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マスター:日方架音
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
参加人数:8人
サポート:3人
リプレイ完成日時:2013/05/25


みんなの思い出



オープニング

●魔軍の蠢動
 轟音と共にアスファルトの道が破砕されてゆく。
 破砕するのは剛脚、大蜘蛛の脚、だがそれが支えるのは蜘蛛の胴ではなく、無数の触手を生やした円筒状の肉塊だった。
 そのおぞましさに、街には悲鳴が渦を巻いて広がってゆく。
 息を切らし必死の形相で駆け逃げる人々の背へと、八本の蜘蛛脚がうごめいて高速で肉塊が迫り、触手を伸ばして逃げる人々へと襲いかかり、絡みつき、巻き、捕獲してゆく。
 人間の街へと進撃したデビルキャリアーの群れが猛威を振るっていた。

「悪魔めぇっ!!」
「市民が体内に囚われているッ! 脚だ! 脚を狙ぇぇええ!!」

 町の撃退署の撃退士達が、リボルバーを手に猛射する。弾丸が嵐の如くにデビルキャリアーの脚へと命中し、その皮膚を突き破って体液を噴出させてゆく。四本の脚が折れたデビルキャリアーはバランスを崩して前のめりになり、その前進が止まった。

「やったか?!」
「攻撃は十分通る。いけるぞ!」

 撃退署の撃退士達が歓声をあげる。

「キャハハハハ! だーめだめっ!!」

 不意に、空から甲高い笑い声が響いた。
 ビルの屋上より漆黒の翼を広げて少年が跳び、二本の曲刀を抜き放って地上の撃退士達を見下ろす。

「だって君等、ここで死ぬから!!」

 ハリドゥーン・ナーガは全身から赤紫色の光を立ち昇らせると、クロスさせた二刀に収束、踊るように無数の剣閃を繰り出した。
 刃の軌跡から三日月状の光刃が飛び出し、雨の如くに地上へと降り注いでゆく。
 地上から断末魔の悲鳴が次々にあがり、真っ赤な血の華が咲き、光刃波の直撃を受けて両断された撃退士達の死体がアスファルト上に転がってゆく。

「ヒャハハハハハ! 反抗なぞ無駄無駄無駄無駄ァッ!! 我等こそがザハーク蛇魔軍! 征けよデビルキャリアー! この地の人間どもを狩り尽くせッ!!」

 少年の声に応えるようにデビルキャリアー達が津波の如く進撃してゆく。
 その日、街が一つ悪魔の群れに呑まれた。
 悪魔子爵ザハーク・オルスは、ヴァニタスのハリドゥーン・ナーガの他にも七体の有力な悪魔を各地へと放ち進撃させていた。
 東北地方はさながら地獄の蓋を開いたかの如く、破壊と死が荒れ狂い始めていたのだった。


●沈黙の司令官
 高い高い壁の向こうを。
 暗赤のコートをはためかせながら、異形の戦士が黙然と見据える。
 付き従いしは、幾体かの同族の兵。守るように、切り開くように。泰然と、主の周囲に佇む。

 すっ、と長杖が上がる。命令の言葉は無く、それ以上の動作も無い。――それでも。
 ブラッドロードの指し示す先、僅かの躊躇いもなく歩み始めるブラッドウォリアー達。
 一体、また一体と高い壁の向こうへ透過していく。

 吹き荒れる風が、護る者無きロードの空虚を浮き彫りにする。
 強く、四方から攻め立てるように、物言わぬ彼を苛むも。しかしその身体が、微動だにすることは無く。
 この孤独が続くことはない、と知っていたかのように。

 迸る鮮血で形作ったような。真紅にぬらりと輝く巨大剣を引っ下げて、ウォリアーが姿を現す。
 一体、また一体と増える新たなる下僕は、風を散らすように、阻むように主の周囲を取り囲む。
 それは、数瞬前の再現。数も位置も違わぬ、完璧なる模造絵。

 そうして、また長杖が掲げられる。高い壁を、さらにその奥を目掛けて。
 ――嘆き叫ぶ声ごと餌を呑み込む、無慈悲なデビルキャリアーが彼の目印。


●焦燥の学園
「東北の件は知っているだろう?」

 招集に応じた生徒達の、連戦にもなお闘志を失わぬ顔を見回して。ミハイル・チョウ(jz0025)は簡潔に告げる。
 当然ながら、否やの声を上げる者は無く。一言も聞き漏らすまいという真剣な表情には、真新しい傷が目立つ。

「それの関連だ、冥魔の軍勢に工業地帯が襲われた。既に付近の撃退士が対応しているが、数が数だ、人手が足りない」

 傷に目を細めながら、ミハイルは手にした書類を一枚捲った。
 組織化された小部隊が広範囲に散らばり、猛威を振るっている、と。
 書式の整ってない走り書きに等しいそれが、事態の危急さを如実に物語る。

「各地の工場内部にデビルキャリアーが数体、先行部隊はこれと当たっているが――何処も、ブラッドウォリアーの増援が止まらないそうだ。おそらく、各地に陣頭指揮をとる者が…ブラッドロードが、居る」

 ぺらり、さらに一枚。
 子供の落書きのような俯瞰図に、幾度も書き直したX印の痕。走る射線は、増援の経路だろうか。
 同じような地図が幾枚も、場所だけを変え連なっている。人手が足りようはずもない。

「君達には、この区域を頼む。機を狙えば、少数でも問題無いだろう」

 残された最後の一枚には、予想される敵戦力。
 そこだけ詳細なデータは、嫌というほど交戦した証。それほどの大侵攻が今、東北の地を震わせているのだ。

「近くにサークルを開く、詳細は移動しながら叩き込んでくれ。――時間が、惜しい」

 書類から上げられた顔に合わせ、片眼鏡の鎖が、しゃらりと音を立てる。
 常ならば添えられる軽口さえ無く、別件の書類を手に、踵を返そうとして。ミハイルはふと、独り言のように告げる。

「勇気を履き違えるな。――蛮勇では、何も守れない」

 もう、聞き飽きたろうがね、と。
 駆け去る生徒達の姿に暫し目を伏せ、くるり、後は振り返ること無く、次の説明へと足を速めた。


リプレイ本文


 人里離れた森の奥、鬱蒼と繁る木々を切り開いて。堅牢に囲み築かれた、高い高い壁の向こうに。
 数多のパイプが縦横無尽に結ぶ、無機質なコンクリートの箱庭。
 常ならば規則正しく刻まれる、精密機器の駆動音に変わり――剣戟と銃声と、人々の悲鳴が、響く。

「先行隊にこれ以上の負担はかけられません」
 転移と同時に耳に届いたそれに、痛ましげな表情をして。ウィズレー・ブルー(jb2685)は、眼差しに決意を宿す。
 身を流れる血の縛りを捨ててまでも、護りたい物があるから。もう何も、誰も壊させはしない、と。
「ええ、ここを通すわけにはいきませんね」
 そんな友の傍らに歩み寄る、カルマ・V・ハインリッヒ(jb3046)の瞳にも、同色の想いが灯る。
 かつての同胞に刃を向ける、そこにもう、躊躇いは無い。

「ふぅ……熊じゃないのね」
 どう見ても不味そうな相手を目にして、クレール・ボージェ(jb2756)が物憂げに溜息を吐く横で。
「…たまには、ただ闘うのも悪くないね☆」
 ジェラルド&ブラックパレード(ja9284)がへらりと笑う。
 赤と白、動と静。身の丈程の無骨な斧槍と、芸術品のような三枝の爪。真逆な対比が、いっそ美しい。

「蛮勇では何も護れないか」
 黛 アイリ(jb1291)から零れ落ちたのは、転移前の教師の言葉。それに込められた意味を咀嚼する。
「何としてもブラッドロードを倒したいですね」
 穏やかな子猫の雰囲気の内に、獲物を狙う狩猟動物の鋭さを秘めて。鏡夜 翠月(jb0681)は目を細める。緑の蝶結びの戯れる、黒い尾のような一括りの髪が、視線を追うように風に舞い。
 つられて、ロードに視線を向けるアイリ。飲み込みきれない想いを、口内に残したまま。

「後悔しない様に、頑張らないとだね」
 脳裏に、直近の大規模な戦いを思い浮かべて。氷月 はくあ(ja0811)は若草色の癖毛をくしゃりとかき混ぜる。
「今回も、なかなか厳しい状況ね…」
 向かい風の吹き付ける中、フローラ・シュトリエ(jb1440)は負けじと仁王立つ。
 今一歩届かなかった、その悔しさは、未だ消えない傷跡となって二人を鈍く苛んで。

 各々の想いが渦巻く戦場を、不可視の結界が覆っていく。
 同時に、無言で掲げられる、高く煌めく長杖に合わせて。振り返る異形の視線が、一斉に撃退士達を貫いた。

 ――選んだのは、真正面からのぶつかり合い。



 森の端、木々の間から、前衛組が敵影目掛け飛び出す。
 その背を追い越して、翠月の昏き逆十字が、アイリの彗星が、フローラの凍てつく蛇が、先駆けの一撃をウォリアーに見舞う。
「あまり、効いてませんね」
 彗星がウォリアーの外套に叩き落されるのを、冷徹な観察者の瞳でカルマは脳裏に刻み込む。
 報告書と同じ、どうやら、魔に耐性を持つのは間違いないようで。
「じゃあこれならどうかしら…全力で行くわよっ!」
 激突する戦線、気迫の篭る強烈な一撃。
 身の丈を超えるクレールの戦斧が、迎え撃つように固まり布陣するウォリアーの右端を打ち据える。
 ウェーブのかかった赤い髪が、飛び散る赤を浴び深みを増すと。青き瞳孔は縦長に、口の端は愉悦に歪んだ。
「ふふ、続いて行くよ☆」
 身体を引くクレールに呼吸を合わせ、散歩道の気軽さで踏み込むジェラルド。
 ヘアピンにあしらわれた煌めくオニキスが、既に穿たれていた傷跡へ、振り被った利き腕を違わず導く。上がる断末魔、貫く鈍い手応え――1体。

 赤と白の狂宴の隣、ほぼ同時に。
 振り下ろされた巨大剣を、繊細な拵えの薄刃が受け止める。数瞬の鍔迫り合い、徐々に押し負けていくフローラ。
 限界まで身体を反らして――ふっと、沈み込み回転する肢体。支えを失ったウォリアーは、倒れこそしないものの蹈鞴を踏んで。
「隙あり、かしら?」
 翻るチャイナ服の裾、健康的な小麦色の脚が、脇腹に鋭く突き刺さる。
 大きく傾ぐ異形の巨体、その好機を、見逃す狩人ではない。
「皆さんのために、僕が出来ることを…!」
 薄桜色の刀身が、まるで引っ掻くように。翠月は軽やかに飛び上がり、無防備に晒されたウォリアーの頸を掻き斬る。
 肩口を蹴り一回転する姿には、返り血など一滴も見当たらない――2体。

 仲間達の奮戦を横目に、、それでも意識は目前から逸らさないまま。完成された殺陣の動きで、カルマは機を図る。
「意外と脆いのでしょうか」
 僅か首を傾げながら、ふと、一歩だけ横にずれた。
 間髪を入れず、伸びるウィズレーの聖なる鎖。交わす言葉も、視線さえ必要無い。戦場での出会いから、幾度も剣戟を交えてきたのだから。
「お見事です、カルマ」
 動けないまま袈裟懸けてくる巨体に、すれ違い様、瞬速の銀閃が鞘走る。鍔鳴りに遅れて、崩れ落ちる異形――3体。

 あっさりと倒されていくウォリアーに、欠片ほどの動揺も見せることなく。ゆるりと、ロードの長杖が上がる。
 魔を帯びた輝きが、密集する戦域の頭上で音も無く膨れ上がり、そして。

 ――焔が、弾けた。

「…きゃああっ!」
 飛散する礫が、容赦無い熱量を以って襲いかかる。肌を灼く音、漂うすえた匂い、思わず漏れる悲鳴。
 機を狙っていたのは、ロードも同じ。阻害された透過によって、邪魔者の存在は早くから認識出来た。
 右端一点に狙いを合わせ、正面から纏まって――ならば、迎え撃つ布陣も容易い。
 忠義の兵を囮とし、然り気無く、囲い込んでいく。絡めとる鎖が無ければ、一網打尽に出来たものを、と。

 趨勢は、一瞬にして色を変えた。



 想定以上の重い傷に、咄嗟に動けない仲間達目掛け。残り一体、ウォリアーの剣先が猛然と襲いかかる。
「…させません!」
 己の前で、仲間を傷付ける者は許さない。割り込んだ穂先で軌道を逸らし、返る剣先はカルマに任せて。ウィズレーは背を向け、癒しのアウルを生み出していく。

 先程とは打って変わり、防御をかなぐり捨てたウォリアーの猛攻。避けきれぬ裂傷が、カルマの細い面に刻まれ、銀糸を赤く染める。
 此処を退けば、凶刃は傷癒えぬ仲間に向かうだろう。引き離そうにも、簡単に釣られてくれるほど、愚かな敵では無い。
「しまっ…」
 刹那の迷いが、隙を生む。先の礫で穿たれた地面の窪みに、足を取られ体勢を崩し。
「…捻じ逸らせ、イージス!」
 守護の弾丸。貫く金色が、剣腹を叩く。照準器越し、攻撃が大きく逸れたのを見てとるや。
 はくあはロード目掛け、一気に距離を詰めようとする。宛ら、小さくとも威力を秘めた、砲弾のように。
 させじとカルマから離れ、回り込むウォリアー。突進する砲弾を迎え撃つべく、振るわれし赤暗き刃はしかし。寸前に撃ち込まれる牽制の銃弾に、軌道変更を余儀なくされた。
「わたしの目的はいつもと同じ、変わらない」
 低く構えたリボルバー、間合いを図りながら、アイリは高い壁の向こうを想う。優秀でも強くもない自分では、彼処まで手が届かない。
「それでも、こいつらを倒す手伝いくらいはできる、してみせる!」
 聖別されし煌めきが、銃口に集う。踏み出す一歩は、次第に速く、跳ねるようにウォリアーを目指して。
 向こうからも削られる距離、掲げられた巨大剣に不意に浮かぶのは、出撃前の教師の言葉。
 勇敢と蛮勇の境は何処に、このまま踏み込んでも、大丈夫――?
「援護します、そのまま行ってください!」
 惑いを断ち切るように。横手から飛来する矢羽が、ウォリアーに突き刺さる。
 巡らせた視線の先、癒えぬ痛みに顔を顰めながらも、残心を崩さない翠月の姿に。
 何かが、見えかけた気がした。掴む前に霧散してしまったけれど。
 勢いのまま懐に飛び込む、胸板に押し当てる銃口、零距離で射出される星の輝き。ウォリアーの体内で、爆ぜる――殲滅完了。



 ウォリアーが全滅する気配を感じながら、ロードのもとに辿り着くはくあ。
「あとは、キミだけだよ…喰らい尽くせ、オーバーキラーっ!」
 闇を飲み込む原初の光が、螺旋を描き、三連撃。全てを喰らわないまでも、よろめき、後退りながら。
 ロードは杖を掲げる、狙いは、はくあ――ではなく。
「きゃっ…もう、またあなたなのね」
 直近の脅威よりも、より多くを巻き込む事を。治療を終え駆けてくる面々へ向け、降り注ぐ炎弾。
 ウォリアーから受けていた傷もある、足が鈍った。そこへ。
「何かが来ます…!」
 野山を駆け巡り身に付けた、生存本能とも呼べるナニか。翠月は弾かれるように一点を振り向き、警告の声を上げる。
 少し離れた森の端、木々の合間から音も無く現れるウォリアー。
「増援がいるんだねぇ…無限に湧いてきそうだよ☆」
 前髪を掻き揚げ、苦笑するジェラルド。
 先程の戦闘で見せた連携が甦る。倒せない相手では無い、けれど、容易くもない。
 奇しくも状況は戦端が開かれた時と同じ、ただ、迎え撃つ側に入れ替わった。激突するまで数瞬の時がある、ならば。
「私はあっちで偉そうにしてる子を倒しちゃうわね」
 ロングコートをはためかせ、嬉々としてクレールは走る。
「私も参ります、今の内に」
 蒼い髪を靡かせ、遅れじとヴィスもロードの元へ。途端、振り上げられる長杖に。
「援護するよ」
 そうはさせじと、アイリの銃口が火を噴く。今度は私の番、仲間の道を切り開くための後押しを。
 主の危機に血相を変えたかのように、ウォリアーの速度が上がる。
「そっちには行かせないよ☆」
「出し惜しみはなしよ、凍てつかせてあげるわ!」
 進路を立ち塞ぎ、魔具を構える。衝突。打ち合わせた衝撃は変わらず重く、だが、隙だらけで。
「連携がなっていない――ロードに余裕がないようですね」
 重いだけの刃を受け流しながら、カルマはロードに視線を流す。そんな余裕すらある我が身に、指揮能力は警戒すべきと、脳裏に書き込んで。

 銀の視線が観察する中、次第に追い詰められていくロード。
 傷付く度にヒールをかけるも、元より前線で斬り結ぶタイプではない。それでも、撃退士達の猛攻の合間に伸ばした手が。
「あら、援護ありがとう」
 肌に押し当てられた長杖が、飛来する弾丸に逸らされるのを見て。傷は残したくないから助かるわぁ、とクレールは艶然と微笑み。何気なく一歩踏み込む、振り抜く。
 響く雄叫び、斬り飛ばされた腕。高く舞い上がった長杖が、僅か遅れて後方に落ちる。
 腕があった部分、肩の付け根を押さえ後退るロード。赤黒い輝きが傷口を包み――回復、しない。
「…好機、ですね」
 蒼い眼差しが、静謐に見定める。回復は恐らくもう無い、頼りの下僕は足止めを食らっている。
 満身創痍、それでも引く気配は見せない、ならばせめて。
「この一撃で、終わらせて差し上げます」
 眩い煌めきを穂先に纏わせ、ウィズレーの身体ごと、槍がしなり。確りと反動を乗せ突き出された衝撃は、過たずロードを刺し貫いた。

 崩れ落ちたロードに呼応するように、ウォリアーの連携にはますます穴が空く。
「こっちも負けてられないね…滅せ、ヴァジュラ!」
 悪しき者へ、非情なる神の雷が、はくあから放たれる。突き刺さる矢の形をしたアウルは、正確無比にウォリアーの頭部を抉り穿ちて。
「あと2体――皆さん、離れていてください!」
 暗緑色の焔が揺らめく。湧き出るそれに引き摺られるように、幾本もの昏き腕が翠月の影から伸び。纏めて、巨躯を絡めとる。
「疲れたでしょう、そろそろ――」
「――終わりにしようか☆」
 同時に詰められた間合い、銀の一閃が見えぬ軌跡で首を落として。白き咆哮が、もう片方に容赦の無い爪痕を穿つ。
「さよなら、ね」
 不敵に輝く赤き瞳。褐色の掌から放たれた氷の槍が、首無き体躯ごと、爪痕を貫いていった。



 静寂が戻る。高い壁のこちらと――向こうにも。

「ありがとうございます」
 ほんわりとした笑顔を向ける翠月の傷を回復しながらも。アイリの意識は、壁の向こうへと吸い寄せられる。
 中はどうなったのだろう、敵は、襲われた人々は。浮き足立つ心、しかし、聳える壁は黙然として語らない。
「助けに行きたい、けど…」
 確たる答はこの手からすり抜けたまま。揺れ惑う想いが、知らず、呟きとなって零れ落ちた。

「ウィズ、お疲れ様でした」
「カルマこそ、怪我はないですか」
 互いの無事を確かめ合い、労う。柔らかい微笑みは、すぐに真剣な表情に取って代わって。
 銀の瞳に思い浮かべるのは、先の戦闘内容。得られた情報、個体差はあるといっても、今後に活かせるはずだ。
「色々と纏めないといけませんね…手伝ってくれますか?」
 真摯に絡む蒼の視線が、否やを告げるはずもなく。

「さて、のんびりお茶…って訳にもいかないか☆」
 今回の敵は片付いた、けれど此処は、広い広い東北の地の、ほんの一欠片にしかすぎない。
 学園に戻ればまた、新たな要請が教室に貼り出されているだろうから。
「ふぅ…今度は美味しい熊が良いわねぇ」
 赤いウェーブを纏めながら、傍らのクレールは、憂い顔で溜息を付いた。

 戦端は、開かれたばかり。敵は強大にして膨大、彼我の差は、いっそ可笑しくなる程に。
「でも、諦めないよっ」
「そうね…終わらない存在なんてないわ」
 乗り越えるべき壁が、課題が、目の前のそれのように高くとも。
 諦めるという選択肢だけは無い、止まった思考では、打開策など見つけられないのだから。

 
 様々な想いを、全てひっ包んで。
 吹き抜ける風は、壁に堰き止められ、蟠り、それでも空へ、と――


依頼結果

依頼成功度:普通
MVP: −
重体: −
面白かった!:4人

ヴァニタスも三舎を避ける・
氷月 はくあ(ja0811)

大学部2年2組 女 インフィルトレイター
ドS白狐・
ジェラルド&ブラックパレード(ja9284)

卒業 男 阿修羅
夜を紡ぎし翠闇の魔人・
鑑夜 翠月(jb0681)

大学部3年267組 男 ナイトウォーカー
銀狐の見据える先・
黛 アイリ(jb1291)

大学部1年43組 女 アストラルヴァンガード
EisBlumen Jungfrau・
フローラ・シュトリエ(jb1440)

大学部5年272組 女 陰陽師
セーレの友だち・
ウィズレー・ブルー(jb2685)

大学部8年7組 女 アストラルヴァンガード
Rote Hexe ・
クレール・ボージェ(jb2756)

大学部7年241組 女 ルインズブレイド
セーレの友だち・
カルマ・V・ハインリッヒ(jb3046)

大学部8年5組 男 阿修羅