時間は単位。
けれど、同じ長さじゃない。
事実は一つ。
けれど、真実は一つじゃない。
ね、教えて。
キミ達とボクの時間は、どれくらい異なるのかな。
キミ達とボクの真実は、どれくらい重なるのかな。
※※
見渡す限り、そこは森だった。
しかし上空に太陽は無く、方角を示すものは一つとして存在しない。
点在する広場の一角で、総勢五十名と悪魔二柱は相対している。
こちらを見つめるのは、紫水晶の瞳。
「じゃ、始めようか」
桃色のボブヘアーをなびかせ、リロ・ロロイは丁寧にスカートの裾をつまむと一礼をする。
「キミ達の相手は、ボクが努めるよ」
舞闘会の幕が上がる。
●
開始直後、一番最初に動いたのはリロ。
「マリー、いくよ」
ぱちんと指を鳴らすと同時、マリアンヌの体を螺旋状のオーラが覆う。
しかしマリアンヌはすぐに動こうとはしない。恐らくは撃退士の出方を観察しているのだろう
「さあて。あんな顔をした女の子を、放っておくわけにはいかないね」
彼女達の動きを追いつつ、加倉 一臣(
ja5823)は銃を手に思考していた。
(木で視界が悪い上にフィールドはかなり広い。見失うのは避けたいな……)
ただでさえ方角がわからないゲート内。悪魔と鳥を引き離す作戦を採る以上、全員の位置関係をいかに把握するかが勝負となるだろう。
同じく銃を構えた小野友真(
ja6901)も頷いて。
「女の子を笑顔にするのはヒーローの役目やからな!」
リロが瞬間的に見せた表情の意味を、察しているがゆえに。
(絶対期待に応えてみせたる)
二人は互いに最大射程からリロの姿を捉えつつ。先に動いたのは一臣。
「失礼リロちゃん、マークさせてもらうよ」
声かけと同時に引き金を引く。リロは軽々と身を翻しそれを避けるが――
「あ」
「オッケー、成功や!」
一臣とは別方向から放たれたマーク用アウルが、見事彼女に命中する。
撃ったのは友真。記録による命中率四割減を乗り越えるための策だ。
マーキング成功を受け、分断班が行動を開始する。
「舞闘会か……全力で楽しませてもらわないとなぁ」
マキナ(
ja7016)は、悪魔に向かって走りつつそう呟いた。
どこか穏やかな物言いに聞こえるが、彼の内は既に戦闘態勢へと切り替わっている。
強敵との対峙は、まるで媚薬だ。
戦闘への押さえがたい衝動が波のように押し寄せ、自身を突き動かす。一度走り出せばその身尽きるまで止まない事もまた、彼は理解している。
「最後まで暴れてみせますか」
そう言って悪魔達の間に割り込むと、手にした漆黒ワイヤーをリロへ向けてわざと大ぶりに振り抜かんとする。
察知したリロが避けようと動くが、ワイヤーはあくまでフェイク。彼女が動く先を狙ってマキナは勢いよく掌底を叩き込む!
「よっしゃ、マキナ君ナイス!」
マリアンヌとは逆方向に吹き飛ばされたリロを、月居 愁也(
ja6837)がすかさず追尾。
「じゃあ俺もいくぜ、リロちゃん覚悟!」
彼女が体制を立て直す前に、突撃を打ち込む。彼女は咄嗟に防御姿勢を取るものの、衝撃には耐えられず更にはじき飛ばされていく。
そこに放たれるのは、桜木 真里(
ja5827)が生み出す水の矢と六道 琴音(
jb3515)が投擲したルーンが生み出す羽。
「そっちには行かせないよ」
「すみませんが、もっと離れてもらいます…!」
ほぼ同時に打ち込まれたそれらは、リロに当てるのが目的では無い。
阿修羅二人が彼女を吹き飛ばす先を狙って、さらに引き離すための牽制攻撃を放ったのだ。
彼らの動きで大きく引き離されたリロは、鳥とマリアンヌの位置を確認し。
そしてスカートの裾をぽんぽんとはたくと、にっと笑った。
「やるね」
徹底的な分断狙いが成功した頃、リーリア・ニキフォロヴァ(
jb0747)はマリアンヌの周囲を浮遊する球体へ向けてファイアワークスを放っていた。
「まずはあの玉を何とかしないと…!」
マリアンヌの攻撃は広範囲かつ高威力だ。奥義を使われればリロ班である自分たちをも容易に巻き込んでしまうに違いない。
そう考えた彼女は、リロを仲間が惹きつけてくれているうちに玉の破壊を手伝う事にしたのだ。
同じく天童 幸子(
jb8948)も玉に向かって炎陣を展開させ。
「鳥さん捕まえたらお友達増えるの♪ 仲良しが増えるのはとてもうれしい事なの」
この戦いは、きっと喧嘩するためのものじゃない。そう思えるからこそ、彼女は何の疑問も無く悪魔と友だちになれると信じている。
「だからゆきこも頑張るの!」
できるだけ多くの玉を巻き込むように炎球を放てば、マリアンヌがにっこりと微笑む。
「今の精一杯、リロさんにお見せしますっ」
川澄文歌(
jb7507)は銀鳥の位置が遠い事を確認すると、鳥班の移動力が低い仲間対して韋駄天を展開。
「これで引き離されずに済めば…!」
この行動は、移動力の低い鳥班が全力移動を使う回数を減らす事に繋がっていく。
彼女自身は鳥とリロとの間に立ち、少しでも鳥班へ攻撃を向かないように牽制。
「リロさん、私たちはただ戦うだけの関係じゃ無いですよね…?」
自分はそうだと信じている。
彼女達の答えは、勝てば教えてもらえるだろうか。
「最後の勝負、負けられませんねー?」
狙撃銃を手にした櫟 諏訪(
ja1215)は、マリアンヌとリロが一直線上に重なりかつ、最も離れた位置を見極め移動していく。
(常にこの距離を保ちますよー?)
特にマリアンヌの奥義魔法に巻き込まれれば、自分はただでは済まないなろう。位置取りの重要性を意識したゆえの動きだ。
「それにここからなら玉も狙えますしねー!」
悪魔二柱が一直線上に並んだ位置から攻撃を放つ。リロが避けた銃弾が、そのままマリアンヌの玉へと当たっていく。それを見たリロは一言。
「ふうん、考えたね」
同じく最近諏訪の妻となった櫟 千尋(
ja8564)が、夫や仲間の攻撃の隙間を埋めるように牽制攻撃を放つ。
「ほんとはリロちゃんとあまり戦いたくはなかったけど…」
お互いに名乗り合って、言葉を交わした。できれば戦い以外の場でもっと話してみたかったけれど。
どうしたって戦うしかないのなら。
「がんばるしかないね…!!」
せめて自分の精一杯を見せようと、前を向く。
そして今回最大の出オチ(訂正線)奇策を採った者がいる。
フレイヤ(
ja0715)が彼女に向けてびしっと宣言。
「リロちゃんだかロリちゃんだか分かんないけど! 私の前で切ない顔見せてタダで済むとは思わない事ね!」
魔女は見知らぬ誰かを笑顔にする者。
貴女のその顔、笑顔に変えてみせるのだわ! と張り切る彼女、覚悟を決めて突撃開始!
目指す先は――
避けようとしたリロのスカートの下である(まがお)。
「お嬢ちゃんかわええおパンツ履いとるのぅゲヘヘヘ」
変態ちっくな言動で動揺を誘うのが目的。
あっロリっこのパンツとか覗くしかないだろJKなんて思ってないです本当です信じて下s
どごぉ……っ
鈍い音と共に巨大な銀時計が落ちてきた。
あ、これだいぶ痛いわやばいわまじで。
「…キミ、大丈夫?」
実は彼女、大幅なコストオーバーにより現在生命力が重体時レベルまで低下中。まさに命懸けの特攻だった。
「ふ…やり切った私に悔いは無いのだわ…!」
「ちょ、よしこおおおおお」
自分の名を呼ぶ友へ向け、清々しい笑顔でサムズアップし――
フレイヤは気絶した。
※
黄昏の魔女が殉死()を遂げた頃、銀鳥対応班も行動を開始していた。
「四国の悪魔は相変わらず凝った遊戯をするものね――」
暮居 凪(
ja0503)はそう独りごちながら、スナイパーライフルを構えた。
目標は銀鳥を覆う結界。幸いなことに視認範囲にいたため、初手で狙うことができそうだ。
(……勝つことにメリットも、デメリットもあるわ。難しいところだけれど)
自分たちは勝つことを望まれている。
それが分かるからこそ、一抹の不安もないわけではない。悪魔の差し出すその手を、自分たちは無意識に取ってしまっているのではとも思うから。
(……でも、至らなければ見極める事もできない)
ならば踏み出す事を選ぶしか無いのもまた、悪魔の狙い通りではあるのだろうけれど。
「付き合いましょう。手を抜いてあげるから、遊べるだけ遊びなさい」
放つアウルの刻印が結界へと命中する。
(銀鳥は暮居さんのマーキングがあるから、しばらく大丈夫ね)
アルベルト・レベッカ・ベッカー(
jb9518)も長射程の銃を構え集中力を研ぎ澄ます。
「なら私はこちらの鳥を狙うわ…!」
彼が狙ったのは銀鳥ではなく、蒼鳥の方。放つアウルは見事蒼鳥へと命中する。
「蒼鳥の位置確認。いい感じに銀鳥とは逆方向に移動中よ」
交信機を使いながら両班に向けて報告。
悪魔の分断を狙う以上、銀鳥と蒼鳥もできるだけ放す必要がある。そのためには蒼鳥の位置も把握しなければならず、それを見越しての判断だった。
彼のこの行動のおかげで、悪魔と鳥全ての位置関係が把握できる事となる。
「さて…私たちも参りましょうか」
夜来野 遥久(
ja6843)の視線は悪魔達の遙か後方で浮遊移動する銀鳥から離れることはない。
悪魔と対峙している親友の事は気掛かりだが、任せると決めた以上は自分も役割を全うするまで。
「可憐な鳥を追いかけまわせるとは、何やら気持ちが若返りますな」
遥久の隣で微笑するのはヘルマン・S・ウォルター(
jb5517)。穏やかな老執事である彼、飛び回る銀鳥に真顔で一言。
「おや…とてもお早い…」
「ええ、思った以上に」
素早い上に明らかに追いつけそうもない距離と判断し、彼らは即座に全力移動を開始する。
「ふ…腰にきましたな…」
「あまり無理をなさいませんよう」
苦笑しつつ遥久は悪魔がこちらに意識を向けていないか気を配る。その様子にヘルマンはやや申し訳なさそうに。
「お若い方に護衛しただくのは、何とも気恥ずかしいものでございますな」
「いえ、ウォルター殿は鳥へと集中していただければ」
遥久は彼が今作戦のキーパーソンと考えている。そのためヘルマンを死守するために護衛についているのだ。
「この大事な時に重体とは…」
白鱗を持つ竜に騎乗しながら、白蛇(
jb0889)はため息を吐く。思うように動けないのは口惜しくもあるが、今回は単なる戦闘ではないのが幸いした。
「能力低下を逆手に取ることもできるやもしれぬ」
即座に銀鳥を追尾しつつ、結界破壊側に回る。攻撃力が落ちている今なら、削りすぎずダメージを与えられるとの判断だ。
カーディス=キャットフィールド(
ja7927)は、持ち前の移動力で銀鳥に追いついた後、追い立てを開始していた。
「鳥さん鳥さんあちらへどうぞ〜♪」
悪魔の位置を確認しつつ、反対方向へと移動するよう仕向けていく。影走りで木々を足場にしつつ、結界色の監視をも行う。
「さ、鬼ごっこはじめよか。逃げられると思うなよ?」
カーディスと同じく移動力を生かし追いついたゼロ=シュバイツァー(
jb7501)は、結界へと大鎌を振り抜いていた。
鈍い音と共に結界の一部が削られる。その衝撃で銀鳥は驚いたように方向を変えて逃げようとするが、カーディスがそれをさせない。
「そちらはいけませんよ〜」
追いついてきたヘルマンと遥久に左右もふさがれたことにより、銀鳥は急上昇。しかしそこは予測してしたゼロによってあっさり阻止される。
「逃げ場はないで?」
上空からの包囲。隙の無い連携に銀鳥は地上に落下し、移動が止まる。鳥班も順調な滑り出した。
再び戻って悪魔班。
フレイヤの特攻が生んだ隙を突いて、攻撃を仕掛けた者がいる。
(久しぶりの依頼ネ。着実にイクネ)
ストレイシオンを召喚した長田・E・勇太(
jb9116)は独りごちた。
「チキンを追い掛けなくて正解ダ、もっとおいしそうな奴が目の前にイル」
鳥班でなく悪魔班を選んだのは、こちらの方がより面白そうだったから。
彼はわざとリロの視界に入るように動くと、手にした銃を撃ち放つ。
例え力量差があろうと、撃破するつもりで攻撃を行う。それが彼なりの信条だ。
雨宮 祈羅(
ja7600)は自分の前にいるマキナにウィンドウォールをかけつつ、悪魔へ話しかける。
「初めまして。友人から話聞いたりしてたよ、リロちゃん」
対するリロはおやといった様子で。
「キミあの舞台にいたよね」
「ああ、あの時観てたんだね。じゃ、あの子の知り合いって事か」
それなら話は早いと頷いて。
「改めて、うちは雨宮祈羅。よろしくね」
「ふふ。よろしく、キラ。今日はあの彼はいないのかな?」
「えっ」
予想外の問いかけに思わず変な声が出たところで、聖なる刻印を自身に展開させた真野 縁(
ja3294)が宣言する。
「リロちゃん、楽しい時間にしようなんだね!」
「うん、そうなる事を願ってるよ」
縁は道化人形をぎゅっと抱き締め、心の内で決意する。
(忘れられないくらい、楽しませてみせるんだよ…!)
そうなれば、きっと。
「リロちゃんはもっと、縁達と遊びたいって思ってくれるんだね!」
そしてきっと、『彼』は羨ましがってくれるに違いないから。
「愉しいねえ!」
深青色の布槍を飛ばす鷺谷 明(
ja0776)の声は、愉悦に満ちている。
悪魔と正面切っての戦い、これ程心躍るものはないと言わんばかりに前線で派手に動き回る。明に目を留めたリロはわずかに瞳を細め。
「ほんとキミって、いつも愉しそうだね」
「ああ、愉しいね。もうこの際、君達の分断に失敗するくらいの方がより愉しいね」
「どうして?」
「や、作戦に異論はないよ? 個人的な感想かつ好みの問題さ」
よくわからないと言った様子に、口端へ刻んだ笑みを更に深くしながら。
「すなわちマゾゲーのが正直萌えry」
ハリセンでしばかれた。
しかもこの間よりなんか痛いのはマゾって言ったせいかもしれない。
そんな彼らのやり取りを少し離れた場所で観察している者が居る。
「メイド服…可愛い……」
スレイプニルを召喚したベアトリーチェ・ヴォルピ(
jb9382)だ。
彼女は敢えてすぐには動かない。リロの観察に徹して、彼女が『移動』した際に即対応するためだ。
「メイドさん…動き速いみたい…」
あのツッコミ速度を見る限り、かなりのスピード持ちと判断。いざというときはスレイプニルに騎乗して追いかけるつもりだ。
「ヒリュウよりモフモフ減るけど…速いよ…」
(見事だね)
マリアンヌの状況を見て、リロは内心で呟いた。
両班との連携が功を奏し、序盤で彼女の玉の多くを破壊することに成功。
撃退士達は知る由もないが、この時点で彼女の奥義【絶対零度】が封印された事は、後の戦局に大きく影響を及ぼす事になる。
「ですが、私の技はまだ残っておりますわよ!」
マリアンヌが大地を蹴る。凄まじい魔力が放出される。
来る。
撃退士達が警戒すると同時。
氷針の嵐が辺り一帯を飲み込んだ。
●
「なんて威力や……」
回避射撃を放った友真は、目前の光景に冷や汗を滲ませていた。
「予想はしてたけどやっぱりきついねえ…」
同じく回避射撃を撃った一臣も前を見据え呟く。
「これが奥義だったらと思うとぞっとするよ」
広範囲を巻き込む魔法攻撃。
リロとはそれなり引き離していたとはいえ、二人の間に位置していたメンバーは全て射程圏内、玉を狙うために接近していたメンバーをも飲み込んでいた。
高命中のそれに巻き込まれながらも回避に成功したのは明のみ。その凄まじい範囲と威力に、撃退士達は唖然となっていた。
「この重さ…バルシーク公に匹敵するな…」
身体中を襲う激痛に、愁也は何とか耐えていた。防御特化にしていなければ、一撃で気絶していたかもしれない。
それ程にマリアンヌの攻撃威力は凄まじく。
同じく巻き込まれたマキナの状況は更に酷かった。咄嗟に回避しようと動いたものの、あまりの広範囲に完全には避けきれず。
かろうじて気絶を免れたのは、ウィンドウォールと回避射撃の二重効果もあって致命傷を避けたためだ。
「負傷者、集めてください!」
琴音の呼びかけに重傷者は一時離脱。集まったところへ縁も駆けつけ。
「みんな頑張るんだよ…!!」
縁が癒やしの風を、琴音がライトヒールを展開させる。
「痛いの痛いの飛んでけ〜なの!」
自らも深傷を負いながらも、幸子は前衛で盾となる愁也へ乾坤網を付与する。
「一番前で戦ってくれる人を助けないとだめなの!」
同じく巻き込まれた真里は、魔法攻撃だった事が幸いし何とか持ちこたえていた。万一追撃を受けた時のために、いつでもマジックシールドを出せるように身構え。
(あの威力は何度も受けきれるものではないけれど…)
それでも、リロとマリアンヌ両方から攻撃を受けるのだけは避けなければならない。
二柱を近付かせないために、彼は間に立ち続ける事を選ぶ。
玉への攻撃後即離脱していたリーリアは、ぎりぎりの所で難を逃れていた。慎重に距離を見極めつつ、もう一つの行動に移る。
「コンパスが効かない戦場でも、これなら…!」
手にしているのは発煙筒。
自分は敢えてマリアンヌ側でこれを使用する事により、リロ対応班だけでなく既に遙か木々の向こうへ移動している鳥対応班にも、悪魔の位置を知らせようと考えたのだ。
この方法なら、どこにいても立ちのぼる煙で確認する事ができる。うっかりマリアンの攻撃射程内に入る危険性を考えた上での行動だ。
「あら、考えましたわね」
マリアンヌが感心したように微笑む。
彼女の強襲によって陣形は崩れかけたものの、予測されていた奥義が使用されなかった事で被害を最小限に抑えられていた。
むしろあらゆる危険を予測し、どう動くべきか瞬時に判断した彼らの立て直しは、驚く程に早かったと言える。
巻き込まれずに済んだ者は即座に悪魔の牽制にまわり、近付かせるのを防ぐ。
「回復終わるまで近付かせませんよー?」
「とにかく時間を稼がなくっちゃ…!」
諏訪と千尋は揃って牽制射撃。放つ弾丸がリロの動きを阻害すれば、一臣と友真が別方向から援護射撃。
負傷者への追撃だけは避けなくてはならない。彼らの意志は鮮やかな連携を生んでいく。
狙撃手達の絶え間ない連撃でリロの動きが鈍った所を、文歌と祈羅が押さえにかかる。
「ここから先へは行かせません!」
「こっちに来るならうちが相手になるよ!」
いざというとき自分が盾になる勢いでリロを囲うと、彼女は諦めたように。
「なるほど、追撃は難しそうだね」
そう言って指を鳴らすと同時に、巨大な銀時計がまわり始める。それにいち早く反応したのは明。
一瞬で変化させた獣の腕が彼女の身体を掴み、そのまま勢いよく地面へと押し倒す。
「すまないね、手荒な真似をして」
朦朧としつつリロはそれでもくすりと笑んで。
「お互い様だね」
次の瞬間には時計針の矢が降り注ぐ。
「鷺谷さん!」
明の背や胴部に複数の時計針が刺さり、鮮血が舞う。その傷は決して浅くは無かったものの、レントが阻止されたのはリロにとっても予定外。
わずかな動揺が生んだ隙を、バハムートテイマー達が見逃さない。
「今が…チャンス…」
ベアトリーチェの命で、スレイプニルが悪魔に向けて高速突撃。避けようと動いた先を狙って今度や勇太のストレイシオンが待ってましたと言わんばかりに。
「やられっぱなしじゃいられないからナ」
唸るような竜の咆哮。
召喚獣に挟み撃ちされたリロは、避けきれずその重い突撃を受ける。
森の中で、重音が響き渡った。
悪魔班が凄まじい攻防を見せる中、後方で上がった発煙筒の煙を見つつ、凪は悪魔班との通信を行っていた。
「いいわ、順調に彼女達から離れてるみたいね」
今のところ銀鳥を見失う事なく、移動に成功している。
凪の通信を受け、アルベルトは自身の持つ位置情報を探りつつメンバーに告げる。
「オーケイ、蒼鳥とも離れてるわ。このままの方向で大丈夫よ」
「了解です〜、あっ鳥さんそっちはダメですよ!」
カーディスが方向を変えようとする銀鳥の前に立ちふさがると、白蛇の召喚獣が突撃し結界ごと吹き飛ばす。
「ふむ、重体中だと迷わず撃ちこめるのう」
「それある意味便利やなあ」
ノックバックされた銀鳥を見てゼロが笑いつつ、自身も結果に向けて鎌を振り下ろす。もちろん彼も、闇雲に攻撃しているわけではない。
「さあ、そろそろか?」
鈍い衝突音の後、結界の色が変わり始めたのを見てヘルマンが頷き。
「色が変わりましたな」
緑は体力ゲージが残り五割以下になった証。即座に各班へと伝達する。
「あと一回は思いっきりいっても大丈夫そうやな」
「ええ、計算上問題ないでしょう」
追い込みに入るまで観察に徹していたヘルマンは、攻撃手の攻撃力と攻撃回数からダメージを事細かく計算していた。
こちらが今回のゲームにおける肝である以上、ダメージコントロールの調整については、全員かなりの慎重さを持って行動していた。
各々の攻撃力を鑑みて攻撃手を絞り、残りは観察と移動阻害、そして情報伝達に徹する。
この完璧とも言える役割分担ななければ、恐らくもっと手こずっていただろう。
「ここからは慎重にいかねばなりませんね」
遥久は鳥のサイドを並走しつつ、後方を常に警戒していた。
(……今のところ動く様子はないようだが)
こちらが本命である以上、いつ悪魔が仕掛けて来てもおかしくないだろう。
※※
その頃、リロ対応班は更なる引き離しへと動き始めていた。
「鳥班は順調みたいだね!」
交信機での報告を受け、千尋は周囲へ伝える。既にここからは見えない程に彼らは離れている。
彼女はマリアンヌ班から位置情報を受け取ると、つぶさに報告。
「煙のあるところが初期位置だから……」
方角がわからないゲート内に加えて、ここは森の中。この状況では簡単に初期位置を見失ってしまうため、位置情報を把握するのは至難の業といえる。
それを可能にしたのは起点の可視化だった。
例え離れていてもリーリアが上げた煙を起点にどちら側へ移動したのかを算出することで、おおよその位置関係がわかる。
上空に上がる一筋の煙。
儚くも見えるそれは、この戦場において多大な役割を担っていたのだ。
琴音は前線の状況を確認しつつ、内心で懸念していた。
(このままだと恐らく回復が追いつかなくなる…)
マリアンヌ班と比べ、こちらは回復手の数が少ない。リロはマリアンヌほどの攻撃型でないとはいえ、長期戦になるのは不利だといえる。
「……でも」
琴音は思う。
この戦いに求められているのは、単なる勝ち負けではない。
退く事など彼女達が微塵も望んでいないとわかるから。
「つまり――『守るより攻めろ』、ですね」
彼女の視線先には、最前線で悪魔に張り付いている三名の姿。彼らの攻防はさらに激しさを増している。
明が再び腕を獣変化させると、先刻の影響でリロは回避専念する。意識がそちらに逸れた所を愁也が烈風突で吹き飛ばせば、生まれた隙を狙いマキナが間髪入れず追撃する。
「休む暇は与えないぜ?」
巨大な鉈を振りかざし、勢いよくリロへと叩き込む。
「ふふ。キミの攻撃はちょっと怖いね」
素早く身を翻し避けきる彼女に構わず、マキナは猛攻を続ける。
(当たらなくてもいい。とにかく攻めろ)
脅威を与え続ける事で、集中力を乱すのが狙いだ。
(良手だね)
撃退士達の果敢な姿勢をリロは純粋に評価していた。
現に彼女は彼らの相手に集中せざるを得ない。マリアンヌがバナナオレの罠に吊られたことすら気付けない程に。
そして前衛を援護する中後衛の動き。合間を埋めるように、連続して攻撃を挟んでいくさまはリロが攻勢に移る隙を与えない。
「絶え間なく浴びせるネ」
勇太が放つ弾丸が、鋭い光条を描き少女の肩口を穿つ。リロは凄まじい反射速度で避けたために深傷を負わせる事はできなかったが、動きを鈍らせるには十分。
「いっけーなの!」
幸子が放つ炎の球が、弾丸のように直線を描く。
「いっぱいいっぱい邪魔してあげるの♪」
見たところ、自分の命中力ではリロに攻撃を当てるのは難しそうだと判断。ならば避けられるのを前提で、注意を引き邪魔する流れへと繋げていく。
その流れを受け取ったのは真里。
リロが幸子の攻撃を避けようと動いた先、狙うのは束縛の呼び手。
「よそ見をしていると捕まるよ」
地から湧き出る無数の手が、リロの身体を絡め取る。
「桜木さんナイスですねー? 自分たちも頑張りますよー?」
束縛状態の彼女を、諏訪と千尋が交互に放つ弾丸が襲う。
「千尋ちゃん、絶え間なくいきますよー!」
「任せて、すわくん!」
二人の息はまさにぴったりで、まるで連射をしているように規則正しい射撃音を響かせる。
束縛を解いて動こうとした隙を、今度は琴音が生み出す聖なる鎖が捕らえる。
「今なら私でも当てられるはず…!」
狙いは見事命中し、再び動きを縫い止められたリロを前衛が包囲する。
隙の無い連続攻撃に阻害され、思うように動けないでいた彼女はやがて。
「…うん、ちょっと埒があきそうにないね」
そう呟いてから、張り付いている前衛に目を向ける。
「とりあえず、キミ達にも止まってもらおうかな」
そう言って指を鳴らした直後、銀時計から出現するのは時を絡め取る束縛の鎖。
「うわっ」
「マキナ君危ねえ!」
意識ごと時を止められたマキナを庇いに愁也が立ちはだかると、リロは小首を傾げ。
「キミもだよ」
「ぬわーーー」
二回行動による連続ストップ。
命中特化のそれが一気に前衛二人の行動を止めると同時、リロの周囲を巨大な時計針が回りはじめる。後方監視していたベアトリーチェとリーリアが警告。
「…攻撃…来るよ…」
「広範囲攻撃、注意してください!」
全員の間に緊張が走る。少女はわずかに微笑して。
「ボクはマリーほどのパワーはないからね」
指を鳴らすと同時、数十本の針が凄まじい勢いで全方位に斉射される。
「多分死ぬ事はないよ」
明は咄嗟に動けないマキナを後方へ蹴飛し直撃を防ぐと、自身はその場で回避に専念する。
「すまないね、抱えて逃げる余裕がないもので」
「くうっ…痛いの…!」
幸子と琴音は持ち前の防御力で何とか受けきり、祈羅と真里はマジックシールドで対抗しつつ後衛に被害が及ぶのを防ぐ。
「大丈夫か縁!」
友真は自身を庇った縁に問うが、本人は力強く頷き。
「平気なんだよー! ミスターの攻撃に比べたら何てことないんだね!」
痛みはある。
けれど、自分は誓っている。また会う時までに、少しでも近づくようにと。
「だから縁は負けないんだよー!」
「おい! 愁也はだいじょ」
「痛えええええ」
意識を取り戻した愁也の状態を見て、一臣は安堵の息を漏らす。
「ふー…冷や冷やするとはこの事だな」
見たところ、リロと距離を取っていた者以外は全て巻き込まれていると言ってよかった。
とは言え、本人が言う通り威力はそこまでではなかったようで、一撃で気絶に陥った者はいない。
それでも彼女が包囲網を抜ける余裕を生み出すには十分で。
「さて。じゃあ、そろそろ追いかけるかな」
桃色の髪がわずかになびいたその瞬間――忽然と悪魔は姿を消した。
※※
一瞬、リロがどこにいったのか誰も視認できなかった。
「瞬間移動…!」
気付いた友真と一臣が即座に位置を探る。この方向は――
「鳥班、リロちゃんがそっちに向かってる!」
「凄い速度で近付いてんで!」
彼女の移動範囲は想像以上に広く、森であるのも合わさってどこにいるのか全く視認できない。
その間に彼女は300m近く距離が開いていた鳥班との距離を、みるみるうちに詰めていく。
しかし鳥班のメンバーにもマーキングをしていた友真達の判断は早かった。ゲート内で方角が分からなくても、両者が同じ方向である事がすぐに判別できたからだ。
連絡を受けた鳥班も、慌てる事なく即座に動き出す。
「おっと!こっちの邪魔はさせへんで?」
鳥にぴったりと付いていたゼロは、身を翻すと悪魔へと向かう。同じく鳥と並走中のカーディスとアルベルトの声が追い。
「こちらはお任せを〜お気を付けて!」
「心配しないで、鳥は逃がさないわよ!」
同じく遥久も並走を止め悪魔を迎え撃つ体制へと入る。
「ここは私達が抑えます。ウォルター殿は鳥をお願いします」
「承知しました…が、くれぐれもご無理はなさらぬよう」
互いに目で頷き合った直後、スレイプニルに騎乗中の白蛇が鋭い警告を発する。
「りろが追いついてきおった、攻撃来るぞ!」
瞬後、巨大な時計針がこちら目がけて飛んでくる。咄嗟に前に出た遥久が盾で受け止め。
「ふふ。思ったより対応早いね。こっちに来るのを予想してた?」
受けた衝撃を顔に出すこと無く、遥久は微笑で返す。
「予想と言うより、危機管理でしょうか」
マリアンヌか鳥か。
はたまた別の対象なのか。
リロがどこに向かうか分からない以上、あらゆる事態を想定しておいただけのこと。
大鎌を手にしたゼロが振り抜きざまに笑う。
「鳥を捕まえたら、宴は終わってまうもんなあ」
彼女達の目的が自分たちを殺す事でないのなら。
「邪魔したくもなるって事やろ?」
身を翻した時魔の瞳が微かに笑う。
「否定はしない」
少しでも長く、キミ達を観ていたいから。
少しでも多く、キミ達を識りたいから。
激しい衝突音が響き、互いに後退する。間に入った凪がすかさず話しかけ。
「聞いていいかしら」
「何かな」
「あなたの時を止めるほどに、美しい人とは会えた?」
質問が予想外だったのか、少女は瞬きだけして応えない。
「あら、ゲーテはお好きじゃなかったかしら」
くすりと微笑む凪に対し、一瞬考える素振りを見せた後。
「答えは終わってからにするよ」
再び時計針が周囲を回り出す。
「あまり話す余裕が無さそうだから、ね」
彼女の視線先、マーキング班の位置情報を頼りに、次々に追いついてくる姿がある。
「遥久あああああ」
速攻全力移動で追いかけた愁也を筆頭に、瞬間移動を使った祈羅とスレイプニルに騎乗したベアトリーチェがそのすぐ後を追い、
元々の移動力が高い明、愁也の縮地で移動力を上げた一臣と鳥班側に位置していた友真と文歌が続く。
「ああ、遅かったな愁也」
「ひでえ、全力で駆けつけのに!」
そんな冗談のやりとりをする程度には、余裕がある証拠。
「ふふ。追いつかれちゃったね」
対するリロは悔しがると言うよりは、どこか楽しそうでさえあって。
「さあ、そろそろ大詰めかな?」
リロの背後に出現したのは、たった二本の時針と秒針。
今までのものより一回り大きく、禍々しい重圧を纏っているのが肌でさえ感じ取れる。
「これ、当たると結構痛いと思うから、気を付けた方がいいよ」
直後、凄まじい勢いで針が飛ぶ。立ちはだかるのは盾を手にした愁也と遥久。
唸るような衝突音と共に全身が総毛立つ。
耐えきった二人を見て、リロは一言。
「お見事」
もう少し。
もう少しでこの舞闘会は終わってしまう。
「結界色赤色になりましたよ〜! 残り体力一割です!」
カーディスが木の上から全員に周知。アルベルトも攻撃を即座に中止し伝達。
「ここからはヘルマンさんにお願いするわ!」
「承知致しました」
ヘルマンは銀鳥を覆う結界を見据えると、慎重にダメージコントロールした一撃を当てる。
衝突。
まだ結界に数値は出ない。ヘルマンは細心の注意を払って結界の状態を見定める。
(恐らく次の攻撃で、カウントが出る筈)
けれどもし計算が間違っていたら?
「案ずるな。お主は間違ってはおらぬ」
鳥を包囲する白蛇が、固く頷いてみせる。ヘルマンも微笑して。
「ええ。皆さまにここまで支援していただいているのです」
今さら焦る必要は無い。
「確実にまいりましょう」
追いついてきた残りのメンバーも次々にリロの抑えに入る。
「さあ、絶対に勝ってみせますよー!」
諏訪と千尋が引き金を引けば、勇太のストレイシオンが地表を駆ける。
「逃がさないネ」
竜に邪魔されリロの速度が弱まる。その間に縁と琴音は即座に傷ついたメンバーの回復に入る。
「リロちゃん、縁たちの事よく見ておいて欲しいんだよー!」
マキナとリーリアが牽制攻撃を放つ中、防御壁を展開させながら祈羅が話しかける。
「ねえ、リロちゃん。本当に欲しいものはね、自分の手で掴み取らなければならないんだよ」
何も言わず祈羅を見つめる瞳に、笑って返す。
「って、これとある道化悪魔の受け売りだけどね」
手に入れたいと思うのなら。
本当に望むものがあるのなら。
「我慢なんてしちゃだめだよ、うちらはいつだって受け止めてあげるから」
文歌もありったけの想いを込めて叫ぶ。
「リロさん、私はあなたの事もっと知りたいし、私達の事もっと知って欲しいです」
だから、振り向いて。
私達を、見つめて。
時計針が飛ぶ。肩や腕に激痛が走るが視線は逸らさない。
「これが今の私の全力! 必ずリロさんを止めてみせます!」
そう、キミ達はいつも楽しそうで。
だからボクは、いつもちょっと羨ましかった。
「あら、どうしてそんな顔をしているのかしら?」
凪の問いにリロは応えられない。
「遊びはもっと楽しそうにやるものよ」
ベアトリーチェの馬竜が空を切る。向かう先には時の悪魔。
「メフィストフェレスは魂を持って行くけど…」
それは最高の瞬間と引き替えに、魂を奪う悪魔の名。
「ベアトリーチェは魂を導くから…名前的には負けてない…はず…」
その色の無い瞳がリロに向かって問いかける。
”あなたは一体どっち?”
わからない。
だって、ボクはただキミ達を識るためにここにいる。
漆黒の大鎌が翻る。
結界に刃が触れた直後、明滅する数字が浮かび上がってくる。
「かうんと出現じゃ、残り体力8!」
白蛇の報告を受け、鳥班の面子に緊張が走る。
――次が、最後。
アルベルトが交信機に向けて声を張り上げる。
「みんな、お願いよ! あと少し耐えきって!」
突然、悪魔の周囲を無数の時計針が回り始める。
――来る。
誰もがその可能性を予感せざるを得なかった。
「連続範囲攻撃…!」
一臣が咄嗟に銃を構えると友真が叫ぶ。
「あかん、みんな離れや!」
時魔の声が淡々と響く。
「じゃ、いくよ」
高速回転を始めた最初の針が、全方位に斉射される。
嵐のように針が舞う。
間髪入れず、二度目の斉射。
ね、教えて。
ボクの時を奪ってくれると言うのなら。
「ぐうっ……!」
直撃を受けたマキナがあまりの衝撃に膝を付く。しかし即座に立ち上がり攻撃に移る。
「ここまできて引き下がれるか!」
全身傷だらけになってもマキナはリロの前から離れない。同じく避けきれなかった明が血濡れで笑う。
「ああ、こうでなくっちゃねえ!」
際どさの狭間での駆け引きを。彼らが舞えば鮮血も舞う。
愁也が告げるのはあの日と同じ台詞。
「言ったろ? 俺は強いよって」
出会いが必然だったと言うのなら、この先の必然だって掴み取ってみせる。
だから今は、君の全力を受け止めるまで。
少女の瞳には、血で染まりながらも駆ける撃退士達が映っている。
「あと少し…俺たちが相手になるよ」
「負けないの!」
真里と幸子が立ち上がるその上空から、ゼロが大鎌を振り下ろす。
「最後まで付き合ってもらおうやないか!」
この感情を何と呼べばいい?
ヘルマンによる最後の刃が振るわれた。
全神経を集中させ、振り抜いた刃が結界に命中する。
ぱん、と弾けるように結界が霧散。白蛇とアルベルトが叫ぶ。
「中の鳥は無事じゃ!」
「結界破壊成功よ!」
即座に反応したカーディスが素早く樹上から飛び降り――
「捕獲しましたよ〜!」
待ちわびた声が辺りに響く。
撃退士達が勝利した、瞬間だった。
※※
落ち着きを取り戻した森の中。
リロの瞳には、明の姿が映っている。
「……キミ、死ぬよ」
胴部を貫いた時計針に、おびただしい量の血が伝う。
「死ぬつもりは毛頭ないが、死んでも後悔はしないさ」
溢れる血を吐き出す口元から、笑みが消える事はなく。彼は目前の悪魔に向かっておもむろに切り出す。
「私はね、ずっと昔から君達に焦がれている」
「え…?」
悪魔という存在を知ったときから。いやもしかすると、それよりずっと前からだったのかもしれない。
「故に、君達も私達に焦がれてくれるなら」
聞いた紫水晶の瞳がわずかに揺れる。
その揺らぎを見ただけで、もう満足だけれど。
「――もしそうだって言ったら?」
明は少女の頬に散った自身の血を、親指でぬぐう。しかし自分の手も血まみれである事に気付き、わずかに苦笑し。
意識を失う寸前、その言葉を口にした。
「うん、この上ない」
●時魔の時と心を奪いし
悪魔の舞闘会が幕を閉じる。
マリアンヌと合流するや否や、リロは切り出す。
「マリー、あれお願いできる?」
「ええもちろんですわよ」
そう言うが早いか、辺り一帯を圧倒的な癒しの力が覆い尽くす。広域回復術――【魂の平安(アタラクシア)】だ。
「癒せる傷は治させていただきました。とはいえ、折れた骨や失った血が元通りになるわけではありませんから、重体の方はしばらく休養が必要ですわ」
深傷を負った明の意識は戻らないままだが、出血は止まっている。
「とりあえず、これで死ぬ事はないよ」
「あらあら、リロったら。随分心配そうですわね?」
「……別に」
淡々と返す彼女に、マリアンヌはくすくすと微笑む。
「なんだか随分気を遣ってくれるんだね」
真里の言葉に、リロは瞳をわずかに細め。
「キミ達は『勝った』から、ね」
勝者には敬意を。恐らくそれが彼女達の流儀なのだろうと、真里は納得する。
「リロさん、教えてください。リロさんにとって、今の私たちって観察対象です? それとも…」
文歌の問いかけに対して、少女は一旦沈黙した後。
「最初はそうだった。…でも、今は少し違うかもしれない」
そこまで言ってから、困ったように。
「でもどう違うのかって言われると…うまくいえない」
文歌は頷いてみせた。今はそれでいい。その変化はいずれ、きっといい方向に向かうと信じているから。
「私は、リロさんと共に高めあうライバルでいたいです」
一緒に歌ってくれた同志として。
敵として在る事しかできないのなら、傷つけ合うのではなく高め合う存在でいたいと願う。
「ね、時計兎さんの女王様は…これからアリス達に何を望むのかな?」
縁の質問に、リロはわずかに首を振る。
「今は、言えない。でもそう遠くないうちに分かるよ」
キミ達は、示してみせたのだから。
「じゃあリロちゃんのお仕事は、これで終わり?」
「うん。これでキミ達と会うのも――」
縁はリロが言い終える前に駆け寄ると、ハグする。
「じゃあこれからは友達の時間なんだよ!」
彼女に抱きつかれたリロは、苦笑しながら頷いて。
「……そうだね。そう約束したね」
その瞳に浮かぶ複雑な表情に、千尋が怪訝そうに。
「リロちゃん、これからも…会えるよね?」
その言葉を聞いた途端、リロは目を伏せる。
「……わからない。ボクが決める事じゃないから」
「でも、会いたいって思ってくれる?」
「それは――」
言いよどむリロに、諏訪がにっこりと微笑む。
「敵だとか立場だとか、そういうのは気にしなくていいと思いますよー?」
だって、自分はその垣根を無くすのが夢だから。
「リロさんの素直な気持ちを教えてくださいなー?」
幸子もこっくりと頷いて。
「仲良くしたいけど素直になれない子は、座敷童子が『めっ』してあげるの!」
「え?」
面食らう彼女に、幸子は言い切ってみせる。
「自分の気持ちはちゃんと言わなくちゃだめなの! そしたら皆仲良く幸せなの♪」
彼女達の物言いにリロはしばらく黙っていたものの。
やがてほんの少し白磁の頬を緩めて、降参したように言った。
「うん。また会えるならって思うよ」
「なら、繋がり続けるさ」
切り出したのは一臣だった。
もっと、と君が思ってくれるなら。
いつか、またと君が願うなら。
「そう望む限りは、ずっとね」
それは自分にとっての確信でもあるから。
「加倉さんの言う通り。最後? 冗談じゃねえ」
愁也の物言いにリロは瞬きをする。
「まさかリロちゃん、この程度で俺たちの全てを識せたなんて思ってないよな?」
聞いた彼女は沈黙する。表情が変わらないためわかりにくいが、それは動揺の類である事が愁也には分かっているから。
「人は成長する。まだこの先にだっていくらでも上がある。まだまだ見せたいものだって山ほどあるんだぜ?」
「シュウヤ…」
「言ったよな、俺は諦めの悪い男だって。だから何度だって言うよ。これで最後なんて言わせない」
そう言って笑ってから、リロの頭をぽんとやる。
「そんな顔されたらさ、余計にね」
友真と祈羅もそうそう、と頷いて。
「俺らもリロちゃんもまだまだ足りへんやろ?」
その紫水晶はもっともっと輝くはずだから。
「うちも、もうちょっとリロちゃんとは話してみたいな?」
あの悪魔の話だって、女の子同士で話してみたい事だってある。
「もっと遊んだらええ。俺らは何度だって付き合うからな!」
「うちもだよ」
そんな彼らのやりとりを見て、ゼロはやれやれと苦笑する。
「お前、敵のはずやのに随分好かれとんやなあ」
彼の言葉にリロは小首を傾げ。
「ボクが?」
「他に誰がおるんや。あ、もしかして自覚無いっちゅうやつか?」
図星だったのか黙り込む少女に対して、冗談めいて。
「知識はあるけど経験が足りへんな」
対するベアトリーチェは少し疑問に感じていた。
(敵に親しみを持ったり、愛おしむ気持ちは分からない…)
現に彼女達の攻撃で、死にかけた者だっているのにだ。
(敵は敵…さっさと一切の希望を捨てて悪の嚢にて振り分けられろ…みたいな…)
それは彼女なりの信条。でも敢えて口に出すことは無い。
余計な事は喋らないのが彼女の生き方だから。
「ウォルター殿、大役お疲れさまでした」
遥久に声をかけられたヘルマンは、いつも通りの穏やかな微笑で返す。
「久しぶりに肝を冷やしましたが、皆さまのおかげで無事に済んで何よりですな」
これは護衛を務めた遥久を始め、全員のフォローあってこそのもの。ヘルマンの言葉に、白蛇がうむうむと頷いて。
「わしも重体ゆえ一時はどうなるかと思うたが…」
やれることをやり切った。身体のあちこちが既にだいぶ痛いけれど。
「あまり無理はしないでくださいね〜」
カーディスが苦笑しながら、彼女を気づかう。
「お身体大丈夫ですか…?」
琴音の問いかけに、マキナと勇太は意識が朦朧としつつ頷いてみせる。
「何とか…ちょっと無茶しすぎましたね」
「まあ…これくらいの事覚悟はしていタガ」
悪魔と正面からぶつかったのだ。例え重症を負ったとしても悔いはなかった。琴音は安堵しつつ周囲を見渡しながら。
「……このくらいで済んでよかったのかもしれませんね」
彼女達の実力は、恐らく天界の騎士団に劣らないだろう。
最も、本気で殺すつもりであれば話は別だったのだろうけれども。
(……彼女達の品定めは終わったわ)
リーリアはメイド二柱を見つめながら、考えていた。
「この結果が、これからどう繋がっていくのかしら…」
大公爵メフィストフェレス。
その深淵のまなざしが見据える先に、自分たちはどう在ってゆくのだろうと。
「…あ、そうだ。さっきの質問の答えだけど」
リロの視線先で凪が頷いてみせる。
「ええ、聞かせてくれるかしら」
「正直に言えば、よくわからない」
「あらどうして?」
意外そうな凪に、やや戸惑ったように。
「ボクは今、自分の中で動くものが整理できないでいるから」
恐らくそれは、急激に変化する感情に彼女自身が対応出来ていない事の現れ。
隣で聞いていたアルベルトが、じゃあと切り出す。
「私が教えてあげるわ。あなたはとっくに心奪われていると思うわよ?」
「え?」
少女は面食らったように彼を見返す。その様子に凪も思わず苦笑して。
「ええ。あなたは気付いていないみたいだけれど」
顔を見合わせ、二人はにっこりと言い切ってみせた。
「貴女自身が、変化に追いつけていないくらいにはね」
「リロちゃん、さっきは失礼したのだわ!」
マリアンヌの回復で目を覚ましたフレイヤは、ぶつぶつと。
「と言うかドロワーズだったのは誤算だっt…いやなんでもないのだわ」
ハリセン飛んできそうだったあぶねえ。
彼女は改めてリロをまっすぐ見つめると、問いかける。
「リロちゃん今日は楽しかった?」
「……うん、そうだね」
彼女の返事に、フレイヤはにっこり微笑んで。
「だったら、笑っていいのよ?」
あなたの笑顔はきっと素敵なんだから。
それを聞いた悪魔は、ぱちくりと瞳を瞬かせ。やがておかしそうに口元をほころばせた。
「キミ達には負けたよ」
それはほんの少し、はにかんだ笑顔だった。