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抜けるような空の蒼さと、寄せ返す海の碧。
深く息を吸い込めば、肺一杯に満ちる、濃厚な潮の香り。
「海っていいですね〜!あ、終わったらみんなでバーベキューしませんか?」
道具も食材もばっちりです!と笑う高瀬 颯真(
ja6220)と。
「仕事後の飲料も持ってきてあるぞ、冷やして早速取り掛かるとしよう」
何故か自信に満ち溢れた仁王立ちで、眼鏡を押し上げる雪風 時雨(
jb1445)。
「ちゃっかりしよる坊主共が!」
冷蔵庫入れといちゃらぁ、と豪快に笑う玄蔵の掌が、彼らの頭をくしゃくしゃに撫でた。
「さ、手を抜かず綺麗に片付けましょう」
ビーチサンダルで降り立った砂浜を、白く照り付ける容赦の無い日差しに目を細めながら。
牧野 穂鳥(
ja2029)はサイドテールの首筋に、日焼け止めを重ねて塗った。
「気持ちよく過ごせる場所になるように――遺恨も、残らないように」
●
昔ながらの葦簀張りの屋根が、陽を柔らかく受け止める。
「今回は体験学習なので、ご指導を頂けると嬉しいです」
「おう、自慢の我が子よ!とっくり世話してやってくんねえ」
見上げるウィズレー・ブルー(
jb2685)の微笑のその奥、蒼い瞳に輝く好奇心に。玄蔵は上機嫌で扉を開けた。
座れる高さの床板の上に、簡素な木のテーブルが幾つか。奥に見えるのが調理場だろうか。
「子供の頃を思い出すなあ…」
扉の向こうに広がる、亡き父母との想い出。胸に去来する、暖かさと幾許かの痛みを綯い交ぜにした想い。
頭を一つ振って散らすと、星杜 焔(
ja5378)は箒を手に取り、手順を反芻する。
「どこからやろうか〜」
「窓掃除には、新聞紙」
「ほんとだ〜綺麗になるね〜」
きりりとした顔で窓の桟を見詰めるダッシュ・アナザー(
jb3147)。
隅々まで丁寧に黙々と拭いていく姿に感心しながら、役割分担、と焔は床を掃く。その上で。
「ここで人は遊んだり食事をしたりするのですね」
舞う埃が、真っ白な翼に触れるのも厭わずに。
人の身では届かぬ高所を丁寧に拭きながら、ウィズレーはしみじみと柱に手を這わす。
「最近のなまっちょろいモンと一緒にされちゃあ困るでよ、嬢ちゃん見えっか、そこが――」
「資料では見た事があります…これがそうなんですね」
見るモノ全てが興味深い。そんな様子に、玄蔵の我が子自慢にもついつい熱が入り。
「老朽化してる場所…あったら、教えて」
見上げるダッシュの声は、果たして届いているのやら。
●
「俺、こっち側のゴミを拾いますね〜」
「なら、私はあちら側を」
ジリジリ灼けつく砂浜の上。開始地点の右と左、颯真と穂鳥はゴミ袋を片手に頷き合う。
「雪風さんは、どう――」
されます?という語尾が、吸い込んだ空気とぶつかり、喉奥で爆ぜる。
振り向いた穂鳥の目の前、海パン一丁で海と向き合う時雨。いつ着替えたんですか。
唖然と見詰める他無い二人を置き去りに、時雨は天高く腕を掲げると。
「来い、雷!」
振り下ろされた腕。同時に顕現せしは、その巨躯に古傷を刻むストレイシオン。
ひらりと飛び乗り、ふと、時雨は顔だけを不思議そうに下へ向ける。
「む?我の事は気にしなくてもいいぞ」
色んな意味で気になります。
ド派手な水飛沫を上げ海中に突入していく一人と一匹。
降りかかる余波が濡らした服が、夏の日差しで乾かされるだけの時間が過ぎ、漸く。
「…俺達も行きましょうか」
「…そうですね」
形容し難い想いに蓋をして。二人はそれぞれの担当区域へと、足を進めたのだった。
●
「こちらです」
「了解だよ〜」
ふわりと浮かぶウィズレーの指示に従い、焔は脚立を担いでうろうろと。
バイト経験を遺憾無く発揮し、見事に修繕していく。
「散らかったものも…お片づけ、しないと」
ダッシュも次の仕事を探すべく。巡らせた視線の先には、山と積まれたガラクタ達。
空缶からおおきなおともだちが喜びそうなアレまで――海の家にそぐわない、おそらくコレが。
「餓鬼の置き土産よ、うざってえ」
視線の先を合わせ、玄蔵は忌々し気に吐き捨てる。と同時に。
「すいません〜。大きなゴミがあるので、ちょっと手伝ってもらってもいいですか〜?」
外から、颯真の間延びした声が、好戦的な色で響いた。
●
にやにやと嗤いながら、得物をチラつかせる人影。その数、二桁は下らない。
「こんにちは…手伝いに、来てくれたの?」
薄く笑みを浮かべ、ダッシュは相対する。己が至上の存在の言葉通り、まずは誠意を込めて。
「あ?何言ってんだてめえ」
「ッハ、ガキはすっこんでろよ!」
ゲラゲラと嗤い声が上がる、その間隙を縫って、進み出るのは穂鳥。
「そう変わらないとお見受けしますが。それに、我々は撃退士です」
勝算はおありですか?と静かに問いかける。一瞬の沈黙、が。
「冗談キツイっつの、女かなよっちいのばっかじゃねえかよ」
上がるのは、先程よりも派手に響く哄笑。
「撃退士ったぁガキの遊びじゃね?」
「…あんにゃろ」
奥歯を噛み締める音に、ウィズレーはすっと玄蔵の前に立つ。
「いけません」
「だがよ…!」
大将は後方にどんと構えるべき、と事前に諭されていたものの。
玄蔵は知っている、友の生き様を。撃退士が、どれだけ過酷な戦いをしているのか――それを。
「なんつった餓鬼共が…!」
引き止める細腕を振り払おうとした、直前。
「…へえ?」
ふわりと、風が若草に染まる。其処だけ春が舞い戻ったかのような。
纏う優しい空気を斬り裂いて、颯真の片手には昏き大鎌。後ろ手にとどまるよう合図すると、数歩、前に出る。
「ならどうぞ、かかって来てもいいですよ〜?」
武器は怖いが、所詮は子供一人。なのに不良達は動けない。背に走る、この言い知れない悪寒は。
「どうしたんですか、まさかビビっちゃったとか〜?」
邪気の無い笑みが、軽視出来ない威圧感を以ってのしかかる。
「俺相手にビビっちゃうとか、かっこ悪いな〜。そんなんじゃ天魔がきたら一瞬で殺されちゃいますね〜」
立ち止まる。片腕で、羽のように軽く大鎌を振り上げ。颯真は、微笑う。
「――こんなふうに?」
疾走る残像と、砂浜に穿たれた一閃の傷跡。その深さは、そのまま、彼の怒りの現れ。
自分より幼い撃退士さえ、戦場で命をかけて戦ってるのに。自分でさえ、力無いこの身を歯痒く感じているのに。
こいつらは何を粋がって、何の権利があって――
黙した笑顔のまま、憤りに僅か震える肩に、穂鳥の白い手が柔らかく添えられる。
「さあ、やる気がおありならお相手いたします」
誰かの大切なモノ、真摯な想い。それを蔑ろにするのなら、情け容赦は無用、と。
静謐な眼差しで不良達を見据え、蝋梅の黄色い花弁を開く。書に浮かぶは緋き種。
高く、放り上げると。初夏の熱を取り込み芽吹き、蒼い空の苗床で、蔓を伸ばし絡み合う。
それは、芸術的なまでに緻密な、炎の鞠籠。
「これから浜に見えるお客様方より一足早く、こんがりと仕上げて差し上げますよ」
苛烈な静けさを失わぬまま、穂鳥は花弁ごと書を閉じる。
振られた腕に合わせ、海上に踊る鞠遊び。碧き海の苗床目掛け、鞠籠は火種を撒き散らす。
轟音を響かせ高く上がる水柱は、そのまま、高温の飛沫となりて海面を覆い隠し――
「ふははは、我の出番だな!」
黒き鋼の体躯を持つ龍と、それに騎乗する海パン男を召喚した!
●
愛龍の上、遥か高みから睥睨し。時雨は、我が意を得たりと言い放つ。
「ふん、さては玄蔵殿を殺害しこの砂浜に埋めるつもりであったな?我のお婆様がお爺様を埋めた様に!」
いえ違います。
満場一致の総ツッコミは、惜しいかな心の声であったためか、時雨には届かず。
ポカンと口を開けたまま見詰める一同の前、口上は続く。
「役員会議を放置して新人のメイドさんと遊びに行ったのを、お婆様は気に喰わなかったらしい…」
遠い目をして時雨が語り出す内容に、何故か震える玄蔵。似たような身に覚えがあるらしい。
閑話休題。頭を振って回想を振り切ると、一人と一匹は睨みつける眼差しのまま、すうと息を吸い込み。
「汚名を返上するなら男らしく単騎で来ぬか、何なら我が相手だ!」
打ち据える啖呵と高らかな咆哮が、不良達に叩き付けられた。
数瞬とも長いともとれる間の後。
「…お、俺は降りっからな!」
「俺も!」
凍り付いた空気を破り、耐えかねた幾人かが、踵を返して走り出す。
この場合、逃げ出せるだけ根性があるとみるべきか、だが。
「目には目を…とも言ってた、から」
走る彼らの後ろから、ねっとりと湿気を含んだ風に乗って、悪魔の囁き(注:文字通り)が追いかけて来る。
「ちょっとだけ…お仕置き、だね」
次いで、どさりと何かが倒れる音と、断末魔の悲鳴と――減っていく、周囲の足音。
「そう…痛い方が、好み…なの?」
クスクスと微笑う声から逃れるように、ただひたすらに足を前へ。
あんなヤツらいるなんて聞いてねえ、だがそのうち帰るだろ、そしたらジジイだけだぜ覚えてやがれ。
――そう、思っていた時期もありました。
堤防へと繋がる、解放への階。その手前に、ゆらり、と焔。
「お掃除大変なんだよ〜」
柔らかな笑顔で、一歩。
「こういう大きなゴミとかあってね〜」
片手には、人の頭サイズの、金属塊。
「沢山あるから…手伝って、くれるよね〜?」
ゴスッ、ガスッ、メキョッ、グシャッ。
すいません謝るので帰らせてください。目の前の微笑みを浮かべる青年に、そう言えたなら。
涙目で首を上下に振りながら、彼らの心は一つになった。
●
借りてきた猫のように大人しくなった不良達を前に。
「ゴミは幾らでもありますから」
砂浜では、穂鳥がきびきびと指示を出しながらゴミを分別していく。
「玄蔵さん、この流木はどうしましょうか」
「そりゃ向こうだで、纏めといてくんな」
判断のつかねる物は、玄蔵に指示を仰ぎ。
「あら、お手隙ですか?でしたら――」
バギッ。
「――これ、運んで頂けます?」
「はいィイ!!」
怠ける者には(凍て付く)笑顔で優しく(教育的)指導を施す。
効果はてきめん、不良達は皆、背筋を伸ばしきびきび働いて。だが。
「もっと生ゴミを見るように冷たく!!」
一部、別の方向に教育された者が見受けられたとか。
一方の海の家。どこから取り出したか、大きなスケッチブックを掲げる時雨。
『兄弟姉妹は殺人犯の身内と学校で苛めからのリストカット
父親は職場で敬遠されリストラ、母親はご近所から村八分
ネットに自宅を晒され実家を頼るが門前払いで一家離散、公園で解散!』
「この転落人生がありえたかもしれん貴様達の未来だぞ!清掃の方がマシと思え、汚した分働いて貰おうか」
キラリと眼鏡を光らせたところへ、つんつん、と。
「こうした方が…伝わる、よ?」
どこから以下略新しいスケッチブックを差し出すダッシュ。
そこには、やたら写実的な転落人生の絵が。いつ描いたんですか。
兎にも角にも、それは妙なリアルさをもって不良達の精神に訴えかけ。其処彼処から啜り泣きが上がる。
「汚した場所は、綺麗に…だよ?」
壁の落書きを擦らせながら、ダッシュと時雨はしたり顔で頷き合った。
掃除も終わりに近付いた頃。
「もうちょっと右でお願いします〜」
不良達とバーベキューセットを組み立てながら、颯真は額の汗を拭う。
想定以上の人数だ、人手はあるが準備も容易では無い。それでも。
(一緒に掃除してバーベキューすれば、皆仲良くなれるよね〜)
わだかまりを残したままじゃ、勿体無いから。
想い出は出来るだけ、楽しくを沢山、皆で。
「楽しそうですね」
一休憩、と棒キャンディーを差し出す颯真と、微妙な顔をする不良達。
無邪気な子犬の瞳に見詰められては、些か分が悪いようだ。
切り分けた食材を運びながら、じゃれ合う彼らを眺め、ウィズレーは蒼を和ませる。
その背を追って、調理場から、美味しそうな匂いと焔の声が届いた。
「みんな、出来たよ〜」
さあ、汗水垂らし働いた後は、美味しい物を食べましょう。
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「鯵のなめろうだよ〜」
今朝獲れたての新鮮な鯵が、焔の手により、様々な料理に様変わり。
「何だこれうめえええ!!」
「素材がいいからね〜」
「謙遜すんねえ、坊主の腕だでや!」
照れ隠しか、バシンと焔の背を叩く玄蔵。そこは撃退士、よろける事もなかったが。
微笑んだ貌のまま、戸惑いが僅か浮かび――次いで、微かな深みが加わる。自身も気付かない程の。
更に張り切る焔に順調に餌付けされる不良達に、料理を運ぶウィズレーは悪戯っぽい笑みを浮かべ。
「バイトに来たらいかがでしょうか。素材は味わえますよ」
ですよね?と玄蔵に首を傾げてみせる。
レジャー道具を前に首を傾げていた時、あっさりと片付けてくれた彼らならば戦力としても十分であろう。
「おお、賄いで出しちゃるわ!」
ドン、と胸を叩く玄蔵に、不良達から歓声が上がった。
「ところで召喚獣って、乗らないと操れないんです〜?」
興味深げに鯵をやたらひっくり返す時雨の横で野菜を焼きながら、ふと颯真が疑問を投げかける。
今後の参考に、と向けられる颯真の視線に、しかし時雨は首を振ると。
「いや、悪党どもを見下ろしながら成敗するのが格好良いからだ」
何処か得意気に鯵をひっくり返し、玄蔵殿もどうであるか?と隣に誘いをかける。
「お、おう」
何処と無くそわそわする玄蔵。幾人かの不良達も、何故かチラチラと視線を向けている。
「…幾つになっても、男は少年の心を失わないものだと聞いたことがありますが」
あまり無茶はしてほしくないですね、と苦笑しながら飲物を配る穂鳥。
「元気なのは、良い事だけど…あまり、無茶したら…ダメだよ?」
人の老いは早いのだから、と皿を差し出しながら諭すダッシュ。
孫くらいの少女達に言われるのは弱いらしく、罰が悪そうな顔で視線を泳がせる玄蔵に。
(たぶん、年上だけど…ね)
言わぬが花、とダッシュは薄く微笑んだ。
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色んな掃除を終え、帰路に着く時間。
夕焼けが、空と大地と海を、一緒くたに紅く染め上げる。
「腐れ縁の友がいるんです」
そう言って、ウィズレーはシャッターを切る。
同じ夕陽に照らされているのに、全てが同じ紅では無く。さらに刻々と色を変える。
この得も言われぬ風景を、感動を、彼の人とも分かち合えたなら。
「なら…一緒に、見るといい…よ」
しめやかな空間を壊さぬよう、言葉が、密やかにダッシュの口から溢れる。
手向けた先は、隣の仲間か、それとも己か。
蒼穹と黒曜石、二対の視線の見守る中、夕陽が水平線に溶けていく。
眼差しに乗せる色は違えど、無二の存在を慈しむ想いは、同じ。
海の家の窓辺にて、夕陽に光る素朴な硝子の花瓶。
周囲に組んだ流木のように、想い出も編んでいけたなら。
今度は花を持ってこよう――叶うなら、大切な人と。
己の作品に願を掛けると、焔はゆっくり堤防を上がっていった。