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マスター:日方架音
シナリオ形態:イベント
難易度:普通
参加人数:25人
サポート:2人
リプレイ完成日時:2014/02/26


みんなの思い出



オープニング

 鳥海山にある鏡国川 煌爛々(jz0265)の私室には、簡易キッチンなんてものまであったりする。
 埃を被った真新しさ、という段階でお察しではあるが。

「はー…」

 ぐるぐる、と。
 そんな場所で珍しく鍋をかき混ぜながら、物思いに耽る部屋の主。

(ダルドフ様…)


 〜以下回想〜

「持って行くがいい」
 渋ヴォイスが耳に届き、思わず足を止める。

「この国の者は、事に挑む際こうした物を携帯するらしい。お守り、と言ったか」

(ダルドフ様!やっぱちょーイカしてますしっ)
 そっと覗いた先には、鳥海山一(煌爛々視点)のダンディ、と。

「Ja。ありがたく、頂戴させていただきます」

(げ、根暗ロボ女)
 いけ好かない相手である真宮寺涼子。
 気に食わない理由は、単なる第一印象故にすぎなかったが――

「うむ」

 大きく無骨な手が、豪快な優しさで涼子の頭を撫でた。その瞬間。

(…バナナの皮で転んで豆腐の角に小指ぶつけやがれですし!)

 煌爛々は涼子を、不倶戴天の天敵と心に刻んだのであった。

 〜回想終了〜


(む・きゃ・つ・き・ますですしーー!!)
 煌爛々の片手から、ギシギシと音があがる。
 俯き加減だった顔を、ギリィ、と眦険しく上向かせた背後から。

「…何をしている?」
「うひぇえええ!!」

 使徒の怪力に悲鳴を上げていたオタマが、振り向きざま放たれる。
 突然の闖入者――フェッチーノは脊髄反射で杖を振り上げ。

 カコーーン!

「……で、何をしている?」
「…ひぇええぇ…」

 ワナワナ震える己の主の額から、一筋流れ落ちる液体。
 仄かに甘く香るソレから目を逸らし、煌爛々はそっと足を折り畳んだ(注:正座ともいう)



「チョコレート…?」
「乙女の最終兵器ですしー!」

 喉元過ぎれば何とやら。得意気に胸を張る煌爛々に、訝しげに首を傾げるフェッチーノ。

「まぁいい、本日の要件だが」

 が、すぐに興味を失って、ローブの内をごそごそと探し始める。
 煌爛々は気付かず熱弁を振るっている辺り、似たもの主従なのかもしれない。

「これだ」
「は?」

 目の前にいきなり人形が出てきたら、驚くのも仕方無いだろう。
 しかも、何処と無く見覚えのある――?

「この間、黒ヤギを失くしただろう。代わりだ」
「えーと、槍のストラップ?…何ですし、コレ?」

 嫌な予感しかしない。
 恐る恐る指先で摘むように受け取った煌爛々に、フェッチーノは得意気に告げた。

「私とおまえだ」


 空間が、凍った。



「どうだ?お前に似合いそうな服を見繕って着せてみた。なかなかのものだろう。ちなみにそれには武器へ付随効果を付ける作用が…」

 無駄に格好良いフェッチーノ人形が、ニヒルな笑みでこちらを見ている。

「…連続で切ったモノ同士を…強力な誘引作用が…」

 その横で、釘バットを持ったヤンキー少女が、目付き悪く睨んでくる。ドクロマーク付のスカーフで口元を隠してるのが、シャイなチャームポイント。

「…なに、実験結果の一つだ、感謝する必要はない。今回はコレの効果の確認を兼ねて…」

(何自分だけカッコ良く作ってんですしマジありえねーですしてかコレが私ってのがマジもういみわかんないですし普通にお守りとかさらっと渡せばいいでしょがダルドフ様見習えこの趣味悪ッチーノおお!!)

 煌爛々の片手から、ブチブチと音があがる。
 原型を止めぬ程に握り締められたストラップが、床に叩き付けられる寸前。

「兎に角派手に暴れて怖がらせてこい。そうすれば、迂闊に動けずあの地でこそこそおとなしくしてるだろう…」
「つまりお出かけしてイイってコトですし!?」

 ガバッ!と詰め寄る煌爛々。
 都合のいい話だけ拾う高性能イヤーは、本日も絶好調のようです。

「お前…聞いてなかっただろ」
「バッチリですし!ストラップ付けて派手にお出かけで!」
「おい待っ」
「頑張りますですし!!」

 一瞬にして機嫌は最高潮。バーン!とぶち抜く勢いで扉が蹴破られる。

(乙女の最終兵器ももーちょいで完成ですし!あのロボ女にだけは負けませんしーー!!)
 ついでに涼子へのうらやまムカつきボルテージもランクアップしたようだ。物凄いとばっちりである。

「まったくアイツは…ん、これは?」


 嵐の去った部屋で、我に返ったフェッチーノが何かを見付けたのを、幸か不幸か煌爛々は知る由も無かった。



 明くる日、鏡国川煌爛々が脇本駅前に出現したところから、惨劇は始まりを告げる。

「厳しい自然に耐える年月が苦みばしった渋い農家のオジサマ…いやいや駅長さんの素朴な笑顔も捨てがたいですし…煌爛々困っちゃうっ☆」

 綺麗にラッピングされた小箱を胸に抱え、イヤンイヤンと妙な動きをみせる煌爛々。

「おかーさん、あのおねーちゃん」
「シッ、見ちゃいけません」

 世間様の眼は、吹き荒ぶ雪風より冷たい模様です。
 本人は全く気付いていないのが、せめてもの救いでしょうか。

「うふふー乙女のイベントですしーうふふふー…あっ」

 終いには謎のダンスへと移行した激しい動きに、抱えた小箱が耐え切れずポロリと零れ落ち――

 ボンッ!

 地面に落ちた衝撃で開いた蓋から、白い煙と甘い匂いが爆発四散する。
 驚いて固まる煌爛々の目の前、徐々に煙の晴れていく箱の中から出てきたモノは。



「最終兵器というからどんなモノかと思えば…コレでは蟻も潰せんではないか」

 簡易キッチンで冷やされていた、粘調質の茶色い物体―チョコレートの一掬いを掌に浮かせ。
 フェッチーノは満足そうに、手元のメモに何かを書き綴る。

「ふふん、煌爛々め、感動で言葉もあるまい」



 開いた口が塞がらない、とはまさにこのことだろう。
 呆然と見守る煌爛々の視界一杯に、チョコレートが二足歩行している。
 ぬりかべのような板チョコから、頭に葉を茂らせたアーモンドチョコ。
 何となくボンキュッボンなアレは、トリュフだろうか。

 回らない頭が勝手に分析している間に――感情が、ようやっと現実に追い付いた。

「あ ん の………ノンデリカッチーノおおおおお!!!!」


 その日、金色の嵐が脇本町を震え上がらせた。



 緊急事態だ、という割に。斡旋所に響く声音には、困惑の色味の方が強く。

「秋田県男鹿市脇本町――ちょうど、男鹿半島の根本辺りですか。その町にチョコ型?サーバントが大量に発生、そして駅前に…あ、この駅には男鹿なまはげラインってのが通ってるらしいですよ…どうでもいいですね」
「それは興味深い、だが今は続きを聞こうか」

 静かに耳を傾けながら、ミハイル・チョウ(jz0025)は苦笑を零す。
 動揺する気持ちは、わからなくもない。

「すいません、ええと…駅前に使徒が、鏡国川 煌爛々が出たそうです。なんですけど…」

 詳細不明というだけならば、よくあること。
 むしろパーソナルデータ、という意味では、彼女は情報がある方だろう。

「サーバントが発生したと同時に何故か怒り狂って、手当たり次第にそこら中を破壊し始めたそうで」

 そう、情報の過多ではない。
 彼女の本質は、その言動の意味不明さにある。

「それと、住民の避難が完了してないんですが」
「わかった、伝達しておこう」
「お願いします―あ、いえ」
「…どうした?」

 纏めた依頼書を手に立ち上がりかけ、ミハイルは振り返る。
 そこには見慣れた少年の、嘗て見ない程に困惑した顔。

「住民の一部が…『チョコなんて爆発しやがれええ!!』ってサーバントに突っ込んでいったらしくて」

 人類の言動も、負けず劣らずかもしれない。


リプレイ本文

 ディメンションサークルを潜ると、そこは雪国でした。

「わ、銀世界ですね!」
 寒さに身を震わせながらも、感嘆の声を上げる鑑夜 翠月(jb0681)を寒風から庇うように。
「ああ、だが、似つかわしくない汚れがあるね?」
 遠く蠢くサーバントを見据え、不敵な笑みを浮かべる地領院 恋(ja8071)。
 その右ポケットには、何かの膨らみがさりげなく。

 周囲の喧騒も何のその、斉凛(ja6571)が脳裏に思い浮かべるのは。

『お任せ下さいませ、十全を尽くしますわ』
『それは重畳――ならば』
 片眼鏡越しに眼が細まる。片頬が上がる。
『報告は、直接聞くとしよう』

 無事に帰れ、との遠回しなミハイルの言葉を反芻し。
 凛の唇から、幾度目かの白い吐息が零れ落ちた。

 甘い匂いが、湯気と共に広がっていく。
「ここでココア配りますねー」
 事前の打ち合わせ通り、小学校にココア鍋を設置するのは木嶋 藍(jb8679)。
 横ではVice=Ruiner(jb8212)が、何やら手早くごそごそしている。
「では住民を誘導してきます」
 直前に負った傷が癒えてないのだろう、僅か眉を潜めながら、黒井 明斗(jb0525)は家庭科室の扉を閉めた。

 そろそろ馴染んできた気配が、嘗て無いほど荒れている。
「また何かあったのか、あいつは」
「くくく、若ぇってなぁいいねぇ」
 胸元の懐中時計に服の上からそっと触れつつ。ディザイア・シーカー(jb5989)は苦笑を漏らし。
 やんちゃっ子を想う目で、庵治 秀影(jb7559)は微笑む。
「…また、あいつかあ…( ´∀`)」
 ルーガ・スレイアー(jb2600)の呟きは、踏まれた雪の啼く声に混じった。
 煌爛々を見知る彼らの胸中は、雪結晶の様に綺麗で、複雑。

 また別の方角では。
「うゎ…あの女性使徒からは、近寄りがたいオーラが出てるよ」
 離れた場所からでもわかる金色の嵐に、桐原 雅(ja1822)が一歩引いた隙間から。
「なあに問題ねえ、俺のイケメンオゥラで惚れさせちまえばいいのさ☆」
「あぁ、愛しの煌爛々ちゃん!今日の貴女も一段と可愛らしい!」
「初依頼で可愛い嬢ちゃんを拝めるとは幸いだぜ」
 赤坂白秋(ja7030)、加茂 忠国(jb0835)、グィド・ラーメ(jb8434)が争うように走り出す。
「…怒れる女性をなだめるのは、男性の役目だよね」
 無駄にやる気溢れる彼らに、雅は心からの声援を送った。心の中で。

「何の冗談です、この状況は?天魔にも一般人にも圧倒的に真剣味が足りないこの状況、我々もふざけるべきなんですか?」
 敵も味方も、最早何がなんだかわからない。
 オーバーリアクションで嘆くエイルズレトラ マステリオ(ja2224)に、月臣 朔羅(ja0820)は肩を竦める。
「ツッコミ役が不足しているのかしら?」

 その通りです。

 と、天の声が聞こえたかはおいておいて。
 撃退士達は動き出す。己が信ずる所を、果たしに。



 街の外れ、磯の香りの漂う駐在所の前。
「離してくれ!」
「ヤツらがいるから俺達はァ!!」
 思い思いの武器を片手に、悲壮な叫びを上げる一団と。

「100円ライターで溶けるか馬鹿者!」
「儂だって娘にまだ貰えてないんだぞチクショウ!!」
 必死に止めるおまわりさん達。

「チョコレート…ねェ。そんな目の色変えるようなモンでも無ェだろうに」
 姦しい攻防に苦笑しつつ、ヤナギ・エリューナク(ja0006)は最後の紫煙を吐き出すと。
「ま、貰えねェヤツの気も分からねェでも無いケドな…!」
 短く萎れた筒を捨て、一気呵成に喧騒を飛び越える。

「よォ…俺はここだゼ?」

 名乗り上げるのは彼らに、では無く。
 惹き寄せられるかのように集う黒と白の塊に、金の瞳が酷薄に笑む。

「大安売りにも程があるわね。いいわ、纏めて買い叩いてあげる」

 朔羅の手から放たれた虚無の球が、幾何学模様に空間を抉る。
 罅割れる板チョ…サーバント。だが歩みは止まらない。

「失敗チョコは熱してもう一回作り直し!」

 空を引き裂いて、燃え盛る蛇が戦場に飛び込む。
 黒百合の足跡を壁に残しながら、下妻ユーカリ(ja0593)はビシッと指差し。

「チョコレートは甘くてちょっとせつない乙女心の結晶…サーバントにしちゃうなんて言語道断!」

 学園が誇るスイーツマスターさんは、たいそうご立腹のようです。


 突如開かれた戦端に、呆気にとられていた非モテ(確定)一団、だが。
「やっぱり…ヤツらは燃える!」
「砕いて溶かして塵に返してやんぜええ!!」
「だから100円ライターじゃむrうわああ」
 あっさり倒されていく姿に、なんかやれる、と思ってしまったらしい。
 おまわりさんを乗り越え、人が雪崩のようだ、な道筋に。

「これはまた随分な光景だ」

 ふらりと現れた幸広 瑛理(jb7150)が、存在で以って虚を突き。

「桐原さん、今ですよ」
「うーん、効果あるのかな…?」

 優雅に手招かれた雅が、首を傾げつつ懐から何かを非モテに投げる。
 数多の視線が捉えたソレは、紛う事無きバレンタインチョコ(義理)。しかも。

「ボクなんかのチョコで良ければ、だけど…」

 不安そうに伺う、可憐な少女の上目遣い付き。
 あとは、わかるな…?

「「「ウオオオオオオ!!!!」」」

 嘗ての同志は今の敵。
 チョコを追い、醜い争いを繰り広げながら戦場から離れていく集団を。

「あー、小学校行きゃ、別のが貰えるぜ?」

 呆れた声音を隠しもせず、Viceが誘導していく。
 大人しく避難(?)する集団へ、遠くからナッツもどきが飛ぶ。

「あそこまで思わねェケド、チョコの一つ位ェ、欲しいよな…」

 両手の二太刀で危な気無く弾くヤナギ。飄々と溢れる独り言は、本音か冗談か。

「チョコ欲しいのか、ヤナギ」
「そりゃ、コレでもオトコだしよ?」

 おどけた調子で戻っていくヤナギを、Viceは脳内メモを取りながら見送った。



 穂先が閃く度、瓦礫が舞う。
 我を忘れた金色の嵐、そしてそこに至るまでのチョコの壁に苦笑する秀影。
「近付くのも一苦労だねぇ」
 同意する様に鳴き声を上げる相棒を撫でつつ、防護結界を展開する。
 視線の先、がむしゃらに進んでいく人影の露払いの為に。

「人の恋路を邪魔する奴ぁ豆腐にぶつかって死んじまえってなぁ」


「へーっくしょいィ!…美少女に噂されちまったか」
 少し離れた空の下、白秋はキメ顔で鼻をかむ。


「そこまでです、使徒・鏡国川煌爛々!」

 銀色の直剣が、金色の槍を受け止める。
 刃色の眼差しで睨むレイル=ティアリー(ja9968)を、煌爛々は先程の暴走が嘘のような凪いだ瞳でじっと見つめ。

「生真面目さ故にたぶん高潔な目標にストイックなまでに一途だけどその他特に恋愛はダメダメで異性に近付いただけで赤面オーバーヒートな…63点ッ!」

 ビシィィッ!!

 レイルに指先を突きつけ、ふぅ、と落ち着きを取り戻す煌爛々。好みでなくともイケメンは特効薬のようです。
 思いがけない反応に混乱したのはむしろレイルで。

「鏡国川煌爛々…さん、ですよね?使徒の」

 おろおろと視線が周囲を彷徨う。まさかいやそんな、違いますよね…?
 縋るような視線は、しかし無邪気に響く鈴の声に打ち砕かれた。

「あ、キララ様ですのっ!」
「んぁ…えー、ヤンファ?」

 雪の様に真っ白な長い尾を、羽根の様に軽やかに振り。
 名を呼ばれたせいか、満面の笑みで煌爛々に駆け寄るヤンファ・ティアラ(jb5831)。
「覚えてていただけましたですのっ!お約束通り、会いに来ましたですのっ」
「いや約束とか別にしてな」
「再開の約束に手ぶらは駄目ですって母さまも言ってたのでちゃーんと用意したのです」

 流れるようにゴーイングマイウェイなヤンファさんに、煌爛々タジタジ。そこへ。

「ヤンファ、お腹すいたのー?帰ったらチョコ作ってあげるから…ヤンファ知ってる人ー?」

 ふんわり綿菓子を少年のカタチに固めた様な。
 陽の柔らかさが香る羽根で、フェイン・ティアラ(jb3994)がふわふわと降りてくる。

「キララ様ですのっ」
「そっかーじゃあこれ食べるといいよー」
「脈絡なくないですし!?」

 双子かと見紛う連携プレーに、煌爛々は悟った。これアカンやつや。

「と、年下は範囲外ですし!!」

 身体能力を無駄に活かし、あっという間に姿を消す。

「お待ちくださいですのーっ」
「クッキー美味しいよー?」

 ドタバタが過ぎ去った後、そして誰もいなくなった場所に残されたのは。

「くっ…使徒とはいえ女性、しかも明確な殺意が無いとなると剣を向ける訳には…!」

 苦悩するレイルが気付くのは、いったいいつのことだろうか。



 ひと気のない路地に、ごそごそと動く影。

「この辺りでしょうか」

 壁に何やら貼り付けると、凛は足早にたちさ…る前に暫くうっとりと眺め。
 近付く轟音に我に返ると、後ろ髪を引かれる思いで急ぐ。



 チョコレートは意外と人気なようです。
 また別の非モテ集団に、拡声器で説得を試みる藍。

「撃退士のみんながこのチョコ達を残らず爆発させてくれるので、心おきなく避難してください、じゃないとチョコと心中することになっちゃいますよー」

 何処と無く物騒な台詞に、集団の一人がずずいと歩み寄り。

「本望ですがなにか」

 真顔で言い切った。

「「むしろ溺れ死にたい!ギブ・ミー・チョコレートッ!!」」

 後ろでは、残りが口をそろえて大合唱。
 いっそ楽しそうな彼らに、藍もにっこりと笑顔を浮かべ。

「…じゃあココアの鍋に沈めてあげますから避難してー?」

 温かな湯気の立つココアを差し出す、柔らかな微笑みの少女。
 ああ、空気がどんどん冷たくなっていくのは何故だろうか。

「木嶋さん、お見事です」

 状態異常:凍結(精神)となった集団を、せっせと運ぶ明斗。
 さて、ここで問題です。

 Q:重体の身で体格差のある相手を運ぶには。
 A:効率の良い運搬方法=お姫様抱っこ

「…これも試練です、必要な試練なのです」

 呟く少年の瞳は、冬の空気より透明であったとか。



 何の変哲も無いショッピングセンターの駐車場に、光源のわからないスポットライトが幾つか。
「初めまして、チョコレートのお歴々」
 光の収束地点には、独りの奇術士。
 ここは今、彼の領域、独壇場。

「拙い技量ではございますが、どうぞしばし、お付き合いの程を」

 指先まで優雅に一礼。
 誰も彼、エイルズから目が離せない。


 静謐な湖面を思わせる雰囲気を纏い。
 リアン(jb8788)は一人、屋上に佇む。
「チョコレートですか…ティータイムのお茶請けにはピッタリですが」
 ニィ、と酷薄に上がる口角。片眼鏡越し、眼下で始まるショウ・タイムに紫瞳を細め。

「少し場を間違えている様子ですね。――お仕置きの、時間です」

 リアンの傍らに顕現した炎の槍が、ショウ・ステージの遥か上空から、容赦無く射ち込まれる。
 柔らかく溶けかけた板チョコの中央を、襤褸切れを巻いた拳が貫いた。

「闘神の巻布の真髄…見せてやろう!」

 色褪せ、今にも千切れそうな古びた布切れ。
 一見、無価値だが、ディザイアが纏う事によって真の姿を魅せる。


 派手な市街地とは裏腹。後方、林に紛れ潜む二つの影。
「やれやれ、忙しくなりそうだ」

 其処彼処から響き始めた戦闘音は、戦域の広さを示して。それでも。

「それじゃ、踊るとするか」

 麻生 遊夜(ja1838)は、レンズの奥でニヤリと笑い。
 散歩に誘う気安さで、傍らのダンスパートナーにアイコンタクト。

「ハァイ♪お相手するよー」

 クスクスと可笑し気に――ほんの僅か、素の喜びを噛み締め。
 来崎 麻夜(jb0905)は腕に嫉妬の蛇を絡ませる。

 次第に激しさを増す戦闘音は、心地の良いBGM。
 後はただ、我が身をリズムに乗せるだけ。


「来いよ、叩き割ってやんぜ」
 迫り来る幾枚もの壁に、ディザイアはいっそ愉し気に哂う。
 連携など考えない連続の押し込みを飛び退り、躱し、受け流し、そして。

「残さず美味しく頂きます、ってな」

 跳躍からの踵落とし。巧みに誘導された壁が、纏めて蹴り崩される。
 地に着く一瞬の隙を狙い、ディザイアの死角からナッツが飛ぶ、が。

「こっから、ダンスタイムに早変わりだぜ」

 ご機嫌な銃弾に弾かれる。
 ステージに飛び込む遊夜の両手は、休む間もなくナッツを撃ち落とし。

「先輩の邪魔はさせないよー?」

 バックダンサーの影を引き連れ、遊夜に迫るサーバントと踊り出す麻夜。
 ダンスのお相手はくるくると代わり、同じ相手とは二度と踊らない。

 ショウ・ステージの宴もたけなわ。クライマックスを飾るのは。
 上空に浮かぶ、今までで一番の熱量。

「その中身、どうなっているか…俺に見せてみな!」

 豪炎の槍が、サーバントごとアスファルトに突き立った。


 終幕間際のステージの端にて。
「サーカスは遷ろうモノ。私めの出番はこれにてお終い」
 一流の奇術士は最後まで手を抜かない。
 初めと同じ優雅な一礼を決め、エイルズは気配を消す。

「さあて、次のステージは…と」



「待つんだ!鏡国川煌爛々!」
「しつこい男はモテませんしー!」

 ティアラ兄妹を撒いたと思いきや、復活したレイルから必死に逃げる煌爛々。
 突き当りを曲がろうとして、撃ち込まれた銃弾に足を止める。

「あら、奇遇ね」
「くっ…」

 ゆっくりと姿を見せた朔羅に舌打ち一つ。挟まれた…!
 牽制しながらも必死に隙を伺う煌爛々に、ふと、朔羅は首を傾げる。

「そういえば疑問なんだけど…なんで逃げるのかしら?」
「えっ」

 A:追いかけられた条件反射です。

 沈黙が、空間を支配する。煌爛々は、そっと視線を巡らせると。

「う、うっさいですしーー!!」
「待て!「…っ!」…えっ!?」

 無造作に振るわれた金の槍。同時に、身を翻す煌爛々。
 咄嗟に追いかけようとしたレイルを襲ったのは、息を飲んだ音と、何だろう、柔らかくて暖かくていい匂いのする――

「うぎょえぇえええ!!」

 後には、目を回してぶっ倒れたレイルと、介抱する朔羅が残されたとか。



 チョコレートは魔物かもしれません。
 こんなところにも、非モテの集団が。

「…チョコォォ…」
「…ヨコセ、ヨコセ、ヨコセ…」

「怖っ!?」
 血走った目でサーバントに向かう集団を前に、思わず逃げ腰になるゲルダ グリューニング(jb7318)。
 正直、サーバントより怖いと思います。

「ゆっくり考えている時間はなさそうですね…」
「落ち着いてから来ますね…」

 とても誘導出来る状態ではない、別の場所へと身を翻すゲルダに会釈をし。
 全身をふるりと慄かせ、翠月は魔法書を開く。
 紡ぐのは凍て付く子守唄。残雪とは別種の冷たさが、少なくないサーバントを眠りへ誘い。

「突っ込むならアタシは別に止めはしねぇケドさ」

 動きを鈍くしたチョコへ突撃しようとする集団。その眼前を横切る様に進む、恋。
 手には炎熱。高く頭上へ振り被られ――

「巻き込まれて爆発したくなかったらァ…とっととどっか引っ込んでなっ!」

 視界に入れば全部殴るよ!の威勢の良い啖呵と共に、地面を抉り取る。
 刹那の無音、一拍遅れて響いたのは、笑い交じりの手を叩く音。

「さすが恋さん」

 近所を歩いているかのように、ふらりと角から現れた瑛理は、ごく自然に恋の隣へ歩み寄る。

「折角です、ご一緒させて頂いても?」
「勿論です。楽しんで行きましょうッ!」

 敵、いや屠るべき獲物を目の前に。恋の顔に浮かぶのは、獰猛な笑み。
 放たれた矢の如く飛び出した彼女の死角には、崩れぬ穏やかさを湛えた瑛理が付かず離れず。


 場所は少し離れまして。
「あ、さっきチョコ撒いてた人!」
「ボクのこと?」
 怪訝そうに振り返った雅の目前に、キミの?と差し出されるチョコの箱。

「大事なモノだと思うんだよっ」

 ユーカリの言葉通り、箱は見ただけで想いが伝わってくる。

「ボクのじゃないけど…持ち主、見つかるといいね」

 壁を駆けて行くユーカリを見送りながら。雅の頭に浮かぶのは、大好きな――

「つ、次行くんだよ!」

 真っ赤な顔をふるりと震わせる。
 バレンタインはそう、乙女の大切な日。



「お待ちしておりましたわ、煌爛々様」
 あるモノを辿った先で、メイド――優雅に頭を下げる凛が、煌爛々を迎える。
 路地裏の行き止まりが、何故か立派なお屋敷に見える。なんてメイドマジック。

「してやられましたですし…」

 気圧されそうな我が身に喝を入れ、手の内のブツを握りつぶ…せない。
 悔し気に唇を噛む煌爛々に、凛は控えめに首を傾げ。

「私からの贈物は、お気に召しませんでしたでしょうか」
「こ、こんなモノで「では、こちらはいかがでしょう?」うえぇぇ!?」

 ぱらり。
 両手が開かれるとそこには――これでもかと『ミハイル先生ブロマイド』が。

「こちらは普段のスーツ姿、式典用のフォーマル。なんと、セクシーな浴衣写真もありますの!」

 煌爛々の手から、道中壁から剥がしてきたブロマイドがはらりと落ちる。
 凛が手にしているのは一般に出回ってるモノではない。アレは、ミハイル先生FC会員限定の…!

「くっ…な、何が目的ですし!」

 流石にそこまで知らぬまでも、凛が持つブロマイドの希少性に気が付いたらしく。
 流れる滝汗、苦悩に歪む表情、伸びては戻る指先。
 ジリジリと膠着した状況は、間延びした声に緩められる。

「やあやあ、またあったなー( ´∀`)」
「あっ、イケダンディのブロマイドくれた人ですし」

 闇の翼で降り立つルーガ。その手にも、たくさんのイケメンのブロマイドが。
 みんなブロマイド好きですね!

「今日は何が気に喰わないんだー?」
「えっ」

 不思議そうに瞬く金の視線に問われ、煌爛々は我に返る。
 そういや、何で怒ってたんでしたっけ…?

「…チョコが、コロンってなって、ドカンて爆発して、何か変なのになって」
「どういうことだー?(´ω`;)」

 徐々に思い出してきたのか、ワナワナと煌爛々の身体が震える。

「つまり…ノンデリカッチーノのせいですしーーー!!!」

 あっさりと簡単に大噴火。

「きゃっ」

 暴風に、メイド服が煽られる。
 怒りに任せ、煌爛々の穂先が振るわれようとした時。


「そこのお嬢さん」

 路地の影から、前髪をかきあげつつ優雅に掌を差し出し(ポーズ)

「お困りの」

 白い儀礼服は、裾まで計算ずくのくるっとターン(ポーズ)

「ようだな…☆」

 ウィンクは、この場の全ての美少女へ。
 ああ、これはバッチリと――

(決まった…)

「「\\イッケメーン!//なのですのっ!」なんだよー」

 陶然と自分の世界にひたる白秋を、ティアラ兄妹が楽しそうに持て囃す。
 ちなみに、合言葉はさっき教えてもらったらしい。

「フッ、俺の魅力に胸がトゥインクルトゥインクル…」

 ポーズを決めたまま、ルーガを見る。

「芸人さんなのかー?d(´∀`*)b」

 ポーズを決め以下略、凛を見る。

「私の秘蔵ブロマイドが…」

 ポーズを以下略、煌爛々を見る。

「…美少女とみたらぺろぺろせずにいられない自称イケメン他称残メンでもきっとシリアスもあるかもしれないですしってか(頭とか)可哀想だからオマケな55点…?」

 いてつく視線!はくしゅう は かたまった!

「「\\ザンメーン!//なのですのー?」なんだってー」

 けがれなき視線!はくしゅう は こなごなになった!

「フッ、コレだから若造はよ…口説き方もしらねぇのか」

 白秋(粉)を踏みつけ、路地から渋ヴォイスが響く。

「よぅ、可愛い嬢ちゃん、お前さんの名前はなんてぇんだ?」

 赤銅色の髪を撫で付け、グィドは煌爛々にニヤリと笑いかけた。

「少年、いやガキ大将がそのあふれる好奇心のままにオトナの渋みを増したでもちょっとスケベなところが玉にキズでもでもそんなところも美味しいかもなええいもってけ79点!!…あ、鏡国川煌爛々ですし」

 ちょっぴりモジモジする煌爛々。ちょうドヤ顔で白秋(塵)を見下ろすグィド。
 だがしかし、コレで終わりと思うなよ。

「フフフ、また出会いましたね煌爛々ちゃん」

 路地の影で何かが煌めく。
 眼鏡か?いや、アレは…スマホの画面だ!

「こんな所で出会うとは(以下略)貴女の忠実なる愛の下僕、加茂忠国です!」
「帰れ」

 いてつく視線!ただくに には こうかがない!

「なあなあ、もしや貴殿もソシャゲ厨なのかー?(´艸`*)」

 相変わらずマイペースですねルーガさん!
 そわそわするルーガを手で制し、忠国は真顔でスマホを掲げる。

「いえ、このスマホはこうして使うのです!」

 パシャ

「やはりへそチラはいいですねー」

 パシャパシャ

「十代の滑らかな肌!弾けるエロス!」

 パッシャパシャパシャ…

「たまりません、これはたまりませんよ!」

 空間が段々と凍っていく事に、気付けていないのはいっそ幸いなのか。
 諸々が突き抜けて笑顔となった煌爛々が、一歩踏みだそうとした、時。

「隙あり、なのですよ!」

 どこからか響くゲルダの声と同時に、煌爛々の腰にかかる重み。
 下を見る、ヒリュウのつぶらな瞳と目が合う。適応される自然法則、刹那の後の喪失感。

「…スパッツ、か…」
「…ブルマの方が、いや、だがしかし…」

 瞬時に再生した白秋と、顎に手を当てて悩むグィド。

「…生きてて、よかったです…」

 鼻血が垂れながらも、悔いのない表情でスマホを握り締める忠国。そして。

「……こ、の……ハレンチ野郎おおおおおおお!!」

 スカートを必死に上げながら、煌爛々の改造ブーツが宙を舞う。

『ご褒美ですからー!』

 蕩ける笑顔で星になる忠国。アレ、前にもあったような…?
 兎にも角にも、きっちり改造制服を着直した煌爛々は、ゆっくりと振り向き。

「…で、何か言い残す事はありますですし?」

 そーっと路地裏に消えようとしていた背中が二つ、ギクリと足を止める。
 しばらく二人で押し問答するも、観念したように振り向いた。

「煌爛々ちゃん、俺は…白レースを推すッ!」
「わかっちゃいねぇ、俺ぁブルマだな」

 もう手遅れ、そう悟った二人の開き直り。代償は。

「…天★誅っ」

 サクッ★

 金色の穂先が、容赦無く振るわれる。
 一塊になって飛んで行く彼らを一瞥もせず、煌爛々は手近な壁を破壊すると。

「もうお嫁に行けませんですしー!バカああーー!!」

 再び、金色の嵐となった。



 ピシリと振るわれたリボンの鞭を、逆に引き寄せ。
「遅いッ!」
 一撃必殺。炎の鎚が、敵を跡形もなく溶かし。
「俺の出番は無さそうですね」
 苦笑する瑛理もしかし、確実に数を減らしていく。

 追い詰められたサーバントは、次第に逃げ場を失い。
「ちょっと派手なのいきますね」
 翠月の掌で、魔法書が一際眩しく輝く。
 次の瞬間、色とりどりの花火が広場に咲き誇る。
 轟音は、空間を震わせ――

「あぶねええええ!!」

 サーバントを一掃すると同時、空から変なモノを召喚する。いえ、たまたまですが。

「白秋様とグィド様、ぎゅっとしてますですの。仲良しですのー?」
「僕知ってるよー、カップルっていうんだってー」

「カップル…はっ、そうだ皆さん!」

 何となく追いかけてきたらしいティアラ兄妹の可愛らしい応酬に、ゲルダはハッと閃き拡声器を構えて。

「『チョコは愛する人から貰わなければ意味が無いのよ』と母が言っていました!皆さん目を覚まして下さい!憎むべきはカップルなのです!…この二人みたいな!」
「「待てえええ!?」」

 男とくっついてるというだけでも地獄なのに、トンデモナイ事を言われた気がする。
 白秋とグィドは一瞬、脳が理解を拒否した。

「…カップル…ニクイ、ニクイ…」
「………シネ?」
「「あっちょ待ギャアアア!!」」

 血走った集団の暴走する方向が、避難場所方面な事を確かめ。

「一件落着なのです!」
「だ、大丈夫なのでしょうか…」

 イイ笑顔でサムズアップするゲルダ。その横で、翠月が怯えた子猫の瞳をしていた。



 手慰みのジャグリングをお供に、裏道を進むことしばし。

「おや、そこの美しいお姉さん、こんな処にいると危ないですよ。早くお逃げなさい、ここにはシュトラッサーがいるのです」
「んぇ?私がどーかしたですし?」

 壁に張り付いてごそごそしている煌爛々が振り向いた。まだブロマイドが残っていたらしい。
 エイルズは大仰に天を仰ぐと、芝居がかった仕草で嘆き始める。

「…何ということだ!あなたの様な美しい女性を天界にとられるなんて、人類にとって何と大きな損失か!」
「あ、年下は興味ないんで」

 煌爛々さんばっさり。

「つまり私への愛の告白というわけですね愛しの煌爛々ちゃ「還れ」オブゥ!?」

 忠国さん、こんなところに居たんですね。
 幸せそうに沈没した忠国をグリグリと踏みつつ、煌爛々はビシィとエイルズを指差すと。

「ダルドフ様くらい渋ダンディにお年を召してから出直してくるですしー!」

 何故か自慢気な高笑いを響かせる。と。

「残念。25歳の俺じゃ、役不足ですね」
「ぬぇ!?」

 突然後ろからかけられた声に、煌爛々はバッと振り返り。

「穏やかなノリの良さに本性をくるんで年齢さえも悟らせない適当で何も考えてないチャラい女好きでも実は頼れるオトナな78点dうぇえぇ!?」

 無心で語っている間に一瞬で近付いた瑛理。アワアワ慌てる煌爛々の耳元にそっと。
「可愛い女の子は好きですよ。だから、怒った顔より甘い顔が見てみたいな…もっと楽しい場で、ね」

 ………ボフン。

 沸点を越えたらしい。無言で振るわれた槍を、笑いながら避けると。瑛理は素早く曲がり角に消える。

「キララ様見つけましたですのっ!…お熱でもありますですの?」
「ちちちちがいますし!」
「風邪には栄養が一番ですのっ!」

 代わりに顔を出したのは、相変わらずマイペースなヤンファさん。
 動揺収まらない煌爛々の掌に、問答無用で何かをころん。

「これを食べれば元気百倍で、風邪なんか吹っ飛んじゃうのですよ」
「ボクもあげるねー、元気出るといいねー」
「えっえっ」

 右手にヤンファ印のトリュフ、左手にフェイン印のクッキー。ちょっと歪なカタチはご愛嬌。

「なんだこむすめ、甘いモノ好きなのかー?( ・`ω・´) 」
 後ろの方には、何やら心のメモをとるルーガさん。

「くくくっ…モテモテだねぇ」

 思いがけない展開にオロオロとする煌爛々の前に、最高得点(暫定)の秀影現る!
 手が塞がってるのをいいことに、いつもよりも近くに寄って。

「暴れるのは、それぐらいでいいんじゃねぇかぃ?」


 たまたま通り掛かって、一部始終を見ていた藍。

「…やっぱ渋さって超ズルいと思うの」

 真顔でポツリと呟いた一言が、脳内真っ白になった煌爛々の琴線に触れる。
 ああ、ここに同志がいた――

「お、覚えてやがれですしーー!!」

 何とか再起動した煌爛々は、三十六計逃げるに如かず、あっという間に消える。
 両の掌に、トリュフとクッキーを握りしめたまま。



 帰るまでが依頼です。

 動かしていた身体も、立ち止まると余計に冷える。
「一杯貰えるかい」
「はい、おかわりも自由ですよー」
 甘い匂いごと差し出されたココアを飲んで、ディザイアはふと、忙しなく動く藍を見る。
「忙しそうだな…手伝おうか」
「いいんですかー?」
 答える代わりに、ディザイアは笑ってお盆を持ち上げた。

「おい、ヤナギ」
 エプロン姿のViceの手には、市販に遜色無い出来栄えのチョコ。
「…俺、ソッチの趣味ねぇんだケド?」
「俺にもないっつの」
 呆れ混じりのViceに、冗談だと笑い。有難くひとつまみ。
「あー…カノジョ欲しっ!」
 笑い混じりの言葉は、どこまで本音なのだろうか。

「はい、先輩」
「お、すまんな」
 銃の手入れに余念が無い遊夜に、然りげ無くココアを渡す麻夜。
(これならあっさり受け取ってくれるのにね)
 隣にいるのに、こっちを向いてはくれない人。それでも。
「…諦めないよー」
 クスクス、と本音はココアと一緒に飲み込んで。

「すすすみませんでしたッ!」
「いえ、ティアリーさんのせいでは」
 顔を真っ赤にして土下座するレイルに、根気良く言い諭す朔羅。
「いえ嫁入り前の婦女子に私は何てことをおお」
 だがとうとう頭まで打ち付け始めたレイルに、朔羅は思わず天を仰いだ。
(腕が引っ付いたくらいなんだけど…)

「さて…ヴァレンタインとは斯くも罪深きイベントですね…」
 助け舟を出すべく、リアンはそっとココアを差し出した。


(どうしよう…)
 穴の開いたポケットを見つめ、焦る恋にかけられる声。
「ねえねえ、これキミの?」
 ユーカリの差し出す箱は、間違いなく探していたモノで。
「ありがとう…ッ」
 頭を下げようとするのを制してくるりと反転、ユーカリは恋の背を押した。
「乙女心、しっかり渡せるといいねっ」

 近寄ってくる気配に、悪戯っぽく微笑み。
「僕もチョコ欲しくなってしまいましたね」
 視線を向け、瑛理は恋の顔を覗き込む。
「頂けますか?」
 押された背の温もりを味方に、動揺を何とか飲み込み。
「あ、や、瑛理先輩の分ちゃんとありますよ?…ぐちゃぐちゃになってないと良いんですが」
 恋は何でもないように箱を差し出す。頬の赤みは、きっと寒さのせい。
「…ありがとう」
 自然と浮かんだ素の笑みを誤魔化す様に、瑛理は箱に口付けを落とした。

(天界側の思惑とは若干ズレてる、のか…?)
 一服の休憩の裏、煌爛々の行動を思い返す白秋の元へ。
「おもろいこむすめだろー」
 ココアを片手に、ルーガが歩み寄る。
「…戦いたくないんだけどなあ」
 無言で空を見上げる二人に、答えは見えない。

 所変わって、久遠ヶ原。
「…以上です」
 初めて訪れるミハイルの執務室に、僅か緊張を覗かせる凛。
「さて、鏡国川煌爛々の目的は何なのか…それは兎も角」
 閉じていた瞳を開け、立ち上がるミハイル。
「報告ご苦労…そう怯えなくても、取って喰いはしないがね」
 緊張を別の意味に捉えたか、苦笑しながら己の頭に軽く触れた手に。
「………はぅ」
 過負荷で崩れ落ちた凛は、予想して待機していた友人によって運ばれていったとか。

 同時刻、誰もいない屋上で、秀影はブランデーを呷る。
「楽しんでるかぃ…なぁ、嬢ちゃんよ」


 暦の上では春の足音。けれど、雪解けはまだ遠く。


依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: 戦場を駆けし光翼の戦乙女・桐原 雅(ja1822)
 青イ鳥は桜ノ隠と倖を視る・御子神 藍(jb8679)
重体: −
面白かった!:17人

Eternal Flame・
ヤナギ・エリューナク(ja0006)

大学部7年2組 男 鬼道忍軍
みんなのアイドル・
下妻ユーカリ(ja0593)

卒業 女 鬼道忍軍
封影百手・
月臣 朔羅(ja0820)

卒業 女 鬼道忍軍
戦場を駆けし光翼の戦乙女・
桐原 雅(ja1822)

大学部3年286組 女 阿修羅
夜闇の眷属・
麻生 遊夜(ja1838)

大学部6年5組 男 インフィルトレイター
奇術士・
エイルズレトラ マステリオ(ja2224)

卒業 男 鬼道忍軍
紅茶神・
斉凛(ja6571)

卒業 女 インフィルトレイター
時代を動かす男・
赤坂白秋(ja7030)

大学部9年146組 男 インフィルトレイター
女子力(物理)・
地領院 恋(ja8071)

卒業 女 アストラルヴァンガード
騎士の刻印・
レイル=ティアリー(ja9968)

大学部3年92組 男 ディバインナイト
鉄壁の守護者達・
黒井 明斗(jb0525)

高等部3年1組 男 アストラルヴァンガード
夜を紡ぎし翠闇の魔人・
鑑夜 翠月(jb0681)

大学部3年267組 男 ナイトウォーカー
愛の狩人(ゝω・)*゚・
加茂 忠国(jb0835)

大学部6年5組 男 陰陽師
夜闇の眷属・
来崎 麻夜(jb0905)

大学部2年42組 女 ナイトウォーカー
駆逐されそう。なう・
ルーガ・スレイアー(jb2600)

大学部6年174組 女 ルインズブレイド
桜花の護り・
フェイン・ティアラ(jb3994)

卒業 男 バハムートテイマー
撃退士・
ヤンファ・ティアラ(jb5831)

中等部3年10組 女 陰陽師
護黒連翼・
ディザイア・シーカー(jb5989)

卒業 男 アカシックレコーダー:タイプA
仄日に笑む・
幸広 瑛理(jb7150)

卒業 男 阿修羅
マインスロワー・
ゲルダ グリューニング(jb7318)

中等部3年2組 女 バハムートテイマー
いぶし銀系渋メン:89点・
庵治 秀影(jb7559)

大学部7年23組 男 バハムートテイマー
龍の眼に死角無く・
Vice=Ruiner(jb8212)

大学部5年123組 男 バハムートテイマー
豪快系ガキメン:79点・
グィド・ラーメ(jb8434)

大学部5年134組 男 ダアト
青イ鳥は桜ノ隠と倖を視る・
御子神 藍(jb8679)

大学部3年6組 女 インフィルトレイター
明けの六芒星・
リアン(jb8788)

大学部7年36組 男 アカシックレコーダー:タイプB