桜舞い散る、うららかな晴天。
色とりどりのシートの島を、行き交う笑顔が繋いで結んで。大切なモノは、きっとすぐ近くに。
●前半
「これがふりぃまーけっと、なんだね?」
ふんわりとした声に合わせて、ふんわりと銀糸が揺れる。雲の上を行くように、人の波を泳ぎ歩いて。
チャイム・エアフライト(
jb4289)の空色の瞳が止まったのは、曇った緋色で接客をする、知り合いの店。
(ううっ…あれお気に入りだったのに)
淡い小花が散らされた、白いレースのワンピース。ドナドナされていくそれを未練がましく追う姫路 ほむら(
ja5415)は、人の気配に慌てて視線を戻す。
「いらっしゃいま…チャイムさん」
「こんにちは姫路くん、かわいいものを探してるの」
似合うものはあるかな、の問いに、張り切った笑顔を咲かせて。知り合いを飾れるのなら、こんなに嬉しいことはない。
「チャイムさんの雰囲気だと…どっちの色が好きですか?」
「こっち、かな」
取っ替え引っ替え、喋りながら決めていく、その過程がまた楽しい。
「合わせて、アクセサリーは如何ですか?」
隣のシートから、差し出される掌の上。揺れるキーモチーフは、ほむらが勧めるワンピースにぴったりのブローチ。
「うわぁ可愛い…ひょっとして、手作りですか?」
「販売するからには、手は抜けません」
目を輝かせるほむらに、生真面目に答えるメレク(
jb2528)。手先の器用な友人は、教え方も上手かったようで。性格も相まって、出来栄えは店売りと遜色無い程。――指先の真新しい絆創膏は、ご愛嬌。
「どっちもかわいい…両方、貰っていくね」
「お買い上げ、ありがとうございます」
ブローチを大事に手で包んで。チャイムは降る桜も頬を染めるような、可憐な笑顔を浮かべた。
手を振るチャイムを頭を下げ見送って。
「……お、おぉ……これは、便利そうですねぇ……」
上げた視線の先、大量の皿を抱える月乃宮 恋音(
jb1221)に、メレクは然りと頷く。
「セットのお皿も、簡単に持ち運び出来ます」
大きめサイズのバッグの中でも、確りとした造りの物を幾つか取り出すと。恋音に向け一つ一つ丁寧に説明を始める。
(つまり今だ…!)
暫く迷いそうな恋音の様子を見てとるや。一言言い置いて、袋井 雅人(
jb1469)は小走りで駆け戻る。頼りは響く弦の調べ。
「いらっしゃい」
息を切らせた雅人に向かい、九十九(
ja1149)は眠そうな糸目を向ける。その前には所狭しと猫グッズ。そう、探していたのはまさにそれ。
「どれがいでしょうね…あ、ぬいぐるみとか」
「こっちさぁね」
やる気無さげに見えて、零れ落ちた独り言に律儀に返す九十九。示す先には大小様々、デフォルメからリアルまで。
「凄いですね、これなんて本物のような」
どこか風格すら漂わせる、精巧なぬいぐるみに手を伸ばす。輝く三毛は、まるでビロードのように波打って――?
「あ、ライム」
にゃあと一鳴き、軽やかに雅人の手を避けて。ライムはちょこんと店先に座る。途端、集まる視線と黄色い声。
「……お、おぉ……可愛いですねぇ……」
「月乃宮さん!?」
実用性重視のトートバックを下げ、現れたのは恋音。
狼狽える雅人には全く気付かずに、猫グッズを見回して…止まったのは、白猫のチャーム。買ったばかりのバッグにぴったりの。
「すいません、これを頂けますか」
その恋音の様子を見てとるや、引っ掴んで代金を払って。そうして雅人は照れ混じりの笑顔で差し出す。
「日頃の感謝の気持ちです」
「……え、えとぉ……ご丁寧に有り難う御座いますぅ……」
驚いた顔が、控えめに綻んだ。
「ありがとーさね」
手をパタパタと振り見送る九十九の、反対側から上がる声。
「これは…(・∀・)!」
きらきら輝くルーガ・スレイアー(
jb2600)の瞳の先、山と盛られた漢方とかつまり中国四千年の歴史っぽいもの達。
「あれ、うちそんなん置いたかねぃ…?」
身に覚えの無さ気な店主の横で、三毛猫は素知らぬ顔。
閑話休題。異臭すら放ちそうなそれらを、笑顔でまるっとお買い上げしたルーガさん。
引きつる笑顔の九十九に見送られ、次に足を止めたのは。
「みんな、見ていってよ!可愛い服もあるから…ってボクは着ないよ!?」
高く結んだ金糸を揺らし、声を張り上げる犬乃 さんぽ(
ja1272)の前。
「な、なんだ、これはどう使うんだ!?」
木製ヨーヨーを矯めつ眇めつ。とりあえず、竹とんぼはスマホのアンテナではありません。
「え、えっと、お手本見せるね」
おろおろしながらも、見せた方が早いと思ったのか。さんぽの両手から華麗に舞うヨーヨー。代々続くヨーヨーチャンピオンの血は伊達じゃない。
「これがニンポーだよ!」
代々続くニンジャの血だったようです。
ともあれ、暫く呆けたように眺めていたルーガさん。突然ハッと我に返ると、猛烈な勢いで指を動かし。
『ニンポーぱねえ゜゜( Д ;)』
なんと画像添付の大盤振る舞い、速過ぎてブレてますけど。勿論、手製の忍具は全種類お買い上げ。
ほくほく顔のルーガを見送るさんぽの眼に、賑やかな二人組。
「やだーツン子まぢ激かわゆ☆」
「うりうりとするなギャル子めっ!」
あちらこちらを覗いては、キャロライン・ベルナール(
jb3415)に服や小物をあてて歓声をあげるベティーラ・トワイニング(
jb3554)。
ともすれば全部買いそうになるのを、窘めるキャロラインも満更では無さそうで。
「きゃーツン子次これ被ってっ!」
「ええい待て!…すまないな、騒がしくて」
ぽかんとしたさんぽに苦笑しつつ、押し付けられる帽子を被ると。黒を基調としたシックな華やかさが、キャロラインの落ち着いた金糸によく映える。
「わ、可愛いね!そうだ、鏡あるよ」
差し出された鏡に思わず見入るキャロラインを、横から襲う衝撃。
「も〜〜超激カワツン子ちゃんっ!これ買っちゃうんだからぁ」
ぎゅううっと。抱きしめてすりすりして撫で回して。それでも、この想いはきっと半分も伝わっていない。
「…良い香りがする」
さんぽに見送られ、相変わらず賑やかな道行きの途中、ふと立ち止まるキャロライン。手に取ったのは、大輪の花が豪華なバレッタ。
「香が焚き染めてあるでござる、お安くするでござるよ」
いかがでござる、と鳴海 鏡花(
jb2683)の言葉に、悩んだのは数瞬。
「ツン子何買うの〜って、あたしに?」
覗きこむベティーラに、君らしいふわっふわとした花の香りだ、と差し出して。ツンと横を向いた頬は、微かに赤く染まっていく。
「有難うでござる。…仲が良いでござるな」
満面の笑顔でお釣りを渡そうとする鏡花の手は、再びのぎゅーが終わるまで、しばし宙に浮いたまま。
「これは…あの作家の初版本!?」
ぴくり、気になる言葉に思わず振り返る鏡花。
眼に入ったのは、咥えた籠の中身の所為で視界が危うい召喚獣と。一冊の本を前に、微動だにしない戸蔵 悠市(
jb5251)の姿。
「売って頂けるのですか…?」
触れるのも躊躇われるといった風情に、問われたミハイル・チョウ(jz0025)は苦笑して。
「そうまで求められるなら、本望だろう」
「ありがとうございます!」
嬉々として他を物色し始める主を、召喚獣の呆れた視線が射抜くも。全くもって気付く気配は無さそうで。
「そんなに希少な物があるのでござるか」
「ああ、市場ではもうほとんど見かけない…こんな物まで!?」
返す言葉は上の空。全神経が本に向いている、と悟った鏡花は、いっそ感心して己も見回す。大切に読み込まれた書籍の数々は、独特の気配を以って惹きつける。
「おすすめはどれでござるか?」
古書に興味がある、という鏡花にミハイルは暫し逡巡して。
「そうだな…君は堕天使か?ならばこの国の昔語りでも」
そう言って一冊を手渡すと、返す手で素焼きのマグカップを拾い上げ。
「等価交換、でどうだ」
「ありがとうでご「あああ!」」
片眼鏡越し、片目を瞑るミハイルに、満面の笑みで言おうとした礼は、詰め寄る悠市に遮られる。
「君、頼む、譲ってくれとは言わないから今度貸してくれ…!」
戸惑う鏡花に向け、召喚獣の申し訳無さそうな鳴き声が響いた。
「仕方無いだろう、これを逃したら…あ」
流石に持ちきれず、取り置いてもらい再び巡る悠市。召喚獣に言い訳しつつの足が止まったのは、Rehni Nam(
ja5283)の前。
「いらっしゃいませー…古着、女物ですよ?」
「ち、違う!」
立ち止まった場所が悪かったようで。じとりと不審そうなRehniの目に、慌てて否定すると、咳払いしてラノベを手に取る。
(それ、ベッタベタの恋愛小説なのですよ…)
読み耽る悠市に、何とも言えない生暖かい気持ちが胸に広がったところへ、Rehniの耳に楽しそうな会話が飛び込む。
「すわくん見て見て!これ可愛いー!!」
「千尋ちゃん似合っていて可愛いですよー?」
春色のキャミソールを体にあて、飛びきりの笑顔を恋人に向ける藤咲千尋(
ja8564)に、愛しげな笑みで返す櫟 諏訪(
ja1215)。
「にゃ、イチイさん、いらっしゃいませなのですよ〜」
知り合いの姿に声を掛けるも、二人の世界は少し、遠かったようで。
「あわわあありがとう…」
ぷひーと湯気を噴きだして、わたわた慌てる千尋。可愛い、は何度言われても慣れない――嬉しい。
彷徨う視線が、ようやっと観客の存在に辿り着く。
「あびゃああー!!」
言葉にならない悲鳴を上げて、駆け去る千尋の頬はまっかっか。
「にゅ、ラブラブですねえ〜」
「フリマデートですよー」
しみじみとしたRehniの言葉に、臆面もなく笑顔で返して。代金を払うと、いつまでも照れ屋な恋人を追う。
「ありがとうなのですよー…いいな」
羨ましげに見送るRehniの脳裏には、優しく笑う想い人。今日は用事でダメだったけど。
「次は、一緒に来るのです!」
桜色に頬を染め、握る拳は決意の証。
息が切れるまで夢中で走って。しゃがみこんだ目線の高さに、揺れるコアラのストラップ。
「ようこそようこ。見ていってねっ!」
ゆるっとふわっと髪を揺らして。下妻ユーカリ(
ja0593)はウィンクひとつ、並ぶコアラグッズを指し示す。
「同じ物はないよ、どれもオススメだよっ!」
なるほど言葉の通り、様々な表情を見せるコアラに、千尋は目を輝かせ頭を悩ませ。
「うーん…これに決めた、ってええ!?」
ひょい、と目の前で攫われたコアラ。追った視線の先には、代金を払う諏訪の姿が。
「すっ、すわくんは欲しい物ないの!?」
あわわと袖を引く千尋に、首を傾げて微笑むと。
「千尋ちゃんの笑顔ですよー?」
再び千尋が走りだすまで、あと少し。
「メインは、ズギャッと書いた詩だけどねっ」
賑やかなカップルにインスピを受け、色紙に筆を走らせるユーカリ。リアルタイムに作品を生み出しては、シートの目立つ所に並べていく。売れるのはコアラばかりだが、気にした様子は無い。
「売れ筋…よく分からない、が」
そんな様子を眺め、こういうこと?と首を傾げるジズ(
jb4789)の頭を苦笑気味に撫で、虚神 イスラ(
jb4729)は色紙を手に取る。
「『木につかまる。それだけで楽しい』…前衛的な響きだね」
「ありがとサマンサ、自信作だよっ!」
嬉しそうなユーカリを余所に、イスラの脳裏に響く韻律。色紙を幾枚か抜き出し、何度か並び替え、知らず、零れ落ちるメロディー。
「コアラ、美味い、ユーカリ、そしてつかまる」
「お縄チョーダイっ!?」
「美味しい、の…?」
「食べないよっ!?」
どこまでが確信犯なのか。掴ませない笑みで代金を払い、色紙を手に満足気に去るイスラ。
釈然としないのは一瞬。売れた喜びを胸に、さっそく補充をすべく、筆を滑らせるユーカリであった。
口遊む歌は、上機嫌の証。掌中の珠が傍らに――これ以上の道行きがあろうか。
「これなんかお前に似合うんじゃないか」
立ち止まり掬い上げたのは、一粒の琥珀。陽に煌めくそれは、ジズの白い肌によく映える。
「こんにちは、色々あるんで見てってください」
人懐っこい笑顔を浮かべ、雫石 恭弥(
jb4929)は軽く頭を下げる。年長者への礼儀を忘れない、イマドキ感心な高校生だ。ちょっと老けてるけど。
「イスラが勧めるなら、多分いいもの、だ」
「ありがとうございます!…あ、こういうのあるんですけど」
迷いなく会計をすませるイスラと、ちゃっかりと他を勧める恭弥。ジズに似合うものを勧めるあたりが、さすがの抜け目なさである。そんな二人を余所に。
(貰ったら、『お返し』をしないと、いけない)
「何か探してるの〜?」
ふらりと隣へ現れたジズに向けられたのは、初めてのフリマにわくわくする、ルルウィ・エレドゥ(
jb2638)の柔らかな笑顔。周囲には、見やすく並べられた、手触りの良い綺麗なリボン。
「イスラへ…目玉は、売ってないかな」
「目玉はないかな〜…あの人〜?」
こくんと頷くジズに、う〜んと自らの売り物を眺め回すと、ルルウィは一本のリボンを手に取った。アメジストによく映える、繊細な銀糸のレース編み。
「んと、これとかどうかな〜?」
「綺麗、だ…ありがとう」
微かに浮かぶジズの笑みに、心はほんわか。嬉しくなったルルウィにも、満面の笑顔が咲いた。
「あら、これ可愛いですね」
美味しそうなケーキや料理…の形をした消しゴム達。見た目に楽しいそれを、微笑ましげに手に取るティルダ・王(
jb5394)。
「こういうの好きなの〜♪」
少し恥ずかしいけど、誰かと話すのはとっても楽しい。はにかむ笑顔で会話を楽しむルルウィの横から。
「こっちもどうですか先輩」
楽しげな声に釣られたか、恭弥が顔をのぞかせる。手に持ち広げるのは、男物のシャツやジーンズ。
「兄弟達に良いかもしれません」
「まとめ買いでお安くしときますよ」
どこまでもちゃっかりな恭弥に、軽く目を見張って。ティルダは可笑しげに声をたてて笑う。
「先手を取られましたね」
選び始めるティルダに、ぱちんと指を鳴らして。毎度!と威勢のいい恭弥の声が、青空に吸い込まれていった。
どう改造しようか、古着片手にうきうきと巡るティルダの耳に。
「もう少し下げるわァ…」
いかにも仕方無く、といった黒百合(
ja0422)の声が届く。ほくほく顔で立ち去る客と、掲げられた値札を見比べて――あれは。
「こんにちは、古着を見せて貰えますか」
「勿論よォ」
手に取って矯めつ眇めつ。やけに質の良い品が多いが、それでも、少し高めの価格設定。
「少しまけて下さいません?」
「そうねェ、これでどうかしらァ…?」
試しに交渉を持ちかけてみるティルダに、悩み顔で黒百合が提示した金額は、なるほど納得のお値段。先程の客もここで満足したのだろう、けれど。
「…これが狙い、ですね?」
「…あはァ、何の事かしらァ」
にっこり笑顔の応酬は止め処なく。はたして勝利はどちらの手に。
古びた雑居ビルを思い浮かべる。壁の質感、差し込む陽の色、漂う雰囲気を全て包んで。
「…似合いそうだねぇ」
売り子をしながら、隣の黒百合のシート、そこに置かれた壁掛け時計を見やる雨宮 歩(
ja3810)。色といい質感といい、探偵事務所に丁度いい。
「とっておきましょうかァ…?」
視線を感じたか、安くするわよォ、と振り返り微笑む少女に暫し思案して。
「どう思う、姉さん」
「歩ちゃん、気に入ったんでしょ」
雨宮 祈羅(
ja7600)に求めた意見は、笑いながら返された。
「お見通しみたいねェ…代わりに、それ貰っても良いかしらァ?」
クスりと笑って、黒百合が指差す先は祈羅の元。並べられたアクセサリーのひとつ、藤色の髪飾り。しゃらりと垂れ下がる飾りが、濡羽の髪によく映える。
「う、うちの手作りだけど…」
「構わないわァ…素敵じゃない」
早速付け替える黒百合の姿に、祈羅にこみ上げるのは、照れ混じりの笑顔。
「見せて頂いて、よろしいですか?」
「あ…どうぞっ」
楽しげな輪に声をかけて。焦りながら振り向く祈羅に、御堂・玲獅(
ja0388)はくすりと微笑む。
「お友達に、プレゼントを探しているんです」
いつか会えた時に渡せるものを、と友を想いながら。ひとつひとつ手に取っては、祈羅の丁寧な説明を受ける。ついでに、手作り談議にも花が咲いたりして。
「ついでに、中身もどうだい?」
可愛い、とブックカバーを取り上げた玲獅に、横からひょいと歩が顔を出す。示したのは、雑多に並べられた海外の書籍。玲獅の手にするブックカバーに、丁度ぴったりのサイズ。
「歩ちゃんったら」
もう、と腰に手を当てる祈羅の様子に、ふふ、と玲獅は目を細めて。
「では猫が題材の物を…お友達が大好きなんです」
「ちょっと待ってねぇ」
がさごそと探す歩の背を眺めながら、玲獅は脳裏に友の顔を思い浮かべる。ブックカバーに猫の刺繍をして、本とお揃いでプレゼントしたら、喜んで貰えるだろうか。
●後半
山と積まれた古本の前にて。
「武術系は無さそうですね」
メレクは古典総論と書かれた参考書をそっと戻し、首を捻る。と、ダンベル等、筋トレグッズが目に入る。
「体力づくりに良いでしょうか…?」
「筋肉をつけたいのか?ならお勧めしないな」
独りごち、一通り使い心地を試すメレクに、悠市は読んでいた本を閉じ溜息一つ。
「むしろ体重が減ったぞ…」
「それはおかしいですね…」
深刻な顔で告げる悠市に、真剣な面持ちで返すメレク。ツッコミ不在の恐怖ですねわかります。
「一つ頂けますか」
暫く試してみます、と生真面目におつりなく支払うメレク。こりゃダメだとでも言いたげに、傍らの召喚獣は達観した眼差しで遠くを眺めていた。
「マスター!」
抱えたダンベルの重さもなんのその。敬愛する玲獅の姿に、メレクは一目散に駆け寄る。
「楽しんでいるようですね」
よかった、と柔らかく微笑む玲獅の周りには、多数のレシピと調理器具が。
「戦場での危急に役立つよう、考えてみました」
大人数が有り合わせの道具や食材を利用して食べられるよう。写真や図柄付きのそれは、自作とは思えない出来栄えで。ぱらぱらと捲るメレクの口から、感嘆の吐息が漏れる。
「とても詳細に書かれていますね…」
「ふふ、僅かばかりの経験を纏めてみました」
読み耽る姿に、邪魔しないようそっと引き。調理器具を整頓する玲獅の目の前に、小柄な影がひとつ。視線を上げた先には、刃物類を見るRehniの真剣な表情が。
「にゅ、これ便利そうなのですよ」
選んだ一振りの刃物を矯めつ眇めつ、何故か素振りまでして。手に馴染む握り心地に、Rehniは顔を綻ばせる。
「色々改良を加えてあります、詳しくはこちらに」
様々な用途から、手入れの方法まで。お買い上げ時には説明書付きの親切設計。
「もしかして、自作なのです?」
「ええ、大した物ではありませんけれど」
控えめに微笑む玲獅に、日本人離れした容姿とは裏腹の大和撫子を垣間見て。こんな大人の女性になりたいと、Rehniはそっと思う。将来、大切な人の傍らで支えとなれるように。
硝子が光を弾く。煌めくそれに目移りしながら、伸ばした手と手が重なった。
「申し訳ないでござる」
「ごめんなさいなのです」
同時に溢れる謝罪に、鏡花とRehniは顔を見合わせて。吹き出したのも、ほぼ同時。
「迷っちゃいますよね」
「どれも綺麗でござるからなあ」
手に取っては光にかざして、あれがこれがと笑い合う。硝子の透明な輝きは、心を捕えて離さない。
「目玉も、売れる?」
そんな二人の様子を見て、ジズは思い立つ。集めている義眼は、とても綺麗だ。
それなら出せる、と首を傾げるジズに苦笑して。
「大切にしまっておきなよ」
ぽふり、頭を撫でると、イスラは客の二人に向き合う。
「どうせなら、互いに選び合うというのはどうかな?」
折角の出会いだしね、との提案に眼を輝かせて。選ぶ二人の表情は、先程よりも真剣そのもの。
「橙の眼の色で選んでみたですよ〜」
「拙者は菫色で…可憐な印象ござる」
互いに買って交換しあう、こんな一期一会も悪くない。
辿々しく会計をするジズを、優しく見守るイスラの傍に屈みこむ影。
「あらァ…良い品ねェ?」
呟く黒百合の手には、アンティーク調の小物入れ。ひっくり返し見定める眼は、まさに目利きのそれで。
やがて気に入ったのだろう、黒百合は、ふ、と笑うと。
「幾らにして貰えるのかしらァ…?」
「幾らにしようか?」
掴ませない笑みが、イスラの顔にも浮かぶ。熾烈な駆け引きは、そうは見せない穏やかさで進んで。
(あれが、値切り…?)
根は何処、とジズはぼんやり首を傾げた。
(今日こそ…硬派な感じの何かを)
涙を飲んで売り払った物達を思い浮かべ、決意も新たに歩くほむら。だが、並べられる男物はどうもしっくりこないまま通り過ぎること数回。
「ああっ…このデザイン可愛い」
思わず立ち止まったのは、女性服が並べられたティルダの前。
「ふふ、自作なんです」
「そんな…この刺繍とかすごく繊細で」
信じられないと慄くほむらは、何処かスイッチが入ってしまったようで。手にどんどん購入品が増えていく。
(男の子だと思うんだけど…目が曇ったかしら)
笑顔のポーカーフェイスを崩さないまま、衝動買いをするほむらを見守っていると。
「久遠ヶ原のファッションリーダー、登場っ!」
キメポーズと共に現れるユーカリ。その手には、何事か書かれた色紙が抱えきれないほど。
「お近付きのシルシだよっ!…あ、これ可愛いねっ!」
代金と色紙を、有無をいわさず手渡すと。レース編みをベルトのワンポイントに下げて、ユーカリは走り去っていく。
「個性的な人が多いんですね…」
書かれた文言を指でなぞって、ティルダは苦笑しつつも大事に色紙をしまった。
(次こそ…カッコイイ感じの何かを)
両手に下げた女性服は見ないことにして、決意も新たに歩くほむら。だが以下略。
「ああっ…このブローチ可愛い」
思わず立ち止まったのは、キラカワデコグッズが並べられたベティーラの前。
「色、微妙に変えてグラデなんだよー☆」
「石も良い物ですね…」
可愛い物に目が無いようで、またしてもスイッチの入ったほむら。カッコイイ硬派は、本日ちょっと行方不明なようです。
その真剣な姿を笑顔で見守りつつ、ベティーラは隣に囁く。
「ま、あたしが勝つのは目に見えてるよねー?」
「わ、わからないだろう」
と口では言いつつ、客層が違うしな、と内心は諦め気味のキャロライン。そこへ。
「久遠ヶ原のアイドル、ユーカリちゃんだよっ!」
キメポーズと共に以下略。
「お近付きのシルシだよっ!…あ、これカッコイイねっ!」
代金と色紙を、有無をいわさず手渡すと。龍のシルバーブレスレットを腕に通して、ユーカリは走り去っていった。
「…礼を言う暇もないな」
苦笑しつつ見送るキャロラインの背に、くつと笑う低い声。
「賑やかなことだ」
はっと振り返った先には、髑髏マークの瓶をしげしげと眺めるミハイルの姿が。
「ふむ、面白い…これを貰えるか」
「あははツン子、口全開だしぃー」
あっけにとられるキャロラインの肘を、ベティーラが笑ってつんつんつつく。
「っ!…購入、感謝する」
はっと口を閉じ、照れくさそうに笑って今度こそ礼を言う。片手を上げ立ち去るミハイルを、「勝負はこれからなんだからぁ!」というベティーラの台詞が、風に乗って追いかけていった。
「ああっ虫が(´ω`;)」
スマホを片手に店番のルーガさん。今のハマりは農園系ソシャゲのようです。華麗に光速な手付きで綺麗に退治し終えた所へ、タイミングよくお客さんが。
「これおもしろいな〜♪」
「人気者になれるかもしれんぞー( ´∀`)」
スライムやらスプリングやら。どきどきしながらつつくルルウィに、一緒に遊びながら説明するルーガ。
(今なら行けるか…?)
熱中する様を充分に観察して。恭弥はじりじりと動いていく。狙いは――
「いらっしゃいませ?」
チラチラと隣を気にする様子の恭弥に、チャイムはふんわり首を傾げる。
「あ、いやすまない…可愛いな」
目の前の少女――のさらに手元のビーズマスコットに、恭弥はそわそわとした面持ちでそっと手を伸ばし。
「雫石さん〜?」
「ちち違うっ!」
脊髄反射で両手を万歳。いつの間にか、横にはルルウィ。
「これはその…そう、ルルウィにプレゼントしようと!」
「わぁい〜♪」
しどろもどろの言い訳に、ぱっと顔を綻ばせるルルウィ。
「どれがいいかな〜?」
「これ似合いそうかな、ちょっといびつかもだけど…」
ほむらに選んでもらった時の事を思い出しながら、一生懸命選ぶチャイム。そんなやりとりをと面白そうに覗きこみ、ルーガさんは笑顔で一言。
「悪いな少年d(´∀`*)」
「何でだよ!?」
「これやるからさー(´艸`*)」
「いらねえし!?」
スライム差し出し何故か便乗するルーガさんに、全力でツッコむ恭弥。
「可愛がってもらってね?」
よくわからなくなってきた状況の中、マイペースに作品に別れを告げるチャイム。ツッコミが追い付かない恐怖ですねわかります。
結局、ルルウィにビーズアクセ、ルーガにマスコットをお買い上げしつつ。こっそり自分用もポケットに忍ばせたのは、流石のちゃっかりさんでした。
今日は人が多いから。差し出した祈羅の手は、悪戯な笑みと共に攫われる。
「喜んでエスコートしましょう、お姫様」
「あ、あくまで逸れないように、だよ?」
赤く色付いた頬では、説得力はほとんど無く。祈羅は誤魔化すように、見付けた知り合いの元へ――繋いだ手は、離さないまま。
「千尋ちゃんやっほ〜!」
「あ!来てくれたんだね!!」
広げられているのは色とりどりの糸やビーズ。諏訪と共同の手作りアクセは、アレンジもお任せもお気に召すまま。
「お揃いでどうですかー?」
「面白いねぇ…二人分、お任せで」
少々お待ちくださいですよー?と作業に入る諏訪と千尋。わくわくと覗きこむ祈羅に、作り方をレクチャーしたりして。
「早いもんだねぇ」
歩の感嘆ももっともなこと。慣れた手付きは、さほど時間を掛けずに作業を終了させる。
「こんな感じでどうかなー??」
千尋が差し出したのは、赤と黒を基調としたミサンガに、ビーズの黒猫マスコット付き。揃いである事を示すように、組紐はあえて対称的に。
「わ、可愛い…ありがとう!」
早速付けようとする祈羅の手をひょいと掬って。
「解けないように、だねぇ」
結び目に、口付けを一つ。目線だけを上げ、歩はニッと笑った。
そんな様子をどぎまぎ見詰めつつ、さんぽは思い切って声をかける。
「素敵なアクセサリーだね」
「さんぽちゃん、いらっしゃい!!」
千尋の笑顔にほっとして、きょろきょろと品物を見回すと。
「ニンジャとか日本ぽい物は無いかな?」
「歴史小説ならありますねー?」
諏訪が取り出したのは、有名な忍者一族の物語。それ知ってるよ、のさんぽの一言から、小説談議に花が咲いて。
「じゃあこれ貰っていくね、楽しかったよ」
笑顔で去っていくさんぽに手を振り。ちょうどお客は途切れたようで、さて、と諏訪は千尋を振り返る。
「折角ですしプレゼントどうぞ、ですよー?」
赤と白のストライプが斜めに走り、蜻蛉玉の緑がアクセントを添える。恋人から差し出されたミサンガに、千尋はえへーと笑って。
「お揃いだねー!!今日はありがとうね!!」
差し出された手にそのまま、緑と青の市松模様を巻いた。橙の蜻蛉玉が、まるで二人を照らす夕日のよう。
「…ここだけ夏だねぃ」
「つっ、九十九くん!?」
通りすがりに冷やかす九十九に、慌てる千尋の手をそっと掬って。
「千尋ちゃんが可愛いですからねー?」
理由になってるようなわからないような。結んだミサンガの蜻蛉玉が、握った手の間でこつりと触れ合った。
「熱いねぇ…」
あてられた空気に、手をぱたぱたと扇ぎながら歩く。傍らのライムに同意を求めるも、三毛猫は我関せずと一鳴き。
「……冷たい飲み物、いかがですかぁ……」
ちょっとした休憩スペースの横から、ひんやりとした空気とともに、恋音の控えめな声が届く。丁度いいと視線を向けた先には、俯きがちな少女とドラゴンゾンビ。
「…はぁ!?」
「ボク知ってるよ!ヨウカイヘンゲだよね?」
思わず立ち止まった九十九を追い越し、眼を輝かせ駆け寄るさんぽ。黄昏時の陰影が、良い感じにおどろおどろしい。
「お目が高い!目玉商品ですよ」
売り子の雅人が、嬉しそうにゴンッとゾンビを叩く。音からして、鉄製だろうか。購入しようか悩んだ顔を見せるさんぽだが、流石に重すぎる。
「残念だけど…他に掘り出し物あるかな、ってあわわ」
見回した先、クズ鉄作品達の横には、何故か女性物の下着がずらり。
「ボ、ボク女の子じゃないよ!」
「違いますこれは貰い物で!」
わたわたと慌てる二人がすっ転び、派手に下着とクズ鉄をぶちまける。夕暮れ時、桜吹雪の中の下着乱舞。女子の視線が心なしか痛いような、主に雅人に向けて。
「…うちは何も見なかったのさぁね」
何とも言い難い情景を余所に、達観した瞳で烏龍茶を購入する九十九。代金を受け取る恋音の手元には、レポートらしきものが。
「……え、えとぉ……気になったところを、纏めてるんですぅ……」
びっしりと文字の並ぶ用紙には、運営上の指摘がずらりと。整然と纏められた見やすいそれに、へぇ、と感嘆の声を上げ。九十九は邪魔をしないよう休憩スペースへと。そこには先客の姿が。
「二胡とパオ、か…同郷だろう?」
声音に、微かな親しみを乗せて。片手の茉莉花茶を軽く掲げ、笑みを含んだ視線を向けるミハイル。
「概ねあってますねぃ…」
身に流れる血を思い、苦笑しつつ向かいに座る九十九。
それでも心はもう、中華人だから。二胡を爪弾きながら、二人、懐かしき地の話に花が咲いた。
一期一会の結び目は、未来へ繋がる縁の糸。枝分かれして広がって、時を経る毎に太く強く。
地球はそう、縁の糸玉――