事なモノは護れんのか?」
「……っ!」
 続くチョコーレも楓をまっすぐに見据えながら告げる。
「お前はヴァニタスになったそのとき、選択を誤った。そして今また選択のときだ」
 普段の彼であれば、『人形』であるヴァニタスに対してそこまでの言葉はかけなかったかもしれない。
 けれど、今ここで仲間の想いを無駄にだけはさせたくなかった。

「八塚 楓。お前は今度の選択まで誤る気か?」

 楓の表情は先程にも増して、苦悩の色を深めている。この身の『自由』と梓の『命』。天秤にかけるまでもないとわかっていながら、撃退士は自分の選択すらあっさり否定した。
 何が正しくて、何が間違っているのか。
 
 あるいは――両方を望んで許されるとでも言うのだろうか?

「……楓。本当の事を言えば、俺はお前に生きていて欲しい」
 切り出したのは、エルゼリオだった。
「でもそれ以上に、お前には自由になって欲しいと思っている」
 悪魔の従属たるヴァニタスは、もう人には戻れない。
 ならば自分達の手で終わらせてやる事が、楓にとって唯一の救いなのだろうと思う。けれど、今はその時ではないから。
「以前お前が言ったとおり、過去は覆せないし罪は消せない。…だが、楓。死ぬ前に罪を償う事は出来る筈だ」
 今まで重ねた罪を少しでも償い、悪魔の支配から解放されたいと願うのならば。
「獅子身中の虫となって、俺たちに力を貸してほしい」
 続くクロムも照れくさそうに頷きながら。
「心配しなくても、約束は守るっす。そのために、今は俺達の共犯者になってくれないっすかね?」
「都合の良い事を言っているのは百も承知だが、頼む…!」

 聞いた楓はしばらく黙り込んでいたが、突然含み笑いを漏らした。
「楓?」
 怪訝な表情を浮かべるエルゼリオに対し、どこかおかしそうに。
「都合の良い、だと? お前の言葉が”都合の良い”と言うのなら、俺なんてどうなる」
 あれだけ人を殺めておいてなお、自由になりたいと望む。これ以上都合のいい話があるだろうかとも思う。
「全くお前らは呆れるほどにお人好しだな。まるであいつ…」
 一度言葉を途切れさせると、決まりが悪そうに呟く。

「……兄さんを見ているようだ」

 こっちの都合なんてお構いなしに、命を賭けたがる。
 強引で。頑なで。真剣で――眩しい存在。

「――お約束いたしましたな。貴方の魂を解放すると」
 ヘルマンの穏やかな声音が、耳を打つ。
「貴方に告げた言葉を嘘にはいたしません。貴方が望むのならば、梓殿はこの命に代えてでもお守りしましょう」
 事実、命懸けでシマイを退けたのだ。こちらを見つめる瞳へ、願うように告げる。
「楓殿、私達と一緒に来ていただけませんか。貴方自身の手で選んでいただきたいのです」
 共に戦う道を。
 解放への梯を。
「貴方が迷い立ち止まる時は導き、心折れそうな時は支えてみせましょう。どうか、例え僅かな時間であろうとも、共に在れる幸せをお与えいただきたく」
 そのためならば、世界を敵に回してもいい。
 喪失の痛みすら、愛おしいと思えるから。
「……何故お前は」
 言いかけて一旦口ごもる。
「…俺なんかのために、そこまでできる?」
 瞳に浮かぶのは、戸惑いとほんの少しの期待。

「簡単なことですぞ。私にとっては貴方の望み、貴方の幸せがすべて。他にはなにも要りませぬ」

 告げた本音に燃えるような紅が揺らぐ。
 そのさまに、魅入ってしまったのは自分の方だから。

「……もう薄々気づいてるんだろう? あんたはさ、他の誰もが得られなかったものを手にしてるんだよ」
 側で見守いていたジーナが、静かに切り出した。
「少なくとも、真実、命がけで来てくれる相手をあんたは手に入れた。世の中に、あんたと同じ人間がどれだけいると思う? 他者の永遠さえ手に入れられる人間なんて、そうそういやしないさ」
 その問いに楓はうつむくと、やがてわずかに頷いてみせ。
「……わかっている」
 自分が手に入れることなど一生ないと思っていたもの。それだけに、どうやって応えればいいのかもわからずに。
「あんた自身も皆に応えたいと思うなら、動き出さなきゃねぇ」
 諭すように告げてから、どこか気恥ずかしげに笑いかける。

「だからさ。あんたも大切なもの全部、今度こそ自分の手で守りな。…あたしたちと、一緒にさ」

 長い、沈黙だった。
 しかし不思議と息苦しさは感じない。それは目前で佇む楓の瞳に、今までとは違う色が宿るのを撃退士達は感じていたから。
 やがて上げられた顔には、迷いの色は消えていて。
「――お前達に頼みがある」
 その口調はいつも以上にたどたどしい。どう言うべきか言葉を選んでいるのだろう。

「俺はシマイを倒したい。だから……俺に、協力してくれないか」

 告げられたのは、「承諾」ではなく「頼み」の言葉。その意味するところの大きさに、撃退士達は思わず息を飲む。
 直後、成り行きを静観していたベアトリーチェがぴくりと反応した。
「何かが…近付いてる……」
 彼女の視線先で、蒼い発光が明滅する。その光を見たアンジェラがはっとなると同時、楓の驚きに満ちた声音が広場に響いた。

「……兄さん」


●烙と澪に標す

「…ほんとに…同じカオだね…」
 駐車場の入口に立つのは、八塚 檀の姿。
 向き合う双子の兄弟は、人を止めてなお瓜二つで。
 ベアトリーチェが交互に見やる中、アンジェラが安堵した様子で声をかける。
「間に合ったな、檀」
「ええ。ご心配おかけしてすみません」
 こちらの班と共に突入するよう、提言してくれた者は多かった。しかし彼は、ぎりぎりまで他班と共に殲滅を行うことを選んでいた。
 檀はほんの少し息を吐いた後、ゆっくりと視線を弟へ移し。
「……久しぶりだね、楓」
「ええ…そうですね」
 二人の会話はひどくぎこちない。けれど楓の顔に以前はあった憎しみの色は浮かんでいない。
 それでも、檀は言葉を続けられないでいた。
 伝えたいことは山ほどあったはずなのに、いざ目の前にすると何も出てこない。見ていたチョコレーがやれやれと声をかける。
「お前は何か言いたいことがあってここへ来たんだろう。今伝えておかないと後悔するぞ?」
「思ったまま、言えばいいのさ」
 ジーナにも促され、檀は意を決したように突然、頭を下げる。

「楓、ごめん」

 面食らう楓の前で、檀は苦渋に満ちた表情で続ける。
「私は楓の苦しみを知っていたくせに、何もできなかった。……君を失うまで」
 後悔してもしきれずに、死のうとさえした。対する楓はしばらく黙り込んでいたが、やがて。
「……謝る必要などありませんよ。こうなったのは、兄さんの責任じゃない」
「でも……」
 なおも申し訳なさそうな兄に対し、楓はため息をつき。
「全く…俺の身勝手に付き合って人間止めるなんて、とんだ馬鹿ですね」
「え……」
 きょとんとした様子の檀に向け、半ば苛立ったように言い放つ。
「何度でも言いますよ、兄さん。貴方は本当に馬鹿だ。約束されていた将来を諦め、今まで築き上げたものすべて壊して」
 告げる声音は段々と掠れていて。

「貴方に死なれたら困る梓すらも捨てて――俺を選ぶなんて」

 その時、撃退士達は悟った。
 楓が檀を憎んだ、本当の理由。
 人生に絶望し悪魔の従属に身を堕とした。そんな自分を当然檀は見限るだろうと思っていたし、むしろそうしてくれた方が気が楽だったに違いない。
 にも関わらず、すべてを犠牲にしてまで兄は自分の為に堕ちた。

 そのことが、許せなかったのだ。

「本当に、なんでこうもすれ違っちまったのかねぇ…」
 ジーナがほんの少し吐息を漏らす。
 ほんの少し何かが違っていれば、二人ともここにはいなかったのだろう。そう思えば思うほど、彼らを捕らえた運命がやるせなくて。
(でもようやく、二人は運命の外へと歩み始めたんだね)
 多くの手に助けられ、本当の幸いを探すために。
「楓殿、先程は有難うございます」
 丁寧に頭を下げるヘルマンを見て、楓はぶっきらぼうに答える。
「……別に礼を言われるようなことじゃない」
「おや、照れる必要などございませんぞ」
「くっ…いいからお前は、さっさとその傷治せ!」
 顔を真っ赤にして怒る楓の姿に、ヘルマンは好々爺の表情。
 アンジェラは今後について思案を巡らせていた。
「一時的に楓にはこちらに来てもらった方がいいだろうか」
 彼女の言葉に、チョコーレは考え込むように。
「いや、拠点が落ちていないと見せかけるには、ここに残った方がいいんじゃないか。楓が健在だとわかれば、悪魔はのこのこ戻ってくるだろう。そこを楓と俺達で不意打ちして一気に討ち取るってのはどうだ」
 聞いたエルゼリオも頷いてみせ。
「獅子身中の虫となるならその方がよさそうだな…楓、シマイが戻って来たら俺たちに連絡をもらえるか」
「ああ。わかった」
 そう答えた後、楓は傷だらけのメンバーを見て、ばつが悪そうに呟いた。
「……さっきは、悪かった」
 初めて口にした謝罪の言葉。クロムがあっけらかんと笑う。
「いやーすげー痛かったっす。楓がなかなか折れてくれないから、一時はどうなることかと思ったっすよ」
 聞いたベアトリーチェもこくりと頷き。
「…もの凄く…ユージューフダン…だったね…」
「うっ……」
 やりとりを聞いていたケイは、檀を見やるとさもおかしそうに言いやる。
「まあそれは仕方ないんじゃないか? 兄貴の方も同じだしな」
「うっ……」
 双子は顔を見合わせたまま黙り込んでしまう。
 そのさまにひとしきり笑った後、ケイは楓へと向き直り。

「ああ、せっかくだから言っておくぜ、楓ちゃん」
「…何だ」
「オレがアンタを殺してやるのはオレ自身のため。オレ自身がアンタを気に食わないからさ」
 何も背負わない自分のような人間が手を下せば、楓も気が楽だろうか。
 そんなことは、死んでも口には出さないけれど。
「アンタが死ぬ時、『もっと生きていたい』って思わせられりゃオレの勝ち。だって、死んでスッキリなんて上等過ぎるだろ?」
 だからアンタの兄も。
 アンタの大切な女も。
「全部護ってから殺してやりたいのさ」
 聞いた楓はほんの少し考えた後、わずかに頷いて。
「それで構わない」
 紅い瞳がケイを真っ直ぐに捉える。
「俺のために殺してくれと言う資格など、俺にはない。それに――」
「それに?」
「……いや、いい」
 楓はそれだけ言うと、口をつぐむ。
 今まで一度も感じる事のなかった、生への執着。死ぬ間際にほんの一瞬でも得られるのなら、それはきっと――幸せなことなのだろうと思う。

 そんなことは、死んでも口には出さないけれど。

 その時、周囲に光が溢れた。
「朝か……」
 ようやく訪れた夜明けに、双子は眩しそうに目を細める。

「今度こそ私は……違うね、私達は君を幸せに出来るかな」

 檀の言葉に楓は気まずそうに視線を逸らす。
「……兄さんは、これから自分の幸せを考えてください」
「え?」
 楓は撃退士をちらりと見やった後、再び朝陽に視線を戻し。
 そして聞こえるか聞こえないかの声で、呟いてみせた。

「俺はもう、十分ですから」




依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:11人

おまえだけは絶対許さない・
ジーナ・アンドレーエフ(ja7885)

大学部8年40組 女 アストラルヴァンガード
華麗に参上!・
アンジェラ・アップルトン(ja9940)

卒業 女 ルインズブレイド
chevalier de chocolat・
チョコーレ・イトゥ(jb2736)

卒業 男 鬼道忍軍
永遠を貴方に・
ヘルマン・S・ウォルター(jb5517)

大学部8年29組 男 ルインズブレイド
種に灯る送り火・
平賀 クロム(jb6178)

大学部3年5組 男 アカシックレコーダー:タイプB
久遠の風を指し示す者・
ケイ・フレイザー(jb6707)

大学部3年202組 男 アカシックレコーダー:タイプB
撃退士・
綾羅・T・エルゼリオ(jb7475)

卒業 男 アカシックレコーダー:タイプB
揺籃少女・
ベアトリーチェ・ヴォルピ(jb9382)

高等部1年1組 女 バハムートテイマー