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マスター:さとう綾子
シナリオ形態:ショート
難易度:難しい
形態:
参加人数:8人
サポート:3人
リプレイ完成日時:2016/12/28


みんなの思い出



オープニング

※ここに至るまでの事情については、特設ノベルをご覧ください


 香川県高松某所のシアトル系コーヒーショップ。
 篝さつき(jz0220)と志峰院凍矢(jz0259)はそこでメイド服姿で紅茶を飲んでいるエメ(jz0391)を発見した。どう考えても店内から浮いているのだが、本人はあまり気にしていない様子だ。
 さつきと凍矢もコーヒーを買うとエメの席に着いた。
「私は初めましてだな、エメ。志峰院凍矢という。篝の護衛代わりに来た」
「エメです。……さつきには弱みを握られてるから、襲ったりなんてしません」
「近くに高松ゲートがある。警戒するにこしたことはない」
 不機嫌を隠そうともしない凍矢をなだめ、さつきはエメに笑顔を向けた。
「久しぶりです、エメさん。呼び出すなんて随分と大事な話があるのではと思ったのですが」
「うん。もうすぐ正式に話が行くと思うんだけど……さつきには随分とお世話になっているし、先に伝えておこうと思って」
 エメはまっすぐにさつきと凍矢を見た。

「レディ・ジャム様は、高松ゲートを人の手に渡すことを選んだの」

「え……!?」
 さつきと凍矢は思わず言葉を失う。
 高松ゲートは、学園生が戦って落とせずに終わったゲートの一つだ。
 そして、冥魔勢にとってはツインバベルを抑える役割を担った重要なポイント。
 そこを人の手に渡すなど、何かしら大きな理由がなければ納得が――
「……まさか、王権派、ですか?」
 さつきが声を潜めて聞くと、エメは苦々しい表情で頷いた。
「高松ゲートを乗っ取れば、ツインバベルへの攻撃も楽になるから、そういうことみたい。けれども……悔しいけれども、今の高松ゲートには王権派天使の猛攻を耐える術はないの。そこで――」
「取引、か」
 凍矢の言葉にエメは頷いた。
「高松ゲートを引き渡す代わりに、学園の戦力を貸してもらい、ゲートを守り抜きたいの。高松ゲートが落ちれば……あたしたちの主さまの身も危ないから」
「エメは学園生を信じてくれてるからいいけど……高松ゲートの主、レディ・ジャムは? 人の手を借りるのは反対なのでは?」
 さつきが心配そうに言うも、エメは首を振った。
「それはもう、交渉を終えているから大丈夫」
 凍矢とさつきは顔を見合わせた。
 確かにここで高松ゲートが王権派の手に落ちれば、あれだけ必死になって守ったアテナの身も危うくなる。それにツインバベルは、今では大事な「依頼元」だ。さらに言えば、エメを含むメイド部隊は非常に学園生を信頼してくれている。裏切るようなことはないだろう。
 苦々しい顔の凍矢がエメに顔を向けた。
「で、お前たち悪魔は高みの見物か?」
「まさか。あたしたちは戦力を提供する。だから、学園生はそれを自由に使ってくれればいい。戦力にはあたしとセーレ様(jz0183)も含むから」
「セーレ!? 気がついたのですか?」
 さつきが思わず身を乗り出した。
 セーレは王権派と争うようになった初期、学園生を庇うように倒れて、以来安否が心配されていたのだ。
 だが、エメは少し暗い顔だ。
「セーレ様は気づかれて、回復はしてきている。……でも、王権派のせいもあって、かつての力を取り戻せない。なのに、王権派の天使、エステルを殺そうとそればかり気が急いている」
 エメはまっすぐに、さつきと凍矢を見た。
「今回の戦いで、エステルとなんらかの決着をつけなきゃいけない。そうしなければ、セーレ様は冥界に戻って、きちんと回復してくれないから。それができなければ――いっそ、人の甘言ではぐれにして、元気になってもらいたい。今のセーレ様は、正直見ていられないの」
「セーレを、は、はぐれだと!?」
 凍矢がコーヒーをこぼすほど動揺する。エメとさつきのメイド服コンビがてきぱきと零したコーヒーを拭きながら、会話を続ける。
「セーレはそれで納得するのですか?」
「難しいと思う。でもそれをこなしてきたのが撃退士たちじゃないかなって」
「……学園でも、セーレを嫌っている者はかなりいます。さすがに難しいかと」
「まあ、それは二の次でもいいんだ。とにかく、あたしはセーレ様が笑ってくれればそれでいいの。どうか、力を貸して」
 エメのまっすぐな瞳に、さつきは頷いた。
「詳しく、話を聞かせてはくれませんか」


 高松ゲート内は青い薔薇が咲き乱れていた。
 青い花弁は透き通って切れ味の鋭い氷のよう。それはかつて見たゲートの光景と代わりがない。
 大理石のごとく磨き上げられた床。橙色の灯りのシャンデリア。至るところに置かれた調度品は、ゴシック調で統一されている。
 一歩、足を踏み入れた王権派天使、エステルはゲート特有の圧迫感に、フン、と鼻を鳴らした。ここは美しき悪魔の城。罠や仕掛けは当たり前だろう。
 だが、エステルとて以前と同じではない。力がみなぎっているのがわかる。黒髪を結い上げると、エステルは自分の配下として連れてきた百近いサーヴァントを見渡した。
「アタシの趣味じゃない景色だね。全部踏み潰して、手柄をあげてきな!」
 悪魔相手に劣る力ではない。エステルはそう信じていた。

「――エステル」
 青い薔薇の中で、桃色の髪が揺れる。
 セーレが一人、自分の宿敵を見据えていた。不思議な落ち着きはセーレのにやにや笑いからも察することができる。だが、力に自信を持つエステルはそれに気づかない。
「はん、誰かと思ったら弱っちい悪魔の子じゃないか」
 セーレはわずかに顔を歪めた。
「確かにあのときのボクは弱かったかもしれない。でも、弱いと知ったときから、強くなれるんだ」
「そんな精神的な問答は不要だね。弱いから弱い。それは覆せない」
「本当にそう思う?」
 セーレはにんまりと笑う。
「ボクらは取引をした。キミを倒すためなら、ボクは人の子にだって協力する」
「……は?」
 エステルは青い薔薇が揺れる静かな周囲を見渡した。
「まさか」
「ここで、ボクらは、キミを迎え撃つ」
「馬鹿げたことを。ここは人間にだって毒となる場所だ。そんなところで手伝うような人間なんているわけない」
「そう思う?」
 セーレはふわりと姿を消した。声だけを残して。

「――ボクたちは、『絶対に負けない』」

 今、高松ゲートを巡る戦いが始まる。
 


リプレイ本文


 咲き乱れる青い薔薇。
 切れ味の鋭い氷のような花弁が微かな風に揺れる。大理石の床は滑るわけではなく、青い薔薇を仄かに映す鏡のようだ。
 黒と格子模様の大きなキャビネットや青いカーテンの下がる黒の天蓋付きのツインベッドなどが無造作に置かれていて、撃退士たちの姿を隠すいい障壁になっていた。
 さほど入り組んだ場所ではない。ただ、家具が整然と置かれているだけ。だが、この場所を抜けると、あとはレディ・ジャムが守るコアまで障害物はない、とエメ(jz0391)は言った。
 つまり、ここで王権派天使、エステルを迎え撃ち、撤退させなければいけない。
 エステルの連れてくるサーバントはざっと100体程度。対し、こちらは撃退士8人とエメとセーレ(jz0183)の悪魔2人、そしてセーレの召喚したディアボロ11体。数の上では圧倒的に不利ではある。
 だが、総合的な実力の上ではどうか。
 古くから油断した相手を待ち伏せて奇襲をかけ、撤退や殲滅に追い込むのはよく知られた策である。エステルはそのような策も知らないだろう。
 策が力に勝るのか。それとも力が突き破るのか。
 高松ゲートを巡る各所の戦いは、そういう総合的な実力がぶつかる戦いだった。

「もうすぐ、エステルが来るよ」
 作戦を練っていた撃退士たちからふわりと離れたかと思ったら、セーレが再び現れ、のんびりと言った。
「サーバントはほとんどが骨だった。あとは、なんか羽の生えた蛇みたいなの」
「それなら、今までの作戦で行けるな」
 鳳 静矢(ja3856)がひとつ頷く。骨というのはスケルトンのことだろう。今の撃退士の能力ならば、恐れるに足りない。蛇というのが気になるが、その形状から回復を行うサーバントではなさそうだ。
 静矢はちらりと仲間に溶け込んでいるセーレを見る。
(セーレとの共同戦線か……奇妙な物だな)
 これまでさんざん人間界にちょっかいをかけ、人の命を遊びのように弄んできたセーレ。そのやり口に嫌悪感を抱く撃退士も多くいた。
(分かり合えるのでしょうか。いえ、今は目の前のことを……ですね)
 どうしても躊躇ってしまうのはウィズレー・ブルー(jb2685)だ。彼女はセーレが『悪戯』を始めたときからずっと、セーレの凶行を止めてきた。おそらくは学園でもセーレをよく知る者の一人だろう。
 許せない気持ちは強い。セーレはそれだけのことを今まで人間にしてきた。その感情が少し揺らいだのは、エステルとの初めての戦闘でセーレが撃退士を庇い、重傷を負ってからだ。
 けれども、エメに「セーレをはぐれにしてくれ」と言われてもまだ素直に頷くことはできない。この戦いの中で、答えは出るのだろうか。
 セーレに対して複雑な感情を抱いているのは詠代 涼介(jb5343)も同じだった。
 ちょろちょろと興味津々に撃退士の間を走り回るセーレの首根っこを捕まえて、涼介はセーレに言う。
「とりあえず、無事で何よりだ、セーレ。ま、あの時のことは俺も無関係ではないからな、どうなったか気にはなってた」
「ううん、ボクこそ、涼介たちに迷惑かけた。その仇はやっぱり取らないとって思うし」
 悪戯をしかけるときの目とは違う、どこか据わったような目でセーレはきっぱりと言う。涼介は、それでセーレの覚悟を知った。
「……あの時は助かった、礼を言っておく」
「じゃあ、貸しひとつね! きゃはは!」
「こら、ちゃんと作戦も聞いていけ」
 基本単独行動の多いセーレは、今回のような作戦は苦手らしくひとところにじっとしていないのだ。慌てて森田良助(ja9460)もセーレを留める。
「セーレ、キミの借りは僕たちが返す。任せておいて!」
「本当?」
 その言葉にセーレはぴたっと動きを止めた。良助は大きく頷く。
「僕が嘘ついたこと、あったかい?」
「ない!」
 セーレは即答すると、二人に頭を下げた。
「良助も涼介も、よろしくお願いします」
 ちなみにセーレは、良助は「りょーすけ」、涼介は「りょうすけ」と呼び分けている。今まで字数制限という何かに阻まれて書くことのできなかった裏設定である。
 そんな二人に挟まれて、大人しく静矢と涼介が説明する作戦をセーレは聞くのだった。

 一方、エメに複雑な思いを抱いているメンバーもいた。
 黒井 明斗(jb0525)はメイド悪魔の挑戦を受けたときに、エメに上手に「一撃」を与え、勝利を勝ち取った一人だ。
「明斗、今回はありがとう」
 エメが頭を下げると、明斗はいえ、と首を振った。
「エメさんにはメッセージをお願いしましたし、返礼ですよ」
 ううん、と首を振り、エメはもうひとりの知り合いに顔を向ける。
 ロングスカートのメイド服姿に化粧と眼鏡、髪型もシニヨンに整えたのは一川 夏海(jb6806)だ。メイド悪魔たちへの礼儀としての着用だが、念のため付記するとれっきとした男性である。
「よォ、エメ。久しぶりだな。夏海だ、……覚えてるか?」
「勿論だよ。今回は危険な状況なのにわざわざありがとう」
 エメの屈託のない笑顔に、複雑な心境だった夏海もどこかほっとしたように再会を喜んだのだった。

 勿論、純粋にこの戦闘に意味を見出し、参戦した者もいる。
 ユウ(jb5639)はもともと天使と戦っていたはぐれ悪魔だ。一人の少女との出会いから紆余曲折を経て学園にとどまることになったが、まさか再びゲートを守るために天使と対峙するとは考えたこともなかったのだ。
(………なんだか不思議な感覚ですね)
 自分の境遇を考えると、何かしらの運命も感じざるを得ない。
 狗月 暁良(ja8545)はエステルと一度、対決している。あのときは、一人で来たエステルを天使と一緒ではあったが、意外と簡単に撃退させることができた。今回はエステルのほうの人数も上だし、能力だって上がっているだろう。
 とは言え、自分は自分のやるべきことをやるだけ。暁良は非常に冷静だった。

 障害物となる家具は1列に3つずつ、合計9つ配置してある。
 一つの家具は2人が隠れられる大きさだった。
 まず、前列に明斗と涼介とセーレが別れて隠れ、最初に進軍してきたサーバントを奇襲する。同時にセーレがディアボロを召喚。サーバントを叩きつつ、後退。エステルを奥へと誘い込む。
 エステルが来たところで、中列で控えていた静矢、ウィズレー、良助、夏海が参戦。エステルにダメージを与えながらサーバントは食い止め、エステルだけさらに奥へと誘い込む。
 そして後列に控えるはユウと暁良、そしてエメ。ユウと暁良はカオスレート差がかなりある。これを活かしての奇襲攻撃だ。うまく決まれば、エステルを撃退する以上の効果も期待できるが、逆に攻撃されれば脆い。そのため、盾としてのエメの配置となる。
「最初に設置する盾は詠代、黒井、セーレの前に頼む」
 夏海がエメに指示すれば、エメは頷き、時間をかけて一回攻撃を無効とする簡易盾を作り出した。
「交戦後の結界の使い方は鳳が指示する」
「はいっ」
「頭数で負けている以上、重要なのはなるべく誰も倒れない事だな 」
 静矢はエステルが来る方向を見ながらエメに声をかけた。
「……背中は預けた、頼むぞ」
「わかりました。全力で頑張ります」
「今回は悪魔の底力とやらを見せてもらおう。行くぞエメ!」
「はいです、メイド長!」
 夏海の声かけにぐぐっと手を握るエメ。セーレがわずかな風の動きで視線を飛ばす。
「――あいつが来るよ」
 迎撃戦の幕が開く。


 エステルが遠目に見たのは、ゴシック調の家具が並べられただけの殺風景な景色だった。
 セーレに焚き付けられたものの、ここまで悪魔も撃退士も出てくる様子もない。
 青い薔薇を踏み潰し、揺れるシャンデリアを忌々しげに見上げる。
 このまま行けば、おそらく王権派の仲間の中で最初にレディ・ジャムに斬り掛かれるだろう。そう思うとなかなか戦果の上げられない自分にとってチャンスが巡ってきたとほくそ笑んでしまう。
 エステルの構えた陣形はいわゆる『魚鱗の陣』。これはシリウスの入れ知恵によるものだ。エステルにはこの陣形のよいところも悪いところもわかっていない。とりあえず、言われたとおりにスケルトンリーダー1体とスケルトン8体を組ませ先頭に配置。それを10組作り、三角を作るように配置していく。そして自分の周囲には羽の生えた毒蛇、スネイルホーネットを配置していた。エステルは最後方だ。本来ならば先陣を切りたかったのだが、仕方あるまい。
 家具を見て、先頭のスケルトンリーダーが躊躇するように立ち止まった。壊すべきか、間を通り抜けるか、迷ったのだろう。エステルのほうを振り返る。
 壊すほどの手間をかけることはないとエステルが思ったそのときだった。
 ふっと人影が家具から現れると、強烈な、美しすぎる光を放った。
「なっ……!?」
 前方のスケルトンたちがその光を避けるように目を背ける。
「エステル!」
 響く声はピンク髪の悪魔のもの。
 同時に展開するディアボロと――人の姿。そして蒼銀の竜の姿がスケルトンの上空に現れたかと思うと、1部隊のスケルトンの上に着地して踏み潰し、硬い爪と尾でさらに1部隊のスケルトンを薙ぎ払った。

 前列に控えていた明斗が星の輝きでスケルトンの動きを乱した後、涼介がティアマットをスケルトンの真上に高速召喚させ、着地と同時にボルケーノを使用。
 その隙にセーレもディアボロを言われた配置へと召喚。一気に横一列の布陣を作り上げていた。
 セーレはディアボロ<獅子>の後ろに陣取り、自慢げに腕を組む。
「どう? すごいでしょ!」
 考えたのは撃退士たちだが、細かいことは気にしないのがセーレだ。
「今日こそ、ボクは――ボクたちはキミに『負けない』。このゲートを思うようにはさせない!」
「こンのチビ悪魔が……恥も外聞もなく本当に撃退士の手を借りやがった!」
 エステルのつく悪態に、明斗は形のいい眉をひそめた。
「このゲートをあなた方に取られるのは、けして僕たちにとっても益とはなりませんからね」
「そういうことだ。大人しくここは退け」
 涼介の声にエステルは激昂したようにスケルトンとスネイルホーネットを前進させた。低空を飛ぶ蛇の移動は意外と速い。
「誰が退くかよ! アタシたちもあんたたちに負け続けるわけにはいかないんだ!」
 涼介の目配せにセーレが頷く。召喚されたディアボロ<花嫁>たちはサーバントたちに狙いを定めた。けれども自分たちから動こうとはしない。むしろ、後退するような仕草さえ見せる。
 それで良い気になったのだろう、エステルはスケルトン部隊とスネイルホーネットたちに一気に攻め立てるように指示を出した。明斗と涼介とセーレにそれぞれスケルトンたちが1部隊ずつ攻め込み、スネイルホーネットが3体ずつそれに続く。
 接敵する箇所はそれほど広くない。それぞれ撃退士と<花嫁>2体が精一杯だ。どうしても数が多いほうは縦一列に並ぶ必要が出て来る。
 涼介は召喚したティアマットに指示を出す。ティアマットは鋭い真空波を放ち、スケルトンリーダーのいる3体の列を切り裂いた。明斗と涼介の隣の<花嫁>は高命中の攻撃で、スケルトンを確実に1体ずつ壊し、セーレの前に2体いる<花嫁>もきっちりと仕事をした。セーレの護衛を兼ねた<獅子>も噛み付いてスケルトンを壊す。
 明斗もメタトロニオスでスケルトンを壊していく。
 さすがに残ったスケルトンリーダーは焦ったようだ。回り込み、数に物を言わせようとするも、家具が邪魔をしてできない。
 残るスケルトンで態勢を立て直そうとしたリーダーは背後から無情な声を聞く。
「数はこっちのほうが多いんだ、レート差で押しつぶしちまいな! 残りも行けよ!」
 多くとも接敵した途端に壊されて終わるのだから、時間の問題とも言えなくもない。
 とは言え、100体を相手取るにはスキルも体力も足りない。涼介は合図を送りながら一歩、家具の並ぶ中列へと退いた。セーレは一斉に召喚したディアボロを下げる。
 明斗は組織だった抵抗をされる前に、と二発目の星の輝きを放った。スケルトンは勿論、スケルトンリーダーもスネイルホーネットも光から目を背け、動きが乱れる。どうやら攻撃が効かないのはエステルだけのようだ。明斗はその様子を確認し、引きながらスケルトン1体を壊していく。
 数で攻勢と睨んだのだろう、エステルはこちらが陣を退くに合わせて陣を押し上げた。現在、サーバントの数はざっと60体。うち、動きが乱れているのは20体ほどの中央のサーバントだ。
 あとは20体ほどずつ涼介とセーレに釣られて奥へと踏み込んでくる。
 中列の家具のところへと来た。エステルも中央のサーバントを罵りながら、中央前列の家具のあたりへと攻め込んできている。
 第二陣形へと変更開始だ。

 ティアマットが再び鋭い爪で周囲を薙ぎ払ったと同時に、中央の静矢、夏海、右列の良助、ウィズレーが飛び出した。
「畜生、搾取対象に命を預けるなんざ、悪魔も地に落ちたもんだな!」
 まだ隠れているとは思っていなかったらしいエステルが、再び悪態をつく。
 良助がバレットストームで浮足立つスケルトンたちを狙い撃つも、エステルまでは届かず。そのまま良助は弾幕に隠れ気配を殺し、走る。
 同時に静矢が振り抜いた天狼牙突からまるで紫色の鳳凰のようなアウルを放つ。鳳凰は一直線に飛び、油断していたエステルにまで届く。がらがらとスケルトンたちが崩れていく。
「貴様の相手は私達がしよう」
「撃退士風情が笑わせてくれるね」
 まさか相手が仲間の崇寧真君を苦しめたメンバーの一人とは気づくこともなく、エステルは静矢の攻撃を受けて、軽く槍を振った。
 サーバントに狙われる格好になっているセーレを庇うように雷霆の書でスケルトンたちを攻撃していくのはウィズレーだ。ウィズレーを手伝うかのように、彼女の周りでディアボロたちがスケルトンを攻撃していく。
(……本当に、不思議なものですね)
 つい先日まで、この召喚されたディアボロを相手に戦っていたのに、今は肩を並べ、戦っている。その事実がどこか現実離れして感じられる。
 ウィズレーは首をひとつ振って、セーレとディアボロたちの援護を続ける。
 夏海が位置取るのはエステルと後列へと向かう道の間だ。雑魚サーバントは盾でぶん殴り、奥へと誘い込むように動く。
 静矢へと向けられたエステルの攻撃は夏海のシールドリポストで防がれた。エステルは後退すると忌々しそうに夏海を見る。
「防御特化とか回復特化ってね、アタシ、大っ嫌いなんだよ」
「嫌いで結構、かかってこいよ、オラ!」
 挑発し、盾を構える夏海にエステルが襲いかかる。そのエステルの背後から、気配を殺していた良助がデスペラードレンジを放った。
「連続攻撃できるのは、キミだけじゃない。セーレの分の借りは返させてもらうよ」
 放たれる3発の銃弾。エステルが背後を振り返った瞬間に、今度は静矢が長大な弓、絶影に持ち替えラストジャッジメントを放つもさほど効果はなかったようだ。
(レート差2……というところか)
 確認のための攻撃ならば、すぐに武器を持ち替える。

 ――エステル軍は混乱していた。
 ただでさえ置かれている障害物のせいで、視界は悪い。攻撃が当たれば壊れてはいくが、限界はある。
 加えてサーバントが多数いる。狭い通路を進んでは、明斗や涼介のティアマット、セーレのディアボロに倒れされていく。
 視界が悪いのも手伝い、エステルは自分のサーバントがどのくらい残っているのか把握しづらくなっていた。だからこそ、余計に苛立つ。その苛立つエステルに挑発が飛ぶ。
「横から奪う事しか出来ない程度のものが出来る事など高が知れているというもの」
 ウィズレーが凛として言い放てば、夏海も、
「オラオラどしたどしたァ! こんなもんじゃ王権派もそろそろ撃退士に力借りねェとヤベェんじゃねェのか!」
 と、盾を構える。エステルは苦々しい表情で、槍を扇型に振り切った。中列の家具や彫刻にヒビが入り、静矢、夏海、ウィズレー、セーレ、遠方の明斗や何体かのディアボロも切り刻まれる。まだ傷は軽いとはいえ、ウィズレーはセーレに回復を送る。
 だが、これはいいタイミングだった。
 静矢はエステルの後ろを取っている良助を見、サーバントの数を目算する。ざっと30体残っているというところだろうか。
「これ以上奥へ進ませると拙いな……止むをえん、攻めるぞ!」
 静矢の言葉に、良助が再びデスペラードレンジを放つ。それを避けるように、エステルは一気に夏海の傍まで移動した。
「まずは大口叩いたてめぇから落としてやるよ!」
 エステルの三連続の突きが放たれる。夏海が盾を構えた瞬間、それよりもっと強い防御壁に阻まれた。
「まだいるのか!」
 エステルの声に、隠れていたエメは深呼吸をした。隣でまだ身をひそめている暁良がぽんと肩を叩く。それにエメは笑みを返すと、姿をさらした。
「メイド部隊が一柱、エメ。天使王権派のこれ以上の冒涜は許しがたく参上しました」
「はっ、てめえがここの黒幕か! 最後にのこのこと出てきやがって!」
「エメ、引っ込んでやがれ!」
 夏海がわざとらしく言えば、エステルは面白そうに笑う。
「悪魔だけで守れねえゲート主の強さなんて、たかが知れてる。その仲間ならなおさらだろ。あのピンクの髪の悪魔みたいに弱っちいから、隠れてたし、守られてた。違うか?」
 エメは黙ってエステルを見た。
「あたしは、たしかに弱いです。――でも、弱いからこそ、誰かを信じることができる」
「御託はいいんだよ!」
 エステルが槍を構える。

 瞬間、ユウと暁良がアイコンタクトをした。

 エステルの電光石火の突きが翻る。その一瞬に全てを賭けた。
 最終陣形。
 エメの防御壁が発動する。その壁の中から、まずユウがアウルの力を利用して、はぐれになる前の悪魔の姿を纏う。変化〜魔ニ還ル刻〜。ドレスのような漆黒の闘衣を翻して遮蔽物から飛び出し、ダークショットを放つ。この時点で、ユウのカオスレートはマイナス8。魔に激しく傾いた弾丸はエステルの肩をえぐる。
 目を見開いたエステルの懐に飛び込むのは、同じく隠れていた暁良。
 エステルは一度痛い目を見た相手ならば、目を大きく開く。暁良は微かに唇の端を上げた。
 萬打羅。エステルの鳩尾を的確に殴ったこの攻撃はまさに会心の一撃となる。エステルはこみ上げてきた血の固まりを吐き出した。
 ユウと暁良は、エステルを仕留めるための、最後の奇襲。その成功は、ほぼこの戦いの成功を決定づけた――はずだった。


 圧倒的な戦力差で始まった戦いだった。けれども、気づけばスケルトンたちは涼介と明斗を疲弊はさせたが、大きな傷をつけることはひとつもできなかった。
 毒蛇、スネイルホーネットのほうは、動きの速いディアボロ<花嫁>が対応したことも功を奏したのだろう。毒に噛みつかれる前にスタンで動きを止めれば、後は終始ディアボロ優勢で戦いは終わっていた。
 今や、エステルの率いてきたサーバントの数は0。
 撃退士8人はエステルに攻撃を集中することができた。
 エメの盾が切れそうになればトリスアギオンで全員を回復した明斗が、今度はアウルディバイドで盾の効果時間を延ばす。
 その盾の中で、攻撃に特化したユウと暁良はエステルを攻め続ける。エステルが後ろに下がろうとすれば良助と静矢が退路を断つように攻撃をしかけ、右横からは回復を飛ばすウィズレーとディアボロ<獅子>が、左横からは涼介のティアマットとエステルのスキルを妨害する夏海が、それぞれ、エステルの攻撃を封じる。
 確かに、エステルの力は増していた。
 けれども、それに対策を講じた撃退士たちのほうが上手だったのだ。
 特に、ユウと暁良の防御を一切捨てた攻撃の威力はすさまじく、エステルの防御スキルの回数をどんどん削っていく。
 二人を警戒すれば、他の者の攻撃には無防備になり、自然、背を晒している良助と静矢の攻撃は面白いほどよく当たる。
 一瞬でエステルの体力が削れていく。誰もが思いがけず首を取れると思ったときだった。
 エステルの唇が何か、動いた。
 念話だ、と誰かが気づいたとき、明斗はエステルが攻めてきた方向に新たな影が来たことに気づいた。
「……増援です!」
 急速に場の温度が下がっていく。おそらくこれは、以前戦った氷精の影響だろう。他にも鷲獅子や回復能力を持つ一角獣、炎虎、人型の騎馬など、数として25ほど。
「……アルヤのやつ、余裕あるじゃん」
 エステルがにやりと笑う。
 増援の手の内は、先の戦いで知れてるとは言え、完全に想定外の敵ならば、スキル配分や陣形などにも影響してくる。
「やむを得んか」
 静矢が悔しそうにエステルの後方を開け、増援に対しての陣形を整えていく。涼介がセーレに指示を飛ばせば、<花嫁>はサーバントと戦うべく撃退士たちよりも前へと進み出た。
 明斗の星の輝きで、増援の足を混乱させる。
 けれども、増援のおかげでエステルは退路を得ていた。一角獣たちがエステルへと一斉に回復を送れば、倒れんばかりだった足取りも元通りに戻っていく。
「セーレ、まず、一角獣を狙わせろ! お前は獅子とともに退け!」
 涼介の声に<花嫁>は一角獣を狙うも、炎虎に炎を吐かれ、白いヴェールが焼けていく。
 同時にエステルが退いた。
 もとより無理には追わないと決めていた暁良も退く。ユウも悔しそうに一歩退いた。エメが二人を守るように盾を作り続ける。
「セーレ様もこっちへ――」
 エメが声を上げたときだった。
 エステルとセーレの視線がぶつかる。
「そうだな」
 エステルが槍をくるりと回した。
「てめえだけはもう一度倒して帰らねえと、こっちも顔向けできないなあ!」
 エステルがセーレとの距離を詰める。同時に翻る槍。
「セーレ!」

 血が、溢れた。
 セーレが目を見開く。
「――良助!?」

 エステルの三連続の突き全てを、良助が体を盾にして庇ったのだ。

 同時に静矢がエステルへと紫鳳翔を食らわせる。エステルはそれを受けながら、舌打ちをして崩れる良助を見た。
 トドメを刺す時間はないと察したのだろう、エステルはそのまま増援とすれ違うようにして退いていく。
 セーレは良助を抱き起こした。
「良助? 良助!? なんで!?」
「前は僕が助けてもらったようなものだからね。だから今度は僕がキミを守る」
 良助がそう言うと、気のせいか、セーレは泣いているように見えた。
 きっと、気の所為だろう――セーレが、泣くなんて想像できないから。良助は微かに笑って意識を手放した。

 スキルを使い切り、一人倒れ、ディアボロ<花嫁>も消されていき、増援対処はかなりの労力を使った。
 けれども、エメという盾とユウと暁良が一緒に動いて、カオスレート差に物を言わせ打撃を与えていく。
 やがて増援全てを倒したときには、エステルの姿はもう見えなくなっていた。
「……お疲れサン」
 最後の騎馬を倒し終えた暁良は、終始盾として立ち続けたエメの肩をぽんと叩いてねぎらうのだった。


 幸い、応急手当や時間回復などもあり、良助の意識はすぐに戻った。
 アルヤと崇寧真君対応班の安否も気になるし、皆、少なからずの怪我を負っている。いつまでもゲートにいる必要もない。今後のことは、また落ち着いて話し合えばいい。
 問題は、今後のセーレとエメの動向だった。

「ジャムへ、面会を求めたいのです」
 明斗の言葉にエメは困った顔をした。
「あたしはレディ・ジャム様のメイドじゃないし、一存では決められないな。それに……敵天使がもしも、コアまで到達していたら……」
 エメが言葉を濁す気持ちもわかる。明斗はならば、と微笑んだ。
「今回の決断、ありがとうございます、とお伝えいただけますか」
 裏表もなく礼を述べられれば、エメは微笑んだ。
「それは、確実に伝えさせていただきますね」
「あー……エメ」
 夏海が頭を掻きながら声をかける。
(ブン殴ったり殺そうとしたりパンプキンパイを押し付けたりしたり、今まで嫌な事ばかりしちまったが……)
 少し、気まずさが残るも、夏海はまっすぐにエメを見た。
「なぁ、エメ。俺のメイドにならないか?」
「……え」
 エメの見開かれる目に流石に言い過ぎたと思ったのだろう。夏海は咳払いをする。
「……コホン。久遠ヶ原の為にはぐれにならないか?」
 エメは少し困ったように笑った。
「あたしのメイド長は、因島にいるの。あの方を守るために、今ははぐれにはなれない」
「……そうか」
 どこか期待していただけに、夏海はため息をつく。それを見てエメは慌てたように言った。
「でも、夏海もあたしのメイド長だから。人間界でのメイド長だから。だから――何かあったら、呼んで。あたし、絶対に駆けつけるから」
「おう」
 今はその一言で充分。夏海はぽんとエメの頭を撫でた。

 セーレには良助と涼介、そしてウィズレーが話しかけていた。
「キミは僕にとって大切な仲間の一人だ。一緒に来てほしい。僕達と居れば退屈させないよ? 勿論大福もいっぱいあげる!」
 傷だらけの体でぎゅうとセーレを抱きしめる良助に、セーレは困った顔をしながら、良助を抱きしめ返す。
「正直に言います。行った過去の事は許せるものではありません」
 ウィズレーははっきりと言った。
「ですが、もしも、傷つける以外の方法で人と触れ合ってみたいと思うなら――私はそれを手伝いたいと思っています」
 複雑な気持ちではある。だが、幼いセーレが変わることができるなら――それは年長者として見守るべきことなのかもしれない、とウィズレーは思う。
 迷うセーレに、涼介はぽつりと言った。
「セーレ、一つ勝負しないか」
「勝負?」
「もしお前に『はぐれてでも人間側に付いた方が楽しい』と思わせられたら俺たちの勝ち。そうじゃなければお前の勝ち」
 セーレはようやくいつものセーレのようににやにやと笑った。
「ボクが勝ったらどうするの?」
「お前が好きに考えろ。その代わり、俺たちが勝ったら……こちら側に来い」
 セーレは一度ぎゅっと良助を抱きしめてから言った。
「涼介の賭けに乗りたい。……でもエステルを倒してからだ」
「セーレ……」
 良助が心配そうにセーレを見る。セーレは笑った。
「ボクが今一番『楽しい』と思うことは、エステルを倒すことだ。それはやっぱり変わらない。でも、ボク、キミたちと一緒にこうして戦うのもとっても楽しかった」
 だから、とセーレは言う。
「キミたちが呼んだときに、ボクは現れるよ。今までのように敵じゃなく、仲間として。そして……全部終わったら、涼介の勝負をしよう。どうかな?」
「わかりました」
 ウィズレーが少し困ったように、涼介を見る。
「志峰院や篝に場を整えてもらえるよう、今から交渉しないとな」
「大福も沢山用意しておくよ」
 良助が笑う。
「それまで、悪戯はほどほどに……な」
 話を傍で聞いていた静矢が苦笑いをした。


 ――他班の迎撃結果と、コアの行方は戻ってから聞くこととなる。
 見送るエメとセーレの姿を見ながら、ユウはふと自分がはぐれになったときのことを思い出す。
 人間というのは――撃退士というのはやはり、不思議な存在だ。そしてその一員として戦うことができるのは嬉しいことなのかもしれない。
 帰ったら、久しぶりにゆっくり学園の空を飛ぼう。
 ――きっと、年越しの空は、綺麗だろう。
 
 
 


依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: 撃退士・鳳 静矢(ja3856)
 暁の先へ・狗月 暁良(ja8545)
 セーレの王子様・森田良助(ja9460)
重体: セーレの王子様・森田良助(ja9460)
   <セーレを庇ったため>という理由により『重体』となる
面白かった!:4人

撃退士・
鳳 静矢(ja3856)

卒業 男 ルインズブレイド
暁の先へ・
狗月 暁良(ja8545)

卒業 女 阿修羅
セーレの王子様・
森田良助(ja9460)

大学部4年2組 男 インフィルトレイター
鉄壁の守護者達・
黒井 明斗(jb0525)

高等部3年1組 男 アストラルヴァンガード
セーレの友だち・
ウィズレー・ブルー(jb2685)

大学部8年7組 女 アストラルヴァンガード
セーレの大好き・
詠代 涼介(jb5343)

大学部4年2組 男 バハムートテイマー
優しき強さを抱く・
ユウ(jb5639)

大学部5年7組 女 阿修羅
撃退士・
一川 夏海(jb6806)

大学部6年3組 男 ディバインナイト