●民家前
「あっやばい怖い」
目前に佇む古民家を見上げ、小野友真(
ja6901)は微笑んだまま固まっていた。
冷たい夜気が頬に触れる。
辺りが静寂に包まれる中、夜陰に浮かぶ家屋は物言わぬ魔物のようでさえあって。
「住んでる人には申し訳無いんだけど……どう見てもお化け屋敷って感じだよね……」
同じく見上げていた雨宮祈羅(
ja7600)も、微かに身震いする。
暗くてよく見えないが、築四十年近くは経っているだろうか。所々朽ちた雨どいや、年季の入った磨り硝子。硝子戸の向こうは見る限り、闇。
古びた門戸に触れると、きい、と鈍い音がする。その音に思わずびくり、と身体が反応する。
「宮田の携帯にかけてみたけど……反応が無いね」
そう言いながら友真の様子を気にかけているのは、加倉一臣(
ja5823)。彼が恐がりであることを知っている為だ。
「順番的に二階捜索班が先に……って話だけど、友真大丈夫か?」
「い、いややなー。仕事やし、ちゃんとやるよ」
その顔は完全に引きつっているが、本人がやると言っている以上一臣も止めることはしない。
無理はするなと言う意味も込めて、背中をぽん、と叩いてやる。
「じゃ、じゃあ恋さん行きましょかー」
声をかけられた地領院 恋(
ja8071)が、無言のままうなずく。その淡々とした表情は、いつも通り変化は感じられず。
(恋さんがこんなに落ち着いてるんや。自分もちゃんとせな)
そう自身を奮い立たせる友真。実は彼には気付いていないことがあるのだが、それはもうしばらく後の話。
皆が見守る中、二階探索班の二人は先行して家内へと入っていった。
●一階 A班
次に家屋に入ったのは、一階捜索班の二人。
「……停電してるみたい、なの」
橋場アトリアーナ(
ja1403)が懐中電灯を点けながら、落ち着いた調子で言う。先に入った二階組が、電気が点くか試しているはずなのだが。
「なかなか、きな臭い感じがしますねぃ」
ナイトビジョンを装備した十八九十七(
ja4233)が、不敵な笑みを浮かべて言う。
「密室で行方不明の撃退士。そりゃあ、糞天魔の臭いも感じますて」
最初の部屋は客間らしかった。古びた木戸の向こうに、人の気配は全く感じられない。
しかし入った途端、むっとする鉄の臭いに気付く。
「これは……」
室内を懐中電灯で照らしたアトリアーナが、絶句する。後から入ってきた九十七も顔をしかめ。
「血痕、ですねぃ」
部屋中央に置かれたソファ。その一部から床にかけて、おびただしい血の跡が残っている。指で触れてみると、ねちゃりとした感触。まだ乾ききっていない。
「この血が宮田のもの……なら」
「ここで襲われたと見て、間違いないでしょうねぃ」
その上、大怪我を負った可能性が高い。しかし、本人の姿は室内には見あたらず。
「どこかに隠れた……?」
アトリアーナの言葉に、九十七は微かに首を傾げ。
「それにしては血痕がここ以外に無いのが変ですねぃ。そんなに動き回れるとも思えないんですが」
恋から生命探知の反応があったとは聞いていない。二人は無言の内に、一つの可能性が頭をよぎる。
もしかすると、彼は既に――
●二階 C班
その頃友真と恋は、二階一番手前の子供部屋を捜索していた。
「い、一階は水回りあるから、二階のが心が楽すよね」
及び腰になりそうなのを耐えながら、友真は恋に話しかける。
「幽霊は水回りを好むと言うしな……いや。そもそも霊的現象なんて、非現実的だ。ありえない。大丈夫」
どう見ても自分に言い聞かせているとしか思えないが、余裕の無い友真がそんなことに気付くはずもなく。
「怖ーくなーい、誰かいまっすかー」
勢いよくカーテンを開け、次々にタンスや押し入れを開けていく。ちなみに動作が大ぶりなのは、その方が怖くない気がするから。
(ベッド下超怖ぇ……)
のぞき込んで、泣きそうになる。けれど女性の手前必死に平気なふりをしてみせ。
対する恋は、何かぶつぶつと呟き続けている。
(怖い怖いと、口にするから怖くなると思うんだ)
とっくに読者はお気づきかと思うが実は彼女、幽霊の類が苦手である。普段はそんな素振りを全く見せない為、誰も気付いていないのだ。
「怖くない怖くない……」
「誰かいたら返事してくださーい」
「こわくないコワクナイ……」
「え、恋さん何か言いました?」
そう、友真が振り向いた時。
ごとり、と言う音と共に何かが目の前に落ちてくる。
それが人形の首だと認識すると同時、二人の悲鳴が家中にこだました。
●一階 B班
「今の声、何!?」
二階から聞こえた声に、最後に家に入った祈羅と一臣が顔を見合わせる。
「友真と恋ちゃんだ。何かあったのかもしれない」
二人は大急ぎで廊下を走ると、階段を駆け上る。
一番手前の部屋をのぞき込む。そこには、暗闇の中うずくまる二人の姿があって。
(敵がいるかもしれない)
念のため祈羅を入口に待機させると、一臣は室内に入る。二人に動きは見られない。
敵の攻撃で動けないのかもしれず。
一臣は慎重に近づくと、声をかけた。
「友真、何かあったのか」
はじかれたように二人は顔を上げる。しかしいつの間にか夜目の切れていた友真と、慌てすぎて光源の向ける方向を誤った恋。
目に映ったのは、暗闇の中どこからかぶら下がって来た、首のない人形。
「「うわあああああああああ」」
再びあがった悲鳴に、一臣は慌てて振り向く。
「くっ…天魔か? 祈羅ちゃん気を付けて!」
しかし入口にいる筈の祈羅が見あたらない。
「え? あれ?」
慌てて辺りを見渡すと、その場でしゃがみ込んでいる彼女が目に映る。
「え、祈羅ちゃんまで? ちょ、何、どうなってるの?」
仲間の事で頭が一杯の彼。自分の横にどう見てもやばいモノがいることに気付いていない。
「近寄るなああああああっ」
「え」
ごふっ。
恋によるふいうちからのストレートが、運悪く一臣のみぞおちに炸裂。
「俺は怖くなんかあらへーーん!!」
「ちょっ…まっ…」
友真の渾身の腹パンが、再び運悪くみぞおちに炸裂し。
「か、一臣ちゃーーん!!」
……あれ、どうして俺殴られてるんだろうね……?
祈羅の悲痛な叫びが聞こえる中、一臣の意識は薄れゆくのだった。
●現在の状況…A班:┐(^o^)┌ B班:/(^o^)\ C班:\(^o^)/
その頃、上階の様子を探っていたA班アトリアーナ&九十七組。
二人は互いに、うなずき合い。
「どうやら(一臣以外は)大丈夫そう……なの」
「ええ、はい。(一臣以外が)大丈夫なら、問題無いですの」
何事も無かったかのように、探索を続行し始める。
客間の捜索を終え次に入ったのは、居間だった。
八畳ほどの畳間には、中央に据えられたコタツにテレビ。壁際に年季の入った飾り棚がある以外は目立った物は無い。
彼女たちが室内に入ってしばらく経った時。
突然、電気が点いた。
何事かと構えたが、特に異変は無い。アトリアーナが軽く息をつく。
「……びっくりした、の」
「どうも電力供給の調子が、悪いようですねぃ」
灯りの下改めてみる室内は、どこか不気味で。テレビ横に置かれた市松人形を見て、九十七が苦笑する。
「それにしても不気味な家ですの。さっきから至る所に人形があるんですからねぃ」
そう言って台所に続く扉に手をかけた時。
そこでふと、アトリアーナは気付く。
「……あの人形」
――いつからそこにあった?
確かめようと振り向く。しかし彼女の視界を何かが遮った。
それが至近距離で自分を見つめる人形だと気付いたとき、銃声がこだました。
●
「……ありがと、九十七」
即座に武器を構えながら、アトリアーナは頬を流れる血をぬぐう。人形が発した攻撃が、かすめたためだ。
「アトリっちが先に気付いたおかげですねぃ」
ソウドオフショットガンを構えた九十七が、にやりと笑みを浮かべてみせる。
目の前に浮かぶのは、先程の人形。表情一つ変えず、無機質な視線をこちらへと向けている。
「どうやら、勘が当たったようで」
これは幽霊でも何でもなく。
アトリアーナが、冷えた声で宣言する。
「……天魔なら、戦うまで」
その瞬間、人形の身体から禍々しい光が放たれた。
銃声を聞きつけた他のメンバーも、すぐに合流を果たす。
(気絶していた一臣は、恋によって多少回復)
集結した六人は、瞬時に戦闘態勢を取った。
※ここからしばらくは、ダイジェスト版でお送りします※
天魔に対する六人の意志は固かった。
「相手が天魔ならぶっ飛ばすに決まってるでしょ!」
「……当然抹殺する、の」
「天魔ぶちころは正義いいいっっっ! ファッ■ン糞天魔ァァァアアッ!」
「面白ェ。さっさとくたばって、ガッカリだけはさせんなよォッ!」
「見た目すっげー怖い……けど、相手がはっきりすれば怖くないんや!」
「まだみぞおちがうずくけど……俺、頑張るね?」
攻撃の連携も完璧だった。
「オラァァァアっくらえッッ!!!」
「ちょっ…九十七ちゃん、室内で超高圧発砲炎ぶっ放すとか!」
「一臣ちゃん、うちを庇ってくれるのは嬉しいけど、髪、髪、燃えてる!」
「天魔と分かれば、容赦せえへんからな!!」
「ちょっ…友真、室内で強装弾ぶっ放すとかぐはっ」
「加倉先輩、回復はアタシがやるから問題ありません」
「(ただの屍のようだ)」
「ふーやれやれ、なの」
アトリアーナの振り下ろす大槌が、人形を破壊し――
戦いは、思いの外あっさりと決着が付いた。
●シリアスログイン
室内に再び、静寂が戻る。
ディアボロの骸を見下ろしながら、友真が頭を掻く。
「結局二階のはただの人形、敵は一階のどこか隠れてた……ってことでええんよな?」
「だと思う。アタシの生命探知が反応しなかったのもそのせいかと」
恋の言葉を受け、アトリアーナが呟く。
「最初は驚いたけど……敵は大した強さじゃなかったの」
「宮田は一人で天魔討伐をしていたってことだから、かなりの手練れだったはずだよね」
(所々痛むが顔には出さず)一臣も訝しげに。
もし、やられたのだとしたら。
「恐らくは……油断」
九十七の言葉に、皆無言でうなずく。宮田は既に天魔討伐でスキルを使い果たしていた可能性が高い。そこを不意打ちで襲われたのなら。
祈羅が皆を見渡して、口を開く。
「……探そう。敷地内のどこかに、絶対いると思うから」
生死は不明だけど――と言う言葉を、彼女は飲み込んだ。
手分けして家屋内をくまなく探したが、宮田らしき姿は見あたらなかった。
残るは、庭にある納屋とガレージ。
六人は、まず手前にある納屋へと向かう。近づいた途端、恋がぴくりと反応を見せる。
「……納屋に、何かがいる」
急いで立て付けの悪い木戸を開けて入る。中は見渡す限り真っ暗で。
「……ん、何か聞こえますねぃ」
九十七が耳を澄ます。聞こえるのは、微かな息づかい。
「誰かいますかー?」
友真が声をかけるが、返事はない。ペンライトで奥を照らした彼の目に、倒れ伏す人影が映った。
「気は失ってるけど、生きてるみたい……!」
駆け寄った祈羅が状態を確認しながら、言う。しかし顔は険しいままで。
「酷い怪我……」
宮田の姿を視認したアトリアーナが眉をひそめる。回復スキルを使用しながら、恋もうなずく。
「特に顔の損傷がひどいな……」
見つけた時、彼の顔はずたずたの状態だった。天魔による攻撃を、至近距離からくらったのだろう。
しばらくすると、宮田は目を覚ました。
「ここは…俺は一体……」
「俺たちは久遠ヶ原の生徒です。貴方を助けに来ました」
一臣の言葉に、宮田は困惑した表情になる。恐らく記憶が曖昧になっているのだろう。
「ああ、そう……」
と呟いたまま、しばらく黙り込み。急に何かに気付いたかのように起き上がる。
「どうして、何も見えないわけ?」
「それは……」
祈羅が口ごもる横で。恋が淡々と告げる。
「出来る限りのことはしたんですが。損傷の激しかった目は、治せませんでした」
ようやく、記憶が戻ってきたのだろう。宮田はその場でへたりこむ。
「まじで……? 冗談きついね」
乾いた笑いを発する宮田を、皆何も言えず見つめ。
長い沈黙の後。
やがて宮田はふらふらと立ち上がると、撃退士達に告げた。
「俺、死ぬわ」
「な…何言うてんのや?」
唖然とする友真に、宮田は淡々と続ける。
「目の見えない撃退士なんて、何の価値も無いでしょ。引退して並の人間以下になるくらいなら、死んだ方がマシ」
「……随分勝手なんですねぃ」
九十七が興味無さそうに言い放つ。彼女にしてみれば例え傲慢でも、天魔を抹殺する意志のある者の方がはるかに正義であるが故。
それすらもあっさりと諦めようとする宮田に、呆れるほか無く。
宮田は自嘲気味に笑みを浮かべ。
「価値が無くなった時点で死ぬ。なかなか潔いだろ?」
直後、ぱんと言う音が鳴り響く。
「甘えるのもいい加減にしてください」
宮田の頬を打ったのは、恋だった。
「いってえな……」
「価値の無い人間など一人もいない。だからアタシ達は、貴方を助けに来たんです」
「そうや…お前がどんだけ嫌な奴でもな。価値の無い奴なんておらへん。死ぬのは絶対に許さへんからな!」
拳を握りしめた友真が続く。本当は殴り飛ばしてやりたい所なのだが。
「…じゃあ聞くけどさ。あんたらに何がわかるわけ? 今の俺の絶望感なんてわかるわけないだろ」
「わかんないよ。別にわかりたくも無いし」
祈羅が、怒り心頭の様子で声を震わせる。
「あのね。自分のミスでこうなって、今度は死ぬとか。どれだけ格好悪い事言ってるかわかってる?」
宮田は何も言わず。
「撃退士としての意地があるならさ。簡単に生きることを諦めるなよな!」
「――っ」
黙り込んだままの宮田に対して。
「あんたには腹立ってるからね。今すぐこの激マズの青汁を飲ませたい所なんだけどさ……やめとくよ。でもまだ死にたいなんて言うんなら、今すぐ飲んでもらうから」
「……祈羅、支援する」
アトリアーナが淡々と告げる。表情に大きく変化は見られないが。彼女が怒っていることは、友人である彼らの目には明かで。
「俺たちは、色々な人たちに生かされてるのに」
成り行きを見守っていた一臣が、静かに切り出した。
「それに気付けない人生だったなら、勿体ないと思いませんか」
うつむいたままの宮田に対し。彼は肩を貸すと、告げる。
「さあ、帰りましょう」
歩き出しながら、少し和らいだ声で。
「皆が貴方の帰りを、待っていますから」
●道化と化猫の会話
「……と言うわけですが」
「相変わらず人間はよくわからないであるなー。天魔よりもあんな人形を怖がるのであるから」
目前に置かれた首無し人形を、まじまじと見つめる。
「ふふ…少々いたずらが過ぎましたか? まあでもあれくらいでちょうど良いのではないですか」
「ふむん、どういうことである?」
「恐怖がある者の方が、案外強いのかもしれませんよ」
道化の悪魔は、薄く微笑んで。
「少なくとも、傲りで身を滅ぼしかけた者よりは――ね」
●後日、斡旋所にて
報告書を読み終えた旅人。後日談によると、宮田の視力は奇跡的に回復を見せたらしい。
(学園に礼を言って来たとの記載がある)
ふと。
「……大丈夫だっだのかな、燃えた髪」
旅人は呟いて、そっとファイルを閉じた。