●
赤、紅、黄、橙、朱。
文字で表すと途端に味気無い紅葉色の景色が、見渡す限りの稜線を染め上げている。
例によって少し離れた場所に開いたディメンションサークル。だが目的地までの道のりを、ヤンファ・ティアラ(
jb5831)は意外に満喫していた。
「良いお天気なのですのっ!美味しいご飯とか食べたくなるのです〜っ!」
地を引き摺る程の尾をパタパタと、弾むように先頭を進む。もちろんメインは埴輪退治。でも終わったらちょっとくらいもみじがりなんて良さそう。鞄から零れ落ちそうな焼きそばパンを、ワクワクしながら押し戻す。
「ふみ〜。ヤタガラスさんか〜天界はまた何か余計な事考えてるのかな〜?」
のほほんとした笑顔で首を傾げるエマ・シェフィールド(
jb6754)。最近、東北関連の事件で見かけるサーバント、ヤタガラスに。その柔らかな雰囲気とは裏腹、某かの策謀の匂いを感じ取ったらしい。
「さぁてねぇ…何にせよ、高みの見物ってぇなぁ気にくわねぇなぁ」
組んでいた腕でするりと顎を一撫で。遥か天上を見上げて、庵治 秀影(
jb7559)はくつりと哂う。
その位置は、己の役割だと。嘯くのは本気か否か、飄々とした態度から、真意は読み取り難い。
「道路を塞ぐ埴輪ね…」
くしゃりと前髪をかき混ぜるディザイア・シーカー(
jb5989)の独り言に。
そういえば、とアナスタシア・スウィフトシュア(
jb6110)は緑の眼を瞬かせる。
「えーと、埴輪って、昔の子供番組に出てくるアレ?…そこまでリアルな形をしていない方?そーなんだー」
興味本位の塊のような煌きに苦笑で答えながら、ディザイアは依頼書にあった一節を思い出す。
「上からの声ってのも気になる…が、何叫んでんだか」
脱力する内容、だが、声の主は恐らく天使か使徒だろう。
この少ない人数でやりあいたくはない、と気を取り直したところに、椎葉 巴(
jb6937)の歓声が響く。
「かーわーいー!でもなんかシュール!」
艶やかに色付く木々の合間より、現れ見るは堂々たる素焼き。
デン!と鎮座する標的を前に、一同は頷き合うと、紅葉に負けぬとりどりの翼を広げた。
●
高く聳え立つ埴輪の、更に上の方。何かを見定める様に旋回する、2体の黒き翼。
秀影は細めた眼に己が獲物を捉え、口角をニィと上げる。
視線は離さないまま、す、と差し出した片腕の先。鼻面を擦り付けるのは、蒼煙纏いし黒竜、スレイプニル。
「よぅ、相棒。俺ぁ見ててやるから頑張りなぁ」
首筋を軽く叩く。嘶く様に上体を仰け反らせ、空を駆けていく黒竜に呼吸を合わせて。
「さぁ、狩りの時間だぜぇ」
軽やかに地を蹴る。憐れなる獲物を、檻に誘い込む為に。
遠く、対面から近付いてくる秀影と、まだ気付かないヤタガラス達。やや上方から眺め、エマはタイミングを図る。
んー、と狙いをつける両手には『防犯用カラーボール2個入り』が。
「当てられる自信はないけどね〜」
過去の報告書に載っていた、自身の体色を周囲と同化させるというヤタガラスの特質。
その対抗手段として通販で購入したそれはしかし、当たらなければ意味を成さない。
タイミングを図る。チャンスは一瞬。襲撃者に意識の逸れる、僅かその時だけ。
エマの眼前で急降下し、下方から掬い上げるように上昇する秀影。
驚いたヤタガラス達は、カメレオンのように周囲に同化していく。その羽ばたきの合間を縫って。
「やっちまいなぁ」
笑みを含んだ秀影の視線が届くと同時、エマが投擲したカラーボールが、一羽の片翼を染めた。
しゃらり、と首元で鎖が音を立てる。
心地良い重みで存在を伝える懐中時計に、触れるだけの口吻を落とし。
「さて、互いにどこまで耐えれるか…勝負と行こうか」
一足飛びで埴輪の顔(?)辺りまで駆け上がると、ディザイアは戦鎚を叩き込む。無骨な初撃は、だがしかし横から伸びてきた右腕(?)に身体ごと弾かれた。
吹っ飛ぶディザイアと入れ替わるように。巴の爪弾く不如帰の矢が、ど真ん中を狙って放たれる。
愚直な飛跡を空いていた左腕で容易く振り払う埴輪、の両腕の隙間を掻い潜って。
「くらいなさーい!」
接敵。白く輝く一閃が、縦横に刻まれる。じわり、と削られていく埴輪の表面。
遅々として、けれど確実に与えられる傷を、良しとする理由もなく。
「おっもーい!」
憤るように不埒者へと振るわれた埴輪の右腕。直剣で受け凌ぐ巴に、だが戻ってきた左腕が迫る。
「…俺を忘れてないか?」
利き腕に煌めく栄光の拳。巴を狙う左腕ごと、ディザイアは埴輪の素焼きボディに一撃をぶち込んだ。
壁面を震わせ伝わる振動。巨体の動きが刹那、時を止めた。そこへ。
「ちょっと痺れるかも、ごめんねー」
バチバチ、と青白い火花を散らす雷剣。
上空、埴輪の後方に回り込んでいたアナスタシアが、切っ先を埴輪に向け鋭角的に急降下する。
狙い違わず突き刺さる魔の剣。割と痛かったのか、なんか萌えっぽい叫び声を上げて反撃しようとする埴輪。
だが、その隙を逃すディザイアと巴ではなく。ここぞとばかりに猛撃を仕掛け封じる。
「ん、まだまだいくよ」
アナスタシアの徹底した一撃離脱。雨垂れが岩を穿つように何度も、何度でも。
連携の取れた埴輪組。とはいえ、相手はあまりにも巨大(文字通り)で。
戦況は一進一退――けれど今は、それでいい。
●
眼に鮮やかなショッキングピンクの片翼が追い立てられてくる。完全に同化したヤタガラスの、唯一の徴。
「逃げようとする子は後ろめたいことがあるからだって、父様が言ってましたのです」
ヒュン、と鞘走る刀身の風に合わせ、髪飾りが頬の横で揺れる。
揺らめく桜色の焔。切っ先のなぞる通りに展開される魔法陣。目標は、違えようの無いショッキングピンク。
「ちょぴり痛くしたげますのですよっ!」
可愛らしい声とは裏腹、容赦無く炸裂する衝撃が、染められた片翼を中心に爆煙をあげる。
手応えは――一匹。
「ふみ〜。流石に見えないと難しいかな〜」
再び可視状態になった満身創痍の一匹の姿に、エマは逆に警戒を強める。巻き込みきれなかったもう一匹は何処なのか。まだ逃がしてはいないはずだが――
「しゃあねぇか…よぉ、駄目もとで例の奴いくぜぇ」
秀影の合図が響く。依頼書に記載されていた、埴輪のとある攻撃を利用した作戦。
効果の程はわからない、けれど。
「面白いほうが楽しいですのっ」
「シャッターちゃーんす!」
ヤタガラスの退路を断ちながらも、わくわくとした気持ちを抑えきれないヤンファと、どこからか使い捨てカメラを取り出しベストポジションを探すエマ。
秀影は準備万端の2人にぐっと親指を立てると、身の丈ほどの長大な和弓を顕現させる。同時に、さりげなく離脱する埴輪班。標的を失った両腕が、うねうねと動き次の獲物を探すところへ。
「おぉい、俺とも遊んでくれよ。退屈で死んじまうぜぇ!はっ、そんな木偶みてぇな体じゃ空の上の天使様にぁ手が届かねぇってかぁ?」
限界までしなる弓弦から、埴輪目掛けて罵声と共に矢が降り注ぐ。
くるん、と振り向き腕を伸ばす埴輪。届かない。ホームポジションに戻す。考える。そして。
カッ!
「わー光ったよ!」
「何とも言えない気分になるぜ…」
いかにも何か出します、と言わんばかりに充填されていくエネルギー。
照準は秀影、発射まで3、2、1――
ハァァァニワッ!!
「埴輪って鳴くんだねー」
「父様に教えてあげないとですのっ」
威勢の良い声(?)をあげ、限界まで広がった口(?)から、光の奔流が迸る。
意外と太いビームは、秀影ごと後ろのショッキングピンクを飲み込み。
「ふっ、逃げられちまったぜ」
直前で翼を畳み落下した秀影が、阿吽の呼吸で受け止めた相棒の鬣を優しく撫でる。
視線の先には、墜ちていくショッキングピンクと、ダメージを受けながらも逃げ果せるヤタガラスの姿。それと。
「こんな時ぁ、誰か代わりに慰めてくれるもんだよな?」
再び激しく動き出した埴輪。その上で、人影がもぞりと動いた。
●
「あー…よくねたよね」
プラチナブロンドを無造作にかき混ぜ、埴輪の上で大きく伸びをする少女。最初に気付いたのは、埴輪班に合流すべく急降下していたヤンファで。
「何してますのです?」
「んあー…ひるね、じゃねえな…なんかえーと、からすつれてあばれてこい?」
はにわんと、と。寝ボケているのだろう、眼をしょぼしょぼ擦りながら埴輪をバシバシ叩いている。
「はにわんみたいに可愛いのがお好きなのです?」
「いや…コレ別に趣味じゃないですし。たまたまですし」
尽きない興味で畳み掛けるヤンファ。矢継ぎ早の質問に、流石に覚醒してきたらしい。徐々に焦点が合ってくる。
「ではカッコいいのがよろしいのです?」
かくり、首を傾げるヤンファの指差す先。うっかり釣られて、埴輪から身を乗り出し覗き込む少女。
「…なんだ?」
埴輪の腕を拳で打ち払いながらも、視線を感じ顔を向けるディザイア。
目と目が通じ合う――と、徐ろに少女は叫んだ。
「合格ッ!!」
「基本は温厚な雰囲気ながら戦闘時には粗野な鋭さで荒々しく薙ぎ払うそのギャップが美味しいうーんそうな…73点!」
「細かいですのっ!」
完全覚醒。
両拳を握り締め、真顔で凝視したままノンブレスで言い切る少女に、ヤンファの楽しそうなツッコミが飛ぶ。
内心少し、いやかなり引きつつ。依頼書を思い出し、ディザイアは警戒しながらも少女の傍らに近付くと。
(情報は集めといて損はねぇからな…心の癒しになるかは、知らんがね)
本音は喉奥に飲み込んで、精悍な相貌に柔らかな笑みを浮かべた。
「あんたの事、教えてくれねぇか」
〜しばらくお待ち下さい〜
「くっ…イケメンスマイル直撃…煌爛々負けない…っ」
鼻を押さえながら、生まれたての子鹿のように崩れ落ちた身体を起こす少女。
「煌爛々様とおっしゃいますですの?ヤンファはヤンファといいますですの!よろしくなのですよっ!」
そんな少女――鏡国川 煌爛々の状態を全く気にせず、ヤンファは嬉しそうに言葉を重ねる。
「う、うん…?よろしくな…?」
前門のイケメンスマイル、後門の無邪気スマイル。ああ、どうしてこうなった。
必死に横を向き眼を逸らす煌爛々。逃げ道を探す彼女の上に、不意に影が差した。
「よぉ、こいつぁあんたの玩具かぃ。子供は家で寝てなぁ」
「あ、秀影様」
〜もうしばらくお待ち下さい〜
「普段はとぼけた顔で飄々と周囲を煙にまくくせに肝心なとこでサラッと渋くキメる大人の魅力が堪らないええいもう89点ッッ!!」
「渋い方がお好きなのですねっ!」
再び崩れ落ち、バンバンと埴輪を叩きまくる煌爛々の心の叫びに、メモメモ、と鞄を漁るヤンファ。
「役に立つのかね…この情報は」
そろそろ天使の微笑が保てなくなってきたディザイアが、思わず呟きを漏らす。心中お察しします。
「なるほど…巧妙な作戦であったと、そういうワケね…」
遠い目で零されたぼやきに、煌爛々はハッとして立ち上がると。
「次回はこうはいきませんしー!覚えてらっしゃいっ!」
キィィ、とハンカチーフを噛み締め、徐ろに地上へと高く跳躍する。
「何しに来たんだ…?」
「またお会いしましょうなのですの〜っ!」
すぐに紅葉に紛れたプラチナブロンドに、ヤンファは大きく手を振った。
●
情報収集というには幾分か気の抜けるやりとりの合間。少し下では、埴輪との攻防が続いていた。
「っ…Scutum!」
エマの掲げる英雄の書に、盾の紋様が浮かび上がる。吹き飛ばされながらも、叩き付けられた2本の腕を王の盾が防ぎきると。
「ガラ空きだよ!」
巴の直刃が確実な正確さを以って傷を、否、穴を穿ち。
「こっちだよ、どこ見てるの?」
絶妙のタイミングで、アナスタシアの翼弓が埴輪の意識を強引に引き寄せる。
そう、彼女らの地道な攻撃は、空洞の中身を覗かせるほどのダメージを埴輪に与えていた。
拮抗する戦場。そこへ、少女に対応していた戦力が戻ってくる。
戦況が、動いた。
「さぁて…もう耐える必要はねぇ、叩き込むぜ!」
ライフル、というにはやや小型な、それでいて威力は同等以上のプルパップ方式銃が、遠方より火を吹いた。
ディザイア専用にカスタムされた愛銃が、銘打たれし名の如く埴輪に判決を突きつける。
大きさを増す穴。音を立て広がっていく罅割れを追うように、アナスタシアの翼弓が突き立っていく。
終わりを感じとったか、最後の足掻き、とばかりに激しくなる埴輪のぶんまわし。
「っと、そうはさせないんだからー!」
銀色の軌跡を描きながら、華麗に受け流す巴。その後方にて。
「Gladius!」
書を開き名を喚ぶエマの眼前、顕現せしは王の剣。
放たれた魔法の剣は、道行きを遮られる事無く一直線に広げられた穴へと吸い込まれていき。
刹那の静寂の後、派手に軋む音を立てながら、空洞の内部が荒れ狂う。
咄嗟に退避した撃退士達の見守る中。呆気無いほど簡単に、埴輪は崩れ落ちていった。
●
平穏を取り戻した紅葉の錦。依頼後の、息抜きの時間。
ふんわり空に浮かびながら、紅葉に染まった景色を敷物にして。
「じゅるり」
はちきれそうな鞄の中身は、一杯に詰め込んだお弁当。
いただきます、ときちんと手を合わせて、ヤンファは焼きそばパンにかぶりつく。
もぐもぐと一心不乱に咀嚼するところへ。
「ふむ、こいつぁ悪くねぇな。実に悪くねぇ」
ゆったりと漂う秀影が、隣にごろんと寝そべった。
「くくく、願わくば手元に酒がありゃぁ最高だったがなぁ」
傍らの愛竜の喉を擽り、眼を細めて地上を眺めやる。その空いた片手へそっと。
「同じお米なのですよ〜おすそわけしますのですっ」
ヤンファはにっこり笑って、丁寧に包み紙を剥がしたおにぎりを差し出した。
木漏れ日に透かし、使い捨てカメラを矯めつ眇めつ。
「ふみ〜。ちゃんと撮れてるかな〜」
「埴輪の写真?」
こくり、と頷いたエマの手元を、しげしげと覗き込むアナスタシア。
デジカメに取って代わられつつあるフィルムタイプのそれは、現像してみないと出来がわからない。
「ふーん…出来たら見せてくれる?」
「もちろんだよ〜♪」
己の作品に興味を持ってもらえるのはとても嬉しい。はにかむエマの頬が、紅葉色に染まる。
手近な岩に腰掛け、巴はポケットから取り出した携帯の画面に、カメラ画像を表示させる。
写っているのは埴輪と戯れる仲間達と、紅葉に沈むプラチナブロンドの横顔。
「へー、結構遠くまで跳べるんだね」
真中に捉えたと思った被写体は、辛うじてフレームの端に引っ掛かった程度。
「変わったヤツだったな…」
遠い目をしてやりとりを思い出すディザイア。とはいえ曲がりなりにも使徒、侮り難い相手には違いないだろう。
東北に何かが起こっている。冥魔の傷跡が癒えぬ間に、今度の相手はおそらく、天界。
移ろい来る季節すら、この地には過酷であるというのに。
突如吹き荒れる山颪が、紅葉と心を大きく揺さぶっていった――