●
昼間はキャンプ場の安全確認も兼ねて、大規模なカレー作成が行われた。一応コンテストも兼ねてはいたが、それよりは各自美味しいカレーを楽しんで作ってほしいとの方針のため、個性のとんだカレーが次々と出来上がる。
美味しそうなカレーの匂いが周囲に立ち込めた。
撃退士には普通の毒は効果がない。
「ふふふ、撃退士だけが食べられる特別なカレーを提供して上げるわァ♪」
黒百合(
ja0422)がメインに選んだ具材は新鮮なベニテングダケ。しかし、そこに一工夫。
一緒にいれるアミガサタケとツルタケは毒抜きをして中辛カレーの具材として混ぜ合わせる。ベニテングダケは水に浸して毒抜き、その毒素、イボテン酸が溶け出した水をカレーに使うという徹底ぶり。なにしろ、イボテン酸は旨味成分たっぷりと言われている。
毒抜きしたベニテングダケの素焼きをカレーにまぶせば、目にも鮮やかなカレーの完成だ。
付け合せは緑のものとして、ほうれん草のおひたしを。
中辛の匂いで逃げ出した志峰院凍矢の代わりに篝さつきが美味しいともぐもぐ。
「不思議な美味しさがありますね。お出汁が違うのかしら?」
「特別なカレーだからねェ♪」
カレーを煮込んだ水に秘密があるとは気づかれない、手の込んだ一品だった。
「さあ、狩りの時間ですよ」
カレーの材料を集めるために山へ入っていくのは雫(
ja1894)だ。
狙い通り、猪を探しだして狩る。さらにヒトヨタケやホテイシメジなどの山菜を集め、戻ってくる。雫のような女の子が猪を引きずって帰ってくる様はちょっとした『撃退士あるある』である。
肉は捌いて、香辛料を強めにして臭みを消し、カレーに入れる前に焼いて余分な脂分を落とす。山菜は下茹でし、食べる直前にカレーと混ぜあわせれば旨味と歯ごたえは抜群だ。
味は甘口。
同じ甘口を作った参加者と交換する。
「あまり辛いのは得意では無いので、私でも食べられる辛さの物でお願いします」
持ち寄られるカレーに舌鼓。ごろりと大きなお肉の入ったカレーは食べごたえも美味しさも抜群。凍矢もいたくお気に召したようで、こっそりおかわりをお願いしてたとか。
詠代 涼介(
jb5343)が凍矢の前に差し出したカレー……それは、一見すると定番食材に現地でとれたものをプラスしただけのように見える、が。
「さあ、この刺激の奥に秘められた味、感じ取ることができるかな?」
「な、何、詠代先輩、これは……かはぁ!」
普通のカレーでした。
凍矢は気を取り直して、スプーンでカレーをすくう。すると、見たこともない茸がスプーンに入ってきた。
「ああ、その茸はそこらへんに生えていたの適当に入れてみた」
ごくりと息を飲む凍矢に、にやりと涼介は笑う。
「……冗談だ。ちゃんと調べて、食べられない物は分けておい……ん? どこやったっけ?」
「詠代先輩ー!?」
げきたいしなのでおいしくいただきました。
二人でカレーを食べながら、凍矢は空を指差す。
「星空のほうもいいらしいですよ」
「ああ。空を眺めるなんていつぶりかわからないからな……」
どこか元気のない涼介に凍矢は少し笑う。
「何かあれば、俺も篝も利用すればいいんです。声かけてくれるの、待ってますから」
涼介は頷いて、視線を飛ばした。
(調べられるだけ調べるか……今まで俺が助けられなかった全ての人達のこと。そして遺族や友人、恋人が居るなら……謝りたい)
それは言葉にはしない、贖罪の想い。
【飛翔塔】メンバーの目的はカレー作って食べ比べ。皆で持ち寄った材料で鳳 蒼姫(
ja3762)は日頃の主婦力をフルに発揮してカレー作りを率先する。
「さて、皆が持ち寄った材料で美味しいカレーを作りましょうなのですよぅ☆」
香奈沢 風禰(
jb2286)(通称カマふぃ)がカマキリの着ぐるみを着て満面の笑みで採ってきた材料は質より量重視。毒キノコや毒の野草も沢山あるが、本人曰く「それは気にしない方向」で。
風禰と共に食用野草辞典の本を片手に材料を探していた同じくカマキリの着ぐるみ姿の私市 琥珀(
jb5268)(通称きさカマ)はさすがに顔面蒼白になる。
(これは危険が危ないんだよ……!)
「いっぱい取れたなの!」
自慢気な風禰と顔色真っ青な琥珀に蒼姫は事情を即座に察する。
腕まくりをしてまずは慎重に材料を分けるところから。
「カマふぃは頑張ったねぇ☆」
褒めながら、毒のものは遠慮なくぽいぽいと捨てていく。ほっとする琥珀。風禰もあまり気づいていないようだ。
「えへへ、アキ姉にカレー作り、教えてほしいなの!」
「うんうん。じゃあ、材料分けてあげるから刻んでごらん」
「はーい!」
ところが風禰のお鍋は見る見る赤くなっていく。同時に増える包帯と絆創膏――。
スプラッタなカレーになるところを、すかさず琥珀が、
「あそこにUFOが!」
「すごいなの!」
(今のうちなんだよ!)
トマトたっぷりのカレー鍋にすり替えて万全フォロー!
けれどもトマトカレーを煮込もうとしたとき再び事件発生。何故かお鍋の中に乱入してしまう風禰。
「このままではカマキリが煮込まってしまうなの!」
カマキリピンチ!
「カマァァー!?」
すかさず、風禰の入る鍋はすり替える前のものにして、トマト鍋を死守している琥珀。
蒼姫が風禰を引き上げる。
「……カマふぃは相変わらずなのですよぅ。こら、鍋に入らない! きさカマくん、見張ってるがよろし」
まだカレー作りの中盤なのに、何故か疲れている琥珀に首を傾げる風禰。
その一方で蒼姫の義妹、支倉 英蓮(
jb7524)もカレーを前に燃えていた。
「渾身の猫カレーを振る舞うのですよ!!」
猫カレー……それは猫を素材にするのではなく、猫殺しとも言えるマタタビをふんだんに使うカレーである!
完熟のマタタビ実を主材料に、持ち込みや採取などで集めた様々な果実や樹の実、きのこにスパイスを用い、主に果実の水分だけでひたすら煮込み上げる。
独特のマタタビの香りが広がるとマタタビ蒸気で英蓮は酔ったような状態に。謎の勢いで尻尾が超高速で動く。残っていた材料を尻尾でびたーんびたーんと下処理する超絶料理を展開する。
「マタタビカレー、相変わらずですね」
英蓮を暖かく見守り、頭をわしゃわしゃと撫でてあげるのは樹月 夜(
jb4609)。夜に撫でられ、英蓮の尻尾が機嫌よくぱたぱた揺れた。ぱたぱたびたーん、と尻尾が木の実を粉砕していく。へにゃりと幸せそうに笑う英蓮を撫でつつ、粉砕された木の実をカレーに淹れていく夜。
「相変わらず仲がいいのですねぃ☆」
「相変わらず、アキさんはデバガメするのが好き、ですね」
蒼姫の生暖かく見守る視線に、夜はどこか苦笑い。英蓮を見守りながら、夜が作るのは普通のカレー。
(猫科以外の人もいますから)
甘口、中辛、辛口と三種作っておけば、誰とでも交換できる。
採取でとってきた果物でフルーツジュースを作れば、夜と英蓮で果実たっぷりフレッシュなカレーセットの出来上がりだ。
「花より団子、然らずんば、星より『かれえ』でござる!」
エイネ アクライア (
jb6014)も気合充分。
エイネの現地調達品は肉。熊と蛇を仕留めてくれば、持ち込んだカレールゥや野菜を炒めた後、鍋を二つに分け、辛さを調整しつつの「辛口熊かれえ」と「中辛蛇かれえ」の二種にする。
「白米にかける際に反対側から掛けて『二色かれえ』にすれば完璧でござろう!」
だばー。
結局混ざる件について。
「……ござ?」
混ざってしまったカレーを前にエイネは深く考え、すぐに前向きに考えることに決めた。お肉を食べれば違いがわかるのだ! 問題ない!
カレーの材料を整えていた鳳 静矢(
ja3856)は凍矢もカレーを作っているのを見つけ、声をかける。
「おや、久々だねぇ……一緒にどうかな?」
「鳳先輩。是非、お願いしたい」
かくして凍矢も合流するが、凍矢はカレー鍋に蜂蜜やチョコレート、林檎を摩り下ろしたものなどこれでもかと入れていく。
(なるほど……)
それを目ざとく見つけた静矢は材料として持ち込んでいたスパイス数種をすりつぶした物を混ぜ、カレー自体は甘口で作る。
カレーを盛った皿にすったスパイスを振りかける事で辛さ調節出来る様にする気の使いよう。
「自分で辛さを決められるカレーと言う感じだな」
料理の得意(自称)な凍矢もその発想はなかったようで、尊敬の眼差しで静矢を見る。
「スパイスを入れる振りをして食べれば気兼ねなく普通に食べられるぞ」
「ありがとうございます!」
カレーが出来上がれば、エイネは皆に初めましての挨拶をしながらカレーの交換を申し出る。
「『かれえ』は飲み物! で、ござ!!」
まだ師匠のように上手くは飲めないけれど、と言いながらごくごく行くエイネに、蒼姫がはらはら。
風禰と琥珀はできたカレーを振るまいながらさつきにカマキリ漫才を披露。
「これぞカレー(華麗)なる漫才なんだよ!」
審査員たる篝さつきはこれがツボに入ったようで、結果、風禰と琥珀のトマトカレーがカレーコンテストのグランプリとなったのだった。
甘口しか食べられない雫は静矢のカレーや猫カレーと交換して幸せそうに。黒百合は涼介と毒キノコカレー対決。蒼姫の作ったカレーは定番の誰にでも食べられる美味しさ。
カレーの交換会は日が暮れるまで続いたのだった。
●
カレーと星空なんてわたしが好きなものが揃った感じと笑うのは星杜 藤花(
ja0292)。
藤花ちゃんに告白された夜を思い出すねぇ……と照れるのは星杜 焔(
ja5378)。
未だ初々しい夫婦はカレーも十分に満喫。
「安全確認が必要なんだよね〜? 現地で材料集めようか〜スパイスは持参で」
焔の提案ににっこり笑って藤花も賛成し、二人で山の幸分布を作成。採れた材料は少量を各調理法で味見し、組み合わせを決定する徹底ぶり。甘口に仕上げ、辛口用のふりかけを添えたので誰でも美味しく食べられる。毒茸は希望者に後のせの選択方式。
「……篝さん、食べる?」
「もちろんいただきます!」
……そんなことを楽しかったね、と笑いながら、星をふたり見上げる。
惜しくもコンテストでは賞は取れなかったけれども、山の幸の分布図はキャンプ場のオーナーに心底喜ばれたのだった。
「色々食べれて楽しかった〜」
幸せそうに笑う焔に藤花も幸せになる。焔がカレー好きだとわかっているから尚更だ。
ふと、夜空を見上げていた藤花が空へ手を伸ばした。
「春の夜空にも三角形が描けるんですよね、たしか」
藤花の細い指が獅子座のデネボラと乙女座のスピカ、牛飼い座のアークトゥルスを見つけて、指差し三角形を描きだす。
「夏の大三角とも違う風情がありますよね。春の星は夏ほど鮮やかではないかもだけれど、見ていて心が和む気がします」
うん、と頷く焔。
「藤花ちゃんに星のお話聞いて俺もすっかり詳しくなったね〜」
焔は焔で藤花が星が好きなことを知っているから、こうして話してもらえることが嬉しい。
「それに北斗七星も綺麗に見えますよ」
藤花の指が柄杓の形を描き出す。
「ミザールとアルコルの話は知っていますか? 北斗七星のすぐ傍にあるそえ星、と言う奴ですけれど、……わたしも焔さんのそえ星になれているでしょうか?」
そっと尋ねれば、返ってくる答え。
「……俺の今があるのは君に光を貰ったからだよ」
「これからも傍にいさせて下さいね、焔さん」
二人は顔を見合わせて、はにかむように微笑みあった。
飛鷹 蓮(
jb3429)がホットの缶珈琲を持って向かったのはユリア・スズノミヤ(
ja9826)の元だ。ユリアは二人でくるまれるくらいの大きめな毛布を用意して、蓮を待つ。
「少し冷えるな。ほら、俺の方に寄れ。君の体温はあたたかいし……安心する」
互いの体温と缶珈琲があれば寒さも気にならない。
夜空をお茶請けに二人の話も弾む。
「みゅぅ……空、綺麗だねー」
「空気が澄んでいるからだろうか、銀河のような景色だな」
「お星さまキラキラーって落っこちてこないかにゃ? 金平糖みたいで美味しそうだし」
「……ユリアだったら星屑も食べてしまいそうに思える」
蓮が苦笑したところで、ユリアは目をきらきらとさせて、蓮を見た。
「あ、そだ。ねぇねぇ、蓮、実は家族が一人増えましたのにゃ」
思わず飲んでいた珈琲を吹き出す蓮。吹き出したあれそれを丁寧に拭いてから、蓮はまじまじとユリアを見つめた。
「……そうか。最近、君の腹周りの感触がやたら柔らかいのはその所為だったのか」
「そうそう、毎日ご飯が美味しくって……って、ちがーぅ!」
ちゃぶ台があったらひっくり返す勢いでノリツッコミを披露するユリア。こほんと咳払いをして、ユリアは幸せそうに微笑んだ。
「蓮、猫好きでしょ? 私もだけど。この前ね、拾っちゃった☆」
蓮は目を瞬く。
「あ、ああ……猫か。そうか」
「おっきな金魚鉢にハマって不貞腐れてた子でねん。目は逆三角で、なんか蓮に似てるの」
「聞いている分には不細工な猫なようだが……」
「黒のエキゾチックショートヘアですにゃ」
たしかにブサカワの代名詞のような猫である。
「ね、一緒に良い子良い子していかない?」
「ん、君との居場所に新しい潤いを置くのも……楽しいかもな。飼うか」
嬉しそうなユリアの顔にふと、蓮は尋ねる。
「君は……家族が欲しいか?」
「みゅ? 私には蓮がいるよん♪」
目を細めて即答するユリアの額にそっと額を合わせて、蓮は苦笑した。
(月はあいにく見えないみたいだけど、一面の星空は堪能出来そうだな)
黄昏ひりょ(
jb3452)は寝袋を用意しながら夜空を眺めた。
(コテージもあるみたいだし、そっちを使わせてもらうのも手だけど……。折角なら夜空眺めながら眠りにつくのもいいよな)
温かい紅茶を魔法瓶に淹れておき、肌寒くなったら紅茶を飲みながらのんびり。
ふと視線の先に寒そうなさつきを見つけ、声をかける。さつきは嬉しそうに紅茶のご相伴に預かる。
「夜空は、好きですか?」
さつきの問いかけにひりょは頷く。
「空を眺めるのは好きだけど、どこか心に余裕が無くなってくるとそういう時間が取れなくなる。今回はいい機会になったよ」
「それならお誘いした甲斐がありました」
ひりょとさつきは一面の星空に魅入る。
(この夜空に比べれば、人一人って凄くちっぽけな感じなんだなぁ……)
色々思い悩むこともあるけれども、それすら凄く小さな事にも思えてきて。
自分が思い悩み、一人で抱え込みやすいということもひりょはわかっている。
こうして自然に接する機会を時折作ると良さそうだと実感して、ひりょは紅茶をもう一口啜った。星空は何も語らず、ただ、そこに広がっている。
アヴニール(
jb8821)がリアン(
jb8788)に渡したもの。
『果たし状:リアン、遠足に行くのじゃ!』
かくて、二人は星空の下にいる。果たし状?を送ったアヴニールはどこか苛々とリアンに告げた。
「えーい! 何時までも腐った顔をしておるでない! 何時までも悔やんでもしょうがないのじゃ!」
「腐った顔……」
一瞬リアンは驚いたように繰り返すも、どこか皮肉げな笑みを浮かべる。
「……ではどのような顔を致せば、と? 私めは旦那様と奥方様をお護りしきれなかった……そしてお嬢を」
一息置いてその言葉を口にするのは、リアンにとって重かった。
「独り、にした」
アヴニールは黙ってリアンの顔を見上げる。
「斯様な事実の上では悔やむのは当然でありましょう」
「確かに父上も母上も、もう居らぬ。会えもせぬ」
アヴニールは思ったより、はっきりとした口調で言った。
「だが、我の心には、何時でも父上も母上もおる。空に輝く星の様に」
リアンはそんな彼女に深々と頭を下げる。
「一縷の希望。この世で唯一の我が君……その貴女様がそう仰るならば……きっと、旦那様も奥方様も……星に、風になり……近くで見守って下さっていらっしゃるのでしょう」
リアンは胸を抑え、幼い主を見つめ、そしてうなだれた。
「ならば。旦那様方が御心配をされぬようにしなければ」
どこか距離のあるリアンの言葉に、アヴニールは不服そうに腰に手を当てた。
「……哀しくない訳ではない。淋しくない訳でもない。じゃがの、リアン、リアンと言う家族が我にはおるのじゃ。独りなどでは決してない」
リアンはアヴニールの言葉に弾かれたように顔を上げた。
「私めを家族……と?」
「もう我は大丈夫なのじゃ。だから、リアン、そんな顔をするでない。笑えぬのならば、我がリアンの笑顔を作るまでじゃ。腐った顔は似合わんしの」
にっこりと笑うアヴニールにリアンは胸がいっぱいになる。ただ頭を下げることしかできない。
「では……せめて。これからは近くで。共に。ずっと」
うむ、と頷きアヴニールは満足そうに笑った。その笑顔がリアンには眩しいが、彼にはひとつだけ問いただしたいことがあった。
「ところで。お招きは嬉しゅう御座いましたが……」
「少し寒くなってきたの。帰るぞリアン。何処までも我に付いて来るがよい!」
ため息をつくリアンを振り返らず、歩き出すアヴニール。
「果たし状……とは、何時何処でそんな御言葉を?!」
小言を聞こえぬふりをしていれば、リアンからかけられるブランケット。あたたかなぬくもりにアヴニールは、家族たるリアンを見上げる。
主従の新しい関係が始まるのは、これから。
樒 和紗(
jb6970)が作ったカレーは辛口。小麦粉から麺をつくり、カレーうどんを作成してしまう。
「カレーライスとは言われてなかったので」
「相変わらず全てを作ろうとする和紗さん、まじ職人」
手伝った蓮城 真緋呂(
jb6120)は真顔で賞賛する。ほかの人と交換してもカレーうどんはひときわ輝いていた。
夜は和紗の手紡ぎ毛糸使用し、自作草木染を施したブランケットに二人で包まり、和紗は真緋呂にノンアルコールのホットカクテルを差し出す。真緋呂はそれをちびちびと飲みながら夜空を見上げる。
「二人でゆっくり話すのも久々ですね」
真緋呂はこくりと頷いた。
天魔共存を目指そうとする小隊長に添えず、小隊から離れて1人で戦っていた真緋呂。
「でも、仲間の事がいつも気になってた」
人には色々な考えや過去がある。真緋呂は故郷での事があり、ずっとはぐれ悪魔の学園生も受け容れられなかった。
「けど、依頼で出会ったある女性が『ただ居てくれたから乗り越えられた』と、私と同じ境遇なのに天魔も憎まず、穏やかに生きてこれた理由を語ってくれたの」
真緋呂は和紗を見つめた。
「私も同じだった。……皆がいたから歩けたと気づいたの」
「成程。……俺達が貴女の力になれていたなら幸いです」
ごく自然に真緋呂から微笑みが溢れる。
――だから、小隊に戻った。
「ただいま」
「改めて、おかえりなさい」
和紗の手が真緋呂の頭を優しく撫でる。
「他の皆とも一緒に星空見たいね……」
「そうですね。今度は皆で一緒に来ましょうか」
和紗の言葉に真緋呂は目を細め、空を見上げる。和紗も星空を見上げた。
(俺の大切な友人も願う共存の未来を)
今はどうか、星に願わせてほしくて。
「ゆーし君に笑顔がないのは寂しいわね」
「俺はきっこさんの笑顔が無い方が寂しいけどね」
葵杉喜久子(
jb9406) と鈴木悠司(
ja0226)の従兄妹同士は言い合う。穏やかな笑みを浮かべる喜久子に対して、笑顔のない悠司。
「何があったかは私には分からないけれど、ゆーし君には笑顔がとてもよく似合うわ」
「……色々……あったと言えばあった。でも、過去は覆せないから……ね。あの時の俺に力さえあれば……」
それは悔恨。握りしめた手を見つめて悠司は問いかける。
「ねぇ、きっこさんは力が欲しいと思う? そして力があれば、力さえあれば、何かを護れると思う?」
喜久子は穏やかに微笑んだまま、はっきりと答えた。
「力は護るべきものの為に。私は非力だけど、誰かを護れる。そう信じてるの。物理的な力だけが力じゃないと思うの。大切なのは、きっと、心」
そっと胸に手を当てて、言葉を続ける。
「今、ゆーし君に必要なのは、護る力でなく護られる力なのかも知れないわね。心を開ける、心を護ってくれる、心を護ってあげたい誰かに出会えると良いわね」
「きっこさんはなかなか難しい事を言うね。俺が護って貰う立場、か……。考えた事も無かった。ただ、考えたくなかっただけかも知れないけれど」
悠司は苦笑して握りしめたままの手をそっと開いた。
「救いは要らない。そう、思っている以上、本当は救いが欲しいのかも知れないね……。自分の事なのに、自分でもよく分からないや」
苦笑いのまま見上げる空は満天の星空でもどこか寂しく見えて。
「星は輝き燃え尽きる。俺は如何したら良いんだろう。如何したいんだろう、ね」
呟くような問いかけは星空に吸い込まれて消える。喜久子はあえてその問いには答えない。
「みんな、何時でも何時までも、ゆーし君を待ってるわ。きっと、ね」
喜久子は微笑んだまま同じように星空を見上げた。
「それは笑顔のゆーし君だととても嬉しいだろうけれど、そうでないゆーし君も、ゆーし君よ。忘れないでね」
それが、どうか救いになりますようにと。悠司はただ黙って星空を見つめ続ける。あれだけ輝いていても、いつか燃え尽きる星を。
(これからどうなるのかな。何が正しいのかわからないよ)
迷う山里赤薔薇(
jb4090)が声をかけたのは神谷春樹(
jb7335)だった。赤薔薇にとっては天魔に殺された兄と同じように優しい人。雰囲気も似ていて、いつも兄の面影を見てしまう。
そんな春樹とどうしても話したくて、星空見物へと誘った。
春樹にとっても赤薔薇は妹のように思う存在。壊れてしまいそうな儚さが少し心配だった。
「神谷さん、一緒に散歩しませんか」
「そうだね。一人で星見るのも味気ないし」
春樹は珈琲入り魔法瓶を持って、赤薔薇は毛布と手作りクッキーを持って。星空の下、二人はゆっくりと歩く。
しばらくの沈黙の後、赤薔薇は迷いながら口を開いた。
「聖女の事件とかでたくさん人を殺しちゃったの」
春樹は足を止めて、赤薔薇を見た。赤薔薇も足を止め、視線を自分の足元へと落とす。
「人を守るために戦うと決めたのに、気づいたら人殺しになってた。私、生きててもいいのかな」
思いを言葉にすると感情が溢れてきた。
「自分はディアボロとかと変わらないんじゃないかって……」
人に想いを吐露するのが初めてな赤薔薇。言葉と共にぽろぽろと涙が溢れてくる。押しつぶされそうな、後悔や不安。永遠の夜に迷い込んでしまったような、鬱々とした気持ち。その暗闇に光を投げたのは春樹の言葉だった。
「その言葉が出る時点でディアボロとは全然違うよ。ディアボロなら人間を殺したくらいでそんなに悩まないさ。赤薔薇が人間で、優しい子だからそんなに悩むんだよ」
春樹は赤薔薇の頭を撫でながら、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「殺人を悩むななんて言わない。それでも、守りたいものがあって、守った人がいるんでしょ。なら、救えたモノを見てあげよう」
「でも」
赤薔薇の涙は止まらない。迷いや今後の不安で胸が押しつぶされそうだ。息抜きに来たのに、気が休まるどころか、過去が赤薔薇を苛む。
そっと春樹の指が赤薔薇の涙を拭う。
「すぐに飲みこむ必要はないよ。今夜は気が済むまで付き合うからゆっくり休んで気持ちを落ち着けよう。赤薔薇、本当に頑張ったね」
その言葉に涙はさらに溢れる。小さな嗚咽が星空の下で漏れる。朝まで今は想いを吐き出せるよう、春樹はそっと赤薔薇を抱きしめて支えた。
浪風 悠人(
ja3452)は夜の炊事場でお湯を沸かしてインスタントのココアを二人分用意する。
(……三週間遅れちゃったけど、ね)
向かうのは浪風 威鈴(
ja8371)の元。
「威鈴」
星を見上げている威鈴が寒くないように後ろから抱きしめて、一緒に空を見上げて。ふわりと二人を包む甘いココアの香り。
「告白……された……日……思い出す……」
覚え……てる……?と威鈴が恐る恐る肩越し振り返れば、穏やかな笑顔がそこにあり、嬉しそうに威鈴も微笑んだ。
きっかけもキャンプだった。悠人は威鈴がほっとけなくて、只々傍についていただけだった。威鈴はすごく気を使って話しかけてくれる人だと思い、少し珍しく、そして気になった。
キャンプの依頼から帰っても気がついたら意識して、悠人は威鈴が守りたくて。
威鈴は依頼で悠人が戻ってくる度にすごく心配になって、待っている間、凄く寂しくなって。
そうして、悠人からの告白。付き合い始め、いつまでも一緒にいたくなって結婚して――。
それからもう二年が経つ。
「三週間遅れたけど、その記念とこれからの幸せを願って」
「遅れても……一緒にいられるの……嬉しい」
二人は星空を見上げた。もっと一緒にいられますように。そしてこれからもずっと一緒にいられますように。
密かな願いを後押しするように一粒、流れ星が落ちた。
すべての人を見守る星々よ。
どうか、すべてを受け入れてくれますように。
幸せは多くの幸せへ、悲しみは小さな悲しみへ、変えてくれますように。
そんな小さな奇跡を望むように、春の柔らかなな星空は皆を平等に包み込む――。