「かわいい小鳥さんを守りますよー!」
一際張り切った声をあげるのは、二階堂かざね(
ja0536)。両耳よりもかなり高い位置から、白に近い銀髪がさらさらと揺れている。今日もこだわりのツインテールで決めてきた彼女の手には、しっかりとお菓子の袋が握られていた。
「このままだと安心してお菓子が食べられないのです!」
これだけ聞くと、お菓子のために依頼に参加したように見えなくもない。しかし三度の飯よりもお菓子が好きな彼女が食べられないと言うことだから、よほど小鳥の事が心配なのだ。たぶん。
「一度現場に行ってから、作戦を立てた方がいいかもしれませんね」
橘 月(
ja9195)が提案する。大人びて涼やかな外見の彼だが、内心では早く雛たちを見たくてたまらないという実情があったりもする。
しかし真面目な月は、そんな下心があって参加したなどと言うのは口が裂けても言えない。でも見たい。つまりは、奥ゆかしいのである。たぶん。
●
「わあ、ツバメの親子さん、かわいいのね〜♪」
心地よいソプラノを発するのは、望月 忍(
ja3942)だ。輝く月のような瞳を、さらにきらきらさせている。
自ら「小鳥と庭の同好会」の部長を務めるほど動植物を愛する彼女には、今回の依頼は見逃せないものだった。
「どちらの鳥も傷つけずに終わりたいものだな……」
凪澤小紅(
ja0266)が落ち着いた声音で、淡々とつぶやく。彼女の大きな切れ長の瞳が、ツバメの雛たちをじっと捉えて放さない。
その表情には何の色も浮かんでいないため、睨み付けているようにも見える。しかしぴよ太の存在を知っている忍にはわかっていた。
(凪澤さん、すっかりツバメさんの虜なのね〜♪)
撃退士たちはツバメに癒されながら、作戦について話し合った。
ただ依頼をこなすだけであれば、黒鳥を撃退してしまえばいいのかもしれない。しかし集まったメンバーは誰一人、そうしようとは言い出さない。
「黒鳥は一度捕獲した方がよさそうね。できれば懐中時計も取ってあげたいし……」
人差し指を顎に当てながら話すのは小柄な少女、那月読子(
ja0287)。長いまつげが瞬きをする度に、瞳に影を映す。その可憐な外見の割にしっかりしていると感じるのは、彼女のちょっと普通じゃない生い立ちのせいかもしれない。
「皆が幸せになれる方法を考えましょ」
そう言って読子は、にっこりと微笑んだ。
話し合いの結果、撃退士たちはツバメの巣保護班と黒鳥捜索班に分かれることになった。
保護班は巣の周りで待機し、黒鳥班は目撃者を捜す流れになる。
「はてさて。黒鳥は何がおのぞみか……」
最年長の黒田 圭(
ja0935)が、ぼんやりとした響きでつぶやく。
その経歴故かどことなくくたびれた雰囲気の彼は、やる気が有るのか無いのかわからない。とは言え本来面倒臭がり屋の圭が今回の依頼に参加したところをみると、どうやら彼も動物が嫌いではないのだろう。
結局、皆似たもの同士が集まったと言うわけである。
●黒鳥捜査班……かざね、小紅、圭
「とりあえず、黒鳥の行動範囲特定を考えているがどうだろう?」
圭が手に持った地図を広げ、聞く。広げられた学園地図には、既にツバメの巣がある場所に赤い印が付けられている。
「それがいいだろうな。時計のアラームのこともあるし、うまくいけば住処をつきとめられるかもしれん」
「ところで……黒鳥さんって一体何の鳥なんでしょう?」
かざねのもっともな質問に、小紅が唸る。
「確かに気になるな……。いかんせん、カラスよりも大きな黒鳥としか情報が無いからな。依頼人に、再度確認しておきたいところだが……」
圭が、片目を瞑りながら口を挟む。
「それは無理だろうな。依頼人はしばらく遠征に行っているらしい。それ故に斡旋所に持ち込んだってところなんだろう」
かざねがふむーと首を傾げる。
「もしカラスに似た種類なら、習性も似ているのかも……と」
「なるほどね。確かに種類を特定しておくのは、重要かもしれない」
それを聞いた小紅がそう言えば、と言い出す。
「忍が鳥図鑑を持って来ていたな。念のために借りておこう」
こうして黒鳥班の三人は、行動を開始したのであった。
●ツバメ保護班……月、忍、読子
保護班の三人は、巣から少し離れた場所によしずを吊すことになっていた。
依頼とは言え、これから先ずっと見守るわけにもいかない。仮に黒鳥を捕らえたとしても、他の害鳥が来る可能性もある。つまり、まずは外敵を近寄らせない工夫が必要なのである。
話し合いの結果、黒鳥もツバメも傷つけずに済むという理由で、よしずの採用が決まった。
「あ、よしずは俺が取り付けますね。危ないですし」
そう言って月が脚立にいそいそと登り始める。本当はもっと間近で雛を見たかったからなのだが、真面目な彼は以下略。
目の前の雛たちは、既に親ツバメと同じ羽根色に生え替わっている。と言うことは、巣立ちがだいぶ近いのだろう。
「そう言えば鳥の雛って、最初は親と色が違うんでしたっけ」
月の問いに、二人が答える。
「ほとんどの鳥が親鳥とは違う地味な色をしているのよ〜。大きくなるにつれて、親と同じ色になるの〜♪」
「保護色になっているのよね」
ほっぺが赤い雛たちは狭くなってきた巣にぎゅうぎゅう詰めになりながら、皆真一文字に口を閉じてじっとしている。親鳥がいない間は敵に見つからないために、こうやって黙り込んでいるらしい。
そのあまりにも揃った仏頂面に、月はつい顔がほころんでしまうのだった。
●一方、黒鳥班
「目撃者の情報をまとめると、大体こんな感じかね」
学園地図に印を書き込みながら、圭がつぶやく。地図には既に複数の赤丸が書き込まれている。
「これを見る限り、黒鳥の行動範囲はそう広くないようだな」
地図を見つめていた小紅が、口を開く。
「ツバメの巣がある地点から、多く見積もっても半径500m程度。鳥にしては随分行動範囲が狭い気がするが……」
これは何かを意味しているのだろうか。小紅は複数の可能性を考えてみたが、今の時点では明確な答えを得ない。
するとかざねが手を挙げる。
「聞き込みによると、黒鳥を見かけるようになったのはここ最近のことみたいですー」
かざねは手にしたメモを見ながら、続ける。
「それと私は、目撃時間を重点的に調べてみました。やっぱりというか、アラームが鳴る正午過ぎが一番多いみたいですね!」
「なるほどね。ひょっとすると黒鳥は、アラーム音に驚いて飛んでいるのかもしれない」
「それと、かざねが気にしていた黒鳥の種類なんだが……」
小紅が手にした図鑑を広げる。
「私は黒鳥の外見について調べてみたんだ。まだ確証は無いが、どうも猛禽類の一種ではないかと思う」
「猛禽類……ってことは、ワシや鷹ってことですか!」
「ああ。目撃者が話す特徴を総合すると、大型猛禽類としか思えない」
「ふむー。となると、カラスの習性はあまりアテにはなりませんね。猛禽類って、普段どこにいるんだろう……」
「そこなんだがな。普通大型猛禽類はこんな街中にはいない。それがなぜこの学園内にいるのか、と言う話になる」
「うーん。黒鳥の出現時期を含めて、何か秘密がありそうですねー」
二人のやりとりを聞いていた圭が、時計を見る。
「とりあえず、もうすぐ件の正午がやってくる。それぞれ待機地点に移動して、アラームの音が聞こえないか集中しよう」
そう言いながら、オーラが彼の周りを纏い始める。
「念のために俺は『鋭敏聴覚』を発動させておくか」
●巣を見守る月組
黒鳥班の連絡を待ちながら、三人は離れたところで巣を見守っていた。
その間も親ツバメは、小さな身体を酷使して雛たちに餌を運び続けている。儚い命を、未来へと繋げるために。
「小さな命を守るって、結構大変なんだな……」
ぽつりとそうつぶやいた月に、忍が穏やかに微笑む。
「今は人の命を守るのすら大変なの〜。でもそんな中だからこそ、小さな命を大切にしたいと思うのね〜」
天魔によって日々多くの命が奪われる日常。その様な状況でツバメを守ること自体、本当は馬鹿げていることなのかもしれない。
――例えそうなのだとしても。
読子が静かに、口を開く。
「私たちは撃退士だもの。手が届くなら、助けたい」
その言葉に、月もうなずく。
「ですね。俺も同じです」
「きっと黒鳥班のみんなも、同じ気持ちなの〜♪」
そう。ここに集まった六人は撃退士だ。それだけに、本当はわかっていることがある。
場合によっては、見捨てなくてはならないことを。救う命の優先順位を、決めなくてはならないことを。
辛い現実を見つめ、身を切られる選択を迫られる。
そんな彼らにとって、儚い命にまなざしを向けられるこの瞬間が、いかに贅沢であることか。
皆それがわかっているからこそ、こんなにも一生懸命になれるのかもしれない。
●正午
圭の耳に、微かな機械音が聞こえてくる。
時間は正午。それと同時に、視界の端に何か黒いものが映る。
「黒鳥の、お出ましかね」
黒い影は大きな翼をばさばさと羽ばたかせながら、移動をしている。間違いない、あれが噂の黒鳥だ。圭は小紅とかざねに連絡をとりながら、後を追う。
黒鳥はしばらく辺りを慌ただしく飛び回っていたが、やがて木の枝へと止まる。最初こそ興奮した様子だったが、次第に落ち着きを取り戻しているようだった。
「うーん……あの位置だと、『魂縛』は使えないの〜」
忍が双眼鏡で確認しながら、困った様子で言う。黒鳥はかなり高い位置にいるため、届かないのである。
「黒鳥が飛び出してきた辺りを調べてみたが、巣のようなものはなかった。特に住処は決めていないのかもしれない」
小紅の発言を受け、かざねが紅玉のような瞳をしばたかせる。
「となると……ツバメの巣にやってきたところを捕まえるのが一番確実、ですかねー」
「軒下であれば、射程内に入れることもできそうなの〜」
「少々危険だが、そうするしかないな」
小紅たちはその旨を圭に伝え、巣の側で待機していた月と読子に合流した。
一時間後、追視を続けている圭から連絡がある。
どうやら黒鳥は、ツバメの巣がある方向へと移動し始めたらしい。
巣の側に月と読子を待機させ、後の三人は少し離れたところで黒鳥を待ちかまえる。忍の『魂縛』の射程内にうまく黒鳥を入れられるかが勝負だ。
「ぎゃあ、ぎゃあ」
けたたましい鳴き声を発しながら、黒鳥が現れる。
鉤のようなくちばしに、鋭い爪。近くで見ると思いの外、大きい。
黒鳥はまっすぐに巣の方へ飛んでくる。高度がどんどん下がり軒下へと入ったところへ、小紅とかざねが素早く飛び出す。
「巣へは行かせませんよー!」
「ぎゃあっ?」
急に目の前に現れた二人に、黒鳥は驚いて体制を崩す。勢い余ってぶつかりそうになったところを、忍の魂縛が捉える。
「やった!」
三人の動きを見守っていた読子と月が、同時に声をあげる。
気を失った黒鳥を、小紅がうまく受け止めた。皆胸をなでおろす。
「なんとか、捕まえるのに成功したな」
●しばらくして
目を覚ました鳥は、美しい鷹だった。
時計が外れたからなのか、鷹はケージの中で妙に嬉しそうにしている。様子を見守っていたかざねが、安堵した表情になる。
「元気そうでよかったですー。ほっとしたらお腹すいてきました!」
そう言ってかざねはバッグからスナック菓子を取り出すと、早速美味しそうに食べはじめる。それに気付いた黒鳥は、ぎゃあぎゃあと声をあげながら、物欲しそうに見ている。
「あれ、もしかしてこの子……お腹すいてるのかな」
黒鳥は嬉しそうに、口を開けて待っている。
かざねはちょっとくらいならいいよね、とスナックを口に入れてあげる。すると美味しそうに飲み込み、もっとくれと催促する鷹。その姿はまるで幼鳥だ。
「くっ……かわいいじゃないか……」
小紅が頬を紅潮させて黒鳥を見つめている。その様子を見守っていた読子が、首を傾げながら口を開く。
「この鳥もしかして……まだ子供なのかも」
「ああ、だから行動範囲が狭かったのかもしれない。巣立ち前の雛は、巣の周辺から動かないからな」
「でも親鳥がいるようには見えなかったし……。飛ぶ練習をしていて、うっかり学園に迷い込んじゃったのかしら」
読子の問いに、忍がうんうんとうなずく。
「親鳥がいないから、お腹をすかしていたのね〜。早く保護できてよかったの〜」
「でもそうなると、どうしてこの鳥はツバメの巣に近寄ってきたんですかね……」
月の疑問に、六人も唸ってしまう。この様子を見る限り、まだ狩りをするようには見えないからだ。
そこで圭が、ぽつりと疑問を口にする。
「それにしてもこの鳥、随分人なつっこくないか? 野鳥ってもっと警戒心が強いものだろう」
「これって……もしかして……」
様々な憶測が飛び交う中、とりあえず六人は任務完了の報告をすることになった。
●斡旋所にて
六人は黒鳥の入ったケージと懐中時計を持って、斡旋所へと向かった。
斡旋所にいた旅人は、彼らを見て微笑む。
「お疲れ様。無事成功したみたいだね」
そして黒鳥をのぞき込むと、とんでもない一言を放つ。
「やあ、おかえり」
……え、どういうことなの……
全員があ然とする中、黒鳥は旅人の顔を見るや否や嬉しそうにぎゃあぎゃあと鳴き出す。
聞くところによれば、何と黒鳥は旅人の飼い鳥であるらしい。彼は趣味で鷹匠をやっているのだそうだ。
「こんな大きさだけどまだ子供でね。飛ぶ訓練を始めたばかりだったから、心配してたんだよ」
「じゃあツバメの巣に行ったのは……」
「うん。自分では子供のつもりだからね。一緒にご飯をもらおうと思ったんじゃないかな」
旅人の話に、脱落するメンバー。なら最初から自分で捕まえればよかったのではと問い詰めると、旅人は困ったように肩をすくめる。
「私の懐中時計で遊んでいたら、足にからんでしまったようでね。怒られると思ったのか、私の姿を見かけると逃げてしまっていたんだ」
え……それって懐中時計もこの人のものってこと。
月が呆れながら聞く。
「俺たちが退治しちゃったら、どうするつもりだったんです」
「ああ、それはないと思ってたよ」
「なぜそうだと言い切れる」
小紅の問いに、旅人は再びにっこりと微笑んで言う。
「だって、君たち動物好きだから集まってくれたんだろう?」
そう言われると、皆顔を見合わせるしかない。
「それにしても、最初からあなたの飼い鳥だと言ってくれれば対策も立て易かったのに」
読子のもっともな言い分に、旅人は飄々と応える。
「だって言っちゃったら、つまらないじゃないか」
……だめだこいつ、はやく何とかしないと……
しかし嬉しそうな鷹の子を見ると、皆つい顔がほころんでしまう。
何はともあれ、六人は小さな命を守ったのだ。
その中にはもちろん、この鷹も含まれている。