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マスター:久生夕貴
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
参加人数:6人
サポート:2人
リプレイ完成日時:2014/08/01


みんなの思い出



オープニング

 
 仄暗い闇の中。
 リロ・ロロイは手元の銀時計に視線を落としながら、思案にふけっている。
「……一つの行動には複数の意味を持たすべきだよね」
 だって時間は有限だ。
 それは長い時を生きる悪魔とて同じ事で。
 一日がもっと長ければいいのにと思っても、所詮は増えたところでまた同じ。
 永遠に足りないと感じながら生きるのもまた、悪くはないのだろうとも思う。

 ふと手にした本を開くと、そこには薄紅色の花弁が挟まっている。
 それを手にした彼女は、先日旅立った悪魔とのやりとりを思い出していた。


 ※


「出掛ける前に挨拶に来るなんて、意外と律儀だよね」
 リロの言葉にマッド・ザ・クラウンはいつも通りの微笑を浮かべた。
「ええ。少し長くここを空けますので」
「ふうん。閣下はなんて?」
「好きにすればいいとの事でしたよ」
 まあそうだろうな、とリロは思う。クラウンは彼女にそれなりの余興を提供したはずだ。元々配下の行動を制限するような方ではないのだから、止める理由があるとも思えず。
「ジャムが寂しがるんじゃない。ぼっちだし」
「いなくなってせいせいすると言われましたがね」
 くすくすと笑う道化の悪魔に、リロは本から視線を外す。
「そう言えば。この間の舞台、なかなか面白かった。マリー達も喜んでたよ」
「ええ。そのために招待したのですから」
 満足そうな表情をじっと見つめながら。
「……あのさ、クラウン。ボクも彼らと遊んできていい?」
「私に承諾を得る必要などありませんよ」
「そのうち、戦う事もあるかもしれない」
「好きにすればよいのではないですか」
 クラウンの返答に、少女は白磁のような頬をぴくりとも動かさずに口を開いた。

「それは、ボクが殺してしまってもいいってこと?」

 一瞬、大気に亀裂が走ったかのような錯覚を覚える。しかしそれはわずかな間の事で、再び周囲は混沌とした闇に覆われてしまう。
「ふふ……一つ言っておきましょう、リロ」
 クラウンは彼女に歩み寄ると、猫のような瞳を細め。

「私のものを奪うのなら、命懸けでやるのですね」

「……それは、キミに対して? それとも彼らに対して?」
「言わずとも分かるでしょう」
 両方だよね、とリロは肩をすくめると手元の本をかざしてみせる。
「ま、冗談だけどね。ボクはキミほど酔狂じゃない。でもこっちも仕事だから、やることはやらせてもらうよ」
「ええ。元より私が拒む理由などありませんよ」
 あっさりと応えるクラウンにちらりと視線をやり。
「ふうん。随分彼らを信じてるんだね」
 リロはほんの少し苦笑めいた吐息を漏らしてから。いったん立ち上がると、戸棚からビロードに包まれたものを取り出す。
「これ、あげるよ」
 包み布を開くと、中身は一冊の本だった。文庫サイズの大きさで、数ページにに渡り何かが書き込まれているものの、後半のページは真っ白だ。
「ボクが記録したモノがソレにも写し出される」
 説明によれば、彼女が手にしている本に記録が刻まれる度に、同じ内容がクラウンの本にも書き込まれると言うのだ。
「ソレは今回の仕事用の分だね。閣下や他のメイドにも渡してるんだけど、この間の礼と餞別代わりにキミにもあげる」
 そう言ってリロは手元の本を開いてみせる。記録内容を見る限り、どうやらあの舞台の一部始終も記されているようだ。
「ふふ……なるほど。よいものですね、礼を言いましょう」
「それがあれば寂しくないだろうと思って、ね」
 切れ長の瞳を細め、リロはわずかに笑んでみせる。対するクラウンも愉快そうに笑いながら。
「――では、私はそろそろ行きます」
「レックスにもよろしく」
「伝えておきましょう」
「クラウン」
「なんですか?」
 去ろうとする背中に、リロは本に視線を落としたまま告げる。

「前から思ってたけど。つくづく、キミは幸せ者だね」

 その言葉に、道化の悪魔はさも当然のように微笑んだ。

「ええ、知っていますよ」


 ※


「と、言うわけで考えてみたんだけれどね」
 リロの見上げる先で、メイド仲間のマリアンヌがふわりと笑った。
「まあ、なにかしら」
「ボクはこれから、人界に行ってこようかと思う」
 興味深そうな彼女に向かって淡々と説明する。
「シマイの所から帰ってきてないあの子達も危なっかしいし、様子見がてら行ってくるよ。……後ちょっと、人間たちに聞いてみたい事もあるから」
 この間のお茶会は記録係に徹していたしね、と小首を傾げる彼女にマリアンヌは莞爾と微笑む。
「あらあらうふふ。あなたもすっかり人間に興味を持ったのね」
 彼女が手にしたバナナオレに視線をやり、リロは飄々と。
「キミ達ほどじゃないよ。あくまでこれは仕事だから、ね」
 そう言って本を片手に立ち上がると、彼女はゲートを後にする。その後ろ姿をマリアンヌは楽しそうに見送りながら呟いた。
「ふふふ。貴女が自分から向かうのは珍しいですわね、リロ」


●まあ、かといって幼女達は野放しなんですけれどね

 種子島・西之表市。
「……見てたんなら止めて欲しいんだけれどねえ」
 辟易とした様子のシマイ・マナフ (jz0306)に向け、リロは飄々と肩をすくめた。
「ヴィオの教育を任されたのはキミだもの。ボクの出る幕じゃない」
 幼女悪魔に結界術を教えるのにほとほと手を焼いているのだろう。シマイの表情には既に疲れが浮かんでいる。
 当の本人は島内で行われている夏祭りに出掛けてしまったのだが。
「……とりあえず、あの単語は君が教えたんじゃないことを祈るよ」
「ああ、『ほも』?」
「二度言わなくてもいいよね?」
 死んだ魚の目をした彼から視線を外すと、リロは周囲をふと見渡す。
「……あれ、今日はあの子いないんだね」
「ああ、楓かい」
 シマイはくすりと気怠げな笑みを漏らし。
「あの花火とやらに誘われるようにさっき出ていったよ」
「ふうん。キミが好きそうなタイプだよね、あの子」
「やっぱり、分かる?」
 リロは銀時計をかちりと閉じると、にっと笑う。

「だってキミ、性格悪いもの」

 ※

 その夜、種子島への応援に来ていた撃退士達は、夏祭りの始まりに心を躍らせていた。
 港付近には自分たちが設営を手伝った屋台がびっしりと建ち並んでいる。
 普段は身を潜めるように暮らす島民が、少しでも楽しんでくれればいいと思う。
「あれ……?」
 多くの人でひしめき合う中、一人がある少女の存在に目を留めていた。
 桃色のボブヘアーにビクトリアンタイプのメイド服。ホワイトブリムと呼ばれる頭飾りとエプロンまで全て黒なのが特徴的で。
 ビスクドールのように整った顔が、こちらをじっと見つめている。
「この格好で会うのは久しぶりかな?」
 鼻にかかったような声が、雑踏に紛れた。
 夏祭りには不似合いな服装のせいもあり、少女は人混みの中一際目立っていて。
 警戒する撃退士達に少女は告げる。
「ああ、ボクは今キミ達に危害を加えるつもりはないよ。しばらくボクに付き合ってもらいたいんだ」
 悪魔の声は淡々と、それでいてどこか妖しげな色を宿している。

「ちょっとキミ達に聞いてみたい事があって、ね」

 手にしたリンゴ飴がやたら紅く映っていた。



リプレイ本文


『キミが大事に思っている天使と悪魔が殺されそうになっている。どちらか一人しか助けられないのなら、どちらを助けるかな?』

 その問いかけを耳にした時、加倉 一臣(ja5823)と小野友真(ja6901)の表情は思わず緩んだ。
 どうかした? と首を傾げるリロに向けて、浴衣姿の二人は微笑む。
「いや、まるでどこかの誰かみたいだなって思ってね」
 互いに興味を持ち、内面に触れようとする。その感覚が再現されたかのようで、不思議な気分だった。
「そう言えばキミ達、この間の舞台にいたよね」
「覚えていてくれるなんて光栄やな。俺、小野友真。ヒーロー目指してまっすよろしくなv」
 その時、低い笑い声が響き渡った。発生源には着流し姿の鷺谷 明(ja0776)。

「くくく、では我らからの回答を少しながらも密やかに楽しみにしている貴様に私が至極つまらない答えを返してやろう。即ち状況による、と」

「じゃ、そう記録するね」
「待ちたまえ」

 TAKE2
「天使に決まっている。何故かって? そりゃあ悪魔の前で悪魔を助けるなんて。そんなつまらない答えを言えるわけ無いじゃn」
 ハリセンでしばかれた。

 TAKE3
「愉しくなる方を助けよう。元よりわが身にはそれしかない故に」

「…なるほどね。キミらしい、と言うべきなのかな」
 そう言ってリロが本に視線を落とす中、同じく浴衣姿の月居 愁也(ja6837)が夏祭り同行を提案。
「ここで立ち話するってだけもつまんねえだろ?」
 その言葉にリロは少々考えた後、承諾する。直後おもむろに取り出されたのは(何故か持ち歩いていた)女性浴衣と下駄。
「夏祭りで浴衣着ないとかダメ、絶対」
「ああ、確かにその格好は目立つな」
 一臣の言葉に、矢野 古代(jb1679)も笑いながら賛成。
「貴方可愛いし、郷に入れば郷に従え、だ」
「ふうん。じゃ、そうする方がいいんなら、着替えるよ」
「え、あれ? ちょ、ちょっと待とうか!」
 その場でメイド服を脱ぎだしたのを見て、古代達は慌てて止めに入る。
「別にボクはここで構わないけど」
「くくく、我々は外見上いい年した男の集団である。すなわち今は『おまわりさんこっちです』がいとも容易く発生しかねんという状況」
「お止めください娘が泣きます」
 明の言葉に古代超まがお。その隣ではケイ・フレイザー(jb6707)がふむふむと頷き。
「その衣装にその髪じゃちょっと味気ないな。いじらせてもらってもいいか?」
「あ、じゃあこの簪使ったら可愛いかも!」
 ケイは友真から渡された黄玉の簪で、リロの髪をアレンジ。簪一本でまとめ上げる腕は大したもので。
 手触りのよい髪をすきつつ、ケイは内心で「苦労を知らない幸せな髪だな」と感じる。
 簡単にそれを維持できる悪魔の力を、少し羨ましく思いながら。

 やがて(近所のおばちゃんに頼んだ)着付けが終わったリロを見て、愁也は一言。

「…やっぱ可愛いは正義よな」

 男子の本音である。



 さて、夏祭りと言えばやはり屋台である。
「ともかく、祭りだ。楽しめ」
 既にチョコバナナと綿菓子とリンゴ飴を手にした明は、完全に楽しんでいる。
 友真がリロに棒に巻きつけたお好み焼きっぽいものを差し出す。
「これ『はしまき』言うて、俺大好きなん。食べてみ」
「へえ、俺も初めて見たけどうまそうだな」
 一臣も購入しつつ皆で食べる。そんな彼らの目に映る、謎の生物。
 緑褐色の大きな甲羅、わたわたと動かす大きな手足、豚鼻のように飛び出た鼻――

「種子島すげえ、スッポンいるぜスッポン!」

 愁也がやや興奮した声を上げる。かめすくいならぬスッポン釣り。
「鍋とかスープにすると美味いのよな、美肌にもいいらしいよ?」
 そう言って愁也は友真の手首をさっと掴まえて、スッポンの前に差し出してみる。
「えっ噛まれたら困るんちゃうっけ? 大丈夫なん?」
「なんだよ、遠慮しないで指伸ばせよ( あ、加倉さんでもいいよ」
「スッポン…何で俺を見てるんです? って指を出すわけねーだろ、射手の命ですし!!」
「えい」
「ぎゃー」
 思いっきりスッポンに噛まれた一臣の指を、リロは淡々と観察し。
「ふうん。見た目より顎の力が強いんだね、コレ」
「この俺たちに対するナチュラルに非道な振る舞い…まさしく悪魔…っ(キュン」※彼は病気です
「一臣さん反対の指もスッポンに食わせてあげよか…?」
 友真の冷たい視線が炸裂する中、愁也は意を決した。

「さあ(俺が)食うか(スッポンに)食われるか…」

 いざ、尋常に勝負!

 ※

 愁也と一臣が指に包帯を巻いて顔を覆う中、友真の目にはヨーヨーの群れが映っていた。
「あ、俺ヨーヨー釣り好き! 皆で勝負しよーぜい!」
「おお、いいな」
 古代が懐かしそうな表情をする隣でケイは首を傾げる。
「俺こういうのやったことないんだよなー…」
 幼い頃から自由の無い生活をした彼には、およそ楽しく遊んだ記憶が無い。
「なら折角だ。楽しめばいい」
 ケイの内を察したのか、古代はぽんと彼の肩を叩く。
「ほい、リロちゃん」
 愁也に渡された釣り糸をリロはまじまじ。
 他のメンバーも参加し、一列に船の前へと並ぶと開始。
「絶対負けへんで! この微妙な力加減がですね(ばしゃ」
「やーい友真下手くそ(ぼしゃ」
 落ちたヨーヨーを見て固まる友真と愁也の隣で、自信溢れた古代の声。
「ふふ、任せておけ何を隠そう俺はその昔」
 切れ長の瞳がきらりと光る。
「矢野の次男坊が来たら、ヨーヨーとスーパーボールは店じまいと言わせたおと(ぼしゃん」
「…うん、リロちゃん。あれがダメな例だから」
 一臣が生暖かく微笑む隣では、明が高笑いをしながらヨーヨーを取りまくっている。
「へえ、意外と簡単だな」
 ケイも難なく一つゲットし、リロもピンク色のをゲット。それを見た友真と古代の心に火が点いた。
「……釣り糸まとめ買いしていいすかね」
「……待って小野さん、俺もまとめ買いする」

 ちなみに結果はお察しの通りである。

 友真と古代が慰められる中、ヨーヨーをびよんびよんさせながらリロはふと明が付けている面に気付く。
「それ、何?」
「これかね? この面はひょっとこと言い、滑稽を演じる者が身につける神聖なものだ」
「ふうん。ボクも欲しいかも」
「くくく、何でも望めば手に入ると思ったら大いなる誤想だメイド嬢。そもそもこの面は私が数多ある中から吟味に吟味を重ねたあかつきにようやく手に入」
「毎度ありー」
 明に買ってもらったお面をリロはひとしきり眺めると、髪が乱れないようにケイに着けてもらう。
「あんた、楽しそうだな」
「そう見える?」
「ああ、見えるね」
 面を着け終わったケイを少女は振り向く。
「キミは?」
「……へえ、あんたでもそんな事に興味持つんだな」
 その言葉にリロはわずかに瞳を細め、唇を動かす。

「だってキミ、楽しそうなのに寂しそうだから」

 思わず言葉を飲み込むケイの前方で、古代が立ち止まった。
「お、射的だな。よし、せっかくだしロロイさん勝負してみるか?」
「いいよ、乗った」
 二人は同金額でどれだけ景品を倒せるかを競う事にする。

 古代さんの心の声:
「くくく、粗悪なコルク弾に中々倒れない景品の絶望を、感じるが良い……!」※大変大人げない三十五歳

 思惑と陰謀に満ちた狙撃手と悪魔の戦いが今、始まる!


 ※


「……俺が思うに、敗因は大物を狙いすぎた事だと思う」
 屋台の前でがっくりと膝を付く長身の男。
「矢野さん、あれは客寄せのための絶対取れないやつ…!」
 一臣や友真に慰められ、古代はorz←こんな感じになりながら。
「わかっていた…俺はわかっていたはずだ…!」
 だって一番大きなくまさんのぬいぐるみが欲しかったんだもん。娘とか喜ぶかなって。
 ちなみにリロはカエル置物をひたすら狙い、最後の最後で手に入れていた。
「なかなか面白かった」
 カエルを手にちょっと嬉しそうな彼女を見て、愁也が笑いながら杏飴を手渡す。
「おめでと。はい、これ俺のお勧め」
「…ありがと」
 じっと飴を見つめる悪魔に向け、愁也は切り出した。

「あのさ、さっきの質問の答えだけど」
 アメジストの瞳が愁也をとらえる。
「もちろん、どっちも助けるよ。当たり前じゃん」
 どちらも助ける道は必ずあるはずだと。
「答えなんて幾通りもあって、その中で一番良い結果を掴み取る、そのために俺は前を向いてる」
 諦めなきゃ、可能性は無限。
「人の命が有限で短いからこそ、俺はそれを信じてるよ」
「……それでも、どちらかを選ばないといけなくなったら?」
 少女の問いに、愁也は上がり続けている花火に視線を移しながら。
「両方救える可能性を作って、次へ繋ぐよ」
 一人でダメなら仲間がいる。
「俺、とことん諦めの悪い男なんでね」
 聞き終えたリロは、「だろうね」と一言だけ返す。そして今度は一臣へ視線を移し。
「キミは?」
「俺か。じゃ、ひとまず俺の手が届く方を助けるな」
 そう言った後、ふっと笑みを浮かべる。
「もう一人は見捨てるかって? ハハ、そんなの…隣にいる仲間が手を伸ばしてくれると知ってる」
 もし自分に一人しか救う力が無くても。
「こいつらが必ず手を伸ばしてくれる」
 視線の先には友真や愁也達の姿。自分も必ずそうするように。
「一人じゃ不可能なことも二人なら三人なら…ってね」
 そうやってここまで来たのだから。
「まぁ、もし俺が一人の時は…選択肢を増やす為に足掻くさ。ただそれだけ」
「…なるほどね。キミもシュウヤと同じように信じてるってことかな」
 そして今度は友真に向けて首を傾げる。
「じゃ、キミも同じってこと?」
 問われた友真は、「もちろん、どっちも助けるで」と笑顔で答えてみせてから、わずかに沈黙する。
「…俺、昔人を天秤にかけた事があって、物凄い後悔残ってるん」
 もうあんな思いをするのはたくさんで、その後も色々あって。
「リロちゃんもこの間見てたからわかるよな。今の俺は土壇場でいつも諦めるかボケって思うん。ミスターに対してもそうだったように」
 勝手に諦められるのが腹が立って仕方がなかった。だから。
「両方とも生きるって思ってもらわんと、俺が困る」
 手を伸ばして欲しいと思う。その手を掴みたいと思う。
「50ずつ俺が手ぇ出して、本人にも50手ぇ伸ばして貰えたら100やろ?」
 どっちも助けてどっちにも助けてもらえたら。
「…それでも駄目なときは?」
「そのときはそうやな…やっぱりみんなが助けてくれるって、信じてる!」

 その瞬間、一際大きな花火が夜空に上がった。
 次々に上がる天の花に魅入りながら。

「…じゃあ、次は俺かな」
 古代がリロに向けて答えを告げる。
「悩むけれども、より仲の良い方を」
 向けられた瞳に、静かに返す。
「俺は愚かで、皆と比べて確固たる心情を持たないから、きっとどちらを見捨てても悩むだろう」
 それでも。
 ――それでも
「俺は、俺の心に恥じぬ行動をしたい」
 その結果、たとえ苦しんだとしても。その時本心から選んだ答えを否定したくないから。
「ただ、ひとつ捕捉したいのだが」
 古代はほんの少し考え込むように。
「仮に、二人が『その状況を望んでいたのならば』……きっと、俺は両方とも助けない」
 自分にとって、それは。
「俺が友人と、大事だと感じた奴らに対しての誠意だと信じているから」
「なるほど。その答えも面白いね」
 聞き終えたリロは、わずかに頷くと手にした本に視線を落とす。真っ白だったページに何かが刻まれてゆくのがちらりと見えた。

「――最後は俺か」
 ケイは少し沈黙した後。答えを待つリロに向けて、はっきりと言い切る。
「どっちを選ぶかって? 決まってるだろ。まず自分の安全を確保してから、生き残ってる方だよ」
 そう語るケイの瞳にはわずかに切実な色がこもっていた。その理由は口には出せないけれど。
「俺は、弱いから。自分以外の命をどうこうできるなんて思わない」
 命の儚さも強かさもそれなりに見て来た。
 だからこそ、自分以外の命に責任を持てる自信なんてなかった。
「もし救い上げたとしても再び失ってしまえば、きっと今の俺はその存在に縛られてしまう」
 それが怖くて、仕方がなくて。
「だから何かを選ばざるを得ないなら、オレは真っ先に自分の命を選び取るね。その上で他人は救えたらラッキー…単純に「大切」程度ならそんなモンさ」
 淡々と答えるケイに対し、悪魔の表情に変化はない。ビスクドールのように色を見せない顔に、つい本音が漏れる。
「…自分の命も大切にできないやつが、他人の命を大切にできるとも思わない…けど、どう言い訳しても、根本にあるのは単なるエゴイズムだよな」
 どこか自嘲気味に笑うケイに対して、リロは本から視線を外さないまま一言だけ告げた。

「どの選択も全てはエゴイズムの帰結だって思うけど、ね」

 全員の回答を聞き終える頃には夏祭りも終盤を迎えていた。
「なかなか面白いデータが集まったかな」
 リロが満足そうに本を閉じると、最後は明が持参した花火をみなで楽しむ。
 ロケット花火を一列に並べて一斉発射させながら、明はリロに向けておもむろに切り出す。
「一つ問いに答えたのだ。君にも一つ、問わせてもらおう」
「いいよ。何かな?」
「『時は命なり。徒消する者は死ね』だったか。問おう。汝何を以て徒消とす?」
 彼にとって徒渉とは、各々が決める実体無きものであるがために。
「故に問うのだ。聞かせてくれたまえよ、君の世界を」
 問われた少女は、わずかに小首を傾げた後。
「じゃ、分かりやすい話をしよう。例えばボクとキミが恋仲だとする」
「ふむ、それは極めて斬新な発想だな」
 なんか退廃的な感じするけど。
「ボクがキミと過ごす時間は、無駄じゃない。でも、ボクがキミをつまらないと感じていたら――キミと過ごす時間は全て徒消となる」
 時間は主観的なものだよね、と彼女は言う。

「故にボクの判断も全て主観に由来する」

 百年生きようが千年生きようが、長いだなんて感じない。
 だから一分一秒をできるだけ濃く味わいたいと思うし、識ろうとしないのは愚かだとも思う。

「では、今の時間は徒消だと思うかね?」

 問われた少女は紫水晶の瞳をうっすらと、細めた。

「そう思うならとっくに帰ってるよ」



 祭りが終わり、一つの邂逅も終わる。

「じゃ、ボクはそろそろ帰るよ」
 そう切り出すリロに、友真が大きなビニール袋を手渡す。
「はいお土産な! はしまき一杯買うたん」
 ちなみにその袋には明のヨーヨーも詰め込まれている。
「俺からも。他のメイドさんたちとどうぞ」
 一臣は友真と愁也にねだられ()大量購入した鈴カステラを渡す。
「…ありがと」
「勝負に感謝を。またの機会を楽しみにしておこう」
「……またな」
 古代とケイ言葉にリロは瞳を細め。
「たぶん、そう遠くないうちに来るよ」
「それはどういう――」
 言い終える前に、リロは視線を上げ。
「そうだ、シュウヤ」
「ん、なになに?」
「これ、着て帰ってもいい?」
 身につけた金魚柄の浴衣。
「ああ、もちろん! 気に入ったんならプレゼントするよ」
「簪も?」
「記念にどうぞやでv」
 友真の言葉に少女は手に一杯の土産を掲げる。
「マリー達に自慢してみようかなと思って、ね」
「…なあ、リロちゃん」
 愁也の呼びかけにリロは「何?」と返す。
「物語の先が読めたらつまらないよな?」
 だからさ、と彼は笑う。

「そこにイレギュラーを入れてさ、一緒に楽しもうぜ?」

 夏の夜風に海の香りが混じる。
 悪魔はゆっくりと瞬きをした後――白磁の頬を緩め、にっと笑ってみせた。

「悪くない提案、だね」



依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: 紫水晶に魅入り魅入られし・鷺谷 明(ja0776)
 輝く未来を月夜は渡る・月居 愁也(ja6837)
重体: −
面白かった!:4人

紫水晶に魅入り魅入られし・
鷺谷 明(ja0776)

大学部5年116組 男 鬼道忍軍
JOKER of JOKER・
加倉 一臣(ja5823)

卒業 男 インフィルトレイター
輝く未来を月夜は渡る・
月居 愁也(ja6837)

卒業 男 阿修羅
真愛しきすべてをこの手に・
小野友真(ja6901)

卒業 男 インフィルトレイター
撃退士・
矢野 古代(jb1679)

卒業 男 インフィルトレイター
久遠の風を指し示す者・
ケイ・フレイザー(jb6707)

大学部3年202組 男 アカシックレコーダー:タイプB