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マスター:久生夕貴
シナリオ形態:ショート
難易度:難しい
形態:
参加人数:8人
サポート:2人
リプレイ完成日時:2013/08/24


みんなの思い出



オープニング

「ねえ、本当? これを成功させれば、本当に私の望みを叶えてくれるのね」

 ――ええ、約束しますよ。ただし相応のリスクは負って頂きますが。

「……リスクって?」

 ――失敗すれば、貴女達の命はいただきます。

「……なるほどね。まあ、いいわ。今だってどうせ命懸けなのは変わりないんだもの」

 ――ふふ……では、交渉成立ですね。

●宵闇の彼方

「クラウンー、クラウンー!」
 耳に届く聞き慣れた響きに、悪魔マッド・ザ・クラウン(jz0145)は視線を上げた。
「おや、どうしたのですかレックス」
 友悪魔であるフェーレース・レックス(jz0146)が、その大きな瞳を爛々と輝かせてこちらを見ている。
「この間の遊園地楽しかったであるな!」
「そうですね、なかなか有意義な時間でしたよ」
 頷くクラウンに対し、猫悪魔はむふーっと鼻息を出す。
「そうだと思ったであるぞ! 我輩、あれからクラウンの機嫌が良いことにはとっくに気付いていたである!」
 その言葉に、道化の悪魔は何も言わずに微笑んでみせる。
 数日前、人間の遊ぶ所に行ってみないかと誘われ行った先。遊園地と呼ばれたそこで目にしたもの、思わぬ存在との遭遇、そして出逢った撃退士達と交わした会話――
 それら全ては充分過ぎるほどの濃密さを持って、彼の内に刺激を与えた。ここに居るときは決して得ることの出来なかった、深い高揚感。
「ふふ……そう言えばレックス、私はあの場で興味深いものを見たのですよ」
「む、なんであるか?」
 興味津々と言った様子の友に対し、クラウンは続ける。
「やたらと落下したり加速する乗り物があったでしょう。あれらに乗った人の子を見て、気付きませんでしたか? 彼らの多くが悲鳴を上げながらも楽しんでいたことに」
「そう言えば……人間は不思議であるな? 遊びながら確かに叫んでいたであるぞ!」
「ええ。恐らく彼らは、恐怖やスリルを快感として捉えているのでしょうね。これはとても面白い事だと思いませんか」
 問われたレックスは、耳をぱたぱたと動かしながら。
「確かにそうであるな……我輩、楽しいことは好きであるが、怖いのは嫌である」
「ええ。私はそもそも何かを怖いと思ったことがないもので、なおさらよくわからないのですが」
 幼い口元をゆっくりとほころばせる。
「そこで私は考えたのですよ。人の子にとって快楽とスリルが表裏一体であるならば――私はそれらを提供してみよう、とね」
 その言葉を聞いた猫悪魔の瞳が、妖しい輝きを帯びる。対する道化の悪魔も愉快そうに長い袖を振って見せ。
「と言うわけでレックス、新しい遊びを考えましたよ」


「……『悪魔のサーカス』、であるか?」
 レックスはきょとんとした表情で、クラウンの顔を見つめた。
「ええ。私は以前、人の子が行うサーカスというものを見たことがあるのです。私のこの姿もそこで見たものが影響しているのですよ」
 突如現れ、突如いなくなる。幻想的で刺激的で、その妖しい魅力に心惹かれた。
「あれこそが、スリルを快感として観客に与える最高の舞台ではないかと思いましてね。私たちもやってみませんか?」
「ふむん、面白そうである! つまり人間が我輩たちのサーカスに参加すればいいであるな!」
 クラウンは頷くと、無邪気に微笑んでみせた。
「ええ。今回は私たちだけでは無く、他の者も誘ってみようかと思っているのですよ。ふふ……宴は盛大な方が楽しいですからね」

 ※

「クラウン、それは何を作っているであるか−?」
 レックスの鼻先には、一枚の紅い封筒がある。
「これは招待状ですよ。これを送って私たちの宴に参加してもらうのです」
「撃退士であるな! しかし彼らは簡単に来るであるか?」
「ええ、来ますよ。彼らは必ず」
 確信に満ちた、笑みだった。

●久遠ヶ原学園

 斡旋所スタッフの西橋旅人は、渡された自分宛の封筒を見て首を傾げていた。
「……差出人が『D.C』?」
 こんなイニシャルに見覚えは無い。深い紅い色をした封筒は、消印さえ押されていない。
 しかし封をしてある蝋への刻印を見たとき、旅人の表情は一瞬にして強ばった。
「この形は……道化師」

 ※※

 こんにちは、私はマッド・ザ・クラウン。冥界に住む者です。

 ふふ……今さら自己紹介も必要ありませんね。

 今日はあなた方に招待状を送りました。

 少し面白い余興を考えましてね。ぜひ参加してもらいたいのですよ。



「――『Devil Circus(悪魔のサーカス)』だって……?」
 招待状を持つ手に、自然と力が入る。今までのことを考えると、あの悪魔が行う余興など嫌な予感でしか無い。
 まず書かれていたのは日時と場所。そして、演目。



 今回参加してもらうのは、『空中ブランコ』。

 ああ、言い忘れていましたね。演目を演じるのはあなた方です。

 私が準備した舞台で、あなた方を待っている人間がいます。

 その者と共に演技を成功させれば、そちらの勝利。

 失敗すれば――悲劇の幕が上がることになるでしょう。

 さあ、成功するかどうか、そのスリルを味わって下さい。

 ※※


●四国某所

「ちょっとあんた、一体これなんなの?」
 周囲に張られた巨大な結界を見て、マレカ・ゼブブ(jz0192)は不満そうに言う。
「こんなんで覆っちゃったら、あたしの華麗な戦いが見えないじゃない!」
「おや、これはサーカステントに見立てたものですよ。詳しい貴女なら知っているかと思ったのですが」
 クラウンにそう言われたマレカは、慌てて笑顔になり。
「じょ、冗談よ! ふーん、なかなかよく出来てるわ。本物そっくりね」
「さすがプリンセスなのである! 我輩サーカスのことは全然知らなかったであるぞ!」
 可愛い蝿姫にでれでれなレックスはスルーし、クラウンは微笑む。
「ふふ……この中で演目を行うのですよ。面白そうだと思いませんか?」
 ここでドゥーレイル・ミーシュラ(jz0207)が瞳を輝かせる。
「ええ、いいんじゃない? この間の四国に参加できなかった分、思いっきり遊んでやるんだからね♪」
「さすがはディーなのである! 我輩も思いっきり遊ぶであるぞ!」
「ちょっと、誰がそう呼んで良いと言った?」
 ガスッ。
「い、痛いあるー! 何をするであるかー!?」
 ドゥーレイルはバールのようなのも()を握ったままにっこりと。
「私のことを『ディー』と呼んでいいのは、お父様だけなの!」
 ハーレムでうはうはだったレックス、思わぬ落とし穴であった。

 ※

 空中ブランコの高台には、一人の女が立っている。
 震えそうな身体を、必死に奮い立たせて。
 彼女は待っているのだ。協力者となる、撃退士達の到着を。

「知っていますか、レックス。『空中ブランコ』にとって大事なのはパートナーへの信頼、だそうですよ」
 猫悪魔の背で揺られながら、クラウンは話をする。
「相手を信じて飛ぶ。受ける側もその信頼に応えなければならないと言うわけですね」
「ふむん、心配いらないである。我輩クラウンが相手ならいつでも飛ぶであるぞ!」
 ※大きさ的にクラウンは、その信頼に応えられません。
「ふふ…気持ちだけ受け取っておきましょう。わかりますか、レックス。彼らは今回、最初からハンデを負ってこのゲームに挑むようなものなのです」
「…どういうことであるか?」
「初対面の相手と信頼し合うのは、そう簡単なことではありませんからね」
 道化の悪魔は頭上を見上げて、目を細める。

「さあ、あなた方は彼女達を救うことができるでしょうか」



リプレイ本文


 空中楼閣

 1.空中に楼閣を築くような、根拠のない架空の物事。
 2.空想的で現実性の乏しい考えや議論。やってもできそうにない無理な空論。
 3.蜃気楼


●それは幻影のごとく

「こりゃあ、たまげたぜぃ」
 目前にそびえ立つ結界を見上げ、法水 写楽(ja0581)は思わず言葉を漏らした。
 今までに見たことも無い大きさと形。夕闇の中に浮かび上がるそれは、さながらサーカステントそのものに見える。
「ま…派手な舞台は嫌いじゃねェけどよ」
 歌舞伎が趣味である写楽にしてみれば、こう言う場所は嫌いでは無い。しかしそれは、本来の陽気さと絢爛さを兼ね備えてこそで。
「凄いですねー…自分たちを招待するために、わざわざ作ったんですかねー?」
 ぽかんとした表情をしているのは、櫟 諏訪(ja1215)。テント内部に入ってみると、そこはまさに幻想世界と呼ぶに相応しく。
 色とりどりの照明や装飾。結界で造られた天井や壁は、自分たちが通る度に色が次々に変化していく。
「ああ、間違い無いだろうな……。ミスターならやりかねない」
 警戒しつつ辺りを観察していた加倉 一臣(ja5823)が、応える。
 この場を造ったあの悪魔なら。
 最高の舞台を見るために、どんな手間も惜しまないだろう。従者の命ですら、手放すことを選んだのだから。
 諏訪は頷きつつも困惑しながら。
「とっても楽しい雰囲気のはずなんですけどねー…何だか、怖く見えるのですよー…?」
 明るい音楽、ポップでカラフルな夢の世界。本来なら、恋人を連れてきてあげたいくらいの。
 しかしどこか禍々しく見えるのは、そこに潜む無邪気な毒を感じ取っているからに他ならず。

 久遠 冴弥(jb0754)もじっと周囲を見渡しながら、呟く。
「あの悪魔も凝ったことをしますね。まあ確かにクラウンの姿からすれば、サーカスは似合いだとは思いますが……」
 ある意味で、この場ほど相応しいものもないだろう。スリルと快楽が同居する、一種独特の空間。
 選んだ理由も、理解出来なくは無いのだが。
「サーカスは観衆を喜ばせるものだと言うことまでは、分かっていないようで」
 それを聞いた七ツ狩 ヨル(jb2630)が、反応する。
「……いや、案外わかってるのかも」
 どこかぼんやりとした調子の彼は、マイペースなはぐれ悪魔。興味深そうに色の変わる壁を見つめながら。
「だってさ、サーカスを演じるのって俺たちだよね。それってつまり、観客は招待側ってことだし」
「ああ…なるほど」
 冴弥は呆れたようにため息を吐く。
「つまり喜ぶのは、悪魔達ってことですね」
「ふん、中々いい趣味じゃないか。さすが探偵君のお気に入りなだけはあるね」
 発したのは、ヴィルヘルミナ(jb2952)だった。
 ヨルと同じはぐれ悪魔の彼女。自身が気に入る人間のために、この依頼に参加した。
(とは言え、私自身もあの道化に興味あってのことだが)
 友人から話を聞く度、微かに感じる似た匂い。その正体を、確かめてみたいと思ったから。

「僕らに演技を任せて、高みの見物かあ。確かに歩や祈羅から聞いたとおりだねえ」
 そう言って笑うのはエリアス・ロプコヴィッツ(ja8792)。ヴィルヘルミナとも友人である。
(まあ、僕も観客寄りなのは変わりないけど)
 彼ら共通の友人を通して知った道化の悪魔。その動向に興味を覚えたのは、彼の好奇心所以。
 何が起こるのか、知ってみたい。知るためなら、手段を選ばないほどに。
 ――そう、その身を犠牲にしてでも。

「あそこに人影が見えるわ」
 高虎 寧(ja0416)が、テント中央に見える高台を指す。そこには一人の若い女性が立ったままこちらを見据えているのが分かる。
 見れば彼女は身体にフィットする衣装を身につけている。それはまさにサーカスの衣装のような。
「彼女が招待状にあった『あなた方を待っている者』なのかな……」
 西橋旅人の言葉に頷く寧の瞳には、唇を引き結ぶ姿が映っている。
(あの表情には、何か強い意志を感じる……)
 強気に見える表情。けれどその足は微かに震えていて。
 寧は、怖がらせないよう声をかける。
「こんにちは。うちは久遠ヶ原から来た撃退士よ。あなたが一緒に演技をしてくれる人かしら?」
 その言葉に女性ははっとした表情になった後、こくりと頷く。
 彼女はアキと名乗り、とあるサーカス団員であることを話した後。
「あなた方を巻き込んで申し訳ないと思ってる。けれど、私一人じゃどうしようも無くて」
 目を伏せた彼女は、深く頭を下げた。
「全ての責任を負う覚悟は、出来ているわ。だから私に手を貸してください」

●舞台裏

 鐘が、鳴る。

 直後、どこからともなくアナウンスが流れてくる。
『ようこそ、Devil Circusへ。我々はあなた方を歓迎します』
 機械音のような音声。一方的に喋る声は、撃退士の反応など構わずルール説明を始め。
『あなた方にはこれから十分間、相談時間が与えられます。再び鐘が鳴れば、演技時間開始。制限時間は二十分』
 禁止事項が述べられた後、最後に声は締めくくる。

『それでは、素晴らしい演技を期待しています。――スリルと、快楽を』

 聞き終えた旅人がため息を吐き。
「…とにかく、ルールに従うしか無いだろうね。僕は入口で他班との連絡に従事するから……」
「わかった。こっちはお任せあれ」
 一臣の言葉に、旅人は頷くとその場を去る。友人の背を見送ってから、一臣は改めてアキへと向き直り。
「本日ブランコのお相手を務めさせて頂く加倉です。よろしくね」
 そして苦笑しながら続ける。
「運動神経とバランス感覚には、それなりの自信があるかな。とは言え、空中ブランコはさすがに未経験だから…今日ここに来るまでに特訓はしてきてみたんだけど」
「えっ……そんなことまでやったの?」
 驚いた様子のアキに、うなずいて。
「気休めにしかならないかもしれないけど、俺なりに何かしておければと思ってね」
 言葉を飲み込む彼女に、諏訪が切り出す。
「自分は櫟諏訪と申しますよー? アキさんが無事に演技を成功するように力を尽くしたいと思うので、よろしくお願いしますねー?」
 穏やかな笑顔で、挨拶。諏訪の持つ独特の温かい空気が、アキの緊張に満ちた顔をほんの少し和らげる。
「それでですねー。あなたはどうして、ここで演技をすることになったのか聞いてもいいですかー?」
「それは……」
 言いよどむ様子に、あくまで笑顔は絶やさず。
「もし言えない理由や、言いたくない訳があるのなら無理に言わなくてもいいですよー? ただもし何か背負っているものがあるのなら、少しでも口に出して不安な気持ちを吐き出してほしいと思ったのですよー?」
 掛け値無しの本当の気持ちだった。クラウンの遊戯に巻き込まれている以上、彼女が特別な理由でここにいるのは間違い無い。だからこそ、その抱えているものを共有してあげたいと思ったのだ。
 対するアキは沈黙していたが、やがて恐る恐ると言った様子で口を開く。
「……これを言うと、皆協力してくれないんじゃないかと思って黙ってたんだけど」
「大丈夫ですよー? 話してみてください」
「私……悪魔と取り引きをしているの。でも詳しくは、言えない。そう言う約束だから」
 そう言って頭を下げるアキに、冴弥が歩み寄る。
「心配する必要はありません。返答が無くてもここにいる皆は気にしませんから」
 アキの両手をそっと握る。ブランコに乗り続けている彼女らしい、華奢だがしっかりとした手。けれどずっと微かに震え続けているのを、冴弥は感じ取っていて。
「どういう事情や意図があれ、あなたを惨劇の犠牲にはしない」
 彼女の顔から目を背けずに、告げる。
「それだけです」
 その言葉にアキは一瞬泣きそうな表情を見せたが、ゆっくりと頷いてみせた。

 その後メンバーはすぐに演技の打ち合わせを始める。
 アキの指示の元、役割分担を決め互いの動きや位置を首尾良く確認。後は演技に入るだけとなっていた。
「さあ、これから演技に入るわけだけど…」
 高台でアキのキャッチ役となったヨルが、全員を見渡す。
「これから俺たちに必要なのは、互いを信じることだと思う」
 アキの方を向きながら。
「俺は悪魔だから、アキが信じるのは難しいかも知れない。けど、絶対ちゃんと受け止めるし、俺はアキを信じる」
「私を信じる…」
「うん。相手に信じて貰うには、まず自分が相手を信じる事だ…って誰かが言ってた、から」
 それはアキに対してだけじゃなく。
「俺は皆のことも信じるし、ルールを守ると言う意味では、クラウンのことも信じるよ」
 敵として、あの悪魔が持つ美学を信じる。それは彼なりの信念でもあるから。

「ああ、どんな事情であれ成さねばならぬ事は変わらぬよ。信頼しなくて良い、信用したまえ」
 そう言い切ったのは、ヴィルヘルミナ。アキに向かって、その金色の瞳を細めてみせ。
「私は私の欲望(ネガイ)の為にここに来ている。君も同じであるなら、それを果たせば良い」
 遠慮することなど無い、自分の願いに忠実にあれ。
 これは彼女ならではの気遣いでも有り。
「あー…俺は言葉で励ますとかァ柄じゃねェし苦手ではあるンだが…」
 写楽も頬を掻きながら、切り出す。
「アキ、さんが全力で飛べるように、全力で邪魔なディアボロは排除してやるから」
 元々辛気くさいのは嫌いだ。やるならとことん、派手に舞って欲しい。
 その為の障害は、全部取り除いてみせるから。
 寧も眼鏡の奥で、涼やかに微笑み。
「フォロー・バックアップは、うちらが万全に務めてみせるわよ。お互いにやれることをやり遂げましょ」
 うなずくアキに、敢えて黙って様子を見ていたエリアスも同意の意を示してみせる。
 写楽が、にっと笑んで告げる。
「いい演技、見せてくれや」

 演技開始まで、残り一分。

 各々が配置場所に移動する中、一臣がアキに向かって手を差し出した。
「この手を覚えておいてな」
 互いに交わす握手。一臣はわざと冗談めいて。
「リーチも長いし、手もでかい。捕まりやすい素材だと思わない?」
「…ええ、本当ね」
 微かな笑み。
 ここで初めて見ることができ、内心でほっとしながらも。
 まっすぐにアキの目を見ると、今度は真剣な表情で告げる。
「君の手は、何があっても俺が掴む。だから恐れずその手を伸ばしてくれ。必ず応えるから」
 その言葉に、アキもしっかりと頷いて。
 メンバー全員を見渡すと、凜とした声音で告げた。

「あなた達を信じるわ」


●開幕

 高らかに鳴り響く、鐘の音。
 開幕を告げるベルと共に、ブランコの周囲にはディアボロの群れが出現する。
 空中には蝶型が五匹。地上には、芋虫型が五匹。どれもかなりの大きさだ。

「さあ、派手な幕開けと行こうよ!」

 魔法書を手にしたエリアスが、嬌声に満ちた声をあげる。背後に現れるのは、まばゆいほどの発光球体。
 そこから放たれる光の矢が、勢いよく巨大芋虫へと撃ち込まれる。
「ギィイイイイ!」
 撃ち込まれた一体は、身を縮めながら苦悶の声を漏らす。直後、諏訪が放つ猛射撃が空中の蝶二匹を巻き込んでいく。
「一気にいきますよー!」
 彼らの作戦は以下の通り。
 制限時間二十分のうち、最初の五分は妨害者であるディアボロ殲滅に徹すること。
 敢えて演技をしないことで、戦いへと集中させることを選んだのだ。

 一匹の蝶が、羽根を大きく羽ばたかせる。
 それと同時に濃霧が発生し、ブランコの周囲に立ちこめ始め。
「霧ですね……」
 高台にいた冴弥が、召喚獣を呼び出しながら辺りを見渡す。
 すると他の二匹も同じように霧を発生。瞬く間に周囲の視界が利かなくなってくるのがわかる。
「これは…攻撃を当てるのが難しそうだよね」
 反対側の高台付近で飛行していたヨルは、即座に斧槍に持ち替える。思った以上に蝶の動きは素早い。この視界と自分の命中力では遠距離攻撃は難しいとの判断だ。
「初撃は霊符でと思ったのだが…致し方ないな」
 同じく飛行中だったヴィルヘルミナも、青銀の剣へと持ち替える。狙いを誤って、味方を巻き込むことを懸念したためである。
 この二人の判断は正しかった。
 大幅に命中力を下げた状態では、戦いを長引かせかねない。相手が攻撃手段を持たない以上、近接攻撃は有効となった。

「当たらなくても、誘導になれば…」
 寧が手にした十字手裏剣を、宙へ向けて勢いよく投擲する。
「今ね!」
「了解ですよー!」
 攻撃を避けようと蝶は移動。その軌道を狙い再び諏訪のバレットストームが撃ち込まれる。
「相手の動きを予測すれば、当てやすくなりますね−?」
 見事な連携で視界をカバー。諏訪の一撃で、一体を落とすことに成功。
 しかし戦いはまだまだこれから。

「さて気張って征こうかィ」
 写楽が芋虫へ急接近、大太刀を一気に振り抜く。反りの深い刀身が体躯にめりこみ、同時に赤黒い体液が噴き出してくる。
「なかなか丈夫、てトコだなァ」
 めり込んだ刃は、分厚い肉の壁を貫くまではいかず。どうやらかなり耐久力のようである。
 直後彼を襲ったのは、別の角度から襲ってきた鋭い牙。
「――っ」
 魔装ごと食いちぎる顎の強さに、思わず呻きを漏らす。しかしそれでも写楽はその場から逃げようとはせず。
「おっとよそ見は、あ、いけねェぜ」
 敢えて派手に芋虫たちの間を動き回る。全ては空中班へと意識を向けさせない為。

「そうそう、絹糸腺は元々唾液腺が変化したものでねぇ…」
 大鎌に持ち替えたエリアスが、芋虫の間をすり抜けながらぶつぶつと呟く。
「蛹って、生きてるのに中身は液体なんだよぉ。こいつは蛹になるのかな?」
 蘊蓄を語りながらすべるように移動。芋虫の頭部へと飛び乗ると、鎌を勢いよく口元に向けて振り下ろす。
 鈍い衝突音と、激しく暴れる巨体。
「…ま、その前に殺すけど」
 悶絶した芋虫は、エリアスに向かって牙を向ける。鋭い刃がエリアスの腕にくい込んでいき。
 敵の血と、自身の血を同時に浴びながら。それでも彼は薄く嗤う。
「安心してよ、最期まで僕が遊んであげるから」
 
 二人が芋虫を引きつけている間に、蝶への攻撃は続いていた。
 寧の誘導援護を受け、着実に攻撃を当てていく。既に蝶の残りは一匹。対する芋虫はまだ全て残っている。
 そんなメンバーの様子を高台で見つめているのは、アキを背に庇った一臣。
「あの人達…大丈夫なの?」
 心配そうなアキの言葉に、微笑んでみせ。
「大丈夫。皆俺が信じている仲間だから」
 とは言え、本当の所は動き出したい衝動に何度も駆られている。
 芋虫班がかなりの被害を受けていることは、見ていればわかる。作戦として蝶殲滅を優先している以上、地上組は耐えることを強いられることも。
 それでも一臣は思いを断ち切るように、かぶりを振る。
(……任せると決めた。俺は演技のことだけを考えればいい)
 それが、相手の信頼に応えることだと思うから。

「布都御魂、行きますよ」
 冴弥の呼びかけと同時、馬竜の手足を纏っている蒼煙が炎の如く変化する。
 紫電が閃くと共に、闘気がほとばしり。
 咆哮を上げた竜は、まるで空を蹴るかのように高速移動。蝶へと勢いよく突進していく。
 激しい衝突音と、舞い上がる鱗粉。
 パリン、と言う音と共に蝶の体躯にひびが入る。そこをヨルが振り抜いた斧が羽根をたたき斬り、ヴィルヘルミナが頭部を貫く。
 ひらひらと落ちていく、蝶。
 冴弥が周囲を確認し。
「蝶の撃破終わりました。地上班のフォローに回りましょう」
 ようやく濃霧が晴れたことで、地上がはっきりと見えてくる。
「これは……」
 空中班の顔が、思わず強ばる。象ほどの大きさがある芋虫たち。その合間から見える人影が――血に染まっていたから。

「エリアス、無事か!」
 ヴィルヘルミナが、友の元へと飛び降りる。
 糸に覆われ全身が血まみれ状態のエリアスは、それでも意識を保っていて。
 回復スキルをかける彼女に、にっこりと微笑みかける。
「大丈夫だよ。遊んでいただけだから」

 思えば。
 空中で戦っている間、まるで糸の攻撃を受けなかった。
 そのことを訝しく思う気持ちはあれど、確かめる余裕など無く。
 この無邪気に笑う友人が、身を呈して止めていたのだと理解したが所以に。
「このような無茶をして馬鹿者が…!」
 思わず漏れた言葉。久しぶりの感情の昂ぶりに、何より自身が驚いていて。
「写楽さん、大丈夫ですか」
 冴弥が、召喚獣を飛ばしヒーリングブレスをかける。
「ああ、手間ァかけたな」
 エリアスほどでないにしろ、写楽が負った傷も決して浅くは無く。
 けれど痛みは顔に出さない。大見得にこだわる、自分なりのやり方だから。
 顔の血糊をぬぐいながら、写楽は不敵に笑んでみせる。
「さあ、残り時間は少ないぜェ。残りの敵を潰して行こうかィ」
 
 メンバーは一斉に芋虫殲滅へと向かった。
 高台にいたヨルは即座に地へ降り立ち、射程ぎりぎりからゴーストアローを撃ち込む。
 高速で放たれた闇の矢が、芋虫の巨体を貫いていき。
「さあ、一気に攻めるわよ!」
 槍に持ち替えた寧が、瞬速の一撃を繰り出す。その流星のような光刃が、分厚い肉壁に深くめり込む。
 対する芋虫も、毒煙を吐き出す。彼女はその回避力で次々に攻撃をかわし、代わりに影縛りで動きを止めていく。
 動きの遅い芋虫に、寧の俊敏さは脅威でさえあって。
「寧さん、ナイスですよー!」
 諏訪が動きが拘束された芋虫から、優先的に撃っていく。途中毒の影響を受けた者もいたが、エリアスのレジストポイズンで、難なく被害を抑える。
 芋虫の耐久力はかなりのものだったが、それでも確実に数は減って行き。
 残り三匹。
 残り二匹。

 しかしここで、タイムリミットが来てしまう。
「……時間切れだ」
 一臣が、アキと向かい合って告げる。
「まだ敵は殲滅していない。でも皆が必ずフォローしてくれるから。俺たちは演技を始めよう」
 アキもうなずいて。
「わかったわ。絶対にやり切ってみせる」
 寧と諏訪が叫ぶ。
「敵はうちらが止めるから! 迷わず演技に向かって!」
「任せてくださいよー!」

 ――大丈夫、皆を信じているから。

 アキはバーを掴み、勢いよく台を蹴った。


●空中ブランコ

 始まった演技は、見事なものだった。
 序盤で空中の敵を倒しきっていたのが功を奏した。二人の集中力は、周囲が息を呑むほどに高まっていて。
 アキが勢いを付けたブランコから、飛び上がり回転をする。伸ばした手を一臣が掴む。
 そこからジャンプを終えたアキを、高台の冴弥やヨルが受け止める。
 その連携は、初めてとは思えないほどで。

 流れるように、軽やかに、しなやかに。

 アキの描く放物線は、見る者を惹きこむするスリルと美しさに満ちている。
 もっと、もっと。
 音楽にあわせ彼女の動きは速くなり、それと共にジャンプの高さも回転も激しさを増す。
 一臣はその全てに、応えてみせた。
 感覚全てを研ぎ澄ませ、アキだけを見つめ、その動き全てに集中し。
 それが出来たのも、周囲で戦ってくれている仲間達を信じているから。
 途中、芋虫の糸がアキに向けてと飛ばされるが、飛行したヴィルヘルミナがその身で受け止める。
「っ…!」
 十メートル下に叩きつけられた彼女を見て、アキが一瞬の動揺。
 一臣が、叫ぶ。
「ひるむな、君の望みその手で掴め!」
 伸ばされた手。ぎりぎりの所でつかみ取る。冴弥がアキの身体を抱き留めて。
「あなたが私を信じてくれたように」
 そのままブランコに飛び乗らせる。アキの身体が舞い、一臣が掴んでヨルへと託す。
「俺たちも信じてるから」
 ヨルが再び、アキの身体を送り出す。

 芋虫を倒し終わった地上メンバーは、いつの間にか空中に視線が釘付けになっていた。
「……凄いわね」
 寧の呟きに、写楽も笑み。
「ああ。見事なもんだ」
 空中を飛び舞うアキは、まるで妖精の遊戯。鍛え抜かれた技は、彼女の矜持そのもの。
「これで、最後……!」
 一際大きく二回転したアキが、一臣に向けて降下していく。
「くっ……!」
 そのあまりの落下速度に、一臣は片手を掴みそこねる。
 しかし残りの手が、アキの右手をしっかりと捉え。
「やりましたよー!」
 諏訪の歓声と同時、最後のジャンプを終えたアキが高台へと降り立つ。
「おめでとう、素晴らしかった」
 エリアスの言葉と共に、全員の拍手がわき起こる。
 演技を終えたアキの表情は、安堵に満ちて今にも泣き出しそうだった。
 

●幕間

 ショーの終わりは、微かな寂しさ。
 静寂に満ちたテント内に、あどけない声音が響く。

「なかなか、いい演技でしたよ」

 現れたのは、道化の姿をした子供の悪魔。
「楽しませていただきました。礼を言いましょう」
 ブランコから降りた一臣が、息を吐く。
「ええ、何とか無事終わりましたよ…ミスター」
 悪魔マッド・ザ・クラウンは、それを聞いて愉快そうに袖を振ってみせた。

「……どこかで会ったことある?」
 ヨルがクラウンをまじまじと見て、首を傾げる。
(初めてのはずなんだけど…)
 何故か、前に会った気がするのだ。対する道化の悪魔はくすりと笑み。
「ええ。あの月夜は私もよく覚えていますよ」
「……え?」
「シツジと見た、最後の月でしたから」
 ヨルが言葉を飲み込んだ所で、ヴィルヘルミナが声をかける。
「初めましてだね、道化殿。いつも探偵君がお世話になっているようで」
 おやと言った様子のクラウンを見て、楽しそうに。
「私自身も以前からキミに興味があってね? 人の子に求めるものが良く似ている、と」
「ふふ…人の子に求めるもの、ですか」
「私も求めているのだよ。己に無いものを、熱を、魂のきらめきを」
 何も言わず微笑む道化の悪魔に、彼女は問う。
「手を取れずとも、分かりあい向き合えるならその境界線上でいつか……とね。キミもそうなのだろう?」
 悪魔の視線が交差する。そこにあるのは、長い時を生きてきた者にしか見えない闇。
 思わず、苦笑を漏らす。
「…互いに難儀なものだな」
 それは終わることを知らない、悠久のメランコリィ。
(だから私は求めるだろう。求め続けるだろう)
 この道化が、待ち続けているように。
 ――その命の、輝きを。

 そこでエリアスが、切り出した。
「こんにちは、君の話は友人達聞いてるよ。僕も君と一度話をしてみたかったんだ」
 その言葉に、クラウンは笑んだまま先を促す。
「今回の舞台、一体君はどこが面白そうだったのかなって」
 その質問が意外だったのだろう。道化の悪魔は、一度だけ瞬きをし。
「ふふ…興味深い質問ですね。それを聞いてどうするのです?」
「別に何も。ただ、知りたかったから」
 エリアスの返しになるほどと頷き、ふわりと宙へ浮いたまま口を開いた。
「空中楼閣、ですよ」
 言われた意味がわからなかったのだろう。怪訝な表情を浮かべる撃退士たちに、クラウンは続ける。
「形の無い幻。崩れてしまうのか否か、試してみたかったのです」
「……なるほど。相変わらず悪趣味ですね」
 冴弥が淡々と反応する。見えないものを試したかった。それは恐らく――
「バベルの塔は、崩れなかった」
「ええ、その通りです」
 かりそめの信頼だっかもしれない。
 それでも根拠も時間も足りない中、その幻をひたすらに追った。いや、追ったのでは無く。
 崩れそうな楼閣の上に、本物の塔を建ててみせた。
「実に、見事でした」
 満足そうな表情に、写楽が苦笑しながら。
「結局あんたを喜ばせちまったってことだなァ」
「おや、不満ですか?」
 愉快そうな言い方に、やれやれと肩をすくめ。
「別に構わないぜェ。大団円で終わるなら、な」

「ところで…そろそろアキさんとの取り引きが何だったのか、教えてもらえればと思うのですよー?」
 諏訪の切り出しに、クラウンはああと言った様子で不安そうなアキと向かい合う。
「ふふ…そうでしたね、では貴女のお望み通り、あの者はお返ししましょう」
 アキに向かってそう告げると、結界の中から一人の女性が現れる。
「マヤ…!」
 駆け寄ったアキは、意識の無い彼女へ必死に呼びかけ。
「しっかりして!」
「心配いりませんよ。直に目を覚ますでしょう」
 クラウンの言葉に、彼女はマヤと呼んだ女性を抱き締め。
「マヤ…ごめん、私があんなことを言わなければ……」
 頬には涙が伝っている。その様子を見て、諏訪は問う。
「……一体どういうことだったのですかー?」
 その質問に、クラウンが淡々と答えた。
「そこで眠る者は、私の僕になることを望んだのですよ」

「どうしてそんなことに…」
 微かに眉をひそめる寧に、アキが思い詰めた様子で応える。
「…マヤは私の演技パートナーなの。半年ほど前に怪我をしたんだけど…」
 サーカス団員にとって怪我は致命的。マヤは必死にリハビリと闘っていたらしいのだが。
「私はずっと待つつもりだった。でもなかなか思うように治らなくて」
 そんなマヤを、彼女も励ましていたのだという。けれど時間が経過するにつれ、明るかったマヤの様子に異変が見られてきたらしい。
「『もう無理かも』なんて言うことが多くなってきてたわ。でもいつも冗談めいて言うものだから、あまり気にしてなかった」
 けれどあの日。
 つい、言ってしまったのだ。
「マヤが『もし怪我が治らなかったらどうしよう』なんて言うから、『悪魔の僕になればいいんじゃない?』って。超人的になるらしいからって冗談のつもりで言ったんだけど……まさか本当にやるなんて」
 眠ったままのマヤの顔を見つめ、絞り出すように声を漏らす。

「こんなに思い詰めているって知らなかったのよ……」

 信頼、と言う関係はとてもシンプルで。
 相手を信じられるかどうか。全てはその一点に集約されていて、互いの身分や立場など関係が無い。
 常に対等であるからこそ、貫き通すこともまた難しく。

 ――それが故に、空中楼閣。
 たった一言で崩れる、砂上の器。

 わかっていたはずなのに。

 寧がそっとアキに歩み寄ると、何も言わずその背に手を添える。
 震える身体を優しくさすってやり。
 ある意味で、この二人は似た者同士だ。
 互いが互いのために命を賭けた。ただ、すれ違ってしまっただけ。
 それだけに。

「崩れたものは、また建てればいい」
 声をかけたのは、一臣だった。顔を上げたアキに、微笑んでみせ。
「何度でも、何度でも。彼女のために命を賭けたんだ。できるさ」
 諏訪も頷いて。
「自分もアキさんなら出来ると思いますよー? あんな素晴らしい演技を見せてくれたんです。マヤさんもきっとわかってくれると思いますよー!」
 アキはマヤを抱き締め、涙を流し。見守る皆に、頭を下げた。
「ありがとう……」

 
 全てを見届けたクラウンは、満足そうに袖を振る。
「では、私はもう行きます」 
 そう言って背を向けようとする背を、ヴィルヘルミナが呼び止める。
「最後に宣言だ、道化師」
「ほう…なんでしょうか」
「キミに彼はやらんよ? アレはこの世界が始まる前から私が狙っているのだからな」
 不敵に笑む彼女に、クラウンも愉快そうに。
「ふふ…覚えておきましょう」
 エリアスもにっこりと口端を上げながら。
「血の気の多い馬鹿だけど悪い奴じゃないから、これからも可愛がってあげてね」

 ヨルがクラウンを見つめ。
「ねえ、あの日人界の夜明けを見た?」
 何も言わずうなずく彼に、ヨルは微かに笑む。
「そっか。あの日は特別に綺麗だった」
「ふふ……そうですか」
「ねえ、クラウン。この世界は、美しいよね」
 その言葉に道化の悪魔は。
 ゆっくりとうなずくと、無邪気に口元をほころばせた。

「ええ。そう思います」

●第一幕終了

 道化が去ったテント内。
「さて、無事に依頼も済んだことだし。俺たちも帰ろうか」
 言いながら一臣が取り出した封筒を見て、諏訪が問う。
「一臣さんそれは何ですか−?」
「ん。蝿姫対応班から、ちょっとした提案を受けてね」
 発案者の友人に感謝しながら、一臣は舞台中央へ歩み入り。
 手にした封筒をそっと置くと、メンバーを見渡し微笑んだ。
「俺たちからの、メッセージって事で」

 ※※

「……おや」
 撃退士達が帰った舞台に降り立ったクラウンは、そこに何かが残されているのに気がついた。
 近付いてみて気付く。淡い浅黄色の封筒、まるで自分が出した真紅のものと対であるかのような。
 手にとって開いてみると、中には一枚のカードが入っていた。
 書かれていたのは、たった六文字の言葉。

『すあたないの』

「これは……」
 しばらく見つめ、猫のような瞳を細める。その口元は、既に愉悦に満ちていて。

 ――ああ。これだから、あなた方は。

 全てを賭けたくなるから、困る。
 それは思い焦がれた相手を手に入れる瞬間の、抑えがたい衝動にも似て。

「あら、やっぱりあんたの所にもあったの」
 声をかけたのは、先に遊戯を終えていたマレカ・ゼブブ。ドゥーレイル・ミーシュラが不満そうに。
「ねえ、一体何なのこれ? 全然意味わかんないんだけど!」
「ふふ……レックスの一欠片が揃えば、直に分かりますよ」
 確信に満ちた道化の瞳には、こちらへ向かってくる友の姿が映っていた。

 ※※

「……で、どういうことだったの?」
 レックスを連れてきたクラウンに、ドゥーレイルが問う。
「ふふ……これは人の子たちからの挑戦状なのですよ」
 言いながら全ての舞台に残されていた『六文字』を、一つずつ並べていく。

 がだらずおこ
 りきずれだた
 まにいかいび
 すあたないの

「……と、言うわけです」
「え、何が『と言うわけです』なのよ!」
 マレカに問われたクラウンはくすりと笑み。
「私が全て答えてしまうのは、面白くないでしょう?」
 それだけ言うとその場に二人を残し。どこへともなく涼やかに目を細める。

 ――ええ。楽しみに待っていますよ。

 時が満ちるにはまだ遠く。
 けれど急ぐつもりもない。

 これまでだって、二百年も待ったのだから。

 近付く響きは確かな予感。
 それだけで、今は満たされる。

 いずれ、必ず。
 

 


依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: 新世界への扉・エリアス・ロプコヴィッツ(ja8792)
 夜明けのその先へ・七ツ狩 ヨル(jb2630)
 “慧知冷然”・ヴィルヘルミナ(jb2952)
重体: −
面白かった!:11人

先駆けるモノ・
高虎 寧(ja0416)

大学部4年72組 女 鬼道忍軍
撃退士・
法水 写楽(ja0581)

卒業 男 ナイトウォーカー
二月といえば海・
櫟 諏訪(ja1215)

大学部5年4組 男 インフィルトレイター
JOKER of JOKER・
加倉 一臣(ja5823)

卒業 男 インフィルトレイター
新世界への扉・
エリアス・ロプコヴィッツ(ja8792)

大学部1年194組 男 ダアト
凍魔竜公の寵を受けし者・
久遠 冴弥(jb0754)

大学部3年15組 女 バハムートテイマー
夜明けのその先へ・
七ツ狩 ヨル(jb2630)

大学部1年4組 男 ナイトウォーカー
“慧知冷然”・
ヴィルヘルミナ(jb2952)

大学部6年54組 女 陰陽師