●開幕前の意気込み
「今回は人質もいないみたいだし。俺は勝負を純粋に楽しもうと思う」
七ツ狩 ヨル(
jb2630)の言葉に、桜木 真里(
ja5827)も頷く。
「そうだね。自分達もクラウンも楽しめたら。でも負けないよ」
「インフィとしては命中を競うナイフ投げは負けられませんねー!」
「おうよ、もちろんだとも」
櫟 諏訪(
ja1215)とミハイル・エッカート(
jb0544)がやる気に満ちた所で、声が響く。
「ようこそ、『悪魔のサーカス』へ」
現れた青年姿のマッド・ザ・クラウンに対し、小野友真(
ja6901)が声をかける。
「その姿は遊園地ぶりですね? 今回もどうぞ宜しくミスター」
七人目の”演者”の登場に、加倉 一臣(
ja5823)も呟く。
「いつもと趣向が違う…が、ミスターと勝負が出来る稀有な機会」
不敵に笑んで。
「大いに楽しませてもらうさ」
――シリアスタイム終了――
●と言うわけで開幕
<一投目>
最初にスタート位置に立ったのは一臣だった。
同時に十メートル先に『的』が現れる。二本足が生えた微妙な姿を見て、ふと思う。
あれ、なんか同属意識が…。
「いや待てあれは敵だ。しっかりしろ俺」
スタート合図と同時、的へと駆け出す。対する的も逃走開始。
「くっ…意外と速い…!」
見た目からは想像も出来ないほどに素早い。自身の移動力では追いつけそうにないと判断した一臣は、ここでショットガンを手にする。
「こうなりゃ動きを鈍らせるしか…!」
すかさず精密狙撃。的は素早い動きで回避行動を見せたが、そこは高命中のインフィルが勝った。
見事足へと命中し、スピードが弱まる。一気に距離を詰めたその時。
「――っ!」
的が勢いよく白煙を噴き出した。
視界が真っ白になり一瞬見失う。目を懲らした一臣の目に映ったのは…。
「あ、あれ…ミスター?」
目前に立っていたのはクラウンだった。微笑みながら離れてゆく姿に躊躇する。
「一臣さん何してんの!」
友真の呼びかけにはっと気がつくと、クラウンはいつの間にか的に変わっていた。
慌てて追いかけながら一臣はなるほど、と思う。
「これが能力…ってやつか」
的とある程度の距離を保ったまま、ナイフを手にし――
狙いを定めると、中央へ向かって勢いよく投げた。
「お見事」
背後からクラウンの声。的の中央に刺さったナイフを見て、一臣は息をつく。
「何とか…一番手の役割は果たせたかな」
一臣:100点
※
「ところでどうしてこうなったのだろう」
クラウンの手番が来て、一臣は遠い目をしていた。的は当然準備されるものと信じていたのに。
「やだ俺、似合う…つらい」
的の着ぐるみを着た一臣を、ミハイルや真里がいい笑顔で励ます。
「おう一臣、いい感じだぜ」
「頑張ってくださいね…色々。骨は拾います」
諏訪がぽつりと。
「あ、急所だけは気を付けた方がいいですよー?」
こうして一臣は泣きながら位置へと着いた。
「では、私も一投目は小手調べといきましょうか」
開始直後、的もとい一臣は一気に駆ける。目指すはヨルが予め準備しておいた闇の空間。
「なるほど、考えましたね」
追走してきたクラウンは、一旦立ち止まる。互いに暗闇状態だが、一臣は暗視鏡のおかげで視界が確保できている。
クラウンはゆっくりと気配を探るように近付いてくる。一臣が離れるように動いた瞬間。
間合いを詰め、ナイフを投擲。諏訪やミハイルが妨害しようと試みるが、闇の中で反応が遅れた。
「くっ…!」
「ふふ…確かに視界は悪くなりますが。あなたもここから大きく動かない以上、狙いやすいですからね」
放たれた三本のナイフは、的の中央寄りに刺さっていた。
クラウン:210点
<二投目>
「一臣さんの時を見る限り、俺も追いつくのは難しそうやな…」
自らの移動力を鑑みて友真は考えていた。
「とにかく、逃げられんうちに先手必勝や!」
開始直後先に動いた友真は一気に間合いを詰め、ワイヤーを的の足へと飛ばす。
絡め取られバランスを崩した的はその場に転倒。そのままナイフを投げようとするが、再び的から白煙が噴射される。
「それは予測ずみやで!」
幻術に飲まれる前に後方へと退避。そのままナイフを取りだし。
「俺は四本投げさせてもらおかな!あっ中途半端とか言うのなしやで」
動きが著しく鈍くなった的に向かって、白煙の外から投擲。
視界不良のため高得点範囲は少ないものの、友真は一本も外すこと無く全て命中させた。
ちなみにこの間、「クラウンー! こちらはどうであるかー!」と黒猫の着ぐるみを着た一臣がクラウンに冷たい目で見られ、真里が「似合ってます加倉さん。提案して良かった」と微笑む事案が発生した。
友真:210点
交代の合間、メンバーは話し合っていた。
「さっきは一臣さんの代わりを演じてみたのですかー…ばれてしまったみたいですねー?」
雫衣は移動すると解けてしまうために、逃げなかったからだろう。
「じゃあテラーエリアは使わない方がいい?」
ヨルの言葉に、ミハイルがかぶりを振る。
「いや…暗闇自体は悪くない手のはず。もう少し工夫してみようぜ」
※
「おや、これは一本取られましたね」
クラウンが感心したように目を細める。闇の中で二投目を放った直後、一臣の合図で潜んでいたヨルが彼を抱えて飛んだのだ。
結果、的に刺さったのは一本だけだった。
クラウン:30点
<三投目>
「俺は命中が心許ないから、確実性を狙っていくよ」
ヨルは先に走り出した的を追走しながら、自身の命中率を上げていく。
「出来れば束縛を狙いたかったんだけど…あの移動力だと無理っぽいしね」
しかも近付けば白煙や幻術の罠があるらしいことは、先の二人の行動でわかっている。
ヨルは慎重に間合いを取ると、ナイフを手にする。
手に持ったのは一本。たくさん投げて当たらないよりはましだ。
中央だけを狙い定め――その一投を放つ!
「……よし」
ナイフは、的の中心にぴったりと刺さっていた。
ヨル:100点
※
「ところで此度の舞台。何故私がこの姿でいると思いますか?」
突然クラウンからの質問に、撃退士達は顔を見合わせた。
「単にリーチの問題かなて思ってたけど…」
しかしよくよく考えてみれば、がその程度で姿を変える必要があるだろうかとも思う。
「もしかして何か理由があった…?」
聞いたクラウンは、くすくすと笑い出し。
「ええ、もちろんですよ」
答えたと同時、手元に巨大な鎌が出現する。
まさかと思った時には時既に遅し。
黒曜石をも思わせる漆黒の刃が振るわれた刹那――
\(^o^)/
放射状に広がる衝撃波が、前方にいたメンバーを吹き飛ばした。
その後難なく間合いを詰めたクラウンは、一臣の目前でナイフを五本放つ。ひっくり返った友真が叫ぶ。
「大人なのに大人げないなミスター!」
「おやそうですか? 私は『あなた方を攻撃しない』とは言っていませんよ」
自分たちも武器やスキルが使える以上、クラウンもそれは同じ。
「ふふ…手加減はしますから死にはしませんよ」
一気に逆転されたスコアを見て、ヨルが呟く。
「…なるほどね。大鎌はあの姿じゃ無いと使えないってことか」
クラウン:410点
<四投目>
「さて、ここは外すわけにはいきませんねー?」
諏訪は的を前に思案にふける。
先の三人の結果を観察したところ、的に他の能力は無さそうだ。しかしまだわかっていないことがある。
「とりあえず自分は、スキルで動きを止めてみますねー?」
諏訪は持ち前のペースを崩さず、束縛の幻影を放つ。
しかし的は影響を受けているようには見えない。どうやらバッドステータスに対する耐性はかなりあるようだ。
「と言うことは、別の方法を使った方が良さそうですねー?」
六人中最も移動力の高い諏訪は、的へと追いついた。足下を勢いよく薙ぎ払い、そのまま押し倒す。
「容赦なく、確実に決めさせてもらいますよー?」
白煙の中、諏訪は落ち着いたまま手にしたナイフを五本とも放った。
諏訪:240点
※
次なるクラウンの投擲は、全員一丸となっての阻止を試みた。
ヨルがリコーダーを取りだし、おもむろに練習開始。
途中でつっかえたり何か気になる系の音で、クラウンを微妙な表情にさせることに成功。正直その発想は無かった。
微妙な面持ちの悪魔が放った攻撃を、ミハイルと諏訪が身体を張って守りつつ、一臣を転ばせ吹き飛ばし回避。
間合いを詰めたクラウンを避けるため、真里がウィンドウォールをかけ、友真が一臣の足首に結ばれたロープを全力で引っ張る。
倒れた的に投擲されたナイフは、一臣の顔面と引き替えに二本の命中で済んだのだった。
クラウン:130点
<五投目>
「さて、インフィ組の締めは俺だぜ」
不敵に笑んだミハイルが、ナイフを手に的を見据える。
今までのメンバーのおかげで、相手の能力は理解した。ここはやはり自信満々で宣言すべきだろう、戦いに赴く男として!
「ふっ…練習もばっちり積んだからな。全部真ん中に当ててやる!」
開始と同時、手にした金属糸を的へと放つ。足下を絡め取られバランスを崩した所へすかさず飛びかかり、再びロセウスでがんじがらめに。
「逃がさないぜ! 俺がきっちりととどめ刺してやるから大人しくしろ!」
対する的も白煙で抵抗するが、ほぼ動けない状態では意味が無い。
ミハイルはゆっくりと四本のナイフを掲げ――スターショットで投擲した!
「やったぜ!」
さすがの高命中。四本は中心に近い位置へ全て刺さっていた。
ミハイル:340点
※
五投目のクラウンはやっぱり容赦なかった。
全員が吹き飛ばしを警戒する中、今度は大鎌から長く伸びるオーラを飛ばす。
まるで猫の尻尾のようなそれは、彼らの間をすり抜け一臣の足下へと巻き付く。
鎌を水平方向に勢いよく振ったと同時――一臣の身体は宙へと舞った。
しかしここは友真も負けてはいない。
足首のロープを必死に引っ張り応戦。
「ちょ、やめ…俺の身体が」という悲鳴がこだまする中、ナイフが放たれたのだった。
クラウン:330点
<六投目>
さて、現時点での両者の累計得点は以下の通り。
撃退士チーム:990点 クラウン:1110点
「ここで俺が逆転しないと負けちゃうね…」
真里が若干緊張した面持ちで、位置へと着く。その手には何故かバケツ。
自分はインフィルほどの命中力は無い。しかも的はバッドステータスに耐性があるらしい。
ならば…と真里はバケツを抱え。中身を勢いよく投げつけた!
「それは…!」
投げたのは大量の油。直撃は回避したものの足下が酷い状態になった的は、明らかに逃げる動作がおぼつかない。
「束縛は効かないみたいだけど…動きを封じる方法はあるものね」
真里はにっこりと微笑んで距離を詰めると、的をあっさりと転倒させる。
そしてナイフを手にし――逆転の一手を投じた。
真里:210点
※
「では、これが最後の一投ですね」
微笑むクラウンに対し、全員が真剣な表情で構える。
現在の点数差はわずか90点。あっさりとひっくり返される差だ。
「ふっ…ここは何が何でも阻止してやるぜ」
ミハイルが一臣の前に出て盾を構える。
「こいつには傷一つ付けさせないぜ!」
「ミハリン…!(キュン」※一臣です
張り切るミハイルにつられ、友真や諏訪も応戦の構え。
「ここまで来たら、俺も一臣さん守るからな!」
「絶対に当てさせませんよー?」
後方には真里とヨルが控え。
「補助は俺たちに任せて」
「ちゃんと急所は外すから」
仲間の支援(と言う何か)を受け続けてきた一臣も、覚悟を決め宣言。
「さあ、ミスター!最後の勝負受けて立ってみせますぜ!」
漆黒の大鎌が、音も無く翻った。
※※
「ミ…ミハリン…!」
悪魔の攻撃を全力で受けきったミハイルは、耐えきれず膝を着いた。
既に身体は満身創痍。何かもう凄い頑張った。
「ミハイルさあああん」
「ふっ…悔いは…ねえ…」
仲間の声に微笑みながらサムズアップ。そしてそのまま――意識を失った。
「ふふ…どうやら私の負けのようですね」
クラウンが見つめる先。的には、一本のナイフも刺さってはいなかった。
●閉幕
勝負は撃退士達の勝利で幕を閉じた。
歓喜に沸くメンバー(※ミハイルは気絶中)を見守るクラウンに、諏訪がおもむろに切り出す。
「あの…少し、聞いてもいいですかー?」
「おや、なんでしょうか」
「もしかしてこのサーカスは、自分たちと楽しむためにやっているのでしょうかー…そうしてたくさん想い出を作って、生きた証を自分たちの中に残して……なんて思ったのですよー?」
その先の言葉――最期を迎えるために――とは言わなかったけれど。
聞き終えたクラウンはテントに見立てた結界を見つめながら、まるで独り言のように呟く。
「――サーカスは刹那の幻想なのですよ」
スリルも快楽も輝きまでも。
「すべては一夜限りだからこそ、甘美な夢が見られるのです」
それが故に、憧れた。
聞いていた友真が、言葉を重ねる。
「なあ、ミスター…この間教えてくれたことやけど。なんで…『待ってる』ん?」
死ぬことだけが目的であるならば、自分で終わらせることも出来るだろう。
「…ただ待ってるだけなら、今すぐ俺が刺し殺したるけど。違うよな、ミスターが望んでるのは多分そんなことやない」
無言の肯定を見せるクラウンに、再び尋ねる。
「もしかして俺たちに、強くなって欲しいん?」
一瞬の沈黙。
そこで真里が納得したように頷く。
「そうか…そうだよね」
思えば、この余興を通してクラウンはいくつもの技を見せた。それはただ勝負に勝つためだけでは無く。
「能力を見せておきたかったんだ…」
理由は恐らく。
「俺たちへの挑戦状、だよね」
ヨルの言葉に、一臣も頷き。
「ああ。ミスターは恐らく…賭けているんだ」
自分たちが、あの力を越えられるのかを。
クラウンは、微笑んだまま何も応えない。
深淵の双眸が見ているのは、撃退士達が辿り着く先なのか。
「では、私はもう行きます」
そう言って去ろうとする背中をヨルが呼び止める。
「クラウンはさ、冥界の雲の先に何があるか、知ってる?」
振り返った悪魔に対し、同じ悪魔は告げる。
「人間には雲の先に行ける技術があるんだって」
だからもし、天魔と人が共に歩む事が出来たなら。
「色褪せた雲(世界)のその先に、見た事も無い綺麗な何かを見つけられるかも知れない…最近、そんな風に思うようになった」
「――ええ、そうかもしれませんね」
クラウンは頷いた後、ゆっくりと視線を前へと馳せる。
その横顔は、憂いを帯びているようにさえ見え。
「それでも私は、刹那の夢に焦がれるのです」
いつか、もう一度目覚めることがあるのなら。
諦めていたその時を、本当はずっとどこかで待っていた。
まだ少し、やり残していることはあるけれど。
クラウンが指を鳴らすと、急に辺りが眩い光に包まれる。
全てが消え去った後には、金色の羽根が残されていた。