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マスター:久生夕貴
シナリオ形態:シリーズ
難易度:難しい
形態:
参加人数:10人
サポート:2人
リプレイ完成日時:2014/12/16


みんなの思い出



オープニング


 誰かのためにともがくほど、思い通りにはいかないものだ。

 護りたい。

 たったそれだけの、ことなのに。





 高知市南東部。これはゲート作成前の話。
「バルシーク様、少しよろしいでしょうか」
 自身を呼び止める声に、大天使は振り向いた。
 そこには、彼の護衛を務める従士の姿がある。
「先程入った報告なのですが。ゴライアス様の双従士が、二人とも南エリアに来ているようです」
「何だと?」
 聞いたバルシークは眉をひそめた。
「恐らくゴライアス様に命じられたのだとは」
「……だろうな」
 そうでなければあの二人がゴライアスの元を離れるとは思えない。
(あいつ…一人で戦うつもりか)
 長年の付き合いだ。ゴライアスの考えている事くらいは容易にわかる。
 それだけに、迷いも生じるのだが。
 沈黙する主に向け、従士がおもむろに切り出した。
「私にゴライアス様の護衛をお任せいただけませんか」
「それは構わないが…恐らく厳しい戦いになるぞ」
「元より覚悟はできております」
 それに、と彼はわずかに微笑して。
「シスがこちらに来るのであれば、私も安心してここを空けられますので」
「ああ、お前とシスは同期だったな」
 バルシークとゴライアスがそうであるように、互いの実力は嫌と言うほど知っているのだろう。
「だがお前たちはまだ若い。無理はするな」
「私はバルシーク様の従士です。誓いは果たさなければ意味がない…そう信じています」
 そのまなざしの強さに、バルシークはそれ以上何も言うことができない。
 自分が彼の立場でも、同じ事を言うだろうとわかっていたから。


 ※


 高知市南部。

「風が止んだな…凶兆でなければいいが」
 四国の空を見上げ、従士シス=カルセドナは呟いた。斜めに切り揃った白髪が、動きにあわせわずかに揺れる。
「えっと…シスまで、何でここにいるの?」
 隣の美少年が戸惑い気味に問う。騎士リネリアの従士であるリュクスだ。
「たまたま通りがかったのだ。約束の地がここから近いのでな…け、決して貴様の身を案じたわけではないぞ」
 そう言い放つシスは、やたら大きなフード付きのパーカーに細身のパンツ姿(全て白)。その上から革の長手袋とロングブーツ(全て白)を身につける姿は、あまり従士らしくない。
「……僕が枝門担当するのがみんなそんなに心配なのかな」
「何?」
 リュクスはほんの少し視線を落とす。
「確かに僕って見た目も頼りないもんね。でも命を賭けてでも任務は全うするつもりだよ」
「巫山戯るなリュクス」
 三白眼が鋭く彼を睨む。
「貴様は我が魂の盟友(ソウルメイト)なのだ。この俺の許可なく死ねると思うな」
「う、うん。わかってるよ」
「大体貴様はいつも――」
 そこでシスは急にはっとした表情になる。
「…待てリュクス。貴様先程シス『まで』と言ったな。それはどういう意味だ」
「えっそれは…」

「何で『兄さん』がここにいるのよ」

 現れた赤髪の少女に、シスは一瞬にして青ざめる。
「なっ…エル、貴様何故ここに!」
「私はリュクスの護衛を任されているんだから当然でしょ! 兄さんこそ『父さん』の護衛はどうしたのよ!」
 怒り心頭な彼女の名はエル・デュ・クラージュ。
 父と呼ぶゴライアスの双従士の片割れであり、シスとは兄妹(血の繋がりはないが)の関係でもある。
「ふははは甘いな我が呪われし兇妹(デスペラード・エル)よ! その男の命にて俺様もこの地に降臨したと見抜けぬとは、何と言う浅薄的短絡思kごふうっ」
「わわっシスーー!」
 もの凄い勢いで吹っ飛んだシスをリュクスの声が追う。エルは振り抜いた拳をわなわなと震わせ。
「その呼び方やめろって言ってるでしょ、馬鹿兄貴! 大体、父さんの命でここに来た事くらいわかってるわよ。父さんはすぐ自分の守りはいらないなんて言うんだから意地でも残れって言ってあったじゃない!」
「いや、待てエル。これには古より受け継がれし深淵の理というものがぐはあああ」
 再び鉄拳制裁をくらったシスはくの字の姿勢で悶えながら。
「ふっ…さすがはこの俺を唯一凌駕する可能性を秘めた者よ…今の術式、見事だったぞ」
「もう、分かったから早く父さんのところに――」

「だが俺様に指図できるのは、マスターであるあの男だけだ」

 有無を言わさぬ声音に、エルの表情が強ばる。
「に…兄さん…」
「奴の選択である以上、貴様の懇願とあっても受理する原由はないな」
 兄に言い切られたことでエルはうつむくと、唇を噛む。
「でも…だって…父さんが…」
 父が負けるはずがない。そう信じていても不安が消えないのも確かで。
「兄さんは心配じゃないの? 私は……」
 しゅんとなったエルの頭を、シスは慌ててぽんとやる。
「あ…案ずるなエルよ。奴の元には今ソールが向かっている」
「え…?」
 ソールとはバルシークの従士であり、シスが(一方的に)ライバル視している相手でもある。
「奴はこの俺と同等たると認めてもいい男だ」
 そして雷霆の従士らしくとても任務に忠実で。
「恐らく命懸けであの男を護ろうとするだろう。だから貴様は任を遂げる事だけ考えていればいいのだ」
「…わかった」
 こくりと頷いたエルを前に、突然シスは高笑いを始める。
「はっ! 大体奴がその気なのにこの俺が本気を出さなくてどうするというのだ!」
「シス…?」
 あっけにとられるエルとリュクスに背を向け、翼を広げる。水晶飾りがしゃらしゃらと音を立てた。

「ソールが『皓獅子公』を死守するならば、俺は『蒼閃霆公』を死守する。それが世界の選択だ」





 高知市南東部。現在。
 バルシークのゲートから数百メートル地点に、二柱の天使は降り立った。
「くれぐれも無理しないようにするっすよ! エルちゃんが悲しむっすからね!」
 騎士リネリアの言葉に従士シスは含み笑いを漏らす。
「ふっ…その言霊、そっくりそのまま貴様に返させてもらおう」
「えっ」
 シスは視線を馳せたまま独り言のように呟く。
「貴様こそ蒼閃霆やリュクスを慮るのなら、死に物狂いで生き延びるのだな」
「……誰かさんと同じこと言うっすね」
「何?」
「こっちの話っす」
 数ヶ月前、無理をして痛い目を見た。同じ轍を踏むつもりはない。
「ふん…だが案ずるな。貴様らも蒼閃霆公も俺様が死なせん」
「まったく、ほんと生意気っすね」
 リネリアは苦笑しつつも、ほんの少し緊張が和らぐのを感じる。瞬後、気配を感じその表情がすっと引き締まり。

「じゃあ、作戦開始っすよ。健闘を祈るっす!」

 二柱の天使が空を舞う。

 ※

「――やってきたか人間」

 結界内に突入した部隊を前に、その青年は立ちはだかった。
 やたらと白い見た目。朱の目張りが入った三白眼が、こちらを見据えている。
「……予想通り、ゲートキーパーがいたようだね」
 西橋旅人(jz0129)が漏らした言葉に、天使は返す。
「瑠璃の天を穿つのならば玻璃の門を混沌の彼方へと葬り邂逅の神の天啓を刻むのが世の真理と言わざるを得まい」
「この先に進むのなら俺を倒せってことか…」
「よく今のでわかりましたね西橋さん」
 臨戦態勢へと入る撃退士を見て、天使は嗤う。

「この俺に挑むか。業深き咎人よ」

 その目がさらに鋭さを帯び、周囲の空気が張り詰めていく。

「いいだろう、我が名はシス=カルセドナ! 凍てつく玻璃滅士(クリスタルブリザードディザイア)と呼ばれし俺様のフォースをその身で味わうがいい!」

 撃退士たちは思った。

 あ、こいつめんどくせぇ。



リプレイ本文

 
 生のための犠牲を否定するつもりはない

 安寧はすべからくして多くの犠牲の上に成り立つもの

 だから俺は選ぶのだ

 何を残し

 何を失うか




 ”凍てつく玻璃滅士”を前にした撃退士たちは、一瞬目が点になっていた。
「えーっと…ずいぶんとアレな天使だね」
 仮面を装着した森田良助(ja9460)が苦笑する隣で、矢野 胡桃(ja2617)はわずかに嘆息しながら。
「籠の鳥を解放したものの責任、かしら、ね」
 アレを相手にするのも。
「全く…気合入ってるところ悪いけど、前座はお呼びじゃないんだよ」
 やれやれと言った様子のアサニエル(jb5431)の隣で、宗方 露姫(jb3641)は眉根を寄せている。
「あん? クリスタル…ザイア…なんだって?」
 小首を傾げ。
「でも何かこう…かっこいいような気がしない事もねぇような…」
「ほう、貴様はわかっているようだな」
 耳ざとく反応したシスは不敵な笑みを浮かべる。
「俺様の真名が放つ高貴さに気付くとは、撃退士にもそれなりの者がいるようだ」
「いや、ちょ…」
 いつの間にか同属認定された露姫を、夜来野 遥久(ja6843)が気の毒そうに見やりつつ。
「なるほど、天界にも思春期を拗らせた厨二病は存在する、と」
 懐から何かを取り出すと、胡桃と西橋旅人(jz0129)に手渡す。
「厨二がうつっても困ります、必要ならお使い下さい」
 渡されたのは耳栓。胡桃はまじまじとそれを見つめ。
「耳からうつる病気とは知らなかった、です……」
「ところで厨二って何だろう?」
「西橋殿は知らなくていいのですよ」
 にっこりと微笑む遥久の前方では、高笑いが聞こえてくる。
「『久遠ヶ原の毒りんご姉妹』華麗に参上!ですわ」
 いつも以上に輝いているクリスティーナ アップルトン(ja9941)が、シスにビシッと剣を突き付け。
「クリスタルブリザードディザイア! 相手にとって不足なしですわね」
「む? 貴様何者だ」
「人呼んで『北海の閃光(フラッシュオブノースシー)』、クリスティーナ アップルトンとは私のことですわ!」
「なっ…あの悪名高き『北海の閃光』だと!?」
 顔色を変えたシスの眼光が鋭く光る。
「くく…よもやこの地にて相まみえるとはな…これも因果律の成せる技か…!」
「あいつ嬉しそうだな…」
 ハイライトの消えた目で彼らを見ているのは、マキナ(ja7016)。
「まあ…面倒臭そうな奴だが、天使だってんなら相手として不足はねえな」
 燃えるような蒼炎を纏い、臨戦態勢に入る。
 今日だけは負けるわけにはいかない。その理由は、隣にいる自分と同じ赤髪を持つ少女。
「お兄ちゃんと一緒ならメリー…負けないのです!」
 マキナの妹であるメリー(jb3287)の瞳が、赤から青へと変わってゆく。今は大好きな兄と同じ色になれる瞬間。
「ほう、貴様らは兄妹なのか」
「それがどうかしたか」
 マキナの返答に、シスは一瞬視線を逸らし。
「ふん…ならばせいぜい、どちらかを悲しませぬようにするのだな」
 直後、彼の斜め後ろに人影が現れる。妙にリアルで不気味なからくり人形を見て、Robin redbreast(jb2203)が即座に建物の影に身を潜める。
「あれは…気を付けた方がよさそう」
 おっとりとした言い方だが、彼女の思考は既に戦闘マシーンのそれ。遮蔽物の影から、淡い翡翠の視線を前方へ向ける。
 その大きな瞳に映るのは、巨大なチャクラムを構える天使の姿。

「俺様は加減をするのが不得手だからな…いくぞ、繰狂!」
 
 シスとほぼ同時に動いたのが櫟 諏訪(ja1215)だった。
「そう簡単にやらせませんよー?」
 スナイパーライフル手に最後方からシスに向けて高命中の狙撃。防御を削る一撃がシスの肩口で鮮血がぱっと咲く。
「ほう…その距離から当てるとは貴様なかなかの腕前だな。だが俺様も負けてはいない!」
 シスはさらに後方に下がると、諏訪へ向けてチャクラムを飛ばす。凄まじい勢いで回転する対の刃が同じく諏訪の肩口を削り取っていく。
「っ……!」
「安心するのは早いぞ人間!」
 見ればからくり人形が同じようにチャクラムを投げ飛ばす。狙う先にはもう一人の狙撃手。
「僕か…!」
 身構える良助に刃が襲いかかり、何かが削れる鈍い音が響き渡る。射程ぎりぎりにいた狙撃手をさらに後方から狙った様に、露姫がぎょっとしたように。
「おいおい、なんつー射程だよ…」
「厨二こじらせても天使、といったところかねえ」
 初手でシールゾーンを仕掛けようとしていたアサニエルが、やれやれと言った様子で。
「ここからちょっと届きそうもないねえ」
 ならばと即座に後方へ駆け、諏訪に向けてライトヒールを展開。
「もう一度狙われるとまずそうだからね。さあ、きりきり働いてもらうよ!」
「助かりますよー!」
 その時、獣の咆哮が上がった。空中のグリフォンがマキナに向けて急降下を始める。
「お兄ちゃんはメリーが護るのです!」
 咄嗟にメリーが前に出て攻撃を受け止める。急襲の反動で吹き飛びそうになるが持ち前の耐久力でカバー。
 戦闘は怖い。
 けれど、愛する兄の傍で戦うのなら絶対に引くわけにはいかない。
(それに…あの人にも会いたいのです)
 待つと言ったあの大天使の元に、辿り着くために。
「それにしても、あの距離はやっかいだね」
 旅人の言葉に遥久も頷いて。
「ええ。こちらの射程外から攻撃しつづけられれば、非常に面倒です」
 しかもあの人形はどうやら、彼が取った行動と同じ動きができるようだ。
「威力は人形の方が低いようだけど…」
 良助が諏訪と自分のダメージ量を確認しつつ言う。見たところ、威力は6,7割り程度と言った所か。
 上空を駆ける二頭を見据え。
「とりあえず、あの二頭をなんとかしてしまいたいね」
 そうでなければ、シスに集中できそうにない。
「それじゃ、森田さん。始めましょう?」
 胡桃は空中にいるグリフォンに対して狙撃銃を構える。良助も狙撃銃で狙い定め。
「了解、僕が桃ちゃんに合わせるよ!」
「さぁ…いつまでも空にいられると思ったら大間違い、よ?」
 二人がほぼ同時で放つ対空射撃。強力な威力を宿した弾丸は一直線に光条を描き、翼の付け根へと撃ち込まれる。
「ギャアアアア」
 苦悶の悲鳴と共にその巨体が地に墜ちていく。そこを狙うのは露姫の魔法書。
「速攻倒してやんぜ!」
 冥の力を宿した槍がグリフォンの胴部を貫く。鮮血をまき散らしながら鷲獅子は地を蹴り、彼女へ向け突進してくる。間に割り込むのは遥久の盾。
「相手は私が務めましょう」
 攻撃を受け止めた遥久は即座に身を翻し、その手からアウルの鎖が放たれる。狙いはもう一頭のグリフォン。絡みついた鎖がその体躯を地へ引きずり落とす。
 飛行を封じられた二頭を見て、シスは薄い笑みを浮かべ。
「ふん…なかなかやるようだな。だがそう簡単にはやらせん」
 移動力の高いグリフォン達を後方へ呼び寄せると、両手を合わせ陣を生み出す。
 次の瞬間、彼を含めた周囲が白いオーラに包まれる。深傷を負っていたグリフォンの傷が癒えてゆくのをクリスティーナは慎重に観察し。
「どうやら回復能力のようですわね…他にも能力がアップしているように見えますわ」
「……だいぶ動きが速くなってるみたいだね」
 追撃を避けられたロビンが呟く。元々動きの速いグリフォンだが、怪我を負っているにもかかわらず先程より動きが速くなっているのだ。マキナは眉をひそめる。
「あいつ…思った以上にめんどくせえな」
 圧倒的な力でねじ伏せるバルシークとは対照的。遥久も頷いて。
「あの強力な補助スキルは、ゲート戦にかなり影響するはずです」
 あの能力をバルシークに使われたら。そう考えると、目前の天使が予想以上にやっかいだということに気付く。
「ですが作戦はこのままで行きましょう」
 撃退士たちは即座に体制を立て直すと、それぞれの行動へ移る。

 シス抑え班は先程の攻防を踏まえ対策を練る。
「あれだけ距離を取るってことは、接近戦が苦手な可能性がありそうですねー?」
 諏訪の意見にメリーとアサニエルも同意する。
「メリーもそう思うのです。多分、簡単には近付いてこないと思うのです」
 つまり接近戦を挑むにはそれなりの工夫が要るということ。それを察知した数名は既に潜行状態へと入っている。
「できればここで撃退しときたいところだし、うまくやろうじゃないか」
 アサニエルの言葉に、マキナは普段は見せない獰猛な色をその顔に浮かべ。
「ああ。俺たちが引きつけてやるぜ」
「行こう」
 旅人はマキナへ向けて縮地を展開させる。移動力を上げたマキナは、シスへ向かって突撃開始。
「おいそこの天使! 俺と勝負しろ!」
 凄まじい勢いで近付いてくるマキナに、シスは飛行すると建物の上へと移動する。
「待て、逃げる気か!」
「ふ…愚かな。俺様が逃げるだと? 固有結界の理もわからぬようだな人間よ!」
「何言ってるかわからねえんだよ。言いたい事があるなら分かるように喋れ!」
 マキナは弓に持ち替えシスに向かって矢を放つ。シスが身を翻して回避した所を狙うのは同じく和弓に持ち替えた旅人。
「ぬるい!」
 自身に向かって飛んできた矢をシスはチャクラムではじき返す。しかしこれは狙い通り。
「さて、まずはゆっくりと攻めさせてもらいますよー?」
 挟撃で意識が逸れたところに、諏訪の弾丸が撃ち込まれる。反動でバランスを崩したところに生み出されるは、封印の魔方陣。
「よそ見すると痛い目見るよ」
「ぬっ…!」
 いつの間にか接近していたアサニエルが、真下で陣を展開していたのだ。スキルを封じられたシスは、どこか愉しそうに笑いながら。
「成る程…恐るべし忌術を俺に浴びせるとは、やるな人間!」
 その手から再びチャクラムが放たれれば、メリーが庇護の翼で庇いに走る。
「メリーが受け止めてあげるのです!」
 硬質な者同士が触れあう耳障りな音が響く。高速回転する刃が、盾を深くえぐりながら肩口へと抜ける。
「重い…のです。でも!」
 受けきったメリーはきっとシスをにらみ据え。
「バルシークさんの攻撃はこんなものではなかったのです!」

 同じ頃、グリフォン対応班も攻勢に出ていた。
「さ。速攻で、叩かせてもらう、わ」
 胡桃は瞬間的に魔具の能力を最大限まで引き上げると、一体の首元を狙う。
「――Leidenschaft」
 ピンクプラチナの髪が、わずかに揺れた刹那。
 放たれる赤褐色の弾丸は、高圧の一撃となって白き羽根を散らす。そこを狙うのはもう一人の狙撃手。
「いくら回避力が上がっても、僕らから逃げられると思わないで欲しいね」
 良助が再び放つイカロスバレットは、正確な起動を描きグリフォンの脚部を貫く。高命中の二人の前では、自慢の機動力を生かすことができない。
 狙撃手達が行動を阻害したところへ、クリスティーナの刃が舞い踊る。
「いまですわ! 喰らえ、スターダストイリュージョン!!」
 透明な刃から流星群が放たれる。幻想的な煌めきはその美しい見た目とは裏腹に、凄まじい威力となって巨体を穿つ。
 避けきれず直撃を受けたグリフォンは悲鳴にも似た断末魔を一声上げ、地に沈む。
「一体撃破ですわよ!」
「よっしゃ、あと一匹!」
 上空待機していた露姫が、血色槍の幻影を放つ。咄嗟に飛び退いたグリフォンを待ち構えていたのは、ロビンが生み出す三日月の刃。
「これは痛いと思うよ?」
 大幅なカオスレート差を利用した無数の刃は、瞬く間に巨体の体力を奪っていく。
 全身に傷を受けたグリフォンは怒り狂ったように地を駆け、その鋭い爪でロビンを薙ぎ払おうとする。しかし既にそこには次の一手が待ち構えていた。
「油断は禁物ですね」
 盾を手にした遥久が間に割り込み、攻撃を受け止める。そのまま即座に反撃へと移ると、再びアウルの鎖で対象を絡め取ったところで、狙撃手二人が間髪入れず追撃。
「それじゃあ…こちらもすぐ、落しましょう、か」
「いくよ!」
 胡桃と良助の息の合った銃撃が、獅子の胴部に撃ち込まれていく。舞い上がる鮮血が純白の翼を紅く染め上げ。
「これで終わりですわ!」
 クリスティーナが放つ一閃が華やかな光を放ちながら、グリフォンを葬った。



「――我が僕がやられたか」
 状況を察知したシスは、自分を抑えていた面子へ向け不敵な笑みを浮かべる。
「俺様の庇護を阻止する手腕、なかなかのものだ。だがこれからが本番だ人間よ!」
「望むところなのです!」
 攻撃盾を手にしたメリーの突進をシスはかわそうと動く。そこに飛ぶのは漆黒の刃。
「マキナ君!」
 旅人の烈風突ではじき飛ばされたところを、マキナの戦斧が襲う。
「吹っ飛びやがれ!」
「ぐっ…!」
 連続烈風突の影響でシスの体躯は大きく横へと流される。
「こしゃくな!」
 チャクラムを構える姿を見て諏訪が動く。高速回転する刃を止めるのは難しいと判断。
「なら、このタイミングを狙いますよー?」
 投擲する瞬間を狙って諏訪が弾丸を飛ばす。腕に当たったそれは狙いをわずかに逸らさせ、直撃を防ぐ。
「おっとそっちへは行かせないよ!」
 進路を変えようとしたシスの前方へアサニエルがコメットを撃ち込む。行動が阻害されたところに待ち受けるのは、合流したメンバーたち。
「おいクリ公、此方がお留守だぜ!!」
「ぬっ! 貴様いつの間に!」
 背後からの奇襲に反応が遅れたシスに打ち込まれる、電気を帯びた一撃。
 冥の力を宿した強襲に、シスの表情が苦痛に歪む。露姫はにやりと笑んで。
「結構効いたろ?」
 スタンには耐えたようだが、脇腹に受けた不意打ちは確実なダメージを与えていた。
「ふん…この俺にこれ程の一手を喰らわせるとはな。やはり俺様の見込み通りと言った所か」
「あ? ていうか覚えにくいんだよ、あの通り名! 俺等に勝てたら覚える努力してやっても良いけどさ?」
「ふ…隠す必要は無いぞ、魔族の者よ。俺様の真名に気圧されてしまうのは必然のこと。口に出すのもはばかられるのは仕方あるまい」
 曇りなきストーカー思考に、良助がいたわりのまなざしで。
「だいぶ気に入られてるね、露姫ちゃん」
「嬉しくねええええええ」
 心底嫌そうな露姫の叫びが響く中、シスの表情がすっと引き締まり。
「だが、俺様もやられたままでいるわけにはいかん」
 いち早く反応したアサニエルが警告を発する。
「攻撃来るよ、気をつけな!」
「我が秘術受けてみよ! 唸れ、衝撃石英(インパクトクォーツ)!!」
 瞬後、巨大な結晶が生み出され全方位に向かって斉射される。その勢いと重みに周囲にいたメンバーはまとめて吹き飛ばされ。
「くっ……なんて威力だ…!」
 シスはその隙に包囲網を抜けると、彼らの側面側建物上部へ移動。
「悪く思うな人間よ…ゆくぞ、針状結晶(ルチルインクルージョン)!」
 続いて繰り出されるは広範囲にばらまく、針状の結晶。メンバーの半数以上を巻き込み、玻璃の嵐が吹き荒れる。
「っ痛う……!」
 間髪入れず繰狂による二度目の針状結晶は、直撃者の膝を付かせるには十分で。
「メリー殿大丈夫ですか」
 遥久がメリーへと駆け寄り自身を含んだ回復スキルを展開させる。最前面で徹底的に仲間を庇い続けた彼女たちが受けた傷は最も深い。
「平気…なのです…!」
 至るところから血を流しながらも、メリーは決して弱音は吐かない。
 絶対に兄を不安にさせたくないから。
 そしてマキナもメリーの方に決して視線を向けようとはしない。全幅の信頼を寄せているからこそ、気を向けるなんて無様を晒さないと決めている。
「さあ、さくさく回復させるよ!」
 アサニエルが傷ついたメンバーにライトヒールを展開させていく。彼女の神の兵士や回避射撃の効果もあり、気絶者の出現は何とか回避できている。
 胡桃は回復を邪魔させまいと、シスへ向けて牽制射撃。
「厄介な攻撃、ね? それじゃあ……その『腕』、壊させてもらう、わ」
 狙うは狙撃手の『腕』。回避を許さぬ高命中の一撃が、シスの右腕に撃ち込まれる。
「ほう、貴様も射手らしく狙い方がわかっているようだな」
 右腕から流れる血が、彼の真っ白な衣服を紅く染め上げていく。
「その余裕の態度、いつまで持つかしら…ね」
「くく…貴様のその淡々と任務をこなす姿勢、嫌いではないぞ。やはり射手とはこうでなければな!」
 微妙に噛み合わない会話を二人が繰り広げる中、ある作戦に移る者がいた。
 建物の影に潜みつつ移動していた良助が、ゲート方面に向けて一気に駆け出す。
「先行突撃開始だ!」
「なっ…貴様いつの間に! 待て!」
 ゲートへ向けて疾走する良助をシスの攻撃が追う。意識が逸れたシスを、『彼ら』は見逃さなかった。
「今ですわ!」
 クリスティーナが神速の一撃を繰り出す。
「私の閃光の剣、受けられるかしら!」
「っ…!」
 高速の刃を咄嗟にチャクラムで弾こうとするが、彼女の威力が勝った。受けきれずシスは弾かれるようにバランスを崩す。そこを狙うのは諏訪の闇を纏った弾丸。
「さて、この一撃はかなり痛いですよー? 特に油断した今だと、どうでしょうかー?」
「ぐっ……!」
 腹部に銃弾を受けた顔に苦痛の色が走る。
「どうやらうまくいったみたいだね」
 飄々と笑みを浮かべる良助を見て、シスは悔しそうに。
「うぬ…先行はフェイクか…!」
 狼狽気味に体制を立て直そうとしたところに、『声』が届く。

「それにしても、あれはどう見ても友人がいなさそうですね」

 聞いたシスの動きが、止まる。
「な…何?」
「おや聞こえてしまいましたか。正直な感想がつい」
 黒い微笑を浮かべる遥久に、明らかに動揺を隠しきれない様子で。
「ふ、ふん…俺様と同等のレベルで会話できる者など、そういるものではないからな。これも選ばれし者の宿命よ」
「そういうのをぼっちっていうんじゃないですかねー?」
「ぐはっ(心が砕ける音)」
 諏訪の容赦ないツッコミが炸裂する中、ネクセデゥス兄妹による息の合った精神攻撃が畳みかける。
「シスさんの妹がかわいそうなのです。お兄ちゃんがあんな変な言葉遣いしてたらメリー…妹として恥ずかしいのです…」
「いやそもそもあの髪型はないわ…兄としてありえないわ…」
「メリーのお兄ちゃんがあんな前髪じゃなくて良かったのです!」
「き…貴様ら…!」
 精神防御値がどんどん下がっていくシスに、遥久はいたわりのまなざしを向ける。
「ところで繰狂の性別は…ああ、ひょっとしてエア彼女ですか」
「なななその様なおぞましきものを、この俺が連れているわけがなかろう!」
「ああ、失礼。エア友人の方でしたか」
「ぐぬぅっ」
 頬を引きつらせたシスは、遥久をきっと睨み。
「貴様…さては『忌まわしき断罪の魔眼(エクソシストイビルアイ)』の持ち主だな?」
「いえ違います」
「よもや伝説の魔眼士と出会うこととなろうとはな…くく…ふはは! 面白い、面白いぞ人間!」

 度重なる精神攻撃で動揺しまくったシスは、この時気付いていなかった。
 遥久達との会話に気を取られている隙に、背後へ影が忍び寄っていたことに――

「隙ありだよ」
 潜行状態のロビンが、不可視の刃を放つ。
「陽動か! だが当たらなければどうということはない!」
 反応が遅れたものの、咄嗟に攻撃をかわした――かに見えた時。

 びりぃ…っ

「なっ……!?」
 シスの愕然とした表情が、自身の太ももへと向けられる。付け根に近い位置から斜め上に大きく布地が切り裂かれている。
 裂け目の下に見えるのは、肌色の生足と――

 深紅のパンツ。

「ぬわあああああきききき貴様、一体どういうつもりだ!」
 慌てて隠そうとする姿に、彼女は軽く小首を傾げ。
「ふうん。黒かと思ってたけど、赤なんだね」
「ふぐぅっ」
 動く度に、赤のボクサータイプがちらちらと見える絶妙な裂け方。
「こ、このような邪法に出てくるとは…! さては貴様、邪神の黒界からやってきたのだな!」
 顔を真っ赤にしたシスは、ぷるぷる震えながら涙目になっている。
 ちなみに決して彼女は痴女ではない。服装に気を遣っていそうなタイプと判断したため、敢えてズボンを破いて動揺を誘おうとしたのだ。
「あんたやるねえ」
 アサニエルの称賛にロビンはぱちぱちと瞬きをして。
「これだけ動揺するなら、パンツも狙ったら……」
「ええ。いい手かもしれませんわ」
 明らかに集中力が乱れた彼に、ロビンとクリスティーナが真顔でにじり寄る。
「巫山戯るな! 貴様らそれでも誇り高き撃退sちょっ…まっ…やめてっっ!!」
 半泣きで全力後退したシスは、それでも何とか体制を立て直し。
「そ、それ以上俺様に近寄るな女よ…っ。これは我が呪われし兇妹(デスペラード・エル)の呪術が施された魔装。貴様らごときが触れればたちまちその身は灼け爛れるだろう!」
「…要するに、妹からもらった大事な勝負パンツだから触るな、ってことかしら」
 冷静に訳す胡桃に旅人が苦笑しながら。
「どうやらそのようだね」
 それを聞いた露姫は内心で思う。
(なーんか俺も兄貴がいるせいか、妙な気分だな…)
 つい自分の兄と重ねて見てしまう。いや断じてあんなのではないが。マキナもやれやれと肩をすくめ。
「まあ俺も妹がいるから、気持ちがわからないわけでもねえな…」
 妹からの贈り物を破いたら、どうなるかわかったもんじゃないですし(震え声)。
「それ(パンツ)は勘弁してやるよ、代わりに俺と勝負しやがれ!」
 その言葉にシスの表情がぱっと明るくなる。
「ふ…ふはは!望むところだ『最終兵器兇紅兄(リーサルレッドブル)』よ!」
「はぁ!?」
「兇妹持者同士、宿命の闘争に興じようではないか!」
「おかしな呼び方すんじゃねええ」
 マキナは戦斧を凄まじい勢いで振り抜く。シスは咄嗟に武器で受けるが、強圧の刃に耐えきれずはじき飛ばされる。
「くっ…まだまだ…っ!」
 あまりの衝撃にバランスを崩すも、素早く反撃へと移りチャクラムを飛ばす。黒を戦斧で受けるマキナの側部を白が襲い。
「っ…!」
 脇腹を刃が削る耳障りな音が響き渡る。続く繰狂の攻撃には、”兇妹”が立ちはだかる!
「例えどんなに傷ついても、女の子には譲れない時があるのです!」
 高速回転するチャクラムを盾で弾き返す。
「はっ! 見事だ最終兵器兇紅妹(リーサルレッドラム)よ!」
「その呼び方やめてくださいなのです!」
 攻撃を受け止められたにも関わらず、シスはどこか愉しそうで。それを見た良助は苦笑しながら。
「じゃあ僕らも相手をしてあげようか」
 標的を狙い定め、引き金を引く。脚部を狙った銃弾は正確さを持って、純白のブーツに血を滲ませる。
「射手同士の意地もあるしね。負けないよ」
「一気にケリをつけさせてもらう、わ」
 胡桃の手元で白銀のライフルが光を帯びる。『事代主』と銘打たれた彼女の愛用銃。
 高威力の銃弾がシスの左腕を穿つ。くすりと微笑んで。
「あなたの馬鹿馬鹿しい程に派手なやり方も…嫌いじゃないわ、よ」
 自分とは正反対のタイプだが、それもまた一興なのだろう。
「では最後は自分ですねー!」
 同じくライフルを手にした諏訪が、アホ毛を揺らしながら集中力を高め。
「命中力なら負けていられないのですよー? 自分たちの力を見て欲しいのですよー!」
 諏訪の放つアウルの弾丸は、良助とは逆側の脚部に見事命中をする。
「…やるな狙撃手たちよ…!」
 彼らの連撃によってシスの手足はかなりの損傷を負っている。血を吐き出しながらも、朱に縁取られた眼光は今だ光を失っておらず。
「まだだ…まだ終わらんぞ!」
 沸き上がる陣から、再び巨大な結晶が斉射される。
「西橋殿、私の後ろへ!」
「ありがとう遥久君!」
 遥久が前衛を庇えば、受けた傷はアサニエルが即座に回復させる。
「ほらほら、そんな所でへばってないで、キリキリ働きな」
 軽口を叩きながら、檄を飛ばす。大技の反動で生まれた隙を狙うのは、影からの一手。
「繰狂も巻き込める、かな?」
 ロビンが生み出した業炎が、シスの周囲を包み込む。人形に効果はないようだったが、冥の重圧は確実なダメージとなって天の力を奪う。
「これでケリつけてやるぜ、クリ公!」
 同じく潜行し背後に回っていた露姫が、カオスレート差を生かした魔法攻撃をぶつける。手足の損傷で動きが鈍っていたシスは避けきれず。
「ぐうっ……!」
 意識が飛びかけたシスの前に、『北海の閃光』が躍り出る。
「これでとどめですわ! 星屑の海に散りなさい!スターダストイリュージョン!!」
 高速で走る流星群がシスを防御ごと吹き飛ばし――

『凍てつく玻璃滅士』は、ついにその膝をついた。




「……どうやらここまでのようだな」
 荒い息を吐きながら、シスは何かの気配を探っているようだった。
「向こうも撤退したか…ならば仕方あるまい」
 嘆息するように笑みを漏らし。
 繰狂や武器を格納すると、撃退士達へ告げる。

「俺は引き際を誤ったりはしない。この場は貴様らの勝ちだ」

 辺りの空気が緩む。
 シスは口元の血をぬぐい立ち上がると、クリスティーナに向き直り。
「貴様の星屑幻想、見事だったぞ『北海の閃光』よ」
「あなたの衝撃石英も見事でしたわ、『凍てつく玻璃滅士』」
 互いの健闘を称え合う。
 やがてシスはどこか満足そうに笑みを浮かべた後。
 血まみれの手足をちらりと見てから、今度は三人の射手へ視線を移す。
「貴様らの腕前、俺様ほどではないがなかなかのものだ」
「お褒めにあずかり光栄だね」
 良助の言葉にシスは頷きながら。
「ふ…お前達には特別な真名を与えてやらんでもない」
「お断りする、わ」
「遠慮するのですよー?」
「な、なんだと…!?」
 胡桃と諏訪の躊躇無き即答にシス愕然。良助が苦笑しながら。
「ま、勝負ならまたいつでも受けるよ」
「ええ。それなら歓迎、よ」
 しょんぼりモード入っていた三白眼が、ぱっと明るくなる。
「ふ…ふん、貴様らがどうしてもと言うのならば仕方ないな!」
「もの凄くわかりやすいですねー…」
 生暖かく微笑む諏訪の隣で、アサニエルも呆れたように。
「まったく、あんたは馬鹿なんだか賢いんだか、わからないね」
「なっ…貴様、この俺を馬鹿呼ばわりするつもりか!」
「あんたがもっと狡猾なら浸透作戦に移行するつもりだったけどね」
 あれだけ正面切って向かってこられちゃあね、と苦笑し。
「ま、嫌いじゃないよ。そういう馬鹿正直さはさ」
「ぬ!? そ、そうか…」
 予想外の言葉にまごまごするシスを見て、ロビンが呟く。
「赤パン…」
「のことは記憶から消し去れ!」
 速攻でツッコむシスに、にっこりと笑んで。
「冗談だよ」
 屈託ない微笑みをみせるロビンを見て、戸惑ったように。
「ふん…どうも貴様はやりにくい」
「…どうして?」
「お前は笑っているようで笑っていない。思念が読めんからな」
 その言葉にロビンはぱちくりと瞳を瞬かせる。天使が言った言葉の意味をどう捉えたのかは、誰にもわからないけれど。

 シスはゲートの方をちらりと見やると、改めて撃退士へ告げる。
「今日のところは俺様が退こう。だが、蒼閃霆公は甘くないぞ。覚悟しておくのだな」
「ええ。それは重々承知しております」
 遥久の返答に、一旦沈黙してから。
「……貴様らはなぜそれほどまでして、あの男を臨む?」
 その問いへ当たり前のように返す。
「『次は全力で』と約束しましたから」
 約束、そして意地と矜持。
 退けぬのは互いに同じだと、理解しているからこそ。
「ならば全力以上で抗ってみせる…それが私の答えです」
 名を呼ばれることの意味を、噛み締め挑むと決めたから。
「メリーも同じなのです」
 少女の瞳が、シスをじっと捕らえ。
「バルシークさんは敵でもメリーの手料理を食べてくれたのです。だからメリーはあの方に気持ちに全力で応えるのです!」
「……そうか」
 シスはそれだけ呟くとわずかに視線を落とす。
「貴様らの間には、俺様のあずかり知らぬ関係(ミッシングリンク)があるようだな」
 そこには自分には入れない、積み上げてきたものが存在するのだろう。
 だからこそ、自分は負けたのだ。
 ほんの少し寂しそうな表情に向けて、メリーはあるものを投げつける。片手でキャッチしたシスは、困惑した表情で。
「なんだこれは…?」
「それをあげるのです! 偉そうな事を言うのは、メリーのチョコを食べてからにしてくださいなのです!」
「えっ…」
 シスはラッピングされた小箱とメリーの顔を交互に見比べてから、恥ずかしそうに視線を逸らし
「き…貴様がそこまで言うのならば仕方ない。もらってやろう」
 ちなみにメリーの手料理が壊滅的であることを知っている面子は、そっと合掌。
 シスはいそいそとチョコを懐にしまい込むと、隣で成り行きを見守るマキナに声をかける。
「貴様もできた妹を持ったようだな」
「ああ。自慢の妹だ」
 料理の腕については敢えてここで述べないけれど。
「いつかお前の妹にも会ってみてえな」
「俺様の妹は強いぞ? 一度も喧嘩に勝てたことがないからな!」
「それ自慢になってねえぞ…」
 しかし自分だって勝てる気はしないと気付き、秘かに苦笑するのだった。

「では俺様はここで去ろう」
 背中の翼を広げたシスは、水晶飾りをなびかせ飛翔する。
「さらばだ、宿命の邂逅者たちよ!」
「おい、クリ公!」
 呼び止める声に、不思議そうに振り向く。
「? どうした、魔族の者よ」
「あーよくわかんねえけどさ。お前は誰かさんの為に体張ってんだろ?」
 三白眼を瞬かせる天使に向け、露姫はにっと笑んで。
「なら俺だって張ってやるさ。カッコつけてるわけじゃねえけどな」
 それと! と大事なことを言っておく。
「俺はお前みたいな変な髪型にはしねえからな! 一緒にすんなよ!」
 聞いたシスはふっと笑みを浮かべ。
「くく…案ずるな、咎人よ」
「へ?」
「恥じることはない。素直になれぬのもまた、俺様と同属であれば仕方のないことだ」
「うぜええええ」
 四国の空に、悲鳴にも似た叫びがこだまする。

 その先には淡く発光する、瑠璃の天。
 雷霆が待つ城が、彼らが至るのを待っている。
 その時は、もうすぐ。



依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: BlueFire・マキナ(ja7016)
 セーレの王子様・森田良助(ja9460)
 華麗に参上!・クリスティーナ アップルトン(ja9941)
 籠の扉のその先へ・Robin redbreast(jb2203)
重体: −
面白かった!:9人

二月といえば海・
櫟 諏訪(ja1215)

大学部5年4組 男 インフィルトレイター
ヴェズルフェルニルの姫君・
矢野 胡桃(ja2617)

卒業 女 ダアト
蒼閃霆公の魂を継ぎし者・
夜来野 遥久(ja6843)

卒業 男 アストラルヴァンガード
BlueFire・
マキナ(ja7016)

卒業 男 阿修羅
セーレの王子様・
森田良助(ja9460)

大学部4年2組 男 インフィルトレイター
華麗に参上!・
クリスティーナ アップルトン(ja9941)

卒業 女 ルインズブレイド
籠の扉のその先へ・
Robin redbreast(jb2203)

大学部1年3組 女 ナイトウォーカー
蒼閃霆公の心を継ぎし者・
メリー(jb3287)

高等部3年26組 女 ディバインナイト
激闘竜姫・
宗方 露姫(jb3641)

大学部4年200組 女 ナイトウォーカー
天に抗する輝き・
アサニエル(jb5431)

大学部5年307組 女 アストラルヴァンガード