●作戦会議in道中
「敵を引き付ける者と救助に回る者とで分担しておきましょうか」
現場へ移動する道すがらエルディン(
jb2504)がそう提案する。
出発前に警察へ協力を仰いで離れた所にパトカーを待機してもらっているので、もしもの時に敵を振り切る策も万全。
餅に拘束された、などと聞くと少し笑ってしまいそうにもなるが、身動きの取れない一般人を地面に転がらせたままでの戦闘が危険であることは明白だった。
「ディアボロの排除と人間の回収、どちらも依頼であるなら巻き込む訳にはいきませんし。私は翼で空から救助すべきものが死角に入るように誘導ですかねぇ」
今回が初戦だというトグ(
jb8834)は特に緊張した様子もなく笑顔で答えた。
その目だけが笑っていないことに気付いている者はいるのだろうか。
彼とは対照的に、正義感に満ちた瞳の少女が救助に名乗りを上げる。リシオ・J・イヴォール(
jb7327)だ。
「困ってル人がいるなラ、助けねバ!あト、嫉妬ハよくないヨ!」
不思議なイントネーションは彼女がフランス人であり、来日からまだ日が浅いことを表していた。
「何かに嫉妬して、八つ当たりするだけでは何も得られないのに」
静かに雫(
ja1894)が呟いた言葉はこの場にいる撃退士達の大半が思ったこと。
「そういや餅女が巨乳に嫉妬してるのか、あの斡旋所のヤロウが単なる乳好きかは知らねーが、ぺったんがどうのって言ってたな。前者なら囮は女に任せて俺様も空からの攻撃に専念だぜ」
染み・黒子一つない美白卵肌が自慢の江戸川 騎士(
jb5439)(※男)が事前説明で聞いた情報を整理しながら引き付け役を請け負えば、隣を走る神凪瑞姫(
jb2553)が続く。
「それじゃあ、あたいは地上を担当するよ。気に障る言葉でも投げて挑発してみようかねぇ」
惜しげも無く晒された彼女の肢体、特に件の胸部は口であれこれ言う必要も無いくらいに挑発的だったが。
「…え? ぺったんこ? ………?」
その会話を聞いた明日香 佳輪(
jb1494)が首を傾げる。
花にしか興味のない彼女には、胸の大きさに嫉妬する意味が理解できなかったらしい。
「自分にある素材を上手く生かせば良いのですよ、佳輪さん」
にっこりと紳士ならぬ神父の固有スキル・父性溢れる聖職者スマイル炸裂。
だがしかし、これも明日香には効果を発揮することはなかった。
配置も決まり、ディアボロが視認出来るか否かというところで空を行く2人は翼を顕現させて舞い上がる。
引き付け班が先行、彼等が足留めをしている間に如何に素早く人命救助を済ませるかが勝負の分かれ目だった。
●届かなくて、悔しくて
開戦を告げたのは屋根上からの銃撃だった。
トグの握る銀色の銃身より放たれたアウルの弾丸は未だ敵襲に気付かない白い背中に柔らかく沈み込む。
続いて向かい側の屋根から躍り出た江戸川はアウルの力を増幅させる風をその身に纏い、魔法書を開く。
そこから生まれた様々な音符達が一斉に飛んで行くのは肩。
掴みかかりも投擲も腕がなければ使えないことを見越しての目標だったが、ディアボロはその関節があるのかも疑わしい身体を捩ることで直撃を避け、その傷も『もにゅん』という効果音でも付きそうな動きで見えなくなってしまう。
「柔軟性も予想通り。単独で行動するぐらいだし、見かけによらずって事か」
その様を冷静に観察しながら江戸川は次の狙いを定めた。
2度の攻撃。
そのどちらも自分には届かない高みからのものであることにディアボロは嫉妬する。
口どころか顔を構成する何もかもが欠けているのに、ギリリと歯噛みする音が聞こえそうな程の何かを宿し、それは擦り切れたテープのように同じ言葉だけを繰り返す。
「ワ…タシ、だって……ワタシ、だって…」
その視界に入り込む影は彼女が望んで止まない姿形をしていた。
「ワタシだって…、なんだい?」
一気に距離を詰めた神凪の素早い一振り。
出でた衝撃波はディアボロの足元を掠め、嫉妬の炎は一直線にあらゆる意味での敵であるグラマラスな撃退士へと伸ばされる。
鎌を振り抜いた体勢の神凪に避ける余裕などなく、けれど真っ赤な腕に抱かれながらも彼女は口撃と反撃を止めない。
「あぢぢっ…! それが、アンタの恨みかい?」
手にした鎌で腕を狙い、切り落とすことこそ叶わなかったがその抱擁から逃れると見下すように言い放つ。
「そんな特徴も無いマネキンに成り下がって、憂さ晴らし…つまらないねぇ」
嫉妬から生まれたディアボロへ向けるにはこれ以上ない煽り文句だった。
敵の興味を逸らすことに成功したと判断し、救助班が動き出す。
「これはこれは、魅力的な方々ばかりですね。ディアボロが嫉妬するのも無理はありません」
ここでも聖職者スマイルきらりーん☆と登場したエルディンは、其処彼処に蹲る被害者を見て納得したように頷いた。
「天魔に堕ちてなお残るこの憎悪…それがどんなものかはわかりません…けれど、食べ物を粗末に扱ってはいけませんわ!」
彼を華麗にスルーした明日香は『アマラントス』と名付けたスレイプニルを呼び出す。
くわっとやる気に見開かれた目で身長より大きな鋏をちょきちょきさせる姿は、現れた召喚獣の黒い体躯と暗色の花を付けた蔓が絡まる見た目と相まって異様な光景と言えよう。
その横で黙々と用意してきた軍手を二重三重と両手にはめていく雫、アウルを氷の鞭という形に収束していくリシオ。
スレイプニルに乗って駆け出した明日香に続くようにそれぞれ作業に取り掛かり始める。
明日香を乗せた馬竜は早速、敵に程近い人の元へ向かう。
それは確かに召喚獣の足を生かすなら有効で、その反面、最も危険な策だった。
彼女は気付かない。神凪に向けられていた憎悪混じりの視線が自分の背中へとシフトしたことに。
小さくて可愛らしい少女――そう、背ばかり大きなこのディアボロの嫉妬対象は胸のサイズだけではなかった。
燃え盛る両の手が己の身体を引き千切る。その痛みすら相手に押し付けるように、投げる。
しかし目標の周囲に突如発生した深い深い闇によって彼女の狙いは大きく外れる。
「依頼遂行の邪魔はさせませんよ?」
振り返った先、高度を落としたトグが銃を構えて一切の感情の篭もらない瞳で見下ろす。
ディアボロはまた、嫉妬する。
「ワタシには…ワタシ、には……」
その台詞は少しずつ変化を見せていた。
●諦めずに粘り続けるもの
さて、危機的場面もありつつ救助作業は進行中だ。
だがそれがここまで難航を極めるものになろうとは誰が予想したか。
仲間の機転によって無事回避した明日香は鋏で格闘するが、人一人を拘束するだけの粘着力を誇る餅に苦戦を強いられていた。
「…本当にお餅の様ですのね」
べっとり粘り着くそれのおかげで切れ味は鈍るのみならず、徐々に冷え固まり始め、終いには開くも閉じるも困難な状態に陥る。
仕方なく交換した鉞をぶんぶんと振り回し「今度はうまく剥がせるかしら」と呑気に首を傾げる様は救助される側からすれば頼もしく見えたかもしれない。
実際は先程と同様、上手く切り離せない餅に悪戦苦闘が続くのだが。
天使であるエルディンは物質透過で救出を試みる。
が、残念ながら拘束された女性だけを掴み出すことは能力の特性上不可能であり、また、手持ちの武器で餅を切り離すのに適したものを持ち合わせていなかったため、程々に冷めたところを手で剥がすという非効率的な手段に訴えることとなる。
「熱イ餅なラ氷デ!」
リシオは冷やせば粘らないだろうという考えからまずアイスウィップを選択。
アカシックレコーダーならではの作戦だがしかし、このスキル、アイスと名が付けど冷たさは無く、アウルの鞭は餅の表面を叩くだけだ。
これは彼女も想定内だったようで慌てず騒がず次の策に移る。
手の中に氷塊を作り出す、氷結晶。こちらは間違いなく自然現象を再現するもの。
餅は熱を失っていく……ところまでは良かった。
問題は、冷えて固まった餅は力技によって地面からベリっと音を立てて剥がれた代わりに被害者の身体からは容易に取り除けなくなってしまったことだ。
「うんヌー、しつこイ餅ダー!」
引いても引いても伸びない餅はがっちり女性の足をホールドしている。
仕方がないのでそのまま抱えてとりあえずの避難とすることに。
持ち寄った案の中で唯一成功と呼べる成果を上げたのは、『熱したワイヤーで焼き切る』という雫の作戦だった。
ライターで炙った鉄糸を火傷防止の軍手を重ねた手で握り、熱気と餅の焼け焦げる蒸気と煙に汗をかきながら丁寧に慎重に、そして着実に一人ずつ解放していく。
拘束された身柄を回収する新たな敵の出現を警戒することも怠らない彼女の疲労度は計り知れない。
その表情からは何も窺えない。
あるのはただ、救いたいという思いだろうか。
こうして少しずつではあるが自由を取り戻していく女性達の中には軽くはない火傷を負い、自力で動くことに支障が出ている者もいた。
護衛のために一箇所に集められた彼女らにライトヒールを施すエルディンは「私たちが来たらもう安心です」と優しく微笑み、語りかけることで精神面へのケアも怠らない。
流石は神父。少し離れた場所では今なお戦闘は続いているというのに、この人に付いて行けば大丈夫だと思わせるオーラを纏っていた。
●思い焦がれて伸ばした腕は
遅れながらも一人また一人と拘束から逃れていくのを目の端で確認し、改めて戦闘の全体図を見渡す江戸川は少しの焦りを感じていた。
今のところ、焼き餅ディアボロは拘束を解かれた女性達に関心を見せることはない。
このまま引き付け続け、新たな敵が現れることもなければ民間人の救助はいずれ完了するだろう。
気になるのは空にいることで被弾しない自身とトグの分のダメージを引き受けている神凪の体力がどこまで保つか、ということだ。
あれから更に3度、うち1度はトグのナイトミストで躱したものの、確実に彼女は疲弊している。
その証拠に切れの良かった口撃は精彩を欠き、動きも鈍り始めていた。
(だいぶ無茶してるね、あたいも、あんたも……)
目も口も無いのにたくさんの思いをぶつけて来るディアボロを鎌で受け止めながら、神凪の心にふと浮かんだのは同情の気持ち。
(誰かを恨んだところで何も変わらない。ディアボロに成っちまったら、もう周りなんか見やしない……けど、あんたも犠牲者なんだよね)
それでも口から放たれるのは相手の嫉妬を煽り、傷付ける言葉。
「そんなになってまで、誰かにやり返したかったのかい? あぁ聞く耳があったらこんなに成るわけ無いだろうけどさ」
もう伝わらなくとも、少しでも早く楽にしてあげたいという願いを込めて。
「お待たセ! 加勢にきたヨ!」
未だ拘束されている者が残り2人となったところでリシオが参戦する。
避難はエルディンと雫、明日香に任せる構えだ。
これで地上対応が増えて神凪の負担が減るだろう。
その元気の良い声に反応してかディアボロの意識が彼女の方に移動し、
「ワタシには…ワタシ、には……ナイ! イない!」
目に映る全てが憎い――そんな甲高い悲鳴のような思いの丈を投げ付ける。
「美味しそうナいイ匂…じゃなくテ熱いヨ! 人に迷惑かけル奴ハ成敗なのでス!」
掠った焼き餅の香ばしい匂いに思わず食欲を刺激されつつ憤慨するリシオも、反撃とばかりに氷の鞭を腕へ振り下ろす。
それはあっさり躱されるが彼女の狙いはディアボロの動きを抑制すること。
続いて切り込んだ神凪も当たらずともその役目を果たし、上空の2人が敵の逃れる先に照準を合わせる。
書と銃、それぞれから打ち出された攻撃は胴にヒット。
自身をも焦がす手を伸ばした神凪は闇に消え、掴むことが出来ない。
「どうシて…ワ、タシには……」
最早傷を隠す余裕もなく全身に銃撃斬撃の痕を晒したまま、彼女は嘆く。
そう広くもない住宅街の道路で前後を、頭上からは左右を囲まれては逃げ場などなかった。
●救えるもの、救えないもの、救われるもの
「どうやら私達の出番はないようですね」
雫は鉄塊のような大剣をヒヒイロカネに仕舞い、駆け足を緩める。
翼を消して地へ降りた江戸川が彼女らを見つけ、「遅かったじゃねーか」と軽口を叩いた。
救助者を護衛しながら無事パトカーまで送り届けて戻った時には既に戦闘は終了していた。
ディアボロのあれだけ激しく燃えていた真っ赤な炎は消え、黒ずんだ灰のような手でアスファルトの上に横たわっている。
「スレンダーな貴女、生前にお会いしたかったですね……おお、神よ、嫉妬に狂った彼女の魂を救いたまえ。アーメン」
その遺骸の前で十字を切ったエルディンは残ったスキルを使って負傷者の治療にあたる。
「お嬢さん方、今度私の教会に説法を聞きに来ませんか」
その際は布教も怠らないが、その軽いノリからナンパに見えないこともない。
そんな彼のヒールを受けながらリシオはホッとした表情を見せる。
「変だけドちょっト大変でしタ…」
慣れない戦闘であちらこちら余計な力も入っていたのだろう。
周囲に漂う餅の焼けるいい匂いに釣られ、帰ったら餅を食べたいナァ…などと考えるのも仕方のないことだ、多分。
その横、「お疲れさま、アマラントス…」とスレイプニルを撫でながらその身体に咲く花をすーはすーはと嗅ぎ、別の世界に入り込んでいる明日香。
その輪には加わらず、トグは面白そうに頷く。
「人間の撃退士……なるほどなるほど。ガラクタも役に立つ時はあるんですねぇ」
傷は癒えても、疲労感はそう簡単に抜けるものではない。
「あたいは、悪魔さ…ディアボロに成り下がった奴なんかに、感傷なんてしないね」
最も近くで向き合った神凪はきっと誰よりも重いものを感じていたに違いない。
身体だけでなく、それは心にも。
動かなくなったマネキンを見下ろして誰にともなく呟くその顔は影になって感情を窺えはしなかったが、彼女の本音がそこには滲んでいたのかもしれない。
嫉妬。他者の持つものを欲しがり、羨み、挙げ句の果てには怨む気持ち。
けれども誰だって持っている筈なのだ。自分らしく、誇れる何かを。
気付けなければ、磨かなければ、きっと妬んだって望んだって届きはしない。
それは人より力で勝る撃退士や天魔だって、人を捨てたディアボロだって同じこと……
過ぎた欲はいつも災厄を招くものなのだから。