7回裏の同点劇、その興奮冷めやらぬままにベンチを立つ。
フィールドへ駆け出す一同の最後尾、フェイン・ティアラ(
jb3994)がふと振り返ると。五所川原 合歓(jz0157)が何やらごそごそ漁っている。
「合歓どうしたのー?…お腹すいてるのー?」
「――あ…その…」
ビクッ、と震えた肩の弾みか、ボトリと落ちたのは某腹持ちの良いお菓子。
アワアワとした気配に、フェインはクスリと笑って。
「動く前に食べるとお腹痛くなっちゃうよー?終わった後に美味しいの差し入れしてあげるから、楽しみにしててねー!」
熱気溢れるダイアモンドへ、誘いの腕を差し出した。
「やきうのじかんだあああああ!!!」
ボール回しの最中、ホームから野太い声が轟く。外野まで届いたソレに、衆目の視線は釘付け。
「…と、言えば良いんだろう」
咳払いを交えつつ渋くキメる矢野 古代(
jb1679)。
ヘルメットからはみ出た耳たぶが、ほんのり色付いているのはご愛嬌。
「ヤキュー、ですか。…あのうだる様な暑い一日を思い出しますね」
レフト、加茂 忠国(
jb0835)が日差しに眼を細める。
「秀影ー!!こっちですしーー!!」
センター、鏡国川煌爛々(jz0265)は確信犯的に聞いていない。
グローブを大きく振り、サードの庵治 秀影(
jb7559)にボールを強請る。
「観客席から沸く歓声、相手の私を射殺す様な瞳。そう、あれは、あれは――」
だがスルーには慣れている。忠国はいっそう遠い瞳をして、熱く、拳を握った。
「キャバ嬢達との野球拳ッッ!!」
煌爛々は、優しく投げられたボールをお手玉しながらもキャッチ。
「いやぁ!アレは実に盛り上がりましたね!私ばっかり〜中略〜良く考えればアレ私上手く騙されて…あっ、そーゆーお話いらないですかそうですか」
「明日香ー!!行くですしーー!!」
ジャンプしながらの合図に、ショートの影野 明日香(
jb3801)は苦笑交じりに手を振り返す。
「それじゃ野球拳でも頑張りましょうか!あっ、それも違う?フツーのやkyグフッ」
「ごめんですし明日香ー!手が滑ったからもっかい行くですしーー!!」
「…毎度懲りないわね」
ライト、アルベルト・レベッカ・ベッカー(
jb9518)は肩を竦めた。
●8回表
先頭打者、くるくると回るバットが肩に担がれたのがかろうじて見える。
何故か、ピッチャーを通り越してこちらを向いているような。煌爛々は首を傾げた。
「『実況!ぱわープロフェッショナル野球』で培った野球脳の出番なのですっ!」
リセットして痛い目を見た過去など知らない。
主審のヤンファ・ティアラ(
jb5831)が、高らかに開始を告げる。と同時。
「煌爛々〜、こいつの使える球種は〜!?」
バッターボックスから飛んでくる友人の声に、煌爛々は瞬く。
「ええっと…レベッカー!きゅーしゅってなーんでーすしー?」
「教えてあげてもいいけど…たぶん、必要ないと思うわ」
呆れた顔を隠しもせずに向けた先では、監督の小日向千陰(jz0100)がバッターにヘッドロックをかけている、ように見える。
「…ほらね?」
「んん?」
イマイチ飲み込めていない煌爛々を置いて、今度こそプレイボール。
「投手交代もある…先ずは見るべき、だな」
指を二本、ミットの影で動かす。キャッチャーの古代からのサインに、ピッチャーの仁良井 叶伊(
ja0618)は何度か首を振り、頷く。
「正直…シュトラッサーが人間のスポーツに興味を持つとは思っても無かったですが」
センターからの刺されるような視線に、心地良い緊張を感じ。ゆったりと投球モーションに入る。
「こうなってしまった以上は頑張って…勝ちに行きます」
2mの長身が、さらに上から鋭く投げ下ろした!
「ストライクですのっ!」
強いスピンがボールを低めに曲げる。見送るバッター。
様子見は、あちらも同じか。ならば。再び振りかぶる。
「この仁良井叶伊の球…すべて読み切れると、思わないでくださいね」
左に右に。ある程度のラインナップを振っていく。当たりはあれど、すべてファールラインを越えて。
「…くくっ、視線がアツいねぇ」
三塁から、一塁側ベンチはよく見える。
ピッチャーの手元を食い入るように見詰める、黒髪の少女の姿も。
「一朝一夕に盗まれるたぁ思わねぇが」
何気なく帽子をかぶり直した、それは合図。古代の視線が向いたところへ、秀影は素早くベンチを指し示す。
頷きは微かに、だが確りと。カウント2−2、古代は心持ち屈み、影になるようにサインを送る。
「癖やなんかは、大体視線で絞れる筈ってね」
そろそろ仕留めたい、と選んだ球種に叶伊も頷き。
オーバースローからの投球。球はインハイに――変化、しない。
「ストライク、バッターアウトなのですよっ!」
「まずは一人、ですね」
勢い良く空を切るバットに、叶伊は慢心せず呟いた。
2番打者がバッターボックスへ。
脳内の知識を反芻するかのように暫し佇み、やがて、一礼して強く叶伊を見据えた。
「さて…」
古代もまた、叶伊を見詰める。実はそういう趣味、ではなく。
「五所川原と違って、球種が多いタイプか」
仁良井叶伊という投手について、最適なリードが出来るよう意識を切り替えていく。
次の打者は初心者、今までの回も不慣れな様子で…特に。
「こことか、な」
サインはインローへ、手加減無しの鋭い球を。頷いた叶伊の球が過たず古代のミットへと届く直前、バットが辛うじて遮る。鈍い音、掠った、というのが正しいだろう。そう、狙い通りに。
「打たせて取る、ね」
弾道から落下地点を瞬時に予測し、無駄なくワンステップ。明日香のグローブに、ワンバウンドした打球が飛び込む。
ツーステップ、流れるように身体を回転させ、ファーストへ。万全の体制で構えていたフェインが、危なげ無くキャッチする。足元では遅れて、ヘッドスライディングをした打者が息も絶え絶えに。
「明日香ー!ナイスなんだよー!」
「バッターアウトっ!…お兄ちゃん反応がまだ遅いのですよっ!」
審判となった以上知り合いにも厳しく、否、知り合いにこそ厳しく!
数多の選手(2次元)を育ててきたヤンファさんは、妥協をけして許しません。
兎にも角にも2アウト。
「ナイスランだよっ!ボクも頑張るからねっ!」
大山恵(jz0002)が張り切ってバッターボックスに入る、が。
大振りのバットは、今までと同様、ピッチャーに翻弄されて終わったのであった。
「空振り三振!3アウト、チェンジなのですっ!」
「出番なかったわねー」
「明日香すごいですし!」
全く動かなかった外野組が、ベンチに向かって歩いて行く。と、先を歩いていた忠国が徐ろに振り返り。
「ここは連携を忘れない為にも!ちゅーするしかありませんねさぁ中堅右翼のガール達いざ連携を取る為にちゅううう!!」
両腕を広げてホップ・ステップ・ジャンプ。叶伊のピッチングばりの正確さで彼女(?)達目掛けて飛び掛かり。
「すとらーいくー」
「ばったーあうとーですしー!!」
ダブルグローブが、忠国の両頬を力強く挟み撃った。
「ナイスリードだったねー!」
「ぐっ」
きっちり三人で抑えてみせた古代に、ベンチへ戻るすがらフェインは軽く肩を叩き。思わずといった風に漏れ出た呻き声に首を傾げる。
「古代どうしたのー?顔が青いよー?」
「ヤンファは知ってるのです、ゲームでも古参キャラはよく故障してたのですよ」
「そうそうこの体勢地味に腰に…いや来ないまだ若いから!」
慈愛に満ちた瞳で頷くヤンファ。
真顔で微動だにしない古代の背に、背番号36(実年齢)が、燦然と輝いていた――
●8回裏
「主審ですが人がいないから解説もするのですっ!司書様チームがあっさり三者凡退なのです!後攻、このまま突き放せますでしょうかなのです!それではプレイボールなのですよっ」
一息に言い切り、解説席からダッシュするヤンファさん。お疲れ様です。
「レベッカー!!打っちゃりやがれですしー!!」
打順はラインナップの先頭から。ベンチから身を乗り出す煌爛々の手には、何故か黄色いボンボン。
「ふふ、煌爛々ちゃん違うわ、こうよ」
「むむ」
背後から覆い被さるように、明日香がチアを直伝しているのを横目に。レベッカは過去と今の投球パターンを見定める。
誘い球には見向きもせず、ピッチャーが振り被るのをただ見つめ。
「……ズボンの後ろ、破けてますよ」
「ええっ、そん――」
咳払いと共に、背後から告げられた内容。思わず片手が腰に回るのを、理性が押し止める。
「――なわけはないわね、騙されないわよ」
キャッチャーの戯言ごと、甘いカーブを打ち払った。
「…っし!」
打球はピッチャーの頭上を越え、低空をセンター前へ。だがその行方には目もくれず、ただ前へ、塁へと全力疾走するレベッカ。
遠くでヤンファがフェアと叫ぶ声や、煌爛々の雄叫びを耳に、1塁を駆け抜ける。振り向く。センターからボールを受け取ったセカンドも振り向く。目が合う。
「うふ(はぁと)」
白髪の青年は一瞬硬直した後、物凄く嫌そうな顔でファーストに返球した。
無死1塁。勝ち越しのランナーを出し、バッターボックスには五所川原合歓。
1塁のレベッカは、キャッチャーに刺されないギリギリで塁を離れている。
(――送る、から…!)
(任せたわよ!)
一瞬のアイコンタクト。そして、宣言通りに初球からサード前へ転がる打球。
レベッカは音と同時にベースを蹴った。行方は追わない、信じて任せたのだから。
ズザザザッ!
ヘッドスライディング。手には確かにベースの感触。
だが、ヤンファの声は無慈悲にも――「アウトですのよっ!」
顔を跳ね上げ、マウンドを見る。そこには、満足気にベンチへと戻る合歓の姿。
振り向いた顔に、ゆっくりと親指を立てるレベッカ。合歓は、微笑んで頷いた。
一死2塁。得点圏にランナー。
バッター、加茂忠国。アナウンスと共にバッターボックスに向かい――素通りした。
「何やってんですしあのハレンチ」
「たぶん、いつものじゃないかしら」
訝しげになるベンチの目の前で、忠国は徐ろにピッチャーの手を取り。
「さぁ私とめくるめく野球拳の世界――」
「あ゛?」
「――あっはいマジメにやりますマジメに」
地を這うボイスに音速でバッターボックスに戻る。
「はーなーすですしー!!」
「ハイハイ、落ち着いて」
ベンチではバットを投擲寸前の煌爛々が、明日香に羽交い締めにされていた。
「若いねぇ…くくっ」
「いや、まだまだだな」
腕組みして何やらワカッテル風のおっさんズは置いといて。
「良いでしょう、では私が貴女の球を打つごとに一枚ずつ脱いでいって貰うということで!」
うわあ…
得意満面の忠国に、球場の全女子の心が一つになる。
ピッチャーも一瞬呆れた顔を見せるも、言葉に込められた本気に次第に引き攣って。結果。
「ストライクーバッターアウトですのよっ!」
「ピッチャーも気持ち悪かったんでしょうね…」
「…どーせ誰でもいーんですし!」
そっぽを向いた煌爛々を他所に、本日一番のストレートがあっさりと三球三振を奪った。
二死2塁。4番打者の登場に、外野が僅かに後退する。
万全の警戒にも、口元には常と変わらぬ飄々とした笑み。
「秀影様、どうなさいましたですの?」
「なぁに、ちっとご挨拶、ってねぇ」
懐から取り出したブランデーの瓶を一息で呷る。
スラリと眼前にバットを掲げて――勢い良く吹きかけた!
「ようし、相棒。スカッとでけぇ花火を打ち上げようじゃねぇか」
そのまま構えるかと思いきや、バットはゆっくりと持ち上げられていき。
「それは…」
「あぁ予告してやるぜ…その球は柵の向こうに消えちまうってなぁ」
形式に則ったホームラン予告。それは、この上ない程の挑発となり。緊迫した空気がフィールドを包む。
(やるわね…)
負けじとレベッカも二塁で大きく牽制する。ピッチャーにかかるプレッシャーはいかばかりか。
キャッチャーのサインが通り、振り被って――賽は投げられた。
カキーンッッ!!
「走れ!」
叫んだのは誰だったか。牽制のそのままにレベッカは俊足で駆ける。レフトへの特大の軌跡を眼で追いながら、秀影も一塁を目指す。
打球はラインギリギリ。レフトが走っている。落ちるか、間に合うのか――
タンッ
異様な静けさの中、レベッカがホームベースを踏んだ音が響く。同時に、レフトがフェンス際に滑り込んだ。
ボールの行方は、ここからでは見えない。
「どうなったの…!」
全ての視線が集まった先、ゆっくりと、そして高々とグローブが上がった。
そこには、眩いほど真っ白なボール。
「…飲み過ぎちまったか」
「秀影惜しかったですし!」
「次も守るよー!どんとこーいだよー!」
割れんばかりの歓声に肩を竦め、秀影はベンチの皆に迎えられたのであった。
●9回表
さぁこれから、と気合を入れたフィールドに、三ツ矢つづり(jz0156)が静々と登場する。
それだけで、次の打者が誰なのか全員が悟った。
「でっでっででっでっででで〜♪」
第一打席から変わらぬ専用応援ソングを歌い終え、粛々と下がっていくつづりにご満悦に頷き、バッターはバッターボックスに入る。
「ミニスカ生足…黒ストならもっ――ハッ、実家の方から殺気を感じる」
「古代どうしたのー?大丈夫ー?」
明後日の方向を向いて咳払いを繰り返す古代に、フェインが心配そうに声をかける。
何でもない、と片手をあげようとした古代に被せるように。
「問題ないのですよお兄ちゃん、古代様はちょっと持病のムッツリをこじらせただけなのです」
「ゲホゲホゲホッ!?」
一塁まで届くヤンファの声。古代は誤魔化すように一際長く咽ると。
「さぁ、しまっていこう!」
外野まで届く大声で叫び、叶伊にサインを出し始める。
「まぁ良いですけど…」
僅かに苦笑を閃かせ、すぐに真顔に戻りサインに頷く叶伊。
内容はどうあれ、先程のやりとりで良い意味で力も抜けた。後はリード通り投げるだけ。
主審の合図と同時に、古代のミットにストレートが刺さる。
「ふーん。癖のある回転してんのな」
見透かしたかのようなバッターの言葉。キャッチャーマスクの奥から、気にするなと古代が首を振る。
揺るがぬ視線を返し、左右へ投球を振ってバッターを翻弄していく。
「しまっ…」
スライダーが、僅か甘く入った。バッターが笑って、バットを振り抜く。
カッキーン!
打球は、快音を立ててレフトへ。低めの外野フライだが、フェンスギリギリまで伸びていく。
レフト、忠国は――
「フッ、私と朝まで延長試合を楽しみませんか以下略」
観 客 を ナ ン パ し て い た
執念でフェンスを登ったらしい。しがみつきながらもポーズをキメる様は、ある意味アッパレといえる。かもしれない。
とはいえ。試合開始に気付けてないならば、相応の報いが飛んでくるわけで。
「ハレンチいいいい!!!」
「おっと始まってましたか」
振り向いた忠国の眼に、センター煌爛々が鬼の形相で迫ってくる。
思わず仰け反った身体――に、もう一つ迫っていたモノが。
ゴン"ッ……ボトッ
弾みのついた頭部が、落ちてくる打球とちょうど交差する場所に。結果。
「ご褒美ですッ…!」
崩れ落ちていく忠国と、上手い具合にバウンドして煌爛々のグローブに収まったボール。
「煌爛々ちゃん、サード!」
「ひで、か、げええええ!!」
明日香の声に、脊髄反射で全力投球。3塁に向かっていたバッターはたたらを踏み2塁へ戻る。
「こいつぁ…シビれるねぇ」
秀影はセカンドへ牽制しながら、痺れる腕を擦るのであった。
無死2塁。バッターボックスにて獰猛な笑みを浮かべる小日向千陰と、プレッシャーをかけつつリードするランナー。ギリギリラインの見極めは、見事と言わざるを得ない。
投げないまでも投球モーションで幾度か牽制し、叶伊は千陰へと向き直る。高めのストレート。
キン!
飛びつく合歓の横を、ライナーが右中間へ抜ける。思わず視線で追う叶伊を中心にランナーと千陰は走り。
「ストップ!!」
3塁を蹴ったところで、突如1塁側ベンチから静止がかかる。
同時に、セカンドにカバーに入った明日香のグローブが小気味良い音を立てた。
「あら、どっちかは刺せると思ったのに。残念ね」
送球モーションのまま、慌てて戻るランナー達に艶然とした笑みを向けるレベッカ。
「あれに追い付くとはな…」
賞賛混じりの驚きを胸に、古代は座り直す。叶伊は無言で一礼した。
無死1、3塁。
構えたは良いものの、ずっとブツブツ呟いているバッターに胡散臭いモノを感じる古代。
眼まで閉じ始めた時には若干引いt…動揺したが、それはそれ。打席は始まっているのだ、奪ったストライクも反則ではない。
(段々声が大きくなってる気がするが…)
内容は聞こえないフリをしよう、ベンチで涙目になっているつづりの為にも。
叶伊は流石、バッターの奇行にも動じず淡々とストライクを取っていく。そして三投目。
「『参愛してるぜ膝の裏の窪みぺろぺろさせて下さい打法』おおおお――」
うわあ…
再び、球場の全女子の心が一つになる。だがバットはその雰囲気などお構いなしに全力で振り抜かれ。
何の奇跡か、真芯を捉えた――
「せーの、「「\イッケメーン!!/」」
外野からレベッカと煌爛々の黄色い声援が轟く。瞬間、形容し難い唸り声と共にバットが逸れたのを、家政hではなくキャッチャーは見た。
キン゛ッ
しかし運命の悪戯か、ボールは地面に叩きつけられた。ランナーは同時スタート。
さばくのが困難なボールを、明日香はそれでも最小限のロスで捕球する。
顔を上げた所に、だが古代は舌打ちしながら叫んだ。
「セカンドだ!」
――確実に取れるアウトを。苦渋の決断の意味する所は、つまり。
「…なぁに、点を取られちまっても慌てるこたぁねぇ。俺がすぐに取り返してやるってなぁ」
ホームベースに滑り込む人影。勝ち越しの、点を取られた。
さらに千陰をアウトにするも、1塁は間に合わず。フィールドに緊張が走る。
「あれが当たるなんて…凄い執念ね」
定位置に戻りながら、明日香は肩を竦めた。
一死1塁。バント狙いを隠しもしないバッターに、叶伊は後ろ手で内野に指示を送る。
心持ち近付く内野陣。再びの打たせて取る作戦。果たして狙い通り、打球はライン際を1塁目掛けて転がっていき。
「貰ったんだよー!」
前に出ていたのが功を奏したか、フェインは捕球すると同時にランナーに体当たりする勢いでタッチアウト。
「セカンド行くよーっ!」
フォローに入った明日香に間髪入れず送球するも、流石にゲッツーはならず。
「ファースト、ナイスプレイ!」
「くくっ、やるじゃねぇかフェイン」
内野陣の歓声の中、ヤンファもつい、喜びの余りパタパタと飛び回る。
「お兄ちゃんが成長したのです…これは特訓の段階を上げろということなのですよっ!」
「なんだか背中が寒いんだよー…?」
声は聞こえないまでも、両拳を握り締める妹の姿にフェインはガクリと肩を落とした。
二死2塁。バッターは、同じピッチャー。だからこそ、叶伊は慎重に狙いを読む。
(二死で得点圏にランナー。セオリーなら打ちに来ますか)
前進していた内野を下げる。相手が気付いている事を承知で。
古代のサインに数度首を振る。視線に想いを乗せた、自分の読みで勝負させて欲しいと。
(そこまで言うなら任せたぜ)
(ええ、必ず打ち取りますよ)
ゆっくりと、丁寧に振り被る。これを最後の投球と決めたから。投げるのは、速球ストレート。
投げた瞬間、バッターは――バントの構え!
キンッ
ファースト方向へ弾む球。下がっていた内野陣が慌てて前進するのに、バッターは喜色を浮かべて走り。
「嘘やろ!?」
その表情はすぐに驚愕へと変わる。半ばも行かぬ内に、白球が追い抜いていったから。
「読み通り、ですね」
叶伊の手から、フェインのグローブに収まるボール。
最後はピッチャー自ら打ち取り、試合はラストチャンス、自軍の攻撃へ。
「勝ち越された――が、まだ試合は終わっていない」
ベンチに座ったまま、ミハイル・チョウ(jz0025)は選手達を激励する。
誰もが諦めていない、だから、この一言で十分。
「勝ったらウチアゲやるらしいですし!ガンガン行くですし!!」
「そうね、勝って打ち上げに行きましょう。監督のオゴリで」
漫画のうろ覚えな知識を披露する煌爛々に、ちゃっかり便乗する明日香。ミハイルは苦笑して承諾する。
「焼肉がいいんだよー!」
「俺ぁ鍋かねぇ、日本酒に合う」
やいのやいの、好きな食物を言い合うベンチ。それもそのはず、彼らは勝つ気でいるのだから。
そして、運命の最終回が始まる。
●9回裏
「全力で、でも気負わないで、ね。いってらっしゃい!」
バシン、と明日香に背を叩かれ、煌爛々は気合十分に送り出される。
フルスイングな素振りをしながらバッターボックスに入り――どう形容したら良いのかわからない構えをとる。だが。
「煌爛々様…その構えはもしや、アレですのねっ!」
「煌爛々ー足はもうちょっと上げるんだよー!」
ティアラ兄妹にはわかったらしい。フェインなどは、いつの間にか取り出した漫画を片手に煌爛々に指導を入れている。
胡乱な顔をしたピッチャーだが、それでも振り被って第一球を投げ――
「「「ええええ!?」」」
ティアラ兄妹以外が叫んだ。
「秘技:白鳥のワルツ…さすが煌爛々様ですのっ!」
「すっごく回ってるんだよー!」
片足を軸にバットを水平に亜音速で回転し以下略。
有り得ない漫画の必殺技は、有り得ない使徒の能力で見事再現され。
「つぁ……っ!」
なんの奇跡(でじゃぶ)か、ジャストミート。センターの頭上を大きく越えていく。
「煌爛々ちゃん走って!」
「わ、わかたです、し…」
「ってちがーう!!」
何故か3塁方向へよたよた逆走する煌爛々。どうやら三半規管をやられたらしい。回りすぎです。
ベンチの懸命の指示によりなんとか正しい方向へ行くも、1塁を踏むのが精一杯であった。
無死1塁。煌爛々とは裏腹、静かにバッターボックスに入る明日香。
冷静に内野を見渡し、1塁の煌爛々が拳を振ってくるのに苦笑する。
「驚かせてくれるんだから…」
予想外の事ばかりしでかす可愛い友人に、しかし自分もカッコイイところを見せたい。
自然、気合が入り、優秀な頭脳が解析を始める。構えからバントなのはバレている。確実に送るには。
「そこね」
絶妙な場所、キャッチャーが立ち上がり2塁――は間に合わない、1塁へ。
「アウトですのっ」
「後は頑張って、ね」
燃える瞳で親指を立てる煌爛々に微笑んで、明日香は優雅にベンチへと。
無死2塁。大チャンスである。
それがわかっているのだろう、フェインはバットぶんぶんとバッターボックスへ。
「強化ギプスどこにも売ってなかったんだよー残念ー」
「かくなる上は、科学室で変異なのですっ!」
確り聞こえた煌爛々が物欲しそうな顔をしているのはさておき。
ヤンファの合図と共に、ピッチャーがどこか緊張の面持ちで、投げた。
カキーーンッ!
快音が響く。一塁間を抜けるヒットに千陰が反応するも、打球はすり抜けてライト前へ。
鋭い打球にライトが慎重に対応する間に、煌爛々は3塁を蹴り――
「鏡国川、止まるんだ!」
ミハイルの大音声が、使徒の爆走を止める。慌てて3塁に戻ったと同時、キャッチャーが捕球した。
ファーストの千陰同様、苦い表情を顔に乗せ即座に2塁へ。だが。
「今のセーフだよねー!?」
綿菓子のようなふわふわ髪を惜しげも無く砂だらけにして、フェインはヘッドスライディングの体勢のまま問う。
無言で頷いた塁審。フェインは飛び起きると、3塁の煌爛々とハイタッチ(エア)したのだった。
一死2、3塁。
「タイムなのですっ」
マウンドに集合する相手チームを眺めながら、古代はストレッチをしていた。
「不味い、膝にもきたような…いやだから違うからね?」
わかってる、と言わんばかりに頷くヤンファさんの慈愛の眼差しが本当に刺さります。
バッターボックスで黄昏れていると、どうやら相談は終わった様子。改めまして。
「プレイボールなのですっ!」
「野球…実はよく知らないんだけどな」
それでも9回、とうとうここまで来た。恐らくコレが最後の打席となるだろう。痛む腰を擦り、億劫に構える。
覚悟を決めた顔で投げられる球を、のらりくらり、なんとかカットし続け機を狙う。
(そろそろ…ここだ!)
6球目、ピッチャーが代わりの球を受け取ったところで。
「え、何?こんなおっさんにカッティングされて恥ずかしくないの?恥ずかしくないんだーへぇーほぉー」
古代 は 口プロレス を しかけた!
「なんてえげつない…」
「勝てば官軍、よ」
「――お腹、すいた…」
「嬢ちゃん、飴舐めるかぃ?」
ベンチ の はんのう は さまざまだ!
閑話休題。間髪を入れず、ピッチャーにもフォローが入る。
そう簡単にはいかないか、と構え直したところへ、キャッチャーから絶妙なカウンターが。
「カットせずに前へ打てばヒーローになれるのに…どうしてカットなんだろう…何度か失投あったのにな…」
「 ぐ っ 」
古代 は ひるんだ!
だがキャッチャーは追撃の手を緩めない!
「自分の子供ほどの相手に口まで使って本気になるの、大人げないですよ」
「そ、そこまで離れてな、い…だろ!?」
クリティカルヒット!古代 は なみだめになった!
必死の反論はスルーされたまま、ピッチャーが投球モーションに入り。
「…直球」
聞こえるギリギリの声量で告げられた言葉に、身体が反応してしまう。
しかしボールは、振り抜いたバットの下をゆっくりミットへ落下した。
「ストライク、バッターアウトなのですっ」
「きたねえええ!!」
完全にハメられた矢野古代(36)。しかしトボトボと戻ったベンチでは。
「ちょっとフォローしにくいわよね」
レベッカさんの言葉に、全員が頷いていた。
二死2、3塁。ピッチャー対決。
奇しくも、先程とは逆の立場に。だがやることは変わらない。
「打撃は苦手ですが…そうも言ってられないですね」
点は入れられずとも終わらせない。冷静さと諦めの悪さが、叶伊の中で鬩ぎ合う。それは、あっさりと2ストライクになって尚更に。
と、ここで徐ろにピッチャーがボールを真っ直ぐ突き出す。握りは、直球。
(…なるほど)
最後の勝負に出たのだろう、キャッチャーも止める気配はない。ならばこちらも、全霊を以って挑むのみ。
一つ頷き、無言で構えた。ピッチャー、振り被って――
「曲がったんだよー!?」
「さっきからえげつなくない?」
「――飴……!(うまうま)」
「気に入ったかぃ嬢ちゃん、違う味もあるぜぇ」
予告と違う球に、ベンチは騒然となる。だがしかし。
「だと思いました、よ!」
ガキンッ!
予想通りだと踏み込み、叶伊はバットを振り抜く。読みは当たった、が、打撃センスがついていかない。
打球はフラフラとライトの方向へ。ランナーは誰もが祈りながら、がむしゃらに走った。そして。
「アウトっ!ゲームセット!なのですっ!」
ライトが高々と掲げたグローブには、白球が汚れなく鎮座していた――
向い合って一礼して。敵味方なく、戦い抜いた清々しさで笑い合う。
「水分と栄養補給はしっかりねー」
「ありがと、美味しいわね」
フェインお手製のレモンの蜂蜜漬けは、大好評のようです。
「…ハッ!?負けたから打ち上げなしですし!?」
ガーーン!と文字を背負う程の落ち込みを見せる煌爛々に、明日香は極上の微笑を浮かべ。
「大丈夫よ、試合後は両チーム揃ってお疲れ会をやるの。負けたチームの監督の奢りで」
瞬間、期待の眼差しが全方位からミハイルに突き刺さり。
「…行くぞ」
色々と諦めた笑顔に、満場一致の大歓声が響き渡った。
●打ち上げ
打ち上げといえば焼肉でしょう!と近くの小さな焼肉屋を貸し切って、皆さんお疲れ様でした。
「はい!ではこれから、両監督によるMVP交換会を行います!私からはアルベルト君に。攻撃に防御に、要所での活躍がとても印象的だったわ!特に9回表の私のタイムリーを阻止した守備がもう見事やら悔しいやらで…!とにかく素晴らしいプレーでした!」
ミハイルも発表し、後は無礼講へと。
「――…ミノ…!」
「くくっ、嬢ちゃん渋いねぇ。俺のも食っていいぜぇ、コイツがあるからよ」
一升瓶を片手に、秀影はどんどん肉を焼く。合歓はとても幸せそうだ。
「し、しみるですし!」
「全く無茶ばっかりして…でもカッコ良かったわよ」
「本当ね。はい煌爛々ちゃん、あーん」
スリ傷を明日香に消毒されて涙目の煌爛々に、レベッカがせっせと肉を運ぶ。
「次はぜひ私と野球拳を「うっさいですし!」ヘブシッ!」
タンコブを冷やしながらも、忠国は全然懲りてないようです。
「古代だいじょうぶー?」
「ダメですよお兄ちゃん、こういう時は黙ってマッサージしてあげるのですっ」
「待ておまえら折角だ肉を食えやめろ触るんじゃな」
合掌。
「あの場面はカーブでいくべきでした」
「いや、スライダーだろう」
「いやいやシンカーとかどう?」
反省点を洗い出す叶伊に、野球好き教師達が食い付く。
そして、宴もたけなわ。突然、顔を真っ赤に染めた煌爛々が立ち上がる。
片手、いや両手にはなみなみと(ウーロン茶が)注がれたジョッキ。雰囲気に酔ってます。
「やきゅーたのしかったかーですしー!」
\うおおおおお!!/
右手が高らかに掲げられ。
「おにくうまいかーですしー!」
\うまあああああ!!/
左手が負けじと振り上げられる。
ノリにノッた一同が賛同の雄叫びを上げるのに満足そうに頷くと。
「じゃあ食べ終わったら2試合目ですしーー!!!」
焼肉屋に、ブーイングがこだましたのであった。