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色とりどりのテント、沢山のカラフルな柵。
テントや柵に括りつけられているのは沢山の風船。
おもちゃ箱をひっくり返したような色合いの魔物の動物園は外観こそ楽しそうです。
ですが、動物園の中を放し飼いになっているのはぬめぬめした巨大なヒルや何事か呻いているグールの群れ。
近くの街にある動物園のオーナー、龍崎海(
ja0565)はさすがに戸惑いました。
(魔女が動物園を作る? ライバルができるってことか)
そう、海の目的は敵情視察でした。
海はただオーナーをやっているだけではありません。自分で森に入り、動物や魔物を捕まえてそれを自分の動物園で飼うという、肉体派オーナーです。
ですから魔物の動物園は海にとってかなりの脅威だったのですが、できたばかりのせいか、飼われている動物は二種類だけ。
最初の柵の中にいるのは大きな温水プールに気持ちよさそうに入っているグールドッグの群れでした。
しばしそれを眺めている海。
(……この程度なら恐れる必要はないか)
海は満足そうに腕を組んで頷くと、隣の柵へと向かいました。
(魔物の動物園ですか、なかなか興味深いですね)
黒井 明斗(
jb0525)は知的好奇心を抑えきれずに、スケッチブックやパステル、ノートを持ち込み、動物園へとやってきました。
明斗の目的は知的好奇心を満足させるため、目についた動物を「最高」と思われる状態でスケッチすること。
パステルを握ってまず座ったのはグールドッグの檻の前でした。
お風呂に入っていないグールドッグはいかにも肉食動物という凛々しい目つき。毛並みこそぼさぼさですが(というかところどころ腐っていますが)街の動物園では見られない野性的な魅力がたっぷりです。
明斗はその動きや特徴をノートに丹念に記します。
(爪は5本……あ)
ノートに書いている間に爪が一本腐って落ちたようです。明斗は困った顔をして、お風呂に浸かっているグールドッグへと目を向けました。
こちらはどちらかと言えば、飼い犬に近い愛嬌のある表情です。目を細めて気持ちよさそうに座っています。
「なかなか興味深い生き物ですね。ドッグと言うからには躾ける事は可能なのでしょうか?」
気持ちよさそうにしているグールドッグを丹念にスケッチブックに写生しはじめますが、途中でグールドッグの頬の肉がぼたりと落ちて骨が見えてしまいます。
それが一匹ならまだしも、何匹も腐った肉が落ちる姿は哀れを誘います。
思わず回復の魔法を使ってしまう明斗でした。
「流石に、見るに耐えません。魔物虐待では無いのですか?」
腐ったところがなくなればグールドッグはただの野生の犬です。
大変極楽そうに一声吠えると、お風呂にぬくぬくと入っているのでした。
(セーレが動物園……?)
噂を聞きつけ、何やら嫌な予感と興味を抱いたのは蒼い髪の魔女、ウィズレー・ブルー(
jb2685)でした。
ウィズレーは人と共に生きる魔女。それゆえ、ピンク髪の魔女、セーレの悪戯は困りものと思っていました。
(ふむ、何やら面白い事が起きているようですね)
同じ噂を聞きつけ、ウィズレーの元を訪れたのは銀色の騎士、カルマ・V・ハインリッヒ(
jb3046)。騎士とは言え、その存在は人よりも魔女に近いもの。ウィズレーとの付き合いは長く、彼女の護衛につくことも多々ありました。
二人は噂を確認しあうと、早速森の中へと出かけていきました。
カラフルな動物園はすぐに見つかりました。二人は少しだけ言葉を探しました。
「中々独特な動物園ですね……」
「……おかしいですね、俺も動物園というものは知っていますが、はてさてこんな魑魅魍魎の類がうろつく場所でしたか……」
言葉を選んだのはウィズレー、率直に感想を述べて苦笑したのはカルマでした。
二人は最初に目についたグールドッグの檻へと近づきました。
「人を噛んだり驚かせたりは……まぁ、外見から驚いてしまいますか……」
しげしげとグールドッグを眺めるウィズレーはもちろん驚いている素振りはありません。
「餌をあげてみる事はできるのですか…? 生肉…?」
首を傾げるウィズレーの横でどこからともなく生肉を持ってきて差し出すカルマ。その様子は騎士というより従者のようです。
グールドッグの檻の中に生肉を垂らすとグールドッグたちは我先にと集まってきて、ガツガツと生肉を食べます。食べながら、自分の肉も落ちています。
「しかし、グールまでも徘徊しているとは」
うがー、うがー、と歩きまわっているグールを見渡しながら、カルマは思わず笑みを零します。
(魔女は皆面白い)
さて。
セーレの使い魔であるエメはこっそりと街にいる二人の友達に動物園に来てねと案内状を送っておりました。
その案内状を握りしめ、森に駆けてきた一人目はクリスティン・ノール(
jb5470)でした。
(クリスは動物園、初めてですの。色んな動物が居る所だと、聞いた事がありますですの。中に入ってみますですの♪)
カラフルなテントや風船が浮かぶ、いかにも可愛らしい動物園に飛び込んだクリスティンは入って早々、足を止めました。
「……きゃーですのー!! うう、こ、怖いのがいっぱいですのー!」
クリスティンの目に最初に飛び込んできたのは、なんだか体がぐちゃぐちゃになっている人(クリスティン談)の放し飼いでした。
当惑したクリスティンはエメを探しに走りだしました。
どん!
急いでいたせいで誰かにぶつかってしまいます。
「はわわ、ごめんなさ……いーですのー!!」
「うがー」
ぶつかったのはグールでした。アバラのあたりの肉がぼたりと落ちます。クリスティンは悲鳴をあげて走りだしました。
エメから案内状をもらった二人目はユウ・ターナー(
jb5471)でした。
(どんな所なのかなぁ? ユウ、わくわくでいっぱいだよっ! えへへ、エメおねーちゃんと手を繋いで、一緒に見るんだ〜☆ )
動物園の外観は確かにわくわくするものではありましたが、一歩中に入ると何かが違います。
(何だか動物園って言う雰囲気じゃないカンジなんだケド……ユウの目がおかしいのかな……。何だか動物園とは違った腐敗臭みたいなのもするし)
ユウは歩き回っているグールを見て目をこすりました。
(とりあえず、動物さん達を見ながら、エメおねーちゃんを探そうかな)
動物も大変不安ではありますが……ユウはまずエメを探すことにしました。
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セーレの作った動物園のもうひとつの見所は化け猫との触れ合いコーナーでした。
海は化け猫がもふもふしているのを見て、少し悔しい思いをしました。
(うちでも一匹捕まえたのがいるけど、気性が荒くて触れ合うなんてできない、これはなかなかだな)
一匹捕まえているところを褒めるべきなのですが、あいにくここにはそのような気の利いた従業員はいません。
「これはなかなかの手触りですね」
明斗は化け猫の特徴をノートに記載すると、もふもふしながらスケッチブックに写生していきます。
(あら、大きな猫……)
ウィズレーは足を止めると化け猫をよしよしと撫でます。カルマも気付いて同じように化け猫を撫でます。
「……このサイズについては、まぁ触れないでおきましょう」
「小さい子なら乗れそうですね……セーレとか……」
確かに年齢のわりに小さいセーレなら乗り回せそうな大きさの猫ではあります。
「流石に私が乗っては潰れてしまいそうです」
少し残念そうに言うとウィズレーはしばらく猫を撫でていました。
(檻の中にいる以上は安心ですが本来と違う場所で少し窮屈そうな)
確かに化け猫はもふもふとお互いの上に重なるように寝ておりました。
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エメを探し始めたユウが最初に見つけたのはグールドッグの檻でした。
(わんこじゃない……腐敗臭もするし……これ、グールドッグ……?)
ユウがどういう顔をしていいのか迷っているときでした。目の前のグールドッグの前足が肉からぼろりともげてしまいました。
「ああっ!!! 腕、もげちゃった! 誰か…獣医さん…うぅん、魔物医さん、呼ばないとっ!」
さすがのユウも気持ち悪いよりも可哀想という気持ちのほうが大きく、周囲をキョロキョロと見渡します。
と、遠くに園内を竹箒で掃いているエメがいるのに気づきました。
「エメおねーちゃんっ!」
大声でエメを呼ぶと気づいたエメは顔をあげて、嬉しそうに微笑みました。
「ユウ! いらっしゃいませ!」
「それよりも、あのグールドッグさん、腕が取れちゃって……何処かに治せる人、居ないのかな……」
エメも檻を覗き込むと、にっこりと笑いました。
「あたし、治せるよ」
「本当!? エメおねーちゃん、すごい!」
エメはえへん、と胸を張ると呪文を唱えてグールドッグの足を治してしまいました。一応使い魔ですから魔法も使えるのです。
ユウはエメに会えてほっとして、話し始めました。
「あのね、あのね、エメおねーちゃんのお誘いで来てみたけど……何かおかしいの。動物園、なの? これ……」
言われてエメもメイド服の裾を摘んでもじもじします。
「やっぱり動物園とは違うよねえ……」
そこへふらふらと疲労困憊という風情のクリスティンが歩いてきました。
初めての動物園はクリスティンにはとてもこわいところになってしまっていました。
(あ、あそこに居るのは、ユウねーさまに、エメさまですの! じごくにほとけ。というのはこの事に違いないですの!)
クリスティンは最後の気力を振り絞って二人へと近づきました。
「ユウねーさま、エメさま!」
「あ、クリスちゃん!」
「わあ、クリスも来てくれたんだ、いらっしゃいませ!」
嬉しそうな二人に迎えられクリスティンはほっとしました。
「折角ですから、一緒に回りたいですの。無理なら、ちょっとだけお話して、もうちょっと頑張って一人で回りますですの! きっと可愛い動物さんも、居るはずですの!!」
「ユウもクリスちゃんとエメおねーちゃんと一緒に回りたいよ! 可愛い動物さん……いるのかな?」
「クリスはまだ好きな動物……会ってないですの……。歩いてる方達ばっかり見てる気がしてきましたですの」
ああ、とグールを思い出し、クリスティンと一緒にエメはしょんぼりします。
「アレ? エメおねーちゃんは動物さん……魔物さん達、見ないでお掃除してるんだ……」
ふと気付いたユウにエメは頷きました。
「あたし、お掃除係だから」
「じゃあユウも手伝うよっ! 早くお掃除終わったら、その分、一緒に動物さん……魔物さん達、見れるデショ? ユウ、頑張って手伝っちゃうんだカラーっ!!!」
「クリスも! クリスもお手伝いしますですの!」
二人の言葉にエメは少し迷ってから、嬉しそうに笑いました。
「でも、お客さまにお掃除お願いできないから、ちょっとだけ一緒に見て回ろうか」
二人は嬉しそうに頷いてエメと手を繋ぎました。
そこでようやくクリスティンはグールドッグのお風呂を発見しました。
(何だか段々、身体がなくなっていきますですのー。……このまま最後までお風呂してると、ばらばら事件ですの)
ぽとんと肉が落ちてもグールドックはお風呂で気持ちよさそうです。
(……ちょっと面白くなってきましたですの。……あれはあれで良いのかも……ですの……? ちょっと、お気に入りですの)
ようやく動物園でお気に入りを見つけられたクリスティンでした。
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二人と別れて掃除をしているエメを観察しているのは明斗でした。
「ん〜……」
しばし考えていると花売りの篝さつきをみつけました。
「青い薔薇とかありますか?」
さつきは明斗に青い薔薇を差し出しました。明斗はエメのところに戻り、その青薔薇をエメの銀の髪に飾り付けます。
「これでよし」
「え? え?」
エメは驚いたように黒い耳をぴこぴこさせます。
その姿を真剣にスケッチする明斗。
「綺麗な女性に花のセットはベタですけど、ベストですよね」
一番美しい姿をスケッチするのが目的だった明斗、どうやらご満悦のようです。
「興味深かったですが、種類が貧弱ですね。これからに期待ですね」
スケッチブックを大事にかかえて、街へと戻るのでした。
そんなエメに熱い視線を注ぐもう一人は海。
(なんという美しい黒耳・黒尻尾、もふもふしたい。それにしても動物自身に掃除させるとは、なんという画期的で躾の高さだ)
経営者的視線を交えながらあくまでもエメをこの動物園で飼われている魔物として見ている海。
まずはエメに声をかけます。
「もふりOK?」
「えっ」
海はエメの耳をもふもふしました。とても柔らかく、極上の手触りです。そして、海は本題へ入りました。目的はエメの引き抜きです。
「君ならうちの看板娘になれる」
「かんばんむすめ!」
エメはそわそわと尻尾を動かしました。
「で、でもセーレ様にばれたら……」
「わかった。君に相応しい婿を用意しよう」
エメの目が輝きました。
「あたし、カッコイイ人がいいです!」
「待って、エメ」
現雇用主、セーレがエメの尻尾を引っ張りました。
「キミはボクの使い魔だよ? 勝手に出て行くのは駄目!」
「でも、あたしの婿が!」
「じゃあ、せめて婿を連れてくるから、子供をこちらに譲ってほしい」
「こども!」
卒倒するエメを横目にセーレと海は世知辛い交渉を繰り広げるのでした。
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ひととおり魔物を見たウィズレーは建物や檻を見て楽しんでいました。
「建物や檻の造作は結構凝っていますね。セーレやクラウディアさんが魔法で?」
「うん!」
セーレは胸を張ります。
「あちらのチェスの駒を模した檻など、とても素敵です」
「それはクラウディアのデザイン」
「セーレは?」
「これ」
セーレは人の首を模した檻を見せました。ウィズレーとカルマはため息をつきました。
「その辺りは、後でお茶でも飲みながらゆっくり話しましょう」
カルマの話の変え方は大変穏便だったと言えるでしょう。
「セーレ、普通の動物園も作ってみてはどうでしょう」
ウィズレーが教え諭すように言うとカルマも頷きました。
「人間を驚かせたいのなら、人間が好みそうな動物を招く必要もあるでしょうからね」
「でも、ボク、魔物しか触れない……」
悔しそうに言うセーレにウィズレーは言葉を続けます。
「勿論魔物も残したままで、そうすれば違いが際立って面白いかもしれませんよ」
「違い……?」
「そうして普通の動物も触ってみましょう、貴女が怖がられないように私も手伝いますから」
二人は魔女セーレではなく、悪戯好きな子どもの成長をまるで助けるかのように。
(セーレが人や動物に彼女に合ったやり方で触れられるようにしてあげたい)
セーレの顔を覗きこむウィズレーにセーレは頷きました。
「ボク、本当は普通の猫に触ってみたいんだ」
ウィズレーとカルマはにっこりと微笑みました。
――それは、天魔の問題がなければいつかあったかも知れない未来のようでもありました。