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マスター:さとう綾子
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
参加人数:6人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2014/12/05


みんなの思い出



オープニング


「ハントレイか。……久しぶりだな」

 人間界への出撃命令が下り数刻後。
 アセナスは訪れたハントレイを迎えていた。

「……そうだな」

 微笑むアセナスに、ハントレイは少し目を逸らしつつ答える。
 二人が顔を合わせるのは一年振りだった。
 理由は、去年の撃退士との戦い。
 人間に負けたアセナスは自信を失い、内へと篭っていた。

 ハントレイが戦果を示すことでアセナスの心に火を付けようと考えてくれていたことは、彼のシュトラッサー、夏音(かのん)から聞いていた。
 いつでも勝利を渇望しているハントレイらしい方法だ。
 だからこそ己が不甲斐なく、夏音の物言いたそうな視線からも逃げていた。
 アセナスを救ったのは二人の先輩と、皮肉なことに撃退士たちだった。
 ゆえに、余計にハントレイと顔を合わせづらかったというのもある。

「今回の作戦、お前も出るんだな」
「あぁ。夏音と一緒に出撃するつもりだ。……ハントレイも、従士と出るのか?」
 アセナスに問うと、「そのつもりだ」とハントレイは頷く。
「クラン……って言ったっけ、あの子」
 あまり見かけた事は無いけど、確か女の子だったかな、とアセナスは思い返す。

(……そうだ)
 ふと、思う。
「お前、その子の事どう思ってる……?」

「どう……?」
 アセナスを、ハントレイは怪訝な表情で見返す。
「実力は申し分無い。……まぁ、少し臆病過ぎる所もあるんだが……」
 そこをどうにかするのが主たる俺の役目なんだろうな、とハントレイは難しい顔。
「自信さえ付けば騎士としてやっていける器だと、俺は見ている。時折、自分が主でいいのか心配になるしな」
「……あぁ、ええと……」
 そういうことじゃなかった。
 思いの他真面目な返答が来てしまい、狼狽える。
「何か間違った評価をしているか……?」
 ハントレイは何故アセナスが微妙な顔をしているのかさっぱり分からず、眉根を寄せて問い返した。
「そうじゃない! そうじゃないけど……!」
 ちょっと待て、とアセナスはハントレイを手で制す。これ以上何も言わないで欲しい。笑うから。
(というか、俺が悪かった)
 ハントレイはこういう奴だ。妙に真面目で、色恋にはあまり興味も無いのだろう。
 この分だと初恋もまだじゃないのか、なんてことまで勘ぐってしまう。

(本当に、俺とは大違いだ)

 真逆と言っていい。考え方も、戦い方も。
 だというのに、久しぶりの彼との会話は、こんなにも自然にアセナスの心を解かしている。

「なぁ、ハントレイ。俺はもう平気だ。……ごめんな」

 彼が自分の事を心配していると、撃退士からも聞いた。
 それに今まで応えられなかったことを、アセナスは謝罪する。
 自信がある、といえば嘘になるかもしれない。けれどこの一年、無駄に過ごしたわけじゃない。

「……何でお前が謝るんだ」

 ハントレイは本当に不思議そうに呟いてから、ふっと微笑んだ。
「大丈夫なら、それでいい。……久々に、手合せといくか?」
 弓をアセナスに突き付け、ハントレイは不敵に笑う。
 アセナスもまたロングソードを抜き払いつつ、にやりと口角を上げた。
「望む所だ!」

 二人の騎士は、性格も考え方も戦い方も――多分生まれも、全く違う。
 けれどこの弓と剣を握る時、二人は並び立つ仲間であり、無二の親友であった。




 呪文を唱えながら、ふとひとりの少女を思い出す。
 それはとても遠くにある記憶のような気がした。
 彼女も恋人や兄、従士たちと戦いに身を投じているのだろう。
 そのことに随分と焦燥を感じた日々もあった。
 けれども、今は。

 眼下にある人の営みを見下ろす。

 この命は大義のために。
 この剣は天のために。

「夏音」
 名を呼ぶと白の着物に白銀の鎧を纏った少女が顔を上げる。
「人の世に未練はあるか?」
 少女は黒く長い髪をゆるりと振った。
「あのひと夜の祭りで、すべて消えました」
「そうか。ならば」
 アセナスはひとつ息を吸う。

「俺の後ろを託す」

 夏音はまっすぐにアセナスを見返した。
「アセナス様に未練はないのでしょうか」
「ないよ」
「ならば」
 夏音は頭を垂れた。
「この夏音、アセナス様にすべてを捧げます」
「そうか」
 アセナスは少しだけ嬉しそうに蒼い瞳を細めた。
「では、騎士団の名に恥じぬ戦いを今度こそ見せようか」
「かしこまりました」

 アセナスは晴れ晴れとした顔で剣を抜き払った。
 白く燃える焔をはらんだ剣を地へと突き刺す。
 焔は光と変わり、光の柱を作り出す。

 四国にゲートがまたひとつ生まれる。

「――さあ、戦おう、撃退士よ」

 金色の髪の天使が不敵に微笑んだ。



 篝さつき(jz0220)は斡旋所で複雑な表情をうかべ高知周辺の地図を眺めていた。
 状況を聞きにきた撃退士に気づくと、困ったように何枚もの手書きの資料を揃える。
「四国にまたゲートが開かれました」
 これで幾つ目だろうという問いかけにさつきは首を振る。
 今できている数、これからできる数。今はそれを考えている時間はない。
「依頼は新しくできたゲート付近に取り残された人の救出です。近辺に住む方の大半は現地の撃退士の迅速な対応で脱出できたようですが、とある一軒の家のご家族だけ姿が見えないらしいのです」
 さつきは資料を広げた。
「いらっしゃらないのは5人家族のうち4人。一人は寝たきりのお祖母様です。おそらくはその方を運べず、苦労している間に状況が悪化してしまったのだと思います」
 家族の写真を見せながらさつきは眉根を寄せる。
「付近はすでにサーバントがうろついていると思われます。どうぞ無事の救助をお願い致します」


 夏音は弓を無造作に持ち、残されたらしき人々を遠くから見た。
 老婆を見て微かに眉を寄せる。

(すべてを捧げると誓いました、が)

 老婆を守るように怯える人の子。
 ふと自らのことを思い出し、目を伏せる。

(いいえ、今は。私はアセナス様の使徒)

 やがてやってくるであろう撃退士を、夏音は待つ。
 人の営みの音がしない、静かな静かな、その場所で。
 


リプレイ本文


 遠く見える景色が霞んで見えた。霧がかかっているようだ。
 今は視界に不都合はないが、時間がかかれば障害になるかもしれない。
 なにより、ここが山間部とは言え、こうも都合よく霧が出ることに雁鉄 静寂(jb3365)はひっかかった。
「人為的なものかもしれませんね」
 各自がハンズフリーの携帯を身につけたことを確認し、静寂は呟く。
「人為……というより、天使の作為ですか?」
 佐山 浩介(jb5994)が首を傾げるとハルルカ=レイニィズ(jb2546)が苦笑した。
「妨害工作か。正面から戦う騎士団らしくもない」
 その言葉を聞き、苦い表情になったのは一川 夏海(jb6806)だ。
(騎士団だかなんだか知らねェけど、また弱い者イジメかクソッタレ共。そう簡単にくたばる人類じゃねェぞ、久遠ヶ原ナメんなコラ)
 一言で言えば、胸糞が悪いのだ。いつだって一番最初に犠牲になるのは力のない者。そこから狙う天魔共に憎らしい。
 保護対象の家までは一時間ほど。最短距離を含め、周囲の道は頭に入っている。
 それをもう一度思い出してから雨野 挫斬(ja0919)はヴァルヌス・ノーチェ(jc0590)に視線を向けた。
「じゃあ、行こっか」
 気負いのない挫斬の声に銀髪姿のヴァルヌスは小さなため息をついた。
「ボク、吠えてくる犬って苦手なんだけどな……」
 言いながら、可愛らしい少年の姿から翠と漆黒の全身鎧の人型ロボの姿に変わる。これがヴァルヌスの悪魔としての本来の姿なのだ。
 作戦は挫斬とヴァルヌスが敵をひきつけている間に、他の四人が救助を行う。それだけのいたってシンプルなものだが、サーバントの数が多いということとできるだけ時間をかけたくないということがある。
 挫斬とヴァルヌスが阻霊符を展開し、対象の家とは別の方向へと先に侵入する。
 二人はサーバント、白狼にわざと見つかることが目的だ。
 白狼は戦闘力は大したことはない。だが、仲間を呼ぶ。つまり質より量の相手だ。
 しかも事前にサーバントだけが来るわけではない予測が出されている。
「シュトラッサーとは相対したくありませんね」
 浩介が二人の後ろ姿を見ながら呟いた。
 姿をサーバントから隠し、救護班は挫斬とヴァルヌスの連絡を待つ。


 人のいなくなった町を、挫斬とヴァルヌスは対象の家から離れるように進む。
 周囲を見渡し、できるだけ開けた道を選び、阻霊符で撃退士がいることを知らせる。
「いたね」
 脇道から出てきた白狼は二匹。距離にして三スクエアほど。
「さぁ、鬼ごっこの時間かな」
 ヴァルヌスは足の裏と地面の間に磁場を形成し、摩擦係数を減らすと白狼へと躍りかかった。
 いつもよりも素早い動きで白狼を翻弄する。
「よーし良い子だ、こっちにこい!」
 ヴァルヌスが白狼を引き連れ、駆け出す。白狼はヴァルヌスを追いながら、身構えた。
 ヴァルヌスと挫斬は目で確認する。
 白狼を攻撃はしない。二人が望むのは――。
 白狼が吠えた。高く、遠吠えのように。遠くから同じ白狼が走って来るのが見える。
 それが目の端をよぎった瞬間、挫斬の手から晴れやかな緑色の金属糸が翻った。
 白狼の首が一瞬にして跳ぶ。
「手応えないな」
 不満そうに挫斬はヴェルデュールを振る。二匹目の白狼も吠えながら、絶命した。
 振り返ると背後からも足音がする。
 挫斬はその数を確認する。前から三匹、後ろから四匹。
 これが一斉に吠えたらなかなかすごいことになりそうだ。
 挫斬はハンズフリーの携帯で救護班へと連絡する。
「こっちは引きつけ開始したよ。そっちはお願いするね」
「どうしよう、引き連れて走る?」
 ヴァルヌスは挫斬を見て魔銃フラガラッハを構えながら尋ねる。
「ここだと少し分が悪いかな。もうちょっと戦いやすいところへ移動しながら呼び寄せようか」
 挫斬の言葉にヴァルヌスは頷くと二人で駆け出した。
 こちらに向かって攻撃してくる白狼はさっさと片を付ける。咆哮をした白狼は集まる様子を見てから片付ける。
 攻撃も回避できるし、一撃で仕留められるが数が多いのは鬱陶しい。
「動物から好かれる体質だけど、こういうのは御免かな?」
 ヴァルヌスは軽口を叩く余裕もあるし、挫斬はつまらなさそうということはまだまだ弱い相手ということ。
 いつ状況が変わるかわからない中、二人はサーバントでない者が出て来るのを待つ。


 囮班から合図を受け取った救護班の四人は阻霊符を展開せず、できるだけ白狼に見つからぬように救出対象の家まで急ぐ。
「無理はしないよう確実に行きましょう」
 浩介の言葉に全員が頷いた。
(一般人一家が取り残されたとは心配ですね。無事に助けてみせます)
 静寂も決意を胸に行く道を急ぐ。
 どこか嬉しそうなのはハルルカだ。
(漸く。漸く騎士団が動いたみたいだね。さぁて、行くべき道を見つけた白焔は、騎士団の剣は、私の遊び相手は。今頃どうしてるかな?)
 一般人の足で一時間の距離であれば、撃退士の足ならばもっと短時間で行ける。
 往路は極力戦闘は避け、早く合流することを目指す。
 とは言え、そう上手くもいかない。
 全ての白狼が囮班に引きつけられるわけでもない。
 周囲を見渡しながら走っていた夏海は民家の壁から出てきた一匹の白狼と目が合う。
 舌打ちをして咄嗟に防御の姿勢をとった夏海の脇を、後方警戒していたハルルカが駆け抜けた。
 白狼が咆哮する前にツヴァイハンダーで叩き斬る。
 ハルルカは軽くツヴァイハンダーを振り、収めると、夏海の肩を叩いた。
「大丈夫。これなら君も倒せる、むしろ行きは倒してもらったほうがいい」
 夏海は、その言葉に頷いた。無理は禁物だが、白狼が増える前に倒し、急ぎ救助に当たったほうがいい。
 夏海が短く礼を言うとまた四人は走りだす。
 時々遠くで狼に吠え声が聞こえる。囮班が白狼を集めているのだろう。静かな町にその声はやけに大きく聞こえた。
「不安に思われているでしょうね」
 静寂がぽつりと呟く。
 また壁から現れた白狼を浩介が片手半剣で叩き斬る。倒しきれないところを夏海がランタンシールドで殴るようにとどめを刺した。
 そこで浩介は足を止めた。白狼が出てきた隣の家を見る。
「ここですよね」
 記憶が確かならそこが救護者の家。もし今のように壁をすり抜け、家に入っていたらと思うとぞっとする。
 静寂が落ち着いて家のドアを叩いて声を上げた。
「久遠ヶ原学園の者です、安心して下さい」
「大丈夫ですか皆さん」
 浩介も不安そうに声を上げる。
 と、恐る恐るドアが開いて二人の学生らしき女の子が顔を出した。
「撃退士さんですか? あの、おばあちゃんを」
「助けてください。まだ死にたくない」
 泣きそうになりながら口々に言う。
 そんな二人を見て、夏海は二人の頭をくしゃりと撫でた。
「ほーらもう安心だ。撃退士サマの登場であんたらの命は保障出来た。さぁグズグズしてねェで、とっととずらかるぞ」
 その言葉に妹と思われる少女は声を上げて泣き始め、姉と思われる少女は家の奥へと走って行く。
「お邪魔いたします」
 静寂と浩介が家へ上がると、奥の部屋にベッドに寝ているお婆さんとその脇に座るお母さんらしき女性が手を握り合って撃退士の顔をじっと見上げた。
「無事に安全なところまでお届けします」
「車椅子はありますか。押していきましょう」
 丁寧な静寂と浩介の対応に深く頭を下げるお婆さんと女性。車椅子は玄関にあるといい、そこまでお婆さんを運べなかったのだ、と女性は説明した。
 いつもなら介護士や父親がその役割を担っていたが、女手だけではどうしようもなかったという。どこか申し訳なさそうなお婆さんを浩介は軽々と背負い、玄関へと連れて行く。
 お婆さんを車椅子に載せれば、残りの三人は歩いて行ける。
 静寂と浩介が準備を整えている間、ハルルカは周囲を注意深く見やり、夏海は泣いている妹をあやしながら囮班へと連絡を取る。
「こっちは無事合流した。これからずらかる。そっちはどうだ?」
 少しの沈黙の後、挫斬の声が聞こえた。
「夏音ちゃんが、来るよ」
 その声にハルルカが顔を上げた。不思議とどこか嬉しそうな表情を浮かべて。


 サーバント以外のものもひきつける。それは囮班の認識でもあった。
 吠えた白狼を倒し続け、救助対象の家からどんどん遠ざかっていくうちに、白狼以外の白い影が霧の中から現れた。
 長い黒髪と白い着物には、白銀の鎧が似合っていない。
 手にした和弓で挫斬とヴァルヌスを狙うこともなく、そのシュトラッサーは攻撃の届く、そして声の届くぎりぎりのところに立っていた。
 挫斬にはその姿は覚えのあるもの。
 救助班にそのことを伝えて、まずは手近な白狼を切り刻む。
 そして挫斬は始めて鮮やかに微笑んだ。
「久しぶり! ふふ、臆病者の貴女の主は前と同じで怯えて貴女任せ? それとも立ち直ってここのゲートを開いてるのかな?」
 シュトラッサー、夏音はぴくりと反応した。弓を構えようとする彼女を遮って挫斬は言葉を続ける。
「ま、どっちでもいいか。私達の目的は非戦闘員の救出で戦闘じゃないわ。だから手を出さないでよ。ちなみに以前の研究所では騎士メリーゼルとその友軍は認めてくれたわよ?」
「……その話は存じております」
 他の騎士、しかもメリーゼルと比べられては立場上、もう手出しはできない。その名を出した時点で、夏音より挫斬のほうが一枚上手だった。
 しかも挫斬はさらに奥の手を用意していた。
「タダとは言わない。ヒヒイロカネ集めてるんでしょ? あげる。結構業物よ」
 え、とヴァルヌスが目を見張るその前で、挫斬は一対の直剣を放り投げた。
 プレジャレイジ。相当な業物だ。刃が銀色に光り、カランと音を立てて地面に転がる。
 夏音はどこか困ったように双剣を眺めた。
「んで誇り高い騎士の使徒である夏音ちゃんは認めてくれるの? それとも足手纏いを抱えて満足に戦えない私達を嬲り殺す?」
 躊躇う夏音に考える隙を与えぬ流暢さで、挫斬はこっそりとスキルを入れ替える。それは戦う覚悟も決めての準備だったが、夏音は小さくため息をつき、首を振った。
「こちらをいただけるのであれば、私からは手を出す理由はございません」
「ありがと。さて避難完了まで暇だしどうしようか? お別れするのもなんだしお喋りでもする? あるいは互いに殺る気できたんだしちょっと遊ぶ?」
 挫斬のその物言いがおかしかったのか、夏音はくすりと笑った。ヴァルヌスを伺うように見る。
「やりあうつもりはないよ。最初から、逃げ遅れた人達の救出が目的だし……。キミも、『そうあればいい』と思っているんじゃないかな? ……まぁ、なんとなくだけど」
 夏音はヴァルヌスのデュアルアイを驚いたように見た。
「こっちの目的が果たされれば、それ以上の戦闘に意味はないし、速やかにこの場から立ち去るよ。……戦うのは、好きじゃないんだ。できることならずっと、人として平穏に暮らしていたかったけどね」
 ああ、と合点したように夏音は頷いた。
「あなたは、この世界が好きなのですね」
 ヴァルヌスは頷く。
「ボクはこの、様々な色で溢れた世界が好きなんだ。それを一つの色で塗り潰そうとするなら、ボクは全力で阻止する」
 夏音はどこか眩しそうにヴァルヌスを見た。
「私は、人だった時分に祖母を含めた多くの人を殺されました。そのときから、この世界が嫌いになったのです」
 夏音は歩み寄り、双剣を拾い上げた。ヴァルヌスが何か言おうと口を開きかけるも、つまらなさそうな挫斬が先に声をかけた。
「そうそう、夏音ちゃん。ハルルカちゃんから質問がきてるんだけど」
 夏音の表情が微妙に固まった。
「次に会う時は水着の方がいいか聞いておいてくれるかな? だって」
 どういう意味? と問いただしたそうな挫斬に夏音は即答した。
「破廉恥です」


「……だって」
 挫斬の通信機越しの声にハルルカは笑い声を押さえるのに必死だった。
「そうか、夏音君は不愉快のようだね。そちらも気をつけて」
 ハルルカの前には姉妹と手を繋ぐ夏海の背中がある。その前に車椅子を押す浩介と女性を先導する静寂。ハルルカは後方警戒担当だ。
(夏音君がいるということは、成程。どうやら私は”当たり”を引けたらしい。この枝門の主はアセナス君だね。やっとその気になったようで嬉しいよ )
 宿敵と戦えると思うと心が躍る。どこか楽しそうにハルルカは復路の白狼を警戒する。
 霧はやはり濃くなっているようだ。静寂は一般人を気遣いながら前方の警戒を入念に行う。
(何も無いといいんですけれどね)
 シュトラッサーが囮のほうへ現れたとすれば、あと警戒するのはやはりこの不自然な霧と白狼だろう。
 浩介の押す車椅子に時折屈みこんで、お婆さんと視線を合わせて微笑む。
「慌てなくても大丈夫です。わたしたちが守ります」
「本当にすみません」
 何度もその言葉を繰り返すお婆さんに浩介も微笑んだ。
「いえ、無事に合流できて本当によかったです」
「こういうときは明るいこと考えろ。助かったらどこ行きたい?」
 夏海が明るい声で言うと姉妹が「ショッピング」「テーマパーク」とそれぞれ声をあげた。それを聞きながらお婆さんが笑う。
「海が見たいのう」
「ああ、ここ、山ん中だもんな。車椅子で行けばいい。高知から離れれば少しは安心だ」
 そうですね、と女性が笑う。和やかな空気が広がったときだった。
 後方に一匹の白狼が現れたのにハルルカが気づいた。
「急いで先に行きたまえ」
 言い捨てるとハルルカは地を蹴った。大剣を翻し、即座に仕留める。
「死にたくなきゃ、走れ!」
 夏海の声に女性と姉妹が駆け出した。浩介も全力で車椅子を押す。
 霧が晴れてくる。もうすぐ安全圏内だ。静寂が周囲を見渡す。
 一匹、斜め前方にいる。まだこちらに気付いていない。
「守りきってください」
 浩介と夏海に言うと静寂はPDW SQ17で狙いをつけた。撃ち抜く。
「頑張ってください」
 浩介は自分も車椅子を押して走りながら、女性に声をかける。悲鳴をあげる姉妹には夏海が怒鳴る。
「走りながら叫ぶな、舌噛むぞ!」
 そうして。
 ふっと霧が晴れた。穏やかな空気が広がり、嫌な気配が消える。
 無事、救出できたのだということがわかるまで少しかかった。
「頑張りましたね」
 静寂が追いついて、四人に微笑みかけると、四人は車椅子のまわりにごく自然に集まり泣きだした。
 浩介と夏海が顔を見合わせて、笑う。
「追手もきてないですし、上々ですかね」
「生きてりゃこっちの勝ちだ」
 ハルルカも追いつき、囮班へと連絡をする。ヴァルヌスの声が返ってきた。
「シュトラッサーも帰ったよ。僕たちも引き上げるね」
「次は解体してあげるって言ったら、笑ってたのよね。変な趣味でも持ってるのかな」
「主が主だからね」
 挫斬の言葉にハルルカは楽しそうに遠く、ゲートのほうを見やった。
 来た道は不自然な霧に包まれていた。


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: 高松紘輝の監視者(終身)・雨野 挫斬(ja0919)
 彩り豊かな世界を共に・ヴァルヌス・ノーチェ(jc0590)
重体: −
面白かった!:4人

高松紘輝の監視者(終身)・
雨野 挫斬(ja0919)

卒業 女 阿修羅
黒雨の姫君・
ハルルカ=レイニィズ(jb2546)

大学部4年39組 女 ルインズブレイド
朧雪を掴む・
雁鉄 静寂(jb3365)

卒業 女 ナイトウォーカー
撃退士・
佐山 浩介(jb5994)

大学部3年14組 男 アカシックレコーダー:タイプB
撃退士・
一川 夏海(jb6806)

大学部6年3組 男 ディバインナイト
彩り豊かな世界を共に・
ヴァルヌス・ノーチェ(jc0590)

大学部7年318組 男 アカシックレコーダー:タイプA