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マスター:久生夕貴
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
参加人数:6人
サポート:3人
リプレイ完成日時:2012/07/23


みんなの思い出



オープニング

●晴天のもとで
「今日はいい天気だなあ」
 男はそう呟きながら、窓を開ける。
 ここのところ雨続きだったせいもあり、澄み渡った空を見るのは久しぶりだった。
 リビングでテレビを観ていた女が、応える。
「ほんとね。こんな日に家にいるのは、もったいないくらい」 
「じゃあ、久しぶりに散歩に出る?」
 その言葉を待ってましたと言わんばかりに、男のそばで座っていた犬が鳴く。薄茶色の毛並みにくりくりとした瞳が愛らしい。
「ははは、こいつも行くって言ってるよ」
「じゃあ一緒に行こっか」
 女は微笑むと、きなこの首輪にリードを装着する。
「行き先は、近くのT公園でいいよね」

●T公園にて 
 からりとした心地よい風が、男のほおをなでる。
「やっぱこの時期の散歩は格別だな」
「ほんとね。凄く気持ちがいい」
 二人は上機嫌で、愛犬と共に園内を歩いていた。鮮やかな新緑が、目にまぶしい。
 T公園はK山ふもとに作られていることもあり、自然豊かな場所だ。春の花見スポットとして人気が高い場所であるが、すでに桜が散って久しい今は、どこかひっそりとしている。
 二人のように近くに住んでいる者くらいしか、訪れないからだろう。

 園内奥にある池の側を通りかかったとき、女が指さす。
「あ、見て。亀がいるよ」
 池の中央にある小島に、大小の亀が集まっているのだ。
 皆そろって首をそらし、うっとりとした表情を浮かべている。
「ほんとだ。たくさんいるなあ」
「なんであんなに集まってるのかしら」
「ああ、あれは日光浴してるんだよ」
 男は亀たちを見ながら続ける。
「亀は爬虫類だからな。体温を上げるために日光浴が欠かせないんだよ」
「へーえそうなんだ」
 女は興味深そうに、亀たちを観察している。凪いだ水面は陽の光を反射し、きらめきを繰り返していた。

 ふと、風に混じって甘い香りが漂ってくる。この香りは、何の花だったろうか。
 男がそう考えた時だった。

 愛犬が突然、低くうなり声を上げ始めた。
 何事かと思い、男は犬の視線の先を追う。そして次の瞬間、我が目を疑うことになる。

 数メートル程先にある芝生の上で、巨大なトカゲが座っていたのだ。
 その大きさたるや、男たちよりはるかに大きい。
 大トカゲは分厚いうろこで覆われた身体を、陽にさらしてじっとしていた。目を瞑っているため、男達の存在には気付いていないようだ。

 男は慌てて女の方を振り向くと、震えた声を出す。
「に……逃げるぞ」
「え、どうしたの?」
 女はまだ池の方を見ていたらしく、あっけに取られた表情をしている。しかし男の焦りの正体に気付いたのだろう。一瞬にして顔を引きつらせた後、叫び声をあげた。
 しまった、と男が思ったときには、既に女の姿は目の前から消えていた。
 彼女が大トカゲに丸呑みされたと認識すると同時、男は愛犬を連れて走り出す。

「誰か……助けてくれ! 妻が襲われた!」


リプレイ本文

●斡旋所にて

 緊急招集で集められたメンバーの前に居るのは、憔悴しきった男。
「どうか……妻を、妻を助けてやってください」
 絞り出すように声を出すのは、依頼人である被害者の夫だ。目に生気が感じられない。
「大丈夫ですよ。必ず私たちが助け出します」
 神咲夕霞(ja8581)が落ち着いた声音で語りかける。話を聞く限り、被害者の生存は正直に言えば微妙なところだろう。しかしここで依頼人を刺激するわけにはいかない。
 依頼人は唇を噛むと、声を震わせる。
「俺は……最低なんです。あいつが襲われたのに、何もせずにのこのこ逃げ出してきてしまった」
「こんな状況なんだから、仕方ないよ。自分を責めちゃだめ」
 そう励ますのは、高峰彩香(ja5000)。しかし依頼人は頭を抱え込んだまま、まともに話が出来る状態ではない。皆どう声をかければ良いかわからず、顔を見合わせる。

 気まずい沈黙を打ち破ったのは、どこかわざとらしい関西弁だった。
「なるほどのー、ぱっくん喰われたと。ふむー……妻を喉に詰まらせたらええのにね」
「え……?」
「ハッ! ちょっと今の上手かった?」
 銀 彪伍(ja0238)が皆を見渡すも、誰一人として笑わない。どうするんだこの状況……と誰もが思った時、何と顔を上げた依頼人の顔に笑みが浮かんだ。
「……皆さん、ありがとうございます。夫である俺が取り乱してどうするんだって話ですよね」
 依頼人は撃退士たちを見つめると、深く頭を下げる。
「あなた方を信じます。どうか、妻をよろしくお願いします」
 そう頼む依頼人の声には、既に落ち着きが戻っていた。



「襲われた女性の生死は不明と言うことだから……生きているなら、時間との戦いになりそうだね」
 鳳 覚羅(ja0562)が理知的なまなざしで、皆を見据える。
「ええ。被害者の生死を確かめる為にも、迅速に片付けましょう」
 そう返すのはアートルム(ja7820)だ。漆黒の瞳の奥に秘めた、深い決意を感じさせる。自身も過去撃退士に命を救われた身である彼は、同じ境遇の人間を放ってはおけないのだろう。
「警戒重点! さくてき! さくてき!」
 黒瓜ソラ(ja4311)の鈴のような声があがる。年齢よりも大人びた外見とのギャップが印象的な彼女は、人差し指をぴっと立てて提案する。
「まずは情報の補足が先決です! 現場に急行しつつ、情報を仕入れます!」
「そうですね。周囲の状況も知りたいですし」
 艶のある黒髪をさっそうと揺らしながら、神咲が賛同する。  
「ま、急がば回れっちゅーこっちゃ。でもその場でくるくる回ったらあかんよ?」
 銀がどこか愉快そうに口を開く。危機感が全く感じられないが、それも彼の持ち味……と言うことなのだろう。
「と言うわけだから、さっさと移動開始!」
 高峰が一際気合いの入った声をあげる。
 こうしてメンバーは、現場である公園に急行しはじめた。


●公園にて

 移動中に入った情報どおり、公園付近の住民は皆避難を完了してるようだった。
 誰もいない園内を走り抜けると、そこに目的の大トカゲが姿を現す。
「うわっ。でかぁ!」
 黒瓜が目をまんまるに見開いて叫ぶ。話には聞いていたものの、実際に見ると予想外に大きい。
「トカゲもこのサイズになると殆ど恐竜だね」
 鳳が苦笑しつつも、黒炎をまとったその姿は既に臨戦態勢だ。
「さあ、時間が無いから、ガンガン行くよ!」
 高峰のかけ声で、全員反包囲の布陣を取る。撃退士の出現に気付いた大トカゲが、まるで戦闘開始の合図のように金切り声を上げた。

「ほんならちょっと、相手してもらおか」
 銀と黒の二丁拳銃を手にした銀が、先陣切って銃弾を撃ち込む。弾はものの見事にトカゲの足に命中する。
「わかってると思うけど、お腹は狙わないようにね」
 オーラに包まれた小麦色の肌が、ひるがえる。高峰の手にした剣が、分厚いうろこに向かって勢いよく振り下ろされた。
「ギィィィィ!」
 攻撃を受けたトカゲは、急に激しく移動を始める。先程まで動きがなかったのが嘘のように、その動作は機敏だ。
 それを見た鳳が、つぶやく。
「意外とすばやい……」
「そこはやはり、トカゲと言うところでしょうか」
 アートルムがトカゲと変わらぬ速さで側面に回り込むと、手裏剣を投げけん制する。しかしうろこに覆われたトカゲは、一瞬動きを止めるものの、なかなか移動をやめようとしない。

「ちょこまかとっ! ですが、ボクから逃げられると思うなっ!」
 黒瓜が活性化させた長剣を素早く振りかざし、トカゲの右前足を突き刺す。彼女の白に近い銀髪が、動きに合わせて煌めいた。
 それと同時にショートスピアを手にした神咲が、左前足へとすべりこむ。
「私の力でもここならば」
 爪の付け根を狙い、一気に突き刺す。爪とうろこの切れ目を見事スピアが貫通し、縫いつけに成功する。

「ナイス、足留めだね」
 動きを制限された隙を狙い、高峰と鳳が斬りつける。
 移動できなくなったトカゲは、撃退士たちに攻撃をしかけ始めた。糸のように細い瞳孔を向け、一瞬動きが止まる。そして次の刹那、目に止まらぬ速さで飲みにかかる。
「させへんよ」
 前衛にいた神咲が飲まれそうになるところを、銀の銃弾で攻撃をそらす。同じく銃に持ち替えた黒瓜が、頭部を狙い狙撃した。
「助かりました!」
 神咲の無事を確認したアートルムが、すかさず分身の術を発動させる。敵の数がいきなり増えたことで、トカゲは混乱している様子だ。

「ええね。今の内にちゃきっと攻撃しまっしゃろや」
「お腹の人を返してもらいますよ! 代わりに、奈落行きのチケットをくれてやります!」
 銀と黒瓜が頭部や足を中心に銃弾を撃ち込む。その攻撃でひるんだところを、高峰と鳳が斬りつける。しかし思ったよりもうろこが硬く、なかなか大きなダメージとはならない。
「うぅ……意外と硬いかも」
 黒瓜の言葉を受け、高峰が歯がみをする。
「決め手に欠けるね……このままだと、時間がかかりすぎるよ」
 時間が経てば経つほど、被害者の生存率は下がるだろう。皆に焦燥の色が浮かび始めたとき、鳳が覚悟を決めた表情でつぶやく。

「やるしかないか……」
「何してるんですか。鳳さん、危険です!」
 神咲の制止も聞かず、鳳はトカゲの目の前に飛び込む。トカゲは鳳に狙いを定めると、勢いよく襲いかかる。
「突撃開始。南無三」
 次の瞬間、鳳の姿が消える。彼がトカゲに飲み込まれたのだと皆が認識すると同時、高峰が同じようにトカゲの前へ躍り出る。
「鳳さんだけ危ない目に遭われせるわけには、いかないからね」
 鳳を飲み終わったトカゲが、今度は高峰へと狙いを定める。
「みんな、後のことは任せたよ!」
 にっと笑みを浮かべた高峰が、大トカゲに飲まれる。
  


「無茶しますね……」
 分身を続けながらアートルムが驚いたように、漏らす。それを聞いた銀が、うなずきながら言う。
「せやなあ。三人も飲み込むなんて、トカゲさんもえらい無茶しはるわ」
「え……いや、私が無茶って言ったのは……」
「きっとヤツは胃下垂に違いないです!」
 すかさず黒瓜が補足する。……だめだ、ツッコミが追いつかない。困った様子のアートルムに、銀は銃を構え直すと不敵に笑みを浮かべる。
「ええやん、嫌いやないでこういうの」
「任された以上やりますよぅ。ボクにとって、トカゲとか、下に過ぎないって事を教えてやります!」
 二人が放つ銃弾が、トカゲの頭部に炸裂する。銃使いの息は、ぴったりのようだ。


●トカゲの中

「思ったより広いね……」
 トカゲの中を這いつくばって移動しながら、鳳はつぶやく。被害者の女性が生きているなら、この先にいるはずなのだが。
「急がないと。……人一人救えずして、なにが撃退士か」
 胃の中は消化液に満ちていて、肌がぴりぴりと痛い。しかしそんなことには構わず、彼の金色の瞳は鋭く辺りを観察する。ここにいる女性が、生きていることを信じて。
 微かな呻き声が、暗闇の中で聞こえてくる。声が聞こえた方へ行くと、そこにうずくまっている人の姿がうっすらと見えた。慌てて、抱き起こす。
「良かった、何とか無事だ」
 被害者は弱っているが生きていた。まだ治療をすれば間に合うだろう。
 鳳はこれ以上彼女に消化液がかからないよう、保護をする。それと同時に、背後から高峰の声がした。
「ようやく追いついたよ。被害者は無事?」
 赤みがかった金色の光が、二人を照らす。彼女を見た鳳が意外そうに口を開く。
「驚いた。ここに来たのはボクだけかと思っていたのに」
「一人じゃ被害者抱えて脱出もままならないからね。ここはあたしに任せて」
 そう言って高峰は刃の付いた手甲を構え、衝撃波を放った。



 突然、トカゲが大声をあげる。
 どうやら中の二人が暴れ出したのだろう。明らかに苦しんでいる。
 やみくもに繰り出される攻撃を、神咲が盾で受け止める。
「この程度の攻撃では、私は倒れませんよ」
 その隙を狙って銀と黒瓜が攻撃をする。内部からの攻撃でトカゲは一気に弱ってきているものの、苦しみから一層激しく暴れ始める。

「ギィェェェェェ!」
 暴れ続けるトカゲは、その勢いでついに縫いつけられた前足を解いてしまう。
「いけない、逃げられてしまう」
 すかさずスピアを抜いた神咲が、トカゲの尻尾上部を攻撃する。再び、トカゲが悲鳴をあげる。
「逃がすわけには……いきません」
「足留めありがとうございます」
 アートルムが素早く背後から駆け上がると、その身を大きく跳躍させる。漆黒の影が、トカゲの頭部に迫る。
「行きます」
 そう言って勢いよく落下すると、頭部に鋭い一撃を叩き込んだ。
「今です。一気に攻めてください」
 頭に激しい衝撃を受けたトカゲは、朦朧状態になっている。それを見た銀が、ひゅうっと口笛を鳴らす。
「ほんなら、ばしっと決めさせてもらいましょ。その身体にあっついモン撃ち込んだる」
 銀の放った弾が、勢いよくトカゲの足へと打ち込まれる。たまらずトカゲは、その場にへたりこむ。立てなくなったトカゲを見て、銀は笑みを浮かべる。
「おっと、もう我慢でけへんの? 最後まで相手してーな」

「さあ、ボクの相手もしてもらいますよ!」
 まるで挑発するかのように、黒瓜がトカゲの前に出る。錯乱したトカゲが、黒瓜目がけて丸呑みをしかける。
「いちばちの一発勝負……いざ!」
 トカゲが攻撃するのと同時、アウルを集中させた強烈な一撃が敵の頭部に炸裂する。大ダメージを受けたトカゲは、その場にぐったりと倒れ込む。
「狂気の……沙汰、見た……かっ!」
 虫の息になったトカゲを撃退士たちが囲む。もう攻撃をする力は残ってないかと思われたが、最期の力を振り絞ったトカゲは、神咲に襲いかかる。口を開けたトカゲの口腔内を、すかさず彼女のスピアが貫いた。
「ここを貫かれれば耐えられないでしょう。装甲も薄いことですしね」
「お見事です」
 アートルムの言葉と同時に、トカゲは目の光を失う。ついに彼らが勝利した瞬間だった。


 被害者の女性は所々骨折をしている上に消化液で被害を受けているものの、想像していたより酷くは無かった。日焼けを気にして身体を覆う服装をしていたことと、迅速に救助されたことが功を奏したのだろう。
「やっはー、普段の行いが良かったんやね。感謝感謝や」
 お腹から出てきた三人を見て、銀が陽気な声を出す。
「ひどい状態になっちゃったけどね」
 消化液まみれになった高峰が、鳳と顔を見合わせて苦笑する。
 服が溶けかかっている被害者に、神咲がそっと自らの上着をかけた。
「この方のご主人も、喜んでくれるでしょう」
 黙って成り行きを見守っていたアートルムが、皆に向かって静かに頭を下げる。
「今回の任務、よい経験になりました。ありがとうございます」
 丁寧に挨拶をする彼に、銀が「律儀やねえ。お前無口やけどええやっちゃ」と笑う。

「それにしても、お二人ともよく自分から飲まれようなんて気になりましたね」
 神咲の言葉に、鳳がどこか恥ずかしそうに応える。
「助けなくちゃって思うとついね……。それに以前、ヘビに飲まれたカエルがお腹の中で鳴いているのを見たことがあったんだ。意外と生きていられるんだなってその時思ったから」
「なるほど……その様な根拠があったのですか」
 感心した様子のアートルムを見て、高峰がばつが悪そうに笑う。
「いやーあたしは後先考えずにやっちゃっただけだから」
「でも、あの時躊躇せずに鳳さんの後を追った姿は、素晴らしかったです」
 神咲の言葉に、高峰は照れくさそうにうなずく。

 空は高く、溢れるほどの陽差しがふりそそぐ。照りつける太陽をまぶしそうに見上げながら、黒瓜がつぶやく。
「それにしても、暑いですねえ……あ、帰りにカキ氷食べようっと」
 それを聞いた銀が、すかさず反応する。
「お、ええね。俺は『宇治金時ソフトクリームダブル乗せ小豆も今だけ二割増し』にしよ」
「ボクは『ストロベリービッグサンダーマウンテントッピングは赤唐辛子』を食べてやります!」
「(トッピングは赤唐辛子……?)お……お二人とも、随分とカキ氷に詳しいのですね……」
 アートルムが同意を求めて神咲を見る。すると彼女はにっこりと微笑んで言った。
「私は『夏の恋は甘酸っぱいレモンソーダきゅるりんスペシャル』にします」



依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:4人

賑やかなお兄さん・
銀 彪伍(ja0238)

大学部7年320組 男 インフィルトレイター
遥かな高みを目指す者・
鳳 覚羅(ja0562)

大学部4年168組 男 ルインズブレイド
インガオホー!・
黒瓜 ソラ(ja4311)

大学部2年32組 女 インフィルトレイター
SneakAttack!・
高峰 彩香(ja5000)

大学部5年216組 女 ルインズブレイド
アドリビトゥム☆ステラ・
アートルム(ja7820)

大学部4年25組 男 鬼道忍軍
撃退士・
神咲 夕霞(ja8581)

大学部6年246組 女 ディバインナイト