●夢の始まり
陽が顔を出す直前、まだ肌寒い部屋の中。
「日の出前に起きるのは法律違反なのだよキミ」
むくりと起き、真顔でキメるもっこもこの羊。滑舌よく寝ボケてますねわかります。
柔らか毛皮はウール100%の肌触りで、シルバー・ジョーンスタイン(
ja0102)を再びベッドに沈めた。
日の昇った暖かいある朝、寝床の中で。
「…………夢でありやがるです」
エドヴァルド・王(
jb4655)は布団を引っ被り、二度寝という名の現実逃避を決め込んだ。
●立ちはだかる強敵の名は
柔らかい日差しが、恋人達に優しく覚醒を促す。もぞりと毛布から顔を出し、いつもの日課、おはようのキスを――
「おぉー、きいろなのです♪」
驚く、というよりは楽しそうに布団の上を飛び跳ねる駿河紗雪(
ja7147)。
黄色いセキセイインコの小さな体躯は、ペットと同じ。…ということは、語尾は『いんこー』ですね!と独自ルールも開発しつつ。
「見て見て焔さ…ほむにゃんこ!?」
振り返った傍らの恋人、天ヶ瀬 焔(
ja0449)の姿に驚く。
「…え?…にゃんこ?」
紗雪の動揺にはお構いなし、二度寝を決め込もうとしたところへの嘴アタックに、しぶしぶ鏡を覗きこんで。
「そんにゃはず――猫だこれぇ!?」
思わず鏡に猫パンチ。落ち着くまで連打、鏡に写る紗雪がおいしs…一心不乱に写る己を連打。
「よし、とりあえず外へ行こう」
何処か草臥れた風情でドアへ向かう焔。本能には打ち勝てたようです、だがしかし。
「ドアノブ高ーッ!?」
付け焼刃の猫ジャンプでは届くはずもなく、だがしかし。
「人は学習する生物…ほら届いた…って肉球すべるーッ!?」
※今は猫です。
考えれば何とかなるはずだ、長考するほむにゃんこをそっと見つめる視線。
(ああ、どうして私は今、インコなのか…撫でくりまわしたいでいんこ)
湧き上がるMOEという名の衝動を持て余す紗雪。でもダメ、動いたらこの至福は終わってしまう…!
悶えている内に長考が終わったらしい、焔の視線が窓に向く。
(んぅー…そういうことでいんこ!)
動き出す背中にピンと閃き、紗雪は笑顔でアウルを高める。具現化せしは輝くナイフ、ではなく。
「大いなる翼!」
沸き起こる突風!指向性を持ったそれと共に、幾つもの黄色い羽が、鋭く窓に突き刺さった!
「窓ーーッ!?」
湧き上がる衝撃!抑えきれないツッコミと共に、焔の驚愕の視線も、鋭く窓に突き刺さった!
ご臨終した窓から外に出て。紗雪を背に乗せ道を往く。
「ほーむにゃん♪にゃんにゃん♪」
背中から流れる御機嫌な歌声に、まぁいいか、と焔は苦笑した。
ごくり、と喉を鳴らし、ドアノブを見つめる子犬が一匹。
「…ドアが遠い」
いつもと違う己の姿を、良くある、の達観した一言で受け入れた度量の広い男、麻生 遊夜(
ja1838)である。
そんなことより大事なこと、彼女と会う約束、という重要なミッションを遂行すべく。何度も何度も懸命にドアに飛びかかっていく姿は、まさにドキュメンタリー。
そこへヴヴヴ、と遠くで何かが振動する。発達した猟犬の聴覚は、連動したリズムからその正体を悟った。
「マズい…!」
慌てて掘り起こしたスマホに光る、『着信アリ』の無情な表示。ついでに時間を見る。――非常に、マズい。
「あぁ、スマホが使えん」
※肉球は未対応です。
諦めきれずに暫く肉球てしてしして。つやつやに磨かれたスマホを、そっと優しく机に乗せると。
「HAHAHA……開けろォーー!」
全ては彼女の為だけに。遊夜とドアノブの戦いは、ドキュメンタリーから熱いスポ根ドラマへと――
――カタン
吹き抜ける風。響く音。
ドアの下の方を見る。揺れる、一枚の板。
「…さぁ行こうか」
いっそ爽やかな笑顔で、遊夜は飛び出した。愛する恋人の元へと――愛犬用の、出入り口から。
●一方その頃シルバーは
ごろごろ、むくり。
「つまりアニマルフリーになるべきなのだよ」
…ぱたん。
――まだ寝ボケていたッ!
●変わらない関係
風見鶏の守る、古い洋館の上と下。
「…なんで俺、肉球があるんだ?」
朝日に少しだけ近い部屋から、このジルエットの寮長である、桐生 直哉(
ja3043)の戸惑いの声が聞こえる。鏡にはちょっと鋭い目付きを心許な気に下げる、銀狼の姿が。溢れる溜息に、垂れた耳も揺れる、が。
「お腹すいたな」
大きく主張する腹の音に、耳をピンと立てると。軽やかに廊下へと飛び出した。
草花に少しだけ近い部屋から、ぴょんぴょんと可愛らしい振動が響く。なんだか大きくなった部屋の中、必死に登った鏡台の向こうには、大きなお耳の兎が一匹。緑の眼をまんまるくして、鏡を眺める澤口 凪(
ja3398)は、暫くしてから一つ頷いた。
「まあ久遠ヶ原だし?」
本日は、達観した台詞が溢れる日のようです。
そんなことより鏡台の高さの方が、凪には重要事項で。わたわたしながら、ダンジョンのような部屋を抜けだした。
ゆらゆら歩く銀狼と、とことこ歩く黒兎と。気付いたのは、直哉が先で。
(あれ、もしかして凪…?)
声をかけようと、片手(前脚?)を挙げたのが――タイミング的に、非常に不味かった。
きゅるるる……
廊下に高く鳴り響く、腹の虫。当然、目の前の兎にも聞こえたようで、小さな頭が、そーっと上がる。
ヤバい、と固まる銀狼…そして、視線が絡まった。
「お、狼ー!?」
捕食体勢(※誤解です)の狼に、食べられちゃう!と怯えた兎は。くるりと回れ右、一目散に跳び逃げる。
「あ…」
仕方の無い事だけど、逃げていく背中が、離れていく存在が寂しくて。気付いたら、追いかけてた。
リーチの差は、いとも簡単に距離を繋いで。かぷり、首根っこを甘噛み。――捕まえた。
そのままそーっと、壊れ物を扱うように天鵞絨の感触を楽しむ。もふもふ。柔らかい、暖かい――愛おしい。
肉球に込めた想いは、過たず伝わったようで。
「…もしかして直哉さん?」
怯えて縮こまっていた兎が、おそるおそると顔を向ける。目を合わせてくれた、それがとても嬉しくて。
怖がらせてごめん、と。ぺろり、頬を一舐めした。
見上げた青い瞳が、嬉しそうに瞬いている。きゅ?と首を傾げた後、何だかこっちまでほんわか気分に。
小さな腕を一杯に伸ばすと、足りない距離は、頭が降りてきてくれる。もふもふ。大きい、安心する。
「気持ちいいですね…」
あっちをぺたぺた、こっちをなでなで。自分の何倍もある大きな身体に、全身で懐く。
こういうのもたまには悪くない――もふっこは、いつまでも。
所変わって、かたばみ荘。街から離れた山間部にある、小さなアパート。
丸く寄り添い眠る、焦げ茶色とオレンジ色のトラ猫。差し込む朝日にもぞり、と起きたオレンジが、寝ぼけ眼で焦げ茶を起こす。てしてし。肉球ぱんち。
ゆっくりと開く紫の眼が、眼前のオレンジの猫を見て、ぱちりと瞬く。
「…夕乃?」
「うん」
猫は最高にゃんにゃんにゃーん、と尻尾を振る夏木 夕乃(
ja9092)を見やりながら。まぁ好きな猫になれたからいいか、と日下部千夜(
ja7997)は起き上がった。
普段から動物の多いかたばみ荘には、本能を揺さぶる玩具の数々。
「興味は、ないんだが…」
ころんとボールに懐きながら、千夜が首を傾げる横で。
「ボールーー!」
猫ぱんちしては全力で追い掛ける夕乃。くるくる変わる表情は忙しなくも楽しそうで。
「にゃにゃーん」
飛んだボールを追いかけて、二階からダイブも何のその。山を下って、あっという間に姿が見えなくなる。
「ちょっと待て!?」
目を離すと何をするかわからない。――誰に、興味を持たれるかも。千夜は慌てて飛び出した。
「犬に捜索願出すか…」
ということで。通りすがりに声をかけてみる。
「ワフワフ…(犬も大変ね…)」
頭ふりふり、バーニーズマウンテンドッグの並木坂・マオ(
ja0317)。
「約束の場所までなら構わんぜよ」
いそいそと、シェットランドシープドッグの遊夜。
「お手伝いするんだワン!」
フレンドリーに、ゴールデンレトリバーの樹月 夜(
jb4609)。
だが何処を探しても見つからない。
礼を言って別れ、ふらふらと彷徨ううち。陽気に誘われ、屋根の上でうとうと日向ぼっこする千夜。
暖かい、でも欲しいのはその温もりではなく――
――かぷり
ビクッと。耳を甘噛みされる感触に、身体は飛び跳ねる。こんなことをするのは。
「…夕乃?」
「にゃん」
夕乃の柔らかな瞳が、嬉しそうに見つめてくる。いつもと同じ、温かさで。
「千夜さん、暖かい」
そう笑って擦り寄るこの温もりを、探していたのだと。言葉には出さずに、尻尾を絡める。
もう何処にも行くな、傍にいて、と。再び、眠りに落ちても離れない尻尾は、祈りにも似て。
●一方その頃シルバーは
ごろごろ、むくり。
「何?リア充爆発しろと言えだと?」
…ぱたん。
――変な電波を受け取っていたッ!
●山と海と
窓ガラスに写った己を見る。昨日磨いたばかりの窓は、鏡と変わらない明度で姿を示して。
「鷹…だな」
鋭く煌めく銀の瞳が美しい、空の猛禽がこちらを見返している。水簾(
jb3042)はしばしの黙考の後、こうしてても埒が明かない、と。勢い良く嘴を叩きつけた。
風切羽が、向かい風を裂いていく。速く飛ぶことに特化した身体は、知らず、気分を高揚させる。
「気持ちの良いものだな」
目を細めて周囲を見渡し――ふと、烏が何かを追うのに気を留めた。
「何で追いかけてくるの…!助けて誰か…おねーちゃああん!!」
小さな燕の嘴から響く泣き叫び。見慣れた青色の毛羽も相まって…あれは、水晶(
jb3248)?飛び方など知らない、本能の囁くまま、水簾は一筋の矢と化した。
「久し振りのお外で、ワクワク気分だったのにー!」
「ふふ、そう拗ねるな…おかげで会えただろう?」
あっさりと烏を追い払い、出会った兄弟はのんびりと空を往く。いつのまにか眼下に広がるのは、緑深き山々。どこか、懐かしさを感じるような。
「ちょっと降りてみるか?」
否やがあろうはずもなく。二羽揃って急降下、日当たりの良い枝の上に並んでとまる。さわさわと梢を渡っていく風が、春の陽気を運んできて。気持ち良さげな水晶を横目に、ふと溢れ落ちる言葉。
「水晶は母上によく似ている」
目と髪は父上譲りだがな、と。何の気なしの水簾の呟きから、掘り起こされていく想い出。
「熊と相撲、もあったな」
「僕が勝ったんだよね!」
四股を踏もうとして、枝から落ちそうになる水晶。
「気をつけてくれ、この身では手も述べられない」
「平気だよ、ここなら薬草もいっぱいあるし」
なんとか踏み止まり笑顔を見せる水晶に、悪戯な笑みを返す。
「生死の淵を彷徨ったのは、誰だったかな」
「あ、あれはちょっと間違えて…!」
兄弟達のじゃれ合いは、飽くことなく日が傾くまで。過去を語れば、自ずと流れは未来の展望へと。
「私はな、薬剤師になりたいんだ。――ああもちろん、撃退士も続けるぞ」
植物研究も続けていきたいし、それから…と。どこか楽しそうに指折り数える水簾の後ろを飛びながら、水晶は心の内に思う。
(いつか世界から争いごとが全部無くなって、天使も悪魔も人間も仲良くなって)
無謀だと知っている、でも可能性は0じゃないから。諦めずに努力して、それで。
(おねーちゃんたちが危険にさらされることの無い世界にしたい)
だからそのために、今はただ。
「――水晶は?」
振り返り、問いかける最愛の姉に向かって。
「強くなって、おねーちゃんを守りたいな!」
純粋無垢な、笑顔が咲いた。
大海原に水飛沫が舞う。力強く波を掻き分けるのは、ザトウクジラの尾ビレ。
(起きていきなり海の中て、めっさびびるやんけ…)
目覚めた時の衝撃を思い出しながらも、生態系の心配をする勢いでオキアミを飲み込む亀山 淳紅(
ja2261)。種の中では小柄といえど、最大の哺乳類の名は伊達ではない。
(ていうか自分カメやないんや、ややこしな)
ホンマやで、とツッコむ存在も見当たらない程度の沖合であっちこっち。時折ぷかりと浮きながら、潮を吹く。と。
「ひゃああ!?」
(なんや!?)
背中に何かが落ちる感触、だが勿論、見ることは叶わない。何かが背を跳ねてるような…?
「びっくりしたー!」
翼を小刻みに震わせながら、フィン・ファルスト(
jb2205)は不時着した島を跳ね歩く。
起きたら燕だった朝、最初こそ軽く混乱したけれど、これ幸いと空の散歩に。いつも羨ましく思っていた 天使や悪魔の人たちのように、風に乗って何処までも、と。気分よく飛んでいたらこれである。
「島がなかったら危なかったな…ってそもそも、この島のせいなんだけど」
いきなり視界を染めた白い水蒸気、一体何なのだろう、と吹き出た辺りに近付いて――
「えええええーー!?」
まさかのクリティカルヒット!フィンは星になった!
とは言い過ぎなまでも。高く吹き上げられた小さな身体は、折良く吹いた強い風に乗って、陸の方へと運ばれていった。
(あああ堪忍な…!)
すでに点になった姿に謝り、慌てて深海へ潜っていく淳紅。途中、きゅう、と一声歌う。
(ザトウクジラは歌うクジラてことで有名なんよねー)
弦を擦り合わせたかのような音。
(人間のときよりも、ずっと遠くまで声が響く)
細かな音の波は大きくうねる水の波に乗り、瞬く間に遠くへと拡散していく。他と様々混じり合う歌声は、ハーモニーとして己を包み込む。
(深い海は怖かったけど、案外優しい世界やなぁ…)
母なる海に抱かれながら、淳紅は声高らかに歌声を響かせる。
氷山の頂点で、日差しが乱反射する。遥か麓でその輝きに照らされながら、ごろりと寛ぐシロクマ。毛色は紫だけどおそらくシロクマ。
「たまにはこんなのも良いクマ〜」
うっとりと眼を閉じ、氷の上に寝そべる鳳 静矢(
ja3856)の背に乗っかるのは、コロンと丸いペンギンの鳳 蒼姫(
ja3762)。
「静矢さんも綺麗綺麗にペン」
黄色いクチバシで優しくグルーミング、時折止まって自分もぐわしぐわしとグルーミング。
「うむ、綺麗になったクマ」
御礼に撫でられ、嬉しそうに飛び付く蒼姫。そのまま抱え上げてどぼん、海の中へとダイビング。
きらきら光る魚を追い掛け、ゆらゆら揺れる海藻に戯れ。楽しそうに泳ぐ蒼姫を、微笑ましい顔で見つめる静矢。
「スイスイなのペン」
並んで泳いでみたり、競争してみたり。目的のない散策は、大事な人とならつまりデートで。
「疲れたなら背中に乗るが良いクマ〜」
はしゃぎ過ぎて疲れたか、急に止まった恋人に、そっと近付くと。
「静矢さん、綺麗な歌声が聞こえるのペン」
「ふむ、ザトウクジラかクマ」
遠く、深い海の底から響く、得も言われぬ旋律。
ぷかりと聴き入る蒼姫をそっと背に乗せ、そういえば、と静矢は独りごちる。
「歌が上手い個体は、モテるそうだクマ」
深海の底にて。
(自分、結構モテるほうやな!)
得意気にヒレを閃かせる淳紅の耳に届く、聞こえるはずの無い音。ゆっくりと包丁を研ぐような――?
(なんや謝った方がええ気がするで…)
静矢がせっせと組み立てた、カラフルなパラソルとビーチチェア。優雅に寝そべり、仲良くかき氷を食べる。気分は南国バカンス。※氷山です。
「シャリシャリなのペン、やっぱりブルーハワイなのペン」
「私は宇治金時が好きだクマ〜」
黄色いクチバシを青く染め、蒼姫は美味しそうに氷を頬張る。時折あーんと差し出し、食べさせ合いっこ。大きく開いた静矢の口は、宇治金時の抹茶色。互いに指差し笑い合う。
「今度はイチゴがいいのペン」
「よしよし、待ってるクマ」
氷が無くなれば、静矢のクマぱんちが炸裂。産地直送、おかわりはいくらでも。とはいえ。
「頭にツーンと来たペン」
ごろんごろんごろん、頭を抱え鞠のように転がるペンギン。一気に掻き込めば、当然そうなるわけで。
「静矢さーん助けてなのペン」
転がりながらボスン、助けを求めた頼もしい最愛の人は、しかし。
「頭がキーンと…クマァ〜…」
すでにノックアウト済みのようで。大の字に潰れてごろんごろん。仕方ないので横でごろんごろん。
そうして。いつのまにか二人、お昼寝コースなのでした。
●一方その頃シルバーは
ごろごろ、むくり。
「肉体労働はお断りなのだよ」
…ぱたん。
――引きこもりを謳歌していたッ!
●世界は多様
若干くたびれた様子の燕が一羽、ふらふらと空を飛ぶ。
「もー何だったのよ」
遥か沖合から飛ばされたその勢いで、フィンはなんとか風に乗っている、が。燕になっても心は人間。飛ぶことに慣れない身体は、容易くコントロールを失いがちで。
「あぶないっ!」
響いた声は、誰のもの。脳が認識した時にはもう、手遅れ。
「ごめんなさいっ!…ってんんっ?」
反射で謝ってから、ぶつかった相手をまじまじと見る。そこにいたのは…?
時間は少し巻き戻って。朝日の差し込むとある部屋、鏡の前で狼狽えるシャリア(
jb1744)。
「ど、どうなってるのです…!?」
光に煌めく藍色の鱗が眩しいその姿は、どう見ても…龍?いったいどういうことだろう、と。
思わず飛び出した玄関先、突き刺さる周囲の視線に、ビクッと身体を震わせる。
「ち、違うのです、天魔ではないのです…!」
明らかな異形から、流麗に流れるヒトの言葉。周囲のざわめきが、いっそう激しくなる。
「何もしないのです、ごめんなさい…っ!」
耐え切れなくなった心は、安寧を求めて逃げ出した。
「これからどうすれば…にいさま…」
ぴょん、と。軽やかに窓から飛び降りる、アメリカンショートヘアの子猫。灰色の縞々の中心に光る、無気力そうな赤い瞳が瞬いて。
「…俺、変身能力とかあったっけ?」
抜け出した寮の窓を見上げ、七ツ狩 ヨル(
jb2630)は首を傾げる。
「このままは、微妙に困るな…」
何かと不便だ、武器は持てないし、空も飛べない。炬燵で寝るには良さそうだが。
兎も角、こうしていても埒が明かない、と。友人宅へ相談に向かうヨル。だが道中は、誘惑が一杯で。
いつもより高く感じる空に、木に登ってみれば、どこかから鳥の囀り。悪戯っぽく片目を瞑るアメジスト色のあの鳥は、なんていう名前なのだろう。
「こんにちはだワン」
掛けられた声に視線を向ければ、ふさふさしたゴールデンレトリバーが、笑顔で尻尾を振っている。飛び付きたい衝動をすんでで堪えたのは、内緒。
「夜というワン」
「へえ、同じ名前だ」
宜しくだワン、と嬉しそうに去っていく夜を見送り、ヨルは木を降り狭い垣根を潜る。そのまま、人は絶対に通れない場所を幾つか潜り抜け。
「…何やってんの?」
涙目でおろおろする龍に、思わずよじ登ろうとする手前で踏み止まる。猫の本能、恐るべし。
「ね、猫さんが喋って…?」
突然現れた喋る猫に、眼を丸くして。気を抜けば踏み潰してしまいそうな相手の目線まで、シャリアは頭を下げる。
「…私と一緒、なのです…?」
「じゃないかな?」
目の前に降りてきた鼻先に、思わず猫ぱんち。誤魔化すように簡潔に告げて、ヨルは首を傾げる。本能コワイ。
その擽るような感触に、何だか肩の力が抜けて。シャリアは微笑って、地に伏せる。
「えと、乗りますか…?」
軽やかに身を登っていく感触が、きっと答え。何だかちょっと、不思議な感じ。
一緒に行こう、と誘うヨルに二つ返事で頷き、シャイアは地を蹴る。
「町の人、驚かせちゃわないでしょか…?」
「大丈夫だって」
赤い瞳に背を押され、おずおずと、しかし力強く空を駆ける。この風を掴む感覚、何処か懐かしいような――
「あぶない!」
響いた声は、誰のもの。脳裏に閃きかけた、遠く懐かしい世界に気を取られた隙に、脇腹に軽い衝撃。
「ご、ごめんなさい…!」
謝る相手に、慌てて謝り返して。まじまじと向けられる視線にたじろぐ。
「…ねえねえあなた、ちょっと一緒にお空の散策してみない?」
何処か琴線に触れたのだろう、笑顔で誘いかけるフィンに、さらに戸惑っていると。
「一緒に行こう」
眠たげな赤い瞳が、背から顔を出し燕を見つめる。
「ありがと、あたしフィン!」
嬉しげに笑い返し、龍の顔周りを、ぐるぐると飛び回るフィン。シャリアの戸惑い顔も、いつしか笑顔になって。
燕と戯れる龍の背で、子猫がお昼寝してしまったのはまた、別の話。
●一方その頃シルバーは
ごろごろ、むくり。
「龍なら酔わないのだろうかね…」
…ぱたん。
――何だか青い顔でうなされていたッ!
●家の中には誘惑が
「悪夢から目覚めた私は、一匹の大きな猫になっている自分を発見したのですにゃ」
鏡に写る己に向かい、厳かに告げる村上 友里恵(
ja7260)。背筋を伸ばしきちんとお座りした姿はまさに、朝の勤めに励む巫女のような清廉さ。※今は猫です。
閑話休題。
するり、と部屋を抜けだした友里恵。脳内にはリビングまでの最短経路。慣れた道だ行けるはず、目指すはそう、昨晩から用意しておいた朝ご飯…!
「いかなる障害も乗り越えて、朝ご飯を食べるのですにゃ!」
熱く決意を瞳に光らせ、友里恵は慎重に廊下を進み始めた。
「これはこれは。怪人パンプキンが私の本性だったようです」
カボチャ頭にタキシード。エイルズレトラ マステリオ(
ja2224)はマントをばさり、大袈裟にお辞儀をひとつ。たとえ観客がおらずとも、常に奇術師たらんと在れ。身に染み付いた教えの通り――最初、慌てていたのはここだけの秘密。
「夢の中、となれば。私めの演る事は」
夢の中ならやりたい放題、さぁて何から遊びましょうか?
「キッチンは魅惑の錬金術」
優雅な足取りでシンクからコンロへ。アチチとオーバーリアクションも忘れない、生粋の芸人のお目当ては。
「砂糖と塩はそっくり双子」
よいしょうんしょと瓶を並べて、懐から布を――ちょっと小さかった、背中のマントをファサリとかけて。
チチンプイプイ…あとは仕上げを御覧じろ、次の場所へとスキップステップ。
拍子抜ける程に順調な道のり。最初は気を張っていた友里恵も、いつしか我が家の寛ぎ感。※自宅です。
鼻歌なんか口遊んだり、と、行く手からころりと何かが。
「…カボチャ、にゃ?」
反射で猫ぱんち、ひっくり返したカボチャには繰り抜かれた目鼻が。それが。
「あいたたた」
「しゃべっ…にゃーー!!」
場外ホームラン!!
光よりも早く窓から飛んでいくカボチャ、ぜいぜいと肩で息をする友里恵の耳に、軽やかな足音。恐る恐る顔を上げた、視線の先には首なし小人が。
「にゃーー!!」
窓から飛び降りた友里恵を、誰が責められようか。
「ワフゥ…(うるさいな〜)」
友里恵が降り立った先には、マオが休憩がてらのお昼寝中。自分の姿への葛藤は、自室の窓と一緒に乗り越えたらしい。
「もふもふ…!」
「ワン?(いやいや!?…まぁいいか)」
一度開き直った心は、諦観という名で全てを受け入れて。ぴょんと飛び付いてくる猫が喋ったとか、そんな些事では、春の陽気に勝てはしない。
「はっ!」
うたた寝している場合ではない、陽は既に中天間近で。友里恵は慌てて玄関に駆け込む。途中、数珠繋ぎの靴紐に盛大にすっ転んだり等々、数多のトラップを潜り抜け。
「私の焼きサンマ…!」
肉球で器用に塩を振りかけ、少し冷たいのはご愛嬌。
「頂きますにゃ♪…甘っ!?」
カラカラ、カボチャの笑い声が聞こえた気がした。
「危ない所でした」
しっかり頭を嵌め直し。草を掻き分けるエイルズの前に、ぐっすり眠るマオ。見つめること暫し。
「ふむ」
――ぶちっ
「キャンッ!?(いたぁ!?)
飛び起きたマオが気付く前にすたこらさっさ。だが哀しいかな、小人の足はとても短い。
「ガウガウ!!(こらぁあああ!!)」
「どうもすみませんー」
鬼ごっこは何処までも。
●一方その頃シルバーは
ごろごろ、むくり。
「朝食はパン派なのだよ」
…ぱたん。
――誰も聞いていないッ!
●合縁奇縁
「なんで猫なんにゃ!」
桃原 由汰(
jb5011)がピンク色の毛を逆立てて怒る。その色にもご不満なようで。
「俺は夜店のカラーひよこかってのにゃ!」
地団駄踏んで怒る様は、しかし周囲には大好評。可愛い可愛いと撫でるOLや女子高生達に、満更でもない様子。
「そ、そうかにゃ?…って待てにゃ!?」
スキンシップは段々エスカレート、とうとう膝の上に抱っこされそうな辺りでギブアップ。由汰は赤面猛ダッシュ。女子こわい。
「どうもこんにち…ワン?」
すれ違った夜が、ぽかんと見送った。
名にそぐわぬアメジスト色の羽根を膨らませ、朗らかに歌いながら。虚神 イスラ(
jb4729)は己の姿に思いを馳せる。
楽を愛した天使であった過去、それを投影した姿なのかと。愛するモノはこんなにも、己を侵食して止まないのだと。
連鎖するように脳裏に浮かぶ存在が、己を絡めとる寸前。
「危なかったにゃ…」
「これはまた、眼に鮮やかな…」
通りかかった猫の鮮やかなピンク色が目を引く。ぼやく内容はわからないが、ふむ、と首を傾げて。
「満更でもなかった、のじゃないかい?」
「そりゃまあ俺だって男だしにゃ…って違うにゃ!?」
当て推量は遠からず、といったところか。木に飛びかかる相手に楽しげに笑うと、イスラは空に逃げ出した。
巨大な体躯をのたうち回らせて。ルーガ・スレイアー(
jb2600)は絶望していた。だって起きたら蛇になっていた…なんてことにではなく。
「て、手がないから…スマートフォンがいじれないーっ!」
つまりいわゆるソシャゲ厨的なオワタ。ちょっとわかるとか思ってませんよ。
「な、なんとかならないのかー!?」
※鱗は未対応です。
顔でつついたり尻尾でタッチしたり、ぐるりと巻き付いてみたりするが。タッチパネルはびくともせ…ちょっとヒビが入ったかも?
「どうかしたぜよ?」
スマホの前でさめざめと泣く彼女の前に颯爽と現れた遊夜は、状況を悟るや暖かい笑みを浮かべて。もしかして、と期待するルーガの目の前で、ポンとスマホに肉球タッチ。
キュッキュッ
輝ける笑顔でそっ、と美しく磨かれたスマホを差し出し。ポンとルーガの肩(?)を叩くと、一仕事終えた風情で立ち去っていった。ルーガはさらに絶望した。
「困ってるのかな?」
そこに降り立つ一羽のオオルリ。一部始終を眺めていたイスラは、そっとスマホに嘴を寄せ。
コンコン、ピシッ
無念そうな顔でそっ、とヒビの広がったスマホを差し出し。ピーリリリ…綺麗な鳴き声を響かせて飛び去っていった。ルーガは深く深く絶望した。だって。
「こんなにおもしろいことが起きているとゆうのに、『へびに変身したなう(`・ω・)ドヤァ』とつぶやけないなんてー!」
一番の問題は、そこだったようです。
右見て左見て、また右を見て。お手本のような行動で進むティア・ウィンスター(
jb4158)が警戒してるのは、車ではなく。
「まさか…天魔がにゃにかしかけてきたとでも…」
起き抜けの異常事態、まさか猫になってるなんて。理由はわからないままに、同じ境遇の人を探して歩く。が。
「く、天魔の誘惑にゃのです…か…」
休憩に立ち寄った公園のベンチで、強烈な睡魔に襲われ、あえなく撃沈。ちなみに天魔ではなく春の陽気です。
「こんにち…おやすみだワン」
何故まともに挨拶出来ないのだろう。夜はちょっぴりしょんぼりした。
仕方が無いからお昼寝しようか、公園を彷徨う夜の耳に、入口から騒々しい音。
「何で追いかけてくるんにゃーー!?」
「ワワワン!(条件反射でついー!)」
呆然と見守る夜の前で、ピンク色の子猫と牧羊犬が、猛スピードで――
「そっちは…!」
静止の声が間に合うはずもなく。ばしゃん!派手に噴水にダイブ。
「にゃにごとですか!?」
音に驚いて跳ね起きたティアの眼には、ずぶ濡れで佇む毛玉が二匹と。
「…楽しそうだワン!」
自ら飛び込むゴールデンレトリバーが一匹。
「おいちょっと止めるにゃ!?」
「気持ちいいワン、もっとはしゃぐワン」
由汰の文句も何のその。御機嫌でじゃれつく夜に、マオもついつい吹き出して。
「…ワン!(よっし!)」
「ワン!じゃないにゃー!?」
盛大な水遊び大会に、気付いたらティアも巻き込まれ。
「にゃぜこんなことに…!」
「ワワン!(まぁ難しい事考えなさんなって)」
夜の起こした水面のうねりに由汰がバランスを崩せば、飛び上がったマオの水飛沫を頭から被るティア。 必死に噴水の壁をよじ登ろうとする猫チームと、全力で暴れまわる犬チーム。
最後、噴水の水が無くなる頃には、全員が見事に濡れネズミ。猫と犬だけど。
「疲れたにゃ…」
「天魔相手の方が余程…」
広い石のベンチの上で仲良くぐったり日向ぼっこな由汰とティア。口から文句が溢れつつも、響きは楽しさも含んでいて。
ごろりごろり、時折転がっては表と裏を乾かすうちに、いつしか意識は夢の中。
「歩いて、乾かすワン」
「ワフ(あっち、面白そう)」
時折ぶるりと身体を震わせながら、遊び足りないとばかりに公園を動きまわる夜とマオ。
追いかけっこしたり駆け回るうちに、すっかり身体は乾いた様子。さすがに遊び疲れて戻ってみると、気持ちよさそうな猫チーム。
そっと顔を見合わせて、こくりと一つ頷くと。ぐっすり眠る由汰とティアを囲むように丸くなって、夜とマオも夢の中へ。夢の中でも、遊ぼうか。
勘弁しろにゃ、という鳴き声が、聞こえたかもしれない。
梢から優しく響くのは、オオルリの子守唄。
「夢は覚めるから美しいもの、だよね」
やはり元の姿が良い、とはいえ今は。
「ゆっくりお休み」
●一方その頃シルバーは
ごろごろ、むくり。
「…うに?…何だ、まだ外暗いや」
…ぱたん。
※もう夜です。
何度寝かわかりませんが、まだまだ眠れる様子。被る布団よりもっこもこな毛皮に包まれ、再び就寝。おやすみなさい。
寝床から始まった可笑しな一日は、寝床で終わりを告げるのでした。