不可能を可能にする方法って何だと思う?
可能だと認識することではないですか
思い込むってこと?
ええ。奇跡というものは、往々にしてそのようにできているのですよ
●
状況は極めて深刻である。
目前の光景を前にして、撃退士達はそう認めざるを得なかった。
「こんなにたくさんの敵が…!」
工場内外で待ち構えるサーバントを見て、レグルス・グラウシード(
ja8064)がやや青ざめた。
空には鳥、川には魚、そして工場前に陣取っている馬竜。
その全てをこの人数で相手取るだけでも、ぎりぎりと言っていい。にも関わらず、今回は要救助者までいるのだ。
「でも、ひるむわけにはいきません!…僕の力が、役に立つならッ!」
クラリネット型の魔具を握りしめる隣で、矢野 胡桃(
ja2617)がライトグリーンの瞳を細める。
「まるで籠の鳥、ね」
稲妻によって出口を封鎖され、多くの一般人が工場に閉じこめられている。それはまさに、籠に閉じこめられた鳥のようで。
「いいわ。その鍵を開けるのは……私達、よ」
犠牲者など一人も出しはしない。口に出さずともその意志は強く。
「もう誰も死なせないわ。…死ぬのは悲しいから」
胡桃に続いて山里赤薔薇(
jb4090)がそのまなざしを強くする。
(捕らわれた人たちにも家族がいるはず…)
家族を失う痛みは誰より自分が知っている。彼らに同じ思いをさせたくない気持ちは人一倍強い。
「アタシに出来ることは唯一つ。潰して退けて、途を創るだけだ」
地領院 恋(
ja8071)が、前方を見据え言い切った。
状況は厳しい。けれど、そんなことはどうだっていい。
「アタシは皆を信じてる」
これは可能性の問題ではなく、意志の問題だ。
「工場内の人たちを助けて、竜も倒しきってみせるのです!」
メリー(
jb3287)が豊かな髪を弾ませ、ふんす、と気合いを入れる。
本当は怖い。
でもこの程度でへこたれていては、あの大天使に笑われてしまうだろう。
だから、とメリーはきっと空へ向かって宣言する。
「女の子は欲張りなのです! メリーは諦めないのです!」
彼女達の力強い宣言に、霧谷 温(
jb9158)が切り出した。
「さってと、取り返すよ。天も地も人も、奴らには渡さない」
その表情は気易い口調に反して、真剣そのもの。普段の緩い雰囲気は影をひそめ、今は常に最善を目指すことだけを考え続けている。
――この程度、乗り越えないとね。
西橋旅人(jz0129)が作戦開始前に言った言葉。そう、これくらい越えられなければ、あの騎士団に勝つことなど出来ない。
「やることは沢山、やれることは微少…なら、話は簡単だね」
深紅の瞳が目前で唸る蒼い稲妻を捉える。
「全部倒して、助ける!」
やるか、やらないかだ。
●
作戦開始直後、両班併せて17人の撃退士が橋の上で一斉に並んだ。
そのまま工場内には突入せず、全員がその場で留まっている。
「まずは橋確保…大事…」
空と川面を交互に眺め、ベアトリーチェ・ヴォルピ(
jb9382)が呟いた。
「早めに二匹の竜以外をやっつけて…後の救助と…対竜戦闘を…行い易くしたい…ね…」
そのために取った作戦は敷地内に入る前に、蒼雷魚と蒼雷雀を殲滅すること。
彼女の言葉にユウ(
jb5639)も頷き。
「ええ。時間は掛けられませんが、焦らず確実に敵を減らしていきましょう」
時間がかかれば、竜が動き出す可能性もある。どれだけ短時間で数を減らせるかが勝負と言っていい。
「メリーがおびき寄せるのです!」
メリーや陰班のメンバーが注目スキルを使用し、魚が一斉に集まってくる。そこを狙ってユウは無数の影の刃を放つ。
「効率よく倒していきましょう!」
次々に打ち込まれる範囲攻撃の数々。全員での一斉攻撃の威力に耐えられるわけもなく、蒼雷魚は瞬く間に撃破されてしまう。
上空を見やったレグルスが眉をひそめる。
「…雀がこちらに来てくれませんね」
できるだけ脅威は減らしておきたいのだが、雀は地上に見向きもしていない。鳥の殲滅は難しいかと思われた時、複数の影が空を舞った。
「空中の敵にしか…興味がないなら…私の…出番…」
飛行スキルを使用したベアトリーチェたちだった。ヒリュウと共に高度を上げた瞬間、雀が一斉に彼女たちへ向けて移動し始める。
「今です…!」
ライフルを手にした赤薔薇が一体を狙い撃つ。
「大人しくしていればいいものを、ね……飛んで火にいるなんとやら、かしら?」
胡桃の銃弾が雀へ向けて直線を描く。旋回しヒリュウへ向けて突撃する雀を、恋の霊符が捉え。
「やらせるかよ!」
ヒリュウとベアトリーチェ両方が攻撃されれば、彼女へのダメージは計り知れない。
「私もいきます!」
同じく飛翔したユウが雀に向かって雷光のごとき弾丸を放つ。
再び全員での一斉攻撃。次々に狙い撃たれた雀はなすすべもなく地に墜ちていく。
「ふう。ちょっと冷や冷やしたけど、これで魚と鳥の脅威はなくなった」
雀を矢で射貫いた温がくすりと笑む。彼の視線先には、橋に降り立つ飛行班の姿。
「大丈夫ですか?」
レグルスは彼女たちに駆け寄り回復させる。ユウは頷いてみせ。
「ええ、大した怪我ではありません」
「みんなが…倒してくれるって…信じてた…」
ベアトリーチェの言葉どおり、全員が即攻撃に移れる状態だったのが大きい。
絶妙な作戦とタイミングが序盤で魚と雀の殲滅を可能にしたのだ。
「――さて、ここからだな」
撃退士たちは橋の先に見える門へと進む。大型車両も楽々入れるほどの幅がある入口には、ここからでもはっきり分かるほどに紫電が行き交っている。温は両班全員に再度通達。
「今から俺たち陽班が先行して突入するよ。その後に陰班が続く。くれぐれも無理し過ぎないよう慎重にね」
馬竜の動きが読めない以上、迂闊な行動はできない。自分たちが一斉突入することで竜が工場側に逃げでもすれば、一環の終わりだ。
「では、参ります!」
翼を広げたユウが身を翻す。稲妻を軽々と跳び越え陰竜上空へと移動。同じく飛翔したベアトリーチェが、陽竜側へと移動する。
「いざ…ゴーゴー…」
両竜の気が一瞬逸れたタイミングに合わせて陽班が突入を開始。
「っ痛う……っ!」
稲妻が恋の身体を貫通する。
全身が総毛立つほどの痛みに、表情がわずかに歪むものの。
「アタシはこれくらいじゃやられねえよ!」
強行突破で門から侵入するには、どうしても電流を受けざるを得ない。ならば特殊抵抗の高い自分が行かなくてどうすると、彼女は躊躇無く電流へと飛び込んでいく。
「身を捨ててこそ何とやら…ってね!」
温が直撃覚悟で電流へと飛べば、そこを胡桃の回避射撃が援護する。
「女王の鞭も落とした、鐘の音、よ? ……味わいなさい」
受けざるを得ないのなら、少しでもダメージを軽減させるのが狙いだ。
同じく特殊抵抗の高い面子から次々に電撃網を突破してゆく。恋とレグルスは進入後即座に周囲を確認し状況を伝達。
「竜以外に敵影はなし」
「電柱や電線近くに近寄らないようにしてください!」
落雷や攻撃で電柱が倒れたりでもすれば、工場に被害が行きかねないとの判断である。
同じく赤薔薇も冷静に状況を観察し。
「工場側に近づけたくはないですが…まずは門に張り付いている竜を引き離すのが先決ですね」
そうしなければ、一般人はおろか陰班が入るのもままならない。全体的に特殊抵抗の高い陽班と比べ、陰班は電撃による行動不能の危険性が高いのだ。
「了解なのです! 邪魔する電流はメリーが許さないのです!」
工場や電柱を背にしないよう位置取り、メリーは陽竜目がけて突進する。彼女の放つ光の波弾が竜を吹き飛ばし。
「今だわ」
吹き飛ばされたことでわずかに生まれた隙間から、胡桃と陰班が一斉に突入する。
「まずまず、成功だね」
先行して工場へと向かうメンバーを視界に収めつつ、温が安堵した表情を見せる。稲妻に飛び込んだ面子はそれなりのダメージは受けたが、想定の範囲内だ。
その時、両竜が咆哮を上げた。
「両班、竜を抑えて!」
「絶対に工場へ行かせるな!」
臨戦態勢へと入った陰竜が、全身に紫電を迸らせながらブレスを吐き出す。電撃を伴う広範囲の技に、前・中衛の多くが巻き込まれる。
「てめえの相手はこっちだろッ!」
盾を手にした恋が咄嗟に前へと出て、他の前衛を庇う。
「ありがとう、恋さん」
恋の背に旅人が礼を言う。攻撃に巻き込まれつつも直撃を避けられたのは彼女のおかげだ。
ほぼ同時に陽竜も攻撃を開始していた。
唸りながら突進してくる竜を、メリーが盾で受け止める。
「メリーの盾はそう簡単には砕けないのです!」
直後レグルスが傷ついたメンバーの傷を癒し。
「僕の力よ、仲間の傷を癒す光になれッ!」
陰竜を先に倒すのが彼らの作戦。その間、対陽竜班は抑えに徹する。
「体力を温存しつつ、うまくやろう」
温がそう言って牽制攻撃を放つ。現在陽竜対応は四人。竜の体格的にぎりぎりの人数と言っていい。
「このまま…陰竜の方へと引き寄せられれば…」
両竜の間に稲妻が走り続ける以上、距離は近い方がいい。
ベアトリーチェも牽制攻撃を放ちながら、竜の意識を陰竜の方へと向けさせるよう立ち回る。
艶消しの黒銃を構えた胡桃は、わずかに目を細めた。
「あのバリアがだいぶやっかいね…」
見たところ、こちらの攻撃威力がかなりの勢いで相殺されている。
(陽と陰…。このバリア同士をぶつければひょっとして…)
彼女は陽竜の脚部にアシッドショットを命中させる。
「足元注意、ね。どんなにすばしっこくても……足がなまくらなら、半減以下、よ?」
間髪入れずメリーが再び光波で陽竜を吹き飛ばしにかかる。胡桃によって脚に損傷を負った竜は、陰竜側の方へ大きくノックバックされてしまう。
一方陰竜攻撃にまわっていたユウは、上空からダークショットを放った。
「かなりすばしっこいですが…当ててみせます!」
銃口から放たれる強烈な一撃が、陰竜の頭頂部を直撃する。
呻くような咆哮と共に竜の意識が上に逸れたタイミングをついて、赤薔薇の足下から火竜のごとき炎のアウルが立ちのぼる。
「いきますよ!」
敵に向かって放たれたそれは、紅蓮の龍槍となって陰龍の胴腹を穿つ。
地を蹴り包囲網を抜け出そうとする陰竜の前に恋が立ちはだかり。
「けっ、良いスピードじゃねェかッ! だが潰す!」
動きを阻害するように大きく鎚を振りかぶる。邪魔された陰竜は唸り声を上げ、彼女に向かって突進する。
激しいスパーク音。
真っ向勝負で迎え撃った恋の身体を、強烈な痛みが襲う。
「行かせて…たまるかよッ!」
「陽竜近付いてます! もう少しですよ!」
上空からユウの声が降ってくる。見れば彼女の言う通り、十数メートル先に陽班の面子が見える。
一人が言った。
「向こうと同じタイミングで、竜をぶつけましょう」
すぐさま彼らをサポートすべく、赤薔薇とユウが陰竜の意識をできるだけ逸らすよう立ち回れば、胡桃は陰竜の脚部にもアシッドショットを撃ち込む。
合図と共に阿修羅三人が次々に掌底や烈風突を陰竜に打ち込む。凄まじい勢いで吹き飛ばされてくる陰竜を前に、陽竜を抑えていた温が叫んだ。
「今だ!」
「吹き飛ぶのです!」
メリーのフォースにあわせ、ベアトリーチェがヒリュウを猛スピードで突進させる。
両竜は互いが近付きすぎているのに気付いたのだろう。
慌てて逃げようと身を捻るが、もう遅い。
「ぶつかれッ!」
魔法攻撃を放ったレグルスの視線先で、一際激しいスパーク音がはじけた瞬間――
両竜を覆っていたバリアが消失した。
「成功ね」
胡桃が待ってましたと言わんばかりに、強烈な一撃を頭部へ撃ち込む。バリアがなくなったことで、竜の頭部は大きく損傷。それを見たユウが自身も銃弾を撃ち込みながら、皆を励ます。
「これなら倒すのにそう時間はかかりませんね。竜対応のみなさん、もう少しの我慢です!」
恋が鎚を振るえば、赤薔薇が大鎌に持ち替え黄金の刃を飛ばす。
陰竜への集中攻撃は功を奏し、ついに銀の瞳から光が消える。それと同時に、両竜を繋いでいた稲妻も消えた。
「陰竜討伐成功、だね」
温が即座に避難誘導班へ連絡する中、陰班が工場の方へと向かう。
「さあ、気を引き締めていくよ」
陽竜がまだ生きている以上、これからが本番といっていい。
「大丈夫です。必ず助かりますから! 慌てないで!」
陰班と共に避難誘導へと回った赤薔薇はが、一般人を安心させるよう声をかけ続ける。
「避難…順調…敵影無し……」
ヒリュウと視覚共有していたベアトリーチェは、他に脅威がないか徹底的にチェック。
残りのメンバーは敢えて攻勢には出ず、竜の引き離しと抑えに徹する。
「…っ!」
鈍い衝突音と迸る紫電。
「メリーさん大丈夫ですか!」
「平気なのです! この程度で泣いていたらお兄ちゃんに怒られちゃうのです!」
メリーとレグルスが陽竜を挟み込む。既に回復スキルは尽きかけている上に二人とも傷だらけだ。
「僕も兄さんに負けないように守りきってみせます!」
あと少し。
あと少しで叶うのだ。
「メリーは人も土地も想いも、全部諦めたりはしないのです!」
やがて、待ちわびた避難完了の報せ。
「ここからは倒すだけですよ!」
ユウが上空から黒い霧を纏わせた弾丸を放つ。大きく開いたカオスレート差の影響で、凄まじい威力が陽竜の首元を襲いかかる。
苦悶の咆哮を上げる喉元を、恋の鎚が叩きつぶす。
「開かねぇ道ならこじ開ける! 止まねえ雨なら、打ち払うだけだッ!!!」
状況は極めて厳しかった。
けれど全員がやれると信じ、行動した。
その全てが奇跡的なまでに、うまく噛み合ったのだ。
「やれる…!」
赤薔薇が確信に満ちた声を上げる。
「これで終わり、よ」
胡桃が引き金を引く。
「…竜ってやっつけると…珠を貰えないの…かな…?(」
ベアトリーチェが召喚獣を繰る。
「言ったよね? 全部倒して助けるって」
屍蝋色の糸を手に、温が勝利の微笑を浮かべたと同時――
蒼い閃光が走った。
●
「な…!?」
地に沈む蒼竜の頭上で、稲妻が轟いた。唖然となる撃退士を覆う、ひりつくほどの重圧。
突如上空を覆い始めた濃霧の狭間から、現れた群青の外套。
”蒼閃霆公”の姿がそこにあった。
何故ここにという疑問に、バルシークは応える。
「これほどのものを見せられては、出迎えるのが礼儀だと思ってな」
それは敵としての純然たる称賛。本来ならば現れるはずのなかった大天使を、彼らの『最善』が動かした。
「私はこの先で待つ」
視線の先には、既に濃霧に覆われた異界の入口。
――さあ、撃退士よ。私を越えてみるがいい。
そう告げる瑠璃の瞳に向け、赤薔薇がきっぱりと宣言する。
「ゲートは必ず私達が破壊します」
17人のまなざしは揺るがない。
それは必ず勝つという、確信の表れだった。