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ブンッとコボルトが棍棒を振りかぶり、親子を追いかけようとしたまさにそのときだった。
コボルト達は親子以外にも公園で遊んでいる人間を見つけた。
もちろん、彼らがさっきまでいなかったことなどコボルト達にわかるわけもない。それが撃退士たちであることも。
「ワンちゃ〜ん。あそぼ、あそぼぉ〜」
とてとてと走ってくるのは深森 木葉(
jb1711)。外見は小学一年くらいでコボルト達と遊ぶにはよい背格好だ。その後ろから歩いてきた、やはり同年齢くらいに見えるサラ(
jb5099)はそっと阻霊符を使う。
(コボルト君達が透過して逃げ出す事を防ごうかね)
見目は幼いが、実際は学園生達を孫のように思っている悪魔のサラ。ゆえにコボルトに対する気持ちも複雑だ。
(いやはや、斯様な童のサーバントを放っておくとは天使は一体何をしているのやら。どれ、この婆がひとつ遊び相手になってやろうかね)
その二人の後ろからまるで保護者のようについてくるのは天菱 東希(
jb0863)だ。
「俺も鬼ごっこくらいならできるっスよ」
その言葉にコボルト達は目を輝かせた。
「あーそーぶー!」
「あーそーぶー!」
鬼ごっこが何かもわからないだろうが、遊んでもらえるという意思は伝わったようだ。わっと木葉とサラ、東希のほうへとコボルトは駆け出した。
(もう二度と、『親子』が傷つくのは見たくない……。だから、戦う!)
木葉は笑顔の下、そう強い気持ちを抱く。そう、これは戦いだ。コボルトにとっては遊びかもしれない。けれども。
(『親子』が傷つかないように……)
それは自分の胸の痛みに重なる。
(悪意が無いからといっても……見過ごせる事じゃないッスよね)
東希も目を細めコボルト達を見ながら自分に言い聞かせるように思う。
(かくれんぼや鬼ごっこなら……追うのも逃げるのも得意な方ッス。俺達が引き付けて時間稼ぎしてる間に、公園にいる一般人の方々の避難誘導、お願いするッス……!)
パン! と自分の頬を気合を入れるために叩くと東希は笑顔を作った。
コボルト3匹が囮である3人のほうへ意識が逸れたところで、それまでターゲットにされていた親子は声をかけられた。
「大丈夫?」
声をかけたのは樹月 夜(
jb4609)だ。
「もう大丈夫ですよ。久遠ヶ原学園の撃退士です!」
今回が初実戦の水無月 ヒロ(
jb5185)はできるだけハキハキと身分を名乗る。だが内心はドキドキだ。
(でも、子どもたち、お母さんたちのために頑張らなくちゃ!)
「安全に避難できるようにボク達が手伝うから……ね」
アッシュ・スードニム(
jb3145)が子どもの顔を覗きこんで笑うと、ようやく子どもは笑みを見せた。
アッシュは親子から離れ、囮の3人と保護対象の間に立つ。そこでストレイシオンを召喚した。
「頼りにしてるよ、シィル」
アッシュが暗青の鱗を持つ竜の頭を撫でると、竜は甘えるようにアッシュに擦り寄る。
(遊びの定義が違うし、力加減や感情の押さえが利かないのはダメだねぇ)
遠く棍棒を振り回しているコボルトを見ながらアッシュは思う。囮の3人をストレイシオンの防御の中に入れるように少しずつ立ち位置を変更しながら、アッシュは壁役を引き受けていた。
ヒロもその横で武器の準備をしながらいざとなったら囮の代わりになれるよう身構える。
それを確認してから夜も阻霊符を設置した。
(……まぁ、頑張ってみるかな)
夜は肩肘を張らずに。その柔らかさが親子にも伝わる。
「……こっちだよ、気をつけながら避難しよう」
恐怖に支配されていた親子は夜の言葉に頷く。母親がそれぞれの子どもを抱き上げて夜に先導されながらコボルトに背を向けた。
背にはアッシュとヒロがいる。それは心理的な意味でも「壁役」になったのだ。
勿論、夜も油断はしない。コボルトがいつこちらに来ても大丈夫なようにバルディエルの紋章を握り締める。コボルトが囮も壁も抜けてきたらこれで攻撃をする心づもりはできていた。
だが、囮役は頑張っていた。
「じゃあ、『目隠し鬼』をするっス」
1匹のコボルトがブンブン棍棒を振ってくるのをかわしながら、東希は言う。
「めかくしーおにー?」
「そうっス。こうやって……」
コボルトの体を深い闇が包んだ。
「みーえーなーいー!」
「鬼さんこちら、手の鳴る方へ♪ッス」
パンパンと手を叩きながら、東希はコボルトを親子から少しずつ遠ざけていく。
「ここ!」
「惜しい惜しい! 俺を捕まえられたら、今度は俺が鬼交代するッスよー」
「おいかけたーい!」
コボルトはふらふらと棍棒を振り回しながら東希を追いかける。大仰にそれを怖がるように声を上げるとコボルトは楽しそうに追いかけ続けた。
(ちょっと怖いのは本当なんスけど)
本音はもちろん内緒だ。
(囮というよりは遊び相手かね)
コボルトの様子を見ながら思うのはサラだ。
(私も昔はともかく今はこんなちんちくりんなナリだ。お子様なコボルト君達と遊ぶには丁度良いサイズだろうさ)
確かに幼い外見からはいくつも齢を重ねているとは思えない。
「せっかく公園にいるんだ、鬼ごっこでもしないかい?」
「おにごっこ!」
「鬼はきみだ。捕まえてごらん」
そう言うとサラはコボルトの足の速さに合わせて逃げ始める。
「まーてー」
きゃっきゃと笑いながら棍棒を振り回しサラを追いかけるコボルト。
「ほら、こっちだよ」
手を叩き、コボルトの相手をするサラに寂しさが込み上げてくる。
(コボルト君の相手をしていると、まるで自分がコボルト君の婆になった気分だ。あぁやだやだ、この子達との別れが辛くなるだけじゃないか)
正攻法で『遊ぼう』と考えたのは木葉だ。
「ワンちゃん、あそぼぉ」
「あーそーぶー!」
ブン! と振り下ろされる棍棒を木葉は耐える。回避したらコボルトの興がそげる。だから、回避はしない。それは、まっすぐな『強さ』。
「えい!」
木葉ももちろん、コボルトが楽しむようにポカリと軽く叩くが、ダメージにはならない。
「わぅわぅわぅ!」
コボルトは楽しそうに木葉に棍棒を振り下ろした。木葉の足元から絡みつくように黒い影のようなものが這い上がり、それが網のように木葉を包む。
「シィル」
それを見ていたアッシュもストレイシオンの名を呼ぶ。ストレイシオンは小さく鳴き、木葉のダメージをさらに和らげた。
「ワンちゃん、もっと、もっと!」
ぽかぽかとコボルトを叩くとコボルトは楽しそうに棍棒を振り回す。木葉は耐える。
(だって、あたしが逃げたら親子が逃げられないもの)
ダメージが蓄積していく。木葉は一度、符を出すとぺちん! とコボルトを叩いた。叩いた分の体力が回復するも、微々たる量だ。
はじめは、
(今回の作戦はロリロリ大作戦だなぁ)
と見ていたヒロも武器を握りしめた。木葉の援護に行かなくてはいけないかもしれない。彼女が倒れるようなことがあってはならない。
(ともかく人命優先だもん。依頼に当たるみんなの無事も大事だよ)
戦いが始まれば初陣か否かは関係ない。判断は自分で下さなければいけない。
ドキドキと鼓動が刻まれる。微かに汗ばんだ手でヒロがファルシオンの柄を握りしめたときだった。
「……うん、ロリロリ大作戦は大成功だな」
夜の呟く声と拍手が聞こえてヒロとアッシュは振り返った。夜は無事に親子の避難が終わり、戻ってきたのだ。
「包囲するぞ」
「はぁい。シィル、ありがと」
アッシュはストレイシオンを召喚解除するとすいと走りだした。微かに天使の羽根が動く。
「さて、オシゴトの時間……だね」
ヒロは一度深呼吸をしてから口を開く。
「夜さん、お疲れ様です!」
「これからが本番。ヒロはあっちね」
「え、あ、はいっ」
そのまま全力攻撃に入ろうとしていたヒロは慌てて駆け出す。
囮の3人も気づいたのだろう、少しずつ距離を寄せていく。1人1匹なのは変えぬままなので、包囲というにはやや無理はあるが、これが最善の策だろう。
全員の位置を確認すると、夜は大声で言った。
「全力で遊ぶぞ」
それが攻撃開始の合図だった。
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「今度の遊びは『かごめかごめ』……ッスかね?」
コボルトから飛び退き、包囲の輪の中に加わった東希はアウルの弾丸を今まで遊んでいたコボルトへと放つ。
(後ろの正面だぁれ……。申し訳ないスけど、当てても、籠の中からは出られないッス)
弾丸はコボルトに当たり、コボルトはキャン! と悲鳴を上げた。
「あまり、暴れられては困るね」
夜は全員の位置を確認しながら呟く。おそらくこの配置であれば逃走を許すことはないだろう。
「……攻撃させて貰うよ」
バルディエルの紋章を握りしめ、射程ぎりぎりからコボルトを狙う。サラが遊んでいたコボルトに無数の稲妻の矢が突き刺さる。
(あまり戦闘が長引くと、そのぶん逃げられる隙が出てくるから、最初から全力で)
ヒロは木葉が相手をしていたコボルトにアウルの力を乗せてファルシオンを叩きつける。今までの木葉の攻撃とは違う痛みにコボルトは目を見開いた。
グリースを使い、そのコボルトの腕を狙うのはサラ。鈍い灰色の糸はコボルトの腕に巻き付き、棍棒を取り落とさせた。
「あーそーぶー!」
サラと遊んでいたコボルトが不服そうに夜に殴りかかるが、夜はそれを防御する。
「……っと、気を付けないと怖いね」
たかが棍棒だが、なかなかのダメージだ。夜は不敵な笑みを浮かべる。
木葉がボロボロの体で符を投げるが、符は爆発をせずに終わった。
「さ……出番だよ、アディ」
アッシュはスレイプニルを召喚、スレイプニルは目にもとまらぬほどのスピードでコボルトを撹乱し東希の狙っているコボルトにダメージを与える。
コボルトはお返しとばかりにスレイプニルを殴ろうとするが当たらない。
そして、もう一匹のコボルトは悲鳴をあげて逃げ出した。
サラは重籐の弓に持ち替えるとそのコボルトに狙いをつけ、アウルの矢を放つ。命中。コボルトは輪から出ることもなく崩れ落ちた。
東希は自分の遊んでいたコボルトをそのまま狙う。アウルの弾丸が自分の胸も射るようだ。
木葉はサラが遊んでいたコボルトに符を投げる。今度は小さな爆発を起こして、コボルトが怯む。
「あそびじゃない、いたい、いたい」
(遊びじゃないんだよ……)
木葉も胸が痛む。
攻撃を受けて、そのコボルトも逃げ始めた。だが夜は冷静にバルディエルの紋章を翳す。
「逃さないよ」
稲妻の矢が雨のように降り注ぐ。
「全力で!」
ヒロはアウルの力を使い、まだ逃げていないコボルトにファルシオンを振り下ろした。コボルトはその一撃で崩れる。
ヒロの手は汗ばんでいる。初依頼で、初めての退治。嬉しさと悲しさが同時に込み上げてくる。
「アディ、逃がしちゃダメだよ? 行っておいで」
逃げるコボルトを指さしアッシュは命じる。スレイプニルはコボルトを追いかけ、一撃を食らわせた。
けれども、コボルトはふらふらとまだ逃げる。
(別れは常にやって来るもの。大事なのは別れの際に何をするかだ)
サラは逃げるコボルトを抱きしめて捕らえた。
「あ……」
コボルトは一緒に遊んでくれたサラを見る。サラは微笑んだ。
(危険は百も承知。それでも温もりを、愛情を伝えてやりたいのさ)
至近距離からグリースで首を絞める。それは撃退士としての最後の務め。
そして崩れ落ちるコボルトを抱きしめ続ける。それはサラという悪魔の最後の務め。
(私が『彼』に愛を教えてもらった様に、ね)
――たのし、かった。
誰もが、聞こえないはずの無邪気な声を聞いた気がした。
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サラが崩れたコボルトを見下ろしていると、木葉と東希が近づいてきた。
「ごめんなさい……。今は遊ぶことは出来ないよ……。もし今度、人間に生まれ変われることがあれば、その時は遊びましょう……」
木葉が頭を下げると、ぽつりと東希も口を開く。
「……遊ぶ場所と相手を、間違えたんス」
そうしてそっと目を伏せた。
「君達が本当に、ただの人間の子供だったら……仲良く遊べてたかもしれないッスね」
アッシュはその様子を見ながら天を振り仰ぐ。
(情勢は変わってない……けど、まだ穏健派とのチャンネルは切れてない。戦力が均衡になれば、こんなことしなくてもいいよね?)
答えはない。でも返事がほしい。
「これから、だよね……ねぇ、マスター?」
親愛するマスターに思いは届くのか。それはわからないけれども。
(天魔も人もやってることは同じ、ただ力に差があるだけで……。平和を求めるならば、戦力の拮抗を。力が同じならば話し合う余地はあるのだから、悲劇はなくならなくとも、減らすことは出来る……はず!)
天使としてその思いを強くする。勿論難しいことを考えると頭が痛くなるのは秘密だ。
「あ、あのっ」
そんなとき、ヒロの声が響いた。
「今回は一緒に戦わせていただいて、ありがとうございました!」
ぺこりとお辞儀をすると全員がヒロを見る。
「皆、お疲れ様。また何処かで一緒の機会があったら、共にまた頑張ろう、な」
夜が応えれば、皆口々にお疲れ様、と言い合った。
こうしてひとつの事件は無事に終わったのだった。