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撃退士たちが現場についたとき、デビルキャリアーは高校から外へ逃げ出した生徒たちを捕まえているところだった。
状況を一番に確認したのは赤坂白秋(
ja7030)だ。
瞬時にデビルキャリアーと高校の位置から侵攻ルートを割り出し、敵を捉える。
それと同時に上空にいたセーレも撃退士たちに気づいたようだ。
「ブラッドウォリアー、キャリアーの護衛をしながらあいつら殺しちゃってー」
キャハハと笑いながらの命令にブラッドウォリアーは従った。撃退士たちとデビルキャリアーの間に位置どる。
「高みの見物かぁ……やな感じ」
そのセーレの姿を振り仰いだのは八角 日和(
ja4931)。
(……こんな形で、帰ってくることになるなんて)
青森、下北地方のとある村で育った経験のある日和にとっては最悪の形での里帰りだ。故に今回の一連の事件にはだいぶ腹を立てていた。
(気に入らないね)
腹を立てているのは他にもいた。君田 夢野(
ja0561)だ。
(セーレの振る舞いは、まるで子供がお菓子を取り上げられて喚き散らしているかのようだ)
大きな翼竜と一緒に空で笑うセーレは夢野にはそう見えた。
(となると、奴にはお灸を据えてやる必要があるな。それも撃退士流の躾け方でな)
日和と夢野はごく自然に隣同士で構えた。
夢野の隣にすっと立ったのは御堂・玲獅(
ja0388)。気負うところのない立ち振る舞いはとても今回の作戦の鍵を握っているとは思えない。凛として向かってくるブラッドウォリアーを見据える。
玲獅の横にはクジョウ=Z=アルファルド(
ja4432)が位置した。やはり上空のセーレをちらりと見やる。
「相手が何を考えているかわからんが、まずは目の前の事だ」
白秋が牽制するようにまず一発、ブラッドウォリアー達にドラグニールをぶち込んだ。
「お転婆な女も好みだが」
バラバラに侵攻していたブラッドウォリアーはその一撃で白秋に狙いを定め、固まった。
チラと見やるは上空の冥魔。
(来る戦いを考えれば少しでも情報が欲しい。しかし今は目前の敵だ)
「この店のシーフードは頂けねえな」
もう一発ぶちかませばブラッドウォリアーは4人2列に固まり、前衛として待機している4人へと突っ込んでくる。
「あいつら全員美少女だったらもっとやる気出るんだけどな……」
ディアボロにもセーレにも無理な相談である。
5人目の前衛、鬼灯(
ja5598)はわざとクジョウの後ろについた。ブラッドウォリアーと接敵したときに前衛に跳び出し、囲む作戦だ。ハンドアックスを弄びながら無表情なブラッドウォリアーに舌打ちする。
影野 恭弥(
ja0018)は迷わなかった。自分の武器の射程を素早く計算すると玲獅のかなり後ろで構える。ブラッドウォリアーを集め終えて攻撃に転じる準備をしている白秋のさらに後ろになった。
「おう、俺もここでいいか?」
「構わないが、間違っても俺の射線上に入ってくれるなよ」
武器の最終調整を行いながらクールに告げる恭弥に白秋は「はいはい」と両手を上げる。
「……ヒデェな。どこもこんなのかよ」
Sadik Adnan(
jb4005)は迷った末に白秋の斜め前に。何か感じているのか酷く居心地が悪そうだ。
「やな空気だ。長居はしたくねぇな」
撃退士たちが構えたのがわかったのだろう、逃げ惑っていた生徒たちは一斉に撃退士たちの後ろにある高校へと避難をしていた。デビルキャリアーの足が悔しそうに宙をかく。
「そのまま避難を! 高校からは出ないようにしてくれ!」
クジョウが声を張り上げる。
「おいでなすったぜ。蛮族の行進だ」
Sadikは呟くと一瞬の集中の後、
「いくぜゴア。暴れてこい!」
ゴアと名付けたティアマットを召喚する。蒼銀の竜が一声吼えるとSadikは蒼白い焔のような光に包まれた。ティアマットが巨体を揺すって前方へと進む。
「やっちゃえ、ブラッドウォリアー!」
セーレの楽しそうな一声で戦端は切られた。
●
撃退士側に誤算があったとしたら、それはブラッドウォリアーが意外と素早かったことだろう。
先制したのは恭弥の一撃だった。アウルの弾丸は進撃してくるブラッドウォリアーの一体を確かに掠める。
だが、そこからブラッドウォリアー5体のターンになる。夢野に、玲獅に、日和に、クジョウに、ブラッドウォリアーは魔法斬撃を繰り出す。クジョウなどは横から回りこまれ、2体に狙われた。日和は刃を身軽に回避、クジョウも1体の攻撃は回避するも、夢野とクジョウの負った傷は序盤にしては大きかった。
セーレの笑い声が響く。だが、怯んでいるわけにはいかない。
「参ります」
玲獅が柔らかな声で告げた。それは昼の空から降ってくる彗星。ぶつかれば、撃退士たちにとって有利になる星々。
ダメージはもとより期待していない。必要なのはブラッドウォリアーの動きを封じる一手だ。
だが、彗星がぶつかる瞬間、思いもかけないことが起こった。
「障壁……?」
戦場を遠方で見ていた恭弥には確かに見えた。自分が撃ったときには現れなかったブラッドウォリアーを守るバリアのようなものが、玲獅の攻撃のときには浮かび上がったのだ。
それがどういう効果をもたらしたのかははっきりとわからない。彗星が命中したのは8体中6体。そしてその6体は明らかに動きが鈍くなっている。
(……ダメージの軽減か?)
恭弥はじっとブラッドウォリアーを観察する。確かに傷ついた様子は見えない。魔法的攻撃に強いという話は本当だったようだ。
「続いて、第二楽章――――ティロ・カンタビレッ!」
夢野の『歌うような一射』――それは荒れ狂う歌声のように響き渡り、夢野の前にいた2体を蹂躙する。
「やれゴア! ぶちかませ!」
夢野の攻撃で弱ったブラッドウォリアーをSadikはティアマットのターゲットにした。自身も弓を引き絞り狙いをつける。
ティアマットの一撃で、ブラッドウォリアーの1体が沈んだ。
「案外、チョロイんじゃねぇの?」
鬼灯がニヤリと笑う。
日和の横に1体のブラッドウォリアーが回りこむ。日和はそれを回避するが、相手取る敵はこれで2匹になってしまった。
(あれはヤバイな)
白秋が舌打ちすると同時にクジョウの手から白焔が立ち上った。クジョウが手にしていた鞭が白焔となったのだ。それは等身大の白き十字架になり、ブラッドウォリアーへとぶつかる。
日和と白秋、鬼灯はそれぞれ自分の前にいる敵を狙い、確実にダメージを与える。一方でブラッドウォリアーは夢野と鬼灯への攻撃を回避されていた。
状況は撃退士に有利なように見えた。問題は日和とクジョウが前と横、2体から狙われていることか。
(どうしよう……)
日和はブラッドウォリアー2体を観察しながらなんとか隙をみつけようとする。ちらりとデビルキャリアーを見ると、その足は新たな獲物を求めて蠢いていた。まだ攻撃する気はないようだ。
そこにセーレの声が降ってくる。
「弱ってるのから狙っちゃえー。あいつと、あいつ!」
セーレが指さしたのは夢野とクジョウだ。確かに2人はかなりのダメージを受けている。その言葉にクジョウは唇を噛み締め、夢野はあからさまにセーレを睨みつけた。
「あのガキ……っ」
「君田さん!」
夢野の隣にいた玲獅が叫ぶ。それは一瞬の隙。ブラッドウォリアーが夢野の目の前に走りこむと斬撃を食らわせたのだ。
回避するも一瞬遅い。血が噴き出した。
「君田、後ろ下がれ!」
白秋が日和の後ろへと移動しながら叫ぶ。
「私の後ろに移動したほうがいいよ。私なら大丈夫だから」
日和も不安そうに隣の夢野を支えながら言う。
玲獅が回復を使える。だが、それを許すブラッドウォリアーとセーレではないだろう。ブラッドウォリアー戦の間は倒れないことが重要だ。
玲獅は数秒迷ってから自身がアウルの鎧を纏った。前衛として壁になる覚悟だ。
白秋は移動して、アウルの力を目に集めた。瞳が光り、まず夢野への追撃を牽制するようにブラッドウォリアーを攻撃する。
その間にブラッドウォリアーは鬼灯と日和を狙う。鬼灯は回避するも、日和はやはり大きなダメージをもらってしまった。
そんな喧騒を遠くに感じながら、恭弥はアウルを凝縮した白銀の弾丸を玲獅の前にいる敵に向かって放った。それはブラッドウォリアーの頭を狙っていただけあって、その頭を粉砕するほどの威力があった。当然、ブラッドウォリアーは崩れ落ちる。
「さようならタコの怪物」
静かに告げる。これでブラッドウォリアーは後6体。
「次、あいつ狙ってー」
セーレの声が響いた。指さされているのは夢野を支えている日和だ。とっさに夢野は日和を押し、離れる。
ブラッドウォリアーの斬撃を日和はその勢いでかわそうとするも、切っ先が肩を切り裂いた。
「お前も危ないじゃないか!」
足元はしっかりしているものの、日和もあと一撃受けたらどうなるかわからない。
「大丈夫だよ」
夢野の言葉にそれでも日和は笑う。夢野は唇を噛み締めると日和の背後に回った。ツヴァイハンダーを振るい、日和を攻撃した敵を切り裂く。
一方で鬼灯もハンドアックスを振り上げていた。
「さっさとゲームセットしちまいてぇからよ……叩っ斬るぜ」
体内で燃焼するアウルが武器に乗り、ブラッドウォリアーを頭から叩き割る。ブラッドウォリアーはそのまま崩れ落ちた。一体一体確実に。それが鬼灯のやり方だ。
ティアマットが夢野の代わりに前衛へと進む。そのまま太い尻尾でブラッドウォリアーを殴った。
「いいぞゴア! 踏ん張っていけよ!」
Sadik自身も弓を射、同じ敵に矢は掠る。
クジョウは未だ2匹のブラッドウォリアーに狙われていた。1体は回避し、カウンターを決めるがその分もう一体から斬撃を食らった。足元がふらつく。
「おい」
鬼灯がクジョウの手を取ろうとするが、クジョウはその手を制した。
「俺なら大丈夫だ」
力在る者は力無き者の為に。それがクジョウの信念。
その為、強い憤りと確固たる意思を持ち、その心は、傷を負った程度では腕が折れた程度では、脚が砕かれた程度では燃え尽きない。
「このくらいの傷、耐えられる」
キッと睨みつけるのは頭上の悪魔。その眼光に一瞬だけセーレが怯んだ。
「あいつ、嫌い! あれとあれとあれ! 殺しちゃって!」
クジョウと夢野、日和を指さし、甲高い声を上げる。
日和は目の前の一体にサーバルクロウで襲いかかる。切り裂いた一撃でブラッドウォリアーはまた倒れた。これで半分。
白秋が、夢野が、日和の前にいるもう一体を攻撃する。ブラッドウォリアーは満身創痍になりながらも目の前の日和に刀を振るった。
「……っ!?」
避けられない。日和は血を流し、吹き飛ばされた。
「八角さん!」
自身も足元をふらつかせながら、夢野が日和を助けおこす。日和は力なく笑った。
恭弥は淡々と玲獅の前のブラッドウォリアーにダメージを与え、玲獅がアヴェンジャーでそれにトドメを刺す。5体目。
「キャリアーは任せる。ウォリアーは任せろ」
恭弥が静かに言う。鬼灯も同意した。
「俺、キャリアーのほうへ行くぜ。半分倒したし大丈夫だろ」
「待ってください、分散は危険です」
玲獅が静かにそれを制する。
その隙にクジョウへとウォリアーの刀が振り下ろされた。咄嗟に回避するクジョウ。それをハンドアックスで鬼灯は横薙ぎにするが、掠めることしかできない。思わず舌打ちを一つ。
続けざまにクジョウへと攻撃がくるが、クジョウはそれを綺麗なカウンターで逆にトドメを刺した。あと2体。
「……しょうがねぇな!」
鬼灯はあと2体のウォリアーへと視線を飛ばす。
ウォリアーはSadikのティアマットに斬りつけた。同じ痛みがSadikにも走る。
「ぶん殴れ! 尻尾でなぎ払え!」
弓で援護しながらSadikがティアマットに声をかけるとティアマットは尻尾を大きく振った。ブラッドウォリアーは飛ばされて動かなくなる。
最後に1体残ったウォリアーは恭弥の白銀の弾丸を受けて倒れた。
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それから玲獅は忙しかった。
まず怪我の酷い、日和と夢野、クジョウにヒールをかける。
それから足をぐるぐる回して威嚇しているらしいデビルキャリアーへと生命探知を行う。微かに目を細め、集中し――。
「やはり、中心部に生命を多く感じます」
「狙うなら脚か……!」
怪我の治った夢野が一番に動いた。
「そろそろ邪魔だ、お引き取り願おうか!」
荒れ狂う歌声がキャリアーの脚を薙ぎ払う。
「はっはー! さあて仕上げといこうかァアア!?」
白秋が射程を犠牲にして、直近からドラグニールF87をぶち込む。
「護りきってやるさ――全員、一人残らずだ!」
「ええ、護りましょう」
玲獅が聖なる鎖でキャリアーの動きを止めると、日和がそこへ走りこんだ。
「虫の脚なら……こう動くよねっ」
アウルを一点に集めサーバルクロウが脚を薙ぎ払う。ドンと音がして脚が吹き飛び、ぐにゃりとイソギンチャクのような口が開いた。
ボロボロと捕らわれていた人たちがこぼれ落ちてくる。
「呆気ねぇ……」
ハンドアックスを構えていた鬼灯がつまらなそうに口にする。フンと鼻を鳴らすと上空にいる悪魔に視線を投げた。
「よぉクソガキ、楽しめたかよ?」
セーレはにんまりと笑った。
「まあまあかな」
(あのアクマ……うすきみワリィな……見てるだけかよ?)
Sadikも嫌そうな表情でセーレを見る。
「次はテメェを斬るぜ……この刃がその首切り落とすまで精々人形遊びで時間潰してろ」
鬼灯がハンドアックスをセーレに向けると、セーレはケラケラと笑った。
「ボクを斬るの? できるの?」
「お前に届くか届かないかは関係ない。ただ俺はお前達を打砕く為進むのみだ」
クジョウがしっかりとした声音で言う。
「できれば怪我する前に来てね」
セーレのからかいに、夢野が反応した。アサルトライフルを1、2発発砲する。
「おい、そこから見下ろしてるチビ……お前は、子供の遊びで済まされる一線を越えた。そのツケは、何時の日かお前自身の命で払ってもらうぞ」
「やめろ」
恭弥が冷静に言う。
「この戦力じゃ結果は見えてる」
日和と恭弥、玲獅は捕らわれていた人の救助にあたっていた。怪我人もいる。酷い怪我を負っている人から3人は応急処置を始める。
白秋はそれを手伝おうとして、もう一度セーレを見た。
(情報は少しでも欲しい)
「なあお前ー!」
白秋の呼びかけに、気まぐれのようにセーレが顔を向ける。
「バストカップ教えてー!」
一瞬の沈黙。
「あはははっ。お兄さん、気に入ったよ。今回は撤退してあげる」
セーレが手を翻すと翼竜と共に撃退庁たちが戦っていた集団も撤退を始めた。
「ちなみにボクはGカップねー」
(嘘つけ)
思わず心の中で毒づく白秋である。
撤退していくセーレの後ろ姿をそれぞれの思いで見送り、8人は救出活動を始めた。命を救うのはこれからが本番だ――。