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マスター:久生夕貴
シナリオ形態:ショート
難易度:やや易
形態:
参加人数:6人
サポート:2人
リプレイ完成日時:2013/02/20


みんなの思い出



オープニング

 それは突然の、誘い。

『特別な人と、特別な夜を』

 そう銘打って届けられた、二枚一組のディナーチケット。
 添えられた手紙には、一夜限りのレストランへのご参加願い。
「お代は一切不要です。楽しむことだけが、条件」
 同封の地図に記された文字は、グランメゾン『月の川』。 


●3days ago 宵闇の彼方

「……おや、どうしたのですか。シツジ」
 自身の元に現れたヴァニタスを、悪魔マッド・ザ・クラウン(jz0145)は興味深そうに眺める。
「貴方の方から私を訪れるのは珍しいですね」
「お休みの所、失礼いたします」
 シツジはそう言うと腰を折った。四十代半ばの容貌にきっちりと身につけた執事服。いつもながら、整った動きだ。彼はクラウンが呼ばない限り、滅多に自分の前に現れることはない。その忠実さとそっけなさを、クラウンは気に入っているのだが。
 シツジは顔を上げると、色を映さない瞳でクラウンを見据える。
「主に、お願いがございます。私を人間界へ行かせていただけないでしょうか」
「おや」
 道化の悪魔は、猫のような目をわずかに見開く。
「ふふ……貴方も人の子に触れ、興味を持ちましたか」
 その言葉に対してシツジは肯定も否定もせず。
「私は生前の記憶がございません故……今後のために、人間の性質を知っておきたく」
「ほう、人の子の何を知りたいのですか」
「それは……」
 そこでシツジは、一瞬言いよどむ。
 わずかに困惑めいた表情を見せるのは、とても珍しいことであり。
 彼の様子を見たクラウンは、何故かとても嬉しそうに口元をほころばせる。
「ふふ……かつて人であった者が、人に惹かれるのは当然のことですよ、シツジ」
 懐かしい何かが、彼の内をうずかせているのなら。
 それに乗ってみるのも、また一興。
「いいでしょう。貴方のお好きになさいなさい」
 

●洋館へのご招待

 今宵は月が輝く穏やかな、夜。
 ここは人里離れた並木道。二つの人影がそこにはあって。
 側を大きな河が緩やかに流れ、凪いだ水面にはくっきりと月が映り込み。
 そそぎこむ、月光。
 淡く照らし出された二人の表情は、どこかいつもと違っていて。
 互いに気付いていながらも敢えて気付かないふりをするのは、今夜だけは特別だから。

 それはまるで、魔法にかかったかのように。

 辿り着いたのは、豪奢な煉瓦造りの洋館。
 出迎えた執事姿の男が、微かに笑む。
「ようこそ、おいで下さいました。こちらへ」
 男は美しい面立ちをしていた。碧灰色の髪をきちんと整え、細い銀縁眼鏡の奥からのぞくまなざしは、いっそ優美でさえある。
「わたくしは今宵のお二人をお手伝い致します。執事、とでもお呼びください」
 かつん、と足音を鳴らし。彼は大理石の床を歩み始める。
「さあ、参りましょう」
 二人をエスコートする物腰には、一分の無駄もなく。

 案内された部屋は、適度な広さを持った個室だった。
 橙色のやわらかな灯りが、赤銅色に統一された室内を包み込む。
 ムーンリバーが流れる中、二人は向かい合って席に着き。
 ディナーテーブルの上に置かれたキャンドルが、小さな炎をゆらめかせる。
「お料理は時を見計らってお出しいたします」
 覚めない夢と共に。

「特別な夜を」 


リプレイ本文



●信が結ぶは白と黒

「なんだか不思議な雰囲気のお店やねぇ」
 大理石の床を歩みながら、宇田川千鶴(ja1613)は呟いた。
 驚くほどに高い天井、漆喰で塗り固められた壁。淡い灯りに照らされた廊下は、いっそ幻想的ですらある。
「ええ、本当に」
 隣に並ぶ石田神楽(ja4485)が静かに微笑む。黒のフォーマルスーツ姿の彼は、千鶴を見て一言。
「そのドレス、とてもよく似合っていますね」
 千鶴が身につけているのは、ワインレッドのドレス。マーメイドラインが細身の彼女を優美に引き立てている。
「ありがとう。神楽さんもそのスーツ素敵やで」
 そう言ってふわりと微笑む千鶴の表情は、いつも以上に艶やかで。
 恋人であり、親友であり、戦友であり。そして何より護りたい人と過ごすひとときは、いつだって特別。

「それでは、ごゆっくりお過ごし下さい」
 案内役の執事に礼を言い。
 二人は、運ばれてきたワインで乾杯をする。
「美味しいな」
 そう話す千鶴の頬は、既に赤みを帯びている。何となく落ち着きが無く見える彼女に、神楽は問うてみる。
「どうしました、千鶴さん」
「うん……こういう雰囲気って慣れてないからな。なんだか、緊張してしまうんや」
「そうですね。なかなかこういう場所に来る機会は無いですからね」
 普段はあまり見せない、恥ずかしそうな表情。そんな恋人もまた、可愛らしくて。
 神楽は思わず、微笑んでしまう。

 ムーンリバーが流れる室内で、二人はゆるやかな時を過ごしていた。
 美味しい料理に舌鼓を打ち、美しい音楽に耳を傾け、他愛のない話に花を咲かせる。
 時間が経つにつれ、千鶴の緊張もすっかりほぐれているようだった。
 そんな折。
 彼女の口から切り出されたのは、少し先の話。
「卒業後のことなんやけどな……もう決めたりしてんの?」
 ふいに問われたことで、神楽はやや意外そうな表情を見せる。
 千鶴は慌てて。
「深い意味は無いんよ。純粋な興味や」
 自分より先に卒業する相手。
「私はまだ先のことやから……。なかなか深く考えられへんのよ。神楽さんの話を聞いたら、参考になるかなと思って」
「なるほど。まあ、もう四年ですからねえ〜……」 
 そう言って、神楽はしばし考える素振りを見せた後。
 一つ一つ言葉を確かめるように、答える。
「今考えているのは、フリーの撃退士になる事、もしくは一般人に戻る事、ですね」
 それを聞いた千鶴は、不思議そうに瞬きをする。
(フリーか一般人ってまた両極端……?)
 そんな彼女の様子に気付いたのだろう。神楽は軽く頷くと続ける。
「フリー撃退士を選んだのは、自身の敷いたレールでどこまで通用するのか、試してみたいからです」
「なるほどな……一般人て言うのは?」
「それは、ある先生の提案でもありますね」
 激痛を伴うアウルとの同化。身体への負担は自分が思う以上に大きいと言う。
「今後何か悪影響が出るのではないか……それが、千鶴さんや友人を傷つけることもあるのではないか……そんな不安が無いわけではありませんから」
 ずっと厭うてきたこの力。
 手放す未来も、一つの選択。
「そうやな……」
 千鶴はそう言って、目を伏せた。彼のアウルとの同化は何度も見てきたし、その度苦痛に襲われる姿も知っている。
 何より、その力を彼が嫌っていることも。
 だから自分に言えることなど、何もなくて。
 うつむいた千鶴の耳に、先程より幾分決意のこもった声が届く。
「ですが、恐らく選ぶのは前者です」
 顔を上げた彼女に、神楽は微笑んでみせ。
「私が私である限り、私はこの『黒(アウル)』と共に在りたいのです」
 この力を好きになることは、生涯無いかもしれない。
 身体を襲う苦痛に、心折れそうな日が来るかもしれない。
 だとしても。

「それが、私ですから」

 その目に、嘘はなかった。
 聞き終えた千鶴は、納得したようにうなずいて。
「……良かったな」
 心からの、言葉だった。
 神楽を苦しめてきたその力。受け入れるのに、どれほどの時間を費やしただろう。
 どれほどの覚悟が必要だったことだろう。
 自分には、到底わからないけれど。
「その力を受け入れる心持ちになれたなら、それはとても良いことやと思う」
 ワインを口にしながら、千鶴は笑ってみせる。
「強いな、神楽さんは」
 だからこそ、惹かれた。
「あ、でもな。私はその神楽さんの力も好きやで?」
「え?」
 やや驚いた様子の神楽に対し、彼女はゆるぎない眼差しを向ける。
「だってそれも神楽さんやし。何となく『らしい』気もするんや」
 それを聞いた神楽は、一度だけ瞬きをし。
「……ありがとうございます」
 その表情は、いつも以上に穏やかなものだった。

「それにしても…フリーかぁ……」
 グラスを傾けながら、千鶴はぽつりと呟く。
「どこまで通用するかは、確かに興味あるよな……」
 信頼する相手と共闘する未来。想像すれば、それはとても楽しそうで。
「おや、千鶴さんも興味がありますか」
「そうやね。二年遅れるけれど……その時は」
「二年後、ですか。それは楽しみです」
 そう応える神楽に、千鶴は思いきって言ってみる。
「ってか、神楽さん……院とかどうよ」
「院、ですか」
「だってそれなら卒業が一緒になるやろ?」
 冗談めかして言う千鶴に、神楽はなるほどと言った様子で。
「確かに……院生も悪くないですね」
「えっ……もしかして、本気で考えてる?」
「ええ。まだ力も扱い切れてないので。一考しておこうと思います」
 どちらにせよ。
 二人で歩む未来に、変わりはないのだけれど。

 ディナーも終盤にさしかかった頃。
「あ……これなんやけどな」
 千鶴はおもむろに、バッグから小さな包みを取り出した。
「これは……?」
 差し出しながら、千鶴は照れくさそうに。
「バレンタインも近いことやし。ま、チョコとは別にな」
 彼のために選んだプレゼント。神楽はお礼を言いつつ、受け取る。
「開けても良いですか」
 頷く千鶴の前で、丁寧に包みを開ける。中から現れたのは、革張りの小箱。
「ああ……素敵ですね」
 箱の中に収められていたのは、タイピン。
 艶やかな黒の石がはめ込まれた、上品なデザインだ。
「どう進むにしても、スーツ着る機会は増えるやろし」
「……ありがとうございます。大切にしますね」
 嬉しそうに頷く彼女を見て、つくづく思う。
 ――ええ、大切にしますとも。
 愛しい貴女が、一生懸命に選んでくれた。
 その姿を想像するだけで、自分は幸福になれるのだから。
 
 食事が終わって、現れたのは先程の執事。
「楽しんでいただけましたか」
「ええ。素敵な夜に感謝を」
 礼を言う二人に、青年は微笑んでみせ。
「最後に、私からお二人に質問がございます」
 モニターの感想を問われると思っていたのだが。
 彼の口から出たのは、意外な一言。
「お二人を結びつけるものは何ですか」
 その問いに神楽はほんの少し考えた後、和やかに答える。
「信頼、でしょうか」
「信頼、ですか」
「ええ。私たちは色々と正反対ですが……それ以上に信頼できるんですよ」

 白と黒、回避と命中。
 正反対の二人を結ぶのは、信じると言うこと。

「そうやね。私たちがこうなる前から、そうやった気がするから……これからもずっと」
 頷く千鶴の表情もまた、穏やかなもので。
 二人の答えを聞いた執事は、納得したようにうなずいたあと。
 ゆっくりと頭を下げた。
「ありがとうございました。引き続き、良い夜を」 

「今日はおおきにね」
 月光注ぐ帰り道、千鶴は神楽に礼を言う。
「こんな風に一緒に過ごしてくれて。とても楽しかったわ」
「私の方こそ、お付き合い頂きありがとうございました」
 そう応える神楽は、隣を流れる川面を見つめ。
 ふいに、言葉を漏らす。
「……綺麗ですね」
 静かな水面は月光を反射し、きらきらと瞬いて見える。
「不思議やな。昼間よりもずっと暗いはずなのに。こんなにも輝いて見えるんやから」
「暗いからこそ、より輝きを感じ取れるのかもしれませんね」
 そんなものなのかもしれない。
 人生も、人も。
 闇を知っているからこそ、光の尊さがわかる。
 例えそれがどんな小さなものでも。 
「また一緒に、こうして食事をしながら語りたいですね」
「うん、そうやね」
 顔を見合わせて微笑む。
 正反対の二人だからこそ、わかり合える。
 互いを思いやることの大切さ。信じ合うことの心地よさ。
 月の下に並ぶ、二つの影。

 あなたと出会えて良かった。


●輝く未来を月夜は渡る

「お前とこんな所でメシ食うのなんて初めてじゃねえ?」
 出された食前酒を見つめながら、月居愁也(ja6837)はぽかんとした表情で言った。
「ああ。なかなか良さそうな店じゃないか」
 夜来野遥久(ja6843)が、微笑む。この依頼を知り、親友である愁也に持ちかけたのがはじまり。
「たまにはいいかもな。こんな機会でも無いと、なかなか来ることねえし」
 粗相などやらかしたら、(主に親友の手によって)始末されるレベルな気がしないでもないが、細かいことは気にしない。
「さあ、乾杯するぞ」
「おう…!」
 微妙に気合いの入った愁也の声が室内に響く。
 気心の知れた二人の夜は、こうして始まりを告げる。

「この肉、超うめえ…!」
 美味しそうに肉を頬張る愁也を、遙久はおかしそうに見やる。
「美味いものを食べるときのお前は、本当に幸せそうだな」 
 ちなみにおかわりは既に、三度目だ。
 二人は料理を楽しみながら他愛ない話をしていた。
 学園に来てからのこと。
 楽しい友人達のこと。
 そして互いに参加した、依頼のこと。
 時には笑い、時には議論し。
 友と語らう特別な夜は、いつも以上に早く過ぎていて。
 そんな折。 
 ふと話題が途切れた所で、親友の口から出たのは思いがけない一言。

「でさ、遙久。何か話したいことがあるんだろ?」

 突然出た愁也の一言に、遙久は思わず親友の顔を見つめた。
「……どうして、そう思う」
 問われた愁也は、あっけらかんと。
「どうしても何も、微妙に表情や言葉や仕草に出てるよ、お前」
 その言葉に、苦笑する。
 今日この場に誘ったのも、訊きたいことがあったからに他ならない。
 あっさりと見抜かれていたことに、軽く息をついた後。
 遙久は開き直ったかのように、切り出した。
「卒業後の進路はもう考えているのか?」
 近くにいるからこそ、聞きたいと思いつつなかなか口に出せなかった。
 きっかけは初夢だったろうか。
 別の友人と話した未来の話。いつかは――
 そんな遙久の問いに、愁也は躊躇することなく答えた。

「国家撃退士になろうと思ってる」

 咄嗟に言葉が出なかった。
 一瞬思考が停止したのは、得た答えに驚いたからなのか。
 黙り込んだ遙久に構うことなく、愁也は続ける。
「俺さ、色々な所で色々な物を見たい。経験を積んで、今よりもたくさんのものを護ってみたい」
 向けられる視線は、迷いを感じさせず。
「それが最終的に、俺らのためになる」
 卓上の蝋燭が、淡い揺らめきを見せる中。
「……随分と厳しい道になりそうだが、お前らしい」
 ようやく出た、一言だった。
 意外だと言えばそうかもしれない。しかし聞き終えてみれば、やはり出てくるのは「らしい」と言う思いばかりで。
「だろ?」
 言いながら料理を頬張る親友に、うなずきを返しながら。
 遙久には分かっていた。
 愁也が自分で選んだのなら、きっと曲げることはない。
 それが例え――
 どんな茨の道であろうとも。
「それで遙久は? どうするつもりなんだよ」
「そうだな…俺は起業しつつ、現役撃退士の道を歩むつもりだ」
「なるほど。お前らしいな」
 そう言って無邪気な笑みを見せた親友は、まるでついでにとでも言わんばかりにその言葉を口にした。

「俺は死なねえよ」

 料理を運ぶ手が止まる。顔を上げた遙久の目に映るのは、真剣な表情をした愁也の姿。
「お前の背中を預かるのは俺だ。くたばってる暇なんてねえからな」
 そしてにやりと口の端を上げ。
「だから、数年くらい黙って待ってろ」
 その言葉に、思わず片手で顔を覆う。
「あ! この場面で笑うとかひどくねえ?」
「その台詞を言う相手が俺か。つくづく残念だな」
 堪えきれず笑い出した遙久を見て、愁也は口を尖らせる。
 別の道を歩むと聞かされたこと。動揺したつもりもなかったのだが。
 知らぬうちに自身の内を悟られていたことに、遙久はつくづく思う。
 いつものポーカーフェイスも、この親友にだけは通用しない。
 気付いていない自分の感情にすら、気付かされてしまう。
 まったく――

(お前には敵わない)

 けれど決して口に出すことは無く。
「待つどころか、むしろ慌てて追いかけてくるのがお前だろう」
「うっ……全く否定できる気がしねえ!」
 笑いあいながら、グラスを手に取る。
「もう一度、乾杯しておくか」
 対する愁也も愉快そうに。
「いいな、俺たちの未来に」

「「乾杯!」」

 心地よい音が、室内に響いた。

 ディナーが終わり席を立つ二人へ、執事の男が声をかけてきた。
「最後に、私の方から一つ質問させ頂いております」
 頷く二人に彼は、その問いを口にする。
「お二人にとって大切なものは何ですか」
 遙久は考える素振りもなく。
「今日も明日も、これから先も、共に見る未来と希望です」
 あまりの即答ぶりに、隣でニヤニヤしている愁也。
 すかさず、額にデコピン一撃。
「ってぇ!」
 その様子を見た執事は、優美な笑みをその顔に映し。
「全く、同感です」
「あれ、執事さんにもそう言う相手がいるんですか」
 愁也の問いに執事はゆっくりと頷いて見せた。

 帰り際、コートを着た愁也が声を上げる。
「これ見つけた」
 ポケットから取りだしたのは、メダルチョコ三枚。
「執事さんにも一枚どうぞ」
 チョコを手渡し、揃って謝辞を述べる。
 外に出た愁也は、月を見上げメダルチョコを重ねた。
「どこにいたって見る月は一緒、だな」
 同じく夜空を見上げた遙久も、口端に笑みをたずさえ。
「月はひとつ。昔も今も」
 そしてこの先も、ずっと。
「さあ、帰るぞ」
 二人並んで歩く遊歩道。
 物心ついてからいつも一緒だった友。互いに違う道を歩むことに、一抹の寂しさはあるけれど。
 不安はない。
 夜空に浮かぶ月が、満ちるように。
 いつか互いに成長して、再び並び立つ日が来る。
 共に渡る未来はきっと――

 いつだって、輝いているのだから。


●愛だろ、愛

「聞きたくても聞けないことなんて言われても、困るんだよね」
 招待状をじっと見つめながら、ニージェ(jb3732)は呟いていた。その口調に変化は無いけれど。
「そうか? この俺に聞けない事なんてねえけどな」
 軽い調子で返すのはアラン・カートライト(ja8773)。二人は古い友人同士だ。
「相変わらずだね、きみは」
 そう言って、彼女はしばらく黙った後。聞こえないほどの声でぽつりと呟く。
「……言いたいけど言わないことなら、山ほどあるけどさ」

 二人で歩く、並木道。時折水がたゆたう音だけが耳に届く。
 無言で歩くニージェの横顔を、アランは盗み見る。
 月明かりを浴びた彼女は、どこか儚く憂いを帯びて見える。ともすれば、消えてしまいそうでさえあって。
 そんな友人から無意識に視線を逸らすと、アランは手を差し出す。
「さて、今夜は俺がエスコートしよう。お前をレディ扱いするのは、多少笑える部分もあるが」
「一言多いよ」
 そう言いながら、彼女はその手を取るのだった。

 ※

「良い酒だ」
 ワイングラスを傾けながら、アランは口元に笑みを浮かべた。
「美酒と共に味わう食事は、最高だからな」
 それが気心知れた友人となら尚更。交わす会話も気取ることはなく。
「で、何でお前はこの学園に来たんだ?」
 グラスに口をつけながら、アランは問う。
「急に、どうしたの」
「いや、別に。単に興味が沸いただけだ」
 いつもより早いペースで飲み干しながら、続ける。
「俺が学園に来たのは、普段公言している通り妹と将来生活する資金確保と、暇潰し」
「うん、知ってる」
 ニージェはグラスの中を満たす真紅の液体を、しばらくじっと見つめていた。
 その表情からは、何も読み取れない。
 やがて彼女はゆっくり息を吐くと、口を開く。
「きみがいたから」
 微かに目を見開くアランに対し、淡々と。
「理由なんて、それ以上でも以下でもないよ」
 それを聞いたアランは、一旦黙り込み。
 窓の外に視線を馳せると、まるで他人事のように呟く。
「なんつうか……世の中捨てたモンじゃねえよな」
 何も返さないニージェに対し、続ける。
「暇潰しに戦闘を選んだだけにも関わらず。怪我をすれば、心配する可愛い友人が居るんだからな」
 それを聞いた彼女は、軽く息をつき。
 アランを見つめると、当たり前のように言う。
「そう、きみたちがいるから、ここにいる。きみなら、言わなくても分かってくれていると思うけど」
 今日の彼女は、いつもより饒舌だ。その新鮮さを、内心で楽しみながら。
 アランはニージェが紡ぐ言葉を待つ。
「わたしは、きみのことがすごく好きだし」
 青緑の瞳が、彼を捉える。
「とても大切な友達だと思ってるよ。……もしかしたら、誰よりも」
 蝋燭が揺らめく。室内を照らす灯りは、ひどく穏やかで。
「……嗚呼、勿論分かってるさ」
 いつも通りの、笑みを浮かべ。
「普段言わないだけで、お前が俺を大好きッつう事実は」
 その言い方は、相変わらず冗談めいてはいるものの。
 ほんの少し響きが変わったことに、ニージェは気付いていた。
「紳士云々は関係なく、お前は俺と云う個人を友人だと言ってくれる」
 それがどれだけ幸せなことか、わからないほど馬鹿じゃない。
「そんなお前を、俺が愛さない筈ねえだろう」

 無条件の愛は、信頼の証。


 ディナーも終盤に向かった頃。
 現れた執事から問われたのは、思いもよらぬ一言。

「お二人を結びつけるものは何ですか」

「……神様」
 先に答えたニージェに、アランはおかしそうに反応する。
「ハハ、神にでも祈って永遠の友情を乞うか?」
「……え? そうじゃなくて?」
 やや顔を赤くする友をかわいいと思いながら、アランは続ける。
「信頼とジョークの応酬、それから柄にもなく幸福を祈る不似合い加減」
 何も言わず微笑む執事に対し。
「まあ、要するに」
 二人ほぼ同時に、その答えを口にする。

「愛だな」「愛かな」

 帰り際、二人を送り出す執事に礼を言う。
「有難うな、良い夜だった。普段は聞けねえ本音も聞けたし、満足だ」
「ご満足いただけたのなら、何よりです」
 丁寧に頭を下げる執事に向かって、アランはまるで独り言のように。
「……たった一人、こういう友人に出逢えれば、人は誰しも救われるんじゃねえかな」
 その言葉に、執事は切れ長の瞳をわずかに細める。
 返ってくる言葉は、無かったけれど。

 淡い月光が注ぐ、帰り道。
 並んで歩く二人の足取りは、いつもよりも軽く。
「なあ。いつか一緒に戦闘へ行こう」
 突然切り出された一言に、ニージェは複雑な表情を見せる。
「お前の好きな京都を取り戻そうぜ、妹も旅行したがってるしな」
「でもわたし、そんなに強くないよ」
「大丈夫だ」
 アランは当然のごとく、言う。
「大切なお前の事は、俺が何としてでも守ってやるから」
 思わず見上げる彼女に、笑ってみせ。
「紳士として、友人として。これからもお前を守らねえとな」
 そう言って真紅の瞳を細める友を見て、ニージェは呟く。
「……わたしだって」
 今はまだとてもじゃない。そのもどかしさに、少しだけ拗ねたくなるけれど。
 月明かりに照らされたアランを見つめ。
 彼女は、ゆっくりと告げる。
「きみを守りたいんだよ」

 それを聞いたアランは、ああ、と思う。

 なぜ、あの時ニージェが消えてしまいそうに見えたのか。
 なぜ、こんなにも今夜は胸の内がざわつくのか。

(……消えるのはあいつじゃなくて)
 永遠とか、執着とか。
 無いと思っている。出来ないと思っている。
 けれど。
 アランは夜空を見上げる。今宵の月は、狂おしいほどに美しい。
(変わったな、俺も)
 再び大切な誰かを哀しませるかもしれない。
 そんな恐れが、自分の中にわずかでも生じたのだとしたら――
「愉快じゃねえか」
 急に笑い出したアランを、ニージェは不思議そうに見つめている。
 そんな友に向かって、彼は満足そうに告げるのだった。

「愛だろ、愛」


●ヨルをかけるは黒のつばさ

 洋館に現れた二人の悪魔。
 一人は長身の男で、もう一方は少年らしさが残る。両者とも、人間界に降り立ったはぐれ悪魔だ。
「ヨル君、服よう似合うなぁ」
 嬉しそうに同行者の七ツ狩ヨル(jb2630)を見つめるのは、蛇蝎神 黒龍(jb3200)。
「ボクとおそろやし、かわいいで」
 二人が身につけているのは、男性用のチャイナ服。修学旅行先の香港で、黒龍が見立てて買ったものだ。
「ありがとう。……でもさ黒、今さらだけど『かわいい』は男に使う言葉じゃないと思う」
「ええやん、ボクは思ったまんまを口にしただけやし」
 ヨルが大して気にしている様子もないのは、黒龍にもわかっていて。  
「それにしても、ええ夜やなあ」
「……そうだね」
 二人は月を見上げながら、しばしの間立ち止まる。
 こんな夜は、嫌でも心が浮き立ってしまう。
 月光という魔力が、悪魔の内をうずかせるからなのか。
「……さ、ヨル君行こか」
 黒龍はヨルをエスコートすると、洋館の入口へと進む。
 夜はまだまだ、これからなのだから。

 出迎えたのは、背が高く若い男だった。
 銀縁眼鏡の奥からのぞくまなざしは、どこか妖艶で。
 男は丁寧に礼をしてみせると、淡やかに微笑みかけた。
「ようこそおいで下さいました。わたくしは今宵のお二人をお手伝い致します。執事、とでもお呼びください」
 彼の顔を見たヨルは、何か違和感を感じていた。それが何なのかは、はっきりしないのだけれど。
「どうしました?」
 自分の顔をじっと見つめているヨルに気付いたのだろう。男が不思議そうな表情をする。
「……ううん、何でもない」
 その返答に、彼は軽くうなずき。
「では、お部屋へとご案内いたしましょう」
 執事に付いて歩きながら、黒龍はそっとヨルに問う。 
「どないしたん? さっきから執事さんの顔を見てるけど」
「うん、何となく気になってね」
「ああ……」
 黒龍も、執事の後ろ姿を眺めながら。
「……まぁほっとこか」
 なにかしらボクらと同じモンは感じるけども――とは口に出さずに。  


「この間の修学旅行は楽しかったなあ」
 食事をしながら、二人は取り留めのない雑談を続けていた。
 黒龍が陽気に話し、ヨルが相づちを打つ。
 それは人としては、普通の日常で。 
「でも悪魔にとっては特別……かもしれない」
 ぽつりと呟いたヨルを、黒龍は興味深そうに見つめる。
「こういうのもたまにはええやろ?」
「うん。悪くない、ね」
 誘ったのは黒龍から。乗ってみたのは、面白そうだったから。
「ヨル君が楽しいなら、ボクも楽しいで」
 そう言って笑う友人を、不思議そうに眺めながら。
「黒は、変わってるね」
「やから、はぐれ悪魔になったんやで」
 納得した様子のヨルに、思わず。
「でもそれって、ヨル君も変わってる言うことにならへん?」
「……あ、確かに」
「もうヨル君ほんまにかわええなあ」
 つい口に出た本音も、今夜だけは特別に。

 ディナーも終盤にさしかかった頃。
「御飯はまぁまぁおいしかったなぁ」
「ん、美味しかった」
 食事の感想を言い合いながら、黒龍は注文を追加する。
「あ、そろそろカフェオレもらおかな。ヨル君好きやしね」
 運ばれてきたのは、白地にコバルトブルーの模様が細く書き入れられたカップ。
「コペンハーゲンやね。洒落てるなぁ」
「それって何?」
「食器を作ってるところの名前やねん。繊細で綺麗やからボク結構好きなんよ」
「ふうん……高いの?」
 ヨルの素直な反応に、黒龍はつい笑ってしまう。
「さ、早く飲まんと冷めてまうよ」
 カップをまじまじと見つめていたヨルは、うなずくとカフェオレを口にする。
 一瞬の間があって。
「凄く、美味しい」
 普段はパックのものしか飲まない彼にとって、本格的なカフェオレの味はなかなかに衝撃だった。
 何より香りが、違う。
「それは良かったなあ」
 珍しく驚いた様子のヨルを、黒龍は楽しそうに観察する。
 ほんの少しの変化を見るのが、とても嬉しいから。

 食事が終わり、再び執事が彼らの元を訪れる。
 切り出されるのは、いつもの言葉。
「お食事の最後に、私の方からお二人に質問がございます」
 投げかけられるのは、意外な一言。

「お二人の一番好きな景色を、教えていただけますか」

 予想外の質問に、二人は顔を見合わせつつ。
 先に切り出したのは、黒龍。
「ヨル君先でええよ?」
「……いいの?」
 聞き返すヨルに頷いてみせる。好きな景色を語るときのヨルを見ていたいから――とは言わないけれど。
 黒龍は執事を振り向くと、伝える。
「あ、ボクは彼と一緒でええ。たぶん、かわらへん」
 何も言わない執事に対し、当たり前のように。
「やからボクらは一緒におるんやし」
「……なるほど、良い答えです」
 そう言って彼は、微笑む。
 ヨルは執事と向き合うと、大して迷う風でもなくあっさりと答えた。

「人界の夜明けの空」

「ほう、それは何故ですか」
 問われたヨルは、どこか嬉しそうに語り始める。
「夜と朝が同時に、混ざり合うようにそこにあってさ。それが凄く綺麗で。しかも見てると、どんどん変わって行くんだよね」
 その刹那の美しさに、心奪われたから。
「それから人界が気になりだして、調べてみて、ここが空みたいに常に変化し続ける世界だってことを知った」
「なるほど」
 人界と言う言葉に対し、執事は何も問いかけることはなく。ヨルもまた、自身の存在を隠すこともなく。
「最初は時々人界をのぞき見するだけで良かったんだ。けど、その内見逃してる瞬間がどこかにあるかもって思ったらさ」
 悔しいと思った。
 あの日見た空は、涙が出るほど綺麗で。
 あんなにも心震える瞬間に、また出会えるのなら。
「……で、こっちに来たってわけ」
 聞き終えた執事は、静かにうなずいてみせる。
「とても良い話でございました」
「……あ、そうだ」
 ヨルは執事を見上げると、珍しく穏やかな笑顔を浮かべる。
「執事もさ。主と一緒に見てみればいいんじゃない?」
 やや驚いた様子を見せる彼に向けて、ヨルはふと真顔に戻り。
「もし出逢い方が違ったら、人と天魔はあの空のようになれたのか……なんてね」
 それを聞いた執事は、ほんの少し考える素振りを見せた後。
 なぜかひどく納得した様子で、告げるのだった。
「ええ。その通りかもしれません」
 
 帰り際、黒龍はそっと執事に告げる。
「ヨル君はあまり表情変えん子やけどね。空が好きやからね、質問されるとちょーっとだけかわるねん、表情とか眼とかな」
 そういうとこかわいいて好きやねん、と内心で呟き。
「ええ。そのようでございますね」
「あ、執事さんも気付いたんや。さすがはよう観察してるだけあるなぁ」
 何も言わず彼を見返す執事に対し、くすりと笑んでみせ。
「あんまり詮索……いや観察? は程々に、な」
 そう言って黒龍はそっと大事なものを護るように、自分のコートでヨルを隠す。
「あ、帰りの車はええよ。何でかは秘密やけどな」 
 その目は普段の糸目と違い、刺すような紅の竜眼。牽制を含めた視線を、笑みの中に含ませて。
「ごっそーさん。楽しかったわ」 
 対する執事は口元の笑みを絶やすことはなく。
 丁寧に頭を下げると、二人を送り出した。
「引き続き、良い夜を」

 夜空を駆けるは、黒の翼。
 二人の悪魔が空を飛ぶさまは、まるで絵画のように幻想的で。
「月夜はやっぱ綺麗やなぁ……」
 ヨルの手を取りながら、黒龍は夜空に浮かぶ月を見上げる。
 まぶしいほどの月光に、思わず目を細めながら。
「……うん。本当に、綺麗だね」
 ヨルはただずっと、空を見つめている。
 冥界にはない景色、心奪われたあの日から。
 彼は思う。
 この世界は、戦いだらけだ。
 日々誰かが踏みにじられ、命が失われている。
 そのことを否定するつもりもない。

 それでも、人の世界は残酷なほどに美しいから。
 
「あのさ黒、何か欲しい物ある?」
 突然問われた黒龍は、やや面食らった様子で。
「どないしたん、急に」
「今日のお礼に、何か返したいと思ってさ」
 それを聞いた黒龍は、心底嬉しそうに「また考えとくわ」と返す。

 ――一緒にいられるだけでいいんやけどな。

 その言葉は、まだ胸に。 
 

●月の川

「執事も主と……ですか」
 最後の客を見送った青年は、その顔にゆるやかな笑みを浮かべていた。
 その手には、メダルチョコ一枚。
 彼は銀縁眼鏡を外すと、ゆっくりと振り向き。
 どこへともなく、言葉をかける。

「だそうですよ。どうしますか、シツジ」

 しばらくの間の後。
 返ってくるのは、低いテノール。
「主がご希望であれば、そのままに」
 直後姿を見せたシツジに向かい、悪魔マッド・ザ・クラウン(jz0145)は愉快そうに言う。
「おや、貴方なら断ると思ったのですが」
「……随分と楽しそうでございましたね」
 シツジは何事もなかったかのように、話題を変え。
「そのお姿を拝見したのも、久しぶりでございましたか」
 すらりとした長身。やや猫っ毛の髪が動きにあわせて揺れる。
 姿を変えたクラウンは、その整った顔立ちに艶っぽい微笑を浮かべ。
「ふふ…この方が、何かと都合が良かったのですよ」
「……主の遊び好きには、いつも感心させられます」
 今回の案を主から聞かされたときも、何てことを考えるのだと思ったのだが。
 シツジはため息をつきつつも、珍しく苦笑する。
「実に主らしい一幕でした」

 輝く川面を月は渡る。
 人知れぬ悪魔の遊戯を、その影に映して。

「それで、あなたは何を得たのですか」
「……それは、ご想像にお任せします」

 月夜の夢は、未だ覚めず。



依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:16人

黄金の愛娘・
宇田川 千鶴(ja1613)

卒業 女 鬼道忍軍
黒の微笑・
石田 神楽(ja4485)

卒業 男 インフィルトレイター
蒼閃霆公の魂を継ぎし者・
夜来野 遥久(ja6843)

卒業 男 アストラルヴァンガード
微笑むジョーカー・
アラン・カートライト(ja8773)

卒業 男 阿修羅
夜明けのその先へ・
七ツ狩 ヨル(jb2630)

大学部1年4組 男 ナイトウォーカー
By Your Side・
蛇蝎神 黒龍(jb3200)

大学部6年4組 男 ナイトウォーカー