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マスター:久生夕貴
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
参加人数:6人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2012/12/10


みんなの思い出



オープニング

●宵闇の彼方

 仄暗く淀んだ深淵の景色。

 いつもと変わらぬそれを、つまらなそうに眺めながら。
「全くどいつもこいつも……もう少し大人しくやれないものか」
 悪魔レディ・ジャムは、独り言のようにつぶやく。その氷碧の瞳が細められるのを、愉快そうに眺める視線があって。
「おや。私に愚痴とは珍しいですね、ジャム」
 目前で微笑むマッド・ザ・クラウン(jz0145)を、彼女は忌々しそうに睨む。
「愚痴ではない、文句だ。あの惰性の男といい、お前らといい……やる気が無い癖にいざやり始めると派手に暴れるのだからな」
 報告によれば、高知の天使勢が冥魔に向けて何やら調査を始めていると言う。にもかかわらず、四国担当の悪魔達は隠密という言葉を知らない。
「全く……尻ぬぐいは誰がやると思っている」
 そう言ってため息をつきながらも。
「……まあ、いい。これくらいのことは想定済みだ」
 そもそも悪魔に隠密行動など、期待してはいない。ジャムにしてみればこれも天使側への牽制としてしまえばよい、と言うわけである。
 ――とは言え。
「今の時点でこちらの計画に感付かれるわけにもいかん」
 メフィストフェレスから命令された『天使勢への牽制』。それは本来、こんなちまちまとした行動を意味するわけでは無い。
 今の動きは全て、計画のための布石。
 ならば、敢えて。
「いいか、クラウン。お前を呼んだのは他でもない。これからお前達には、調査がてらしばらく天使勢を引きつけてもらう」
 それを聞いたクラウンは、まるで興味が無さそうに。
「引きつけ、ですか」
「方法はお前が考えろ。どちらにせよお前達は目立ちすぎている。このままツインバベルの天使どもに目をつけられでもしたら――」
 石鎚を支配するミカエルとウリエルの存在は強大だ。今の時点で気付かれでもすれば、簡単に潰されてしまうだろう。
 ジャムの話を聞いているのかいないのか、クラウンはしばらくの間考えるようにな表情を見せたあと。
「天使には興味がありません……が、仕方ありませんね。私の趣味を邪魔されるのは困りますから」
 その顔にはいつもの薄い笑みが戻っていて。
「ふん……その顔は、何かまたくだらんことでも思いついたようだな」
 ジャムの言葉に、道化の悪魔はくすりと笑い。
「いいでしょう、ジャム。貴女の頼みを聞き入れます。その代わり――何が起きても、知りませんよ」
「お前に頼む時点で、元よりその覚悟はできている」
 にやりと微笑みながら。
「私も賭けは、専ら大穴狙いなものでな」


「と言うわけで、レックス。私は新たな遊びを思いつきました」
 自分を背に乗せる大きな猫悪魔に向かって、クラウンは弾んだ声を出す。
「おお、なんであるか?」
 フェーレース・レックス(jz0146)は、いつものように髭をぴんとはってみせ。
「ふふ……この地の人間の中には、天使と手を組んだ者もいると聞いています。実に興味深いことだと思いませんか」
「ふむー我輩も、聞いて驚いたであるよー。あのお堅い天使が、よく人間を受け入れたものである」
「ええ。彼らは恐らく人の子の正の部分……とやらに、賭けたのでしょうね」
 そして、そうであるならば。
 道化の悪魔は、薄く微笑み。
「レックス。人の子には七つの罪源、というものがあるそうですよ」
「ふむん。我が輩も聞いたことがあるのである。確か『傲慢』『嫉妬』…と言うやつであるな」
「そうです。人は逃れられない七つの欲望や負の感情を持っている。ならば、試してみようじゃありませんか。人の子が、それらを本当に乗り越えられるのかを」
 それを聞いたレックスの瞳が、爛々とした光を帯び。
「天使にとって、理想的な存在なのかを試すと言うことであるな!」
「ええ。もしかすれば、天界の者たちは人間に幻滅せざるを得ないかもしれませんよ」
 それはすなわち、天界の混乱を生むことにも繋がる。
 自分たちはあくまで、人間と天使が手を組むのを邪魔するだけの存在。
 そう振る舞う為にも、好都合であり。
「ふむー。相変わらずクラウンは、悪だくみにかけては天下一品であるなー」
 感心する友悪魔の背を軽く撫で。
「しばらくは、退屈せずにすみそうです」

●四国高知の山間

「まあ、こんなもんかな」
 フリー撃退士宮田健吾は、周囲を見渡しながら独りごちる。
 彼が立つ場所の周りには、複数のディアボロの死骸が転がっていて。
「さて。報告でもしますかね」
 健吾は手にした携帯から目当ての番号を呼び出すと、電話をかける。
「俺だけど。頼まれた依頼は終わらせたから。迎えに来てくんない?」
 しかし相手から帰ってきた返事は、来るにはしばらく時間がかかると言う。健吾は大きくため息をつき。
「じゃあその辺の民家に入ってるから、近くまで来たら連絡してよ。ここ、寒いし」 

 人気の無い民家は、古さも相まってどこか薄気味悪い。
 健吾は勝手に中に入ると、その場でくつろぎ始める。
「そうそう。それでさ……」
 携帯を手にした彼は、笑いながら続ける。
「あんたら一般人は何の価値も無いんだから、もっと申し訳なさそうに生きろって言ってやったのよ」
 返ってきた言葉に、彼は微笑み。
 当たり前のように言う。
「撃退士ってのは、選ばれた存在なわけ。敬意を払って当然なの」

 その直後。

 突然、周囲が闇に包まれる。
 停電だ、と思った次の瞬間には、再び灯りは戻っていた。
「……なんだ。驚かせてくれんじゃん」
 軽く息をつくと、手にした武器を下ろす。
 何かの不具合で、一瞬電力供給が止まったのだろう。こういう田舎ではよくあることだ。
 気を取り直した健吾が再び携帯を手にしようとした時。

 何か、違和感を感じた。

 その正体はよくわからない。
 強いて言うなら、撃退士としての勘と言ったところか。
「何なんだよ……一体」
 健吾は面倒くさそうに立ち上がると、周囲を見渡してみる。しかし何か異変があるようには見えない。

 ――いや……違う?

 電気が消える前と。何かが違う気がする。
 何が。
 どこか。

 健吾は必死に思い出そうとするが、停電前の室内の状況がはっきりと思い出せない。
 敵などいないと思っていたため、注意を払っていなかった。

「くそっ」

 反射的に振り向いた健吾の目に、映るもの。
 それが何かを把握すると同時、

 視界が、紅く染まった。

●久遠ヶ原斡旋所

「緊急依頼が入ったよ」
 斡旋所スタッフの西橋旅人(jz0129)が、固い表情で集まったメンバーを見渡す。
「高知の山間にある集落を、天魔が襲ったらしい。フリーの撃退士が依頼を受けて大半は討伐したらしいんだけど……」
 そこで旅人は声のトーンを落とす。
「その撃退士と急に連絡が取れなくなったと、通報があったんだ」
 となれば。
「うん。その撃退士に何かあったのは間違いないと思う。彼と最後に連絡の取れた場所はわかっているから……」
 そして再び皆を見渡して。
「何があったのか、調査してきてほしいんだ」
  
●高知某所

「ふふ……レックス、見ましたか」
 道化の悪魔は、愉快そうにその目を細め。
「これはあの者の『傲り』が生んだ業、なのですよ」
「ふむん。人間は強いのか弱いのか、本当によくわからない生き物であるなー」
「ええ。人の子は時に驚くほどの脆さを見せる。少し手助けをするだけで、自ら破滅へと向かうのですからね」
 近づく気配に微笑みながら、クラウンは告げる。
「さあ、あの者たちがどうするのか――見物させてもらおうじゃありませんか」


リプレイ本文

●民家前

「あっやばい怖い」

 目前に佇む古民家を見上げ、小野友真(ja6901)は微笑んだまま固まっていた。
 冷たい夜気が頬に触れる。
 辺りが静寂に包まれる中、夜陰に浮かぶ家屋は物言わぬ魔物のようでさえあって。
「住んでる人には申し訳無いんだけど……どう見てもお化け屋敷って感じだよね……」
 同じく見上げていた雨宮祈羅(ja7600)も、微かに身震いする。
 暗くてよく見えないが、築四十年近くは経っているだろうか。所々朽ちた雨どいや、年季の入った磨り硝子。硝子戸の向こうは見る限り、闇。
 古びた門戸に触れると、きい、と鈍い音がする。その音に思わずびくり、と身体が反応する。

「宮田の携帯にかけてみたけど……反応が無いね」
 そう言いながら友真の様子を気にかけているのは、加倉一臣(ja5823)。彼が恐がりであることを知っている為だ。
「順番的に二階捜索班が先に……って話だけど、友真大丈夫か?」
「い、いややなー。仕事やし、ちゃんとやるよ」
 その顔は完全に引きつっているが、本人がやると言っている以上一臣も止めることはしない。
 無理はするなと言う意味も込めて、背中をぽん、と叩いてやる。
「じゃ、じゃあ恋さん行きましょかー」
 声をかけられた地領院 恋(ja8071)が、無言のままうなずく。その淡々とした表情は、いつも通り変化は感じられず。
(恋さんがこんなに落ち着いてるんや。自分もちゃんとせな)
 そう自身を奮い立たせる友真。実は彼には気付いていないことがあるのだが、それはもうしばらく後の話。
 皆が見守る中、二階探索班の二人は先行して家内へと入っていった。

●一階 A班

 次に家屋に入ったのは、一階捜索班の二人。
「……停電してるみたい、なの」
 橋場アトリアーナ(ja1403)が懐中電灯を点けながら、落ち着いた調子で言う。先に入った二階組が、電気が点くか試しているはずなのだが。 
「なかなか、きな臭い感じがしますねぃ」
 ナイトビジョンを装備した十八九十七(ja4233)が、不敵な笑みを浮かべて言う。
「密室で行方不明の撃退士。そりゃあ、糞天魔の臭いも感じますて」

 最初の部屋は客間らしかった。古びた木戸の向こうに、人の気配は全く感じられない。
 しかし入った途端、むっとする鉄の臭いに気付く。
「これは……」
 室内を懐中電灯で照らしたアトリアーナが、絶句する。後から入ってきた九十七も顔をしかめ。
「血痕、ですねぃ」
 部屋中央に置かれたソファ。その一部から床にかけて、おびただしい血の跡が残っている。指で触れてみると、ねちゃりとした感触。まだ乾ききっていない。
「この血が宮田のもの……なら」
「ここで襲われたと見て、間違いないでしょうねぃ」
 その上、大怪我を負った可能性が高い。しかし、本人の姿は室内には見あたらず。
「どこかに隠れた……?」
 アトリアーナの言葉に、九十七は微かに首を傾げ。
「それにしては血痕がここ以外に無いのが変ですねぃ。そんなに動き回れるとも思えないんですが」
 恋から生命探知の反応があったとは聞いていない。二人は無言の内に、一つの可能性が頭をよぎる。

 もしかすると、彼は既に――
   

●二階 C班

 その頃友真と恋は、二階一番手前の子供部屋を捜索していた。
「い、一階は水回りあるから、二階のが心が楽すよね」
 及び腰になりそうなのを耐えながら、友真は恋に話しかける。
「幽霊は水回りを好むと言うしな……いや。そもそも霊的現象なんて、非現実的だ。ありえない。大丈夫」
 どう見ても自分に言い聞かせているとしか思えないが、余裕の無い友真がそんなことに気付くはずもなく。
「怖ーくなーい、誰かいまっすかー」
 勢いよくカーテンを開け、次々にタンスや押し入れを開けていく。ちなみに動作が大ぶりなのは、その方が怖くない気がするから。
(ベッド下超怖ぇ……)
 のぞき込んで、泣きそうになる。けれど女性の手前必死に平気なふりをしてみせ。
 対する恋は、何かぶつぶつと呟き続けている。
(怖い怖いと、口にするから怖くなると思うんだ)
 とっくに読者はお気づきかと思うが実は彼女、幽霊の類が苦手である。普段はそんな素振りを全く見せない為、誰も気付いていないのだ。
「怖くない怖くない……」
「誰かいたら返事してくださーい」
「こわくないコワクナイ……」
「え、恋さん何か言いました?」
 そう、友真が振り向いた時。

 ごとり、と言う音と共に何かが目の前に落ちてくる。
 それが人形の首だと認識すると同時、二人の悲鳴が家中にこだました。


●一階 B班

「今の声、何!?」
 二階から聞こえた声に、最後に家に入った祈羅と一臣が顔を見合わせる。
「友真と恋ちゃんだ。何かあったのかもしれない」
 二人は大急ぎで廊下を走ると、階段を駆け上る。
 一番手前の部屋をのぞき込む。そこには、暗闇の中うずくまる二人の姿があって。
(敵がいるかもしれない)
 念のため祈羅を入口に待機させると、一臣は室内に入る。二人に動きは見られない。
 敵の攻撃で動けないのかもしれず。
 一臣は慎重に近づくと、声をかけた。
「友真、何かあったのか」
 はじかれたように二人は顔を上げる。しかしいつの間にか夜目の切れていた友真と、慌てすぎて光源の向ける方向を誤った恋。
 目に映ったのは、暗闇の中どこからかぶら下がって来た、首のない人形。

「「うわあああああああああ」」

 再びあがった悲鳴に、一臣は慌てて振り向く。
「くっ…天魔か? 祈羅ちゃん気を付けて!」
 しかし入口にいる筈の祈羅が見あたらない。
「え? あれ?」
 慌てて辺りを見渡すと、その場でしゃがみ込んでいる彼女が目に映る。 
「え、祈羅ちゃんまで? ちょ、何、どうなってるの?」
 仲間の事で頭が一杯の彼。自分の横にどう見てもやばいモノがいることに気付いていない。

「近寄るなああああああっ」
「え」
 ごふっ。
 恋によるふいうちからのストレートが、運悪く一臣のみぞおちに炸裂。
「俺は怖くなんかあらへーーん!!」
「ちょっ…まっ…」
 友真の渾身の腹パンが、再び運悪くみぞおちに炸裂し。

「か、一臣ちゃーーん!!」

 ……あれ、どうして俺殴られてるんだろうね……?

 祈羅の悲痛な叫びが聞こえる中、一臣の意識は薄れゆくのだった。


●現在の状況…A班:┐(^o^)┌ B班:/(^o^)\ C班:\(^o^)/

 その頃、上階の様子を探っていたA班アトリアーナ&九十七組。
 二人は互いに、うなずき合い。
「どうやら(一臣以外は)大丈夫そう……なの」
「ええ、はい。(一臣以外が)大丈夫なら、問題無いですの」
 何事も無かったかのように、探索を続行し始める。

 客間の捜索を終え次に入ったのは、居間だった。
 八畳ほどの畳間には、中央に据えられたコタツにテレビ。壁際に年季の入った飾り棚がある以外は目立った物は無い。
 彼女たちが室内に入ってしばらく経った時。

 突然、電気が点いた。

 何事かと構えたが、特に異変は無い。アトリアーナが軽く息をつく。
「……びっくりした、の」
「どうも電力供給の調子が、悪いようですねぃ」
 灯りの下改めてみる室内は、どこか不気味で。テレビ横に置かれた市松人形を見て、九十七が苦笑する。
「それにしても不気味な家ですの。さっきから至る所に人形があるんですからねぃ」
 そう言って台所に続く扉に手をかけた時。

 そこでふと、アトリアーナは気付く。

「……あの人形」

 ――いつからそこにあった?

 確かめようと振り向く。しかし彼女の視界を何かが遮った。
 それが至近距離で自分を見つめる人形だと気付いたとき、銃声がこだました。



「……ありがと、九十七」
 即座に武器を構えながら、アトリアーナは頬を流れる血をぬぐう。人形が発した攻撃が、かすめたためだ。
「アトリっちが先に気付いたおかげですねぃ」
 ソウドオフショットガンを構えた九十七が、にやりと笑みを浮かべてみせる。
 目の前に浮かぶのは、先程の人形。表情一つ変えず、無機質な視線をこちらへと向けている。
「どうやら、勘が当たったようで」
 これは幽霊でも何でもなく。
 アトリアーナが、冷えた声で宣言する。
「……天魔なら、戦うまで」
 その瞬間、人形の身体から禍々しい光が放たれた。

 銃声を聞きつけた他のメンバーも、すぐに合流を果たす。
(気絶していた一臣は、恋によって多少回復)
 集結した六人は、瞬時に戦闘態勢を取った。

※ここからしばらくは、ダイジェスト版でお送りします※

 天魔に対する六人の意志は固かった。

「相手が天魔ならぶっ飛ばすに決まってるでしょ!」
「……当然抹殺する、の」
「天魔ぶちころは正義いいいっっっ! ファッ■ン糞天魔ァァァアアッ!」
「面白ェ。さっさとくたばって、ガッカリだけはさせんなよォッ!」
「見た目すっげー怖い……けど、相手がはっきりすれば怖くないんや!」
「まだみぞおちがうずくけど……俺、頑張るね?」

 攻撃の連携も完璧だった。

「オラァァァアっくらえッッ!!!」
「ちょっ…九十七ちゃん、室内で超高圧発砲炎ぶっ放すとか!」
「一臣ちゃん、うちを庇ってくれるのは嬉しいけど、髪、髪、燃えてる!」
「天魔と分かれば、容赦せえへんからな!!」
「ちょっ…友真、室内で強装弾ぶっ放すとかぐはっ」
「加倉先輩、回復はアタシがやるから問題ありません」
「(ただの屍のようだ)」

「ふーやれやれ、なの」

 アトリアーナの振り下ろす大槌が、人形を破壊し――

 戦いは、思いの外あっさりと決着が付いた。


●シリアスログイン

 室内に再び、静寂が戻る。
 ディアボロの骸を見下ろしながら、友真が頭を掻く。
「結局二階のはただの人形、敵は一階のどこか隠れてた……ってことでええんよな?」
「だと思う。アタシの生命探知が反応しなかったのもそのせいかと」
 恋の言葉を受け、アトリアーナが呟く。
「最初は驚いたけど……敵は大した強さじゃなかったの」
「宮田は一人で天魔討伐をしていたってことだから、かなりの手練れだったはずだよね」
(所々痛むが顔には出さず)一臣も訝しげに。
 もし、やられたのだとしたら。
「恐らくは……油断」
 九十七の言葉に、皆無言でうなずく。宮田は既に天魔討伐でスキルを使い果たしていた可能性が高い。そこを不意打ちで襲われたのなら。
 祈羅が皆を見渡して、口を開く。
「……探そう。敷地内のどこかに、絶対いると思うから」
 生死は不明だけど――と言う言葉を、彼女は飲み込んだ。


 手分けして家屋内をくまなく探したが、宮田らしき姿は見あたらなかった。
 残るは、庭にある納屋とガレージ。
 六人は、まず手前にある納屋へと向かう。近づいた途端、恋がぴくりと反応を見せる。
「……納屋に、何かがいる」
 急いで立て付けの悪い木戸を開けて入る。中は見渡す限り真っ暗で。
「……ん、何か聞こえますねぃ」
 九十七が耳を澄ます。聞こえるのは、微かな息づかい。
「誰かいますかー?」
 友真が声をかけるが、返事はない。ペンライトで奥を照らした彼の目に、倒れ伏す人影が映った。
「気は失ってるけど、生きてるみたい……!」
 駆け寄った祈羅が状態を確認しながら、言う。しかし顔は険しいままで。
「酷い怪我……」
 宮田の姿を視認したアトリアーナが眉をひそめる。回復スキルを使用しながら、恋もうなずく。
「特に顔の損傷がひどいな……」
 見つけた時、彼の顔はずたずたの状態だった。天魔による攻撃を、至近距離からくらったのだろう。
 しばらくすると、宮田は目を覚ました。
「ここは…俺は一体……」
「俺たちは久遠ヶ原の生徒です。貴方を助けに来ました」
 一臣の言葉に、宮田は困惑した表情になる。恐らく記憶が曖昧になっているのだろう。
「ああ、そう……」
 と呟いたまま、しばらく黙り込み。急に何かに気付いたかのように起き上がる。
「どうして、何も見えないわけ?」
「それは……」
 祈羅が口ごもる横で。恋が淡々と告げる。
「出来る限りのことはしたんですが。損傷の激しかった目は、治せませんでした」
 ようやく、記憶が戻ってきたのだろう。宮田はその場でへたりこむ。
「まじで……? 冗談きついね」
 乾いた笑いを発する宮田を、皆何も言えず見つめ。

 長い沈黙の後。

 やがて宮田はふらふらと立ち上がると、撃退士達に告げた。
「俺、死ぬわ」
「な…何言うてんのや?」
 唖然とする友真に、宮田は淡々と続ける。
「目の見えない撃退士なんて、何の価値も無いでしょ。引退して並の人間以下になるくらいなら、死んだ方がマシ」
「……随分勝手なんですねぃ」
 九十七が興味無さそうに言い放つ。彼女にしてみれば例え傲慢でも、天魔を抹殺する意志のある者の方がはるかに正義であるが故。
 それすらもあっさりと諦めようとする宮田に、呆れるほか無く。
 宮田は自嘲気味に笑みを浮かべ。
「価値が無くなった時点で死ぬ。なかなか潔いだろ?」
 直後、ぱんと言う音が鳴り響く。

「甘えるのもいい加減にしてください」

 宮田の頬を打ったのは、恋だった。
「いってえな……」
「価値の無い人間など一人もいない。だからアタシ達は、貴方を助けに来たんです」
「そうや…お前がどんだけ嫌な奴でもな。価値の無い奴なんておらへん。死ぬのは絶対に許さへんからな!」
 拳を握りしめた友真が続く。本当は殴り飛ばしてやりたい所なのだが。
「…じゃあ聞くけどさ。あんたらに何がわかるわけ? 今の俺の絶望感なんてわかるわけないだろ」
「わかんないよ。別にわかりたくも無いし」
 祈羅が、怒り心頭の様子で声を震わせる。
「あのね。自分のミスでこうなって、今度は死ぬとか。どれだけ格好悪い事言ってるかわかってる?」
 宮田は何も言わず。
「撃退士としての意地があるならさ。簡単に生きることを諦めるなよな!」
「――っ」
 黙り込んだままの宮田に対して。 
「あんたには腹立ってるからね。今すぐこの激マズの青汁を飲ませたい所なんだけどさ……やめとくよ。でもまだ死にたいなんて言うんなら、今すぐ飲んでもらうから」
「……祈羅、支援する」
 アトリアーナが淡々と告げる。表情に大きく変化は見られないが。彼女が怒っていることは、友人である彼らの目には明かで。

「俺たちは、色々な人たちに生かされてるのに」
 成り行きを見守っていた一臣が、静かに切り出した。 
「それに気付けない人生だったなら、勿体ないと思いませんか」
 うつむいたままの宮田に対し。彼は肩を貸すと、告げる。
「さあ、帰りましょう」
 歩き出しながら、少し和らいだ声で。

「皆が貴方の帰りを、待っていますから」


●道化と化猫の会話

「……と言うわけですが」
「相変わらず人間はよくわからないであるなー。天魔よりもあんな人形を怖がるのであるから」
 目前に置かれた首無し人形を、まじまじと見つめる。
「ふふ…少々いたずらが過ぎましたか? まあでもあれくらいでちょうど良いのではないですか」
「ふむん、どういうことである?」
「恐怖がある者の方が、案外強いのかもしれませんよ」
 道化の悪魔は、薄く微笑んで。

「少なくとも、傲りで身を滅ぼしかけた者よりは――ね」


●後日、斡旋所にて

 報告書を読み終えた旅人。後日談によると、宮田の視力は奇跡的に回復を見せたらしい。
(学園に礼を言って来たとの記載がある)
 ふと。

「……大丈夫だっだのかな、燃えた髪」

 旅人は呟いて、そっとファイルを閉じた。


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:16人

無傷のドラゴンスレイヤー・
橋場・R・アトリアーナ(ja1403)

大学部4年163組 女 阿修羅
胸に秘めるは正義か狂気か・
十八 九十七(ja4233)

大学部4年18組 女 インフィルトレイター
JOKER of JOKER・
加倉 一臣(ja5823)

卒業 男 インフィルトレイター
真愛しきすべてをこの手に・
小野友真(ja6901)

卒業 男 インフィルトレイター
撃退士・
雨宮 祈羅(ja7600)

卒業 女 ダアト
女子力(物理)・
地領院 恋(ja8071)

卒業 女 アストラルヴァンガード