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マスター:さとう綾子
シナリオ形態:ショート
難易度:非常に難しい
形態:
参加人数:8人
サポート:3人
リプレイ完成日時:2017/04/26


みんなの思い出



オープニング


 過去にゲートを開かれた久遠ヶ原学園は、逆にゲートを開きやすい土地でもある。

「そこで、アテナ姫の王位継承の儀を久遠ヶ原学園で行いたいのです」
 わざわざ学園まで足を運んだミカエルが言った。同席しているのは学園教師と位の高い天使ばかり。公式には死亡したことになっているオグンも仮面をつけ、古い作法を知っている老天使として、天使陣営の中に混ざっている。
 ひとり生徒の立場で座っていた篝さつきは肩身の狭い思いをしながら話を聞いていた。
「学園から、天界の中心にある古代遺跡へとゲートを開きます――いえ、アクセスをすると言ったほうがよいでしょう。原理的には同じようなものです」
 緊張の面持ちのアテナをちらりと見ると、ミカエルは言葉を続ける。
「代々天王とは、天界中央に座する神が据えた古代遺跡の所有権を持つものなんです。今のアテナ姫は、所有者としての『仮登録』をしている状態ですね。儀式を行う事で、正式に『本登録』され、初めて王座につくことが出来る。ベリンガム王は、その登録に必要な『正統なる王の証』とでも言うべきものを持っていなかった」
「正統なる王の証?」
「パスワード、と捉えていただいても構いません。ですので、ベリンガム王は長らく正式な王ではなかったはずです」
 恐らく何らかの、正当な手順ではない方法で王となったのだろう。
 『正当なる王の証』。それは、先日の聞き取り調査でも出てきた言葉だった。さつきはおずおずと口を開く。
「それで……撃退士に依頼とは……?」
「王位継承の儀を共にしていただきたい。術の発動には、その土地に縁や想いの深い者が8人必要になります。地球でやる以上、皆さんの力が必要です」
「8人、ですか」
「ええ。揃いましたら儀式用に身を清める薬と服をお貸し致します。それを飲み、服を着替え、臨んでいただきたいのです」
「わかりました、至急、志願者を探してみます」
 さつきは一礼して斡旋所へと走っていった。
 任が任だ、立候補は比較的早く行われ、王位継承の儀はそれほどさほど日が経たないうちに行われることとなった。


 この「身を清める薬」には副作用があった。どんな種族、ジョブでも、一日ほどカオスレートが0になってしまうのだ。
 とは言え、儀式に参列するだけなら問題はない。
 厳かな雰囲気の中、王位継承の儀は行われ――撃退士8人の協力もあり、アテナは無事に『正当なる王の証』を手に入れた。
「これで、イージスの盾も本来の力を発揮することができます」
 嬉しそうにふわりと笑うアテナは、まだ統治者としての能力は低いだろう。けれども、どこか助けたくなる雰囲気を醸し出していた。
「この、解放したイージスの盾本来の力は、冥王の持っていた『重圧』という能力をかき消すものです」
 重圧に関しては先の絶対防衛作戦のときに実際に目にした者も多いだろう。あの能力は本来は冥王の持つもの。そしてそれを打ち消す天の力が《イージスの盾》なのだ。
 ベリンガムの持つ「重圧」はアテナがいることで対抗できると言ってもいい。

「あの、ベリンガムは、冥王の力を取り込んで、何をしようとしているのでしょうか……?」
 さつきがおずおずと尋ねると、ミカエルが頷いた。
「恐らく『神界』へ至る為。伝承では、天と冥の力によって『道』が閉じられたと伝わっていますから」
「それでは、『道』を開く前に、ベリンガムを止めることが重要なんですね」
 とは言え、「神界」とは一体なんなのだろう。何故、ベリンガムはそこへ到達しようとしているのだろう。
 さつきが疑問を口にしようとしたときだった。
 ――学園のセキュリティが異常を感知し、学内中にベルを鳴らした。


「みーちゃったみーちゃった。あのエネルギー、絶対絶対、アテナのだよね」
 学園からほど近い場所。トカゲの尻尾をぴこぴこ動かして、楽しそうに言うのはアルヤだ。その傍にはシリウスもいる。
「おおかた、ベリンガムの目的がわかったんで、気が急いてんだろ。どれ、見てくるか」
「見てくるって、シリウス、どこ行くの?」
「学園に決まってるだろ。あいつらが今、どのくらいの動きをしているか、調べるのが諜報部の仕事だ」
「じゃあ、じゃあ、あたしも行くねっ」
「アルヤは待機してろ」
「えー!」
 たいそう不満げな声をあげるアルヤ。シリウスはやれやれとため息をついた。
「二人で侵入できるようなセキュリティとは思えない。お前は表で人をひきつけろ。その間に俺が中に入る」
「えー、あたし、囮なの? つまんない、つまんなーい」
「文句を言ってる余裕はない。……行くぞ」


 学園のセキュリティのベルが鳴る。
「学園外にアルヤの姿あり、また学園内部にシリウスが侵入したとの情報あり。至急迎撃態勢を――」
「やはり来ましたか、シリウス……」
 ミカエルは手を握りしめる。

 さつきは撃退士代表として、顔をあげた。
「アテナさんが『王の証』を手に入れたことを悟られるわけにはいきません。守るべき情報は、ここにあります」

 そう、シリウスは諜報部員だ。
 狙っているものは「情報」以外にないだろう。
 そして――持っているものも「情報」だ。

「こちらの情報を守り向こうの情報を引き出すことが重要です。――私たちには、まだ知らない、気づいていないことがたくさんあります」
 ベリンガムの目的。「神界」。相手の現在状況。聞き出すことも多いだろう。
「久遠ヶ原学園は、島です。おそらくは陸と続く道を突破してきたのでしょう。そこから……土地勘がないとは言え、相手は腕の立つ諜報部員です。できるだけ早めに見つけ出す方法を考えてください」
 さつきは、儀式に参加していた8人を見渡した。
「突然の追加依頼、お許しください。けれども、どう考えてもことは一刻を争います」
 よろしくお願いします――突然の依頼に、撃退士8人は飛び出して行くのだった。
 


リプレイ本文



 その場にいた8人は、ごく自然に二手に別れた。篝さつき(jz0220)がそれを把握すると、全員に近くにあった通信機を投げる。
「こちらにも連絡が取れるようにしておきますから」
「助かる。頼みたいことがある」
 部屋の外へと駆け出しながら、小田切ルビィ(ja0841)は通信機越しに言った。彼と共に行動する、主に外で先手を打つのはRobin redbreast(jb2203)、咲村 氷雅(jb0731)、水無瀬 雫(jb9544)。
「さつき、あたしも」
 Robinが言えば、氷雅は駆け出す前にミカエルへと近づいた。
「この携帯はこちらに繋げている。シリウスとの一部始終を送るから、何かあれば」
「ええ、私たちが中継させていただきます」
 雫も自分の携帯を見せれば、氷雅は自分の携帯をミカエルに手渡した。ミカエルは頷いてそれを受け取る。
「私で力になれるなら」
「きっと、なれます。どうかアテナのためにも力を貸してください」
 雫は緊張しながらも微笑み、氷雅と共に駆け出した。
 Robinは最後にさつきへと携帯していたワイヤーを投げる。
「手の空いてる人で、それを窓枠に仕掛けておいて。他は随時連絡入れるね」
「了解しました。お気をつけて」

 残りの4人は龍崎海(ja0565)、山里赤薔薇(jb4090)、詠代 涼介(jb5343)、ベアトリーチェ・ヴォルピ(jb9382)。
(アテナの為にも……ガンバルゾー……)
 ベアトリーチェはぐ、と握りこぶしを作る。部屋で心配げにしているアテナを見ると、安心させるように握りこぶしを見せてみる。
 アテナは嬉しそうに、ベアトリーチェと同じポーズを真似た。私も頑張ります、の意思表示だろう。大事な友人同士、できることを全力でやるだけだ。
「さつきさん、シリウス捜索を行うのって学園の首脳部? それとも生徒会?」
 赤薔薇の問いかけに、さつきはよどみ無く答えた。
「おそらく警備部かと。繋ぎましょうか?」
「お願いします」
 海が阻霊符を使用するのを見、赤薔薇は別の場所で使用しようと決める。
「あ、学内放送もひょっとしたら警備部の管轄かな?」
 海の問いかけにさつきは頷いた。海は「じゃあ自分にも繋いでほしい」と言葉を添えた。
 ヒリュウを使うことを考えていた涼介とベアトリーチェ。特に涼介は学内中のヒリュウを使えばかなり効果が上がるだろうと考えていた。
「放送で一緒に流してもらえるか」
「バハムートテイマーとしてお約束します」
 神妙に頷くさつきに突き刺さる目。
「え?」
「一般人……思ってた……ジャスティス……」
「え? アウル使えたの?」
「俺と同じジョブには見えなくてな」
 聞こえる声に力なくうなだれるさつき。そっとケセラン(それしか出せない)を召喚して泣いた。
 閑話休題。
 先に涼介とベアトリーチェはヒリュウを飛ばすために表へと出ていく。
 残った赤薔薇と海。まず海が警備部に放送で学内に「手を出すときは警備部の指示に従って」と流した。
 赤薔薇は警備部に「捜索を大掛かりで行わないでください」と提言した。驚く警備部に赤薔薇は自分の意見を伝える。
「あえて、シリウスが実験棟に辿り着きやすい状況を作りたいんです」
「あえて?」
「シリウスはアテナさんの居場所に気づいてる。逃走される前に誘い出して私達が撃破します」
 何をどうしたって、シリウスはここにたどり着くだろう。それならば水際で食い止めるのが一番確実。背水の陣とは言え、それを抜けさせなければいいのだから。
 赤薔薇の覚悟の声に、警備部のお偉方はさすがに唸った。
「わかった、若干人数を減らそう。キミを信用していないわけではないが、警備部として手を撃てるのは此処までだ」
 赤薔薇は海とさつきを見る。さつきは困ったように赤薔薇に微笑んだ。
「大人の事情、というのもあるのでしょう。人数が減れば、おそらくシリウスが此処に留まる時間――つまり、撃破するための時間も長くなるはずです」
「……わかりました」
 一番の敵はこういう「しがらみ」のようなものなのかもしれない。大人というのはなかなかに難しい世界のようだ。
「行こう。できる限りのことはしたよ」
 海の言葉に赤薔薇はうなずき、二人でその場を後にする。
 アテナは全員を見送り、窓の外を見た。空をふわふわと大量のヒリュウが飛び交っている様子は、なかなかに壮観だった。

 学園中のスプリンクラーが作動する。
 これはRobinがさつきに頼んで作動させたものだ。周囲を湿らせることでシリウスが潜行してても気づく可能性が高くなる。地面が土なら足跡がつく。コンクリートなら水たまりの水音や水跳ねが起こる。
 アルドラたちに連絡を取るようさつきに指示をしたのはルビィだ。ルビィはそのまま、SNSを利用して学園生たちから目撃情報を収集する。放送が流れたこともあり、ルビィが開いたスマホには静かに情報が集う。
 『何もないところで水が跳ねた』『ちょっと大きなネコ科の動物っぽかった』『木々の隙間を動いてた』――位置情報も送られるから、巨大な久遠ヶ原では非常に便利だ。写真つきでアップしてくる人もおり、中には本物の猫の写真もあったりするが、それでも八割がたは有力情報だ。
「物陰とかの確認と情報の集約はさつきにお願いしたほうがよさそうだね」
 Robinは実験棟を壁走りできないよう、オイルライターのオイルを壁にふりかけながら提案する。壁が滑りやすければ、窓のワイヤーも含め、外からの侵入は防げるだろう。
 早速ルビィがさつきに情報の集約を頼むと一瞬の沈黙と、何故か楽しそうなアテナの声が混ざった。
「あの、私はスマホが使えないんですが、アテナさんが……」
「人の文化というものは面白いですね」
 どうやら壊滅的機械音痴のさつきの代わりに、アテナがスマホでの情報収集役を買って出てくれたらしい。
 別班で行動していたベアトリーチェが
「アテナ、可愛い……絶対、ガンバル……」
 チャットアプリでもしたいような口調で呟いた。
 さすがにRobinからの提案のあった、物陰が多い場所や裏道、通風口、屋上などの確認は映像で警備部に行ってもらうようにさつきから提言したという。
 Robinの推測は、シリウスは道中、戦闘を避け、ひと目のないところを行くだろうということ。
 シリウス侵入の報が入ってから十分ほど経過した今も、戦闘は、入り口のアルヤとしか起こっていない。

 各自が各自の対策を取り終え、実験棟の近くにそれぞれ潜む。
 情報は一分おきに更新され、端的に伝えられる。
 学園は、静かだ。
 スプリンクラーの音が響き、空はヒリュウが飛び回る。
「実験棟の北西、距離4キロ地点で確認」
 そしてこれだけの目をかいくぐるのはたとえシリウスが諜報能力に優れていたとしても、できることではなかった。
「実験棟の北西、距離3キロ地点で確認」
「北西ってことは、逆か」
 実験棟の東側に潜んでいた氷雅と雫、ルビィ、Robinはここで決断を迫られる。うまくやれば、シリウスの背後を取れるが、シリウスのことだ、裏をかいてくるかもしれない。何しろ、警戒されているのはわかっているのだ。
「どうする?」
 ルビィの問いかけに答えたのは雫だった。
「勝負に出ましょう。シリウスは力に絶対の自信を持っています。まっすぐに撃破を狙ってくると思うんです」
「死角からの奇襲は俺も望むところだ。行くか」
 Robinと氷雅も頷いた。静かに、かつ迅速に。4人は北西へと走る。

「実験棟の北西、距離1.5キロ。注意してください」
 さつきの声に危機感が含まれたときだった。
 アスファルトの水たまりが不自然に水を跳ねた。
「そこか!」
 水が跳ねたあたりを中心として、氷雅の作り出した赤い蝶が舞う。爆発。その煙の中に一瞬だけ、人――いや獣の影が浮かび上がった。
 すぐにその影は消える。
(以前の様に不覚は取りません)
 氷雅にタイミングをあわせるようにして、雫が踏み込んでいた。霧状のアウルに身を包み、一瞬の踏み込み、神速の斬撃。――瞬刃・霞。手応えが、あった。
「はっ、さすがと言うべきか」
 姿を見せるは、目的の天使――シリウス。にっと笑うと、すぐさま、また素早い速さで隠れようとする。
「また逢ったな、天狼星――いや、シリウスさんよ!」
 ルビィの声にシリウスが一瞬止まった。ルビィは言葉を続ける。
「――前にも言ったが、アルドラ達が待ってる。アンタにとって既にアイツ等は過去でしかなかったとしてもな……!」
「そのシリウスは死んだ、と言ったはずだ」
 シリウスが樹上へと跳ぶ。ルビィは予め展開しておいた風の翼で追う。
「……なあ、シリウス。昔、アイツ等に語った事は全て嘘だったのかい?」
 ルビィの追撃に、シリウスは半ば呆れたようにルビィを見た。
「一度しか言わないから聞け。『そのシリウスは死んだ』。そのシリウスは――俺の育ての親で、俺は名を継いだだけだ」
「……は?」
 あまりといえばあまりの答えにルビィは思わず問い返した。
 今までこれだけの切り札を使っても、シリウスに動揺の色がなかった理由としては充分だ。だが……納得がいかない。
「名を受け継いだということは、それ相応の想いがあったからだろう? それも全てないのか?」
「保守穏健のせいで戦死した天使に抱くものなど何もない」
 それか、とルビィは思う。この天使が力というものに固執するようになった理由は、そのあたりにも根があるのかもしれない。
 だが、それを揺さぶるには、今は手駒がない。
 そこまで考え、ふとルビィは考えた。
 ――ベリンガムは? ヤツは何故、力を求める?
 求めるものが大きくなれば、それだけ根は深くなるもの。ベリンガムの「根」はいったいなんなんだろう。
 シリウスが一気に跳ぶ。
 距離が開く。
「そちらへ行きました!」
 雫が通信機へと叫ぶ。
「急ごう。まだ、揺さぶれるよ、きっと」
 Robinの言葉にルビィは頷いた。
 少なくとも、人の心は鋼にはなれない。隙はあるはずだ――きっと。


 空を飛ぶ多くのヒリュウが騒ぎ出す。

 シリウスの前に立ちふさがったのは海、涼介、赤薔薇、ベアトリーチェの4人。
 ベアトリーチェはやや後方に位置取り、全体を俯瞰できるよう視野を広く取った。
 赤薔薇はボディペイントで潜行したまま。だから、おそらくはシリウスに気づかれてはいない。それを確認しながら、海が話しかけた。
「いい店があるんだが一杯どうかね?」
 シリウスは露骨に眉を寄せた。
「諜報員ともあろうものが武力だけで情報を集めるのか? 酒の席なら口を滑らすかもしれないぞ」
「酒を介して情報を集めるなんざ、俺の主義じゃねえな」
「ノリが悪いな、真君は誘いに乗ったのに」
「崇寧真君と一緒にするな。あいつにはあいつの考えがあるんだろうさ」
 赤薔薇がシリウスの背後に回り込もうとする。ベアトリーチェは追ってくる4人の姿を視界に入れながら、タイミングを測る。
 まだ。まだ、もう少し引き付けないと。
「実力主義で王権派についたらしいじゃないか。なら今からでもアテナ派に鞍替えしないか?」
 海は状況を読んだのかつらつらと言葉を連ねる。
「親征での天使らを倒した撃退士の実力を、異なる種族でもちゃんと認め評価していることから王権派に勝る実力主義だと思うのだけど。実力主義というのならそっちは武官として引き抜いてくれないのかい?」
 シリウスは肩をすくめた。
「あんな世間知らずのお姫様の下につくなんてごめんだね。……確かに実力主義で王権派についた。だが、別にこの体制を壊せるなら誰についたってかまわない」
「アテナでは体制は壊せない、と?」
「仲良しこよしの体制だなんてくそくらえだ。時間稼ぎにしては楽しい話だったぜ。さて、お姫様の情報をもらおうか」
 ――今。
 ベアトリーチェの唇が微かに動く。赤薔薇がシリウスの背後から走り込み、スタンエッジをかました。
「シリウス、あなたに渡す情報はないけど、お土産に死をあげるわ」
 シリウスはゆっくりと振り返った。スタンの効いていない、獰猛な笑み。
「丁寧な接待をありがとうよ。――死ぬのは、お前のほうだがな」
 シリウスの銃弾が赤薔薇を狙う。同時に、ベアトリーチェのアサルトライフルも火を吹いた。
「死ぬのは……お前のほう……ダガナー」
 シリウスの言葉尻を丁寧に真似て牽制すれば、涼介が先にフェンリルを召喚、その目にも止まらぬ動きでシリウスの毛の一部を刈り取る。
「……そんなに、今の世界が気に食わないか?」
 涼介が今度は問いかけた。シリウスはうるさそうに涼介を見る。
「ああ、気に食わないね」
 端的な返答。涼介はけれども、まっすぐに言葉を紡ぐ。
「確かに、理不尽に溢れ、思うようにいかないこともたくさんある。だがそれでも俺は……この世界で望みを成し遂げたい。お前は……お前たちはどうなんだ? 」
「望み? そんなものとっくに失くした。この世界はそんなに甘いもんじゃない。そのくらい、お前らもわかってるだろ。甘っちょろいことを言うヤツから、死んでいく」
 涼介は一瞬言葉に詰まった。
(わかってる、世界は甘いものなんかじゃないと)
 天使も悪魔も多くの人を殺しすぎた。今更三界同盟などと言っても、納得いかない人々が沢山いることも、よく知っている。
 それでも。成し遂げたいものがあるから。
 逆に言えば、シリウスはそれがないなら、何故生き、殺すのか。
 シリウスの素早い攻撃に赤薔薇は一箇所でとどまらないことで対応する。即座に海がフローティングシールドで赤薔薇のフォローに回るも、4人で対応するには、荷の重い相手だ。
「フェンリル……走れ……ガオー」
 ベアトリーチェのフェンリルも召喚され、涼介のフェンリルと素早さでシリウスを囲もうとするも、獣対獣、互角の素早さだ。

 そこへ凛とした声が響いた。雫だ。
「シリウス!」
 突き出すは携帯。スピーカーにした通話状態ならば、声は聞こえるはず。
「――シリウス?」
 聞こえる声は別の場所にいるミカエル。どこか不安と憂いを含んだその声が響いたと同時に、シリウスの銃弾が、携帯を破壊していた。
 ミカエルとの会話は遮断された。剣呑な目で雫を見るシリウス。
 それは逆に、揺さぶるには好都合なのかもしれない。
「ベリンガムは何が目的なのでしょうか? 神になって何を望むのか、天界をほぼ制圧し冥界を半分下したのにも関わらず神界を作ろうとしているのは何故?」
 雫はここぞとばかり矢継ぎ早に質問を繰り出した。どこかでシリウスが揺れれば好都合。そこを突けばいいのだから。
 だが、思ったよりも早く、その「揺れ」は現れた。
「神界? 待て、その情報をどこから得た?」
 それは意外な言葉だった。全員が一瞬顔を見合わす。
「誰が漏らした? ミカエルか? まあ、俺にとってはどうでもいいことか」
「では、彼の王は何を目指しているのですか? シリウスはどう思っているのでしょうか?」
「説明する義理はねえ。諜報部員にその直球は甘いな」
 シリウスはざっと人数を数えるように目を動かすと、実験棟のほうへと駆け寄る。それを防ぐのはベアトリーチェだ。
「ここを通す……ギルティ……」
「ならば強引で突破するぜ」
「……通さない……この命、賭けても……ジャスティス……」
 それは大事な人を守る執念とも言えた。シリウスは面白そうに笑う。
「ならば、先にお前たちを片付けようか」
「ヤッテミヤガレー……」
 ちょっとだけベアトリーチェのフェンリルが、大丈夫かなってベアトリーチェを見たような気がするが、きっと気の所為だろう。
 何しろ、召喚獣が二匹駆けることが珍しい。二匹のフェンリルはシリウスを追い立てるように走る。
 その隙を狙ってもとより持久戦覚悟のルビィが実験棟や他の仲間を守るように立ちふさがった。
「名を継いだってことは、それだけ大事な存在だったんだろ? 何もなかったってことはないんだろ?」
「捨て駒が捨て駒の名を継いだだけだ。それ以上でも以下でもないな」
 シリウスはつまらなそうに鼻を鳴らし、8人の布陣を眺める。
 前衛にルビィと盾を構えた海。中衛にフェンリルを召喚した涼介とベアトリーチェ。Robinと赤薔薇は撹乱するように足を止めず、氷雅と雫も二人一組となってヒットアンドアウェイを繰り返す。
「天と冥魔と人が手を取り合えたのに、天使同士が憎みあうのは悲しいね。友情より、権威が大切?」
 Robinが事情を全て知っているかのような口ぶりで問いかければ、シリウスはつまらなそうにスタンエッジを狙うRobinをかわしながら、言葉を紡いだ。
「友情も権威も、もともとねえな」
「じゃあ、シリウスは、ベリンガムのことが好き? 尊敬してる? 目的に賛同してる?」
「ベリンガム? 暴れるためだけの王様だ。それ以上でも以下でもない」
 なるほど、と冷静に会話を聞きながら、氷雅は嫌な予感が当たりそうな感覚に眉を寄せた。
 ラジエルだけ、未だに情報が一切ないのだ。
 ベリンガムよりも謎めいている。レギュリアの話もある。
「ひとつ、意見を求めていいか、シリウス」
 氷雅はことさらに軽い口調で言った。
「アテナは、ベリンガムは不幸な人だと言ったそうだ。同時に自分の事しか考えていないとも。力があるのであればこそ力なきものを思うべきだと」
「相変わらずお姫様は甘いな。お兄さまの闇は深いんじゃねえの?」
「闇が、深い?」
 思わず聞き返すも、シリウスは飄々と返す。
「詳しいことはわからねえよ。何か為すには理由がある。そういうことだ」
 それはルビィが考えた「根」と同じものだろう。
 小さなものを求めるには小さな理由がある。
 大きなものを求めるには大きな理由がある。
 その理由が「闇の深さ」だとしたら――それは天使も悪魔も人もすべて巻き込むほどの大きな闇なのだろう。
 だが、そんな「闇」を一人で背負うことができるのか。
 そこで氷雅が目をつけたのはラジエルだった。
「天王は神界で、神になって何を求める? その全ては本当に天王の意思なのか?」
「面白い問いだな。率直に言ってみろ」
「……ラジエルをどう思う」
「ラジエル? あいつが不気味なのは認める。長年、ビジネスとして付き合っていても、な」
「ならば」
「だからと言って、裏切るつもりも、お前らに何かするつもりもない。ビジネスライクに考えろ。もらえるものさえもらえれば、上が悪でも問題ねえ」
 つまり、ラジエルとベリンガムの関係を承知で付き合っているということか。
「さて、お喋りは終わりだ。お姫様の情報をいただこうか――」
 一瞬にしてシリウスの周囲に張られる弾幕。
 だが、対処していない撃退士ではない。
 氷雅は一番煙の薄い箇所を確認し、走り込む。少し遅れて、Robinが放つは「全ては夢」。幻覚をもたらす霧。まるで春の花々が咲き乱れるような景色の中、舞い上がり、巻き上がる花びら。一瞬の後、弾幕は効果なく晴れる。
 同時に氷雅が作り出すは、鎖を銜えた狼のような装飾の剣。呆然としたようなシリウスへとその剣で斬りつければ、剣は一瞬にして砕け散る。
 その氷雅とシリウスの間に走り込むのは雫だ。シリウスが氷雅へと放った銃弾を、霧状に変質させたアウルを凍らせて氷の障壁を作り出し、弾く。
 さらに襲いかかるは二匹のフェンリル。
 両側からのタイミングのあった攻撃をとっさにシリウスがかわすと、ルビィが一歩踏み出した。今回、カオスレート補正は儀式の薬のせいでかからない。それでも、左手に光を、右手に闇を纏う攻撃は重い。
 精巧な細工が施されたツヴァイハンダーの持ち方はドイツ剣術の応用。両手剣ならば、クロスアーム、右からのオクス。相手へと向けた切っ先はそのまま、追加ダメージを加える突きへと変化する。
 手応えが、あった。
 血が舞った。シリウスの二の腕の毛が赤く染まる。
「……面白い」
 シリウスが獰猛な笑みを浮かべた。その姿を人から獣に変えようとしたとき、Robinと涼介の声が飛んだ。
「神界で、シリウスは幸せになれる?」
「ベリンガムは、本当に、お前らの望む楽園を見せてくれる存在なのか?」
 ゆらり、と。シリウスの青い瞳が揺れた。
 どこかに忘れてきた、何かを探すかのように。
 その探すものが見つけられず、癇癪を起こすかのように。
「幸せも、望む楽園も、初めからねえよ」
 嘘だ、とRobinは思う。
 何もなくて生きてなんて来られるはずがない。
「神界を開けるとしても、それは希望なんかじゃねえ、絶望だ」
「それなら、どうして、止めない?」
「今更絶望が増えて何が変わる? 何も変わらない」
 ――それは、深い、深い、絶望。
 開くベリンガムも絶望しているなら、それを見ているシリウスも絶望している。
 神界を開けることで得をする者はいるのか。ベリンガムはそれで幸せなのか。

 絶望を、絶望のまま、潰すしかないのか。

 それは――アテナが言うような「不幸な人」という印象以上のものなのではないのか。

「シリウス」
 Robinは息を吸って、名を呼んだ。
「あたしたちに助けることは、できない?」
「助ける? 何をだ」
「シリウスを。幸せを見せたいの」
「そんなもん、ありゃしねえ」
 赤くなっていく、二の腕の毛。シリウスは笑った。
「生まれ落ちたときから、幸せとか言うものには見放されていた。今更も何もない。ああ、あるとするなら」
 シリウスは牙を見せて笑った。
「ミカエルを、俺の手で殺させろ」
「それは……無理……コーショーケツレツ……」
 ベアトリーチェにとっては、一番大事なのはアテナだ。
 それは赤薔薇も海も似たようなものだ。敵としてみなした以上、この場で和解などできない。
(自分達が正しいなんてわからないよ。ただ、今は信じて進むしかないんだ。皆が平和に暮らせる楽園を創り上げるために)
 赤薔薇は自分に言い聞かせると、掌の上に小龍を作り出した。ふっと息を吹きかけ、シリウスのほうへと飛ばせば、シリウスにぶつかったと同時に小龍は爆発する。

 ――この戦いで、唯一にして最大の失敗は各自の意思の不統一だった。
 撃破を狙うもの、あくまで防御に努めるもの、情報を引き出すことを念頭に置くもの……シリウスを足止めすることは同じでも、その目的が変われば、各自の対応も変わる。
 その小さなズレは巨大な敵相手では大きなズレとなる。
 突破を狙うシリウスを足止めするのか、それとも果敢に攻撃をしかけるのか。質問は足止め程度なのか、それとも本気で情報を引き出すのか。
 8人の意思が揃っていれば叶ったことも、結局はどれも中途半端に時間だけが流れる。
 それは、もちろん、8人がそれぞれ、譲れないものをもって戦いに挑んだ結果でもある。批難できることではない。
 足並みが崩れてきた頃、不意にさつきの声が各自に飛び込んできた。
「警備部からの援軍到着まで、あと1分です!」
 シリウスも援軍の存在を肌で感じたのだろう、強引にルビィと海の間を駆け抜けようとする。堪える、二人。
「シリウス」
 ルビィが低く声をかけた。
「お前は、どうして名を引き継いだんだ?」
「さあな……気まぐれさ。それに」
 シリウスは身を翻した。
「仲間に見放された天使と、いつ犬死してもおかしくない天使。――生き方は、似てるだろ」
 同時に三方向から襲いかかる警備部。シリウスは上空へと跳ねた。
「――待て!」
 羽を持つものが一斉に追うも、シリウスは木から木へと身軽に跳んでいく。その速さは、来るときの比ではない。撤退のそれだ。
「シリウス、南西へ逃げます。1キロ、2キロ――」
 さつきの声が聞こえる中、8人は、それ以上追うこともできず、見送った。
 とりあえず、アテナの情報を持ち帰らせなかった。それは成功だ。
「アテナ……無事……ジャスティス……」
 ベアトリーチェの呟きに、各自、疲れたように息を吐いた。

 求めるものの大きさに比例して、その原因がある。
 何も求めないシリウスを動かすものは、何なのだろう。
 神界を求めるベリンガムを動かすものは、何なのだろう。

 敵と割り切れば楽だ。
 割り切れなければ――この決戦、どうすればいいのだろう。


 遠く、シリウスとアルヤが久遠ヶ原から撤退したことを報じる放送が流れていた。



 8人がアテナとミカエルのいる部屋に戻ると、携帯を片手に困った顔のミカエルと、スマホを手に微笑むアテナがいた。
「アテナ……スマホ、プレゼント、する……」
 喜々としてベアトリーチェが言えば、アテナは慌てて手を振った。
「こんな魔法みたいなもの、いただけません。それよりも、皆様、ご無事で何よりです」
「私が口を挟んだ結果、矛先を君たちに向けてしまったようで、すまない」
 ミカエルも神妙な表情で携帯を氷雅へと返した。氷雅はいえ、と首を振る。
 雫はアテナがスマホと一緒に青い刺繍のハンカチを握りしめているのを見て、思わず微笑んだ。きっと、本気で無事を祈っていてくれたのだろう。
「アテナは無事? 怪我してない? 疲れてない?」
 Robinの問いに、アテナは微笑んだ。
「目が、疲れました」
「スマホ……使いすぎ……ヨクナイ」
「あとで目薬買ってきてあげるね」
 胃が痛そうにさつきはそんな会話から目を逸していた。
「さつきさん」
 赤薔薇がそんなさつきに声をかける。
「みんなが平和に暮らせる楽園ってあるのかな」
「なくちゃ困るだろ」
 ルビィがため息をつきながら言った。涼介も頷く。
「難しいことだと、俺は思ってる。でも、作るしかない」
「作る――」
「そうだな、あるものをこじ開けて、力を得るんじゃない。新しく作るものなのかもしれないな」
 ルビィが同感というように笑った。
 海はそんな話を聞きながら、ふと考える。
(真君とシリウスは対応が違う――一枚岩ではないってことか。ベリンガムにカリスマがあるとも思えないし、どうして集ってるんだろう)
 それは、考えてもわからない疑問だった。

 アテナは改めて、その場にいる全員の顔を見て礼を言う。
「皆さんには、本当に大事な事を――心を、教えていただいてばかりですね」
 交わされる言葉、心、願い、想い、ひとつひとつを心に刻みこむ。
 王として、どう天界を導くのかと問われた事を思い出しながら。
 未熟な王だ。
 儀式をしたからといって、急に何かが変わるわけではない。
 けれど。
 言葉に責任は増した。だからこそ、自覚を持って口にしたい。
 最初の宣誓を聞いて欲しい。

「王として、友として、私も…望み、作っていきます」
 みんなが平和に暮らせる楽園を。



「シリウス、シリウスー。そんな不機嫌な顔してどーしたのー」
 とある時間、とある場所。
 トカゲの尻尾をピコピコして、アルヤはシリウスに話しかけていた。
「……ベリンガムが神界の扉を開くという話、どのくらい前に聞いていた?」
「え? ベリリンが? 知らない知らない。なんでそんなことするの?」
 シリウスは腕を組んだまま答えない。アルヤは首を傾げた。
「神界って、『神』の住む場所でしょ? ベリリンは『神』になって、天界も冥界も、人の世界も支配するつもりなの?」
「……たぶん、全て壊して、自分好みにするんだろうな」
「えー、面倒なことするんだねー。もう今のままで充分じゃん、ねえ?」
 シリウスは答えない。アルヤはぷくーと頬を膨らませた。
「でも、アテナは力を得てるだけなんでしょ?」
「だろうな。それ以上はわからなかった。神界のこともどこまで知ってるんだか」
「じゃあ、あたしたち、別に何もすることないじゃん」
 アルヤの言葉にシリウスはアルヤを見た。アルヤはかくり、と首を傾げた。
「だって、ベリリンを止めることもできないし、止めるつもりもないしー? なら、何もすることないじゃん」
 シリウスはアルヤを見て、ふっと笑った。
 自分も大概、幸せを諦めているが、この一見能天気なトカゲ少女も、幸せも未来も諦めているのだと思って。
「あたしは、シリウスがいれば幸せだよ。あと、エステルが無事ならもっといいかなあ」
 そんな些細な幸せ。それで笑うアルヤを見て、シリウスはぽん、とアルヤの頭を撫でた。
「囮、ご苦労だったな」
「え? え? どうしたの、シリウス!? 今までそんなこと言ったことないじゃん!? どうしたの、どうしたの!?」
「ぎゃんぎゃんうるさいな。もうアルヤには感謝なんて伝えねえ」
「やだやだ、もう一回! 頑張ったんだから、もう一回言って!」


 幸せを作るなら。
 幸せを祈るなら。
 それには、どんな「証」が必要なのだろう。
 誰の「幸せ」を基準にすればいいのだろう。


 ――アテナのために命を落とせますか?
 当たり前……ジャスティス……。

 ヒリュウの舞う学園の空。
 それは、ひとつの、幸せの形。


 ――決戦は、もう、すぐそこに。



依頼結果

依頼成功度:普通
MVP: −
重体: −
面白かった!:8人

歴戦勇士・
龍崎海(ja0565)

大学部9年1組 男 アストラルヴァンガード
戦場ジャーナリスト・
小田切ルビィ(ja0841)

卒業 男 ルインズブレイド
新たなるエリュシオンへ・
咲村 氷雅(jb0731)

卒業 男 ナイトウォーカー
籠の扉のその先へ・
Robin redbreast(jb2203)

大学部1年3組 女 ナイトウォーカー
絶望を踏み越えしもの・
山里赤薔薇(jb4090)

高等部3年1組 女 ダアト
セーレの大好き・
詠代 涼介(jb5343)

大学部4年2組 男 バハムートテイマー
揺籃少女・
ベアトリーチェ・ヴォルピ(jb9382)

高等部1年1組 女 バハムートテイマー
天と繋いだ信の証・
水無瀬 雫(jb9544)

卒業 女 ディバインナイト