協奏曲……独奏楽器と管弦楽とが合奏する形式の器楽曲。コンチェルト。
『競合』と『協調』という二重の契機によって成り立つ。
●第一楽章:carousel
さあ、宴のはじまりです
共に謳いましょう
共に踊りましょう
月の華が、散る前に
※※
どこまでも白い、雪原。
足下の雪がきしりと音を立てる。
「さぁ…祭りの始まりや」
自身の闘気を高めつつ、ゼロ=シュバイツァー(
jb7501)は呟いた。口元に刻まれた笑みは愉悦のそれに近く。自身の中の悪魔の血が騒ぐのか。それとも、同属を手に掛けようとする一種背徳的な天としての感情なのか。
「祭には花火が必要や。その紅い血咲かせてもらおか!」
上空から漆黒の大鎌を走らせる。黒と白と血の紅と。
斬影が羽根が鮮血がくるくると舞い踊る様は、まさに輪舞曲の旋律で。
その様子を見ていた鳳 静矢(
ja3856)はくすりと笑む。
「随分と楽しそうだな」
お互い様だろう?と問いかける視線に静矢は微笑だけを返し、目前の脅威を見つめる。
無数の鳥を纏い何の躊躇も無く害意を放つ少女。しかし痛いほどの憎しみを向けられてなお、憎悪の根幹にまるで手応えを感じない。
どうしてこうも、空虚なのだろう。
「――考えても仕方ないですねぇ」
振り向けば妻の鳳 蒼姫(
ja3762)が静矢へ向けて『絆』を展開させていた。互いを高めあう光が、二人を包みこむ。
「蒼姫は難しいことはわかんないのですよぅ。だからみんなを護るために、目の前の敵を倒す。それだけなのです」
夫の思考を見透かし方のような物言いに、静矢はつい苦笑を漏らす。
「ああ、そうだな」
この妻は時折、とても的確な答えを口にする。考えていないようで、視ているから。
「どうせなら、楽しんでみようか」
炎刃が少女を覆う鳥を灼き、残骸が地に墜ちる。
落ちてくる脅威を振り払うしか無いのなら。
「月の華…? 気になるけど、今はこっちの方が先かな」
山頂に見えるゲートをぼんやりと眺め、七ツ狩 ヨル(
jb2630)は呟いた。
彼方まで続く稜線と、どこまでも白い雪の世界。
これほどの山岳地帯に来たのは初めてで、荘厳な景色を前に思わず見とれてしまう。
「……こんな綺麗な景色を壊すのは無粋だよね。そこは俺もクラウンに同意かな」
この静謐とした舞台に、あの鳥のわめきはひどく耳障りで。
闇を纏ったヨルは飛翔すると敵鳥の群れの中に飛び込み、踊るように駆ける。繰り出される一閃は刹那の輝きをもって周囲の鳥たちを斬り堕とす。
それはまるで、闇を照らすトワイライトのようで。
「おおう、凄い鳥の数すn…じゃなかった! 数だねっ!」
あまりのサーバント数に竜見彩華(
jb4626)はつい田舎訛りが出てしまう。
リゼラを覆い尽くす鳥の群れは、もはや異常とも言えるレベルで。
「……でも!」
召喚したスレイプニルが白い吐息と共に咆哮を上げる。蒼銀の鱗が白の大地に映える様を、綾華はうっとりと見つめ。
「うちの子の方が優秀でかっこいいです! パートナーを下僕として扱うあなたには負けませんっ!」
彼女の意志を反映するように、竜は空を駆け天陣を組むオルニスへと突撃していく。
スレイプニルが天陣の一部を崩したのを見計らい、同じくオルニスを狙っていた華澄・エルシャン・御影(
jb6365)が鮮やかに大太刀を振るう。
「墜ちなさい!」
激しい悲鳴と切り裂かれた羽毛が舞い上がり、彼女の黒く豊かな髪が波打つ。天の僕が地に墜ちゆくさまを見下ろしながら、華澄は目前を飛び交う魔影に妖しく微笑する。
「人と悪魔が奏でる協奏曲…悪くないですわね」
この舞台は独奏者が入れ替わり立ち替わるカルーセル(回転木馬)の趣で。
どうせなら、華やかに軽やかに。
妖しく咲いて魅せよう、人魔の華なら。
「前門の美少女、後門の悪魔……と来れば一も二もなく美少女を取るもんだが」
同じく鳥の群れを貫くのは、極限まで威力を高めた貫通弾。雪原に赤い血がぱっと咲き、緋の眼から光が失われていく。
銃を手にした赤坂白秋(
ja7030)はこの状況を愉しむかのようで。
「こんな形で会う事になるとはな…」
目前で昂ぶる少女と。
後方で駆ける悪魔と。
誰がこんな展開を予想しただろうか。まさに冗談のような幕開けに、白秋はざまあみろと嗤ってやりたくなる。
「はっ、こんな馬鹿馬鹿しい展開もたまにはいいんじゃねぇか!」
白銀の世界で白狼の咆哮が響き渡る。
その声に呼応するかのように、上空では天鳥と梟が激しく競り合っている。
その様を見上げつつ、神月 熾弦(
ja0358)は口元を引き結び。
「悪魔の助勢、喜ぶわけにも、頼る訳にもいきませんが……その心意気は信じます」
射線に味方が居ないことを確認し、その手に生み出した白鳥を放つ。
「レックスさん!」
敢えての声かけは悪魔を巻き込まぬため。羽ばたく硝子の翼が鳥の群れを一直線に貫いていく。
「今です!」
音も無く梟が追い打ちをかける。悪魔がしかけたと気付くと同時、頭上から声が降る。
「ふむん、美しい攻撃であるな!」
熾弦の技を見たレックスが感心したように瞳をきらきらとさせている。
予想外に褒められ熾弦はほんの少し頬を染める。
その様子を見ていた雨宮 歩(
ja3810)がおかしそうに笑う。
「人と天魔が踊る舞台か。ホント、愉しくなりそうだねぇ」
その後ろにぴったりとついている恋人の雨宮 祈羅(
ja7600)も苦笑し。
「うん。あの子が味方ってのは新鮮だね」
今まで何度、敵として向かい合ってきただろうそれだけに。
「うちらの背中預けるってのも変な気分だけど……まあ、いいや。今回は預けさせてあげるよ」
「やれやれ、姉さんらしいねぇ」
あの悪魔をしてそんな口を叩けるのは彼女くらいのもので。クラウンが聞いたらどんな顔をするかと想像するだけでおかしい。
「とりあえず、無様な戦いを見せるわけにはいかないからねぇ」
口元に孤を刻み、歩は走る。背に現れるのは血色の翼。紅く羽ばたき踊る姿は、戦場を皮肉る道化の舞。
無数の紅い眼が彼を捉える。
「さぁ…踊ってもらおうじゃないかぁ」
放つ曲刀が、リゼラを護る鳥盾を切り刻む。穿たれた”穴”に撃ち込まれる羽根の刃。
光が、弾ける。
(うちだって、負けない)
墜ちゆく天鳥の残骸。
魔法書を手にした祈羅の瞳に、白く冷たく映り込む。
(何があっても歩ちゃんを護る)
だから、躊躇無く奪う。
果敢に向かってくる二人を前に、リゼラは不快感をあらわにしていた。
「忌々しい……」
人間など取るに足らない”詐取される側”であるべきなのに。その手に生み出した業焔の槍を歩へ向けて撃ち放つ。
「今すぐ朽ちるがいい!」
凄まじい勢いで飛ぶ焔槍の前に飛び出す影。
「援護します!」
激しい衝突音。
盾を手にした或瀬院 由真(
ja1687)が、その身で攻撃を受けきる。
彼女の雪のような髪が白銀に弾み、吐息が蒼穹へと吸い込まれてゆく。
「さすがは天使の攻撃ですね…重い…ですが」
きっと前を見据え、ひるむことは無く。
「私は下がりませんよ!」
凜と立ちはだかる彼女の身を、今度は淡い光が包み込む。
「うに! 回復は任せてなんだよー!」
真野 縁(
ja3294)は言いしれぬ高揚と緊張に頬を上気させていた。
(ふお!ミスターと共闘嬉しいんだよ!)
背後に感じる禍々しい重圧も、今日だけは頼もしく。
ぺちっと頬を叩いて気合い入れた直後、頭上を凄まじい轟音が通り過ぎる。
「ちぎー! びっくりしたんだよー!」
黒刃が白盾と衝突し、つんざくような悲鳴と共に羽根が舞う。
「おや、驚かせてしまいましたか」
衝撃波でプリを破砕したクラウンがくすくすと微笑っている。レックスはひっくり返った縁を前足で器用に掴み、ぼすっと雪の中から引っ張り出す。頭上をクラウンの袖が一撫でし、雪を払い。
「むふー! 気を付けるであるぞ!」
そして次の瞬間には、飛ぶような速さでいなくなる。
「わあ…レックスさん速いですね……!」
感心する由真の隣で、縁は想像以上に大きかった肉球やら何やらに目を白黒させる。
「ちょ…縁ちゃんうらやまs…いやいや集中しろ俺」
加倉 一臣(
ja5823)の銃を持つ手に力がこもる。それは緊張では無く高揚ゆえのもの。
「俺、ミスターの拘りを大事にする所は好きなんよな」
小野友真(
ja6901)が放つ銃弾がズィリャの足下を穿ち白雪が舞い上がる。
二人はいきなり戦場に現れた介入者に最も驚いた面子だろう。
しかし同時に、いち早く合点していたのも確かで。それは”彼ら”の接点に、心当たりがあったから。
「ああ…またとない共闘だ。楽しませてもらうぜえ!」
一臣も黒色拳銃を構え、持ち前の集中力で高命中の一撃を飛ばす。
「何だかんだで一番楽しそうだよね、そこの二人は」
月居 愁也(
ja6837)のつっこみに、二人は真顔で「否定できない」と即答。月詠 神削(
ja5265)も苦笑しながら三節棍を振り抜き。
「何にせよ、志気が高いのはいいことだ」
衝突音と共に、獣の咆哮が上がる。
インフィル二人の援護を受け、愁也と神削はズィリャを木立側へと誘導。挟撃体制を維持しながら確実に一撃を与えていく。
その様子を渋面を浮かべて見ている者がいる。
「悪魔と共闘なんて気に入らないですね…」
天魔によって家族を奪われたクロエ・キャラハン(
jb1839)は、敵であるはずの冥魔が介入してくることすら不快でしかない。
「ですがこの状況では仕方ありません。今日の所は、妥協して手を貸されてあげましょう」
クロエは後方から弓を構え、意識を研ぎ澄ます。ともすれば心身をかき乱されるほどの喧騒の中、彼女の視線は音速で空を駆ける悪魔の背。
クラウンが飴色のバーを振ると同時、彼女も弦を弾く。
黒の衝撃波に射線を重ねるようにクロエの矢はサーバントの群れへと向かい、大きな一撃となって敵陣に風穴を開けた。
「チッ…あの糞天使また出てきやがったのか」
時同じくして恒河沙 那由汰(
jb6459)は不機嫌そうに言い放った。
ミディアムウルフの金髪に縁取られた表情は、余り生気といったものを感じさせない。下三白眼の瞳は熱を帯びるどころか、むしろこんな時でさえどこか虚ろに見える。
けれど。
「ヒステリー天使が……!」
魔の力を帯びた強烈な一撃を、彼女を護る鳥へと撃ち込み。砕け墜ちるその姿を忌々しそうに見下ろす。
気に入らないものは、気に入らない。
何故と問われてもわからない。
あの天使の濁りが目障りなのだから、仕方ない。
「どうも恒河沙さんは不機嫌なようですね」
彼とはやや離れた位置から、安瀬地 治翠(
jb5992)は苦笑じみた笑みを浮かべた。春先に芽吹く新緑のようなオーラ。優しくも力強いそれは彼の性格を表しているかのようで。
同じく那由汰の知り合いであり、治翠にとっては親友かつ保護対象でもある時入 雪人(
jb5998)も頷きながら。
「あんなに怒ってるのも珍しいよね」
不機嫌なのはいつものこと。けれど、普段とはやや違って見えるのはそれなりに思う所があるのだろう。
何故かと聞いても、怒ってなどいないと返されるのだけれど。
「でも…恒河沙さんの気持ち、わからなくもないかな」
言いながら、雷を纏った足が地を蹴る。
雪人は風のように駆け抜け、一瞬にしてズィリャの側面へと回ると高速の一撃を繰り出す。槍のような魔力刃がライガーの胴部を貫き鮮血が舞う。動きが一瞬鈍った隙を狙い、反対側に回った治翠が雷剣を突き立てる。
連携の取れた挟撃に対応しきれなかったズィリャは、雷撃にしびれ意識を刈り取られてしまう。
「予測どおり、こちらからのバッドステータス攻撃は効果あるようですね」
報告書を熟読し、さほど特殊抵抗は高くないのではと予測しての作戦だった。
「さて…こんなところかな」
動きが止まったズィリャを前に、鈴代 征治(
ja1305)はきゅ、と雪を踏みしめた。
リゼラのいる主戦場からはだいぶ離れた。皆と連携し右班とは反対側の林に誘導してきていたのだ。征治は戦場をつぶさに観察しながら思考する。
(これだけ寒いと、長期戦は不利だ)
身につけた防寒具で寒さはしのげているものの、時おり強く吹き付ける風が嫌でも体温を奪っていく。
特に天使対応のメンバーは、長引けば長引くほど劣勢と化すだろう。数の上では圧倒的に負けているから。
「あの天使には早々にご退場願いたいところですな…」
征治の思惑を知ってか知らずか、ヘルマン・S・ウォルター(
jb5517)も上空で微笑を湛えている。
「夜明けを臨むには、邪魔ですので。その為に、私たちも役割を演じましょう」
ヘルマンはまず上空から戦場全体を見渡し、敵影と状況を別所待機の情報班へと報告する。現状恐らくもっとも危険な状態なのはこの戦域。
万が一他戦域からの影響が及べば、簡単に戦況がひっくり返りかねない。
征治も斜面上部へと位置を移動させながらも、常に山頂側を意識する。
何が起きても、対処できるように。
「――あの冥魔コンビと共闘…珍しい事もあるモンだ」
その頃、小田切ルビィ(
ja0841)は樹木に身を潜めながらリゼラの動きを伺っていた。
今まで幾度となく対峙した相手が戦場に現れた時は、さすがに驚いたものだが。
「一体何考えてるのかわからねぇ…が」
互いに利用しあえるのなら、それに越したことは無い。ルビィは白い布を被るとやや戦場を迂回しつつ潜行移動する。
前線では既に無数の鳥同士が争い、仲間も入り乱れての乱戦状態。慎重に敵の合間をかいくぐりながら、狙うは死角からの急襲。
同じく天使を狙う緋眼がある。
「彼女に対してはもはや哀れみの気持ちしかありませんね」
冷ややかな声音。
魔法書を手にしたファティナ・V・アイゼンブルク(
ja0454)は、半ば呆れたように少女を見やっていた。
一方的に人を蔑み、一方的に人を憎む。
そのあまりに幼稚な破壊衝動を諭してやるつもりもなく。
囮役のメンバーがリゼラを引きつけている隙に、ファティナは瞬間移動で天使の背後へと位置取る。
「ご機嫌よう、リゼラ」
「なっ……あんたいつの間に!」
狙うは、鳥膜が開いた一瞬の隙。
「それだけ周りを覆い隠していたら、視界も遮られるでしょう」
瞬後、凄まじい音を立て雷の剣が飛ぶ。稲妻の如き一撃がリゼラの肩を穿ち鮮血が白銀の鎧を染め。
少女の顔が痛みで歪んだ刹那、側面から声が上がる。
「よう。久し振りだな?天使のお嬢さんよ」
「くっ…!」
リゼラが振り向く間もなく、ルビィの黒刀が胴部を薙ぎ払う。金属を削る耳障りな音と、少女の呻き声が辺りに響く。
「よそ見してると怪我するぜ?」
「この人間無勢が…私に傷をっ」
凄まじい轟音と共に爆撃が彼を直撃するが、迎撃態勢を取っていた彼に致命傷を与えるには至らない。
「ふざけんじゃないわよ!」
ファティナへ向けサーバントが一斉に放たれる。梟がその後を追うが全ては追い切れない。彼女へと到達した鳥を撃ち落とすのはアウルの弾丸。
「ああいう頭に血が上りやすい手合いは御しやすい、な」
リフト支柱を背に、アスハ・ロットハール(
ja8432)が淡々とライフルを構えている。
ちらりと後ろを振り返ったファティナは、アスハへ向けて目線で礼を言う。しかしアスハは僅かに首を振ってみせ。
「やるなら躊躇無くやればいい」
ファティナがリゼラを煽ったのは恐らくわざと。自分へと注意を向けさせ、差し違えてでも討ち取ろうとする気概が見えるそれだけに。
「僕を気にするな」
脇目も振らず、後ろも振り返らず。
ただ前を見て穿てばいい。
その為に自分は陣を展開する鳥を砕き、彼女の射線を開く。
アスハの狙撃はその役目をただ果たす。
虎視眈々と、簡潔に。
「――っ」
リゼラは歯がみした。
腹が立つ腹が立つ腹が立つ。
どこまでも自分を邪魔する存在。
「舐めんじゃないわよ……」
少女の紅眼に激しい殺意が点る。
背筋を走りぬける悪寒に、由真が叫ぶ。
「攻撃、来ます!」
反射的に歩が地を蹴り、祈羅が魔力の壁を展開する。
「ゼロさん下がってください!」
蒼姫の悲鳴が稜線を駆け抜けたと同時。
灼熱の情炎が、一瞬で辺りを覆い尽くした。
●第二楽章:competition×cooperation
ざまあみろ
ざまあみろ
私を馬鹿にするからこうなるのだ
私を認めないからこうなるのだ
死ねばいい
死ねばいい
全て壊れてしまえばいい
※※
「――なかなかきっついもんやな」
苦笑するゼロの口元を紅い体液が滴る。
全身を灼かれる激しい痛みに、一瞬意識が遠のきかける。
カオスレートの大きな開きは彼の身に深刻な損傷を与えていた。それでも何とか持ちこたえたのは、彼の援護に徹していた蒼姫がほぼ庇う形で割り込んだから。
「あははははは!全員焼け死ねいいのよ!」
少女の調子はずれた嬌声が響き渡る。
リゼラを中心に爆ぜた炎は、周囲の雪を一瞬で吹き飛ばし更にその下の大地を焦がすほどの威力であった。
「危なかったねぇ」
ぎりぎりの所で攻撃を回避した歩に祈羅は安堵しつつも、他に被害を受けた仲間の様子に眉を曇らせる。
「回復入ります、負傷者集まってください!」
熾弦と縁が走り、天使の攻撃に巻き込まれたメンバーへ癒やしの風を展開させていく。
「うに…みんな頑張るんだよー…!」
前衛で皆を庇った由真や華澄の傷を見て、縁は辛そうに唇を噛む。
猛炎に灼かれた白肌は爛れ、至るところに血が滲んでいる。
「平気ですわ…これくらい」
華澄は微笑んでみせる。
あの少女に奪われた命を思えば。
「何度だって、体を張ってやりますわ」
アスヴァン勢の回復を受けながら、ゼロは蒼姫に礼を言う。
「奥さん恩に着るわ」
「なんとか間に合ってよかったですぅ…」
蒼姫は自ら生み出した蒼の鳳凰で受けるダメージを大幅に軽減させていた。とは言え天使の強烈な攻撃で受けた傷はそう浅いわけではない。
夫の静矢が心配そうに声を掛けるが、彼女は大丈夫だ笑ってみせる。
「これが蒼姫の役目ですからっ」
「全く…なんて威力だ」
突如上がった爆炎と轟音に、木立側に移動してた神削と愁也は眉を潜めていた。
「あんなのを何度もぶち込まれてたら、とてもじゃないけど持たねえよ」
加えて天使はあの鳥膜で覆われているのだ。
今の所戦況的に五分五分と言ったところだろうが、天使の守りを突き崩すには至っていないように見える。
前線を気にしながらも、一臣はぐっと堪え。
「…とりあえず、俺たちは俺たちのやれることをやるしかねえな」
包囲網を抜けようともがく獣に牽制射撃を放ち、友真も同意する。
「うん。今は仲間を信じるしかないよな」
天使の猛攻にさえ反応を見せなかった悪魔を、すこし気に掛けながら。
ズィリャの動きは四人の息の合った連携で、完全に押さえ込むことに成功している。
高機動を誇るライガーも挟撃と木立が邪魔をして思うほどの動きを出せない。
「この敵は命中時の反撃があると報告書で読んだな……」
苛立つ獣の鋭い牙を、神削が冷静に回避する。補助するのは一臣の回避射撃。突撃の隙を狙って愁也が側面から高命中の薙ぎ払いを叩き込む。
「よっしゃ!」
強烈な一撃にズィリャは意識を刈り取られる。動きの止まった後肢を友真の精密狙撃が撃ち抜いたと同時、頭上に影が差す。
「鳥!」
しかしここは梟が空を切り、鋭い鉤爪でプリ数羽を纏めてたたき落とした。
時同じくして、征治とヘルマンは山頂側で淡い白煙が上がるのを見ていた。
「雪崩…?」
恐れていた事態を覚悟したが、程なくして通信が入る。
他戦域で雪崩が起きたとの報告。
しかし規模は大きくなく、こちらへの影響は無いようとの事。
二人はほっと、胸をなで下ろす。
「どうにも、効率が悪ぃんだよな」
後方からオルニスを撃ち落としていた白秋は、考えていた。
自分たちの個々の動きは決して悪くは無い。サーバントに反応する動きも、天使に対する動きも後れを取る者は皆無に等しい。
「でも、何かが足りない」
一点突破をするための、何かが。
その答えを、自分はさっき見たような気がするのだが。
鳥群の中で攻撃をくり返していたヨルも同じ思いに駆られていた。
「……キリが無いんだよね」
敵の数が、あまりにも多すぎる。
自分が空けたわずかな穴も、一瞬にして他の鳥に覆い尽くされてしまう。
あの生きた防壁を打ち破るには――
彼らの視線の先には、道化の悪魔が微笑んでいて。
「ふふ…レックス、ようやく彼らは気付き始めたようですよ」
「ふむん? 何がであるか」
友の返しに、瞳を細める。
「この戦況を打破するために、何が必要なのかを」
悪魔の視線は、不機嫌そうなクロエの視線と交差する。
「そう言えば、あなた。先程から私の攻撃に合わせるとはやりますね」
「勘違いしないでください。どうせなら利用してやろうと思っただけです」
淡々と返すクロエに、クラウンは満足そうにその目を細める。
「それでいいのですよ。私たちに馴れ合いは必要ありません。互いに利用しあうのがここでの『正解』なのですから」
予想外の肯定と褒誉に、クロエは虚を突かれたように。
「……もしかして」
動きを指示できないのなら、狙って合わせればよい。
そう思って重ねた攻撃の威力は凄まじく、どんなに強固な鳥盾をも穿つほどで。
撃退士たちは、想像した。
――そのタイミングに合わせて皆で攻撃したら?
急に、視界が開けた気がした。
「つまりは勝つためにどんなものでも利用すべき、と言う事だ」
最後方でアスハは呟いた。
元より彼も味方の攻撃を利用し、射線を重ねる事でファティナが天使へと到達する道を開いていた。
それは悪魔とて例外では無く。
「僕は同じ事をくり返すだけだ」
後は他の誰かがやってくれる。
それだけの経験と教訓を、皆重ねてきたはずだ。
「さぁて、そろそろ本番ってとこかねぇ」
再び背に血色のオーラを携えた歩が、刀を手にリゼラの正面へとまわる。
その間に祈羅はちらりと悪魔の動きを捕捉し由真、縁とうなずき合い。
深呼吸ひとつ、天使へと言い放つ。
「ねぇ、リゼラちゃんはまだ迷子のまま?」
突然かけられた声に、リゼラは眉を潜め。
「何ですって…?」
「うちにはどうにも、リゼラちゃんは誰かに構って欲しい寂しがりに見えるものでね」
「なっ…!」
さっと顔を紅くする彼女に向かって、祈羅は矢継ぎ早に問う。
「ねぇ、うちらを殺して一体どうしたいの?」
「うるさいっあんたに関係ないでしょ!」
「褒められたいの? 認められたいの? 誰に?」
怒りで肩を震わせる少女へ、祈羅は微笑みかえる。
「褒められたいならおいでよ、撫でてあげるから」
「馬鹿にするな!」
その刹那、轟音が走り黒刃と白刃が折り重なるように鳥障壁を破砕する。縁が叫んだ。
「今なんだよー!」
悪魔の攻撃に重ねた由真と縁が穿つ穴に歩が滑り込む。繰り出されるは高速の斬撃。
「無様に嗤え」
受けた衝撃で少女の動きがわずかに硬直する。
追撃を防ごうとプリが覆わんとするが穿たれた穴の大きさにとてもじゃないが間に合わない。
蒼姫の援護を背に静矢が地を蹴る。
がなる刃は冥を纏いし高圧の一閃。
「かはっ……」
「悪いが此方が私の本領でな」
白金の大太刀はリゼラが身につけた鎧ごと粉砕し、その身を深くえぐる。
苦痛で声を出せない少女の瞳に、映るもの。
塞ぎきらない、壁の穴。
「どんどんいくよーー!」
彩華の号令にスレイプニルが間髪入れずプリを撃墜。
「このまま一気に押し切りましょー!」
ここからはもう、力押し。
次から次へと集まる鳥を、白秋やヨルが撃ち落としていく。
「てめぇの甲高い声が癪に障るんだよ!」
風を纏った那由汰は高速で鳥の群れを突破。
迅雷の如き高圧の一閃を天使の胴部へと打ち込む!
「――っ」
あまりの苦痛に少女の白顔が歪む。燃えるような緋の眼が恥辱と憎しみで濁りゆく。
「お前ら! いちいち鬱陶しいのよ!」
少女の手から離れた熱波は、紅い輝条となって撃退士を破壊せんとする。
「まあ、落ち着けよ」
盾で受けきったルビィは愉快そうな色をその紅玉の瞳に宿す。
「苛々するとろくな事にならねぇぜ?」
切り返すように黒刀を振るう。その隙を狙いゼロがすかさず強襲。
「ほら、こっちがガラ空きやで!」
「うるさい!」
数羽のオルニスが炎爆陣を組もうとするが、上空を駆ける華澄がそれをさせない。
「散りなさい!」
鮮血と悲鳴がくるくると舞う。打ち漏らした分は梟が捕らえその身もろとも地面へと打ちつける。
押され出した戦況に、リゼラは焦りを感じ始めていた。
「なんでよ…なんでなのよ…!」
噛んだ唇から血が溢れる。
思い通りにならない苛立ちに、思考が上手くまわらない。
激高するリゼラに、ファティナはくすりと笑む。
「怒ってばかりで可愛らしい顔が台無しですね、ヒステリーはみっともないですよ」
「うるさい! あんたなんかに」
「お返しですよ」
リゼラの言葉を遮るように、ファティナの冷たい声が響く。
そう。狙いは最初からこの天使のみ。
「貴女は私の大切なものを傷つけましたので」
だから絶対に。
許さない。
「気に入らない…」
あんたたちもあいつらも。少女は叫ぶ。
「なにもかもが気に入らないのよ!」
「気に入らないのは分かった。だから何?」
左手木立側で聞いていた雪人が、冷ややかに呟いた。
「壊したところで、その先に待つのは虚無だけなのに」
異質だから。
気に入らないから。
壊して、排除して、その先に何が生まれたと言うのだろう。
「ええ。私もそう思います」
ざりっ削音ひとつ。
治翠の盾が既に威力を失いつつあるズィリャの攻撃を難なく受け止める。
その顔には、相変わらず苦笑めいた微笑が刻まれていて。
この表情を見るたびに雪人はなぜだか申し訳ないような、それでいてどこか共有めいた安堵を覚えてしまう。
それは本来であれば他人にしられたくないと言うべき自身の過去を、知ってくれているという逆説的な感情。
その苦笑の理由も、離れないでいる理由も。
「……壊させないよ」
何もかも。
雪人の銀閃がズィリャの胴部を打つ。咆哮を上げる獣は凄まじい勢いをもって包囲網を突破せんとするが、治翠がそれをさせない。
雪人とは反対側に回り込んだ征治が、高速の一撃で後肢を貫く。
「手負いの獣は脅威だからね」
ただ愚直に、絶え間なく。
(余計なことは考えない。僕は自分の役割を見誤らない)
身に余る役を得ようとした愚かな少女を横目で見やりながら。
起動力を削ぐために徹底的に四肢を刺し続けた効果は大きかった。目に見えて動きが遅くなったライガーはなすすべも無く無闇に攻撃をくり返すのみ。
振り抜かれた鋭い爪をかわし、征治は叫ぶ。
「今だ、急所を狙い澄ませ!」
黄昏色の刃が上空から降る。
「眠りなさい」
ヘルマンが手にした大鎌が、音も無く首元を通過する。
それはまるで、スローモーション。
落ちた椿が雪を染め付けるように。
「名の示す心が二度と目覚めぬように…」
鮮血が舞う中――”嫉妬”の首が落ちた。
●第三楽章:ruin and
いつもいつも、自分ばかりが損をする
なぜ。どうして。あいつばかり
私はこんなにも頑張っているのに
私はこんなにも苦労しているのに
なぜ
なぜ
認めてくれないの
私を見てくれないの
※※
では、あなたに問いましょう
あなたは何を与えたのですか
あなたは何を与えられたのですか
何を得れば満足なのですか
何を奪えば満たされるのですか
知っていますか
見ていますか
本当に欲しいものは。
※※
五月蠅い
「左のズィリャが落ちたみたいだな」
一臣が受けた報告に、愁也は攻撃盾を構え。
「こっちももう少しだぜ!」
高速の一閃。
極限まで高められた剛撃は、ズィリャの巨大な牙を打ち砕く。獣は溜まらず反撃するも、狙撃手二人の徹底した回避射撃により致命傷を与えられない。
「そろそろ…沈んで貰おうか」
神削が漆黒の闇を帯びた刃を放つ。光を覆い尽くすほどの闇は強烈な威力となって、命を削り落とす。
「ナーイス神削くん!」
友真のガッツポーズに、残り三人も安堵の息を漏らす。
左右の脅威は、これで消えた。
五月蠅い五月蠅い
同じ頃、リゼラは猛攻撃を開始していた。
「さっさと死ね!」
由真が走り身を呈して猛火を受ける。
「怒りにまかせた矛では、私を貫くことなどできませんよ」
炎槍を受けきった彼女は、天使をきっと見据え言い切る。
人は脆い。けれど、強い。
痛みでは折れない。虐げられない。
どれだけその身を灼かれようとも、彼女の強靱な盾は砕けたりはしない。
「あなたのその哀しい心に、私は負けるつもりはありません!」
五月蠅い五月蠅い五月蠅い
彩華がどこか哀れむように告げる。
「自分が望むようになれないのは自分のせいです。だってそうじゃなきゃ自分でいくら努力しても無駄ってことになっちゃいます」
竜が好きだから、この道を選んだ。
だから言い訳をしたこともないし、するつもりもない。
「他人のせいにして羨んでばかりじゃ一歩も進めないですよ!」
五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い
黄金色を纏った火柱が上がる。
怒りに任せた爆炎は自分を護るサーバントすらも巻き込み破壊していく。その様を見た那由汰は、いっそ哀れむ眼で彼女を見下ろし。
「無様だな……お前」
「なにをっ!」
業火に灼かれながらも、那由汰はその表情を変えることは無い。
ただ、色の無いまなざしで破滅へと転がり行く姿を、見送るだけ。
――ああ、そうか。
この少女の何が自分のかんに障るのか、ようやく理解した。
力を持っていながら、何も生み出そうとしない。
その怠慢さに、嫌気がさした。
かつての自分を、見ているようだったから。
鳥壁に風紋が刻まれる。
「ゼロさん!」
魔法攻撃を放った蒼姫に合わせ静矢が跳躍。
「やれ! ここは私が援護する」
高速の一閃。
静矢の刃がリゼラの動きを一瞬止めた刹那。
視線の端で、黒影が揺れた。
○
リゼラは一瞬何が起こったのか、わからなかった。
左腕が熱い。
動かそうとして、違和感を覚える。
ぎこちなく視線を移し――
錯乱めいた絶叫が、白い大地を刻む。
「あ…あ……」
声にならない呻きを漏らし、リゼラは愕然と事実をただ見つめる。
あるはずの腕が、無かった。
「腕、いただかせてもらいましたわ」
大鎌を手にしたゼロが淡々と告げる。
冥斬に刈り取られた少女の腕は、血まみれの無機物と成りはて地に墜ちる。
まるで冗談みたいに。
出来の悪い悪夢のように。
「よくも…よくも…」
怒りと悔しさと痛みで意識が朦朧とする。
「私の身体を…よくもおおおっ」
血と涙で顔をぐしゃぐしゃにしたリゼラは、半狂乱で手当たり次第攻撃を放つ。
「させません!」
由真と祈羅が前面で庇い、ヨルと彩華がクラウンの攻撃に合わせ護衛陣を撃破。
そこを凄まじい冥の力を纏ったクロエの弾丸が飛ぶ。
「お前には、無様な散り様がお似合いです」
闇の強弾は天使の脇腹を貫通し、熾弦と縁が回復させれば静矢と蒼姫の蓮撃が翻る。
「小虫どもがあっ…」
鈍い手応え。
動きが止まる。
いつの間にか、目の前に少女が立っていた。
「ファティナさん!」
遠くで聞こえる熾弦の声に、ファティナは微かに笑む。
喉にこみ上げる血を吐き出しながら、彼女はそれでもリゼラから視線を逸らさない。
「痛いですね。とても」
腹部を貫く焔の槍は、内から全てを灼きつくすように侵食していく。
「なんで……」
確実に貫いた。
立つ力すら残っていないはずなのに。
ファティナは愚問だ、と言わんばかりに。
「倒れませんよ、私は」
最初から決めていた。
「私はこの痛みも何もかもを受け入れ――」
どこまでも美しく、微笑う。
「貴女を殺します」
少女はその時、恐怖を感じた。
死。
覚悟すらしていなかった闇が自分を覆い尽くそうとしている。
突き付けられた破滅の予感に、全身が震え出す。
「いや…死に……ない……」
アスハが叫ぶ。
「行け!」
杭状の凝縮アウルが少女の胸部を穿つ。
大きくのけぞった所をファティナが渾身の雷剣を撃ち込み、大きくバランスを崩した所を那由汰と華澄の強襲が穿つ。
「潔く散れ!」
大量の血を吐きながらリゼラは生け贄の黒炎を走らせる。
「女をよってたかって…ってのは性に合わねえんだが」
すかさず白秋が回避射撃を放ち。
「あんたの黒いもんごと全部飲み込んでやるよ」
だからもう。
軌道の逸れた黒炎を歩が避けきり、ルビィと挟撃の形でほぼ同時に刀を振り抜く。
「――残念だが終わりだぜ、お嬢さん」
紅銀の閃きが薄氷の戦意を粉々に打ち砕いていく。
糸の切れた操り人形のように少女の身体は力を失い――
緋眼の天使は、地に墜ちた。
「か……はっ……」
喉に溢れる血を吐き、リゼラは息も絶え絶え何とか意識だけを保っている。
苦しい。
視界が霞み、もはや知覚すらままならなくなっている。
息が出来ない。
――終わりだ。
少女は悟った。
自分はここで朽ち果てる運命だということを。
リゼラは朦朧とする意識の中で、全てを呪った。
結局誰も、最後まで自分を見てくれなかった。
このままで死ねない。
せめて、この世界に復讐をしなければ。
この命全てを、犠牲にして。
少女は吠えた。
「あんた達を巻き添えにしてやる!」
その時、加勢へと向かっていた一臣達は見た。
天使が放った自爆とも言うべき巨大な火柱。凄まじい爆撃に激しい地響きが起こる。
直後。
数十メートル上部の斜面で、大きく白煙があがったのを。
「雪崩れだ!」
愁也が警笛を鳴らすと同時、全員が一斉退避を始める。
しかし猛烈な勢いで滑り落ちてくる雪の波は、全てを飲み尽くす規模と速さで。
「逃げろ! 巻き込まれるぞ!」
地響きと悲鳴と。
視界が白くなる中、迫り来る白銀の波にファティナは立ちすくんでいた。
「ファティナさん逃げてください!」
自分を呼ぶ声がどこか遠くで聞こえる。
けれどもう、一歩も動けなかった。
「退避急いで!」
全力跳躍でぎりぎりリフト支柱に掴まった神削が青ざめる。
「まずい、でかいな…」
翼のある者は近くの仲間を抱え上空退避し、そうでない者も範囲外へ走るがあまりにも雪崩の規模が大きい。
「くっ…!これは逃げ切れそうも無いな」
一臣や愁也が避難しようと所へ、雪塊が凄まじ勢いで迫る。
「あかん、ぶつかる!」
友真が叫んだ瞬間、飛んできたクラウンが衝撃波で三人を雪崩外へ吹き飛ばす!
\割とひどい/
そして悪魔はそのまま身を翻し袖を振りぬく。
刹那、巨大なトランプが斜面を横切りながら、次々に地面へと突き刺さり。
あたり一面、真っ白に覆われた。
※※
ああ
そうか
どうしてこうなったのか、ずっとわからなかった
視界が暗くて暗くて、見ようともしていなかった
ようやく
明るくなった
私は自分で、奈落に墜ちたんだ
※※
「――見事、と言っておきましょう」
静まりかえった雪原に、悪魔の涼やかな声が響く。
大量の雪に埋もれた大地に、撃退士達は立っていた。
ただの一人も。
欠けることは無く。
「あぶ…なかったああああ」
彩華が泣き出しそうな勢いでへたりこむ。
リゼラの最後の攻撃で前衛数名が大きく負傷。気絶した華澄を竜に乗せて、すんでの所で離脱していた。
「これ……」
自分の目前で崩れかけている障壁を見て、ゼロは唖然となっていた。
深傷を負い動けなかった。完全に飲み込まれたと思っていたのに。
全員の無事を確認した友真が吐息を漏らす。
「ミスターこれのために壁、使わへんかったんやな…」
彼らの視線の先、雪の勢いで粉砕されているものも多いものの。
斜面に突き出たトランプ型の障壁が、雪崩の勢いを相殺していた。
意識を取り戻したファティナは、自分の身体を何か温かい感触が包んでいることに気が付く。
「気が付いたであるかー?」
目の前に突き出された大きな鼻。レックスのものと気付いた時、彼女の頬に温かなものが触れる。
「……シヅルさん?」
無言で抱き締められる。熾弦が泣いている事に気付き、ファティナはそっと彼女の髪を撫でる。助けに来た熾弦ごと、二人を助けた猫悪魔に感謝しつつ。
「そうだ、天使は……!」
樹上で雪崩をやりすごした征治は、雪原に視線を走らせる。
しかし辺りは静寂に満ちていて、物音ひとつ聞こえない。
「死んだ…のかな……」
「ええ、恐らくは…」
上空待機していたヘルマンが、僅かにうなずいてみせる。
雪崩れに飲み込まれた少女をこの目で見届けた。あの怪我では到底助かることはないだろう。
雪を踏みしめながら、縁が哀しそうに呟く。
「他者を踏みにじることでしか、自分の場所を作れなかったんだね…」
それはとても。とても。寂しいことで。
「気付いてくれなかったのが、残念でならないんだよー…」
雪人もやりきれないと言った様子で。
「せめて最期くらい、気づけたらよかったのにね」
「……ええ、そうですね」
治翠はつと視線を落とし、わずかに眉を曇らせる。
気づかせてくれる存在が彼女にもいれば、こんなことにはならなかったのだろうか。
「気付いていましたよ」
声が届いた。
撃退士達の視線の先には、いつもと変わらぬ悪魔の微笑。
「だからあの者は死を受け入れたのです」
出した障壁に護られようともせずに。
雪崩れに飲まれることを選んだのだ。
「……受け止めてあげられたのかな。少しは」
祈羅は歩の手を取り目を伏せる。歩は何も言わず、ただ雪面を見つめていた。
彼女を討った感触を、胸に刻みながら。
恐ろしく、静かだった。
誰も何も言わず。
ただ迫りくる何かを、待ち続けているかのようで。
「他班はどうしてるんだろう……」
雪人が山頂を見上げた、
その時。
「あ」
光が一瞬、弾けたように見えた。
まるで恒星が最後の輝きを見せるように。
この世界を照らすように。
錯覚か、否か。けれどそれを境に空の光が緩やかに薄くなる。
『コア、撃破しました。繰り返します。ゲートコア撃破しました』
飛び込んでくる報告。歓声が上がるよりも、ただ惚けるように。
上空を見上げていた蒼姫がわずかに呟く。
「他のみんなは…?」
無事なのだろうか。
仲間も。そしてあの大天使は。
「報告は無いな……」
不安げな蒼姫に寄り添い、静矢は周囲を伺う。
息を殺す気配。
静寂の訪れた世界に風が吹く。
その中に、光るものが混じった。由真がそっと手を伸ばす。
きらきらと、輝くそれが光を撒きながらすり抜けていく。
ヨルが光を掴んだ。
「これは……」
手の中にあるものに、ああ、と声が漏れる。
柔らかな黄金の羽根。まさしく、『光(ルス)』の名の通りの。
「もしかして……」
縁の声が微かに震える。もしかして、これは。
静寂の中、二柱の悪魔は舞い落ちる羽根を見つめていた。
「……綺麗であるな……」
それは哀しいほどに美しく。
道化の口元に微笑の影が宿る。
「――望みは果たされたのですね。黄金の大天使」
全てを投げ打ってでも求めたもの。
力を失い、死に瀕し、それでも抗おうと手を伸ばした。
通信の音が耳を打つ。
月華の元に集う全てに向けて、その報告が告げられた。
『大天使ルスの死亡を確認しました』
彼女は賭けに、勝ったのだ。
●最終楽章:gloria
光は啓くもの
光は満ちあふれるもの
光は。
称えるべきもの
○
剣山ゲート『月華』は破壊された。
ゲートによる一般人被害者、ゼロ。
現地混乱による一般人負傷者数、軽傷数名。
撃退庁および久遠ヶ原学園撃退士被害者、重軽傷者数十名。
死者、ゼロ。
環境破壊および施設破壊、中度。
討伐天魔、天使リゼラ。
死亡確認天魔、大天使ルス。
学園保護天魔、天使エッカルト及び使徒レヴィ。
○
「もうすぐ日が暮れますね……」
彩華は茜に染まり始めた西の空を、見送るような面持ちで見つめていた。
何もかもが収束していくような感覚。
その背では華澄が静かな寝息を立てている。酷い怪我だったが、大事には至らなそうでほっと息をつく。
全ての報告が入った時には既に夕刻を迎えようとしていた。
夕暮れの中、彼らはこの剣山で起きた全てをようやく知る事となる。
「ルスさんは命尽きるまで、あの二人を護ろうとしたんやな……」
友真の言葉に、愁也は手元の羽根を見つめる。
「そんだけ、想いが強かったってことだよな…」
愛していたから。
信じていたから。
二人の『我が子』に未来を託した。
神削がぽつりと言葉を漏らす。
「結局俺たちは、何が出来たんだろう……」
見守る事しか出来なくて。
終わってみればもっとやれる事があったんじゃないかと、いつも考えてしまう。
応えたのは悪魔。
「あなた方は見届けたではないですか」
ちゃんとその目で、その心で。
「それがあの者達の生きた証なのですよ」
だから彼女の魂を、称えんと。
「――ミスターも…ですね」
一臣の端的な問い。
見ている。
知っている。
覚えている。
その命を、魂に刻むことが出来たのなら。
そして、いずれ自分の命も――
「ええ、私は本望です」
悪魔はゆるやかに微笑んだ。
「ねえ、クラウン。レックスの毛触ってもいい?」
ヨルの言葉にクラウンが返すより早く。
「もちろんであるぞ」
言うが早いかヨルへ向けて頬ずりをする。ふかふかの毛皮に覆われながら、ヨルは目を閉じ。
温かい、感触。
生きている。
「…覚えて置きたいから。今までの事も、今日一緒に戦った事も、毛の感触とかも、全部」
それは来たるべき近い未来を、予感しているからなのかもしれない。
「レックスさん、さっきはありがとうございました」
意識を失ったファティナを熾弦とアスハが抱えている。
「こういうのもたまには悪くない、な」
誰かの願いに向けて引き金を引いた。
こういうことも、あるのだと。
「はー…それにしても、さすがに疲れましたね」
征治がほうと息を吐く。
緊張の糸が解けると共に、一気に疲労が襲ってくる。見ていた由真が微笑んで。
「ずっとズィリャに張り付いていましたものね。お疲れさまでした」
「いや、僕は…天使と向き合っていた方が大変だったでしょうし」
由真はかぶりを振り。
「天使との戦いに集中できたのは、あの二頭を完全に抑えてくれた方達のおかげですから」
「あ……ありがとうございます」
役割に徹す。
その言葉が、改めて心根に収まっていく。
「全く……無茶をしますねこの人は」
気を失っている那由汰を背負い、治翠は苦笑する。雪人も頷きながら。
「でも…ちょっとよかったかも」
不思議そうに見やる親友に向け、雪人はくすりと笑む。
最後の攻撃に巻き込まれてでも、天使から離れようとしなかった。
「恒河沙さんがあんなに熱くなるんだって、知れたから」
「帰ってゆっくり湯にでも…って気分だな」
ルビィはそう呟きながらも、一人稜線に沿って立ち。剣山の景色をカメラに収めていく。
――綺麗なもんだ。
大自然の寛容さは今そこであった事件さえも飲み込み、ただそこにあり続ける。
同じく無言で連なる山々を見つめていたクロエは、今日の一戦について考えていた。
天魔への隔意は今だ消えない。けれど。
共に穿った一撃は、不思議なほどに爽快だったから。
「よく意識保ってますねぇ〜」
蒼姫と静矢に肩を貸され、ゼロは何とか歩みを進める。
「痛たたた…さすがに今回はやばかったわー…」
正直、死を覚悟したほどで。
それでも笑い飛ばすゼロを見て、静矢は呆れつつも微笑みながら。
「何にせよ生きて帰れるのなら何よりだ」
彼の言葉に蒼姫はゆっくりと頷いてみせた。
「ミスター達!」
縁がクラウンへ向けてぶんぶんと手を振る。
「理由はどうあれ、すっごく助かったんだよー!お礼は次の舞台で!なんだね!」
白秋も笑いながら、軽く手を挙げてみせる。
「なかなか熱かった。次も楽しみにしてんぜ」
クラウンはそんな二人に微笑んでみせると、近くに居た祈羅へと声を掛ける。
「時に、あなた」
「えっ?」
驚く彼女に興がりながら。
「あの天使に対してなかなか言うじゃありませんか」
「う」
挑発した時のことを言っているのだろう。祈羅は隣で笑いをこらえる歩の脇をつついてから、茶目っ気たっぷりに。
「どこかのひねくれ悪魔ほどじゃないけどね?」
それを聞いた悪魔は、いかにも愉快そうに笑うのだった。
※※
明け方。
静まりかえった剣山の麓。
上空から天を眺める悪魔が、ひとり。
「……お疲れさまでございました」
ヘルマンの老いた瞳には、稜線の合間に昇る光が見えていた。
眩しいほどに、希望に満ちた輝き。
彼は想う。
長い夜は、いつしか終わる。
黄昏の先には、必ず夜明けが巡ってくる。
それは万物の流転という、この世界が存在した時からの決まりごとなのだから。
美しい、魂。
そうして命は何度も巡る。