一昔前の懐メロが、更衣室にまで響いてくる。
「うーん、このタイプの水着は、胸が入らないのです」
「身長は合ってるんだけどねぇ」
更衣室の手前、レンタル所でアルティミシア(
jc1611)は職員と悩む。
その様子を横目に、アルベルト・レベッカ・ベッカー(
jb9518)は更衣室のドアを開け。
「ここここは男子更衣室ですよ!?」
「あら、知ってるわよ」
脱ぎかけのズボンを慌てて押さえる黄昏ひりょ(
jb3452)に、レベッカは長い髪をかきあげ確信犯の笑み。
「どうか…したのか…?」
「ひょえええ!?」
さらに後ろから顔を出す可憐な美少女、御剣 正宗(
jc1380)に、ひりょの思考はショート寸前。
「あのなあ…よく見ろ、どっちも男だ」
影野 恭弥(
ja0018)は、溜め息と共にレベッカのカツラをむしりとった。
更衣室からプールサイドへ、湿気が一気に纏わりつく。
「プールなのですよっ!」
「あっヤンファ、まずは準備運動からなんだよー」
スリットの裾を翻し、プールに飛び込もうとするヤンファ・ティアラ(
jb5831)。妹の白とは対照に、赤いサーフパンツ姿のフェイン・ティアラ(
jb3994)は大きく身体を伸ばす。ふわふわ羽根の先まで、もこもこ尻尾の先まで、ちゃんと。
「次は滝のプールかぁ。豪快だね」
柔和な笑顔をデッキチェアに横たえ、狩野 峰雪(
ja0345)は文庫本のページを繰る。そこにスッと差し出される、白い指先とお猪口。
「楽しそうな場所ねェ…のんびり御酒でも飲んで楽しみましょうかねェ…一緒にどうかしらァ…?」
黒百合(
ja0422)が一合瓶を揺らして片目を瞑るのに、峰雪は破顔して頷いた。
「撃退士が休んでいればそれだけ平和が乱されるのでは…果たしてこのまま休んでいていいのだろうか」
ぐぬぬ、と頭を抱えるのは天羽 伊都(
jb2199)。戦友につられてやってきたら、戦場ではなくバカンスだったようで。
「あらァ…そんなこと言って、しっかり水着よねェ…♪」
「こっ、これは…!」
クスクスと微笑う黒百合の指摘に、思わず青いトランクス水着を白パーカーで隠す伊都。
その横では、隠すものなど何もない、と佐藤 としお(
ja2489)が仁王立ち。
「サーファー(陸)の血が騒ぐぜーっ!!」
身の丈をこえる黄土色の板を片手に太陽に吼えると、水上カフェのカウンターに駆け込む。
「お姉さん、ラーメンひとつ!」
「あと、ピッツァもお願いするのです!」
隣ではオブリオ・M・ファンタズマ(
jb7188)が、貸出ボートの手続きをしていた。目が合う。
「泳ぐ前にはラーメンだよなっ!」
「プールにピッツァはかかせないのです!」
ガシィ!
プールサイドに、微妙に噛み合わない友情が生まれた。
「本日の議題は、水辺におけるアウルの反応、作用の調査だね。うん、わかった」
急流の途中、岩に引っ掛かりながらも、Robin redbreast(
jb2203)は生真面目に思考を止めない。
「夏休みの宿題か?」
『ろびん』と書かれたスク水を見て、ディザイア・シーカー(
jb5989)は声をかける。どことなく、家族を思い出しながら。
「それなら、アレは外せないぜ?」
告げられた内容、にやりと指差すのは轟き落ちる滝。Robinは目を瞬かせると。
「んーと、やってみるんだよ」
「俺も手伝ってやるさ」
果敢なる挑戦の結果は、果たして。
学園指定水着姿の小柄な影が、プールサイドの草むらを探る。
「宝探しとは、面白そうですね」
顔に土がつくのも構わず、雫(
ja1894)はあちこちうろうろ。
と、プールの方からものすごい轟音が響く。
「あれは…テレビでやってました。確か、シンクロ…とか?」
雫がそう思うのも無理はない。水面から突き出た脚が、バタバタと宙をかいている。
「角度が…悪かったか…」
背の翼を畳み浮上してきたのは正宗。雫の視線にも気付かず、先程のダイブを反省している。
「大丈夫ですか」
「ああ…そうだ、宝物を探しているんだが…知らないか?」
どうやらシンクロではなかったらしい。思いがけず同じ目的を告げられ、雫は気合を新たにする。
「私も見付けられていません。けど、絶対見付けます」
「そうか…なら、競争だな…」
極僅か、気付かない程の笑みを浮かべ。正宗は再び翼を開いた。
寄せては返す波のプールに浮輪が二つ。
「あ〜、浮世の事を忘れて、のんびり気分に浸れるわぁ〜」
「余り無茶な冒険はせずに、ゆっくりしましょう」
波に揺られて微睡む、六道 鈴音(
ja4192)とアルティミシア。
「どれ、おじさんはちょっと、宝物でも探してみようかなぁ」
自分より遥かに若い彼女達の、若者らしからぬ言葉に苦笑しつつ。峰雪は波間に少し、顔を近付けてみる。
(ほう、これは…)
底には、色とりどりの透き通った人工石が敷き詰められ、太陽光を反射して輝いていた。峰雪は思いきって潜り、片手を伸ばす。
「宝物ありました?」
「うん、たぶんこれじゃないけど」
水面に戻ると、興味深げに近寄ってくる少女達に片手を開いてみせて。
「これが宝物でも、いいんじゃないかなぁ」
好きなモノをどうぞ、と差し出した。
「流れるプールか…なんか前にもあったよな」
激しくうねりをあげる急流を眺め、レベッカはデジャヴに頭を振る。アレは確か、激しい雨の日の――
「うおお水!速いですし!!」
そう、あの時もこんな能天気な声が聞こえて。
「気付いたら腕が引っ張られて――っておい!?」
「レベッカごーごーですし!」
またかよ!という叫びは水音に飲み込まれていく。
「うむ、いい飛び込みだ…」
流れていく二人を見送り。としおは黄土色の相棒を構える。汁の一滴までラーメンを食らいつくし、エネルギーはフル充電。
「いくぞっ!」
そして彼は波になる――
「うわあああ!!」
「うひょおお!!」
びっちゃん!
「お、久しぶりだな。元気そうで何よりだ 」
残念な音と共に落ちてきた人影に、見知った顔を見付けて。ディザイアは声をかける。
「何してるですし?」
首をかしげる煌爛々に答えようとしたところで、再び鈍い水音が幾つか響く。
「ヤンファ、いきなり押したらダメなんだよー…」
「油断大敵なのですよっ…あ、きらら様ですのっ!」
ぷるぷる、と仔犬のように水滴を飛ばすティアラ兄妹。さらに滝の上からは、かぼちゃのボールが落ち…いや、降りてくる。
「おや、きららさん。ちょうどよかった」
エイルズレトラ マステリオ(
ja2224)は、器用にボールの上で一礼する。
「ご存じですか、このプールのどこかに、宝物が眠っているらしいですよ」
「宝物…そーいや聞いたですし」
ポン、と手を叩くきららに、エイルズは笑みを浮かべ。
「どちらが先に見つけるか、勝負してみませんか?」
「きらら様、きらら様」
ここで、スッとヤンファが煌爛々の傍に寄る。くいくい、と髪を引き屈ませると。
「ふふり、耳寄りな情報がアリますのですよ。実は指輪を集めるとヒミツの景品がもらえるという噂がありますのですよっ!」
「ふおおお……!」
豪華ですぺしゃるでリゾートかもしれない、と握りこぶしを作るヤンファに煌爛々は変な叫び声をあげ。
「勝負ですしエイルズ!!美味しいリゾートは渡さんですし!!」
「僕も探すんだよー!」
水音にも負けないぎゃあぎゃあとした騒ぎ。
「……ふーん」
少し離れたプールサイドから暫し眺め、レベッカは踵を返す。何となく面白くない気分。その、理由はわからないまま。
「ガラスの指環、ね」
暇潰しに探してみようか。別に、誰かさんのためじゃないけれど。
そうやって、宝物探しに三々五々散っていった後。
「なぁ煌爛々、俺とも勝負しないか?」
「ぶぇ?」
ディザイアは滝に顔を突っ込もうとしていた煌爛々に声をかける。
「どっちが綺麗に滝から落ちれるか。俺に勝てたら、見つけた指環、お前にやんぜ」
にやり、と放たれた言葉に、煌爛々の否やはなかった。
「一番!鏡国川煌爛々!いくですし!」
高らかに宣言するのは、プールサイドの遥か後方。どうやら助走らしい。
脳筋の呼び名に恥じぬ弾丸の走りでプール際を蹴り、高々と空へ――
「やぁ煌爛々ちゃん、よければ後ろに乗らないかい?行先はあの空の彼方さ」
キラリと光る白い歯。急流を乗り越え大空へ飛び立ったとしおが、黄土色の相棒の上で親指をたてる。
「ふおおいくですし!!」
何かの琴線に触れたらしい、煌爛々はわくわくした瞳で軽やかにボードの上に着地し。
「こっからどーなるですし!?
「…フッ、男は飛び立った後の事は考えないものさ」
つまり。
「うぎょおおお!?……ふお?」
大空どころか滝壺へ真っ逆さま、の途中で感じる浮力。
「想定通り、だな」
翼を出したディザイアが、煌爛々を片腕に勢いを相殺しながら降りていく。下の方で上がった派手な水柱に、ディザイアは神妙な顔で呟いた。
「男を助ける趣味は無くてな、すまん」
遠くの方で上がった水柱に、ひりょは意識を引かれる。遠目に、金髪の使徒の姿が見えた。
「あれは、えっと、鏡国川さんだっけ」
楽しそうな雰囲気に、使徒といっても色んな方がいるんだな、と。長い戦いを思い返して、どことなく感慨深いものを感じ。
「よし、せっかくだし俺も滝を楽しんでみよう!」
ひりょは意気揚々とプールへ身を踊らせた。後悔は、後で悔いるものだということを忘れて。
ちょうど同じ頃。伊都は流れに乗って下流にきていた。波に揉まれながら、流されるだけの状況(文字通り)に自問自答する。
「…やはり休んではいられない!」
一念発起、ここでもできる修業をすることにしたようだ。伊都は水中をあえて流れに逆らいながら、最低限の息継ぎで進んでいく。
(振動が伝わってくる…行き止まり、そうかここは滝壺か)
大量に落ちてくる水が複雑な渦を描き、その場に留まるのがやっと。過酷な環境に、伊都は逆に奮起する。
(ここで素振りをすれば…!)
どこからか取り出した、レンタルショップで借りた浮輪ソードを正眼に構えた。
そして滝の上と下で重なる運命。
「…楽しそう、そう思っていた時期もありまひえええ!!」
黄昏ひりょ、18歳。属性:高所恐怖症。
口から絶叫と共に魂を吐き出しながら、最後の抵抗とばかりに岩に手をのばす。掴んだ。ひりょの顔に生気が戻る。そして。
ツルッ
「そんなぁあああああ!!」
非情にも最後の救いを断たれたひりょは、容赦なくフリーフォールし――
「ぐえっ!?」
何だか蛙の潰れたような声がお尻の下から聞こえた気がする。そんな記憶を最後に、ひりょは下流に流されていった。
一方その頃滝壺では。
(くっ、抵抗が激しい)
伊都は、水中素振りに予想以上の苦戦を強いられていた。浮輪ソードに水の抵抗がまとわりつき、思うように動かせない。
と、上で何かあったのか、水流が乱れ負荷が一瞬消える。
(ここだっ!)
見逃さず振り上げた浮輪ソードは、すんなりと振り上げられ。
ぷすっ
(あれっ?)
何か妙な手応えを感じ、伊都は上を見た。何かが刺さってる。
「○×△□ーー!!」
お尻を押さえたとしおが大空へ逆噴射したと、監視員に通報が入ったそうな。
鍾乳洞の壁から壁へ。天魔ならではの透過スキルで、フェインは効率よく洞窟内を探索していく。
「暗くてよく見えないんだよー」
幻想的な風景も、天井の方までは実装されていないようで。奥の暗がりに何かを見付けるも、よくわからない。
「灯り持ってこればよかったよー」
「どうぞォ…これでイイかしらァ…?」
「あっ、ありが……」
後ろから照らされた懐中電灯に、フェインは声の主に礼を言おうと笑顔で振り返り。
「うわあああじょ、成仏してほしいんだよー!!」
「あらァ…?」
泣きながら走り去る少年の後ろ姿を、壁から首だけ生やして黒百合は見送る。傾げた首筋から、鉄錆び色の液体が滴り落ちた。
「あれ、どうしたのですおにいちゃん?」
「怖かったんだよー…」
脇目もふらず太陽の下に飛び出して、フェインは一息をつく。自慢のフサフサ尻尾も濡れてしょんぼり細くなっている。
「よくわからないけどそろそろ休憩するのですよ、ヤンファはパフェが食べたいのですっ!」
「ふふー、じゃあいこっかー!」
元気よく手を上げる妹に、やっと笑顔を返して。フェインは水龍をよびだした。
二人が飛び去る影で、バナナボートが洞窟に吸い込まれていく。
「んと、水とアウルが…あれ?」
辺りが暗くなってきた事を感じ、Robinは顔をあげる。いつの間にか鍾乳洞に突入していたらしい。
「暗いけど、見える…んと、光ってる?」
ボートを停止させ、壁面を触ってみる。石の感触ではあるけれど、仄かに発光しているのは人工物だからだろうか。
「そうねェ…流石に作り物みたいよォ…?」
「そうなんだ…」
「間違いないと思うわよォ…さっき見たからねェ…♪」
「ありがと…あとこれ、どうぞ」
壁から生えてきた親切な通行人に礼代わりのハンケチを渡し、Robinはレポートへと視線を戻す。ボートがゆっくりと動き始めるのを、黒百合は鉄錆び色の液体――錆びた潤滑油を拭いながら見送った。
熱々のやきとりを頬張って、キンキンのビールをぐいっと。グィド・ラーメ(
jb8434)はこの世の至福を噛み締めていた。
「くっはー、この一杯だよなぁやっぱ!アンタもそう思うだろ?だよなー…」
言葉は段々と尻すぼみになる。だって実はぼっち。
「誰とも一緒じゃないけど寂しくなんかないもん、ないったらないもん…」
哀愁を背負う視界に、キョロキョロと水上を走る人影が写る。途端、俄然元気に立ち上がった。
「煌爛々嬢ちゃんじゃねえか。いやぁ絶景かな絶景かな…お?」
指を丸く作った望遠鏡で揺れる色々を堪能するスケベオヤジが、進行方向にボートを見つけた。
「窯焼きじゃないけど美味しいのです」
オブリオはボートでのんびりピッツァを愉しんでいた。そう、後ろに迫る危機にも気付かずに。
「うぎゃあああ!?」
「な、何事なのです!?」
どっぱーーん!!
誰かの悲鳴と共にひっくり返るボート、宙に投げ出されるオブリオを、グィドの望遠鏡が捉える。
「おう?あそこにも嬢ちゃんが…うーむ、絶壁かな絶壁かグボォ!?」
「…何だかよからぬ気配がしたのです?」
空中という自由のきかない体勢から、邪念を察知したオブリオの投擲。ジュースのコップは見事、グィドの顔面にクリーンヒットし。
どぼん!どぼん!……ぽちゃん
時間差でプールに沈む煌爛々とオブリオ、とピッツァ。もがく水中で底に沈み行くピッツァを、そーっと逃げようとする煌爛々を見たとき、オブリオは全てを理解した。
(…許さない、のです!)
こうして、水中では壮大なおいかけっこが始まり。
「正直な方ですねえ」
地上では偶然通りすがった峰雪が、感心しながらグィドに合掌していた。
急流を危なげなく泳ぎ、飛び込んだ滝壺から顔を出した恭弥は、水面に揺らめく金色に目を止める。
「何だこれ……っておい」
金色の下に生えていた腕を掴み引きずり上げると、むせる背中をさすってやる。
「相変わらずバカやってんな煌爛々」
「ぶええ…おとーと?」
水が鼻に入って痛いらしい、ぐちゃぐちゃの顔をする煌爛々に呆れ混じりの苦笑を向けたところで。
「キーラーラーーー!!」
「げっ…に、逃げるですしおとーと!!」
「ちょっ、まっ!」
掴んでいた腕を逆に引っ張られ、問答無用で流れに飲まれる恭弥。流れてるのか泳いでいるのか、波のプールを猛スピードで通り過ぎ。
「ちょっと喉がかわいたなぁ…あれ?」
涼子との鬼ごっこで疲れた身体も十分休まって。ゆっくりと水上カフェへ向けて泳ぎだした鈴音が、びっくりして止まる。
(鏡国川煌爛々さん…あの人もシュトラッサーだっけ)
学園にも天魔が増えてきたな、と何やら気になって追いかけてみることにした鈴音。
「…今度は何やらかしたんだよ、まったく」
呆れた顔を出したレベッカの横を、怒りのオブリオが追いかけていく。
逃亡は見上げる程の壁に阻まれ。僅かな足場を繋ぐように吹き上がる間欠泉を、煌爛々と恭弥はどんどんと跳ぶ。
「お前、何やらかしたんだよ」
「それどころじゃないですしうおわわ!?」
運動神経の塊のような煌爛々だが、流石に後ろを気にしながらでは厳しいようで。
「っと…相変わらずおっちょこちょいだな」
見事に足を滑らした煌爛々の腕を、間一髪、背に広げたアウルの翼でキャッチ、したはいいが。
「やっぱり天魔みたいにはいかない、か」
「ふおおお!!」
持続時間は数秒です。浮力が切れ自由落下を始める中、なんとか庇おうと煌爛々の身体を引き寄せ。
「…………えっ?」
ドボン!!
「待つのですキララ!!」
「げっだが断るですし!!」
距離の迫ったオブリオに、煌爛々は慌てて間欠泉を跳んでいく。追いかけるオブリオが通り過ぎた後も、呆然と己の掌を見詰める恭弥。
「どうしたんですか?顔赤いですけど」
「………なんでもない」
のんびりと浮き輪で辿り着いた鈴音が、不思議そうに首を傾げた。
「すごい、たくさん、調べたんですね」
カフェの一角、Robinの纏めるレポートを覗きこんで、アルティミシアは歓声を上げる。
「えっと、まだ『水面抵抗』を調べてないんだよ」
「そりゃあ簡単だ嬢ちゃん」
淡々とノートに書き綴っていたRobinの肩を叩き、グィドはある一点を指す。
「捕まえたのです!」
「ぐぬぬぬ何で負けたですし!!」
「問答無用!」
デッドヒートの末オブリオに捕まった煌爛々が、髪の毛わしわしの刑に処されている。
くんずほぐれつを暫し眺め、グィドはうんうん、と深く頷いた。
「つまり、格差社会だヘブシッ!?」
「大変ですきららさん!」
突如、湖から立ち上った水柱が、得意気なグィドを横っ面から弾き飛ばす。
そんな些細な事は華麗にスルーして、エイルズは焦った表情で煌爛々に呼びかけた。
「ヌシです!!」
「ええええ!?」
水柱の中から、堂々たる体躯の怪獣が現れ、叫び声を轟かす。破壊神もかくやな姿に、だがアルティミシアは首を傾げ。
「あれ…?」
「ふむ」
その様子を目の端で捉えると、エイルズはそっとアルティミシアに近寄り耳打ちする。
「あれー、何かあったのかなー?」
少し離れた地点に、透過で擦り抜け顔をだしたティアラ兄妹。首を傾げるフェインの横で、ヤンファは素早く何かを悟ったようで。
「ははーん…おにいちゃん、耳を貸すのです」
咄嗟にフェインを岩陰に引きずり込み、悪い顔で相談する。
「あれは召喚獣…つまり、きらら様への接待バトルなのですよっ!」
「えええー!?」
「友達なら乗っかるべしなのですっ!」
理解の追いつかないフェインを、強引な理論展開で思い付きに丸め込んでいくヤンファの後ろから、影。
「あらぁ…?面白そうな話、してるのねぇ…?」
「ひでぇ目にあったぜ…」
振り返った先には、ボロボロのグィドを引きずった黒百合が、ヤンファと同じ顔で笑っていた。
「きゃ、きゃーあ、助けてください…!」
突進してきたヌシに見事攫われてしまったアルティミシアは、悲鳴を上げながら一生懸命考える。
(人質とは、これで良い、でしょうか…?)
「くっ、人質をとるとは卑怯な…きららさん、一緒に倒しましょう!」
「わかったですし!!」
煌爛々に悲痛な顔を向けたエイルズから、こっそりOKサインが出た事に安堵して。アルティミシアは役になりきる。
「では私が援護しますので――?」
ふ、と何かに気付いたエイルズが視線を向けた先。
「ちょっとまちなぁ!」
ざっばーーーん!!
新たなる水柱が大小の二本、色付きの煙幕と共に立ち上がる。
湖の奥の壁の中、モニタ越しにその様子を見て、黒百合は笑った。
「へぇ…こうなるのねぇ…♪」
イベント時のみ使われるのであろう機械室で、さらにパネルに指を滑らす。
途端、渦が巻き波を起こす湖を見て、ヤンファとフェインは声を上げた。
「特撮顔負けなのですよっ!」
「よーし紫壇、いくよー!」
背に二人が飛び乗った事を確認し、水龍は大きい水柱を突き破るように水面へ躍り出る。カモフラージュの葉っぱがちょっと剥がれたのはご愛嬌。
「俺も忘れてもらっちゃ困るぜ?」
最後、高らかに笑いながら悪の親玉ルックのグィドが登場すると、エイルズは一瞬口角を上げ。
「何!新手だと!」
「えっえっ」
一転、煌爛々に向け悔しそうな顔で叫ぶ。展開についていけない煌爛々だが、何とか多勢に無勢なことだけはわかったらしい。
だがそこへ、下流から駆けつける激しい水音が!
「ちょっと待った!!」
黒い髪をなびかせ、仁王立ちした鈴音が水玉浮き輪を突きつけ。
「助太刀します」
銀髪を払い、スッ、とビート板を構える雫。
「僕はこのためにここに来たんっすね!」
拳を握り締め、伊都は何やら感動している。
「これは収拾がつくのかなぁ…」
プールサイドでは、いち早く避難した峰雪がのんびりと観戦モード。
「えーと、水面抵抗は」
「その先を書かせてはいけない気がするのです、ピッツァどうぞなのです」
隣では、レポートを頑張るRobinに、オブリオが必死にピッツァを勧めていた。
ここまでを瞬時に把握すると、エイルズは脚本を練り直し、助っ人達に向かって叫ぶ。
「感謝します!皆さんは増援の相手を!…さ、きららさん、行きますよ」
「まかせろですし!!」
プールサイドを蹴った煌爛々に、ヌシのヒレが迫る。
「お借りしますよ」
エイルズはテーブルからコースターを何枚か拝借すると、投げカードの如く的確にその軌道をそらし致命傷を避ける。だが少し体勢を崩した煌爛々の拳は、巨体を揺らす程度に留まり。
「は、激しい、です」
「ぐぬぬ」
驚いた顔をするアルティミシアを横目に、再びプールサイドに着地する。不安定な足場に歯噛みする煌爛々。
「ちょっと不公平かしらァ…?」
水竜に対して水上戦では、余りに不利にすぎると。黒百合の掌が踊る。実力差のある戦いなど、見応えがない。
「こうしちゃいましょうねェ…♪」
ニヤリ。最後の一つを叩いた瞬間、水面を間欠泉が埋め尽くす。
突如現れた間欠泉は、一定の場所を一定の間隔で噴き上がっているようだ。そのタイミングを本能で見極め、雫は地を蹴る。
「居合わせたのは偶然ですが…逃がしません」
いつの間にか数枚に増えたビート板を、水竜の首めがけ矢継ぎ早に投げつける。
「右右下上ナナメ横っ!格ゲーは得意なのですよっ!」
だが悪の戦闘員ルックのヤンファは、持ち前の動体視力でその全てを見切る。
「紫壇に伝えるの、僕なんだけどねー…ってわああ!」
「くらえ!ええい避けるな!」
早口の指示の合間の、一瞬の気の緩みに。浮輪ソードが伊都ごとフェインの脇を掠めていく。
「しかしちびっこいのしかいねぇな…っと!」
「そこまでよっ!」
戦況を後方で確認していたグィドにも浮輪が襲いかかる。空気抵抗を物ともしない鈴音の浮輪ラッシュを、悲鳴を上げながらも全て避けきり。
「あっぶねぇ…!って、嬢ちゃん良いモン持ってるじゃねえか」
タンキニごしにたわわに揺れる果実に、満足そうに頷くグィド。オープンすぎていっそ清々しい。
「良いもの…?わかったわ、狙いはこの浮輪ね!」
浮輪をしっかり握り直し、鈴音は睨みつける。清々しいまでに噛み合っていないが、哀しいかな、指摘する人もいない。
そうやってひたすら、鈴音の浮輪ラッシュをグィドが避けるだけ、このままジリ貧かと思いきや。
「隙ありィ!!」
避けるだけだったグィドが、一瞬にして懐から水鉄砲を取り出す。狙いは鈴音――の、水着の肩紐にある長さ調節の金具――つまり。
「くっ!」
「何だろうなーこの、昔やってたスカートめくりが成功した気分みてぇなのはよ」
咄嗟に浮輪を高く放り投げ、鈴音は肩紐を抑える。ポロリダメ・ゼッタイ。
感慨深げに頷いているグィドを睨みつけ――にやり、と口角を上げた。
「何ぃいいい!?」
「かかったわね!」
上空に投げた浮輪がなんとすっぽりハマり、グィドは身動きが取れない。
「嬢ちゃん…水着の下に水着は反則だろぉ!?」
「問答無用!」
鈴音の右腕が大きく振りかぶられた。
間欠泉を飛び回りながらも、煌爛々は攻めあぐねていた。
「わ、わわっ」
「くっ…」
急所に殴りかかろうとすると、ヌシは尻尾で掴んだ人質を盾にしてくるのである。続く膠着状態に、頃合いか、とエイルズは手招きし。
「きららさん、僕が隙を作ります。大技で仕留めましょう」
「頼んだですし!!」
指を鳴らす。徐々に、浮き上がるボート。五艘となったところで、ヌシの周囲を激しく動きまわる。ヒレ攻撃を封じられ、身動きもままならないヌシ。
「今です!」
「ふぬおお!!!」
無駄に良い動体視力でボートの包囲網の隙間を見極め、煌爛々は間欠泉を蹴った。
「どこも限界みたいねェ…」
悪役の劣勢に、黒百合はフィニッシュの準備に入る。タイミングを逃すまいと目を細めながら通信をON。
「調子はどうかしらァ…?」
『げ、限界かもー!』
『コンボにカウンターを合わせてくるとは想定外なのですっ!』
モニタを見る。ちょうど、鈴音の拳がグィドに迫っていた。水龍に迫る煌爛々も見える。
「去り際も美しく…そうよねェ…♪」
黒百合は頷くと、赤く光る一際大きなボタンを躊躇いもなく押した。
ドッカーーーン!!!
「おーぼえてやがれー!」「なんだよー」「なのですよっ!」」
強く噴き上がった間欠泉にて飛ばされていく悪役達。水飛沫の影で、召喚獣もそっと還って。
「おとといきやがれーですしー…って人質!?」
すっかり忘れていたらしい、慌てる煌爛々の前に、アルティミシアを抱えたエイルズが着地する。
「大丈夫ですよ」
「あ、ありがとう、ございますっ」
ふらつきながらもしっかり頭を下げる少女に、煌爛々もほっと息をつく。
「そうだきららさん、これを」
優雅に片膝をつき、エイルズは恭しく両手を掲げる。掌には、ガラスの指輪。
「戦利品です、どうぞ」
「い、いいんですし…?」
そわそわと何故か躊躇う煌爛々の片手に、エイルズは微笑んで指輪を乗せた。
●
煌めく星空の下に、負けじと火の花が咲く。
「ボク、役に、立ちましたか?」
手持ち花火をそーっと蝋燭に近付けながら、アルティミシアはエイルズを見上げる。
「ええ、助かりましたよ」
頷くエイルズの掌の上、色とりどりの筒花火がお手玉のようにくるくる回った。
黒い炭の欠片のようなものに、躊躇なく火をつける鈴音。
「うわわー、なんかぐねぐねしてるんだよー!」
「エンディング後の隠しボスなのですよっ!」
思わず飛びすさって、魔具を顕現させるヤンファとフェインに。
「あれ、知らない?ヘビ花火」
ジェネレーションギャップかなぁ、と鈴音は目をぱちくりさせた。
落ちてきた落下傘が、浮輪ソードに叩かれる。
「あんなに時間をかけるなんて…不覚!」
「たまには休むのもいいと思うけどなぁ」
間髪いれず次の落下傘花火をセットする伊都を横目に、峰雪はミネラルウォーターをコップに注ぎ分けると。
「マジ死ぬかと思ったぜ…」
「僕もです…」
「はい、お疲れさま」
真っ白に燃え尽きているグィドとひりょに差し出した。
星と花火の明かりを頼りに。Robinは人を探してさまよう。
「よう、宿題は終わったのか?…どうした」
「最後、わからなくて。銀髪の人を探してるの」
「オブリオか…?あれだ」
ディザイアは高い視点から見付けだすと、オブリオを手招き。
「どうしたのです?」
「んと、水面抵抗を教えてほしい」
「純粋な瞳が刺さるのです!?」
不思議そうなRobinと崩れ落ちたオブリオの間で、ディザイアはどう言ったものかと頬をかいた。
片手に花火を持ちながらも、恭弥はぼーっと掌をみつめる。
「…ーと、おとーとっ!」
「っ!?な、なんだよ」
「こっちのセリフですし」
訝しげな煌爛々の顔。確かに、己が平静ではないのは認める、が。仕方無い、ある部分についつい目がいってしまうのだ。
「……あー」
誤魔化すように視線を下へ、煌爛々の手を掴む。ポケットからガラスの指輪を取りだし、どの指かなんて見る余裕もなく嵌める。
「すごいですし見つけたですし!」
「俺は要らないしやるよ」
だから、今だけは少しそっとしておいてほしい。
線香花火の柔らかな灯りに。正宗はそっと、ガラスの指輪を透かす。
「見付けたんですね。それ、どうするんですか」
傍らにしゃがんだ雫も、同じように静かに、線香花火をみつめている。
「特に何も…考えてはいない…が」
ふと、線香花火の向こうに、幼馴染みの姿が見えた気がした。
誰かを思い出すような正宗の眼差しに、雫も己のガラスの指輪を取りだし目に当てる。
「…それも、いいですね」
穴の向こうの灯りに、誰かを探した。
「なんか大事になったな…」
少し離れた場所から賑わう周囲を眺め、レベッカは呟く。悪くはないけれど、自分が花火を持ち込んだのは。
「ぎゃああレベッカ!なんかとんでくるですし!?」
涙目で飛び跳ねているおバカな使徒と、遊びたかったから。
「ははっ、喧嘩売られてんじゃないか?」
「にゃにおう…後悔させてやるですし!」
そんな些細な冗談さえ真に受けて、ネズミ花火を踏みつけている煌爛々。真剣な顔が可笑しくて、こっそり追加してみたり。
「新手の気配…ってレベッカですし!!」
「なんだ、やっと気付いたのか?」
「ムキィィイイ!!」
何度からかっても変わらない反応に、何故か飽きることもない。一頻り笑って、いつものように叩いてくる手を、いつものように絡めとる。
「悪かったって。お詫びに、これやるよ」
返事の暇も与えず、指を煌爛々の耳に滑らせる。ビクリと震える肩に、先程とは違う笑みを溢して。
「やっぱりな…似合うと、思った」
耳に光るフラワーイヤリングと、真っ赤に固まる顔を肴に。レベッカは満足そうに髪を撫でた。
「青春、ねェ…♪」
生い茂る木の上、闇に溶け込む黒百合が、お猪口を掲げた夜空には。
「俺はっ、星になるっ!!」
打ち上げ花火をくくりつけたとしおが、大輪の華を咲かせていた――