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人里離れた森の奥、鬱蒼と繁る木々を切り開いて。堅牢に囲み築かれた、高い高い壁の向こうに。
数多のパイプが縦横無尽に結ぶ、無機質なコンクリートの箱庭。
常ならば規則正しく刻まれる、精密機器の駆動音に変わり――剣戟と銃声と、人々の悲鳴が、響く。
「先行隊にこれ以上の負担はかけられません」
転移と同時に耳に届いたそれに、痛ましげな表情をして。ウィズレー・ブルー(
jb2685)は、眼差しに決意を宿す。
身を流れる血の縛りを捨ててまでも、護りたい物があるから。もう何も、誰も壊させはしない、と。
「ええ、ここを通すわけにはいきませんね」
そんな友の傍らに歩み寄る、カルマ・V・ハインリッヒ(
jb3046)の瞳にも、同色の想いが灯る。
かつての同胞に刃を向ける、そこにもう、躊躇いは無い。
「ふぅ……熊じゃないのね」
どう見ても不味そうな相手を目にして、クレール・ボージェ(
jb2756)が物憂げに溜息を吐く横で。
「…たまには、ただ闘うのも悪くないね☆」
ジェラルド&ブラックパレード(
ja9284)がへらりと笑う。
赤と白、動と静。身の丈程の無骨な斧槍と、芸術品のような三枝の爪。真逆な対比が、いっそ美しい。
「蛮勇では何も護れないか」
黛 アイリ(
jb1291)から零れ落ちたのは、転移前の教師の言葉。それに込められた意味を咀嚼する。
「何としてもブラッドロードを倒したいですね」
穏やかな子猫の雰囲気の内に、獲物を狙う狩猟動物の鋭さを秘めて。鏡夜 翠月(
jb0681)は目を細める。緑の蝶結びの戯れる、黒い尾のような一括りの髪が、視線を追うように風に舞い。
つられて、ロードに視線を向けるアイリ。飲み込みきれない想いを、口内に残したまま。
「後悔しない様に、頑張らないとだね」
脳裏に、直近の大規模な戦いを思い浮かべて。氷月 はくあ(
ja0811)は若草色の癖毛をくしゃりとかき混ぜる。
「今回も、なかなか厳しい状況ね…」
向かい風の吹き付ける中、フローラ・シュトリエ(
jb1440)は負けじと仁王立つ。
今一歩届かなかった、その悔しさは、未だ消えない傷跡となって二人を鈍く苛んで。
各々の想いが渦巻く戦場を、不可視の結界が覆っていく。
同時に、無言で掲げられる、高く煌めく長杖に合わせて。振り返る異形の視線が、一斉に撃退士達を貫いた。
――選んだのは、真正面からのぶつかり合い。
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森の端、木々の間から、前衛組が敵影目掛け飛び出す。
その背を追い越して、翠月の昏き逆十字が、アイリの彗星が、フローラの凍てつく蛇が、先駆けの一撃をウォリアーに見舞う。
「あまり、効いてませんね」
彗星がウォリアーの外套に叩き落されるのを、冷徹な観察者の瞳でカルマは脳裏に刻み込む。
報告書と同じ、どうやら、魔に耐性を持つのは間違いないようで。
「じゃあこれならどうかしら…全力で行くわよっ!」
激突する戦線、気迫の篭る強烈な一撃。
身の丈を超えるクレールの戦斧が、迎え撃つように固まり布陣するウォリアーの右端を打ち据える。
ウェーブのかかった赤い髪が、飛び散る赤を浴び深みを増すと。青き瞳孔は縦長に、口の端は愉悦に歪んだ。
「ふふ、続いて行くよ☆」
身体を引くクレールに呼吸を合わせ、散歩道の気軽さで踏み込むジェラルド。
ヘアピンにあしらわれた煌めくオニキスが、既に穿たれていた傷跡へ、振り被った利き腕を違わず導く。上がる断末魔、貫く鈍い手応え――1体。
赤と白の狂宴の隣、ほぼ同時に。
振り下ろされた巨大剣を、繊細な拵えの薄刃が受け止める。数瞬の鍔迫り合い、徐々に押し負けていくフローラ。
限界まで身体を反らして――ふっと、沈み込み回転する肢体。支えを失ったウォリアーは、倒れこそしないものの蹈鞴を踏んで。
「隙あり、かしら?」
翻るチャイナ服の裾、健康的な小麦色の脚が、脇腹に鋭く突き刺さる。
大きく傾ぐ異形の巨体、その好機を、見逃す狩人ではない。
「皆さんのために、僕が出来ることを…!」
薄桜色の刀身が、まるで引っ掻くように。翠月は軽やかに飛び上がり、無防備に晒されたウォリアーの頸を掻き斬る。
肩口を蹴り一回転する姿には、返り血など一滴も見当たらない――2体。
仲間達の奮戦を横目に、、それでも意識は目前から逸らさないまま。完成された殺陣の動きで、カルマは機を図る。
「意外と脆いのでしょうか」
僅か首を傾げながら、ふと、一歩だけ横にずれた。
間髪を入れず、伸びるウィズレーの聖なる鎖。交わす言葉も、視線さえ必要無い。戦場での出会いから、幾度も剣戟を交えてきたのだから。
「お見事です、カルマ」
動けないまま袈裟懸けてくる巨体に、すれ違い様、瞬速の銀閃が鞘走る。鍔鳴りに遅れて、崩れ落ちる異形――3体。
あっさりと倒されていくウォリアーに、欠片ほどの動揺も見せることなく。ゆるりと、ロードの長杖が上がる。
魔を帯びた輝きが、密集する戦域の頭上で音も無く膨れ上がり、そして。
――焔が、弾けた。
「…きゃああっ!」
飛散する礫が、容赦無い熱量を以って襲いかかる。肌を灼く音、漂うすえた匂い、思わず漏れる悲鳴。
機を狙っていたのは、ロードも同じ。阻害された透過によって、邪魔者の存在は早くから認識出来た。
右端一点に狙いを合わせ、正面から纏まって――ならば、迎え撃つ布陣も容易い。
忠義の兵を囮とし、然り気無く、囲い込んでいく。絡めとる鎖が無ければ、一網打尽に出来たものを、と。
趨勢は、一瞬にして色を変えた。
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想定以上の重い傷に、咄嗟に動けない仲間達目掛け。残り一体、ウォリアーの剣先が猛然と襲いかかる。
「…させません!」
己の前で、仲間を傷付ける者は許さない。割り込んだ穂先で軌道を逸らし、返る剣先はカルマに任せて。ウィズレーは背を向け、癒しのアウルを生み出していく。
先程とは打って変わり、防御をかなぐり捨てたウォリアーの猛攻。避けきれぬ裂傷が、カルマの細い面に刻まれ、銀糸を赤く染める。
此処を退けば、凶刃は傷癒えぬ仲間に向かうだろう。引き離そうにも、簡単に釣られてくれるほど、愚かな敵では無い。
「しまっ…」
刹那の迷いが、隙を生む。先の礫で穿たれた地面の窪みに、足を取られ体勢を崩し。
「…捻じ逸らせ、イージス!」
守護の弾丸。貫く金色が、剣腹を叩く。照準器越し、攻撃が大きく逸れたのを見てとるや。
はくあはロード目掛け、一気に距離を詰めようとする。宛ら、小さくとも威力を秘めた、砲弾のように。
させじとカルマから離れ、回り込むウォリアー。突進する砲弾を迎え撃つべく、振るわれし赤暗き刃はしかし。寸前に撃ち込まれる牽制の銃弾に、軌道変更を余儀なくされた。
「わたしの目的はいつもと同じ、変わらない」
低く構えたリボルバー、間合いを図りながら、アイリは高い壁の向こうを想う。優秀でも強くもない自分では、彼処まで手が届かない。
「それでも、こいつらを倒す手伝いくらいはできる、してみせる!」
聖別されし煌めきが、銃口に集う。踏み出す一歩は、次第に速く、跳ねるようにウォリアーを目指して。
向こうからも削られる距離、掲げられた巨大剣に不意に浮かぶのは、出撃前の教師の言葉。
勇敢と蛮勇の境は何処に、このまま踏み込んでも、大丈夫――?
「援護します、そのまま行ってください!」
惑いを断ち切るように。横手から飛来する矢羽が、ウォリアーに突き刺さる。
巡らせた視線の先、癒えぬ痛みに顔を顰めながらも、残心を崩さない翠月の姿に。
何かが、見えかけた気がした。掴む前に霧散してしまったけれど。
勢いのまま懐に飛び込む、胸板に押し当てる銃口、零距離で射出される星の輝き。ウォリアーの体内で、爆ぜる――殲滅完了。
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ウォリアーが全滅する気配を感じながら、ロードのもとに辿り着くはくあ。
「あとは、キミだけだよ…喰らい尽くせ、オーバーキラーっ!」
闇を飲み込む原初の光が、螺旋を描き、三連撃。全てを喰らわないまでも、よろめき、後退りながら。
ロードは杖を掲げる、狙いは、はくあ――ではなく。
「きゃっ…もう、またあなたなのね」
直近の脅威よりも、より多くを巻き込む事を。治療を終え駆けてくる面々へ向け、降り注ぐ炎弾。
ウォリアーから受けていた傷もある、足が鈍った。そこへ。
「何かが来ます…!」
野山を駆け巡り身に付けた、生存本能とも呼べるナニか。翠月は弾かれるように一点を振り向き、警告の声を上げる。
少し離れた森の端、木々の合間から音も無く現れるウォリアー。
「増援がいるんだねぇ…無限に湧いてきそうだよ☆」
前髪を掻き揚げ、苦笑するジェラルド。
先程の戦闘で見せた連携が甦る。倒せない相手では無い、けれど、容易くもない。
奇しくも状況は戦端が開かれた時と同じ、ただ、迎え撃つ側に入れ替わった。激突するまで数瞬の時がある、ならば。
「私はあっちで偉そうにしてる子を倒しちゃうわね」
ロングコートをはためかせ、嬉々としてクレールは走る。
「私も参ります、今の内に」
蒼い髪を靡かせ、遅れじとヴィスもロードの元へ。途端、振り上げられる長杖に。
「援護するよ」
そうはさせじと、アイリの銃口が火を噴く。今度は私の番、仲間の道を切り開くための後押しを。
主の危機に血相を変えたかのように、ウォリアーの速度が上がる。
「そっちには行かせないよ☆」
「出し惜しみはなしよ、凍てつかせてあげるわ!」
進路を立ち塞ぎ、魔具を構える。衝突。打ち合わせた衝撃は変わらず重く、だが、隙だらけで。
「連携がなっていない――ロードに余裕がないようですね」
重いだけの刃を受け流しながら、カルマはロードに視線を流す。そんな余裕すらある我が身に、指揮能力は警戒すべきと、脳裏に書き込んで。
銀の視線が観察する中、次第に追い詰められていくロード。
傷付く度にヒールをかけるも、元より前線で斬り結ぶタイプではない。それでも、撃退士達の猛攻の合間に伸ばした手が。
「あら、援護ありがとう」
肌に押し当てられた長杖が、飛来する弾丸に逸らされるのを見て。傷は残したくないから助かるわぁ、とクレールは艶然と微笑み。何気なく一歩踏み込む、振り抜く。
響く雄叫び、斬り飛ばされた腕。高く舞い上がった長杖が、僅か遅れて後方に落ちる。
腕があった部分、肩の付け根を押さえ後退るロード。赤黒い輝きが傷口を包み――回復、しない。
「…好機、ですね」
蒼い眼差しが、静謐に見定める。回復は恐らくもう無い、頼りの下僕は足止めを食らっている。
満身創痍、それでも引く気配は見せない、ならばせめて。
「この一撃で、終わらせて差し上げます」
眩い煌めきを穂先に纏わせ、ウィズレーの身体ごと、槍がしなり。確りと反動を乗せ突き出された衝撃は、過たずロードを刺し貫いた。
崩れ落ちたロードに呼応するように、ウォリアーの連携にはますます穴が空く。
「こっちも負けてられないね…滅せ、ヴァジュラ!」
悪しき者へ、非情なる神の雷が、はくあから放たれる。突き刺さる矢の形をしたアウルは、正確無比にウォリアーの頭部を抉り穿ちて。
「あと2体――皆さん、離れていてください!」
暗緑色の焔が揺らめく。湧き出るそれに引き摺られるように、幾本もの昏き腕が翠月の影から伸び。纏めて、巨躯を絡めとる。
「疲れたでしょう、そろそろ――」
「――終わりにしようか☆」
同時に詰められた間合い、銀の一閃が見えぬ軌跡で首を落として。白き咆哮が、もう片方に容赦の無い爪痕を穿つ。
「さよなら、ね」
不敵に輝く赤き瞳。褐色の掌から放たれた氷の槍が、首無き体躯ごと、爪痕を貫いていった。
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静寂が戻る。高い壁のこちらと――向こうにも。
「ありがとうございます」
ほんわりとした笑顔を向ける翠月の傷を回復しながらも。アイリの意識は、壁の向こうへと吸い寄せられる。
中はどうなったのだろう、敵は、襲われた人々は。浮き足立つ心、しかし、聳える壁は黙然として語らない。
「助けに行きたい、けど…」
確たる答はこの手からすり抜けたまま。揺れ惑う想いが、知らず、呟きとなって零れ落ちた。
「ウィズ、お疲れ様でした」
「カルマこそ、怪我はないですか」
互いの無事を確かめ合い、労う。柔らかい微笑みは、すぐに真剣な表情に取って代わって。
銀の瞳に思い浮かべるのは、先の戦闘内容。得られた情報、個体差はあるといっても、今後に活かせるはずだ。
「色々と纏めないといけませんね…手伝ってくれますか?」
真摯に絡む蒼の視線が、否やを告げるはずもなく。
「さて、のんびりお茶…って訳にもいかないか☆」
今回の敵は片付いた、けれど此処は、広い広い東北の地の、ほんの一欠片にしかすぎない。
学園に戻ればまた、新たな要請が教室に貼り出されているだろうから。
「ふぅ…今度は美味しい熊が良いわねぇ」
赤いウェーブを纏めながら、傍らのクレールは、憂い顔で溜息を付いた。
戦端は、開かれたばかり。敵は強大にして膨大、彼我の差は、いっそ可笑しくなる程に。
「でも、諦めないよっ」
「そうね…終わらない存在なんてないわ」
乗り越えるべき壁が、課題が、目の前のそれのように高くとも。
諦めるという選択肢だけは無い、止まった思考では、打開策など見つけられないのだから。
様々な想いを、全てひっ包んで。
吹き抜ける風は、壁に堰き止められ、蟠り、それでも空へ、と――