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仙北市角館町の外れ。
冬の足音と共に、野球場の入口をくぐる影。
『なんか最近きな臭いことが連発してる件について(^v^)』
慣れた手つきでスマートフォンを操作するルーガ・スレイアー(
jb2600)。
ソーシャルネットワークの画面を閉じると、動画モードをONにする。
(使徒かあ…何かいい情報源になれば、報酬あがってソシャゲ課金も捗るンゴwww)
ぬっふっふとワルイ微笑を浮かべ、そのままスマホを首にかけた。その横で。
「今日の私は本気です、本気なんです!」
誰にともなく叫ぶ加茂 忠国(
jb0835)。大事な事だから2度言ったそうです。
一張羅に身を包み、歩きながらもヘアスタイルの最終チェックに余念がない。
観客席を抜け、ホーム付近からグラウンドに降りる。
内野と外野の間を悠々と彷徨く鬼蜘蛛の向こう、スコアボードに腰掛けるのは『鏡国川 煌爛々』。
不貞腐れた顔で、組んだ脚の上に頬杖をついている。
「なんかすっごい不機嫌そうなんだけど…ええと、使徒?」
彼女のあまりのやる気の無さに、不安になる黒須 洸太(
ja2475)の呟きに。
「またあの嬢ちゃんかぃ…安心しなぁ、間違っちゃいねぇぜぇ」
ゆるりと顎を撫で、庵治 秀影(
jb7559)はくつりと笑みを漏らす。
(前みたいに騒ぐのが目に浮かぶな)
後方、男性陣と少女を交互に眺め、苦笑をひとつ。
ディザイア・シーカー(
jb5989)は、胸元、服越しに形見に触れる。祈りは一瞬、刹那の瞬きに紛れ込ませて。
立ち止まる彼の後ろ、最後方から、ミーシャ=ヴィルケ(
jb8431)が静かに撃鉄を起こす音が響く。
それは不可視の弾丸となって、弛緩した空間を切り裂き、戦いの色へと塗り替えていった。
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招かれざる侵入者を視界に捉え、般若の面がぐるりと回る。
「今度はまた趣味の悪い奴を従えてるもんだな」
前回との落差に、苦笑を零す秀影の横から。
「さっさと潰れて貰うぜ、お引き取り願いたいんでね」
同感、と戦鎚を構え、真正面向け地を蹴るディザイア。狙いは顔面――ではなく。
「クッ…硬ぇな」
巨体を支える脚が、硬質な音を立て戦鎚を弾く。
返す刀で二度、三度と腕を振るうも、ほとんど手応えが感じられないような、と。僅か戸惑うその刹那に、別方向から鋭い爪が連なり迫る。
「連撃、かよ!」
予測された軌道はしかし、防ぐには手が足りない。辛うじて避けた一本目の隙に、二本目が突き立てられようとした、瞬間。
「またすまねぇな、相棒。力を借りるぜ」
低く、唄うように呟かれた言の葉が、青い燐光となってディザイアを包み込む。
同時に、燐光を凝縮させたような暗青の鱗に覆われし巨躯が、音も無く両者の間に滑り込み、弾く。
「助かる!」
大きく広げられた双翼の影で、体勢を立て直すディザイア。
「安心して戦っていいぜぇ。後は任せなぁ」
戦場に在っても静謐さを失わないストレイシオンに、愛しげな微笑みを向け。愛竜もまた、期待に応えるべく低く嘶き返す。
不可視にして不可侵の絆に苛立つように、般若の口から獰猛な唸り声が漏れた。
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一方、スコアボードの上では。
(女子高生をナンパするのは久しぶりです…中々どうして緊張しますね)
すーはーと深呼吸で息を整え。忠国は笑顔を浮かべる。
目の前には煌爛々。その不機嫌ながらも鋭い眼差しが突き刺さるのに、ホスト時代の血が騒ぐ。
(頭の中で予行演習は100万回以上行いましたが…えぇい私らしくない!さぁ気合を入れて声を掛けましょう!)
心中で喝を入れ、彼我の距離を詰める。
一歩、二歩、槍の間合いさえ躊躇なく乗り越えて。互いに望めば手の触れる距離で立ち止まる。息を吸う。
「やぁ、煌爛々ちゃん!」
投げる声音は甘く優しく。輝く笑顔は角度も重要。
ナンパはそう、最初が肝心――
「おっぱい揉ませてください!」
ビシィィッ!!
(…何か違うんじゃないかな…)
後方で見守る洸太が、思わず空を仰ぐ。粉雪が目に染みるなぁ。
アッシュグレイに積もる粉雪を気にも止めず、完璧なポーズのまま微動だにせぬ忠国。
無表情でしばし見詰めると、煌爛々は焦れったいほどゆっくりと口を開く。
「一見シンプルながら細部までこだわった装いが近寄り難そうでしかし口を開けば囁かれる甘い言葉が隙のない雰囲気を柔らかく魅せる粋な伊達系気障男――の前に」
相変わらずのノンブレス。柔らかな慈愛の微笑みで、片手が伸ばされる。
鋭かった眼差しも、いっそ愛しげに細められていき。
「…出血大サービス52点ですしおとといきやがれこのハレンチ野郎おおお!!」
「あべし!?」
片頬に綺麗な紅葉を咲かせて。忠国はスコアボードから転げ落ちていった。
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ひらひらと舞う粉雪が、黄褐色に吸い込まれていく。
「おおー、でかい蜘蛛だなあー、よーしパパがんばっちゃうぞー」
上空、星の輝きを宿すトンファーを掲げ、張り切って突っ込むルーガパパ。
「トンファーキーック!!」
翼の推力と、身を引く重力と。
加速する力はそのまま、重い一撃となって鬼蜘蛛の背を打ち据え。
鈍い音と甲高い咆哮と。
怒れる鬼蜘蛛の爪先はしかし、再び舞い上がる闇の翼に空を切らされた。
「もういっちょ行けそうだなあー」
ブンブン、と腕の具合を確かめ、もう一度空を蹴るルーガ。
先程と違わず、簡単に届くかと思われた、が。
ぐるん。
般若の面が唐突に空を向く。吊り上がる眼が、獲物をしっかりと認識して。
不意に、何かが絡み付く感触が、ルーガの自由を奪う。
粉雪に辛うじて煌めくソレは、鬼蜘蛛と己の身体を繋いで――確認出来たのは、其処まで。
「うわー!?」
ブレる視界、掛かる負荷。
強く引き寄せられたのだと気付いたのは、眼前に迫る牙の脅威故に。
だが来るとわかっていながらも、身体は思う儘に動いてくれない。
「…スレイアー様の行動不能を確認。原因の排除に入ります」
抑揚のない声か正確無比な銃弾か。先に届いたのはどちらだったろう。
ミーシャの銃撃に牙を弾かれた鬼蜘蛛は、苛立ちをぶつけるかのようにルーガを振り回し始める。
「こいつぁ難儀だぜぇ」
顎を一撫で、秀影は思案する。糸を切るべく駆け寄るも、避けながら、というのは意外と難しい。
ルーガを傷つけぬよう、慎重に赤色の刃を閃かせる。当然、それを許す鬼蜘蛛ではない、が。
「よそ見してると痛い目見るぜ?」
脚に、戦鎚が纏わり付く。爪で刻まれても、牙で抉られても――否、血飛沫の舞うごとに。
その身を囮とするディザイアの顔は、獰猛に彩られていった。
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「うっわーアレちょーネバネバすんだよねーかわいそーですし」
スコアボードの上で身を震わせる煌爛々。どうやら身に覚えがあるらしい、何故か。
「まあ、僕らは仕事だからね」
思わず漏れた独り言に、洸太は然りげ無く乗っかっていく。
距離を詰めるのも自然に、されど慎重に。同じ轍を踏むわけにはいかない。
「えーと、君のほうは仕事は良いの?」
躊躇いを苦笑に混ぜ、かくりと首を傾げる。
「んぇ、仕事?」
ナニソレ美味しいの?と言わんばかりの顔で煌爛々は振り向き。
「常に笑顔を絶やさないご近所の奥様方に大人気の爽やかお兄さんでもちょっと瞳に翳り付きなのが乙女心を擽るギャップなええと65点!」
カッ!と目をかっぴらいて一息に言い切る。もはやオートらしい。
とはいえ、洸太は好みとは違ったようで。イケメンの登場に機嫌を直しながらも、すぐに通常状態に戻る。
「お出かけにきただけですし。ドケチケッチーノがここなら来てもいいって」
「…えーと、じゃ、なんでお出かけを」
微妙に噛み合わない会話に、それでも真面目に依頼をこなすべく。頬をポリポリ、更なる問いを発しようとした時。
「うあーああーぶないんだぞー!」
長い髪を靡かせて、ルーガが軽やかに場外ホームランされてきた。
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銀色の右腕を引き寄せ、ミーシャは照準を切り替える。
「救出を確認。前衛支援に戻ります」
振り回される身体を狙うのは困難、ならば切り離してしまえば良い、と。大きく振り上げられた所を狙ったはいいが。
「くくく、ちっと手荒になっちまったなぁ」
遠く、スコアボードの上で洸太にキャッチされたルーガに、楽しそうな一瞥を投げ。
「…遊んでる余裕もないかねぇ」
返す視線の先、耐える相棒と満身創痍のディザイアの姿に、眦を険しくする。
矢面に立つ彼の身体には、新旧の区別がつかぬほどの傷跡が刻まれていた。それでも。
「さぁ、どっちが先に倒れるか…勝負と行こうか」
歯を剥き出して、ディザイアは哂う。其処に敵が在る、ならばただ屠るまで。
再び駆け出すべく、軸足が踏みしめられた時。
「提言。前衛耐久値が危険域に入ったと推測。よって、交代が適正と判断します」
突如広がる、黒髪と粉雪のコントラスト。銀の腕が、甲高い音を立てて爪を受け止める。
虚を突かれたように目を見張り、ついで、フッと微笑った。
「…こりゃ参った、下がらせて貰うか」
置き土産の雷剣を打ち込み。飛び退る手には、戦鎚に代わり薄青い栄光が。
見えてきた終わりに、拳を打合せ気合を入れ直した。
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洸太の腕の中。はらり、と流れ落ちる金糸に混ざって、バラバラ、と零れ落ちる何か。
「おっとー…うん?」
拾い上げようと伸ばした手の先には、何もない。見間違いかと目をぱちくりさせるルーガの、下げた頭の向こう。
「イケメンが…こっちは渋ダンディ…」
鬼気迫る無表情でブツブツと呟く煌爛々の両手には、扇状に広げられたブロマイド達。いつのまに。
「…なんだか、天使の道具にしちゃあ、愉快で面白いムスメだなあー(=´∀`)」
ルーガさん物好きですね!
ボソリと呟くと、洸太に礼を言い、糸を振り払いつつ煌爛々に近付く。
「貴殿、なんか面白いから、この中のどれでも好きな奴やるぞー(=´∀`)」
「えっマジですし!?」
途端、くわっと。掴みかからんばかりの勢いで、距離が詰められたところへ。
「だからさあー、そろそろ帰ってくんない?…それとも、この町でまだなんかしなきゃならんのかー?」
ススッと、徐ろに耳元へ囁く。胸元では、音も無くスマホが動き続けている。
「そ、それは…だって…っ」
言葉を詰まらせ、言い淀む。眼が、ブロマイドと地面を行き来している。
(そうだよね、目的とかあるよね)
その姿に逆に安心する洸太。乙女を心配するのはイケメンの条件です。
そんな想いに気付きもせず、ブロマイドを握り締め苦悩する煌爛々。けして短くは無い時を費やした後、耐えかねたように叫ぶ。
「だって…だってまだナンパされてないですしー!」
遠くの方で、カラスの鳴き声が三度、聞こえた気がした。
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「近接戦闘形態へ移行します」
瞬きの間に銃口下部から伸びる刃で、もう何度目か、牙を弾く。
すでに鬼蜘蛛には、戦鎚による無数の裂傷があり。己の仕事は其処に傷を重ねていくこと。
ミーシャは機械的思考で状況を分析する。
一番深い傷、障害となるモノ、味方の支援。不確定要素まで考慮して、距離をじわりと詰めていく。
視界の端でまた一本、脚が折れた。バランスを崩す鬼蜘蛛。
「頼んだぜ」
片頬だけで笑い、ディザイアが迫る爪を拳ではたき落とすと。
「気にせず突っ込みなぁ」
打ち込まれる矢に気を取られた鬼蜘蛛を、ストレイシオンの巨躯が押え付ける。
好機、と思考が認識するのを後押しするかのように、掛けられる声達。
「Ja。ご命令を実行致します」
一瞬の飛翔、鬼蜘蛛の真上に身を投げだすと。狙いは真っ直ぐ背へ、星の輝きの導を目指して。
刃が刺さる、そのまま半分ほどまで埋まる銃身。外しようもない零距離射撃が、容赦無い火力で鬼蜘蛛を内側から抉った。
「…目標の停止を確認」
戦闘の終わりは、拍子抜けするほど呆気無く。
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沈黙の時間は、意外にも一瞬だった。
「…フッフッフ…」
ガシッ、と。不気味な笑い声と共にスコアボードに掛かる指先。
「聞きましたよ…ナンパ、そう、それこそが私の目的!むしろそのためにこの依頼受けました!」
一気呵成に言い切ると、その勢いで身体を持ち上げる忠国。
「女子高生がそこにいるのならば!例え火の中であろうと口説きに行くのが私です!」
バンッ、と。スーツの汚れを払い髪の乱れを撫で付け眩しい笑顔を浮かべ目前に跪く。この間わずか三歩。プロってすごい。
「写真の貴女も素晴らしかったですが〜中略〜その眼差しを私だけのものに〜中略〜一緒にお茶でも飲みに行きませんか?」
――決まった。
勝利を確信した瞳を懇願の色に隠し、片手を押し抱いてそっと視線を向けると。
にっっっこり。満面の笑みの少女と目が合う。あ、これアカンやつや。
「ハレンチ野郎はお呼びでないですしーー!!」
何だか人体が上げてはいけない音を立てて吹っ飛んでいく忠国。
『へそ出し女子高性とかエロスの塊じゃないですかーしょうがないですー』
つい本音が毀れちゃった☆らしいです。乙女の敵ですね。
回し蹴りをぶちかました体勢のまま、フンッ、と鼻息荒く親指を逆さに立てる煌爛々。
女子高生にしてはいささか元気過ぎる態度に、聞き覚えのある笑い声が背から届く。
「くっくっく、盛り上がってるところを見ると妬けるじゃねぇか。俺の相手も頼むぜぇ」
「えっ」
振り返る。渋い微笑みを浮かべた秀影(89点+α)。
「2番煎じは通じんかね?」
「えっえっ」
顔を戻す。ワイルドな微笑みを浮かべたディザイア(72点+α)。その後ろには苦笑を湛える洸太(65点)。
気が付けばイケメン包囲網。どうしてこうなった(デジャブ)。
固まる煌爛々の遥か下、グラウンドから。
「鬼蜘蛛の消滅を確認。残る殲滅対象は、使徒『鏡国川 煌爛々』のみ」
「うえっ」
長距離射撃形態にて、照準を合わせ淡々と告げるミーシャ。それが、逆によかったようで。
「こここんなことでどーよーする私じゃないですし!」
黒ヤギストラップが縦横無尽に舞う。そうとしか認識出来ないほどの、槍先の速度。
「おぼえてらっしゃいやがれですしー!」
捨て台詞が耳に届いて初めて、煌爛々の姿がないことに気付く(ついでにブロマイドも減っていた)
不意を突かれたとはいえ、その身体能力はまさに、彼女が使徒たる証で。
「面白い嬢ちゃんだが…一筋縄じゃいかねぇ、ってか」
溢れ出る愉悦を、閉じた瞼に隠し。秀影はずるりと、片膝から崩れ落ちる。
スーツの袖に一筋走る傷跡から、滴る真赤い雫と引き換えるように、痺れが全身に広がっていった。
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斡旋所にてスマホの動画を提出し、ルーガはその足で屋上に向かう。
思い出すのは、制服を来た使徒。愉快で面白い彼女は、倒すべき敵であるという事実。
「…私は、あんまり子どもとは喧嘩したくないなあー(´Д` )」
しょんぼりと寒空を見上げるルーガの手に、ちぎれた黒ヤギストラップが握り締められていた。
冬は等しく、誰の心にも隙間風を忍び込ませていく。
それはおそらく、人に非ざるモノにさえも。