最善のために必要なものって何だと思う?
最善の『形』を共有することではないですか
何が最善なのかってこと?
ええ。形が同じであれば、過程の微差など問題にはならないでしょう?
●
「――始まったか」
上空をわずかに見上げ、赤坂白秋(
ja7030)は呟いた。
視線の先には彼方で発光する異界の入口。ここは既に、天界の領域と化している。
「ぬぬっ!なんだか…ぴんちのよかん!」
工場全体を包み込むぴりぴりとした緊張感に、エルレーン・バルハザード(
ja0889)の表情が引き締まる。
空には鳥、川には魚、そして出入口を封鎖する馬竜。加えて工場内に取り残された要救助者の多さは、彼女達に事態の深刻さを伝えるのに十分で。
「厄介な状況でやれやれさねぇ。それ以外言葉はないさねぇ」
九十九(
ja1149)が細く息を吐く。糸のような細い目が、目前で行き交う稲妻の先を見据えている。
「…でもま、助けを待ってる人らがいるなら行くかねぃ」
「そうやで、何一つだって奪わせへん。全員連れて無事に帰ろな!」
小野友真(
ja6901)が力強くうなずく。
目標を達成するには、全員の動きが完璧に噛み合わなければ難しいだろう。けれど、不安や焦りは顔には出さない。
(……大丈夫や)
今までだって何度もきわどい場面を乗り越えてきた。何より、あの騎士団相手に無様な姿を見せるわけにはいかない。
「早く工場の皆を無事に助け出さないとだね!」
フィノシュトラ(
jb2752)が蒼い髪を弾ませ、宣言する。
誰かが傷つけられるのは、見たくない。笑顔でこの地を後にするために、むんと気合いを入れ。
「絶対に成功させるのだよ!」
対する狗月 暁良(
ja8545)は、どこか愉しそうに口端を上げる。
「竜退治とかお伽噺みたいで燃える、マジで」
魂を高揚させる予感を感じる。自分が求めるぎりぎりのやり取りを。
「さァ、俺が生きているって…実感させてくレよ?」
「焔劫の騎士団…そして雷を操るという事はバルシークか…」
上空を見据える黒羽 拓海(
jb7256)のまなざしが、鋭さを帯びる。脳裏をかすめるのは、一年前の屈辱。
雷霆が放った一閃が、全てを打ち砕いた日を忘れた事はない。
「だが、今度は負けん。あの時のように奪わせはしない!」
「うん。その通りだよ」
西橋旅人(jz0129)と森田良助(
ja9460)が静かにうなずいた。あの時あの場で同じ想いを抱えた者たち。
「ああ、これくらい乗り越えてやろうじゃねえか」
白秋の言葉に良助が言い切った。
「そのために、僕らはここへ来たんだ」
●
作戦開始直後、両班併せて17人の撃退士が橋の上で一斉に並んだ。
「まずは敷地に突入前に、川にいる魚を何とかしないとね!」
フィノシュトラの言葉に、良助が空と川両方を注意深く見つめて言った。
「出来れば鳥もここで落としておきたいところだよね」
蒼雷雀の方は上空の敵しか襲わないと言うが、飛行メンバーがいる以上危険は少しでも減らしておきたい。
「じゃあ、わたしが引きつけるよ!」
┌(┌ ^o^)┐型に変身中のエルレーンが、ニンジャヒーローを発動させる。
「ふじょしパワーぜんかーい└(^o^└ )┘!」
その動きに吸い寄せられるように蒼雷魚が集まってくる。そこを狙って良助は猛射撃を撃ち込む。
「よし、狙い通りだね」
暴風のようなそれは、複数の魚を巻き込むことに成功する。同じく九十九と白秋が重ねるようにバレットストームを撃ち込んでいけば、他の面子も次々に攻撃を開始。
全員での一斉攻撃の威力に耐えられるわけもなく、蒼雷魚は瞬く間に撃破されてしまう。白秋が空を見上げ。
「鳥がこっちに来ねえな」
見れば雀は地上に見向きもしていない。九十九も頷いて。
「注目スキルも効いていないようさねぇ」
これは殲滅は難しいか…と思われた時、複数の影が空を舞う。
「私が引き寄せるのだよ!」
光の翼で飛翔したフィノシュトラたちだった。飛行メンバーに気付いた雀が、一斉に移動し始める。
「今なのだよ!」
彼女が手にしたビスクドールから、水の弾丸が発射される。同じく友真が飛行者を襲おうとする雀へ向けて、イカロスバレットを撃ち込む。
「一気に片付けるで!」
再び全員での一斉攻撃開始。次々に狙い撃たれた雀はなすすべもなく地に墜ちていく。
「何とかなりましたね」
雀を撃ち落とした拓海が、飛行者の無事にほっとした表情を浮かべる。暁良は銃から氷狼爪に持ち替えると、不敵に笑んで。
「これで残るは竜のみだナ」
危険な賭けではあったが、全員が即攻撃に移れる状態だったのが大きい。
絶妙な作戦とタイミングが序盤で魚と雀の殲滅を可能にしたのだ。
「――さて、ここからだな」
白秋は橋の先に見える門に視線を移す。大型車両も楽々入れるほどの幅がある入口には、ここからでもはっきり分かるほどに紫電が行き交っている。一人が両班全員に再度通達。
「今から俺たち陽班が先行して突入するよ。その後に陰班が続く。くれぐれも無理し過ぎないよう慎重にね」
馬竜の動きが読めない以上、迂闊な行動はできない。突入直前、拓海が旅人に向かって切り出す。
「すみません、西橋さんには陰竜を倒すまではこっちに居て頂きたいのですが」
「わかった」
撃破が早ければ救助も早く進むだろうとの判断である。
「では、参ります!」
陽班のメンバーが次々に稲妻へと飛び込んでいく。電撃が彼らを貫通するたびに、激しいスパーク音が鳴り響く。
陰班のメンバーに比べ陽班は特殊抵抗が高い面子が多い。電気ショックによる行動不能を回避するために、彼らが先行を買って出てくれたのだ。
陽竜が門と引き離すように吹き飛ばされたと同時、陰班も一斉突入。
敷地内に進入するやいなや、友真が陰竜に向けて速攻バレットストームを命中させる。それに続くのは九十九。
「少しでも撃破の助けになればいいさねぇ」
生み出したるは九頭の大蛇。腐食の毒が竜を食らいつくしていく。攻撃後、二人は即その場を離脱。
「予定通り俺たちは工場に向かいまっす!」
他の面子が竜を相手取っている間に、工場内の一般人を避難させるのが狙い。
彼らが工場に先行した直後、両竜が咆哮を上げた。
「両班、竜を抑えて!」
「絶対に工場へ行かせるな!」
臨戦態勢へと入った陰竜が、全身に紫電を迸らせながらブレスを吐き出す。電撃を伴う広範囲の技が、前・中衛の多くを巻き込んでいく。
「――っ痛う…!」
範囲から逃れられなかった良助が顔をしかめる。
本来彼が手にしているライフル射程であれば、ブレスの範囲から出るのは容易だった。けれど、良助は敢えて射程の取りにくい塀側に陣取っていた。
(工場に攻撃を向かわせるわけにはいかない)
恐らく、工場内を電撃が通れば爆発が起きるだろう。そんなことになるくらいなら、自分が攻撃を受ける方がマシだ。
「なかなかキくな。だが俺はこんなもんじゃヤられねェぜ?」
強烈な電撃を受けても、暁良は表情一つ変えることなく陰竜に向かって拳を振るう。
ぴったりと前衛で張り付き行動を阻害。そこを拓海の強烈な一閃が襲う。
「……よし」
スタン状態になった途端、両竜の間を行き交う稲妻が消失する。どうやら竜の抵抗値はそこまで高くないようだ。
「今のうちにあっちの竜を引き寄せるよ!」
エルレーンが陽竜近くへと一旦移動し、ニンジャヒーローを発動させる。
「そおれっ└(^o^└ )┘!あふれでるふじょしパゥワー!!」
両竜の間を稲妻が走り続ける以上、両者は近づけるに越したことはない。彼らの作戦は陽竜を抑えつつ陰竜側へ引き寄せること。
敢えて手番を遅らせて状況観察していた白秋は、行動不能状態の陰竜の傍らに幻影を生み出す。
銀色の美女が竜の瞳にそっと口づけをする。瞬後、みるみるうちに唇が触れた部分が融解していく。
「順調…と言いてえところだが、あのバリアが思った以上にやっかいだな」
陰竜に魔法攻撃を放ったフィノシュトラも、むむっと眉をひそめる。
「こっちの攻撃がかなりの勢いで相殺されてるのだよ!」」
加えてあの素早さだ。このままだと撃破には結構な時間を要するかもしれない。
暁良が竜をにらみ据えながら。
「けど、雷霆の大天使とか言うヤツ…の鼻を圧し折るには竜を二匹ともやっつけるのが絶対にイイよな」
今回の作戦は、陰竜を先に倒すことになっている。そのために陽班の四人がぎりぎりの人数で陽竜を抑えてくれているのだが。白秋が冷静に判断する。
「そのためにはバリアを何とするしかねえかもな」
時間がかかりすぎれば、陽竜対応者が持たないからだ。
その頃、友真と九十九は工場内へと到達していた。
「助けが来たぞ!」
「皆さん、まずは落ち着こか! 避難訓練を思い出して深呼吸やで!」
友真のかけ声に、パニックになりかけていた工員達は徐々に落ち着きを取り戻す。
「じゃあ、とりあえず人数確認をお願いできるかねぇ」
九十九の言葉に、工場長が残っているのは32人だと報告する。九十九が避難の段取りを説明する間、友真は竜班に現状を確認。こちらへ向かっている様子はなさそうだ。
外にまだ竜がいると知り、怯える一般人に向け九十九は諭す。
「工場内にいる方が危険さね。ここが爆発する危険もあるからねぇ」
「俺たちを信じてな。絶対に皆で帰るで!」
彼らの言葉に工員達の目に光が戻る。
絶対に皆で帰る。
友真と九十九の迅速な説明と段取りにより、工員達は首尾よく工場裏手へと避難していく。
一方、良助とエルレーンは両竜を観察しながら考えていた。
「竜のバリアは体に帯びている電気じゃないかと思うんだよね…」
「それに陽極、陰極と言えばプラスとマイナスだよね。だからこの竜たちをぶつけてみるのはどうかな」
その言葉に拓海が即反応。
「ああ、いいですね」
陽竜対応班の協力もあって、両竜の距離はだいぶ縮まっている。陽班にも同じ考えのメンバーがいたため、試すのは可能そうだと判断。
「向こうと同じタイミングで、竜をぶつけましょう。西橋さんと狗月さんもお願いできますか」
「俺たち阿修羅の出番ってワケだナ」
強力なノックバックスキルを持つ三人が位置につく。残りのメンバーは彼らをサポートすべく立ち回る。
エルレーンが陽竜をさらに引きつけ、フィノシュトラは飛行メンバーと上空から攻撃をして陰竜の意識を上へと逸らせる。そこを良助の弾丸が襲い。
「脚を弱らせれば、はじき飛ばしやすくなるはず!」
狙いは脚の付け根。同じく白秋や他の狙撃手も脚を集中攻撃。
高命中の連撃に陰竜がよろめいた刹那、影が動いた。
「さあ、始めるゼ?」
暁良が拳にアウルを集中させ掌底を打ち込む。強力な一撃に陰竜が後退したところを旅人が間髪入れず斬刃を叩き込む。
「拓海君今だよ!」
「任せてください」
刀を抱え込むような構えから、拓海は全体重を乗せた諸手突きを放つ。速攻の突撃はその重さも相まって陰竜を吹き飛ばし。同じタイミングで陽竜もはじき飛ばされくる。
「いける!」
両竜は互いが近付きすぎているのに気付いたのだろう。
慌てて逃げようと身を捻るが、もう遅い。
彼らの視線先で、一際激しいスパーク音がはじけた瞬間――
両竜を覆っていたバリアが消失した。
「やったのだよ!」
上空でタイミングを狙っていたフィノシュトラが、即座に異界の呼び手を使用する。
「一気に倒してしまうのだよ!」
動きを絡め取られた陰竜をエルレーンの白銀に輝く┌(┌ ^o^)┐が襲う。
「腐女子ぱわーをくらえっなの!」
白秋もここぞとばかりに、陽竜をも巻き込んだ猛射撃を放つ。
「ここまでくれば、後は倒すだけだ」
防御力が大幅に落ちたところへの集中攻撃は、抜群の効果を示した。ついには銀の瞳から光が消え、それと同時に両竜を繋いでいた稲妻も消える。
「陰竜撃破成功!」
即座に良助が報告すると同時、陰班は一斉に工場へと移動し始める。陽班が残りの竜を抑えてくれているうちに、一般人を避難させるのが狙いだ。
白秋は工員達を整列させると避難方法について提案。
「ここから二人ずつ俺たちが抱えて運ぶ。竜に隙が生まれたらまとめて移動するが、無理はしねえ」
32人の工員に対して、救出者は陽班の一部を加えて10人。既に敵が陽竜のみである以上、無理をする必要はないとの読みだ。
「念のために護衛も付けるとよさそうさねぇ」
「橋を抜けるまでの辛抱やから、あと少し頑張りましょ!」
九十九と友真は工員達を励ましつつ、脱出のタイミングをうかがう。
(絶対に間違えたらあかん…)
ここで失敗すれば、全てが無駄となる。任せてくれた仲間のためにも友真は全神経を集中して時機を計る。
「今ならいける…! 避難お願いします!」
「じゃあ行くさぁね。しっかり掴まってねぃ」
一人を背に、もう一人を腕に抱えた九十九が全力移動で疾走する。その後を同じく工員達を抱えたメンバーが続く。
(出口まで後百メートル…)
目測で距離を測りながら、九十九は首尾よく地を蹴り続ける。彼らと並走するのは護衛についている良助。
「大丈夫です、あなた達は絶対に守ってみせます!」
幸い陽竜は抑えのメンバーに気を取られ、こちらには気付いていない。
両班合わせてのスムーズな動きで、32人全員の避難が完了する。もちろん、全員無傷だ。
「後は残りの竜を倒すだけなのだよ!」
フィノシュトラの呼びかけに、全員が陽竜班へと加勢する。
「ここからは遠慮無く全力でぶっ潰すゼ」
暁良が防御を貫く強圧の一撃を叩き込めば、拓海が直刀を振り抜く。
「倒しきるまで油断はしない…必ずやりきってみせる!」
全員で、最善を目指した。
全員で、最善を描いた。
彼らの描く形は見事に一致し、奇跡的なまでの連携を生み出したのだ。
「あと少しなのだよ!」
フィノシュトラが再び陽竜の動きを絡め取れば、エルレーンが高速の連撃を打ち込む。
「絶対にたおすの!」
「全部守り切って膝つかせたるんや!」
友真が勝利を確信する弾丸を放ったと同時――
蒼い閃光が走った。
●
「な…!?」
地に沈む蒼竜の頭上で、稲妻が轟いた。唖然となる撃退士を覆う、ひりつくほどの重圧。
突如上空を覆い始めた濃霧の狭間から、現れた群青の外套。
”蒼閃霆公”の姿がそこにあった。
「これほどのものを見せられては、出迎えるのが礼儀だと思ってな」
それは敵としての純然たる称賛。本来ならば現れるはずのなかった大天使を、彼らの『最善』が動かした。
聞いた白秋が、静かに切り出す。
「道理のねえこの戦い、俺は布告と理解した」
ならば宣言するのは、ただ一つ。
「俺たちはこの戦いに、勝つ」
その言葉に、雷霆はわずかに微笑んだだろうか。
「私はこの先で待つ」
視線の先には、既に濃霧に覆われた異界の入口。
――さあ、撃退士よ。私を越えてみるがいい。
その覚悟はとうにできていると、瑠璃の瞳が告げている。
対する17人のまなざしは揺るがない。
それは必ず勝つという、確信の表れだった。