転移装置から足を踏み出した途端、穏やかな風に混じってわずかに潮の香りがする。
海の気配を胸いっぱいに吸い込みながら、日比谷ひだまり(
jb5892)はそのルビーのような瞳を輝かせた。
「わあ、暖かいのですわー!」
ここは九州の南端、種子島。十二月でも気温が二十度を超える日が珍しくない温暖な島だ。
「久遠ヶ原は雪が降るくらい寒いのにねー。さすがは種子島!」
辺りを見渡しながら、高橋 野々鳥(
jb5742)が嬉しそうに言う。さすがに服を脱ぐには寒いけどね!
同じく周囲の景色を眺めながら、奉丈 遮那(
ja1001)がおっとりと微笑んだ。
「とっても綺麗な場所ですね〜ここで音楽ができたら素敵に違いありません」
自分の歌が、傷ついた人の心に届けられれば。それが彼女の目標でもある。
「今、種子島は天魔の事で大変だけど…そんな島の人達を元気づけたい!」
そう言って張り切るのは、川澄文歌(
jb7507)。アイドル志望の彼女、音楽は人を勇気づけられると信じ日々努力を重ねている。
「ぼ、僕も人前で何かするのって苦手だけど…少しでも力づけられたらいいなぁ」
犬川幸丸(
jb7097)は緊張で頬を紅潮させている。人見知りをしてしまう自分だけれど、何か役に立ちたい。そんな思いでこの依頼に参加した。
そんな幸丸の緊張を和らげるかのような、幸広 瑛理(
jb7150)の穏やかな声音。
「そうですね。皆で協力して、歌や音に楽しい記憶を乗せられるよう頑張りましょうか」
年相応の落ち着きのあるたたずまいが、不思議とメンバーを調和させる。
年齢も性別も種族でさえも様々なメンバー。
けれど彼らは皆、この時確かに同じ方向を見ていた。
引率のミラ・バレーヌ(jz0206)が全員を見渡し、生き生きと告げる。
「ではみんな! 音楽で種子島の人々を元気づけようでは無いか!」
●種
到着したメンバーは、ミラやゼミ生と共に手分けして準備を行うことにした。
「まずは、コンサートをやるってことを知ってもらわないとね!」
野々鳥が予め貸出申請を行っていた楽器を運び出す。ドラムやアンプなど重いものは女の子の手前進んで運ぶ。
「そうですね。避難所のお手伝いがてらお話しをするのはどうでしょう」
作業着姿に着替えた遮那が、長い黒髪を結い上げながら提案する。
せっかくのコンサートだから、少しでも気持ちに余裕のある状態で聞いて欲しい。そう考えた彼女は、自ら掃除や炊き出しを手伝うつもりだった。
「いいですね。僕も島の人とコンサート前に交流できればと思っていたところです」
同じく重いものを率先して運びながら、瑛理も頷いてみせる。
他のメンバーも満場一致で賛成。まずは全員で避難所を訪れてみることにした。
避難所となっている学校の体育館には、多くの人が詰めかけていた。
この島が天魔に襲われて早三ヶ月。その間、島外に避難した人もいればここでずっと避難生活を強いられている人もいる。
「皆さんあまり元気が無いですね…」
幸丸が不安そうに呟く。彼の言うとおり、避難所にいる人々の顔には、疲労が色濃く浮かんでいた。文歌もうなずきながら。
「普段久遠ヶ原にいると気付かないですが…侵略されると言うことはこういうことなのだと、嫌でも思い知らされますね…」
人々の日常さえ奪ってしまう。虐げられるのはいつだって、弱者で。
「こんな中でコンサートを楽しんでもらえるのか、心配ですわ…」
不安そうなひだまりに向かって、ミラが微笑む。
「確かに皆毎日の生活だけで精一杯だろう。いつ終わるかわからない状況は、心身を疲れさせてしまうからね」
でも、とミラはしょんぼりしているひだまりの頭をぽんぽんとやりメンバーを見渡す。
「だからこそ、心に栄養を与えてあげるのはとても大事なことだ。僕は音楽にはその力があると信じているよ…!」
どんな状況でも、自分たちに出来ることはきっとある。
「よーし、せっかくここまで来たんだもの。みんな頑張ろーう!」
野々鳥の明るい声が、皆の気持ちを励ますのだった。
撃退士達は避難所で各自出来ることをやっていった。
遮那や瑛理は掃除や洗濯、炊き出しを積極に手伝うことで住民との交流を深めていく。
「ここの生活は大変だと思いますが、少しでもお役に立てれば〜」
遮那は慣れない手つきながらも、一生懸命作業をこなしていく。
最初は戸惑っていた島民達も、真摯な想いは伝わるもので。行動を共にするうちに、自然と心が通い合う。
「暖かい飲み物はいかがですか〜」
「お姉さん、ここはとても綺麗な場所ですね。種子島の名産は何ですか?」
瑛理にお姉さんと呼ばれたのが嬉しかったのだろう。問われた中年女性達は皆女学生のように話に華を咲かせる。
いつの間にか、和気藹々とした空気が避難所内に満ちていた。
野々鳥は手伝いの合間にギターで弾き語り。
「明日の〜ご飯はお寿司がいいな〜♪ いやでも〜カレーでもいいな〜♪」
即興で作ったゆるい歌に、聞いた子供達が笑う。
「何それ変な歌詞〜」
いつの間にか兎の着ぐるみを着た文歌は、お年寄りに島の民謡を教えてもらいながら一緒に歌う。
「良かったらどうですか?」
持ってきたタンバリンやカスタネットの使い方を教え、遊びがてらみんなで演奏。
最後は野々鳥も加わってちょっとした即興演奏会にまでなった。
「明日はもっと凄いのを聞かせてあげるよー!」
「一緒に手伝ってくれるお友達はいますかー?」
二人の呼びかけに、子供達はこぞって手を挙げる。きっと退屈な避難所の生活に飽きていたのだろう。皆とても生き生きした表情だ。
ひだまりや幸丸も丸一日お手伝いをした後、コンサートの開催時間や場所入りの歌詞カードを皆に配った。
「明日ぜひ遊びに来てほしいのですわ!」
「一緒に歌ってくれると嬉しいな…!」
手作りのカードには、一枚一枚サンタやトナカイが描かれたいたり、赤と緑と白を基調にしたクリスマスカード風デザインにしたりと、手が込んでいる。
丁寧にふられたふりがなを、小さな子供が母親と一生懸命読み上げている。目尻にいっぱい皺のあるおばあさんに「明日楽しみにしているよ」と言われ、二人は顔がほころぶのだった。
●蕾
「わあっ晴れたのですわー!」
ひだまりが抜けるような青空を見て、嬉しそうな声を上げる。
本日は快晴。風も穏やかで野外コンサートにはうってつけだ。
まずはグラウンドで開始前の舞台作り。
午後の開演のために、朝から大忙しだ。
「これで簡易ステージが作れると思います」
幸丸が準備してきたのはプラスチックコンテナと、大きな木の板。ステージを借りるのは難しいのではと考えた彼が、事前に申請しておいたものだ。
「これはいいですね。あ、重いものは僕が運びましょう」
瑛理が率先して運びながら、皆で簡易舞台作り。子供やお年寄りが上がってこられるよう、低めのものだ。
全員でステージを完成させた後は、会場の飾り付け。
瑛理と幸丸は持ってきた紙粘土フェルト折り紙と絵の具工作用具を使って、オーナメント作りを始める。それを見て、子供達が興味津々に集まってきた。
「じゃあ皆で作りましょうか」
「ねえお兄さん、これはどうすればいいの?」
集まった子供に幸丸は丁寧に教える。いつもは引っ込み思案な自分だけれど、頼りにされるのは嬉しい。
手伝ってくれる子のペースに合わせ、一緒に粘土をこねたり色を塗る。
フェルトで作った小さなツリーは、ちょっとした自信作だ。
瑛理はおやつを皆に配りながら、お手伝い。
「頑張って働いてくれたから疲れたでしょう? 甘い物でもどうぞ」
もちろん、暖かい飲み物も一緒にと。
こうして出来上がった飾りを、遮那や文歌が子供達と一緒に飾り付けていく。
「こんな感じでどうでしょう〜?」
遮那が取り付けた飾りに、子供達の厳しいチェックが入る。
「もうちょっと左! うん、そこー!」
「みんなも飾ってみますか?」
文歌に渡された輪っか飾りや星を、彼らは張り切って取り付けていく。
「私たちよりもずっと上手いですね〜」
子供達の働きっぷりに、遮那と文歌は思わず微笑んでしまう。
その隣では、野々鳥がひだまり達に楽器を教えていた。
「うん、上手上手!俺より上手じゃん!」
褒めて伸ばすのがモットーの野々鳥。褒められたひだまりや子供達も、笑顔いっぱいだ。
きらきらした目で楽器を見ていたミラを、ひだまりが誘う。
「あ、あ! ミラ先生もちょっとやってみませんこと?」
「ぼ…僕もいいのかい?」
そう言いながらも、小学生に混じって嬉しそうにトライアングルを叩く。
「凄いぞひだまり君音が鳴った!」
「すげーのですわっミラ先生! お上手ですのよー!」
こうして、皆で創り上げたコンサート会場は完成。
後は開演を待つのみとなったのだ。
●咲
会場に集まった人達を見て、遮那は呟いていた。
「こんなにもたくさんの人が…」
予想を超える人数に、瑛理も目を細める。
「嬉しいですね。純粋に」
最初は聞いてもらえないんじゃ無いかとさえ、思っていたのに。
大人も子供も、避難所で見かけた人のほぼ全てが集まってくれていた。それだけで、胸がいっぱいになる。
幸丸がブルーシートを観客席の一部に敷きお年寄りが座れるようにし、ひだまりが客を誘導。
会場の熱気は、これから始まるコンサートに向けて徐々に高まってきていた。
「今日は集まってくれてありがとー!」
マイクを通した野々鳥の声が、広場に大きくこだまする。
制服に少しアレンジを加えた衣装を着た文歌も、元気よく呼びかけ。
「みんな、今日は楽しんでいってね♪」
「「それじゃあ、コンサート始めるよ!」」
かけ声と同時、瑛理のドラムが軽快なリズムをたたき出す。文歌と幸丸が弾くギターと野々鳥のベースが一気に音を重ね。
続いてひだまりが奏でるキーボードと、ミラやゼミ生が叩くタンバリンやカスタネットの音が舞台を彩った時――野々鳥と文歌の歌声が、会場いっぱいに咲き誇った。
一曲目は明るく華やかなポップス曲。
遮那ははつらつとしたダンスを披露。観客と一緒に手拍子をしたり、子供達を誘って曲を盛り上げていく。
ライブ慣れをしている野々鳥のおかげもあって、掴みはばっちり。
普段ののほほんさからは想像も出来ないほどに、飛んだり跳ねたりアグレッシブに歌い上げていく。
歌いながら野々鳥は不思議な感情が沸いてきていた。
最初は楽しんで欲しい、と思っていた。けれど今はそれだけじゃない。
歌わせてくれてありがとう。
そんな想いが、自然と溢れ出てくる。
明るいポップスで盛り上げた後は、軽快な童謡アレンジ。
今度は文歌が澄んだ歌声を披露。
「このギターは本来V兵器だけど、こんな風にみんなを楽しませることもできますよ♪」
演奏するのは、愛用のピンク色をしたミニエレキギター。不思議なくらいに明るい音色を響かせる。
誰もが知ってる童謡は、観客も一緒になってコーラス参加が出来る。ライブは観客と一体化しどんどん盛り上がりをみせていく。
ポップスステージ最後は、冬をテーマにした流行歌。
瑛理がここでパフォーマンス演奏を披露する。
スティックを回しながら宙に投げ、キャッチ後サスペンデッド・シンバルを叩く。片手だけでスネアを叩いて見せたりと、大盤振る舞い。
「凄い、実はかなりの上級者だね?」
野々鳥の言葉に、笑みながら。
「高橋さんには敵いませんが」
そんな二人の演奏は、思わず息を呑むほどであった。
中盤は、島の人に習った民謡プログラム。
遮那や幸丸に手を引かれたお年寄りが、舞台へと上がってくる。
マイクを渡し、思う存分歌ってもらう。参加者主体の企画ステージだ。
「ゆっくりで構いませんよ〜」
遮那が重ねるように優しく歌うと、最初は恥ずかしがっていた人も次第に楽しげな表情へと変わる。
ちょっとくらい音を外すのもご愛敬。
顔をしわくちゃにしながら陽気に歌うおじいさんを見て、遮那は何だかとても嬉しくなってしまう。
幸丸はおばあさんに教えてもらいながら一緒に民踊。
おぼつかない踊りも、みんなと一緒にやれば不思議と楽しい。子供達が笑顔で踊るのを見て、心が温かくなる。
終盤はこの時期ならではのクリスマスソング・メドレー。
ひだまりや文歌がさっそく観客席へと降り、カスタネットやタンバリンを配りながら誘う。
「さあ、みんなで演奏するのですわー!」
軽快なリズムとお決まりのフレーズ。それだけなのに、楽しくって仕方ない。
「ミラ先生も踊りましょっ!」
遮那と文歌が歌い、幸丸と瑛理がタンバリンを鳴らす。
野々鳥が次々に観客にマイクを向ける横では、ひだまりとミラが子供達とくるくる回る。
観客を巻き込み歌って踊って、盛り上がりは最高潮。
輝く笑顔でひだまりが声を張る。
「『楽しい』は共鳴するのですわ!」
そして最後は全員で、きよしこの夜。
大人も子供も、お年寄りも。
歌が上手な人も、苦手な人も。
幸丸とひだまりが作った歌詞カードを持って、優しい歌声を響かせる。
その音は、まるで祈りのように空へと広がってゆき。
満開の笑顔で歌う子供達、ほんの少し照れたり、涙を浮かべながら歌う大人達。
彼らの姿を見た時、遮那の心が震える。
ああ、なんて音楽って素敵なんだろう。
島の人達の抱える想いは、自分たちにはきっとわからない。
けれど一緒に歌うことで少しでも寄り添うことができたのなら――
それはどれほど、尊いことだろう。
ひだまりもミラや子供達と手を繋ぎ、祈りを込めて歌い上げる。
今年も来年も、その先も。
心の温かいクリスマスを、どうか皆が過ごせますように。
嬉しい涙を流す人が、少しでも増えますように。
いつの間にか、自然と涙が溢れた。
瑛理はもう一度この場所に帰ってきたいと思う。
願わくば、一度と言わずこれから先も。
日常の笑顔が戻るまでずっと続けられたら、どんなに素晴らしいだろう。
幸丸もそれは同じだった。
自分の決して上手いとは言えない演奏を、喜んで聞いてくれた。
準備した歌詞カードを大事そうに使ってくれた。
自分たちが出来ることは、まだこんなにもあるのだとわかったから。
文歌はみんなにお辞儀をしながら、礼を伝える。
「今日は楽しい時間を本当にありがとう♪ みんなの笑顔が私にとって最高のプレゼントだよ!」
音楽は与えるだけでは無い。聞いてくれる人に与えてもらうのだと知った。
こんなにも、自分が勇気づけられることを。
こんなにも、胸が一杯になることを。
教えてくれた皆に、心からの感謝を。
野々鳥が皆に手を振りながら最後の挨拶。
「最高のステージをありがとう!島の唄、教えてくれてありがとね!」
これからもきっと、皆を助けにここに来るから。
伝えるのは未来へ繋がる希望の言葉。
「その時はまた一緒に歌いましょーう!」
蒼穹に咲む、祈りの奏で。
それは確かに、島民の心へと響いたのだ。