●
泣いても笑っても、容赦なく試験は終わる。
「終わったわ!終わったのよ!あたいは自由だわ!!!」
教室を飛び出して拳を突き上げる雪室 チルル(
ja0220)。結果はタブン聞いてはいけない。
そのまま走り出しそうな彼女だが、ふと、目の前のポスターに気付く。
「ええっと…『卒業制作発表会』?何これ、面白そうだわ!」
チルルが日程をメモしている頃。別の場所で同じポスターを見ている男が一人。
「えっ卒業えっ」
加茂 忠国(
jb0835)、三十路オーバー。卒業以前に自分が学生だってことも忘れてましたよね。
「そういえばそんなのがあった様な気もしますが…世界も平和になったしやっぱりキャバクラですよネ!」
スキップステップ、さぁ夜の蝶々達、カモさんが今行きますよーっと。
「月乃宮さん達も発表するんだな」
掲示された参加者リストに友人の名前を見付け、雪ノ下・正太郎(
ja0343)は微笑んだ。これは絶対に見に行かないと。
「君も知り合いが出るんだ」
当日楽しみだよねー、と隣でリストを見上げていた砂原・ジェンティアン・竜胆(
jb7192)はウィンク一つ。
見物客達の期待も高まる中、参加者たちの準備も着々と進んでいるようで。
「うん、そうそう、それ全部送ってくれる?」
電話を片手にメモとにらめっこ。花卉農家の実家にお願いして、木嶋 藍(
jb8679)が作るのはブートニアやヘッドドレス。でも、完成させるのは当日までお預け。
「ふふ、どんな人が来てくれるかなー?」
誰かの”一瞬”を”花”で彩りたい。少しだけトクベツな気持ちになる魔法で、笑顔を咲かせられたら。
そう、ちょっぴり悩んでる、大事な友人にも。
「アンケートのお願いだよ〜」
正門の横に机を置いて、星杜 焔(
ja5378)は柔らかな声を張り上げる。
幟に書かれたお題は『あなたの思い出の料理』。心に刻まれた、今はもう簡単には食べられない味を、なるべく細かく聞いていく。
「面白い着眼点だ」
通りすがりに立ち止まり、ミハイル・チョウ(jz0025)は用紙を手に取ると。思い出す様に遠い目をして、サラサラと書き込んだ。
「ありがとうございます〜」
「ああ、それから」
そっと耳打ちされた老教師の台詞に、焔は目を瞬くと微笑んで頷いたのだった。
陽当たりの良い気持ちのいい場所に、テーブルと椅子が並べられていく。
「……えと、もう少し増やしましょうかぁ……」
月乃宮 恋音(
jb1221)の指揮の下、肥田埜 豊観(
jc0603)、鍵森 輝乃(
jc1318)、星見潟 桂架(
jc1750)、貝舘 飴雫(
jc2035)、鈴澤 うるみ(
jc2464)、香城 鮎流(
jc2521)、陽堂 祥歌(
jc2607)はせっせと休憩所を整えていた。
「おなかすいたぁ」
「もうちょっとなんだから我慢しなさいよ」
食べる事が大好きな豊観は、当然調理担当だが、下拵えの時点で我慢するのがつらいようだ。輝乃に呆れられるのも構わず、菓子を一つつまみ食いしている。
「どの辺りが見栄えが良いかしらね」
「私達のはぁ、場所をとりますからねぇ〜」
桂架の試作品も鮎流の美術品としての魔具も、それなりのスペースが無いと危険を伴う可能性がある。その点、飴雫の化粧品や祥歌の医薬品は省スペースですみそうだ。
「大体、形になりましたね」
「展示も休憩所も、問題ないかと思いますわ」
「ふふ、当日が楽しみですね」
あえて広場の真ん中に作られたこの休憩所は、どこからでも休憩しに来れるのはもちろん、ある程度どこで何の発表が行われるのか、休憩しながら探しやすい様にもなっている。
横にはステージ…というには客席に近く低く、広いスペースも用意されていた。その中央から、澄んだ弦楽器の音色が響く。
「――――ん、音の反響がキレイね」
屋外と侮るなかれ。絶妙に配置された仕切り等が、音を増幅し通り道を作り出している。満足そうに頷くと、蓮城 真緋呂(
jb6120)はヴァイオリンをケースへと片付けた。仕上がりは上々、後は当日に、音を楽しむだけ。
「屋台は何が出るのかしらね」
帰るには遠回りだけど。真緋呂はウキウキと待ちきれない心をお供に、屋台スペースへと回り道を決定したのだった。
屋内展示の一角、壁を大きく使って幾つか風景画が飾られている。一枚ずつ四季を描いたそれらは、しかしまだ未完成のようで……だが、見上げる和紗・S・ルフトハイト(
jb6970)の顔は満足そうだ。
「……一緒に見て来ましたね」
微笑む和紗の眼には、風景画を通して大切な人達と見た景色が写っている。運ぶ筆の一筋だって、ひどく感慨深い。
「こんなものでしょうか」
未完成のまま、和紗は筆を置く。何故ならこれは学園で過ごした想い出。一人で完成出来るはずがないのだ。
当日の絵具を各色用意して、和紗はもう少しだけ、浮かぶ景色に浸ることにした。
●
ぬけるような晴天の下、たくさんの色や音、匂いまでもが芝生の広場を彩っている。大勢の見物客や、発表者も他の作品を見に行ったりして、賑わいは上々だ。
「やっぱり卒業制作は全部気合が入ったものばかりね!」
何から見て回ろうか、期待を胸に歩を進めるチルルの耳に、澄んだフルートの音が届く。誘われるように歩を進めると、居心地の良い休憩所が開けた空間を囲んでいた。
「……休憩はご自由にどうぞ、ですよぉ……」
恋音に案内された位置からは、ちょうどよく音の発生源――フルートを構えた真緋呂が見える。
滑らかに動く指先から柔らかく走る軽快な調べは、過去を、今を、未来を、優しく流れていく風のように。
「言葉にできない祈りを込めて――『ORACION』、ご清聴ありがとうございました」
天に昇っていく高音を、祈りと共に頭を垂れて見送ると。真緋呂はヴァイオリンに持ち替える。
途端、どこか厳かな空気は塗り替えられ、爪弾く弦からは踊り出しそうな曲が飛び出した。
「なんだかワクワクするわね!」
自然と踵でリズムを取り出すチルルに、真緋呂は笑って手招き。客席と高さを同じくした舞台は、共に作品を楽しんで欲しい、という願いのあらわれ。
「どうぞ一緒に歌って、手で足で声で♪」
「じゃあ一番!砂原ジェンティアン、いっちゃいまーす」
ハイハーイ、と手を上げる声は別の所から。物陰から見ていた人物の手をさらりと掬って、ジェンティアンは舞台に走り出した。
「ななななんですし!?」
「お嬢さん、見てるだけじゃ勿体ないよ?」
ウィンクを綺麗に決めて、へっぴり腰の鏡国川 煌爛々(jz0265)を華麗にリード。女の子には、笑顔が似合うよ。
「あたいも負けてらんないわ!正太郎!行くわよ!」
「来たばっかりでいまいちわからないが、付き合うぜ!」
楽しそうに踊る様子に、椅子を蹴倒す勢いで立ち上がると。チルルはちょうど休憩所に入ってきた友人の手をひったくり、舞台へと文字通り飛び入り参加。息が合ってるようなズレてるような、熱血の二人の動きは、ダンスというよりはアクションに近くて。
「何あれ、おっもしろいわねー」
「あの形も悪くないですね」
接客に忙しくしながらも、桂架は新しい芸能スタイルをしっかり脳裏に焼き付けるのだった。
●
軽快な音楽をBGMに、ミハイルは焔の作った小籠包を一口。
「ほう」
緊張気味の焔が見守る中、じっくりと味わって――思わず目を見開く。舌に広がるスープは、確かにあの日の上海で食べた味を思い出させた。付随する思い出も引き連れて。
「どうですか〜」
「驚いた、見事な再現度だ」
手放しの賞賛に、焔はそっと息を吐く。学園生活で学んできたモノは、どうやら身になっていたようだ。
「……なくなった両親は、料亭を営んでいました〜」
安堵からか、ポツリ、と想いがこぼれる。今は亡き両親の味。最期に食べたカレーの味。思い焦がれて磨いた腕が、同じ願いを持つ子供と出会って意味を持った。この子達の願いを叶えてあげたい、と。
黙って聞くミハイルの瞳の優しい光に照れ臭くなって。焔は新しく皿を出す。
「もう一つ頼まれていたモノです〜」
盛られていたのは鯵のなめろう。学園での想い出の一つ。舌先で、あの夏の日が蘇るようで。ミハイルは懐かし気に目を細める。
「星杜さん、それ美味しそうだねぇ」
「食べるかい〜?」
焔の言葉に、フライパンで器用にホットケーキを焼きながら、豊観は目を輝かせた。同じ調理場所で量産されていた焔の料理が、実は気になっていたようだ。
「あぁ〜豊観さんが美味しそうなモノを食べてるですぅ〜」
「へへ、役得だよぉ」
注文を告げに来た鮎流が腰に手を当てて文句を言うもなんのその。賑やかになった調理場に、ミハイルはふと旧友を思い出す。
「星杜は、児童養護施設を経営したいのだったか。……源蔵がな、この味を恋しがっていた」
また手伝いに顔を見せてやって欲しい、今度は子供達と賑やかに。老教師の言外の願いに、焔は了承の微笑みを浮かべるのだった。
●
芝生の一角に、花畑。そうと見紛うほどの色とりどりの花の中で、藍は忙しなく動いていた。
「もう猫の手も借りたい…あっ!」
花の影、こそこそと揺れる金色の髪に、自然と笑みがこぼれる。見に来てくれたんだ、と。でも、それだけにはしてあげない。藍は悪戯っぽくニヤリと笑うと、両手をメガホンにして。
「おーい、きららちゃーん!」
「ふぎゃっ!?」
びっくりしたのか、すっ転んだ煌爛々の手を強引に取って店先にズルズル。
「あれっ、何かでじゃぶですし!?」
「いやーよかった、結構力がいる仕事があるんだよね!はい!」
煌爛々に手渡されたのは、細いワイヤーとちっちゃな花束。花をしっかり固定するためのワイヤーを巻くのは、確かに結構力が必要なのだ。
「でっでも」
「失敗してもいいよ、お花一杯あるし」
友達の心配なんてお見通し。煌爛々の唇に人差し指でストップをかけて、藍はお手本に手早く作って見せる。
「綺麗な花だわね!何やってるの?」
「はい、お客さんご案内―!きららちゃん、どの花が似合うと思う?」
「えっえっ……ひまわり?」
踊り明かして身体もあったまったチルルが、ひょこりと出した頭へ。煌爛々が作った不格好な土台を、藍がひまわりで可愛く飾り付けたヘッドドレスが飾る。
「これ、あたいに?…ありがとう!」
元気一杯の向日葵の周りには、雪の結晶のようなカスミソウが揺れている。故郷が身近にあるようで、チルルはとても感動した。卒業制作、すごい。
「あたいの卒業の時も、こんなすごいモノを作ってみたいわね!」
喜んで走っていくチルルを、面映ゆそうな顔で見送る煌爛々。自分にも“創る”ことが出来た。ちょっぴりだけど。手をにぎにぎする煌爛々に藍は笑って。
「はい、お礼だよ。……付けていい?」
煌爛々の頭にダリアが咲く。太陽みたいに明るいオレンジは、藍の願う煌爛々の笑顔。
花は枯れても想い出に残るから。これを付けて笑ってくれたことを、覚えていてくれたらいい。
「友達だもん、倖せもわけっこ、でしょ!美味しいものもね!」
約束したから、次は甘いものをお腹いっぱい食べに行こう。
●
普通ならば静けさと共にあるはずの風景画だが、今日は歓声が途切れることはなく。
小さな掌や色とりどりの拳が現在進行形で花開く絵に、正太郎は感嘆の声を上げる。
「これは…参加型の絵画なんだな」
「はい、ウェディングツリーをヒントにしました」
海外ではポピュラーな、ゲスト参加型の芳名帳。背景を学園生活に見立てて、廻る四季を皆と創り上げる。
「よく考えられた、いい作品だと思う」
将来、変身ヒーロー学の教授を目指す正太郎。子供達に夢を与えるこの手法は、授業に取り入れてみても面白いかもしれない。頷きながら、自らも情熱の赤を秋に咲かせていく。
「鏡国川もどうだ?」
「なっ、なんでバレたですし!?」
「はっはっは、俺はヒーローだからな」
悩める人の背を押すのも仕事です。やってみたいけど破りそう、と躊躇する気配は、壁の向こうからだってヒーローにはお見通し。笑って、去り際に背を押していく。
「穴が開いたらそれはそれで芸術ですし、気負わずやってみて下さい」
どうぞ、と和紗の差し出した絵具を前に、煌爛々は手を伸ばしては引っ込める。躊躇する指先が、完全に下ろされる前に。
「じゃあ遠慮なくいっちゃいまーす!えいっ」
「竜胆兄……」
楽しそうな声が絵具を攫う。無造作に親指に塗りたくると、ジェンティアンは枝の一つに拇印をぺたぺた。
「おーっとズレた。でも、こんな感じにすると花弁っぽく見えないかな?」
「完璧で整ったものだけが“つくる”ではないですから。ほら、竜胆兄みたいに」
ジェンティアンの思惑に、和紗は苦笑して乗っかる。誰よりも信頼する兄が、優しいことを知っているから。だが流石にちょっとワザとらしかった気がしたのか、ジェンティアンは照れ笑いで煌爛々を手招いた。
「やー、さっきはゆっくり話せなかったから……久しぶりだね鏡国川ちゃん」
まだ敵だったあの頃に、一度だけ顔を合わせた。覚えてないだろうけど、と頬をかくジェンティアンに、煌爛々は首を振る。
「お城、直してくれたですし。……嬉しかったですし」
壊すばかりだった自分が、初めて、守りたいと思ったモノだったのだ。汚れるのも構わず直してくれたあの出来事は、心に波紋を残していって。あの時向けられたのと同じ温かさを持った笑顔に、煌爛々はなんだか泣きそうになった。
「何か難しく身構えてるかもだけど。こうやって一緒に楽しむのも、皆で『作品を作っている』んだよ」
「……鏡国川。さあ、どうぞ」
貴女の想い出もどうぞ、学園生活に加えてください。
再び差し出された絵具に、煌爛々は今度こそ指をつけて。ズレた花弁の横に、穴ぼこの桜が咲いた。
●
「ええと次は…あ、月乃宮さん達だ」
「……見に来て下さったんですねぇ……。……ごゆっくり、ですよぉ……」
大がかりな合同発表の場に友人の姿を見付け、正太郎は頭を下げて挨拶をする。乗り物や衣料品など、興味深いモノがたくさんだ。将来の夢である、変身ヒーロー学に関係のありそうなモノを探して歩いていると。
「こちら、魔装の技術を一般転用した生地の試作品になります」
「む、とてもしっかりしている。ヒーローコスチュームにいいかもしれないな」
うるみの差し出す生地を、引っ張ったり撫でてみたり。耐久性も勿論だが、着心地も重要なのだ。
「天魔との交流が増えることを予測して、尻尾等にも対応できるように考えています」
「ああ、それは重要だ」
学園にも天魔の生徒は大勢いた。ヒーロー学も彼らの特性への対応を考えなければならない。心にメモをしつつ、次の発表へ。何やら薄い板が宙に浮いている。
「…このように、アウルによる乗り物が出来るのではないか、と考えております」
「すごいな、FSが実用化すれば変身ヒーローにいいんじゃないだろうか…っとと!」
桂架の説明を受けながら、おそるおそる乗ってみる正太郎。滑らかで乗り心地は悪くない。むしろちょっと楽しい。
「ふう、いい汗をかいたな」
「運動後には、こちら、いかがですの?」
はしゃぎすぎたのか、ちょっと休憩と座り込んだ正太郎の目の前に、スッと瓶が差し出される。顔を上げると、祥歌がにっこりと笑っていた。
「爆裂元気エリュシオンZを参考にした栄養剤ですわ」
「それは……すごく効き目がありそうだ」
参考先が先だけに、ちょっぴり受け取るのを躊躇した正太郎だった。
「こちら、研究中のUV化粧品になります。市販品よりは、効果を高めてありますよ」
詳細を書いたパンフレットと共に試供品を配る飴雫。足を止めるのはやはり、女性が多い。
「化粧品……ですか」
「ええ、ぜひ試してみてくださ……あの、すみません」
「えっ、はい?」
ガシィ。おもむろに手を掴まれ、和紗は目を白黒させた。だがそんな様子にはお構いなし、飴雫は和紗の頭から足先までじーーーっくりと眺めると。猛烈な勢いでパンフの裏に何かを書き始めた。
「あの……?」
「不躾ですが、洋服等、着飾ることにあまり自信を持ってらっしゃらないのでは?」
「うっ」
言葉に詰まる和紗に、試供品をたくさんと先程何やら書いていたパンフをぐいぐいと手渡し。飴雫は満足そうに頷いた。
「素材の良い方を磨かずにはいられなくて…どうぞ参考にしてみてください」
パンフの裏にはびっしりと和紗に似合いそうな服だったりのコメントが。どうやら飴雫さんの暴走癖が出てしまったようでした。
普段何気なく振るっている、数々のV兵器。身近なはずのそれらが、まるで芸術品のようにスポットライトを浴びている。
「へえ、こうして展示されると綺麗だね」
「昔は実用品だった日本刀もぉ、今は美術品ですぅ。だったらV兵器も美術品となる可能性があると思ってますぅ」
掲示された発表には、美術品としてのV兵器の考察や価値の測り方等、面白い着眼点で描かれている。頷きながら見ていたジェンティアンは、ふと、ある展示品に目を止めた。
「あれ、この二つは同じモノに見えるけど?」
「はい、こちら片方はレプリカとなってますぅ」
「えっ、全然わからないね」
素人目には同じに見える二つのV兵器。レプリカの見分け方について、鮎流が丁寧に解説するのを、ジェンティアンは興味深く聞くのであった。
「うーん、難しくてよくわからないわね!」
「要は、悪いものだけ選んではじく結界が作れないか、ってことよ」
オゾンホールで結界が云々、までがチルルの限界だった。頭から湯気をだしながら、それでも一生懸命見学するチルルに、輝乃は苦笑して噛み砕く。
「何それすごいわね!悪者だけ通れないなんて!!」
「ううん、ちょーーっと違うんだけど」
どうやって伝えたら、このキラキラした瞳を曇らせずにすむかしら。輝乃は想定外の難問に頭を悩ませた。
合同発表の一角、少し区切られた応接スペースに焔が顔を出す。そこでは恋音が黙々と、企業対応の事務作業を行っていた。
「お疲れさま〜差し入れだよ〜」
「……有難う、ございますぅ……」
差し入れの紅茶とサンドイッチに微笑んで、恋音は書類を手早く纏めた。これらはすべて、発表会を見に来た企業からの何らかのオファーである。
「……えと、後程、纏めて学園の方に提出するのですが……星杜さんにも、出資の提案が来てましたよぉ……」
焔は目を見開く。天魔被害孤児向けの児童養護施設と、それに併設で思い出の味を提供する小料理屋。あわよくば、この発表会でスポンサーが見つかれば、という思いは確かにあったが…本当に見つかるなんて。
「夢が近付いたよ〜……ありがとう〜」
「……いえ、その、手続きを代行しただけ、ですのでぇ……」
頭を下げる焔に、恋音は照れた様子で首を振るのだった。
●
演奏とは、実は結構なカロリーを消費するもので。
「おお、ステキな発表!美味しい〜♪」
「たくさんあるよ〜どんどん食べてね〜」
カレーにスープ、あんぱんにケーキ。作る端から食べつくす勢いの真緋呂に、焔は手元が見えない程の高速で調理する。顔には(焔的に)満面の笑顔。料理人にとって、作ったモノを美味しいと食べてくれるのが、一番の報酬なのだ。
「相変わらずの食べっぷりですね、真緋呂。あ、俺はおにぎりを一つ貰えますか」
「和紗さんは少食ね、足りてるの?」
向かい合ってむしゃむしゃ。そのまま他愛ない会話がのんびりと続いて。こんな時間を学園で持てるのも、あと少し。
「色々ありましたね」
「そうね、でも」
とても楽しかった。声に出さない想いは、きっと共通のモノ。そんなまったりとした空間へ、賑やかな声が響く。
「ほら、煌爛々ちゃんこっちだよー!」
「いい匂いがするですしー!」
競うように休憩所に飛び込んでくる藍と煌爛々。甘い匂いに我慢が出来なくなったようです。
「どうぞ、料理人特製のパンケーキです」
「わ、すごい…!」
接客担当のうるみが差し出したのは、豊観が本日最高傑作と太鼓判を押した一品。驚く藍の横で、煌爛々はどこか楽しそう。
「ふふ、美味しそうだね、よかったねきららちゃん」
「藍、これ、半分こですし!約束のヤツやるですし!」
どうやら、指切り約束した甘いもの半分こが出来るのが嬉しいご様子。
慎重にナイフをパンケーキへと――
「もーーきららちゃん可愛いーー!!」
「あああぶないですし!?」
感極まった藍に飛びつかれ、パンケーキは皿ごと綺麗に半分こ。
「こりゃまた綺麗に割れたわねー。ちょっと失礼、お皿だけ交換するわ」
輝乃がいっそ感心しながらお皿を取り換え、そのまま新聞紙に包んでゴミ捨て場へ。
「えっと、燃えないゴミは…いえ、粗大ゴミだったかしら?」
ゴミ捨て一覧表とにらめっこしている輝乃の後ろ、粗大ゴミ用の大型ごみ箱が、何やら揺れているような…?
「ああ、やっぱり粗大ゴミね」
くるり、振り向いて蓋に手をかける。間違えようもなくはっきりと揺れる。
「えっちょっと何、ってきゃああああ!?」
「かわい子ちゃんの!かぐわしいスメルがしますよ!クンカクンカ!!」
重たい蓋をふっとばし、忠国が飛び出してきた!しかし絶句する輝乃を前に、忠国は首を傾げる。
「おかしいですねぇキャバクラで蝶々達とちょめちょめしてた気がしたんですけどまぁいいです」
夜の街で有り金巻き上げられてゴミ箱にポイされてた事実は遥か記憶の彼方。ただゴミ箱のあったかさだけが心に残ってる…ゴミ箱あったかいなりぃ…。
「悲鳴が聞こえたわ!あたい参上!」
「……えと、どうしましたぁ……?」
輝乃の悲鳴を聞きつけ、皆が集まってくる。ここは休憩所、つまり接客も含めると女子の比率が多くて。
「はっはーーん理解しました、今日はかわい子ちゃんワッショイなお祭りですね?祭りといえばそうナンパ!からのアバンチュールで愛の逃避行!と相場が決まってます!」
忠国、絶☆好☆調!
そう、記憶など繋がってなくても問題ない、かわいこ子ちゃんがいればただそれだけで!
ササっとスーツの汚れを払い、毎朝鏡の前で練習している一番歯が輝く角度に顔を傾けると。
「やぁハニー今日も素敵ですね。ところで私と貴女でイロイロちょめちょめ制作…しませんか?」
キ マ っ た ……!!
「カーッ!やっぱり私ってば最高のイケメンですよね!」
「ママー、あの人頭にバナナの皮のっけてるよー」
「しーっ、見ちゃいけません」
ガッツポーズをキメる忠国。遠くで、無垢な幼子が手を引かれて去っていく。不思議そうに振り向く視線を遮るように立つと、真緋呂は呆れた溜息を吐いた。
「ものすごくコメントに困る空気ね」
「とりあえず、おロープでいいんじゃないでしょうか」
「……えと、一応、用意はしてありますけどぉ……」
何故持っている、という疑問はさておき、恋音がロープを片手に首を傾げたところで。背後から怒りのオーラが立ち上る。
「………こんっっっの」
「あっきららちゃん待って、これ使って!」
煌爛々が握りしめた拳に、そっとハンカチを巻いてくれる藍。そうだね、バッチイもんね。
「ハレンチぃぃぃぃーーー!!!」
「ご褒美ですぅぅ!!!!!」
忠国は、イイ笑顔で星になったのだった。
●
何やかやあったけど、発表会は無事に終わりを迎えて。発表者はお片付け、優しい見学者も一緒にお片付け。
「ええっ、変身ヒーロー学!?すごいねー!」
「ああ、将来の目標なんだ」
使わなかった花達を大切に纏めながら、手伝ってくれる正太郎の話を聞く藍。特撮ヒーローに憧れる身としては、応援せざるを得ない。
「私ね、いつか誰かのヒーローになりたかったんだ」
画面の中のヒーロー達は、寂しかった自分を励ましてくれた。そんな彼らが現実に出てきてくれたなら、きっと子供達の支えになるだろう。
「任せてくれ、きっと叶えてみせる」
「うん、応援してるね。…あ、そうだ!」
ふと、片付けていた花達にピッタリの子を見付け。藍は手早くブートニアを作る。
「はいこれプレゼント!花言葉は――『決して諦めない』だよ」
ペチュニアを中央に配置した鮮やかなそれが、正太郎の胸元を飾った。
大掛かりな合同発表は大盛況に終わったようで。
「……えと、これは医薬品研究への出資、ですねぇ……」
恋音は自身の立ち上げる代行業関連への提携申請を取り纏めていた。今日は結構な数の企業も見学に来ていたらしい。近くでは輝乃の指揮の下、休憩所の片付けが順調に進んでいた。
「あら、私の発表が認められましたのね」
通りかかった祥歌は、嬉しそうな顔で頬に手を当てる。研究内容に自信はあったが、認められるとやはり嬉しいものだ。
「……代行業の認知度も上がりましたし、発表は大成功、ですねぇ……」
学園OB、OGのフリーランス撃退士が何人か興味を持ってくれ、連絡先を交換した人もいた。描いた未来は、着実に現実へと近付いてきている。
「恋音さん、差し入れだよぉ」
「……有難う、ございますぅ……。……片付けは、どうでしょう……?」
「全部終わったみたいだねぇ。最後に何かやるみたいだよぉ?」
温かい紅茶とスコーンを机に置いて、豊観は首を傾げる。調理場の時とはだいぶ変わって、だいぶほっそりとしているような。人体とチューインガムの神秘である。
「二人とも、手は空きました?こちらへお願いします」
「はい、並んで並んでー」
呼びに来たうるみと共に発表スペースに顔を出すと、輝乃が何やら合同発表の全員を集めている。覗き込んでいるのは、どうやらカメラのようだ。
「最後だし記念に、ってね」
思い思いのポーズを決めて。たとえ近しい未来を歩むのだとしても、この一瞬は今しかない、かけがえのないものだから。
大量の洗い物を、真緋呂は手早く片付けていく。
「蓮城さん〜、これで最後だよ〜」
「わかったわ、ちゃちゃっと終わらすわね」
焔が運んできた追加も、鼻歌(というには完成度が高いが)交じりで洗っていく。何故こんなにもやる気に満ち溢れているのか。
「ありがと〜助かったよ〜。これお礼ね〜」
「待ってたわ!」
歓声を上げる真緋呂の前に焔が置いたモノ。それは残った食材が勿体ないと、余すところなく使用した大量の賄いたち。え?もちろん全部一人分ですよ?
「星杜さんの料理、どれも美味しいわね」
一皿ごとに驚きと喜びをみせる真緋呂に、焔はだんだんと面映ゆくなっていく。褒められることには慣れていないけれど、それでも素直に嬉しい。
「これ、お土産にどうぞ〜」
「あら、可愛いクッキー。どうもありがとう」
想い出の味を求めて始めた料理だけど、今は、誰かのこんな笑顔のため、というのも大きな理由の一つになっているのかもしれない。
廻る四季の絵には、見学者の手で様々な花が咲いて。一つとして同じものは無い――まるで、人生のように。片付ける前に、和紗はもう一度目に焼き付ける。
「間に合った、か?」
忙しない足音と共に、少し乱れた吐息が背後から聞こえる。急いできてくれたのだろう。絵から目を離さないまま、和紗は頷いた。
「はい、間に合っています」
ホッとした気配が、傍らに立った。そのまま黙って二人、廻る四季を眺め、想いを馳せる。
「とても温かい」
「そうですね。たくさんの友人と……貴方と、過ごした四季ですから」
そして、これからもずっと一緒に。四季は廻っていく。二人はしばらく、黙って絵を眺め続けていた。
「……………託したからな」
願う言葉は風に乗せて。背を預けていた壁から身を起こすと、ジェンティアンはそのまま振り返らずに歩いていく。
「あら?こっちの片付けはもう終わったの?」
「……そうだね、もう手伝いは必要ないよ」
そう、兄の手はもう、必要ない。行き会ったチルルに、ジェンティアンは微笑んで言葉を返す。
……何故か、ものすごく微妙な顔をされた。
「えっ僕の顔、何かついてる!?」
「あんた変な顔ね!嬉しいのか寂しいのかわかんないわ!」
「あー……」
ポーカーフェイスが剥がれかけていたらしい。ぺしり、と己の額を叩くと。
「……調理場を手伝いに行かない?余った食材で賄いを作ってくれるんだってさ」
「いいわね!料理美味しかったわ!」
すごくスマートじゃない話題転換です。チルルが単……純粋な子でよかった。苦笑して気持ちを切り替えると、ジェンティアンはウィンクひとつ。
「よっし急ごう、ブラックホールにすべて飲み込まれてしまう前に!」
「ブラックホール??よくわかんないけど危ないわね!!」
残念、すでにブラックホールさんが全てを飲み込んだ後だと二人が知るのは、あと少し。
顔にかかる西日に、忠国はハッと意識を取り戻した。どうやら横になって寝ていたようだ。
「ここは誰?私はどこでしょう??」
「何言ってるですし」
呆れた煌爛々の声は、どうやら頭上から聞こえてくる。そういえば、どことなく後頭部が暖かいような。
「そんだけ元気ならだいじょぶそうですし」
よくわからないけど、暖かさが遠くに行きそうな気がする。忠国は回らない頭で咄嗟に顔の横の布を掴むと、勢いよく手を振り上げた。
「きららちゃんのスカートの中もイイ天気ですね!」
「永遠に寝てろですしぃいいい!!!」
ドギャッッッ!!!
どこか大切な部分に致命的な一撃を食らったような気がする。再び恍惚と薄れる意識の中、忠国は優しい声を聞いた気がした。
「……いつか離れる時は、そんときに考えるですし。それまでずっと、いつも通りを、このままで――」
卒業。それは一つの節目。
ここから別れていくそれぞれの道は、しかし確かに交わっていたのだということを――どうか忘れないで。