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マスター:久生夕貴
シナリオ形態:ショート
難易度:難しい
形態:
参加人数:7人
サポート:3人
リプレイ完成日時:2013/07/01


みんなの思い出



オープニング

 雨が、降る。
 しとしと、しとしと。
 優しく降り注ぐ雨粒は、静かに深く、大地に染みこんでゆく。

 今年も、庭の紫陽花が一斉に咲き始めた。
 青から赤紫に移ろいを見せる花弁。
 水滴を纏うその姿はどこか高貴で、美しく。
 まるでこの雨を、待ちわびていたかのように。

 そう。
 ここは、紫陽花の咲く家。
 淡くけむる霧雨の中で、輝きを見せる。
 
 わたしとあなたとの大切な、場所。


●久遠ヶ原学園

「聞いてくれ、みんな。僕は暇だ」

 おもむろに切り出されたこの言葉を、生徒達はやれやれと言う思いで聞いていた。
「教授……またですか」
 中国の少数民族が身につけるような派手な衣装。歩く度に装飾品がしゃらしゃらと音を立てている。
 呆れ顔で返す生徒に、学園大学部教授であるミラ・バレーヌは反論する。
「またとは何だ、またとは。僕は常に研究者としてのあるべき姿を追求しようとだね」
「はいはい今度はどうしたんですか」
「これを見てくれ!」
 ミラは嬉しそうに手にした写真を皆へ向かってかざす。
「この写真。おかしいところがあるのに気付かないか?」
 掲げられた写真を、生徒達はまじまじと見つめる。

「……紫陽花が沢山咲いていますね」
「そう、紫陽花だ。見事なものだろう?」
「これどこなんです?」
 問われたミラは、嬉々として説明を始める。
「ここはT市にある民家だ。毎年この時期になると観に行っているのだよ」
「えっまさか人の家に勝手に入ってるんですか」
「失敬な。偶然通りがかった通行人のふりをしてさりげなく覗いているだけだ」
「その格好でさりげなくとか苦しいですから!……ってあれ?」
 生徒は写真の一部を凝視する。
「この紫陽花、ここだけ色が違いますね」
「ようやく気付いたようだな。そう、この家の紫陽花は毎年青色の花を咲かせていた。だがしかし、今年は何故かここだけ色が違うのだよ」
「……もしかして」
 嫌な予感がする生徒達に、ミラは満足そうに頷き。

「なぜ色が一部だけ変わってしまったのか、原因を突き止めようでは無いか!」

 浮き浮き顔のミラに、一人がおずおずと問いかける。
「えっと……教授、僕達今研究論文で忙しいって知ってました?」
「何を言っているんだ。論文より謎を解明することの方が大事なことは、過去三千年の歴史が証明してるだろう」
「いやそんなことはないと思いますけど」
「とにかくだ。僕は暇つぶ……研究者として、あるべき姿をだね」
「今暇つぶしって言おうとしましたよね」
「追求することの大事さをだね」
 生徒はため息をつきながらぴしゃりと言い切る。
「もうその話、五十回は聞きましたから」
「あっ馬鹿、お前それを言っちゃ」
 別の生徒が止めに入るも、時既に遅し。
 先の言葉を耳にしたミラは、みるみるうちになだれていく。

「……そうだよな」

 先程までの元気は完全消。
 やたらうつろな表情で、ぶつぶつと言い始める。
「僕などマジウザい近寄るな危険正直生理的に受け付けない同じ空間にいるのすら嫌だよなうん知ってた」
「いえ、教授そういうわけでは」
「調子に乗ってしまうのが僕の悪い癖だ何度反省しても直らないもうこれはそうかわかったちょっと引きこもってくるわ」
「わーー待ってください教授!」
 ここで引きこもられては自分たちの論文がやばい。以前引きこもられたときは、軽く一ヶ月以上姿を見せなかった。
「いい年して引きこもるとか止めてください!先生のファンが見たら泣きますから!」
「僕のファンなどいるわけがないだろう!かりそめの幻想を見せて僕の心をいたずらに乱すのは止めてくれ!」
 暴れるミラを必死に抑えながら、生徒達はため息をつく。
 このミラと言う人物。
 普段は陽気で好奇心旺盛、理屈屋で話し好きであるのだが、恐ろしく打たれ弱い。打たれ弱すぎて伝説が出来るほど、打たれ弱い。
 特に「その話はさっき聞きました」は禁句。鬱だ死のうとか言い出しかねない。
 これでよく学園教授が務まるものだと思うのだが、まあその辺は久遠ヶ原だから仕方ないのだろう。
「まあ見た目だけはそれっぽいからな……」
 他の生徒もうなずき。
「いかにもって感じがして勘違いしちゃうのよね……」
 見た目はどこかの民俗学者と言った風貌。元々堕天使なせいもあるが、ころころ変わる民族衣装も相まって国籍はおろか年齢、性別すら不詳に見える。(その容貌が一部生徒から支持を得ているらしい)
 名簿には男と記載されているが、これも実は登録係が適当に記載したとかまことしやかな噂まである。
 とは言え、そんなことはこの久遠ヶ原ではよくあること。
 生徒達を悩ませているのはミラの極度の「謎好き」にある。

「僕は古今東西、天界から冥界まで全ての謎を解き明かすのが夢だ」
 そんな盛大な夢を真顔で語っちゃうミラだが、どうやら人間界のミステリー小説にはまって以来そんなことを言うようになったらしい。
 と言うかむしろそれが堕天した理由でもあるとか。
 それ程に謎を愛してしまった彼は、ちょっとでも不思議なことを見つければ研究そっちのけで飛びついてしまうのだ。
 
 しかも生徒達まで巻き込んで。

「……で、教授。僕達にどうしてほしいんです?」
 一人が見かねて声をかけると、ミラは恐る恐る顔を上げる。
「……みんな、やってくれるのかい?」
「そうですよ。早く指示をください」
「そうか。……みんな……やる気になってくれたんだな……僕は……僕は嬉しいよ……!」
 涙を浮かべて笑顔を見せる彼に、生徒達は肩をすくめつつ苦笑する。
 最終的には皆、こう思ってしまうのだ。

 まあ、教授が楽しそうならいいか。

●というわけで早速

「君たちに与えられた情報はこれだ」
 ミラは全員に用紙を配りながら説明を始める。
「この家には女性が住んでいる。名前は有坂蒼子。年齢は……そうだな。人で言うと三十代くらいではなかろうか」
「その女性は何をしている人なんですか」
「わからない。彼女と話したことは一度きりしかなくてね。その時も『あなた誰ですか』『私は通りがかりの一般人だ』の一言しかかわしていないのだよ」
「教授、それ思いっきり不審者と思われているんじゃ……」
「細かいことはいい。僕が気になっているのは、最近この家で飼っていた大きな犬の姿が見えないこと。普段なら僕が家を覗いたときに吠えられていたのに、今年はそれがなかったのだ」
「なるほど……他には?」
「うむ。これは大して重要ではないかもしれないのだが、この家にはもう一人誰かいたような気がする」
「いやそっちの方が凄く重要じゃないですか」
 つっこむ生徒達に構わず、ミラは続ける。
「僕も数えるほどしか見たこと無いのだが、男であったはずだ。年齢も有坂蒼子とそう変わらないように見えた」
「今はいないんですか?」
「姿は見ないな。この件に関連しているのかはわからないのだが」
 生徒達は黙り込む。この話、意外と根が深いのでは無いかと気付き始めたから。
 ミラは全員を見渡すと、意気揚々と宣言する。
「いいか、君たち。物事は広い視点で見なければ、真実にはたどり着けない。細かい内容については各自依頼書を確認してくれ。さあ、紫陽花の館へ向けていざ行かん!」
 こうして一行は、出発したのだった。


リプレイ本文



 わたしにとって、あなたはすべて。
 あなたが笑えば、わたしはうれしい。
 あなたが泣けば、わたしはかなしい。
 ここは紫陽花がさく家。
 わたしとあなたの、たいせつな場所。

●まずは推理

「さあ、みんな。思う存分張り切ってくれ!」
 やたらときらきらした笑顔。
 割と鬱陶しい感じだが、そこは禁句。一人張り切るミラ・バレーヌ(jz0206)を、集まったメンバー達は思い思いに見やっていた。

「また面白ェ奴が出てきたモンだねェ……」
 口元に気怠げな笑みを浮かべながら、仁科 皓一郎(ja8777)は呟く。
 面白い事や人を見つけると、興味を向ける彼。見た目からしてちょっとおかしいミラを、楽しそうに観察している。

「なんていうか…そこはかとなく漂う怒られ属性が微笑ましいな……」
 そう言って生暖かく見守るのは、小野友真(ja6901)。彼の言葉に、加倉 一臣(ja5823)も頷き。
「あれ以上頭のたんこぶが増えないといいよな……」
 一ヶ月以上研究室を空けると言ったら、ああなったらしい。教授、割と無茶である。
 
「気になりますっ!」
 どこかのアニメヒロインのような台詞を口にするのは、若杉 英斗(ja4230)。
「おおそうか、若杉君。君も気になるのだね!」
「ええ、気になりますっ!」
「僕もだ! 共に頑張ろう!」
 やたら意気投合。あのテンションに合わせてあげる若様の優しさ、プライスレス。

 そんな彼らの後方にいるのが、マイペース組。
「紫陽花の色が違うか…考えてみると確かにちょっと不思議」
 のんびりした調子でそう口にするのは、青空・アルベール(ja0732)。数日前に負った大怪我をおしての参加だ。
「アルベール君、身体の方は大丈夫なのかい?」
「はい。私も謎を解明してスッキリしたいしねー」
「怪我をおしてでも謎を解く…その情熱に僕は今、猛烈に感動している!」
 むせび泣くミラの隣で、小田切ルビィ(ja0841)が眉根を寄せ。 
「色の違いねェ…単純に開花時期が違ってるだけなんじゃねーの?」
 小学校時代を思い出し。
「紫陽花の観察日記ラスト辺りになると、大抵の花びらは赤っぽくなってた記憶が…」
「えっそうなのかい?」
「ああ。紫陽花には『七変化』っつー異名があるからな。文字通り、開花から色が変化する所から名付けられた訳だ」

「へぇ、知らなかったわ。そんなことよく知ってるのね」
 反応したのは、荻乃 杏(ja8936)。くりっとした瞳をしばたかせ。
「んー…でも私は、何かを埋めたんじゃないかって思うかな。紫陽花って土壌のph値で色が変わったりするんでしょ?」
 英斗もうなずき。
「俺もそう思うな。確かに開花から日数が経ったら色は変わるけど…一部だけ咲く時期が異なったとは考えにくいんじゃないかって推理してみた」
「そう言えば……」
 ここで一臣が思い出したように。
「死体が埋まっていると土はアルカリに傾く…なんて言う話もあるね」
 その言葉に、友真と青空がぎょっとなる。
「えっ一臣さんそれかなり怖いねんけど」
「そんなサスペンス劇場みたいなことって…!」

「まあ。可能性はある、ねェ」

 皓一郎の的確な一言に、全員黙り込む。
 それを見た彼は、どこか愉快そうに。

「それを今から確かめる、つうことだろ?」
 聞いた一臣も笑いながら。
「はてさて。その謎はミステリーかロマンか」
 ルビィもうなずいて宣言する。

「真相はいかにってとこだな」 


●というわけで、聞き込み開始

「じゃあ、まずはミラ氏に詳しく話を聞くとしようか」
 一臣の言葉に、浮き浮き顔のミラは張り切る。
「ああ、僕で良ければ何でも答えるよ。どんどん質問を投げかけてくれ」
 ルビィが手を挙げ。
「じゃあ、早速聞かせてもらうぜ。教授が見たって言う男はどんな奴だったんだ?」
「うむ、これだけは間違いない。人間だった」
 がくんとなるルビィの傍らで、友真が努めて笑顔を保ちながら。
「あの教授、もう少し特徴とか無いんかなって」
「それがさっぱり思い出せんのだ!」
「いや、そこ思い出そうや!」
 友真の鋭いツッコミに、ミラはしおしおとうなだれる。
「……そうだよな。僕なんてほんと役立たずで生きている価値ないよな。わかった、ちょっと引きこもって」
「わー待って!」
 飛び去ろうとするミラの首根っこを、皓一郎があっさり捕まえ。
「じゃあ、犬の方はどうかねェ? 大きさとか、わかればいいんだが」
「そ、それなら覚えている! 犬はかなりの大きさだったな。僕より大きいんじゃ無いかと思ったくらいだ」
「種類とかは、わかります?」
 英斗の問いに、申し訳なさそうに応える。
「すまない、犬種には詳しくないのだ…」
「じゃ、この中のどれに似てた?」
 杏が広げた犬種図鑑を、ミラは一生懸命眺める。
「ど、どれであったかな…」
 ここで友真と青空が「テンション上げて記憶蘇り作戦」を実行。
「教授、情報一杯思い出すことで真実に近付くんやで!」
「そうか…そうだよな…!」
「そうだよ教授! 頑張れ教授!」
「わかった、僕頑張るよ! …これだ、これに間違いない!」
「シベリアンハスキーか!」
「かっこええな!…ってこれ近所の人に聞いた方が早かったんちゃうんていうレベル…」
「友真、それは言っちゃだめだ…」
 かぶりを振って微笑む一臣の傍らで、ミラは言いにくそうに切り出す。
「と…ところで仁科君」
「何、かねェ?」
「そろそろ…下ろしてもらえると嬉しいんだが…」
 あっそう言えば捕獲されたままでした、教授。

 と言うわけで、この章必要だったのかすら怪しいレベルだが、事前聞き取り終了。
 話し合いの結果、手分けして紫陽花の館に関する情報を収集することとなった。


●翌日

 ここは久遠ヶ原学園のとある一角。
 集まったメンバーを見渡して、一臣が切り出す。
「……と言うわけで、昨日丸一日かけて聞き込みしたわけだけど。とりあえず、情報共有といこうかね。それでいいですか? ミラ氏」
 ふられたミラはぽかんとした後、ぶんぶんと首を縦に振る。
「うん。僕はそれで構わないよ!」
 一臣は苦笑しながら。
「じゃあ各自報告してもらうことにしよう」


>ルビィの場合:

「俺は有坂邸について、近隣住民に聞き込んでみたぜ」
 学校のフィールドワークを装った彼、紫陽花を元に有坂邸へと話を誘導。訪問したい旨を話してみたと言う。
「あの広いお屋敷には、現在有坂蒼子一人が暮らしているらしい。どうも蒼子の両親は、三年前に他界したみてぇだな」
「ってことは結構なお嬢様ってこと?」
 杏の言葉に、ルビィはかぶりを振り。
「そこら辺は微妙だ。財産は蒼子一人が受け継いだらしいが、見た目ほど金持ちってわけでもなさそうだぜ。近隣住民の話では、両親は会社経営者だったが、既に倒産。あの家が残っただけマシ、ってとこだろう」
「なるほど…遊んで暮らせるってほどでもないわけか」
「そういうことみてぇだな。現在彼女はアルバイトをしながら生活しているらしい。ああ、それと」
 ルビィは取材帳を繰りながら。
「どうせ俺たちのことだから直接訪問するだろうと思ってな。蒼子の在宅時間を調べておいたぜ」
 聞いた一臣は笑いながら。
「違いない。助かるよ、小田切君」

>英斗の場合:

「自分は有坂邸の紫陽花について調べてみました」
 英斗は通りすがりを装い、公園や近所のスーパーで聞き込みをしたと言う。
「まず開花時期について。今年は一週間ほど前に一斉に咲き始めたみたいです」
 記憶を確かめるような、表情で。
「それから紫陽花を実際に外から見てきました。確かに中央部の一角だけ、赤紫色の花が咲いていたな。これは近所の人も気になっていたみたいです」
 そこで微かに、首を傾げる。
「それと…これは関係あるかわからないんですけど。紫陽花の一部が切られていていたんだよな」
 聞いた一臣が眉をひそめ。
「…蒼子さんが刈り取ったのかね?」
「さあ、そこまではわかりませんけど…でも近所の人が言うには、『そこには今年花が咲いていない』っていうんですよね」
「……じゃあ、花が咲く前に切られていたってことか」
 その言葉に、英斗は「恐らく」と頷いてみせた。

>皓一郎の場合:

「俺は有坂家について、新聞辺りの媒体を調べたんだけどよ」
 話によれば、皓一郎は近所の図書館に行っていたらしい。
「最初は一年前くらいが怪しいかと思ったが、大した情報は無かった。それで遡ってみたらよ……」
 手にした新聞のコピーらしきものをかざし。
「どうもあそこの紫陽花は、昔から有名みたいだねェ。しかも昔は一般公開もされてた、つう」
 そこには「紫陽花の館へようこそ」という題で、有坂家を取材した内容が書かれていた。
 英斗がコピーに視線を落としながら。
「この記事随分古いな。十年以上も前の日付か…」
「ああ。あの紫陽花は蒼子が生まれたときに、両親が植えたものらしい。そこから徐々に増やして、今の状態になったみてェだ」
「てことは、蒼子さんにとって紫陽花は大事なものやんな…」
 友真の一言に、皓一郎はうなずき。
「それが一部切られてる…ってのが、気になるねェ」

>杏の場合:

「私は有坂邸近辺のお店を巡ってみたのよね」
 杏は買い物をしつつ地元の店員達に、有坂家のことについて聞いてみたと言う。
「特にわんこのことを聞いてみたくって。シベリアンハスキーなら結構目立ってそうだからさ。案の定、みんな覚えていたわ」
「じゃあ、犬は彼女が普段連れ歩いていたんだ」
 青空の言葉に、頷き。
「そういうことね。ナツっていう名前で、毎日欠かさず散歩に行ってたそうよ。賢い犬だったみたいで、彼女が側にいる時は吠えたりしなかったとか」
「庭にいるときはどうだったんだろう?」
「怪しい人が来ると吠える程度だったみたい。だから教授も吠えられたんじゃない?」
「待ってくれ。僕のどこが怪しいって言うんだ!」
 机ばーんする教授は、華麗にスルー。
「あ、後あの庭で一緒に遊ぶところもよく目撃されてるわね」
「ま、まさか…あの恐ろしい顔をした犬と遊ぶとは。何という勇者なのだ!」
 ぶるぶる震えるミラに、杏は苦笑しながら。
「シベリアンハスキーは確かに顔は怖いけど。とっても愛情深い犬よ」

>青空の場合:

「私はあの家で起こったことの時系列を意識して、聞き込んでみたよ」
 青空は手に持ったメモを見ながら、説明を続ける。
「まず、去年以前の紫陽花についてだけど、何か異変に気付いたって人はいなかったなぁ」
「なるほど。これに関しては、ミラ氏も同じ意見でしたよね」
「ああ。僕も特に気付いたことは無かった」
 ミラの記憶力が怪しいことにはそっと触れず、一臣は先に話を進める。
「つまり、紫陽花の色が変わったり切られたのは、少なくとも今年初めて…と見て間違いなさそうか」
「うん、私も臣兄ちゃんと同じ意見! で、同居人と犬の姿が見えなくなった時期について。これが両方とも、揃って今年の春なのだよ」
「同時期、と言う訳か…」
 青空はうなずくと、皆を見渡す。
「それでこれが一番、気になるんだけど…人を入れたがらなくなったのも、どうもこの時期からなんだよね」


>一臣と友真の場合:

「じゃあ、最後は俺たちだな」
 一臣は友真の方に目配せする。
「俺は友真と組んで、公園や路上での聞き込みをしてみたんだ」
 二人は高等部と大学部との交流授業課題だと語り、紫陽花の調査から有坂邸の話を聞いて回ったらしい。
「紫陽花や犬については皆の報告と変わり無いから、割愛するね。俺たちは同居人の男についての報告をさせてもらうよ」
 一臣は手にしたメモに目を通しながら、続ける。
「まず、同居人がどこの誰かについてだけど、ここに関しては正直よく分からなかったんだよな。近所づきあいも全くなかったみたいで」
 友真もうなずきながら。
「分かったんは大体の背格好くらいやな。年は三十代前半くらいとか」
「蒼子とは恋人かなんかだったの?」
 杏の質問に一臣が応える。
「少なくとも、周囲はそう思っていたみたいだね。俺は敢えて夫婦っていう前提で話を聞いてみたんだけど、そこについては皆否定していたから違うと思う」
「なんか一年ほど前に、いつの間にかあの家で見かけるようになったって言うてたわ」
「まあ男が蒼子の家に転がり込んだ…ってのが関の山だろうな」
 ルビィの言葉に、友真も同意を示す。
「俺もそう思います。…で、その同居人なんやけど。しょっちゅうあの館で蒼子さんと言い争っているのを近所の人が聞いてる」
「喧嘩の内容はわかってるんですか」
 英斗の問いに一臣は肩をすくめ。
「浮気をしたとかお金のこととか……そういう噂はちらほら」
「大した評判、だねェ」
 苦笑する皓一郎に、一臣も。
「まあこの件が紫陽花に関係するのか、わからないけれどね。何にせよ、あまり彼女とはうまくいってなかったらしいな。胡散臭い感じだった、と言う証言もあるし」
「別れて出ていった…のかな」
 青空の言葉に、友真は肩をすくめ。
「だとええんやけどな」


●いざ、突撃

 目の前に臨む、有坂邸。
 白亜の壁を見上げながら、一臣は呟く。
「よし…俺たちの『キャッチボールしていたらうっかり全力で入っちゃったどうしよう』作戦決行だ」
「作戦名が長いわね」
 杏の言葉にOrzとなる一臣をスルーして、友真がボールを投げる。
「じゃあ、行くで!」

 情報共有の会議後、話し合いの末メンバーは有坂邸を尋ねてみる流れになった。
 とは言え、さすがに全員での訪問は相手の警戒を招くと判断。まずは少人数での訪問をすることとなったのだ。

 現在有坂邸前にいるのは一臣、友真、青空、杏。
 ボールを受け取った青空が、紫陽花の庭をちらりと見ながら。
(よし…ここでうっかり…)
 庭の方へスキル全開全力スローイン!
「わあああ! あ、あの! すいませんすいません!」
「ちょっと青空なにやってんのよ!」
「わー青兄やってもたなー謝らんとー!」
 盛大にわめく三人の声に反応したのか、邸内から人影が現れる。
「…どうしたんですか?」
 警戒した表情。有坂蒼子本人だった。

「突然失礼して申し訳ありません」
 一臣がまず表に立って事情を説明する。青空も謝りながら。
「すいません、私怪我でリハビリで、こんなに飛ぶと思わなくて! どこかに当たったりしてないかなぁ…」
「ああ、そうだったんですか…」
 不審そうな様子の蒼子だったが、一臣の丁重な対応や負傷中かつ涙目の青空を見てさすがに信じたのだろう。
「ボールを探すのは構いません。ただ…紫陽花には触れないでもらえますか。大事なものなので」
「ええ、これほど見事ですからね」
 一臣の言葉に彼女は微かに笑み。
「…ありがとうございます」
「京都のもすばらしいですけど、今は天魔のせいでなかなか…」
 取り留めの無い会話を交わす間、杏と友真はボールを探す振りをして周囲の観察をする。

(…大きな小屋)

 杏の目には、庭の隅に置かれた犬小屋が映っていた。
 かなり大型のものだが、中には何もいない。

(切られた紫陽花…これね)

 犬小屋から近い一角に、花が咲いていない箇所がある。無造作に切られたのか高さもばらばらだ。
 同じ頃、友真は赤紫の紫陽花を見ていた。

(…ここだけ土の色が微妙に違う…?)

 よくよく見ないと分からないが、赤紫の紫陽花が植わっている箇所は、若干土の色が他と違っているように見える。
 友真はこっそり土の一部をビニール袋に入れると、ポケットに入れた。

 二人の捜索終了の合図を見て、青空がおもむろに切り出した。
「そう言えば、紫陽花って何で赤と青があるのかなぁ」
「…え?」
 怪訝な表情の蒼子に向かって、無邪気に。
「あそこだけ花の色が違うから、何でだろうって」 
 指さす場所は、庭の中央。一部だけが赤紫に染まった紫陽花。
「ああ…それは多分……」
 蒼子はそう言って目を伏せた後、はっとしたように。
「ご…ごめんなさい、私にもよくわからないの。申し訳ないけど私忙しいので、ボールが見つかったのなら帰っていただけますか」


「…と言うわけで、訪問した結果だけど」
 一臣は待機していたメンバーに、告げる。
「どうも話した限りだと、蒼子は紫陽花の色が変わった理由を知っているとしか思えないね。でも何故かそれを隠したがってる」
 報告を聞き終えたルビィが顎に手をやりながら。
「なるほどな…これで外から分かることは大体網羅できたって感じだな」
 英斗もうなずき。
「となると、有坂蒼子本人からもう少し話を聞いてみたいな」
「ああ。俺たちは、蒼子本人につっこんだ話をしてみるぜ」

 ※※

 その日の夕方。ルビィと英斗は有坂邸を訪問していた。
「すみません、お庭の紫陽花のことで伺いたいことがあるんですが…」
 ルビィは出来るだけ丁寧な態度で、来訪の意を告げる。
「近所の人に、ここの紫陽花は昔から有名だと聞きました」
「ええ…私が生まれたときに両親が植えてから、ずっと育ててきたものですから」
「へぇ、じゃあもう二十年以上も。凄いですね」
 紫陽花のことで家に来る人間は他にもいるのだろう。蒼子は比較的素直な様子で話に応じている。
「昔はこの時期になると一般公開もしていたんですけれど。今は私一人なので、なかなか」
「これだけの紫陽花をお一人でやっているんですか」
 驚いた振りをするルビィに、蒼子はうなずき。
「両親が亡くなってからはずっと一人で」
「それは大変だ。誰かに手伝ってくれる人はいないんですか」
 その言葉に蒼子は一瞬ぴくりと反応するが、ゆるくかぶりを振り。
「頼める人もいませんし…それに紫陽花は意外と手入れにコツがいるんです。大事なものだから、あまり人に触らせるのも…と」
 ここで英斗が庭の隅を指さす。
「ところで、お庭に大きな犬小屋があるみたいですけど、犬を飼ってるんですか?」
「ああ、いえ…今はいません」
「…亡くなったんですか」
「ええ…今年の春に」
「病気で?」
「いえ……どうしてそんなことを聞くんですか?」
 怪訝そうな蒼子に、英斗は手を振りながら。
「いや、僕も犬が好きなので気になっただけです。そう言えば犬って、庭を荒らすことがあるって聞きますけど。大丈夫だったのかな」
「ナツ…あの子は、そういうことは一切無かったわ。とても優しい性格でしたから」
「そうですか…とても利口だったんですね」
 その言葉に、蒼子は静かに頷いてみせた。


「そっか…やっぱり、犬は亡くなってたんやな…」
 友真の言葉に、英斗は同意しながら。
「彼女は心から悲しんでいる感じがしたな」
 一臣がルビィに対し。
「小田切君の話だと、同居人は紫陽花の世話をしていなかったようだね?」
「ああ。単に黙ってるだけかもしれねぇが、嘘は言って無いと俺は思うぜ」
 英斗が首を傾げ。
「それと、加倉さんたちの報告通り、同居人がいるような気配は感じなかったけど…ただ、外から見ただけだから断定はできなかったかな」
 そこで「じゃあ」と皓一郎が切り出した。
「男が本当にいないのか、確かめてみるかねェ」

 ※※

 翌日、皓一郎は有坂邸の玄関前に立っていた。
 チャイムを押しながら、周囲の気配を探る。
(確かに男がいるような気配は…ねェな)
 案の定、出てきたのは蒼子だった。突然現れた皓一郎に、不信の目を向けている。
「…なんでしょうか」
「ああ、すまないねェ。ちょっと聞きたいんだけどよ。前にここに住んでいた男がいるだろ?」
 その言葉に、蒼子の顔が明らかに強ばる。皓一郎は怖がらせないよう紳士的対応を使いながら、話を続け。
「俺はあいつのちょっとした知り合いでねェ…。最近姿を見ないから探してんだ。お前さん何か知らないかと思って、な」
「し…知りません!」
 蒼子はぶるぶるとかぶりを振る。
「いつの間にか勝手に出ていってそれっきりで。私はもうあの人とは何の関係も無いんです!」
「…なら、仕方ないねェ」
「もういいですか。私は忙しいので」
 半ば追い出すような態度の蒼子に、皓一郎はああ、と切り出す。
「そういや…あの紫陽花あんたが切ったのか?」
「え?」
 皓一郎は口端に笑みをたずさえたまま、庭の方を指さし。
「あそこ。一部切られてんのが気になってよ」
「そ、そうです私が切りました。でもそれが何か?」
「…いや。それじゃ、邪魔したな」


●訪問を終えて

 会議室に集まったメンバーは、皆一様に沈黙をしていた。
 各自の報告が終わり、そこから導かれる推測を話し合っていたのだ。

「さて、一応俺たちの結論は出たわけだけど……」
 一臣が全員を見渡しながら、口を開く。
「……どうするかね? 俺たちの目的自体はもう達したから、あとはしかるべき所にお願いするのが筋なんだろうけど」
 沈黙が続く。
 皆事の真相に気付き始めたからこそ、どうすべきか決めかねているのだ。

 そこでミラが突然、声をあげた。

「君たちは、君たちの思うとおりにやってくれればいい」

「教授…」
 全員の視線を受けながら、きっぱりと。
「責任は僕が取るから、心配は無用だ」
「…本当にいいんですか?」
 一臣の問いに、自信満々に言い切る。
「ああ。僕はそれくらいしか役に立たないからね!」
 意外と教授、自分の立ち位置を把握している。

「…臣兄ちゃん、もう一度有坂邸に行くしかないんじゃないかな」
 青空の一言に、全員が頷く。一臣がゆっくりと息を吐いた。

「それしか、無いよな」


 ※※

「え…これは、どういうことですか?」
 現れた八人を、蒼子はわけがわからないと言った様子で見つめていた。
 ここは有坂邸。相談の末、全員でもう一度訪れることにしたのだ。
 一臣がまず切り出す。
「突然すみません。俺たち実は、久遠ヶ原の撃退士なんです。この館の紫陽花の色が変わったことについて、調べていました」
「なんですって…?」
 友真と青空も頭を下げ。
「嘘付いてすみません」
「ボールもわざと投げ入れたんだ」
「なっ…なんて非常識なのあなたたち。人の家に嘘をついてまで入るなんて…!」
 顔を真っ赤にして怒る蒼子を、一臣がなだめる。
「そのことについては弁解するつもりはありません。興味本位で調べていたことは認めます」
「帰ってください。警察を呼びますよ!」
「待って下さい。なぜ、俺たちがわざわざ嘘をばらしてまでここに来たと思いますか?」
 その言葉に、蒼子は急に視線をさまよわせ始める。
「な…なんのことですか…」
「…有坂さんよ。あんたに、聞きたいことがあるんだ」
 はっと顔を上げる蒼子に、ルビィが単刀直入に質問をする。
「あんたが家に人を入れたがらないのは、何故だ?」
「そ、それは…掃除もできていませんし、独り暮らしだと危険だから」
「…じゃあ、質問を変えるぜ。俺たちが天魔の調査でこの家に来た、って言えばあんたは家に入れてくれるのか?」
「そ、それは…っ」
 明らかに狼狽する彼女を見て、皓一郎が切り出す。

「あの切られていた紫陽花、なんだけどねェ」

 突然変わった話題に、蒼子は怪訝な表情になる。 
「俺は紫陽花の栽培方法も調べてみたんだけどよ。まあ、紫陽花は花が終わった後に基本的には剪定するらしい。けど、紫陽花の剪定にはコツがある、つうか。切る場所を間違えると次の年から花が咲かなくなるんだろ?」
「ええ…そのとおりですけど…」
 皓一郎は庭に移動し、切られた箇所を示しながら蒼子を振り向き。
「この切られ方だと、来年に花は咲かない」
 無言の彼女に、問う。
「紫陽花を愛してるって人間が、こんな切り方をするかねェ?」
「……っ」
 蒼子の瞳が揺らぐ。
「これはあんたが切った、てのは嘘だよな? じゃあ一体誰が切ったのか、つう」
 皓一郎の言葉に、彼女は再び黙り込む。英斗が確かめるように。
「…一緒に住んでいた男ですよね?」
 沈黙の肯定。英斗は問いかける。
「なぜ隠す必要があるんです?出ていった男が切ったと言えば済むじゃありませんか」
 答えは無い。
 真っ青な彼女を刺激しないよう、青空が言う。
「調べられたくなかったから――だよね?」
 蒼子はがたがたと震え出す。そんな彼女の身体を、杏がそっと支え。
「大丈夫…落ち着いて」
「わ…私は……」
 ぶるぶるとかぶりを振る蒼子に、一臣が落ち着いた声音で告げる。
「俺たちは、あなたを責めに来たんじゃないんです」
「え…?」
「あなたを放っておけなかったから」
 友真がまっすぐに蒼子を見つめ、頭を下げる。
「…お願いします。どうか、自首して下さい」
 それを聞いた彼女の瞳が、わずかに見開かれ。
 やがてがっくりと、うなだれた。

●真相

「…あの男は、私の財産が目的だったんです」
 紫陽花の咲く庭で、蒼子はゆっくりと語り始める。
「でもうちはお金なんてありません。両親が苦心して遺してくれたこの家と庭だけが、唯一の財産でした。私は家族と過ごしたこの場所を守っていければ、それでよかったのに…」
 蒼子は唇を噛みしめる。
「つきあい始めてしばらくした頃、彼はこの館は広すぎるから売り払うべきだ、と言い出しました。そんなことはできないと突っぱねたんですけど…納得はしていなかったみたいで」
 その日は、一日中酷い雨だったという。
 外出先から帰宅した蒼子は、ナツが酷く吠えているのを耳にする。
「あの子があんな吠え方をするのは珍しくて…嫌な予感がしました」
 そこで目にしたのは、紫陽花を切り取る男の姿だった。
「何をしているのかと聞けば、『こんなものがあるから未練がましくなるんだ』と。止めてくれと泣いて頼んでも聞いてくれなくて…そこでようやく、彼はお金のためだけに近付いてきたのだと気付きました」
 握りしめていた彼女の拳が、白くなっていく。
「……どうしても、許せなかった…」
 そんなもののために、大切なものを踏みにじられたこと。彼女は怒りで頭が真っ白になったという。
「気がつけば、園芸用のクワを振り抜いてました。殴られたことに逆上した彼は、持っていたハサミで私に襲いかかってきて」
 男の鬼気迫る形相。自分を殺す気だ、と瞬時に悟ったという。
「もうだめだ、と思った時でした」

 その刹那、彼女の前を影が横切った。
 直後聞こえた悲鳴と共に、男の姿が崩れ落ちる。

「ナツでした。彼女があの男の首に噛みついたんです。彼は必死にナツを刺しましたけど、離れることは無くて…」
 気がつけば、男はその場で死んでいたと言う。
「ナツも既に虫の息でした。何とか助けようとしましたが…駄目だった」
 徐々に弱まる呼吸。
 腕の中で段々と体温が失われていく様を、今でもはっきり覚えている。
「思えばナツは…私よりずっと早く、彼の本性に気がついていたんだと思います。あの人には全く懐いていなかったから」
「どうして、すぐに警察に通報しなかったんですか」
 英斗の問いに、蒼子は苦悩に満ちた様子で。
「ナツは私を庇って死んだんです。でもあの男の死が明るみになれば、彼女は人殺しの犬として何を言われるかわからない。それに私も…ここにいられなくなる」
「だから…男の遺体を家の中に隠したんですか」
 問われた彼女はうなずき。
「隠す場所なんて、他にありませんから…」
「ナツを紫陽花の下に埋めたのは?」
「この場所は、私とナツにとって大切な場所なんです…だから、彼女をここに埋めました」
 蒼子はふらふらと立ち上がると、満開の紫陽花に視線を馳せる。
「紫陽花の色が変わったのには気付いていました。ああ、この下にはナツが眠っている。そう思うだけで…」
 彼女の魂はここにある。それだけで、心がなぐさめられた。
 頬を伝う涙が、雫となって花弁を濡らす。蒼子は赤くなった紫陽花を見つめ、ただ一言。
「離れたくなかった……」

 雨が、降り出した。
 しとしと、しとしと。
 けむるような霧雨は、優しく穏やかに紫陽花の館を包みこむ。
 まるでそれは、ナツの涙のようでさえあって。

「…馬鹿ね。ナツの無罪を証明できるのは、あんただけなのに」
 鼻をすんと言わせる杏に、友真と青空も。
「そうや…ナツは蒼子さんの命を助けようとしたんすよね?」
「立派な正当防衛だよ。ちゃんと話せばみんなきっとわかってくれる」
 戸惑う蒼子に対して、一臣も諭すように伝える。
「勇気を出して下さい。ナツの勇気に報いるためにも」
「ナツの…勇気…」
 彼女はしばらく黙り込んだ後。やがて撃退士たちに向かって頭を下げると、告げた。
「…ご迷惑をおかけしました。私、これから警察に行きます」

 館を後にしながら、蒼子はぽつりと口にする。
「ナツは…私を許してくれるでしょうか」
 その言葉に、英斗とルビィがあっさりと。
「そんなの当たり前ですよ」
「考える必要もねぇな」
「どうして…そう言い切れるんですか?」
 それを聞いた皓一郎、やれやれと言った様子で。
「お前さんは犬と暮らしていたのに、大事なことがわかってないねェ」
 見つめる蒼子に向かって、彼はにやりと笑んでみせた。

「犬にとって飼い主は全て、なんだろ?」


 ※※

 後日。
 有坂邸の地下から、成人男性の遺体が発見される。
 死因は首を噛まれた事による失血死。
 紫陽花が切られていた付近を調べると、血液反応が出たらしい。
(事前に友真が持ち帰っていた土からも、犬の血液反応が出ていた)
 有坂蒼子は殺人未遂及び、遺体遺棄容疑で送検されたものの、裁判では情状酌量が加味されるであろうとのこと。
 思わぬ所から事件を発覚させた学園生たちには、警察から感謝状が届いたのであった。
(ただし依頼者本人のミラは、そのことには全く興味を示さなかったのだが)

 そして現在。
 あの家の紫陽花は、今なお色を移ろわせ咲き誇っている。
 蒼子が帰ってくるまでの間、杏をはじめとした依頼メンバーが時々世話をしに来ているらしい。
 提案した彼女は、照れくさそうに言った。
「罪を犯してでも一緒にいたいって気持ち、分かんなくはないからさ」


●紫陽花…夏の季語

 わたしにとって、あなたはすべて。
 あなたが笑えば、わたしはうれしい。
 あなたが泣けば、わたしはかなしい。
 ここは紫陽花がさく家。
 わたしとあなたの、たいせつな場所。

 あなたを守れて、ほんとうによかった。


依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: 気だるげな盾・仁科 皓一郎(ja8777)
重体: −
面白かった!:6人

dear HERO・
青空・アルベール(ja0732)

大学部4年3組 男 インフィルトレイター
戦場ジャーナリスト・
小田切ルビィ(ja0841)

卒業 男 ルインズブレイド
ブレイブハート・
若杉 英斗(ja4230)

大学部4年4組 男 ディバインナイト
JOKER of JOKER・
加倉 一臣(ja5823)

卒業 男 インフィルトレイター
真愛しきすべてをこの手に・
小野友真(ja6901)

卒業 男 インフィルトレイター
気だるげな盾・
仁科 皓一郎(ja8777)

卒業 男 ディバインナイト
場を翻弄するもの・
荻乃 杏(ja8936)

大学部4年121組 女 鬼道忍軍