悪魔の舞闘会へようこそ。
さあ、心ゆくまで踊りましょう。
いつしか時を忘れるほどに。
●
白で埋め尽くされたドーム内は実にシンプルで。
ゆらゆらと回遊する深海魚と。
氷の鳥籠と。
「さーて、旅人さんが風邪ひく前に助けだそうぜ!」
紅蓮のオーラを纏った月居 愁也(
ja6837)がリロ・ロロイに問いかける。
「あ、その前に一つ確認。鳥籠は頑丈ってことなんだけど、中の旅人さんも無事ってことでいいんだよね?」
対するリロはこくりと頷いて。
「もちろん。こちらの奥義魔法に巻き込まれても中のヒトは大丈夫だよ」
「それを聞いて安心したよ」
隣にいた加倉 一臣(
ja5823)が微笑む。
「やあ、うちの友人が世話になりまして」
鳥籠をこつんとやると同時、淡橙の光が彼を覆う。
「迎えに来たよ。さぁ、一緒に帰りますか」
小野友真(
ja6901)は氷籠を慈愛のまなざしで見やり。
「旅人さんや…鳥籠入るんは半蔵かお姫さんやで…」
言ってから、表情をすっと引き締める。
「なんてな、窮屈やろけど少し待っててな」
「うわァ、ゲート内っていやァねェ〜。おにーさんの輝きも普段の二割減よォ」
辟易とする阿手 嵐澄(
jb8176)は、ちらりとリロを見やり。
「んん〜? お嬢さん、おにーさんとどっかで会ったっけェ?」
「ふふ。覚えてるよ、ランスオニーサン」
「あらやだァ、カワイイ子に覚えてもらえるなんて光栄だねェ」
しかしその目はちっとも笑っていない。
真野 縁(
ja3294)は鳥籠を見つめ、道化人形をぎゅうと抱き締める。
「うーん、試されてる感がひしひしなんだね…旅人くん大丈夫かなー?」
悪魔は大丈夫だとは言ったけれど、中の状況が見えないのはやっぱり心配で。
対する若杉 英斗(
ja4230)はリロに対してびしっと言い切る。
「俺たちを試すか、いいだろ。よく観察してメフィストフェレスに報告してこい!」
同じく櫟 諏訪(
ja1215)も、悪魔に向けていつもより挑戦的に微笑んでみせる。
「上を目指すならって招待状にありましたけど、自分にはやりたいことがある以上、止まっていられなんてないのですよー?」
だから見逃さずに。
「自分たちのこと、見ていてくださいなー?」
そんな中、鷺谷 明(
ja0776)は一人思案していた。
(…前の答えがアレな私は、もしかして助けなくてもいいのでは)
だって捕らわれの姫(語弊)を助けない方がなんか面白くなりs
「……助けるよ? 一人で悦に入る事ぐらいいつでもできるけど、皆で笑いあう事は他人がいないとできないからね」
まあどちらでも楽しめるんだけどね、と笑うや否やその瞳を黒と紅が覆い尽くす。
「さあ、存分に遊べ。存分に識せ」
気分は上々、本日は舞闘会日和也。
「私は思うが侭に在るのみよ」
●
開始直後、回遊中の二体は二手に分かれ一斉移動を始める。
「思ったより速いな…!」
即座に撃退士も別れて追尾開始。
ドーム端を沿うように泳ぐ半透明の体躯は、真っ白な空間と同化して視認しづらく。
「なるほど、ドームが白いのはこれが理由か」
左手を追う明の言葉に、一臣と友真も頷き。
「完全に見えないわけじゃないけど、こちらの反応が遅れるのは避けたいね」
「ここは確実にやで!」
一臣は明が追う方に、友真は目前に留まる方に向けてそれぞれマーキングを撃ち込む。同じくランスも反対側を泳ぐ一体に撃ち込み。
「でもォ、これじゃおにーさんしかわかんないでしょ?」
そう言っておもむろに取り出した焼きそばパンを投擲。
「あらやだァ、意外と似合うじゃないのォ」
焼きそばかつらをかぶった姿にご満悦。至る所に付着したソースのせいで視認しやすくもなっていて。
「ランスさんそれいいな! じゃ、俺も」
愁也は一升瓶を取り出すと、目前にとどまったままの魚に向け酒を振りかける。万が一見失った場合、匂いで追えるようにするためだ。
魚たちは一体を除き大きく移動しつつ、撃退士に向けて攻撃を繰り出してくる。
「さあ、踊るがいい」
敵の注意を自身へ惹きつけつつ、明は自身を氷結の化身へと変える。
凍てつく微笑は絶対零度。長い胴部を瞬く間に凍らせてゆく。
対する一臣は明の後方、射程と支援可能ぎりぎりの位置から牽制射撃で援護。
「ずいぶん長い胴体だから、巻きつかれたくないねぇ」
尾やヒレの動きに注意を払い、明に覆い被さるのを防ぐ。
「…なんだか魚が食べたくなってきたんだよー」
お腹をぐーとならし、縁は焼きそばカツラの魚に向けて審判の鎖を放っていた。聖光宿す鎖が冥の動きを縛り止める。
「見た目が深海魚なだけに美味しそう…」
ソースの匂いもしてきたし。
ペアを組むランスは、対象敵から最も距離のある壁際の位置まで移動しながら牽制射撃。
「やだァ、近寄らないでよねェ。おにーさんかよわいんだからさァ」
盛大にヅラがずれているのはもちろん仕様です。
牽制班が他の二体を抑えている間に、主力班も攻勢を開始していた。
鋭い体当たりを前面で受けきった英斗は、お返しにと無数の白銀の剣を降らせる。
「切り裂け、ディバインソード!!」
広範囲の一撃は5mの体躯全てを巻き込む威力。そこを諏訪の放つ銃弾が襲う。
「若杉さんナイスですよー!」
狙いは頭部。視覚以外の感覚機能を失わせるのが目的だ。
「うまくいったらラッキー、ぐらいな感じですけどねー?」
的確に打ち込んだ一撃に、大きな体躯が悶えしなる。若干動きが鈍くなったところを愁也のワイヤーが意識ごと絡め取り。
「よっし、動き止めたぜ!」
「そんなら落ちてもらおか!」
友真の対空射撃で、浮遊状態から一気に地へと叩きつける。
「ふうん。悪くない動きだね」
個々の能力を生かした連携に、リロは本を片手に頷く。
あの様子だと敵影を見失う事もないだろう。それだけ彼らの意思疎通が成されている証拠であり。
「でも――まだまだこれからだよ」
悪魔が人知れず笑んだ頃、明はふと考えていた。
「……どうもこの位置関係が気になるんだよねえ」
現在三体はそれぞれ引き離し壁際で抑えにかかっている。しかし、あまりにも上手く行きすぎている気がするのだ。一臣も嫌な感覚をおぼえつつ。
「確かに…むしろ彼らは自分から移動したようにも見えたね」
しかも時の進みが速いせいで、状態異常回復も早い。
明は思い浮かべる。
ドームに散らばる三つの点。
円と三角。
そうそれはまるで、深海に誘うバミューダトライアングルのような――
「全員ドーム中央から離れろ!」
反射的に叫んだ明の警告に壁近くの友真が反応。
しかし、それ以外のメンバーが移動するより速く。
冥界の使いが歌う。
刹那、巨大な三角形の陣の形に強圧のエネルギーが収束し――
漆黒の重圧が一帯を飲み込んだ。
●
「みんな大丈夫か!」
直前で範囲外に転がり出た友真が、唖然として叫ぶ。
冥魔が放った奥義魔法。
その威力と範囲はかなりのもので、元々壁際に位置取っていたランスを除く全員を巻き込める程。
咄嗟に白銀のオーラで威力を相殺した英斗は、状況を確認し。
「とにかく回復が先決だな。月居さんここを頼む!」
「了解、若様!」
前線を愁也に任せ諏訪に駆け寄ると、ライトヒールを展開。
「櫟さん大丈夫?」
「さすがに効きましたねー…」
中央部で直撃を受けた諏訪が、苦笑しながら。
「でも、これ位でやられるわけにもいきませんからねー?」
「すまないね、助かった」
明は敵を引きつけたまま、直撃を受けた一臣に礼を述べる。魔方陣への警戒と、直前で一臣が放った回避射撃の効果で明はぎりぎりの所で免れており。
「俺は避けられないってわかってたから。鷺谷君が無事ならそれで」
一臣は応急手当を自分に施しつつ、それに、と笑う。
「俺の相方を助けてもらったしね」
「うや!? ランスさんは大丈夫かな?」
縁は自身のダメージそっちのけで、後方を見渡していた。
「おにーさんは大丈夫。お嬢さんは自分の回復に専念してよォ」
ひらひらと縁に手を振ってみせてから、ランスは視線の端で悪魔を捉えつつ。
「それにしても、やってくれるねェ」
ライフルを構え、縁へ追撃しようとする魚の頭部を撃ち抜く。
「あれもこれも試されてるって感じ満載よォ」
「さあ、もう一度あれをやられる前に落とすぜ!」
攻撃盾を手にした愁也はサイドへと回り込む。
(頭部とヒレか…!)
今までの反応からそこが弱点だと判断。防御を貫く一撃を頭部に叩き込むと、友真が再び対空射撃でヒレを撃ち抜く。
「愁也さん無理せんといてや、傷まだ治ってへんで!」
「俺が落ちるより早く倒せば問題ねえよ!」
その時、ゆらりと揺れた身体から奇妙なオーラが広がる。咄嗟に反応した諏訪が回避射撃を放ち。
「あれやばそうですよー?」
「うわっ」
すんでの所で回避した愁也に回復を施しつつ、英斗は続く連続攻撃を庇護の翼で肩代わり。
「よくみとけ!これがディバインナイトの戦い方だっ!!」
攻撃を防がれたディアボロは苛立った様子でもがく。しかし度重なるダメージで明らかに鈍くなっていて。
「一気に畳みかけますよー!」
諏訪の強烈な対空射撃に続き、残り三人も猛攻を仕掛ける。
元々一点集中体制を取っていた事もあり、即座に立て直した主力班は一体を撃破。
残りは二体。
「ちぎぎ…動きが鈍くなるのはやっかいなんだねー…!」
ターンスキップの憂き目に遭いながらも、縁は持ち前の回復及び防御力、そしてランスの牽制射撃の効果で耐え凌いでいた。
「縁、大丈夫か!」
駆け寄る友真に、こくこくと頷き。
「縁はまだいけるんだよー! 先に明くん達の方に行って欲しいんだね!」
見ればそちらの方が敵の損耗が激しい。
「うおう、鷺谷さんほぼ無傷か凄いな」
忍軍と一臣の高威力回避射撃の連携は凄まじく、最前面にいるにも関わらず明はまだ一度しか攻撃を受けていない。
縁と明の異なる耐久性を後方がうまく支え、奥義魔法による消耗はこちらも完全にカバーされていて。
「さーて落とすと決まれば遠慮無く!」
一臣は牽制から即座に攻撃型に切替え射撃。
「弱った奴からってのが、おにーさんみたいなヒキョウなオトナのやり口なのよねェ」
ランスも一時的に攻撃対象を変え、他班と共に瞬く間に撃破。
「さて、残り一体ですよー!」
諏訪が即座に高火力射撃。悶える体躯に明の疾風の斬撃が走り、愁也の強圧の一撃が飛ぶ。
「お菓子と一緒に地に落ちろー!なんだよー!」
「くらえ、双龍牙(ドラゴンファング)!」
縁がお菓子の彗星を降らせれば、英斗の白銀のトンファーが勢いよく打ち込まれ。
「叶うなら制せ、か。勿論叶えたろ」
友真が双銃から最後の一撃を放つ。
「全てのオーダーにな!」
冥魔が落ちると同時、氷の鳥籠がぱきんと砕け散った。
●
静まりかえった、ドーム内。
「――あ」
呆然と座り込んでいた旅人は、仲間の姿にはっとなり。
「みんな! 無事だっt」
「ひゃほー! ピー●姫もとい旅人さん助けに来たぜ!」
「テテッテーテレッテ↑テン」
愁也と友真が揃って1upジャンプしながら飛びつく。
「西橋さん大丈夫ですか! 怪我はない?」
同じく駆け寄ってきた英斗達に慌てて頷き。
「僕は何ともないよ。それよりみんなの方が……」
怪我を負ったメンバーに顔を曇らせる。
「ごめん、僕がうっかりしてたばっかりに」
「ばぁか、謝る必要なんてねえよ」
一臣が何でも無いと言った調子で、肩をぽんとやる。
「全員で帰るために来たんだから」
諏訪と縁もこくこくと。
「無事なら何よりですよー!」
「うにうに、キノコ食べたら大きくなれる気がするくらい元気なんだね!」
「…ありがとう」
そんな彼らの様子を少し離れた所でランスと明が笑いながら見守り。
「まあ一瞬冷やっとしたけどなんとかなったねェ」
「さて、彼女の目には如何と映ったのか」
明の視線の先には、成り行きを見届けたメイド悪魔が佇んでいて。
「おめでとう。キミたちの勝ちだね」
特に悔しがる様子もないリロに、英斗は問いかける。
「お望みのデータは取れたのか?」
「おかげさまでね」
ランスがやれやれと。
「へぇ、一体どんな評価だったんですかねェ〜」
「少々詰めが甘いけど、観察力と連携は想定以上」
それに、とほんの少し苦笑して。
「実に楽しそうだよね、キミたち」
ちょっとだけ、羨ましくなるほどに。
「…な、今後は人質はやめてな。呼ばれたら俺ら行くし」
友真の言葉にリロは肩をすくめ。
「今回のは予定外だったからね。それにボクにはどうしようもない事もある」
それを聞いて、一臣は思う。
(元々、何か見定めたい事があるんだろう)
どこかの誰かと同じように。
「…ま、それならそれで、応じるまでかな」
彼女を追い始めた友を、今度は見届ける側で支えられるようにと。
縁はリロにイチゴ飴を差し出し。
「縁は縁っていうんだよ! 覚えておいて欲しいんだね!」
それとね、と問いかける。
「リロちゃんにとって撃退士ってどんな存在?」
「職務上のターゲット」
即答したあと、小首を傾げ。
「…と、言いたい所だけれど」
「けど?」
「今はまだ答えを出せない」
その応えに縁は頷き。
「うに、人ってねとっても強いんだよ! 心も想いも! これからしーっかり見て、感じて、知って欲しいんだよ!」
同じくコーラを投げた友真が問う。
「なぁ君の目的は何なん?」
「ボクの目的は、キミ達について識すこと」
「もちろんそれだけやないよな?」
直球で切り込む友真に、リロもどこか愉しそうに。
「ボクの上司に報告をする。その先の事は言えない」
ただ、と。
「ボク個人でも知りたい事はあるよ」
あの舞台でも。
そして今回も。
「どうしてそんなに楽しそうなのかって、ね」
「そういうのは、直接自分で確かめた方が正確なデータが取れるかもよ?」
今は困るけどね、と言う英斗にリロは瞳を細め。
「ふふ、いい提案だね。ボクもそうしようかと思ってた」
「じゃあ次も楽しませてみせますよー!期待しててくださいねー?」
諏訪があほ毛を揺らし宣言すると、英斗も笑いながら。
「ま、元気なときにお願いするよ」
あ、そうそうと愁也が切り出す。
「さっき『言葉と行動は一致しない』って言ったよね?」
「うん、言ったね」
リロの返事ににっと笑ってみせ。
「当然だよ。人間は言葉通りなんかじゃない。俺は君に言葉以上を見せてあげたい」
その言葉にリロは瞳をぱちくりとさせる。続いて明も愉快そうに。
「終わりを見据え故に今を楽しむか」
向けられた紫水晶の瞳を見据え。
「気に入った」
「え?」
「思うが侭に遊べ。私は思うが侭にそれに応え、愉しもう」
聞いたリロは一瞬沈黙した後。
「……ふうん。キミ達、その言葉に二言はないね?」
問うた瞳に時計針のごとき紋章が浮かび上がった、
その刹那。
「ちゃんとボクの時間を奪ってよ?」
気付けば背後で声が上がる。
反射的に振り向こうとする背に向け――悪魔は撫するようにささやいた。
「ボク待つのは苦手だから、ね」