●入山
目前に連なる稜線。
霊峰と名高い金子山に集うのは、七人の撃退士。
「何とか天気が回復してよかったよ」
雲間からのぞく太陽に、同行者の西橋旅人(jz0129)が微笑む。それを聞いた望月 忍(
ja3942)が、のんびりと返した。
「本当なの〜♪ でも山の天気は変わりやすいから、注意が必要なのね〜」
実は登山経験者である彼女。当然装備も完璧である。
「山登りとか、超久々ー。霊峰? てなんかご利益ありそうだよねー」
ゆるい調子で話すのは、百々清世(
ja3082)。マウンテンブーツにジャケットを装備した彼は、手を顔の前で合わせて何やら拝み始めた。
「可愛い子とお近づきなれますようにー、なむなむー」
それを見た友人の仁科皓一郎(
ja8777)が、いつもの気怠げな調子で苦笑する。
「相変わらずだねェ…モモ。まァお前さんと一緒なら、楽しい道中になりそうだわ」
上下レインウェアに登山靴。二度目の遺言探しでもある彼は、今回も手慣れたもの。事前にルートを調べるなど、見た目によらず気配り上手である。
そこで御影蓮也(
ja0709)が切り出す。
「遺言のありかについてなんだが…」
彼らが解いた一枚目の暗号。遺言の有りかを示す答えは「ほこらのうしろ」。
当然金子山にある祠に隠されていると予測してはいたのだが。
「具体的な場所が分からないか、事前に依頼人へ聞いてみたんだ」
その結果、故人が愛読していた推理作家の小説で、この金子山が舞台のものがあるらしい。
「作品内では山頂にお社があって、祠の描写も存在するんだ」
それを聞いた清世が感心したようにうなずく。
「なるほどねー、みかちんお手柄! じゃあとりま、山頂をめざそうか」
そんな訳で、一行が目指すのは標高二千mにある山頂。
いくら撃退士達の身体能力が高いとは言え、片道二時間以上はかかる高山だ。
既に紅葉が進む景色を眺めがら楠 侑紗(
ja3231)がおっとりと口を開く。
「暗号で隠された遺言って、なんだか探偵物のドラマみたいでー…良いですよね」
レインコートにブーツを装備した彼女。物静かなためわかりにくいが、内心ではわくわくしている。
対するイアン・J・アルビス(
ja0084)は、複雑な表情を見せていて。
「なんというか…お茶目な方、なのでしょうか? 遺書を書いた人物は」
風紀委員会に所属するほど真面目なイアン。故人の酔狂ぶりが理解できないでいるのだろう。
「大体、もし見つけられない場合は、どうするつもりだったのでしょうか」
呟きながら思案顔になる。ちなみ彼、他の六人と比べて登山装備がかなり不安であることには気付いていない。
と言うわけで、諸君。フラグ立てと言う意味でもここは敢えて、言おう。
そんな装備で、大丈夫か?
●標高1000m
「そう言えばですねー…この山には不思議な言い伝えがあるそうです」
山道を歩きながら、侑紗が思い出したように話し出す。
「ネットで調べている時に見たんですがー。この山には守り神がいるそうですよー」
「守り神、ですか」
聞き返すイアンに、侑紗は続ける。
「時々姿を現すそうですー。でもいつも違う姿で現れるので、本当はどんな姿をしているのか誰にもわからないんだとかー」
「へェ…じゃあ天魔に山を荒らされて、その神様も迷惑してんじゃねェか」
皓一郎がそう返した時だった。
鋭敏聴覚を行っていた清世が、ふいに立ち止まる。
「どうも敵が現れたって感じかなー」
彼の視線の先。小枝を踏み折る音と共に、大きな猪型ディアボロが現れる。
「山を荒らすなんて許せないの〜」
魔法書を手にした忍が、珍しく怒ったように言う。
敵の数は全部で五体。
全員即座に臨戦態勢となる。猪の鼻息が一段と荒くなり。
一体が勢い良く突っ込んできたのが、戦闘開始の合図だった。
「おっと、なかなか威勢がいい、ねェ」
猪の攻撃を、皓一郎がその場で受け止める。結構な威力だが、そこは受け能力の高い彼。難なくいなすことに成功する。
そこを旅人の斬撃が襲い、蓮也の放つ糸が絡め取る。
まずは一体。
続けて襲ってくる猪に向けて、素早く防御陣を展開させたイアン。
きりっとした表情で宣言する。
「僕と仁科さんで盾になります。旅人さんに攻撃は絶対行かせませんよ!」
「あ、ああ…」
蓮也が戸惑いながら返事をする。皆戦闘中であるため、敢えて突っ込みはしなかったのだが。
筆者を含め全員が内心で思っていた。
…え、旅人って護衛対象だっけ……?(注:彼は前衛阿修羅)
そんなどじっ子(認定)イアンの活躍もあり、猪ディアボロはあっという間に片が付いた。
二体目は忍と侑紗の魔法攻撃が連続ヒットし撃墜。残りの三体もそれぞれ首尾良く撃破完了。
清世の回避射撃の効果もあり、盾二人は多少のダメージを負ったものの、他のメンバーは無傷であった。
「無事、倒すことができたの〜。これで山が荒らされることもないの〜♪」
忍がにっこりと微笑む。
これで目指すは山頂のみだ。
●標高1800m
中腹を越えた辺りから山道はさらに狭くなり、皆一列で登らざるを得なくなっていた。
周囲を取りまく空気が、明らかに冷え込んできている。
そこで先頭を歩いていた皓一郎が、ふいに後ろを振る。
「…なんか一人、足りなくねェか?」
いつの間にやら、最後尾にいたはずの旅人がいなくなっていた。
「まさか、はぐれちゃったんでしょうかー」
侑紗の言葉を受け、イアンが心配そうに言う。
「猛獣出るかも知れないのに、大丈夫でしょうか」
「怪我をしてるといけないので、探しに行った方がいいと思います〜」
話し合いにより、このまま山頂を目指す班と旅人を捜索する班に分かれること決まる。
「じゃあにっしー、そっちの保護者よろしくー」
清世のかけ声により、一行は二手に分かれた。
―その頃の旅人―
「…道に迷ってしまったようだね…」
周囲を囲む木々を見て、ため息をついていた。気になる物音がしたため、脇道に逸れてみたのが失敗の始まり。
実は極度の方向音痴である彼。しかも残念なことに、全く自覚が無い。
「…先に行ってみようか」
ちなみにこれが山で遭難する一番の原因であることを、皆知っておこう。
●山頂
二手に分かれてから三十分が経過した頃。
山頂班の三人は、途中小雨に降られながらも無事頂上へ到達していた。
「おー、ようやく着いたって感じー?」
清世の言葉に周囲を見渡していた侑紗と蓮也が、驚いたように言う。
「なんか、すごいですー…周りが全く見えません」
「これは…霧か?」
標高二千mは、地上とはまるで違っていた。
昨日まで雨だったせいだろう。周囲はガス(雲や霧)が発生し、真っ白に覆われている。
そして驚くほど、寒い。
「とりま、お社を探そうか。みんな、足下には気を付けようねー」
三人は捜索を始める。幸い山頂はそう広い場所ではない。霧で著しく視界が悪いとは言え、お社は簡単に見つかった。
彼らが祠を探そうとした時。
ふいに人の気配を感じ、清世が振り向く。
そこにいたのは、白い着物姿の女。
髪も肌も真っ白な彼女は、何も言わずこちらを見つめている。
その瞳は、神秘的な光を帯びていて。
「こんにちはー初めまして」
突然現れた美女を、清世が放っておくわけもなく。
しかし女は話しかけられても、表情一つ動かさない。ただ黙って、こちらを観察しているようにも見える。
それを見た連也は怪訝な表情になる。
(こんな所に人が…? あんな格好でここまで来たって言うのか?)
彼女の足下は足袋に下駄。これで山頂まで来たとは到底思えない。
それは清世も気付いていたことではあった。しかし難しいことは考えない彼。
美女ならとりあえず声をかけるのが、おにーさんの役目なのである。
「俺ら猪退治とー、人捜しとー、宝探しに来たって感じで」
それを聞いた女の表情が、わずかに変化する。今度は侑紗が、訊く。
「あのー『ほこら』ってどこにあるか知ってますかー?」
すると彼女はゆっくりと、一点を指さす。その方向に三人が視線を移した時。
「ありがとう」
聞こえた声に、振り向く。
しかしそこに女の姿は無かった。
「今のは何だったんだ…?」
困惑気味の蓮也。彼の反応は至極まともであるのだが、同行メンバーがマイペースすぎた。
「あんな格好で山登りなんて、きっと修行してたんですねー素晴らしいことですー」
「おにーさんのジャケット貸してあげればよかったかなー。風邪引かないといいけどー」
「え……」
自分の感覚に一抹の不安を覚える蓮也なのだった。
女が指した方向を捜索した結果、三人は霧の中で小さな祠を発見する。その後ろに隠すように置かれていたのは、小ぶりなアルミケース。
「遺言が入ってるのはこれか?」
蓮也が慎重にケースを開ける。中に入っていたのは、一枚のディスク。それを見た侑紗が、安堵の表情をする。
「これに間違いなさそうですねー」
「オッケー、じゃあ捜索班と連絡取ろうか」
●捜索班
旅人捜索開始をしてしばらく経った頃、空から探していた皓一郎の目には不思議なものが映っていた。
「あれは…穴か?」
落ち葉が積もる斜面に、ぽっかりと穴が空いているのだ。近づいてみると、人一人余裕で通れる大きさだ。
「まさかここに落ちたってことは無い、かねェ」
念のため通信機を使って二人を呼び寄せる。集まった忍とイアンは、穴をのぞき込んで困り顔になる。
「だいぶ深そうなの〜」
「ええ。ここに落ちてたら、自力じゃ上がっ……うわっ」
ずるっと言う音と共に、イアンの身体がぐらつく。
「うわわわわわわ!?」
雨上がりで地盤が緩んでいた上に、登山靴を履いていなかった彼。フラグ通り、そのまま穴の中に滑り落ちてしまう。
「ア、アルビスさん〜」
忍の呼びかけも虚しく、イアンの声は小さくなっていく。さすがはどじっ子、期待を裏切らないとはこの事である。
その直後。
「なんか…吸い込まれてねェか?」
「え? ええ〜」
どういう訳か、そのまま穴に吸い込まれる二人。
落ちる、落ちる、地の底へ。
ところがいつまで経っても、底に辿り着かない。
忍はたまらず、叫ぶ。
「一体どうなってるの〜」
ぼふん
突然、身体を何かが受け止める。
恐る恐る目を開けると、そこは地の底のはずなのに何故か明るく。
目の前に、旅人の姿があった。
「望月さん、大丈夫?」
「あ、西橋さん。よかった、無事だったんですね〜」
「ごめんね。心配をかけてしまって」
謝る旅人は怪我をしている様子は無い。ほっとした彼女は、辺りを見渡してみる。先に落ちたイアンと皓一郎もすぐ近くに立っていた。
「歩いていたら穴に落ちちゃって…どうしようかと思っていたら、君たちが落ちてきたんだよ」
周囲を観察していた皓一郎が、首を傾げる。
「ところで俺たちが立っているのは…どこ、かねェ?」
よく見ると、彼らの足下は真っ白でふかふかの毛で覆われていた。これのおかげで、怪我をせずに済んだのだが。
「この足下にあるのは…」
イアンがそう口走った時。
急に、地面が動き始める。
「うわっ」
今度こそ落ちてなるものかと、しゃがみ込むイアン。それと同時、彼の目には信じがたいものが映っていた。
毛玉から、顔が現れたのだ。猫とも犬とも取れない顔が、彼らをじっと見つめている。
「ま、まさか天魔?」
いや、しかしそんな気配は感じられない。どういう事かわからないが、自分たちは今、謎の巨大生物の腹に乗っかっていると言っていい。
四人があっけに取られている間に、毛玉から大きな尻尾らしきものが出てくる。
それが彼らに近づき――
「な、なんですか? うわっ…ちょっ…」
ふかふかの尻尾は、四人をもふりだす。
「わーもふもふなの〜♪ 気持ちがいいの〜♪」
「へェ…なかなかのもふり具合じゃねェかよ……」
「…もふもふは正義…」
あたふたするイアンと意外に順応性の高い三人。彼らは存分にもふられる。
そして次の瞬間――
「…あ、あれ? 傷が治った?」
イアンと皓一郎が戦闘で負った傷が、いつの間にかすべて癒えている。
「これは一体…」
謎の動物は、にいっと笑って。
同時に、足下が弾み出す。
ぼふんぼふん
「え、うわわっ」
ぽーーーーーん
「どうなってるの〜〜」
●
「おい、大丈夫か?」
気がついた忍の目に映ったのは、心配そうな蓮也の顔。
「こ…ここは…?」
起き上がった忍を見て、蓮也は安堵の表情を見せる。困惑気味の彼女に、清世が説明をする。
「捜索班に連絡しても反応がないからさー。探しに来てみたら、望月ちゃんたちがここで倒れてたってわけ」
「一体何があったんですー?」
侑紗の問いに、四人は首を傾げる。
「まァ何て言うか…俺にもさっぱりってとこ、だねェ」
「穴に落ちて、もふられて、飛ばされたって感じでしょうか…」
その言葉に、山頂班は顔を見合わせるばかりなのだった。
ともあれ無事合流を果たした七人。
早速、ディスクの中身を確認することになる。
「じゃあおにーさんが死守したノパソで試してみよっか」
清世がリュックからノートPCを取り出す。防水対策をしていたため、問題無く起動。
ディスクの中には三つのテキストデータが入っていた。内二つは、簡単に開く。
「一つは家族宛て、もう一つは社員に宛てたもののようだな」
蓮也が呟く。内容は私的な為、中身を詳しく読むことは止めた。
残りは最後の一つ。
「あ、どうやら鍵がかかってるみたい」
清世がマウスをクリックしながら言う。となると、必要なのはパスワード。
彼らの脳裏に浮かぶのは、二つ目の暗号の答え。
「3K4THっと…」
英数字を打ち込み、OKをクリック。すると電子音と共に見事データが開いた。
念のため文章が暗号化されていないかを確認する彼ら。そこでとんでもない事実に気付く。
「え、これって…」
中に入っていたのは小説データだった。作者名を見て何かに気付いた皓一郎が、にやりと笑みを浮かべる。
「へェ…これが重要機密、ねェ」
そこにあるのは故人が生前好きだったという、推理作家の名前。題名の上に記された27という数字を見て、蓮也がはっとなる。
「確か依頼人の話によれば、その推理作家の既刊作品数は26と言っていた」
「えっ…じゃあもしかして、これって…」
目を白黒させるイアンを見て、清世も半ば呆れたように笑う。
「死ぬ前に望みは叶えてたってことね。まあ、傍迷惑なご老人だけど、してやられたよねー」
「あふーまさかの機密でしたー」
脱力する侑紗。忍がにっこりと微笑んで、締めくくった。
「これで、新作も売れること間違い無しなの〜♪」
後日、人気推理作家の遺作が発売された。
絹江は「全然気付かなかった…でもあの人らしいわ」と苦笑していたらしい。
ヒットのお礼にと、メンバーには本が贈られ。
ちなみに彼らが山で遭遇した不思議体験。地元の人は皆口を揃えて言うのだった。
「ああ、そりゃ守り神の仕業だな」
霊峰、恐るべし。