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マスター:日方架音
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
参加人数:6人
サポート:2人
リプレイ完成日時:2014/10/16


みんなの思い出



オープニング


 すっかりと色付いた木々の合間から、隙間風が忍び寄る。
 あてど無く彷徨う山は、いつの間にか険しさを増して。

「もーーー山ばっか、見飽きたです、しーーー」

 悪態をつきながら、それでも鏡国川 煌爛々(jz0265)が山を降りないのは。
 麓に行けば人が、撃退士がいるから。

 フェッチーノと六万を殺した撃退士が。
 こんな自分を『トモダチ』だと言ってくれた撃退士が。

 相反する想いは、交わらずに心中を渦巻き。
 思い煩いに直面するのを避けようと、足は無意識に上へ上へと。

「なんか、最近、すぐに疲れるです、し…」

 霞む視界に、躓くように座り込む。
 背を預ける大岩が、汗だくの身体にひんやりと気持ちいい。

「………話し声?」

 どれだけそうしていただろう、ふと聞こえた途切れ声に意識が浮上する。
 探ると、こんな山奥には珍しい人の気配。それも、たくさんの。

「…斡旋所の………この辺りに……」
「……真宮寺涼子を……瀕死…」

 漏れ聞こえた会話は一瞬で消え、辺りは再び木枯らしの声だけ。
 それでも暫く、煌爛々はその場を動かなかった。――否、動けなかった。

 真宮寺涼子。知っている、その名を。
 いけ好かない女、根暗の癖にイケ渋ダンディなダルドフ様に優しくされて……フェッチーノと同じ、根暗の癖に。

「……また、殺すんですし……?」

 するりと、言葉が滑り落ちる。
 燃え尽きた枯れ木のように崩れ落ちた、根暗天使の最期と共に。

「………私も、殺すんですし………?」

 ぽつりと、雫が滴り落ちる。
 たくさんのプレゼントと言葉と、心をくれた『トモダチ』の顔をぼやけさせながら。

 あれはぜんぶぜんぶ嘘だったんだろうか。でも違う気がする。
 じゃあなんで殺すんだろう。やっぱり敵だからなのか。

 答えの出ない疑問が、ぐるぐると脳内をかき回して。
 何が何だかわからないまま、それでも唯一つ確かなのは。

「…あんな根暗女、どーだっていいですけど」

 ――もう、知ってる人が死ぬのはみたくない。

 その本音に気付かないまま、煌爛々は衝動に突き動かされるように走りだす。
 木々にぶつかりながら、荒く脈打つ鼓動を堪えながら。



 斡旋所から派遣された真宮寺涼子救出の一団は、順調に行軍を続けていた。
 細い山道の、ちょうど中程に差し掛かった辺りで。

「――何か、音がしなかったか?」
「いや、聞こえなかったが…念の為、見てくるか」

 隠密に長けた数人が偵察に赴く。結果として、それは正しかった。

「あれは…鏡国川 煌爛々だと」
「待て、何かと戦っている…?」

 目の前では、フェッチーノの死後行方不明だった使徒、鏡国川煌爛々と、何者かの争いが繰り広げられていた。
 あげかけた声を飲み込み、気取られぬよう距離を保ちながら、暫し逡巡する。
 このまま放置すると作戦にどのような支障があるかわからない。けれど今回のメンバーも人数はギリギリだ、対処のために人手は割けない。

「…斡旋所に連絡を取ろう」

 彼らは眼を見合わせ頷くと、静かに通信機を起動させた。



「緊急事態だ」

 ディメンション・サークルを開くための手続きをとりながら、集まった撃退士達に一瞥のみをくれる。
 それだけ余裕が無いのだと、ミハイル・チョウ(jz0025)は態度で示していた。

「真宮寺涼子の救出部隊が派遣された事は知っているな。そこに何故か、鏡国川煌爛々が現れたそうだ」

 いつもは饒舌な斡旋所の少年バイトが、言葉無く資料を配っていく。
 そこにはほぼリアルタイムの情報が走り書きされていた。

「目的は不明、そこに至る経緯も、だ。我々が問題とするのはただ、その不明の部分が、先の救出部隊の妨げにならないかという事」

 実は全くの偶然かもしれない。それでもそこは、余りにも作戦地に近すぎて。

「既に何者かと戦闘に入っていると聞く。それがいつこちらに飛び火するとも限らん」

 一瞬。手を止め、視線を合わせる。試すように、見透かすように。

「救出作戦に僅かたりとも邪魔が入らないように。目的がわからない以上、逃す事も論外だ」

 今までは対応する撃退士の裁量に任せてきた。けれど、今回は彼女だけの問題ではすまないから。
 有無を言わさぬ厳しい声音で締め括り、ミハイルは撃退士達をディメンション・サークルへと促す。

「フェッチーノが倒されてから主が居なかったのか…大分、弱っているそうだ」

 青い輝きを纏い転送されていく彼らに、祈るような言葉は届いただろうか。


リプレイ本文


 紅葉に色付いた木々が、ざわりと不穏に蠢く。
 峻険な山肌に少しだけ切り取られた空間、そこに対峙する影三つ。

「キララ…確か、アイツに55点を付けた使徒、か…」

 別行軍中、鏡国川煌爛々(jz0265)とヴァルキュリアを発見したアスハ・A・R(ja8432)。大岩に隠れながら、先に山頂を目指す友を想う。その背へ。

「お待たせしましたの、アスハ」

 銀髪に絡まる赤。ボロボロのリボンを大切そうに結び直す、橋場・R・アトリアーナ(ja1403)の声がかかる。

「クッ、女子高生VS騎士乙女のキャットファイトだなんて…これは特等席で観戦しない手はありません!」
「…意味がわからないんだけど」

 何故かスマホを取り出す加茂 忠国(jb0835)に、呆れた顔の影野 明日香(jb3801)。

「煌爛々、君はツイていたっすよ」

 報告書を思い返し、救うべき対象として煌爛々を見詰める天羽 伊都(jb2199)。
 無表情を彷徨わせ、周囲の把握を終えたミーシャ=ヴィルケ(jb8431)は、静かに配置へ。

「状況把握、問題ありません」
「では、行こう、か」

 アスハの髪に、蒼が滲んでいく。
 同時に展開される阻霊符と共に、撃退士達は戦場へと――




 汗粒が額に滲む。
 身体は十全に動かない、それでもこの程度のヤツらなら余裕であしらえる、ハズ。

「…ッ、な、んで」

 動かないのはむしろ、身体ではなく心だと。同じ側のサーバントに攻撃される、その意味を無意識に感じ取った心が竦んでいるのだと。気付けないまま、煌爛々は荒い息を吐く。

 だから、かけられた台詞の意味もすぐには理解出来なくて。

「こんな所で何してるの。なぜサーバントと敵対を?」
「同じ天界勢、だろう…何がキミに武器を取らせた、アリスガワキララ」

「あ…撃退、士?」

 掲げられた武器が己を守ったのだと、理解出来なくて。

「…っ!」

 金色の穂先が、白銀のフレイルを受け止めた明日香を、漆黒の槍を流したアスハを、サーバントごと纏めて薙ぎ払う。地が割れる程の衝撃に、戦域は分かたれた。

「え……ぁ…?」

 一拍遅れて。
 両の手を見詰め呆然と立ち竦む煌爛々の目尻から、汗が頬を伝い滴り落ちる。
 トモダチだと言ってくれた撃退士達の顔が次々と流れて――

「がんばれ☆がんばれ☆」

 金色のフルスイング!ただくに は ちゅうをまった!
 もはや脊髄反射のレベルで振り抜かれた槍が、スマホで●RECしていた忠国を華麗なるお星様に。

「あんの、ハレンチ…いっつもいっつも…」

 滴る汗を振り払い、震える拳を握る。――それは、変わらないいつものやり取り。
 曇っていた泣き笑いの瞳に、ほんの少し生気が戻った。




 身体を軽く回し、傷の軽微な事を確かめる。

「これはこれで、調度いい、が」

 煌爛々から離されたのは好都合。だが使徒に斬られたにしては、傷が浅すぎる。
 考察する目の前には黒騎士。煌爛々は仲間に任せ、まずは己の敵を。
 アスハの右腕が蒼焔を帯びる。揺らめき回転するそれは、杭を成し魅せつけるが如く。

「アトリ」

 幾多の戦場を共に駆け抜けてきた、故に多くは不要。
 すり抜けて煌爛々へ向かおうとする黒騎士の正面から派手に叩きつける蒼。その影から、友が銀の弾丸となりて死角を狙う。

「あちらには行かせませんですの!」

 がら空きの脇腹に拳がめり込む―寸前で、黒騎士は後ろに跳ぶ。視線が、二人を向いた。

「気は引けた、か」
「来ますの…!」

 言い終えると同時、一息に詰められる距離。瞬きの間も与えず繰り出される穂先に、二人は防戦を余儀なくされる。が、当然、黙ってやられてやるタマではなく。
 頃合いとみたか、黒騎士の猛撃が一瞬の溜めを見せる。全身の勢いを乗せ、穂先が突き出された。

「生憎と、魔法は得意分野で、な…!」

 その隙を見逃すアスハではない。蒼く絡み付く聖骸布が、引っ張るように穂先を流す。
 ギリギリまで遅らされた返しは、当然、次の威力を奪い。

「隙だらけですの」

 アトリの拳が、今度こそ脇腹を抉る。痛み故にか、高く吼える黒騎士。
 怒りのままに、その背に翼を広げ。

「飛んだ、か。やり辛い、な」

 睥睨する瞳。掲げられた槍が、黒い魔力を帯びた。




 白騎士に対するは、伊都とミーシャ。
 鈍重に突き進む白騎士に、黒い獅子が白く輝く牙を突き立てる。遅れて、ミーシャの銃弾が上空から正確無比に牙痕を抉り。しかし。

「硬い…ッ!」

 白騎士の視線が、二人を向くことは無く。その歩みは止まらない。ならば。

「近接形態へ移行します」

 ミーシャの右腕が銀色に歪む。仮想バレルを消し鋭く尖る刃を顕現させ地上へ、白騎士の目の前へ。
 隣には伊都。牙が届かないというのならば、この身を盾にするまで。

「絶対に、行かせないっすよ…!」

 疾走る黒獅子の道行きを、背後からミーシャの弾幕が援護する。
 狙いは、ほんの僅か鈍った脚の、膝関節の駆動箇所。弾幕に紛れ、牙が届くか――というところで。

「うわぁっ…!」

 上段から振り下ろされたフレイルに、咄嗟に受け止めた白刃ごと叩き潰される伊都。
 そのままミシミシと、更に力が込められていく。

「味方の耐久値減少を確認。救援に入ります」

 フレイルの死角から、銃剣の切っ先が破壊を目論む。当然、叶うはずもなく――だが、狙い通り。
 伊都の解放を、ふっ飛ばされる視界の端で痛みとともに認識するミーシャ。

 長い耐久戦の、終わりは見えないまま。




 撃退士が両騎士と戦い始め、そしてまた、自分の元にも。
 近付いてくる明日香に、煌爛々は槍を構え直す。

「私も、殺すんですし…?」

 フェッチーノや六万がそうであったように。けれど、今はまだ、死ねない。

「根暗女は…ダメですし…」

 何でだろう、あんなに気に食わなかったのに。よくわからないけど、せめて彼女だけは。
 霞む視界に捉えた明日香は、しかし優しげに微笑んでいるような――まるで『友達』のように。

「あの子を殺すつもりなんてないわ。むしろトビトの攻撃であの子は今死にかけてる。だから私達は助けに行く所なのよ?」
「助け、る…?」

 幾許かはっきりした頭―認めたくないがハレンチのおかげ―に、今度は確かに言葉は届く。
 弱った心は頷きかけて、だが首を振る。その優しさが嘘だったら、もう立ち上がれない気がしたから。

「うっさいですし…!!」

 弱ったりとはいえ使徒の膂力。しかし明日香は、真正面から受け止める。吹き飛ばされながらも目を逸らす事無く。
 衝撃波に切り裂かれた腕から血が滴るのに、痛みを堪えた顔をしたのはむしろ煌爛々で。

「敵攻撃行動の妨害に失敗。防衛に入ります」

 不意に背後から響いた冷静な声。追いかけるように、銀色の右腕ごと白騎士に貫かれ木に叩き付けられるミーシャ。

「おまえの相手はコッチっすよ!」

 そのまま煌爛々に向きかけたフレイルを、傷付くのも構わず伊都が強引に己に向けさせる。

「何、で」

 何だろう、この光景は。煌爛々は混乱する。まるで、自分が庇われているような。

「皆、煌爛々ちゃんをほっとけないんですよ」

 戸惑う隙をついて。肩に手が触れた、と感じた時にはもう温もりの檻の中。

「離っ…!」
「大丈夫」

 この程度の拘束、抜け出すなどわけはないのに。どれだけ殴っても蹴っても、腕の力が緩む事はなく。
 眼鏡も吹っ飛んで青痣だらけの顔で、ただ『大丈夫』と繰り返す忠国。

「意味、わかんな…ですし…」

 そんな傷だらけで何が大丈夫なのかさっぱりわからない。やったのは自分だけど。
 わけがわからなすぎて、目尻に汗ではない水分が溢れてくる。

「何泣かせてるのよ」

 呆れた声と共に引かれた肩。今度の温もりは、柔らかな良い匂いがした。

「私は大丈夫。この程度じゃ倒れないし、死なない。…だからあなたを、一人にはしないわ」

 同時に、爽やかな風が痛みを落ち着かせていく――混乱した心さえも。ついでに忠国も。
 さっき傷付けたはずの腕は、そんな出来事などなかったかのように綺麗なままで。

「下手な優男より、私の方がずっと頼りになるわよ」

 ウィンク一つ、暖かく包み込んでくる笑顔を必死に振り解き、煌爛々は武器を振り回す。ずっと喧嘩ばかりしていた。傍らに誰か居たことなんてなかった。

「別に、一人で平気ですし…!」

 その言葉が沁み込んでくるのが、何よりも怖いだなんて。




 空間を歪ませる程の闇が、穂先に灯る。大気からエネルギーを奪っているかのような。

「…来た、な」

 しかしその溜め故に、大技のタイミングが見え易いのも事実で。
 黒きエネルギーに呼応するように、聖骸布にアウルが集う。凝縮されたソレは、いつしか輝きを放つ陣を描いて。中空より突き出される槍、衝撃波が貫かんと真っ直ぐ迸る。

「どちらが、強い、か…」

 それを真正面で迎えるアスハの顔には――高揚した、笑み。

「…分の悪い賭けは、嫌いじゃ、ない」

 振り被った右腕が、陣の中央を貫く。まるで、槍の穂先のように。同時にぶつかる黒きエネルギー。それは恰も、槍と槍の削り合いに似て。段々と魔法陣が綻び解けていく残滓が、粒子となって眩く舞い散る。
 押されている、だがアスハに焦りは無く、むしろ笑みは深まるばかり。

「…助かりましたの、アスハ」

 トン、と。重力を感じさせない軽さで、アスハの影から跳び上がるアトリ。
 そのまま、肩を足台に更に高さを稼いで。目の前には、黒騎士。

「零距離、やる事は一つ…そう」

 アスハが盾なら自分は矛。削られる前に、そう、一撃で――屠る。
 大技中の黒騎士に避ける術など無く。アトリの拳が、容赦無く鳩尾に抉り込み。

「ただ撃ち貫くのみ、ですの!」

 裂帛の気合と共に、回転式薬室が火を噴く。
 一瞬の内に全弾射出された6発の杭が、黒騎士を完膚無きまでに穿ち貫き。

「これはオマケ、だ」

 地面に叩き付けられる刹那、アスハの手より放たれた死色の蒼刃が、黒騎士を灰燼に帰した。




 もう何度、フレイルを受け止め。もう何度、フレイルに傷付けられたのか。
 貧血で霞む瞳に、伊都はそれでも諦めない色を灯して。並び立つミーシャのオートマタの無表情にも、流石に脂汗が滲む。それでも。

「煌爛々には…近付けさせないよ」
「損傷率73%。戦闘続行、可能です」

 武器を構え続ける二人に何かを感じたか。漸く、白騎士の視線が向く。
 フレイルが初めて、迎撃ではなく攻勢に振り抜かれ。

「間に合った、か」

 紅き大蛇が白騎士に巻き付き締め上げる。同時に、地の底より飢えた狼が頭を覗かせ、鋭い牙で噛み喰らっていく。そのまま、足止めに削り始めるアスハとアトリ。
 増援に気が緩んだか、崩れ落ちる伊都とミーシャの背に暖かな掌が触れる。満ち足りる癒しの気配。

「私の前で、誰も倒れさせないわ。…頑張ったわね」

 目を瞬かせる伊都へ、いっそ不敵に笑うと。明日香は些か強めに二人の背を押す。

「最後の大仕事が残ってるわよ」

 指差す先には、大分傷付きながらも倒れない白騎士の姿。

「ここまできたんだ、倒しきるよ!」
「支援、感謝致します」

 戦場へと駆け戻る二人にひらり手を振り。背を向け、明日香は再び自身の戦いへと。


「戻った、か」
「一気に行きますの!」

 防御の高い白騎士だが、ここまでの蓄積に加え、この戦力なら一気呵成に攻め落とせるはず。
 アトリが走る、白騎士を掠めるように、何度も。それは、フレイルの切っ先を撹乱し。

「最大損傷部位を発見」

 ミーシャの冷徹な眼が、銃撃となって傷を露出する。痛みにか、フレイルを振り回す白騎士。

「もう一匹、喰らう、か?」

 不敵に笑んだアスハが、魔法陣を撃ち抜く。紅き蛇が再び白騎士に絡み付き、動きを鈍らせる。奇しくも、傷をさらけ出す格好に。

「これで…」

 咆哮と共に疾走する黒獅子。両手に構えた白き刃が、牙のように風を切り裂き。

「終わり、だよ!」

 根本まで埋まる直刀。
 伊都の一撃に最後の牙城を崩され、白騎士は塵となって秋風に拡散されていった。



 静けさの戻った戦場を、明日香の癒やしが覆っていく。
 武器を下ろした撃退士に、煌爛々は否が応でも悟る。

「何で、助けてくれたんですし…?」

 守る必要などどこにもないのに。
 これではいまだ武器を構えたままの己が、馬鹿みたいではないか。

「ボクらの戦いは、終わったんだよ」

 何を言えばいいのか、伊都は悩みながらも声をかける。

「…ごちゃごちゃ考えるからわからなくなりますの」

 どさり。悩む煌爛々に、武器をあえて地面に落とすアトリ。丸腰だとわかりやすく示して。

「こっちのがわかりやすいですの」

 クイクイ、と挑発する。その様は、喧嘩に明け暮れた在りし日を煌爛々に思い出させた。
 言葉は無かったけど、確かに、拳から伝わってくるモノがあった、と。

「…いい度胸ですし」

 槍を落とす。無造作に近付いて、殴る。堪えたアトリが、お返しとばかりに殴り返す。あとは、言葉も無くただ繰り返し。
 いつしか込み上げる笑い声。殴り合いは、大の字で倒れ込むまで。

「…大切なのは自分の気持ちだと思いますの」
「気持ち…」

 おかげで、空っぽになった体力と頭。
 視界一杯に広がる夕焼け混じりの空と、同じ色をしたアスハが覗き込み、笑う。

「主を失い、行く宛もなく…それでも、心は腐らず、か。嫌いじゃないな、そういうのは」

 掲げる右腕に、再び蒼を纏う聖骸布。それはしかし、煌爛々に振るう為でなく。

「真宮寺涼子救出作戦の状況を確認。山頂へ到達した模様」

 通信機を片手に、ミーシャの告げる戦況。
 己の具合を確かめると、アスハは背を向ける。次なる戦場へと、涼子を助けに行くために。

「一つだけ言うなら…撃退士も人間だ、ということ、だ。信じろ、とは言わん、が。敵とは限らん」
「敵、じゃない…?」

 残した言葉は、空っぽな部分に不思議なほど入り込んで。
 信じても、いいのだろうか。少なくとも、涼子を助けてくれるというのは。

「私達と来なさい。私があなたを守ってあげるから」

 頷いても、いいのだろうか。髪を撫でる明日香の、優しい指先に。

「あとは主ね…あのおっさん絶対生きてるわ、学園側にかけあいましょう」
「Ja。繋ぎますか?」

 完全に茜色に染まった夕焼け空を背景にぼんやりと考えていたら、目の前に手が差し出される。

「大人が子供を守るのは当たり前――立てますか?」

 傷一つなく癒やされた顔に、フレームが歪んだ眼鏡。
 壊してしまった、と何気なく伸ばした手を、予想外の力で引かれて。

「…だけどね、煌爛々ちゃん」

 耳元に落ちる密やかな声は、艶を含んで微笑む。


「男が女を守るのは、男が女を愛しているから、なんですよ?」


 アホーアホーアホー、とカラスの鳴き声が響く。

「キララの口から魂が出てますの」
「…アンタ、何言ったのよ」

 呆れた視線が忠国を貫く中、白目を向いて再び大の字に倒れる煌爛々であった。


依頼結果