「いい天気だなあ」
晴れ渡った空を見上げながら、斡旋所スタッフの西橋旅人(jz0129)は呟く。
遅咲きの桜が舞う広大な園。既に咲き始めたツツジや藤が彩りを添え。
入口に掲げられているのは『久遠ヶ原花祭』の横断幕。
花の祭典の、始まりだ。
●花のカフェ
園の一角から、軽快なリズムが聞こえてくる。
そこにあるのは、花をテーマにした祭間限定のカフェ。
ちょっと風変わりなのは、店員が全員仮装をしていること。
心浮き立つ音楽、眩しいほどの鮮やかな陽差し。待ち受けるのは、訪れた人たちを誘う華。
最初に現れたのは――
「ようこそ! 春と花の世界へ!」
川崎 クリス(
ja8055)の明るい声が響き渡る。
「ネバーランドから颯爽登場っす!」
身につけているのは、ピーターパンの衣装。帽子を目一杯の花で飾って春らしく。
軽やかに、まるでステップを踏むように。少しくらい芝居がかっているのもご愛敬。
「さあ、俺が案内するぜ!」
綺麗な翡翠色の瞳を輝かせ、茶目っ気たっぷりな笑顔を向ける。それはまるで、本物のピーターパンのようで。
次に出迎えるのは、二人の悪魔メイド。
シエロ=ヴェルガ(
jb2679)とダッシュ・アナザー(
jb3147)だ。
「こういうの初めてだから、上手く出来るかわからないけど…楽しまないとね」
シエロが切れ長の瞳を細めながら微笑む。
身につけているのは、この日のために幼なじみが準備したロングメイド服。まとめ上げられた青みがかった銀髪には、さりげなく藤の花があしらわれていて。
「それにしても、こんな服まで持っているのね…アイツは」
ちなみに幼なじみは男デス☆(ゝω・)v
世の中には、きっと知らない方がいいこともあるのだ。
対するダッシュは数種類の桜をあしらったふわふわのメイド服を身につけている。
「祭を、盛り上げる…花で…魅了?」
まだ人間社会のことはよくわかっていないけれど。
(これを、頑張れば…マスターが、褒めてくれるかもしれない…)
何より大切な命の恩人。
喜ばせる為に、訪れる客を楽しませるのが自分の役目。ならば。
「つまりは…こういうこと、よね(カッ」
\鉄壁ミニスカメイド(白ニーソ付)/
絶対領域は標準装備。小麦色の肌がまぶしすぎて、生きるのが辛い。
ちなみに誰の趣味によるものかは、現在審議中である。
一方、桜ということで和風メイドもいる。
「いらっしゃいませぇ〜」
小柄な身体でぺこりとお辞儀。薄紅色の着物を身につけた深森 木葉(
jb1711)だ。
着物の上からは、純白のフリルエプロン。長い黒髪をまとめた頭には、ツツジの花をあしらった簪。エプロンの胸には葉形の名札が付けられており、ひらがなで「このは」と書かれてある。
「あたし、がんばりますぅ〜」
ぱたぱたと動く度に、鮮やかな色が揺れる。小さな身体で一生懸命働く姿に、キュンとなってしまうのも仕方ない。
同じ和風でも全く雰囲気が違う者もいる。
「ふふ…綺麗な人にはサービスをするよ」
どこか妖艶な眼差し。着流しの上から羽織るのは、大きな牡丹の花をあしらった女物の着物。まさにかぶき者のコスプレ姿の柳田 漆(
jb5117)だ。
「さあ、いらっしゃい。美しいお嬢さん」
常に絶やさない微笑と甘い声音。ゆるやかな動きで女性客を魅了する。
それは普段の正装がジャージだとは思えない動きだ。(※にじみ出るギャップ萌え)
風変わりな天使と悪魔のコンビもいる。
「いらっしゃいまし。どうぞごゆっくり」
はんなりとお辞儀をしてみせるのは、シオラスドール・クロウ(
jb5370)。
緋色に鳥模様が入った着物を身につけ、頭にはシャクナゲの花をあしらった簪。紫色の髪に、淡い薄桃色の花弁が映える。
そんな京美人的彼女とコンビを組んでいるのが、執事服姿のカノエ・ムシュフシュ(
jb5433)だ。
「俺はあまりある執事ニーズに応えんぜ」
身長138センチ、黒い猫耳に緑と橙のオッドアイ。演じるのはツンデレ可愛いショタ執事。
「さすが俺、実にあざとい」
執事でショタで悪魔っこでケモミミでツンデレでオッドアイとか、けしからんあざといにも程がある。
けど正義だから許されてしまう。人間界万歳だぜ。
さて、執事もメイドも永遠の少年も出てきたわけだが、まだ出てきていない存在がいる。
そう、お祭りと言えば被り物ですね!
「いらっしゃいもふ!」
もっふもふの姿でもふ言葉を発しているのは八塚 小萩(
ja0676)。
身につけるは、東京もふランドのマスコットキャラ「もふら様」の着ぐるみ。
とにかく白くてもふもふした見た目に、今日は紙で作った花びらを全体に散らしている。
「桜吹雪もふよ〜♪」
丸っこい手足を一生懸命動かして給仕。もちろんお勧めはふかしもふら饅頭(懐かしい田舎の味)だ。
ちなみに子供の前では中の人はいません。お姉さんとの大事な約束だ!
以上、総勢八名がお出迎えするコスプレ花カフェ。
浮き立つように華やかに、ちょっとしたハプニングもある様子を垣間見てみよう。
カフェの一角にできた人だかり。
「わっいつの間に?」
突然現れ突然消える。そんなミニスカメイドを一目見ようと集まってきているのだ(決して絶対領域を見たいからではない)。
遁甲の術や無音歩行を駆使して、ダッシュはトリッキーな接客をする。
「ご注文は桜花せんべいですね」
「え、まだ何も言っていないのになんで…?」
問われたダッシュは軽く微笑みながら。
「それは、内緒です。私は、あくまでメイドですので」
「くっ……新しいな…!」
読唇術まで駆使する彼女は、まさに悪魔なメイド。ミステリアスな、甘い罠。
「ふふ。また来て下さいね」
捕らわれてみるのも、また一興。
まあとにもかくにも、これだけは言っておきたい。
\絶対領域ぱねえ/
「わあ、かわいい!」
クリスが運んできたシフォンケーキを、若いカップルが嬉しそうに見つめている。
「お待たせしました、花のシフォンっすよ!」
フルーツシロップで描かれた花模様。スポンジはいちごを練り込んだ淡い桃色。春をイメージした一品だ。
(嬉しそうに食べるなあ)
美味しそうに食べる様子を見て、クリスはつい微笑んでしまう。同時に浮かぶのは、自分の彼女の滅多に見られない笑顔。
彼女も、これを食べたら笑ってくれるだろうか。
考えるだけでちょっと幸せな気持ちになる。花のような、彼女の微笑み。
「ありがとうございました!」
見送りながら、ふと空を見上げる。
今度は一緒に来られるといい、と少しだけ祈って。
少し離れたところでは、花と幻想の世界。
「いらっしゃいませ。何名様?」
立ちこめる藤の香り。浮かべるのは悪魔の微笑。
カフェ天井を覆う藤棚の下に、シエロは立っていた。
「何だか…空気まで違って見えますね…」
「ええ。ここは花の世界ですもの」
淡い紫の隙間から差し込む光は、彼女の髪や白い頬に日だまりを作る。
それはどこか、切ないほどに眩しくて。
「存分に、楽しむといいわ」
緩やかにほそめられる、ブルーサファイヤの瞳。
その幻想的な姿に、人々は魅入られる。
対するは、天使の微笑。
「さあ、ご賞味あれ」
漆が浮かべる、艶やかでけれどどこか品のある微笑み。
差し出すのは桜が描かれたデザインカップチーノ。運ぶ指先も、しなやかに。
「綺麗なキミには、これもサービスだよ」
桜型の皿に乗せた、小ぶりなクッキー。側には桜のクリームを添えて。
頬を染めた女性客が、嬉しそうに受け取る。見せる笑顔は、彩りの華。
「……また、ここでキミと会いたいな」
歌うように奏でる、甘いささやき。それでもあざとさを感じないのは、天の高潔さを失っていないからだろうか。
人の世界は花。桜舞う儚さに、自分もまた魅せられたように。
一方、熱い接客バトルを繰り広げているのは、天使悪魔のコンビ。
「こちらにどうぞ、あまいお菓子もあまくないお菓子もご用意しますよってに」
シオラスドールのはんなりとした微笑に、多くの男性客が頬を染めながらついていく。
そのうちの一人の裾をひっぱるのは、カノエ。
「ねーちゃんばっかりじゃなくて、俺も鎌ってよ…?」
涙目で上目遣い。
ショタニーズほいほいで集めたところで、追い打ち。
「べ、別に喜んでなかいないんだからな(ツン」
ちらりと恥ずかしそうに。
「……お前、これ好きじゃ無かった? …ま、別に嫌ならいいけど…」
さりげなく高いメニューを差し出す。あざとい上にぬかりねえ。
「ふふ、私も混ぜてくださりますやろ?」
そこでシオラスドールもすかさず参戦。金回りよさそなお客、とられたらあかん。
「これもお勧めですえ。お客さん、ほんまいい食べっぷりどすなあ。見ていて惚れてしまいそうやわぁ」
素晴らしいあざとさ。そして客は喜んでいる!
次々に高いメニューを出していく彼女。この二人だけでかなりの売り上げを稼いでいる。
接客の合間、カノエはぽつりと。
「シオのしおらしー姿が見たかったけど…今日も普通だ」
ちょっとだけ、期待していたらしい。対するシオラスドールは気付いているのかいないのか。
あざとさ満点の少年執事も、友人には素直に言えなかったり。
きっとそこがかわいいだなんて、彼女は思っていそうだけれど。
びたん。
盛大に転倒する音。
転んでしまったのは木葉。せっかく運ぼうと思っていたケーキが、見事に地面にちらばってしまっている。
「ど…どうしよぅ…」
ぐすっと涙目。張り切りすぎて、ついつまづいてしまった。今にもふえ〜んと泣き出しそうな彼女に、差し出された手。
「怪我は無い?」
様子を見に来た旅人だった。
「は、はい〜ごめんなさい〜…」
絶対に怒られる。
見るからにしょんぼりな木葉を見て、旅人は頭をぽんぽんとしながら。
「よく頑張ってるね」
「え?」
「ここは僕が片付けておくから、向こうの手伝いをしてもらえるかな」
褒められたことで彼女は、ようやく笑顔になり。
「がんばりますぅ〜!」
弾むように駆ける姿を微笑みながら見送る。例え失敗があったとしても、くるくると表情を変え頑張る木葉は、お客さんからも人気だ。
びたん。
再び盛大に転ぶ音。
転んだのは小さな子供だった。わっと泣き出す。
「どうしたもふー?」
駆け寄ったのは、もふら様。
「お母さんがいなくなっちゃった…」
どうやら迷子のようだ。小萩は絶品桜湯をこっそりあげながら。
「泣かないでもふー。もふらに任せるもふ!」
さすがはもふら様。さっきまで泣いていた子供は早くも笑顔。
小萩は子供を巡回していた迷子係の元へ連れて行く。
「よろしくもふよー!」
その迷子係もよく見たら撃退士だったり。
「もふら様ー私とも遊んで−!」「僕も−!」
子供達に大人気のもふら様。集まった子供達と遊びながら、アピールも忘れない!
「東京もふランドもよろしくもふ!」
もふられた子供のはしゃいだ笑顔。嬉しくて今夜は寝られないかも。
笑顔溢れる花のカフェ。
楽しいひとときは、優しく、色鮮やかに過ぎていく。
ほんの刹那の、甘さを残して。
●気がつけば、そこは戦場
園のほぼ真ん中にある、大広場。
周囲を桜に囲まれた中央には、高見やぐらが立っている。
「それでは、柏餅争奪戦のルールを説明します!」
始まった説明は以下の通り。
やぐらの上からばらまかれる柏餅を、どれだけ沢山取ったかで勝敗が決まる。
それ以外にルールは無し。とりあえず命大事に、食べ物大事にってことさえ守ればOKというわけである。
既に不穏な殺気の中、開始の合図が告げられる。
ぱん、と打ち上げられた鏑矢が甲高い音を響かせ。
「それでは柏餅争奪戦、開催いたします!」
これより、撃退士の熱き死闘が始まる。
「もち…も、ち…も…ち……モチィィィィィィイイ!!!」
やばい、早くも病気の登場だ。
開幕と同時に気迫発動。凄まじい勢いで柏餅に向かっていくのは、夜神 蓮(
jb2602)。
「モチィィィィモチィィイイイ」
取った側からガチ食い。いつもの涼しげな表情はどこいった、BU二度見直したぞ。
どうやら彼、この日のために前日から何も食べずに参加。大食い選手権と勘違いしていたとしか思えないとかいやそんなまさか。
そんな蓮とを唖然と見ているのは大木奈主税(
ja7972)。
「いきなりすげえな…やっぱ撃退士同士の戦いはちがうな!」
多分撃退士とかそれ以前の問題な気がするが、そこは正義の番長目指す主税。
「甘い物好きとしては、この勝負負けるわけにはいかない!」
風呂敷を手に颯爽と跳躍。落下してくる柏餅を華麗に大量ゲット!
直後、空中をクマが舞った。
もちろん書き間違いでは無い。クマーが空を舞った。
両手に巻かれた両面テープ、背中に背負った籠。
見事な出オチ。まさかのクマの着ぐるみを着た樋熊十郎太(
jb4528)が、2m級の巨体を生かし次々に柏餅を奪っていく。
「ふふふ…生存競争とはかくも過酷なものなのです」
にやりと笑んで(※イメージです)。
「おれはパンダのように甘くないですよ(カッ」
後の「久遠ヶ原パンダ・クマー抗争」を引き起こす伝説の発言が飛び出した時。
風が、吹いた。
現れたのは一つの影。
ブラックの革ジャンにジーンズ姿の男が、威風堂々と戦場に立つ。
「俺の名は命図 泣留男(
jb4611)、通称メンナク」
にやりと手にした紙袋を掲げ。
「なぜ、俺がここにいるかって? それはガイアが俺にささやいたからだ!」
あっ…この人もか(^ω^)
「美しさは刃、見る者を斬り倒すオレの最終兵器!」
天使の翼で華麗に飛翔。縦横無尽に飛び回りながら、柏餅を紙袋に入れていく。
「俺という可能性は摩天楼の閃き。柏餅にすら愛されるこの才能が恐ろしいぜ…!」
つれーわー眩しすぎてつれーわー
既に戦場()と化する広場。
酔っ払いが途中紛れ込んだが慌てて撃退士警備員の手によって無事保護。
あぶねえ、巻き込まれていたら即死するところである。
「あわわ…俺、生きて帰ってこられるんだろうか…」
その頃、アブナイ人たちばかりの現場に、牧之瀬 セラ(
jb5250)は青ざめていた。
体力も運動神経も正直言って自信ない。体操着姿の見た目も見るからにひょろっとして、何とも頼りない。
故に最初は後方で様子を見守っていたのだが。
「うう…でも、俺だって」
戦わなければ、来た意味が無い。彼は拳をぐっと握りしめ。
「うぉぉー! 俺だってやるときはやるぜーー」
覚悟を決めたセラ、気合い一発前線へと飛び込む!
「あ、すみません」
クマーにあっさり吹き飛ばされた\(^o^)/
えぐえぐ泣きながらも、はっと気付く。
「そうだよ、俺天使なんだから飛べばいいじゃん!」
セラがまさに翼を出して飛ばんとする中、穏やかな表情でつぶやく人物。
「せっかくの花祭なのだし、盛り上げるべくボクも頑張るとするね」
つるつるの頭をぺちりとやるのは、杉 桜一郎(
jb0811)。
前線やや後方から状況を見極め。
「……ここは工夫の一手が必要そうだね」
入り乱れる人の合間を縫い、タイミング良くジャンプ!
ぴかーん☆
「うわああ、目が、目があーーー」
飛び上がったばかりのセラが顔を覆いながら落下。なんかもう不憫すぎて泣ける。
「属性はフルに生かさないとね」
輝く後光すべるつるり頭。
微笑みながら柏餅キャッチ。癒しフェイスで華麗に妨☆害☆
そこへ風呂敷を持った主税が飛び上がる。
「この勝負、俺がもらったあああ!」
再び大量の柏餅ゲット。
このまま逃げ切れるかと思った時、その下で待ち受けていたのは麻袋を広げた白野 小梅(
jb4012)。
「いらっしゃいなのー!(☆ω☆)」
「ええーー!?」
麻袋に落下した主税を、小梅は速攻ロープで縛る。とにかくもう、袋の上からぐるぐる巻き。可愛い顔して容赦ねえな!
「くっ…卑怯だぞ!」
「にょほほ、柏餅横取りだもん☆」
主税が集めた柏餅を笑顔で総取り。天使の笑顔で大変えぐい。
とは言え、妨害も勝負のうち。主税は抵抗しても無駄だと悟ったのか、がっくりとうなだれ。
「…わかった。俺の柏餅全部やるよ。だからこの縄といてくれ」
柏餅が一つも手に入らないことに、もうだいぶ涙目。
だがしかし、現実はもっと過酷だった。
「にょほほ、だめだよぉ」
「え」
「だって主税ちゃんごといただきだもん(☆ω☆)」
「マッテソレドウイウコト」
袋ごとお持ち帰りされる主税の悲痛な叫びが上がる中。
カエリー(
jb4315)はいつの間にかこっそりやぐらへと登っていた。
「妨害も、祭の華だよね」
さらりと正論を吐きながら、バッグから取り出されたのは偽装柏餅。
見た目は普通なのだが、中身はハバネロ。葉っぱも密かにワサビを塗った柿の葉。素晴らしいGEDOUっぷり。
その激辛柏餅を係員に紛れて一斉にばらまく!
「モチィィィイイイイ」
あっ…お約束(^ω^)
ガチ食い目的の蓮が速攻奪取。もちろん食べるよ当たり前だね!
「モチィィィカラィィイイイイ」
彼この依頼でまともな言葉を発していないような気がするがいやまさかそんな。
あまりの辛さに涙をぼろぼろこぼしながら撃沈。その上を華麗にクマーが通過。
「GYAAAAAAA」
「あ、すみません見えてませんでした」
同じくうっかり激辛柏餅を食べてしまった人が。
「ふ…やってくれるじゃない」
あまりの辛さに涙と鼻水まみれ。色んな意味で頭の中の何かが弾けた歌音 テンペスト(
jb5186)が、手にした柏餅握りしめ呟く。
「やられたらやり返さなくてはならない。投げられたら投げ返さなければならない」
彼女の周囲を異様な砂煙が舞い始める。目指すはやぐら上で皆の阿鼻叫喚を眺めているカエリー。
「燃えよ闘魂! 唸れあたしのど根性!」
わけのわからない奇声を発しながら、 微笑むカエリーに、びしぃっと指をつきつけ。
「あたしはあなたを倒すためにここに来た! この日の為に編み出した大リーグ柏餅一号を受けてもらおう!」※ここは柏餅争奪戦会場です。
「いいよ、受けて立とう」
にらみ合う二人。歌音は手にした柏餅ボールをじっと見つめ。
「この一投に…全てをかける」
目指すはア○パン○ンの顔をあそこまで正確に投げるバ○子さんのスローイング。大丈夫、アニメ見て何回も練習したし。
「くらえ、消える柏餅!」
瞳に浮かぶ炎メラメラ。大きく腕を振りかぶり、選手生命を顧みない全力の熱投!
だがしかし、事件は起こった。
「俺の魔弾は鋭いぜ!」
歌音が投げた柏餅を吹き飛ばすアウルのナイフ。
放ったのは社会の窓を全開にしたメンナク!
「秩序と混沌をもたらすコスモ。それが俺という銀河(パラダイス)!」
もしかしなくてもそこから放ったのかお前、そっと開いた窓を閉めるんじゃない!
「あたしの魔球を受けるとは…あんた、大した奴ね…」
受けてないよ、全然受けてないよ!
「ふ…お前のパッションなハート、なかなかキてたぜ」
「全ては出し切った…悔いは無いよ…」
がっくりと膝をつく歌音。二人を見守っていたカエリーが、くすりと微笑み。
「いい勝負だったね」
もうわけがわからないよ。
※
さて、戦いはクライマックスを迎えようとしていた。
現時点で四名の脱落。
残り五名での勝敗決戦となろうとした時――
「これより、『金柏餅』を投げます!」
ざわりとなる戦場。
なぜならこの金柏餅、たった一つで勝負を大逆転出来るほどの威力を持つ。
つまりは最終的にこれを手にした者が、勝者と言うわけだ。
十郎太(クマー)がす、と前に出て。
「さあ、熱い勝負ってやつをやろうじゃありませんか…」
ふ、と笑む。(※イメージです)
「最後だし、負けてられないね」
桜一郎の言葉に、他の全員も頷く。
泣いても笑っても、これが最後の勝負。
大きな鏑矢の音と共に――金柏餅が空へと放たれた!
メンナクと小梅が光の翼で宙を飛び、やぐら上からはカエリーが跳躍。
地上からは桜一郎と十郎太が凄まじい空中スライディングを見せ。
「「「金柏餅を我が手に!」」」
滞空状態での邂逅。
それはまさに、スローモーションだった。
BGMはアヴェ・マリア。周囲には白い鳩が舞い、3アングル切り替えでゆっくりと時は動く。
クマーが振った手の両面テープに、桜一郎の上着がべったりと張り付く。
服を脱がされかかった桜一郎にうっかり小梅の意識が向いたところを、メンナクのヴァルキリーナイフが無慈悲に発射。
空へ飛ぶ魔弾()と開かれた社会の窓。それ見てカエリーがくすりと意味深な笑みを浮かべた時。
響き渡るは采配の声。
やぐらの上で見守っていた審判が高らかに宣言する。
「金柏餅取得により――」
上がる軍配扇。
「勝者、樋熊十郎太!」
沸き上がる歓声。手の先にわずかに引っかかった金柏餅を、十郎太は嬉しそうに掲げる。
「クマはやりましたよ…!」
至る所がぼろぼろで着ぐるみ的にはだいぶホラーだが勝ちは勝ち。
最後はみんなで観客にお礼。
あまりのアクロバティックぶりに、盛大なる拍手が送られた。
「みんな、お疲れ様!」
戦いの後は、みんなで美味しく柏餅をいただく。
取れなかった&奪われた人には実はいい奴メンナクがさりげなく分け与え、偽装柏餅をカフェへと持っていこうとするカエリーを見ていた旅人が笑顔で阻止。
壮絶なる争奪戦は、ここに終わりを告げる。
次なる戦いの場は、またいつか――
●命はめぐり、また花開く
園内に作られた特設ステージ。
既に観客は満員。落とされた照明と、ささやき声。
ゆるやかに流れる、アナウンス。
ここは、花の世界。
匂い立つ幽香とひとひらの夢。
しんと静まりかえったステージ。
暗がりの舞台中央に置かれているのは、巨大な山高帽。
ぽうん、と音が響く。一つ、また一つと。
九十九 遊紗(
ja1048)が流す、正確なリズムはやがて少しずつ早くなり。
急に音が止んだ直後。
一斉に、光が溢れる。
「「ようこそ、花の世界へ!」」
水無月 ヒロ(
jb5185)が絶妙なタイミングで照明点灯。
同時に山高帽の中から現れたのはバニーガール姿のクリス・クリス(
ja2083)と神父な魔術師姿のエルディン(
jb2504)。
丁寧な一礼を行った後、クリスの手から生み出されるのは、紙で作られた花吹雪。
「さあ、フラワーショーの始まりだよ!」
派手な音楽に切り替わり、舞台を光の洪水が包み込む。
ステージを飾るは沢山の花、花、花。花籠園芸部の全面協力で目一杯彩りを添え。
エルディンが掲げる小箱。見つめる観客から歓声が上がる。
中に現れたのは季節の花。それが万華鏡のように、くるくると姿を変えていく。
桜、ツツジ、カーネーション、薔薇。
くるりくるりと。
音楽に合わせ、踊るように華やかに。
次にエルディンはクリスの手を取り颯爽と壁抜け。拍手と共に舞うように一礼。
そのまま向かった先にあるのは噴水を模した台。
春を司るそれにエルディンが乗った途端、上から真紅のビロードが覆い被さる。
「レッツマジック!」
クリスが観客を見渡し大きく手をかざし。
ぱちん、と指を鳴らした次の瞬間。
どよめきと共に観客の視線が座席後方へと注がれる。
そこに立つのは、先程まで舞台に居たはずの神父。
きらきらと優美な笑みを浮かべて手を振る彼。では、今ステージにいるのは?
ぱちん。
再びクリスが指を鳴らしたと同時、遊沙が音楽を切り替える。同時にヒロも照明を青白いものへと暗転。
流れるは、冬をイメージした荘厳な曲。
きゃあと叫びながらクリスは舞台袖へとはけていき。
舞台中央に現れたのは――
冬を司る、雪の魔女。
それは、黒く染められたクリスマスローズのように。
白の着物に黒の長羽織。
漆黒のベールを被った群雀 志乃(
jb4646)は虚ろな表情で唇を動かす。
「色も香りもない…新雪のような私の世界」
闇を引き連れながら。
妖艶にどこか哀しげな舞は、見る者全てを冬の魔に誘う。
魅了されたのは、花の精たち。
純白の絹沙を纏ったマリア・フィオーレ(
jb0726)と紫のシフォンに身を包んだリリアード(
jb0658)が、まるで操られたかのように虚ろな舞を見せる。マリアの胸には白椿、リリアードの胸には紫カトレア。白と紫の花の精は、次第に足取り重く舞いを終え。
同時に、周囲を彩っていた花がみるみるうちに力を失っていく。
円を描くように跪く中央には、青紫の布を無造作に巻き付けた神嶺ルカ(
jb2086)が力なく伏せる。
既に力を奪われし彼女は、顔も目も布に覆われ閉じこもる。
魔に魅せられた世界は、無色へと帰ってゆき。
失われる、世界。
このまま全てが消えてしまうのでは無いか――そう思ったけれど。
一筋の光。
呼応するように目覚める、ルカの身体。
春は必ずめぐり、命は芽吹くから。
伏せていた彼女がゆっくりと状態を起こし。
魔力に抗うように、手にしたカリンバを指ではじく。
鳴り響く、澄んだ音色。
彼女はロベリア、瑠璃蝶を引きつける花の精。髪や胸に飾られた花と瑠璃蝶がスポットライトを浴びてきらきらと煌めく。
カリンバの音に反応するように、魔女の動きは止まる。
怯えるような志乃と対照的に、その音色は少しずつ、やがて力強くなっていき。
反応するように、花々が息を吹き返したその時。
(いくよ…!)
遊紗の合図にヒロも頷き。
次の瞬間、音と光が鮮やかに花開く。
沸き上がる歓声。
力を取り戻した花の精たち。
立ち上がったマリアを、花弁状の光纏がひらひらと舞い包む。同じく立ち上がったリリアードは、紫の燐光を纏っており。
軽やかに、華やかに。
ひらりひらりと、花びらが舞い上がるように二人は踊る。
しゃん。
一瞬の暗転と耳に響く心地よい音。
気を取られたその刹那、マリアとリリアードの衣装はいつのまにか変わっていて。
白椿は赤椿に。紫カトレアは桃カトレアに。
花の精が舞えば舞うほど、魔女の魔力は衰える。
花が溢れ、力を失った雪の魔女はその場にへたり込む。
直後現れるは、色とりどりの風船。
そのまま上空へ飛んでいくのかと思われた時――
「さあ――春が来るわ!」
ぱぁん、と音が鳴ったと同時、現れるは大量の花吹雪。
二人の早撃ちで次々に風船は割られ、フラワーシャワーが舞台を覆うように乱れ舞う。
響き渡る祝福の歌声。
呪縛から解き放たれたように、ルカが喜びを歌い上げる。
同時に冬の魔女の力は浄化され、次第に志乃の身体は光に包まれる。
自らの変化に戸惑う魔女。
彼女に歩み寄ったルカは、高らかに。
「さあ、目を覚まして。光を纏う貴女の名は『春』」
志乃の頭上に与えられるは、花の冠。
春が、目覚めた。
「春の女神へ祝福を!」
リリアードが再びフラワーシャワーを打ち上げる。
大輪の桜模様の羽織。
春の女神へとなった志乃は、花の精と共に美しい声で祝福を歌い上げ。
温かな陽差しと、蘇る命。
さあ、春が来た。
「あなたたち全てが、この世界の花。鮮やかに咲き誇れ」
沸き上がる大歓声。
光と音のクライマックスは、遊紗とヒロの合図により観客が手にした花も舞い上がる。
二人が準備した、ちょっとした演出。
命を彩る、満開の花。
「花祭、おめでとー♪」
最後は全員でカーテンコール。
クリスとマリアが花吹雪バズーカを客席上空に放ち。舞台も観客席も大量の花吹雪が舞う。
ひらひら、ひらひら
儚く美しく、鮮やかで心浮き立つ幸福の色。
志乃とリリアードが手を振って声援に応える中、ルカが二つの花冠を持ってステージ端へと向かう。
「裏方を務めてくれた、可愛い二人へ」
端っこで恥ずかしそうに立つ遊紗と、ヒロに冠を乗せる。驚く二人に、エルディンも。
「二人とも、よく頑張ってくれましたね」
その言葉に、二人は嬉しそうにうなずき。
いつのまにか女装していたヒロは、頭に付けていた薔薇を観客席に投げる。
「ご来場、ありがとうございました!」
遊紗も勇気を振り絞って、叫ぶ。
「ここにいる全ての人に、花の祝福を!」
淡い香りと、色鮮やかな世界。
春と花の祭典がゆるやかに幕を閉じる。
けれど寂しくは無い。
これから花開くのは、僕たちだから。
花のように、その美しい命を精一杯輝かせ。
次の世代へと種を繋ぐ。
さあ、花開こう。咲き誇ろう。
花咲け、彩れ、満開の君。
全ての花へ、ありがとう。