『キミが大事に思っている天使と悪魔が殺されそうになっている。どちらか一人しか助けられないのなら、どちらを助けるかな?』
その問いかけを耳にした時、加倉 一臣(
ja5823)と小野友真(
ja6901)の表情は思わず緩んだ。
どうかした? と首を傾げるリロに向けて、浴衣姿の二人は微笑む。
「いや、まるでどこかの誰かみたいだなって思ってね」
互いに興味を持ち、内面に触れようとする。その感覚が再現されたかのようで、不思議な気分だった。
「そう言えばキミ達、この間の舞台にいたよね」
「覚えていてくれるなんて光栄やな。俺、小野友真。ヒーロー目指してまっすよろしくなv」
その時、低い笑い声が響き渡った。発生源には着流し姿の鷺谷 明(
ja0776)。
「くくく、では我らからの回答を少しながらも密やかに楽しみにしている貴様に私が至極つまらない答えを返してやろう。即ち状況による、と」
「じゃ、そう記録するね」
「待ちたまえ」
TAKE2
「天使に決まっている。何故かって? そりゃあ悪魔の前で悪魔を助けるなんて。そんなつまらない答えを言えるわけ無いじゃn」
ハリセンでしばかれた。
TAKE3
「愉しくなる方を助けよう。元よりわが身にはそれしかない故に」
「…なるほどね。キミらしい、と言うべきなのかな」
そう言ってリロが本に視線を落とす中、同じく浴衣姿の月居 愁也(
ja6837)が夏祭り同行を提案。
「ここで立ち話するってだけもつまんねえだろ?」
その言葉にリロは少々考えた後、承諾する。直後おもむろに取り出されたのは(何故か持ち歩いていた)女性浴衣と下駄。
「夏祭りで浴衣着ないとかダメ、絶対」
「ああ、確かにその格好は目立つな」
一臣の言葉に、矢野 古代(
jb1679)も笑いながら賛成。
「貴方可愛いし、郷に入れば郷に従え、だ」
「ふうん。じゃ、そうする方がいいんなら、着替えるよ」
「え、あれ? ちょ、ちょっと待とうか!」
その場でメイド服を脱ぎだしたのを見て、古代達は慌てて止めに入る。
「別にボクはここで構わないけど」
「くくく、我々は外見上いい年した男の集団である。すなわち今は『おまわりさんこっちです』がいとも容易く発生しかねんという状況」
「お止めください娘が泣きます」
明の言葉に古代超まがお。その隣ではケイ・フレイザー(
jb6707)がふむふむと頷き。
「その衣装にその髪じゃちょっと味気ないな。いじらせてもらってもいいか?」
「あ、じゃあこの簪使ったら可愛いかも!」
ケイは友真から渡された黄玉の簪で、リロの髪をアレンジ。簪一本でまとめ上げる腕は大したもので。
手触りのよい髪をすきつつ、ケイは内心で「苦労を知らない幸せな髪だな」と感じる。
簡単にそれを維持できる悪魔の力を、少し羨ましく思いながら。
やがて(近所のおばちゃんに頼んだ)着付けが終わったリロを見て、愁也は一言。
「…やっぱ可愛いは正義よな」
男子の本音である。
●
さて、夏祭りと言えばやはり屋台である。
「ともかく、祭りだ。楽しめ」
既にチョコバナナと綿菓子とリンゴ飴を手にした明は、完全に楽しんでいる。
友真がリロに棒に巻きつけたお好み焼きっぽいものを差し出す。
「これ『はしまき』言うて、俺大好きなん。食べてみ」
「へえ、俺も初めて見たけどうまそうだな」
一臣も購入しつつ皆で食べる。そんな彼らの目に映る、謎の生物。
緑褐色の大きな甲羅、わたわたと動かす大きな手足、豚鼻のように飛び出た鼻――
「種子島すげえ、スッポンいるぜスッポン!」
愁也がやや興奮した声を上げる。かめすくいならぬスッポン釣り。
「鍋とかスープにすると美味いのよな、美肌にもいいらしいよ?」
そう言って愁也は友真の手首をさっと掴まえて、スッポンの前に差し出してみる。
「えっ噛まれたら困るんちゃうっけ? 大丈夫なん?」
「なんだよ、遠慮しないで指伸ばせよ( あ、加倉さんでもいいよ」
「スッポン…何で俺を見てるんです? って指を出すわけねーだろ、射手の命ですし!!」
「えい」
「ぎゃー」
思いっきりスッポンに噛まれた一臣の指を、リロは淡々と観察し。
「ふうん。見た目より顎の力が強いんだね、コレ」
「この俺たちに対するナチュラルに非道な振る舞い…まさしく悪魔…っ(キュン」※彼は病気です
「一臣さん反対の指もスッポンに食わせてあげよか…?」
友真の冷たい視線が炸裂する中、愁也は意を決した。
「さあ(俺が)食うか(スッポンに)食われるか…」
いざ、尋常に勝負!
※
愁也と一臣が指に包帯を巻いて顔を覆う中、友真の目にはヨーヨーの群れが映っていた。
「あ、俺ヨーヨー釣り好き! 皆で勝負しよーぜい!」
「おお、いいな」
古代が懐かしそうな表情をする隣でケイは首を傾げる。
「俺こういうのやったことないんだよなー…」
幼い頃から自由の無い生活をした彼には、およそ楽しく遊んだ記憶が無い。
「なら折角だ。楽しめばいい」
ケイの内を察したのか、古代はぽんと彼の肩を叩く。
「ほい、リロちゃん」
愁也に渡された釣り糸をリロはまじまじ。
他のメンバーも参加し、一列に船の前へと並ぶと開始。
「絶対負けへんで! この微妙な力加減がですね(ばしゃ」
「やーい友真下手くそ(ぼしゃ」
落ちたヨーヨーを見て固まる友真と愁也の隣で、自信溢れた古代の声。
「ふふ、任せておけ何を隠そう俺はその昔」
切れ長の瞳がきらりと光る。
「矢野の次男坊が来たら、ヨーヨーとスーパーボールは店じまいと言わせたおと(ぼしゃん」
「…うん、リロちゃん。あれがダメな例だから」
一臣が生暖かく微笑む隣では、明が高笑いをしながらヨーヨーを取りまくっている。
「へえ、意外と簡単だな」
ケイも難なく一つゲットし、リロもピンク色のをゲット。それを見た友真と古代の心に火が点いた。
「……釣り糸まとめ買いしていいすかね」
「……待って小野さん、俺もまとめ買いする」
ちなみに結果はお察しの通りである。
友真と古代が慰められる中、ヨーヨーをびよんびよんさせながらリロはふと明が付けている面に気付く。
「それ、何?」
「これかね? この面はひょっとこと言い、滑稽を演じる者が身につける神聖なものだ」
「ふうん。ボクも欲しいかも」
「くくく、何でも望めば手に入ると思ったら大いなる誤想だメイド嬢。そもそもこの面は私が数多ある中から吟味に吟味を重ねたあかつきにようやく手に入」
「毎度ありー」
明に買ってもらったお面をリロはひとしきり眺めると、髪が乱れないようにケイに着けてもらう。
「あんた、楽しそうだな」
「そう見える?」
「ああ、見えるね」
面を着け終わったケイを少女は振り向く。
「キミは?」
「……へえ、あんたでもそんな事に興味持つんだな」
その言葉にリロはわずかに瞳を細め、唇を動かす。
「だってキミ、楽しそうなのに寂しそうだから」
思わず言葉を飲み込むケイの前方で、古代が立ち止まった。
「お、射的だな。よし、せっかくだしロロイさん勝負してみるか?」
「いいよ、乗った」
二人は同金額でどれだけ景品を倒せるかを競う事にする。
古代さんの心の声:
「くくく、粗悪なコルク弾に中々倒れない景品の絶望を、感じるが良い……!」※大変大人げない三十五歳
思惑と陰謀に満ちた狙撃手と悪魔の戦いが今、始まる!
※
「……俺が思うに、敗因は大物を狙いすぎた事だと思う」
屋台の前でがっくりと膝を付く長身の男。
「矢野さん、あれは客寄せのための絶対取れないやつ…!」
一臣や友真に慰められ、古代はorz←こんな感じになりながら。
「わかっていた…俺はわかっていたはずだ…!」
だって一番大きなくまさんのぬいぐるみが欲しかったんだもん。娘とか喜ぶかなって。
ちなみにリロはカエル置物をひたすら狙い、最後の最後で手に入れていた。
「なかなか面白かった」
カエルを手にちょっと嬉しそうな彼女を見て、愁也が笑いながら杏飴を手渡す。
「おめでと。はい、これ俺のお勧め」
「…ありがと」
じっと飴を見つめる悪魔に向け、愁也は切り出した。
「あのさ、さっきの質問の答えだけど」
アメジストの瞳が愁也をとらえる。
「もちろん、どっちも助けるよ。当たり前じゃん」
どちらも助ける道は必ずあるはずだと。
「答えなんて幾通りもあって、その中で一番良い結果を掴み取る、そのために俺は前を向いてる」
諦めなきゃ、可能性は無限。
「人の命が有限で短いからこそ、俺はそれを信じてるよ」
「……それでも、どちらかを選ばないといけなくなったら?」
少女の問いに、愁也は上がり続けている花火に視線を移しながら。
「両方救える可能性を作って、次へ繋ぐよ」
一人でダメなら仲間がいる。
「俺、とことん諦めの悪い男なんでね」
聞き終えたリロは、「だろうね」と一言だけ返す。そして今度は一臣へ視線を移し。
「キミは?」
「俺か。じゃ、ひとまず俺の手が届く方を助けるな」
そう言った後、ふっと笑みを浮かべる。
「もう一人は見捨てるかって? ハハ、そんなの…隣にいる仲間が手を伸ばしてくれると知ってる」
もし自分に一人しか救う力が無くても。
「こいつらが必ず手を伸ばしてくれる」
視線の先には友真や愁也達の姿。自分も必ずそうするように。
「一人じゃ不可能なことも二人なら三人なら…ってね」
そうやってここまで来たのだから。
「まぁ、もし俺が一人の時は…選択肢を増やす為に足掻くさ。ただそれだけ」
「…なるほどね。キミもシュウヤと同じように信じてるってことかな」
そして今度は友真に向けて首を傾げる。
「じゃ、キミも同じってこと?」
問われた友真は、「もちろん、どっちも助けるで」と笑顔で答えてみせてから、わずかに沈黙する。
「…俺、昔人を天秤にかけた事があって、物凄い後悔残ってるん」
もうあんな思いをするのはたくさんで、その後も色々あって。
「リロちゃんもこの間見てたからわかるよな。今の俺は土壇場でいつも諦めるかボケって思うん。ミスターに対してもそうだったように」
勝手に諦められるのが腹が立って仕方がなかった。だから。
「両方とも生きるって思ってもらわんと、俺が困る」
手を伸ばして欲しいと思う。その手を掴みたいと思う。
「50ずつ俺が手ぇ出して、本人にも50手ぇ伸ばして貰えたら100やろ?」
どっちも助けてどっちにも助けてもらえたら。
「…それでも駄目なときは?」
「そのときはそうやな…やっぱりみんなが助けてくれるって、信じてる!」
その瞬間、一際大きな花火が夜空に上がった。
次々に上がる天の花に魅入りながら。
「…じゃあ、次は俺かな」
古代がリロに向けて答えを告げる。
「悩むけれども、より仲の良い方を」
向けられた瞳に、静かに返す。
「俺は愚かで、皆と比べて確固たる心情を持たないから、きっとどちらを見捨てても悩むだろう」
それでも。
――それでも
「俺は、俺の心に恥じぬ行動をしたい」
その結果、たとえ苦しんだとしても。その時本心から選んだ答えを否定したくないから。
「ただ、ひとつ捕捉したいのだが」
古代はほんの少し考え込むように。
「仮に、二人が『その状況を望んでいたのならば』……きっと、俺は両方とも助けない」
自分にとって、それは。
「俺が友人と、大事だと感じた奴らに対しての誠意だと信じているから」
「なるほど。その答えも面白いね」
聞き終えたリロは、わずかに頷くと手にした本に視線を落とす。真っ白だったページに何かが刻まれてゆくのがちらりと見えた。
「――最後は俺か」
ケイは少し沈黙した後。答えを待つリロに向けて、はっきりと言い切る。
「どっちを選ぶかって? 決まってるだろ。まず自分の安全を確保してから、生き残ってる方だよ」
そう語るケイの瞳にはわずかに切実な色がこもっていた。その理由は口には出せないけれど。
「俺は、弱いから。自分以外の命をどうこうできるなんて思わない」
命の儚さも強かさもそれなりに見て来た。
だからこそ、自分以外の命に責任を持てる自信なんてなかった。
「もし救い上げたとしても再び失ってしまえば、きっと今の俺はその存在に縛られてしまう」
それが怖くて、仕方がなくて。
「だから何かを選ばざるを得ないなら、オレは真っ先に自分の命を選び取るね。その上で他人は救えたらラッキー…単純に「大切」程度ならそんなモンさ」
淡々と答えるケイに対し、悪魔の表情に変化はない。ビスクドールのように色を見せない顔に、つい本音が漏れる。
「…自分の命も大切にできないやつが、他人の命を大切にできるとも思わない…けど、どう言い訳しても、根本にあるのは単なるエゴイズムだよな」
どこか自嘲気味に笑うケイに対して、リロは本から視線を外さないまま一言だけ告げた。
「どの選択も全てはエゴイズムの帰結だって思うけど、ね」
全員の回答を聞き終える頃には夏祭りも終盤を迎えていた。
「なかなか面白いデータが集まったかな」
リロが満足そうに本を閉じると、最後は明が持参した花火をみなで楽しむ。
ロケット花火を一列に並べて一斉発射させながら、明はリロに向けておもむろに切り出す。
「一つ問いに答えたのだ。君にも一つ、問わせてもらおう」
「いいよ。何かな?」
「『時は命なり。徒消する者は死ね』だったか。問おう。汝何を以て徒消とす?」
彼にとって徒渉とは、各々が決める実体無きものであるがために。
「故に問うのだ。聞かせてくれたまえよ、君の世界を」
問われた少女は、わずかに小首を傾げた後。
「じゃ、分かりやすい話をしよう。例えばボクとキミが恋仲だとする」
「ふむ、それは極めて斬新な発想だな」
なんか退廃的な感じするけど。
「ボクがキミと過ごす時間は、無駄じゃない。でも、ボクがキミをつまらないと感じていたら――キミと過ごす時間は全て徒消となる」
時間は主観的なものだよね、と彼女は言う。
「故にボクの判断も全て主観に由来する」
百年生きようが千年生きようが、長いだなんて感じない。
だから一分一秒をできるだけ濃く味わいたいと思うし、識ろうとしないのは愚かだとも思う。
「では、今の時間は徒消だと思うかね?」
問われた少女は紫水晶の瞳をうっすらと、細めた。
「そう思うならとっくに帰ってるよ」
●
祭りが終わり、一つの邂逅も終わる。
「じゃ、ボクはそろそろ帰るよ」
そう切り出すリロに、友真が大きなビニール袋を手渡す。
「はいお土産な! はしまき一杯買うたん」
ちなみにその袋には明のヨーヨーも詰め込まれている。
「俺からも。他のメイドさんたちとどうぞ」
一臣は友真と愁也にねだられ()大量購入した鈴カステラを渡す。
「…ありがと」
「勝負に感謝を。またの機会を楽しみにしておこう」
「……またな」
古代とケイ言葉にリロは瞳を細め。
「たぶん、そう遠くないうちに来るよ」
「それはどういう――」
言い終える前に、リロは視線を上げ。
「そうだ、シュウヤ」
「ん、なになに?」
「これ、着て帰ってもいい?」
身につけた金魚柄の浴衣。
「ああ、もちろん! 気に入ったんならプレゼントするよ」
「簪も?」
「記念にどうぞやでv」
友真の言葉に少女は手に一杯の土産を掲げる。
「マリー達に自慢してみようかなと思って、ね」
「…なあ、リロちゃん」
愁也の呼びかけにリロは「何?」と返す。
「物語の先が読めたらつまらないよな?」
だからさ、と彼は笑う。
「そこにイレギュラーを入れてさ、一緒に楽しもうぜ?」
夏の夜風に海の香りが混じる。
悪魔はゆっくりと瞬きをした後――白磁の頬を緩め、にっと笑ってみせた。
「悪くない提案、だね」