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マスター:久生夕貴
シナリオ形態:ショート
難易度:非常に難しい
形態:
参加人数:8人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2014/11/26


みんなの思い出



オープニング


 
 ただ、願わくば。


 良き戦いを。



 ※※



 からりとした晴天。
 穏やかな陽差しに照らされた街並みを、大天使バルシークは見下ろしていた。
 この時期の四国は、冬の気配を見せつつも今だ秋の香りを色濃く残す。宵から明け方は気温がだいぶ低いが、太陽が高く昇った今は軽く汗ばむ程度に気温が上昇している。

「……嵐の前の静けさとはこの事だな」

 眼下には、この地の住人達がいつもと変わらぬ日常を営む姿がある。その様を眺めるのが、彼は嫌いでは無かった。
 呪文を詠唱する間も、ただひたすら彼らの日々を見つめてきた。
 美しい街並みも、なにもかも。
 これから奪う全てを、刻んでおきたいと思う。
 知っておきたいと思う。
 そうやって、今までも背負ってきた。

 バルシークはふと、数ヶ月前に撃退士とかわした言葉を思い出していた。
 天界との対話を求めた者。
 自分たちに協力体制を求めた者。
 戦う以外の選択肢を望み、理想の未来を掴み取ろうとする姿は少なからず心根の深い所に響きもした。
 しかし、武闘派の主を持つバルシークにとって、それが極めて難しいことも理解していた。
 人間への歩み寄りは、穏健派に敗北すると同義であると考える上層部は多い。
 四国は数少ない穏健派が優位を保っている地域でもある。これ以上武闘派が劣勢になるような決定を上が出すとも思えない。

 ――では、自分自身はどうなのだ?

 正直に言えば、この地を積極的に荒したいという気持ちは無い。戦いへの高揚はあれど、それは強者とまみえる歓びであり、弱者を踏みにじる行為に一辺の躊躇もないかと言えば嘘になる。
 けれど、一時の感傷で迷いが出るほど自分は若くもない。迷いが死へと直結する事も、嫌と言うほど見てきた。
 失った多くの同朋。
 騎士としての誓い。

 詠唱が終わりを告げ、彼はゆっくりと瞳を閉じる。
 脳裏に映るのは、同朋や愛する者たち。

 ――そう、これは”戦争”だ。

 今さら守るべきものの優先順位を間違えたりはしない。
 奪わなければならないのなら、手を抜いたりもしない。
 それが意地と矜持をぶつけ合った『彼ら』に対する、せめてもの礼儀だと思うから。

 大気が震えると共に、雷鳴が轟き閃光がはしる。
 開いた瑠璃の瞳が、蒼天を貫く巨大な光の柱を捉える。
 刹那、広大な範囲を結界が覆い尽くしてゆき。


「始まるぞ――撃退士よ」


 強者の侵略、力の支配。
 抗ってみせると言うのなら。


 四国、巨大ゲートの誕生だった。


●久遠ヶ原


 ”四国にて複数のゲートが同時出現”

 この悪夢のような報告を、斡旋所スタッフの西橋旅人(jz0129)は唖然としながら受けていた。
「高知市から南国市までを飲み込んでいる……だって?」
「直径およそ10km圏内全てが結界で覆われているそうだ」
「それってまさか……」
 京都の再来。複数のゲートを枝門にした巨大ゲート。
「報告を聞く限り、恐らく似たようなものだろう。だが枝門数が同じとは限らないがな」
「……っ。誰も気付けなかったのか……」
 旅人は声に悔しさを滲ませる。
 ここのところ四国では冥魔の動きが活発だった。四国以外でも大規模な戦いが何度もあり、そちらへ意識を取られていたのは否めないけれど。

「さすがは、『焔劫の騎士団』と言った所だろう」

 その声に振り向くと、険しい顔をした太珀の姿がそこにある。
「先生……」
「こちらの隙を見逃さず突いてくる。敵ながら見事なものだ」
 彼らは冥魔の動向も察知しているきらいがあった。何もせずに放置するわけがなかったのだと。
「恐らく、かなり秘密裏に事を進めていたのだろう。事前に冥魔に察知されては元も子もないからな」
 かつて冥魔が本命ゲートを隠すために行った同時多発ゲートと違い、今回は多発ゲートそのものが本命なのだ。
「簡単に気付かれるような方法を、あの騎士団が採るはずが無いということか……」
 相手が一枚上手だった。ただそれだけの事。
 旅人はほんのわずかな間うつむいていたが、やがて顔を上げ。
「すぐに状況確認、付近住民の避難撤退を開始します」
 その漆黒の瞳は既に落ち着きの色を取り戻している。太珀はただ静かに頷いて。
「そうだ。過ぎたことを後悔しても仕方がない」

 今はただ、最善を付くすのみ。


●高知県高知市某所


 ゲート近くの化学工場。
「な……なんだあれは……」
 突如暗くなった空。現れた異界への入口。
 飲み込まれた結界内で、従業員達はただ呆然と見上げるしかなかった。
 何故。
 どうして。
 いつの間に。
 そんな疑問が頭の中を乱れ飛び、正常な思考ができないでいる。
「逃げろ、奴らに殺されるぞ!」
 誰かの怒声を皮切りに、彼らは一斉に動き出す。しかし、避難しようとする彼らを阻むもの。
「工場長! 出入口に突然天魔が……出られそうにありません!」
「なんだと?」
 見れば敷地内唯一の出入口を挟んで、二頭の竜がいつの間にか居座っている。その二頭の間を稲妻が絶えず行き交っているのが見え。
「くそ……っまだ工場内の人間はほとんど脱出できていないというのに!」
 見れば上空にも天魔が現れ始めている。このまま動くのは自殺行為としか思えない。
「誰か助けてくれ……!」


●斡旋所


「四国で、巨大ゲートが出現したんだ」
 集まった撃退士に向け、旅人は短くそう告げた。
「時間が無いから手短に説明するね。四国で現在複数のゲートが確認されている。僕らの最終目標はそのうち一つの破壊だ」
「ゲート主は判明しているんですか」
「まだはっきりとは判明していない。ただ、恐らく『焔劫の騎士団員』と関わりがあるね」
「騎士団……」
 青ざめた生徒に、表情を変えること無く。
「ここから先は僕の憶測に過ぎないけれど……付近サーバントの特徴から、ある程度予測はしているんだ」
 だからこそ、このエリアを選んだとも言えるのだが。
「現地のサーバントの多くは、『雷』を纏っているらしい」
 聞いた瞬間、一部生徒の表情が凍り付く。

 ――雷霆の大天使。

 自分たちに敗北の痛みを背負わせた相手。
 言葉に出さずとも、一度でも相対した者ならその存在を思い浮かべるだろう。
 ただし、と旅人は全員を見渡す。
「今回は、住民の避難を最優先させる。先だって調査に入っている班の報告によると、ゲート近くにある工場内に多くの人が取り残されているらしいんだ」
 話によれば、サーバントの出現により脱出困難となっているらしい。
「要救助者は30名程。付近には強力なサーバントの姿も確認されているね」
 旅人はそこで、一旦言葉を切り。
「……この人数でやるには、正直言ってかなり厳しいとは思う」
 その声にはわずかに苦渋めいてはいるものの。
「けれど今は時間が無いし、避ける人員も少ない。僕らだけでやるしかないんだ」
 むしろ、これは大天使からの挑戦と言っていい。


「――この程度、乗り越えないとね」


 全員を見渡す漆黒の瞳には、普段は見せない熱が宿っていて。
 ああ、そうだ。
 奪うというなら、全て守りきってやろう。

 天と人。

 意地と誇りをかけた戦いが、四国の地で始まる。



リプレイ本文



 不可能を可能にする方法って何だと思う?

 可能だと認識することではないですか

 思い込むってこと?

 ええ。奇跡というものは、往々にしてそのようにできているのですよ




 状況は極めて深刻である。

 目前の光景を前にして、撃退士達はそう認めざるを得なかった。
「こんなにたくさんの敵が…!」
 工場内外で待ち構えるサーバントを見て、レグルス・グラウシード(ja8064)がやや青ざめた。
 空には鳥、川には魚、そして工場前に陣取っている馬竜。
 その全てをこの人数で相手取るだけでも、ぎりぎりと言っていい。にも関わらず、今回は要救助者までいるのだ。
「でも、ひるむわけにはいきません!…僕の力が、役に立つならッ!」
 クラリネット型の魔具を握りしめる隣で、矢野 胡桃(ja2617)がライトグリーンの瞳を細める。
「まるで籠の鳥、ね」
 稲妻によって出口を封鎖され、多くの一般人が工場に閉じこめられている。それはまさに、籠に閉じこめられた鳥のようで。
「いいわ。その鍵を開けるのは……私達、よ」
 犠牲者など一人も出しはしない。口に出さずともその意志は強く。
「もう誰も死なせないわ。…死ぬのは悲しいから」
 胡桃に続いて山里赤薔薇(jb4090)がそのまなざしを強くする。
(捕らわれた人たちにも家族がいるはず…)
 家族を失う痛みは誰より自分が知っている。彼らに同じ思いをさせたくない気持ちは人一倍強い。

「アタシに出来ることは唯一つ。潰して退けて、途を創るだけだ」
 地領院 恋(ja8071)が、前方を見据え言い切った。
 状況は厳しい。けれど、そんなことはどうだっていい。
「アタシは皆を信じてる」
 これは可能性の問題ではなく、意志の問題だ。
「工場内の人たちを助けて、竜も倒しきってみせるのです!」
 メリー(jb3287)が豊かな髪を弾ませ、ふんす、と気合いを入れる。
 本当は怖い。
 でもこの程度でへこたれていては、あの大天使に笑われてしまうだろう。
 だから、とメリーはきっと空へ向かって宣言する。
「女の子は欲張りなのです! メリーは諦めないのです!」
 彼女達の力強い宣言に、霧谷 温(jb9158)が切り出した。
「さってと、取り返すよ。天も地も人も、奴らには渡さない」
 その表情は気易い口調に反して、真剣そのもの。普段の緩い雰囲気は影をひそめ、今は常に最善を目指すことだけを考え続けている。

 ――この程度、乗り越えないとね。

 西橋旅人(jz0129)が作戦開始前に言った言葉。そう、これくらい越えられなければ、あの騎士団に勝つことなど出来ない。
「やることは沢山、やれることは微少…なら、話は簡単だね」
 深紅の瞳が目前で唸る蒼い稲妻を捉える。

「全部倒して、助ける!」

 やるか、やらないかだ。



 作戦開始直後、両班併せて17人の撃退士が橋の上で一斉に並んだ。
 そのまま工場内には突入せず、全員がその場で留まっている。
「まずは橋確保…大事…」
 空と川面を交互に眺め、ベアトリーチェ・ヴォルピ(jb9382)が呟いた。
「早めに二匹の竜以外をやっつけて…後の救助と…対竜戦闘を…行い易くしたい…ね…」
 そのために取った作戦は敷地内に入る前に、蒼雷魚と蒼雷雀を殲滅すること。
 彼女の言葉にユウ(jb5639)も頷き。
「ええ。時間は掛けられませんが、焦らず確実に敵を減らしていきましょう」
 時間がかかれば、竜が動き出す可能性もある。どれだけ短時間で数を減らせるかが勝負と言っていい。
「メリーがおびき寄せるのです!」
 メリーや陰班のメンバーが注目スキルを使用し、魚が一斉に集まってくる。そこを狙ってユウは無数の影の刃を放つ。
「効率よく倒していきましょう!」
 次々に打ち込まれる範囲攻撃の数々。全員での一斉攻撃の威力に耐えられるわけもなく、蒼雷魚は瞬く間に撃破されてしまう。
 上空を見やったレグルスが眉をひそめる。
「…雀がこちらに来てくれませんね」
 できるだけ脅威は減らしておきたいのだが、雀は地上に見向きもしていない。鳥の殲滅は難しいかと思われた時、複数の影が空を舞った。
「空中の敵にしか…興味がないなら…私の…出番…」
 飛行スキルを使用したベアトリーチェたちだった。ヒリュウと共に高度を上げた瞬間、雀が一斉に彼女たちへ向けて移動し始める。
「今です…!」
 ライフルを手にした赤薔薇が一体を狙い撃つ。
「大人しくしていればいいものを、ね……飛んで火にいるなんとやら、かしら?」
 胡桃の銃弾が雀へ向けて直線を描く。旋回しヒリュウへ向けて突撃する雀を、恋の霊符が捉え。
「やらせるかよ!」
 ヒリュウとベアトリーチェ両方が攻撃されれば、彼女へのダメージは計り知れない。
「私もいきます!」
 同じく飛翔したユウが雀に向かって雷光のごとき弾丸を放つ。
 再び全員での一斉攻撃。次々に狙い撃たれた雀はなすすべもなく地に墜ちていく。
「ふう。ちょっと冷や冷やしたけど、これで魚と鳥の脅威はなくなった」
 雀を矢で射貫いた温がくすりと笑む。彼の視線先には、橋に降り立つ飛行班の姿。
「大丈夫ですか?」
 レグルスは彼女たちに駆け寄り回復させる。ユウは頷いてみせ。
「ええ、大した怪我ではありません」
「みんなが…倒してくれるって…信じてた…」
 ベアトリーチェの言葉どおり、全員が即攻撃に移れる状態だったのが大きい。
 絶妙な作戦とタイミングが序盤で魚と雀の殲滅を可能にしたのだ。

「――さて、ここからだな」
 撃退士たちは橋の先に見える門へと進む。大型車両も楽々入れるほどの幅がある入口には、ここからでもはっきり分かるほどに紫電が行き交っている。温は両班全員に再度通達。
「今から俺たち陽班が先行して突入するよ。その後に陰班が続く。くれぐれも無理し過ぎないよう慎重にね」
 馬竜の動きが読めない以上、迂闊な行動はできない。自分たちが一斉突入することで竜が工場側に逃げでもすれば、一環の終わりだ。
「では、参ります!」
 翼を広げたユウが身を翻す。稲妻を軽々と跳び越え陰竜上空へと移動。同じく飛翔したベアトリーチェが、陽竜側へと移動する。
「いざ…ゴーゴー…」
 両竜の気が一瞬逸れたタイミングに合わせて陽班が突入を開始。
「っ痛う……っ!」
 稲妻が恋の身体を貫通する。
 全身が総毛立つほどの痛みに、表情がわずかに歪むものの。
「アタシはこれくらいじゃやられねえよ!」
 強行突破で門から侵入するには、どうしても電流を受けざるを得ない。ならば特殊抵抗の高い自分が行かなくてどうすると、彼女は躊躇無く電流へと飛び込んでいく。
「身を捨ててこそ何とやら…ってね!」
 温が直撃覚悟で電流へと飛べば、そこを胡桃の回避射撃が援護する。
「女王の鞭も落とした、鐘の音、よ? ……味わいなさい」
 受けざるを得ないのなら、少しでもダメージを軽減させるのが狙いだ。
 同じく特殊抵抗の高い面子から次々に電撃網を突破してゆく。恋とレグルスは進入後即座に周囲を確認し状況を伝達。
「竜以外に敵影はなし」
「電柱や電線近くに近寄らないようにしてください!」
 落雷や攻撃で電柱が倒れたりでもすれば、工場に被害が行きかねないとの判断である。
 同じく赤薔薇も冷静に状況を観察し。
「工場側に近づけたくはないですが…まずは門に張り付いている竜を引き離すのが先決ですね」
 そうしなければ、一般人はおろか陰班が入るのもままならない。全体的に特殊抵抗の高い陽班と比べ、陰班は電撃による行動不能の危険性が高いのだ。
「了解なのです! 邪魔する電流はメリーが許さないのです!」
 工場や電柱を背にしないよう位置取り、メリーは陽竜目がけて突進する。彼女の放つ光の波弾が竜を吹き飛ばし。
「今だわ」
 吹き飛ばされたことでわずかに生まれた隙間から、胡桃と陰班が一斉に突入する。
「まずまず、成功だね」
 先行して工場へと向かうメンバーを視界に収めつつ、温が安堵した表情を見せる。稲妻に飛び込んだ面子はそれなりのダメージは受けたが、想定の範囲内だ。

 その時、両竜が咆哮を上げた。

「両班、竜を抑えて!」
「絶対に工場へ行かせるな!」
 臨戦態勢へと入った陰竜が、全身に紫電を迸らせながらブレスを吐き出す。電撃を伴う広範囲の技に、前・中衛の多くが巻き込まれる。
「てめえの相手はこっちだろッ!」
 盾を手にした恋が咄嗟に前へと出て、他の前衛を庇う。
「ありがとう、恋さん」
 恋の背に旅人が礼を言う。攻撃に巻き込まれつつも直撃を避けられたのは彼女のおかげだ。
 ほぼ同時に陽竜も攻撃を開始していた。
 唸りながら突進してくる竜を、メリーが盾で受け止める。
「メリーの盾はそう簡単には砕けないのです!」
 直後レグルスが傷ついたメンバーの傷を癒し。
「僕の力よ、仲間の傷を癒す光になれッ!」
 陰竜を先に倒すのが彼らの作戦。その間、対陽竜班は抑えに徹する。
「体力を温存しつつ、うまくやろう」
 温がそう言って牽制攻撃を放つ。現在陽竜対応は四人。竜の体格的にぎりぎりの人数と言っていい。
「このまま…陰竜の方へと引き寄せられれば…」
 両竜の間に稲妻が走り続ける以上、距離は近い方がいい。
 ベアトリーチェも牽制攻撃を放ちながら、竜の意識を陰竜の方へと向けさせるよう立ち回る。
 艶消しの黒銃を構えた胡桃は、わずかに目を細めた。
「あのバリアがだいぶやっかいね…」
 見たところ、こちらの攻撃威力がかなりの勢いで相殺されている。
(陽と陰…。このバリア同士をぶつければひょっとして…)
 彼女は陽竜の脚部にアシッドショットを命中させる。
「足元注意、ね。どんなにすばしっこくても……足がなまくらなら、半減以下、よ?」
 間髪入れずメリーが再び光波で陽竜を吹き飛ばしにかかる。胡桃によって脚に損傷を負った竜は、陰竜側の方へ大きくノックバックされてしまう。

 一方陰竜攻撃にまわっていたユウは、上空からダークショットを放った。
「かなりすばしっこいですが…当ててみせます!」
 銃口から放たれる強烈な一撃が、陰竜の頭頂部を直撃する。
 呻くような咆哮と共に竜の意識が上に逸れたタイミングをついて、赤薔薇の足下から火竜のごとき炎のアウルが立ちのぼる。
「いきますよ!」
 敵に向かって放たれたそれは、紅蓮の龍槍となって陰龍の胴腹を穿つ。
 地を蹴り包囲網を抜け出そうとする陰竜の前に恋が立ちはだかり。
「けっ、良いスピードじゃねェかッ! だが潰す!」
 動きを阻害するように大きく鎚を振りかぶる。邪魔された陰竜は唸り声を上げ、彼女に向かって突進する。
 激しいスパーク音。
 真っ向勝負で迎え撃った恋の身体を、強烈な痛みが襲う。
「行かせて…たまるかよッ!」
「陽竜近付いてます! もう少しですよ!」
 上空からユウの声が降ってくる。見れば彼女の言う通り、十数メートル先に陽班の面子が見える。
 一人が言った。
「向こうと同じタイミングで、竜をぶつけましょう」
 すぐさま彼らをサポートすべく、赤薔薇とユウが陰竜の意識をできるだけ逸らすよう立ち回れば、胡桃は陰竜の脚部にもアシッドショットを撃ち込む。
 合図と共に阿修羅三人が次々に掌底や烈風突を陰竜に打ち込む。凄まじい勢いで吹き飛ばされてくる陰竜を前に、陽竜を抑えていた温が叫んだ。
「今だ!」
「吹き飛ぶのです!」
 メリーのフォースにあわせ、ベアトリーチェがヒリュウを猛スピードで突進させる。
 両竜は互いが近付きすぎているのに気付いたのだろう。
 慌てて逃げようと身を捻るが、もう遅い。
「ぶつかれッ!」
 魔法攻撃を放ったレグルスの視線先で、一際激しいスパーク音がはじけた瞬間――

 両竜を覆っていたバリアが消失した。

「成功ね」
 胡桃が待ってましたと言わんばかりに、強烈な一撃を頭部へ撃ち込む。バリアがなくなったことで、竜の頭部は大きく損傷。それを見たユウが自身も銃弾を撃ち込みながら、皆を励ます。
「これなら倒すのにそう時間はかかりませんね。竜対応のみなさん、もう少しの我慢です!」
 恋が鎚を振るえば、赤薔薇が大鎌に持ち替え黄金の刃を飛ばす。
 陰竜への集中攻撃は功を奏し、ついに銀の瞳から光が消える。それと同時に、両竜を繋いでいた稲妻も消えた。
「陰竜討伐成功、だね」
 温が即座に避難誘導班へ連絡する中、陰班が工場の方へと向かう。
「さあ、気を引き締めていくよ」
 陽竜がまだ生きている以上、これからが本番といっていい。
「大丈夫です。必ず助かりますから! 慌てないで!」
 陰班と共に避難誘導へと回った赤薔薇はが、一般人を安心させるよう声をかけ続ける。
「避難…順調…敵影無し……」
 ヒリュウと視覚共有していたベアトリーチェは、他に脅威がないか徹底的にチェック。
 残りのメンバーは敢えて攻勢には出ず、竜の引き離しと抑えに徹する。
「…っ!」
 鈍い衝突音と迸る紫電。
「メリーさん大丈夫ですか!」
「平気なのです! この程度で泣いていたらお兄ちゃんに怒られちゃうのです!」
 メリーとレグルスが陽竜を挟み込む。既に回復スキルは尽きかけている上に二人とも傷だらけだ。
「僕も兄さんに負けないように守りきってみせます!」
 あと少し。
 あと少しで叶うのだ。
「メリーは人も土地も想いも、全部諦めたりはしないのです!」
 やがて、待ちわびた避難完了の報せ。
「ここからは倒すだけですよ!」
 ユウが上空から黒い霧を纏わせた弾丸を放つ。大きく開いたカオスレート差の影響で、凄まじい威力が陽竜の首元を襲いかかる。
 苦悶の咆哮を上げる喉元を、恋の鎚が叩きつぶす。
「開かねぇ道ならこじ開ける! 止まねえ雨なら、打ち払うだけだッ!!!」

 状況は極めて厳しかった。
 けれど全員がやれると信じ、行動した。
 その全てが奇跡的なまでに、うまく噛み合ったのだ。

「やれる…!」
 赤薔薇が確信に満ちた声を上げる。
「これで終わり、よ」
 胡桃が引き金を引く。
「…竜ってやっつけると…珠を貰えないの…かな…?(」
 ベアトリーチェが召喚獣を繰る。

「言ったよね? 全部倒して助けるって」

 屍蝋色の糸を手に、温が勝利の微笑を浮かべたと同時――


 蒼い閃光が走った。




「な…!?」

 地に沈む蒼竜の頭上で、稲妻が轟いた。唖然となる撃退士を覆う、ひりつくほどの重圧。
 突如上空を覆い始めた濃霧の狭間から、現れた群青の外套。

 ”蒼閃霆公”の姿がそこにあった。

 何故ここにという疑問に、バルシークは応える。
「これほどのものを見せられては、出迎えるのが礼儀だと思ってな」
 それは敵としての純然たる称賛。本来ならば現れるはずのなかった大天使を、彼らの『最善』が動かした。

「私はこの先で待つ」

 視線の先には、既に濃霧に覆われた異界の入口。

 ――さあ、撃退士よ。私を越えてみるがいい。

 そう告げる瑠璃の瞳に向け、赤薔薇がきっぱりと宣言する。

「ゲートは必ず私達が破壊します」

 17人のまなざしは揺るがない。
 それは必ず勝つという、確信の表れだった。



依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: ヴェズルフェルニルの姫君・矢野 胡桃(ja2617)
 蒼閃霆公の心を継ぎし者・メリー(jb3287)
 揺籃少女・ベアトリーチェ・ヴォルピ(jb9382)
重体: −
面白かった!:5人

ヴェズルフェルニルの姫君・
矢野 胡桃(ja2617)

卒業 女 ダアト
『山』守りに徹せし・
レグルス・グラウシード(ja8064)

大学部2年131組 男 アストラルヴァンガード
女子力(物理)・
地領院 恋(ja8071)

卒業 女 アストラルヴァンガード
蒼閃霆公の心を継ぎし者・
メリー(jb3287)

高等部3年26組 女 ディバインナイト
絶望を踏み越えしもの・
山里赤薔薇(jb4090)

高等部3年1組 女 ダアト
優しき強さを抱く・
ユウ(jb5639)

大学部5年7組 女 阿修羅
黒い胸板に囲まれて・
霧谷 温(jb9158)

大学部3年284組 男 アストラルヴァンガード
揺籃少女・
ベアトリーチェ・ヴォルピ(jb9382)

高等部1年1組 女 バハムートテイマー