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現場に着いて真っ先に走り出したのは雁鉄 静寂(
jb3365)だった。けして焦ってのことではない。冷静な判断にもとづいてのことだ。
今回、グールドッグを追いかけるにあたり、6人は2組に分かれることになった。
自転車に乗って追いかけるのは黛 アイリ(
jb1291)と狐珀(
jb3243)組。残りの4人は自分の足でグールドッグを追いかけなければいけない。体力を使うが、追撃として大事な役目でもある。
「ご挨拶も大事かと思いますが、また後ほどさせていただきますわ」
シェリア・ロウ・ド・ロンド(
jb3671)はグールドッグの第一発見者と思われる男性に優雅に一礼すると静寂の後を追う。その足はシェリア自身も認めているが、静寂よりも遅い。
(わたくしに出来るのかしら? い、いいえ……出来るのではなくて、やるのよシェリア……!)
シェリアはしっかりと前を向いた。
大雑把にアーケードを眺めていたのはエリーゼ・エインフェリア(
jb3364)と強欲 萌音(
jb3493)だ。
「やっぱり飛んだほうが早いかしら」
天使の翼を出すエリーゼと、
「そうっすねー。お店の看板とか結構置いてありますからねー」
悪魔の翼を出す萌音。
2人はばさりと翼を翻すと静寂とシェリアの斜め上空を飛び始める。
4人が動きだした頃、アイリと狐珀はようやく第一発見者の男性から自転車を借りることができた。
「着ぐるみ……?」
思わず店主が狐珀を見て呟いてしまったのも仕方がない。琥珀色の体毛を持つ、狐の獣人風の狐珀ははぐれ悪魔であることもあり、人の常識ではなかなか素直に受け入れられないのだろう。狐珀もそこはきちんと理解している。
「うむ。このような着ぐるみの撃退士がおってもよかろう」
「狐珀、行こう」
アイリが言うと前のサドルに座った。
「それではアイリ殿運転を頼むのじゃ」
狐珀が後ろの荷台に座る。
「これ、借ります。ありがとうございます」
アイリはそういうと男性の返事を待たずにこぎだした。
(自転車に乗るのって何年ぶりかな、そういえば)
ぼんやりそう思いながら、アイリは除霊符を展開する。
「狐珀、落ちたら多分拾えないから、しっかり掴まっててね」
「うむ。掴まらせてもらおうかのう」
狐珀は持ってきた拡声器を握りしめながら、ぎゅうっとアイリに抱きついた。
「もふもふじゃ」
「!!」
思わずハンドルを取られかけるアイリ。狐珀の毛は確かにすべすべでなめらかでもふもふだ。ついでに言えば胸も大きい。
にししといたずらっぽく笑いながらも、狐珀の拡声器を握る手は緊張で強張っている。
(撃退士になったからには人の役に立ちたいのう。まだ未熟じゃが気張って行くかの)
それは狐珀の「こんな姿でも出歩ける場所を増やす」という野望の一助にもなる。
(転倒しなくてよかった)
アイリは内心ほっとしながら、道路上の障害物などを巧みに避けながら全力でこいでいく。
やがて先に走りはじめていた4人を自転車が追い抜いていく。
「先行、お願いします」
「任せましたっすー」
天使のエリーゼと悪魔の萌音の二人に応援され、狐珀が尻尾をぱたぱたと振る。
(今回の依頼…天魔が3人、人が3人、か)
アイリはそれを見てぼんやり思う。
(しかもわたし、悪魔と一緒に人助けのため自転車で全力疾走してる……なんか、不思議)
自転車をこぐ足は止まらない。
(天と魔と人が肩を並べて、誰かのために何かをしている。それが理想的かは知らないけど、わたしは嫌いじゃない)
狐珀が抱きついているもふもふとした暖かさ。それは憎しみなどの感情とは程遠いもの。
(“天魔が好きなわけじゃないけど、いちいち憎み合うのはキリがない”)
アイリはきっと前を見据えた。グールドッグの姿が見え始める。
(それくらいできっと、丁度いいんだ)
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一方の追撃組も全力疾走中だ。
(グールドッグに追いかけられている不運な男性を助けに行きましょう。でも生きているという事は多少なりとも運が良いという事でしょうか?)
天使のような愛くるしい微笑みの裏に冷酷な天使としての顔も持つ、エリーゼ。
翼を羽ばたかせながら、前を見る。
(商店街に出来るだけ被害を出したくありませんので短期決戦で決着をつけたいですね)
商店街は電話の成果もあるのだろうか、今のところ、別の一般人が飛び出してくる様子はない。
グールドッグも商店街にとって今のところ大きな被害は出していなかった。
エリーゼとは逆に気合の入っているのは萌音だ。
(お店はあたいの安らぎの地っす!)
ただその気合の入り方がちょっと違う。
(例えあたいが行った事のないトコロでも日々お世話になってる場所を護るのはトーゼンのコトワリっすね!)
萌音にとっては人命救助より商店街を守ることのほうが大事だ。むしろ人命救助は任せきりで自分では考えていない。このあたりが悪魔らしい思考なのかもしれない。
一方人たる二人もそれぞれ足で駆けながら、思うことはそれぞれだ。
(突然グールドックとは……街の真ん中で被害者が出るのは問題ですね)
静寂は表情を変えずに胸を一度だけ押さえる。
(大丈夫、落ち着いてやればできる)
静寂を支えているのはその一心だった。常に落ち着いて、冷静に行動すること。それが救助に繋がる。
一方、やや遅れがちのシェリアを支えるのは
(名家の誇りに関係なく、一人の撃退士として仲間の足手まといにだけはなりたくない)
その必死すぎる一念。
けれどもシェリアは走るのが苦手だった。皆の後を必死で追いかけるも戦闘に加わるのは遅くなりそうだった。
(こ、これくらい体育科目の長距離走に比べれば……)
息も絶え絶えに走る。
と、風に乗って4人の耳に狐珀の声が聞こえた。拡声器でしゃべっているのだろう、商店街中に聞こえる。
「こちら撃退士じゃ、現在化け物が出現しているので外に出ないように」
「あれならこれ以上人の被害は増えないでしょう」
静寂が淡々と言う。
(追いかけているグールドッグも私達に追いかけられるという点では不運なんでしょうか……? 追いつかれたら殺されるわけですからね♪)
エリーゼはくすりと笑った。
「ワンちゃん脚、速いっすねー! でもあたいらも結構速いっすよ!」
萌音は翼を動かしながらも楽しそうだ。
狐珀の声は続く。
「辛いと思うがもう少しの辛抱じゃ、そのまま全力で逃げておくれ」
おそらく未だ自転車で逃げ続けている人がいるのだろう。
「あ、グールドッグが見えたっす!」
拡声器の声にどうやらグールドッグが速度を緩めたらしい。かなり遠方だが、獣らしき姿が見える。
「もう少しですわね……!」
シェリアは歯を食いしばった。シェリアの距離ではもはやすぐに攻撃に参加するのは不可能。
(でも、できることはきっとありますわ……!)
そう、できないことなんて何一つない。
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アイリはしっかりと自転車のハンドルを握った。
速度を緩めたグールドッグとの距離はわずか。
「狐珀」
「ここが勝負所じゃな、狙いは外さぬ!」
雷帝霊符の射程に入ったことを確認し、符を投げる!
狐珀の符は走るグールドッグにぎりぎり命中した。グールドッグは足を止め、今度はアイリたちのほうへと向きを変える。
その数秒の間にもグールドッグとアイリたちの自転車の距離は縮まる。
落ち着いてアイリはアウルの力で創りだしたナイフをグールドッグへと投擲する。それが刺さると同時にグールドッグは全力疾走でアイリたちの自転車と距離を詰めてきた。距離はどんどん近づいてくる。
狐珀は目の前のグールドッグへと落ち着いて符を投げる。その符が当たると同時にこちらへと全力疾走してきたグールドッグは自転車を運転するアイリに体当たりを食らわした。
痛みの中、それでも必死にハンドルを握り締めるアイリ。
「くっ」
グールドッグをかわして追い抜く。そしてその先にいる、逃げる男性をみつける。
「撃退士じゃ。もう安心じゃよ」
狐珀が笑みを作ったそのときには、もうグールドッグは再度アイリへと体当たりをしていた。さすがに今回はかわしきれない。
「狐珀、飛び降りて!」
そう叫ぶとアイリは自転車と共にグールドッグの前に倒れた。狐珀は男性を庇うように飛び降りる。
アイリは自転車を跳ね除け態勢をつくるが、少しグールドッグのほうが速い。
三度目の体当たり。体の節々が悲鳴をあげる。
(大丈夫、まだやれる)
アイリは冷静に聖なる鎖でグールドッグを狙った。鎖はまっすぐに飛び、グールドッグを縛り上げる。
その間に狐珀は逃げていた男性を庇い、アイリの背後に立った。男性は全力で自転車をこいでいたのだろう。息が荒い。
「よく頑張ったのう。あとは任せておれ」
「ええ。あとは私たちも参加しますからね」
一度翼を閉じ地面に降りたエリーゼが、またふわりと空に舞った。
「注意力散漫ですよ? この人数差ではしょうがないのかもしれませんけどね」
エリーゼの天使の力は冥魔にとっては致命的だ。無数の稲妻がグールドッグを貫く。
グールドッグはアイリの鎖のおかげで動けない。
追撃部隊が戦闘を始めても、シェリアはまだ自分の距離にグールドッグを捉えられずにいた。
(わたくしに出来ること……それは)
シェリアは足を止め、アーケードの中心に陣取った。万が一グールドッグが逃走してきたときの牽制だ。そしてその場で淡い光球を作り出す。
薄暗かったアーケードに灯りがともった。グールドッグの姿がよく見える。
「助かります」
静寂が微かに笑った。
アイリはチタンワイヤーで攻撃するがもともと扱いの難しい武器、当たらない。
「危険を排除します。全力でいきます」
ついで静寂が灯りに助けられたように物陰に隠れ、オートマチックを放つ。
エリーゼ同様、再度飛んだ萌音は、
「そらそらー! あたいの報酬になるっす!」
薄紫色の光の矢を降らせた。
「あと一撃、ですね」
静寂のオートマチックが火を噴くと同時にようやく追いついたシェリアが同じく光の矢を降らせ、グールドッグは動かなくなった。
ゆっくりとエリーゼは動かなくなったグールドッグに歩み寄る。
「さよなら、運のないグールドッグ」
手に生まれるは3メートルほどの光の槍。エリーゼの「グンニグル」。
エリーゼが微笑むと同時にグールドッグの息の音を確実に止める槍が頭に突き刺さった。
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動かなくなったグールドッグを見てシェリアはぽつりと
「終わり、ましたの…?」
と呟いた。
「ええ」
静寂が相変わらず冷静に頷くとシェリアはぺたんとその場に座りこんだ。不安と緊張からいっきに解放されたのだ。
「うむ、無事でよかったのう。お主も商店街も」
狐珀が逃げていた男性を見てうんうんと頷く。もちろん逃げていた男性も狐珀を見て「きぐるみ……?」と思っていたのは内緒である。
「もう安心ですよ。もし良かったら飲んでくださいね」
エリーゼが男性にスポーツドリンクを手渡すと、男性はほっとしたように受け取った。
ごくごくとスポーツドリンクを飲み干すとようやくひとごこちついたようだ。
「助けていただいてありがとうございます」
「いえ、本当に無事でよかったです」
アイリは体をさすりながら微笑む。今回攻撃を受けたのはアイリだけだ。自分が前衛になるという計画を無意識に成功させたことになる。
(痛いけど、結果がよかったからいいのかな)
「商店街も無事でよかったっすー!」
萌音は買い物したそうにアーケードを見渡した。
静寂の手を借りてシェリアもゆっくり立ち上がる。動かなくなったグールドッグを見て、ほぅ、と息を吐いた。
(大丈夫、わたくしにも出来ましたわ)
音を聞きつけたのか、商店街に隠れていた人が徐々に集まり始めた。
撃退士たちに感謝の声がとぶ。
人も街も守った撃退者たち。
それは小さいながらもまたひとつ戦いに大勝利した結果でもある。
感謝の声は夜通し絶え間なく続きそうだった。