●
魔女が飛び、黒猫が走り、月が空で笑う夜。
どうぞ、素敵なハロウィンを。
和風サロンも経営している木嶋香里(
jb7748)にとって料理はおてのもの。
(楽しい仮装お祭りなので頑張りますよ♪)
今回は蜂蜜入りパンプキンマフィンを多数作ってきた。あとはハロウィンらしくラッピングをするだけ。
スタンプラリーのゴール地点でパレードが始まる前にラッピングの準備をしていると、ふと足を止める女性がひとり。
「ラッピング……ですか?」
茶の髪を揺らしてシシー・ディディエ(
jb7695)が首を傾げる。
「そうなの。仮装の準備してたら遅くなっちゃって」
香里は人狼ならぬ人猫の仮装。猫耳と猫尻尾がかわいらしい。
「よければ手伝わせていただけませんか? 何をしたらいいかわからなくて」
シシーがおずおずと声をかけると香里はもちろん、と笑顔で。
「じゃあ、私がオレンジのリボン結んでいくから、この黒猫のシールを貼ってもらっていいかな?」
「はい。そういえば皆さん、仮装もされるんですね。どうしようかしら」
「あ、じゃあこのオレンジのリボンを……」
香里は手早くシシーの髪をオレンジのリボンで結い上げる。
「これで、私の予備の猫耳をつけたら完璧だよね♪」
可愛い猫娘が二人で笑顔を浮かべた。
スタンプラリーに立っているアリスの白兎は、にっこり笑顔で子どもたちとの会話を楽しんでいた。
桜木 真里(
ja5827)はたくさんの子どもたちから「トリック・オア・トリート!」の挨拶をされ、よくできました、と頭を撫でる。
女の子には可愛い顔の白いゴーストの形をしたチョコを。
男の子には少し悪戯っぽい顔をして、おまけをひとつ。
「もう一つ、おまけ。口、開けてみて?」
雛鳥のようにあーん、と口を開ける子にふわパチを入れる。わたがしの甘さと一緒にパチパチ弾ける感覚にわーわー言う子どもたち。
「ふふ、びっくりした? 俺からのいたずらだよ。パレード、楽しんでね」
九 四郎(
jb4076)と三島 奏(
jb5830)は某FPSゲームのアサシンの仮装。四郎は黒、奏は白の衣装を選び、目深にかぶるフードは奏は子どもを怖がらせないようかぶらずに。四郎はフードの代わりにカボチャ被ってコミカルさを演出。
恋人同士、お揃いの衣装で主催者のお手伝い。スタンプポイントでお菓子をあげる役だ。
「お菓子がほしくば倒してみるっす!」
巨体の四郎がお菓子を持ち上げると、男の子たちがわーわー言いながらカボチャアサシンに群がった。
腕に子どもをぶらさげるとさすがの男の子からも悲鳴があがる。
「高い高いっす!」
それをハロウィン風のアイシングクッキーを配りながら隣で眺める奏。
(将来家庭を持ったらこんな風かな……)
ほんわりうっとり空想して。
(……とか思っちゃったりなんかしてやだもー!)
まだ付き合い始めたばかり。てれてれしちゃうのも当然のこと。
にやけてしまう顔を抑えて、奏は四郎に近づけない子どもたちの相手。
「I’m scard! 順調にやってるかい、チビちゃん達! 残りのスタンプも張り切って集めておいでねェ」
怖そうにしている子の頭をくしゃりと撫でて、目を合わせると、子どもが奏を見てうん、と笑う。
そんな面倒見のいい奏を隣で眺める四郎。
(先輩素敵っす。やっぱ男は家庭的な女性に弱いっすからね。付き合って間もないっすけど改めて惚れ直すッす)
こちらもカボチャの下で赤い顔。
と、油断している隙に四郎のカボチャが子どもたちの手によって取られて。
中から現れたのはスキンヘッド!
びっくりして笑う子もいれば、怖がって四郎から逃げ出そうとする子もいる。奏は慌てて四郎の頭を撫でた。
「怖くないよォ。ほら、大丈夫でショ?」
つられて四郎が身をかがめると子どもたちが今度は群がってきて四郎に飛びつく。
(さすが先輩、フォローも素敵っす!)
(ちゃんとシローの分のクッキーも用意したンだ、帰りに渡そうッと)
子どもたちに群がられながら、二人の初めてのハロウィンは過ぎていく。
しっかり阻霊符を準備した龍崎海(
ja0565)はハロウィンだけども依頼モード。
包帯を巻いたミイラ男に扮し、警戒を怠らない。
(ハロフィンだからといって、トリックオアトリートしたりはしたことないんだよね。顔を隠せば気恥ずかしさはまぎれるかな)
顔にはしっかり包帯を巻いて。
(子供達もやりやすくなるだろう)
走り回る子どもたちの様子を見ながら周囲を警戒すれば、何故か悪魔と天使が別々に参加している。
(どちらの陣営にも知己がいるから、それぞれなら穏便に済ませられるかもしれないが、両者があったらどうなるのか分からないなぁ)
天魔入り乱れる四国ならではだろう。
少し考えてから海は両方に接触することにした。
パレードのゴール地点で待っているのは香里だ。
「皆、スタンプ達成おめでとう♪」
子どもたちがスタンプを我先に香里の元へと見せに行く。それを確認すると香里はシシーと二人マフィンを手渡す。
「トリック・オア・トリート! 君もお祭りを楽しんで行ってね♪」
香里は身をかがめて子どもたちに視線を合わせ、子どもたちに積極的に声をかけて回る。
猫は子どもたちにも人気のモチーフ。女の子たちが口々に「可愛い」「マフィン美味しい」と口にする。
そんな声に香里はにっこりと微笑む。
「可愛い衣装で似合ってるわね♪」
照れてきゃあきゃあ笑う子どもたち。
パレードの殿が見えるまで、香里とシシーの楽しいハロウィンも続く。
●
(ハロウィン・パレードかぁ。いっちょ参加してみるかな)
オレンジの帽子に紫のツバ、ミニワンピは胸元で白からオレンジ色に切り替えて。白とオレンジのニーソに黒のマント姿。
可愛らしい魔女姿で子どもたちの手を引くのは六道 鈴音(
ja4192)だ。
どこかのパレードから出てきたような可愛い仮装は特に女の子に人気で、鈴音のまわりには子どもたちでいっぱい。
にこにこと笑いながら相手をしても、そこは撃退士、鈴音は警戒を怠らない。
でも、素直に感心もする。
天使らしい人影を見れば、
「へぇ、あの仮装はすっごいなぁ。よくできてる」
悪魔二人組の仮装を見れば、
(あ、あっちの子の服、ちょっと私の仮装と似てる? もう一人の子は……すごい短いな)
やっぱりそこは女の子、他人の仮装チェックも怠らない。
「ほら、あそこでスタンプを押してもらってね。お菓子がもらえるよ」
スタンプポイントを見つけると、鈴音は足を止める。おばけ仮装の女の子たちがポイントへ走って行く中、ひとりだけ、鈴音のマントを握って離さない女の子がいる。
もじもじする姿を見るに合言葉を言うのが恥ずかしいらしい。
「じゃあ、一緒に行こうか」
鈴音はその子の手を引いてポイントに向かう。
恥ずかしがる女の子の手を引いてやってきた鈴音に真里はにっこりと微笑む。
鈴音のマントを掴んでいるのを見てだいたい状況は理解した。
真里は屈んで女の子と目線を合わせた。
「トリック・オア・トリートの意味って知ってるかな」
もじもじと鈴音の後ろに隠れる女の子。真里は丁寧に話しかける。
「お菓子をくれなきゃ悪戯しちゃうよっていう意味なんだけど」
悪戯と聞いて女の子は目を丸くした。
「君はお菓子といたずら、どっちが良いかな」
「お菓子……あ、あの」
女の子は真里と鈴音を見比べて真っ赤になって言う。
「トリック・オア・トリート」
「よく言えました」
真里は鈴音と女の子にゴーストのチョコレートを。
「よい夜を」
「ポイント頑張ってね!」
鈴音は真里に手を振るとチョコレートを頬張った。
(ちっちゃいコの仮装はかわいいなぁ。なんか癒されるよね)
「ハロウィンなんてアイルランドを思い出すね!」
メリー(
jb3287)は大好きな兄、マキナ(
ja7016)と異国の地でハロウィンができて、とてもご機嫌。
「そうだな。雰囲気は違うのに故郷を思い出すな……」
アイルランドのハロウィンとはまったく異なる日本のハロウィン。
賑やかな人波を見ながらミニスカ魔女の衣装のメリーを心配するのはやはり兄の性なのかもしれない。
「メリー、迷子になるなよ」
マキナは頭と腕にかぶり物をし、革ジャンを着た狼男の仮装。
「スタンプラリーか……回ってみるかメリー?」
「うん! 一緒に回ろ!」
はぐれないようにマキナの腰あたりに抱きつくメリーをたしなめながらもスタンプポイントを次々回っていく二人。
ふと、メリーは悪戯をしている子どもたちを見て、思いついたことがあった。
「お兄ちゃん! TRICKorTREAT! なの!」
マキナに抱きつきながら顔ペンで狼男らしく顔にひげを悪戯書き。
「こら、メリー」
「えへへー、悪戯書きなのですー!」
天魔の警戒もしながら妹の心配をするマキナは大忙し。
メリーは近くにいた子どもにも
「TRICKorTREAT!」
と顔に悪戯書き。子どもはきゃっきゃ言って走って行く。
そうして無事スタンプラリーを制覇すれば、マキナはメリーに内緒で作っていたご褒美を取り出した。
バーンブレック。アイルランドでハロウィンに食べられる伝統的なケーキだ。
「頑張ったなメリーご褒美だぞ」
なんだかんだで妹には甘いお兄さん。
メリーはサプライズに大喜びでマキナの首元に抱きついた。
「バーンブレック!! メリーの為に?! お兄ちゃん大好き!!」
最後はちゃんとマキナのかっこいい仮装を写真に収めるメリーだった。
ちょいワル感を出した狼男。獣耳と尻尾をつけ、スーツをラフに着崩し、色つきグラサンをかけたギィ・ダインスレイフ(
jb2636)はゴスロリ風赤頭巾ちゃんの陽向 木綿子(
jb7926)と仮装でもよい相性だ。
木綿子の籠にはクッキーやアップルパイ。
二人は子どもたちがはぐれないよう見張る目的も兼ねて、パレードの殿をのんびりと歩いていた。
「ギィ先輩。ハロウィンは『トリック・オア・トリート』と声をかけてお菓子をねだるんですよ」
「おねだりするとお菓子が貰えるのか。俺もやってみる」
こく、と素直に頷くギィ。早速実践。
「トリック・オア・トリート」
威圧感満載、色付きグラサンが光る。子どもが泣きだし、その子を連れていた親が慌てて逃げていった。
「……ヒナ、あいつ逃げた。お菓子くれなかった……」
しょんぼりとギィが言う。木綿子は慌てる。
「脅迫はダメですよ!? もっと優しくやってみてください」
忠告を胸にギィは再挑戦。
お菓子をくれそうな優しい雰囲気のスタンプラリーポイントの女性に狙いを定めて。
「……菓子をくれなければ、悪戯する、ぞ」
女性を静かに壁ドンしつつ、無駄に艶っぽい声で囁く。
思わず全部のお菓子を差し出す女性にまたも木綿子は慌てて、ギィの手を引っ張る。
「うん? こうでもないのか?」
「強奪もダメです! 何だか壁ドンされた女性は喜んでいそうですけど、そういう事は私だけにして……いえいえ」
ちょっと本音が漏れるけれども、それは慌てて口を塞いで。
「とにかく、お菓子を戴くのは掛け声をかけて『いいですよ』と言って下さった方だけですよ? ちゃんと守れたら、後でアップルパイあげますから」
「菓子を貰うのは、難しいな」
むむ、と真剣な表情で考えこむギィ。
ジオラルド・コンスタンティン(
jb2661)とアルペジオ・フェンリル(
jb3557)の天使と悪魔の友人同士はパレードに参加。
ジオラルドは神父服を着た天使に、アルペジオは吸血鬼にそれぞれ仮装して二人、人の子の祭りを興味深く眺める。
「わあ、見て見てアル! 賑やかだね! 僕、こういうの、すっごく好き!」
無邪気に翼を出してくるりと回るジオラルドを見ながら、アルペジオも人の子の「遊び」に興味津々だ。
「人の子とは、変わった生き物に御座いますね」
子どもたちの一番後ろをついていきながらアルペジオは呟くように言う。
「天魔の脅威に曝されているにも拘わらず、このような催しを好むとは。その不可解さが、実に、実に、面白う御座います」
「悪い子は、僕、浄化しちゃうよー」
遅れる子どもを追い立てるジオラルド。きゃっきゃと笑いながら走る子どもたち。アルペジオには興味深いものばかりだ。
「おねーさん! とりっく・おあ・とりーと!」
スタンプポイントでお菓子をもらうジオラルドにアルペジオも用意していたチョコを取り出す。
「菓子を用意する祭りと聞いておりましたので」
「む、アルのチョコ、美味しそう! 食べたいー」
どうぞ、と差し出されればジオラルドはそれがひとつしかないことに気づいて。
「一緒に食べよう、アル」
貰ったチョコをアルペジオに咥えさせるとその端を少しだけ齧るジオラルド。
「こうしたら一緒に美味しいの、楽しめるね」
アルペジオはチョコを見やり、表情を変えぬまま目を細める。
わずかに残された菓子を指先で押して、己の口へ。
「んー、美味しい! ね? 美味しいね!」
無邪気なジオラルドの優しい思いやり。アルペジオはそっと唇を舐める。甘さが増した気がした。
「菓子とは……甘う御座いますね、ジオ」
無事に殿を務めてゴールインしたギィと木綿子。約束どおり、木綿子はギィにアップルパイを。
「ヒナのアップルパイが美味しいから、まあいいか」
結局お菓子をもらえなかったギィは木綿子のアップルパイに舌鼓。
(はー。何だか母親みたいに世話焼いていて、恋人なんて程遠いけど、傍にいられたらいいかな)
ちょっぴり溜息をつく木綿子にギィが「どうかしたか?」と顔を上げた。
木綿子は笑って首を振る。
「……何でもないです。お菓子美味しいですか?」
「うん。南瓜のキッシュが食べたい。後で作ってくれ、ヒナ」
「わかりました。帰ったら作りますね」
片思いと食欲と。両立はなかなか難しい。
●
カラコロと手押し車の車輪が鳴る。
「トリックアンドトリートゥ!」
ボイスチェンジャーで声を作るのは鴉乃宮 歌音(
ja0427)。パンプキンヘッドにサンタ服、サンタ帽、そして外套。ちょっとだけ季節を先取り?した仮装だ。
歌音が担当したのは動くスタンプラリーポイント。
ポイントが動くのだから、子どもたちがきゃあきゃあ言いながら追いかけてくる。
「ホイホイ、一列ニ並ブンダヨー」
コミカルな言葉遣いでパンプキンヘッドが子どもたちにシュークリームの袋を配る。
早速シュークリームを頬張る子どもたち。
カボチャ味シュークリームはロシアンルーレット。一つだけ外れが混ざっている。
ふと顔をあげると天使、アセナスが無邪気な顔で笑っていた。
「トリックアンドトリートゥ!」
「とりっくあんどとりーと」
「ハイ、トリートダネ」
アセナスにシュークリームの袋を渡す。恐る恐る食べてみるアセナス。途端に渋面に変わった。
「あ、甘い……」
子どもの外れは緑黄色野菜クリーム。大人の外れは激甘バニラ生クリーム味。虫歯必至だ。
渋面の天使を見て笑いながら、歌音はまたカラコロ手押し車を押す。
(身構える必要はない。人間の文化を楽しんで頂けてるなら幸い)
動くスタンプポイントをまた子どもが追いかける。
アセナスは海が来ると周囲を少し警戒したが、もらったお菓子を勧めてきた。
「面白い祭りがあるものだな、龍崎海」
「ハントレイといい、そんなに祭りに興味があるなら自分の領域でも行ってみたらどうだ?」
支配領域の住人の生存の向上狙いも含みながら言うとアセナスは笑った。
「ハントレイと祭りはどうにも結びつかないが、機を見て話してみよう」
生真面目なハントレイが生真面目に仮装をする姿をふと考え、二人は揃って苦笑した。
洋装の多いパレードの中、砂原・ジェンティアン・竜胆(
jb7192)の仮装はその容姿と相まって目立っていた。
狩衣を着た九尾の狐。けも耳と尻尾はもちろんもふもふ。
(女の子の安全は、特に気にしとかないと。男の子はそれなりに)
きりりと表情を引き締めるフェミニスト。
(……おお、あの子のミニスカGJ♪)
ミニスカメイドの悪魔は気づいていない様子。
そんな中、ジェンティアンはやけにリアルな天使がいることに気づいた。
見るとどうにも周囲にいじられているっぽい。
(これは僕もいじりに行かねば)
使命感を感じて、ジェンティアンはアセナスへと近づいた。
「トリック・オア・トリック!」
爽やかに微笑んで第一声。
アセナスは怪訝な顔をした。
「……すまない、それは聞いていた挨拶と違う気がするんだが」
「え? 何か違う? 人生一択しかない時もあるんだよ」
「それに異論はない。ないが……」
「でもよく出来てるね。重くない?」
鎧や翼をぺたぺた触るジェンティアン。
「これは騎士として、あ、いや、翼はあまりさわらないでもらえると」
当惑するアセナス。
(……やだ、こうやって戯れてたら、何か薔薇ちっく)
美青年二人、ぺたぺたする姿は何故か携帯を構えているお姉さん方もいる始末。
(寧ろ女性陣にサービスもありかな)
というわけでしなだれかかるジェンティアン。動揺するアセナスを「不潔です!」という目で見る使徒。子どもたちの保護者、特にお姉さん方に妙に人気のスポットの完成だった。
「おや、あれは……」
闇の翼と黒マント、付け牙で吸血姫に扮したハルルカ=レイニィズ(
jb2546)は見知った顔を見つけて少し驚くも、悪いことを思いついたような顔でロックオン。
彼女の視線の先には堂々と歩いている天使アセナスとその使徒夏音が。
行列にまぎれてそっと二人に接近する。そして人混みでバランスを崩したふりをしてアセナスにもたれかかった。
「おっと。大丈夫ですか、お嬢さん……」
紳士的に抱き止めるアセナスが一瞬凍りつく。
その隙にハルルカはアセナスに抱きつくようにして首を甘咬み。
「は、ハルルカ=レイニィズ!」
「やあ、アセナス君、夏音君。楽しめているかな?」
真っ赤になって目を白黒させるアセナスに、「アセナス様、不潔です!」と言わんばかりの夏音の視線。
「い、いくら吸血姫の仮装だからと言って、これは、その」
「何をそんなに恥ずかしがっているんだい? 一緒のお風呂に入った仲じゃないか」
またも夏音がアセナスを呆れた目で見た。
あきらかに楽しんでハルルカはくすくすと笑う。
「いつか君には精神的優位に立ちたいと思う」
真っ赤になって首筋を押さえながら宣言をするアセナスに「無理だろう」という視線を投げるハルルカと夏音。
「それじゃあ二人とも、良い夜を。またね」
またパレードの中へと戻っていくハルルカの後ろ姿を、アセナスはどこか遠い目で見送った。
●
「依頼は依頼だ」
川内 日菜子(
jb7813)は虎怪人の仮装でパレードを警戒して歩く。
フルフェイスタイプの虎の頭は視線が見えないため尾行向きだ。特撮に出てくる虎の敵のようなかっこよさで男の子たちが群がるけれども、真剣な日菜子は「トリック・オア・トリート」を忘れている。
四国の天魔とは面識はないが、書類で見る限り危険な印象がある。
こんなお祭りにまぎれているとしたら、どんな惨事になるかわからない。
神経を尖らせ歩いていれば、どう見ても天使としか思えぬ姿がひとつ。
早速日菜子は尾行を開始するが。
「トリック・アンド・トリート!」
背後からピンクの髪の悪魔が突進してきた。
「とっ……トリックオアトリートだ! 楽しんでるか?」
さすがに冥魔から接触されるとは思わず、動揺しながら演技をする日菜子。悪魔セーレは上から下まで日菜子を見てにこにこと笑う。
「かっこいいね! ボクの召喚獣とどっちがカッコイイかな!」
「そんなものを出すな! そ、そうか、菓子か! 菓子が欲しいのだな? ほらっ」
日菜子がお菓子を突き出すとセーレはにんまりとそれを受け取る。
「じゃあ、ボクからはトリート!」
ぱあん、と弾けるクラッカー。そのままセーレはきゃはは!と笑いながら走り去る。
フルフェイスなのが幸いした。少し驚いただけで済んだが、日菜子は認識を新たにする。
(やはり、四国の天魔は危険かもしれないな)
日菜子の依頼はパレードが終わるまで継続する。
背中に骨の翼、お尻には骨の尻尾のドラゴンゾンビ風仮装をした森田良助(
ja9460)はカボチャを合わせた餡を包んだ通称「かぼちゃ大福」を持ってパレードに参加。
周囲を見渡すと魔女の格好をしたセーレがご機嫌にカボチャ提灯を揺らして歩いている。
良助がセーレに近づくとセーレも気づいたのかにんまりと笑った。
「トリック・アンド・トリート!」
「じゃあ、トリート」
かぼちゃ大福をもらうと、良助の大福が大好きなセーレはご機嫌になる。
「ちなみに悪戯はどんなことするの?」
「今年はおとなしいんだよ」
去年は癇癪を起こして人を殺しているほどのセーレだ。良助が身構えると、目の前でパアン!とクラッカーが破裂した。
顔にかかる紙吹雪を払いながら、周囲にさほど被害がないことに良助は安堵した。
数多 広星(
jb2054)は執事服に小天使の羽で上空から主催者の不安を取り除くためにパレードに参加していた。
もちろん、パレードを盛り上げることも忘れない。
上空から預かったお菓子を投げれば子どもたちが喜んで広星に手を振る。
(……いた)
広星は地面に降り立った。羽を消し、一人の悪魔に声をかける。
「人間の祭りにようこそ。本日はどのようなご用件でしょうか?」
一礼をして恭しく尋ねると悪魔エメは慌てたようにお辞儀を返した。
「ごめんなさい。邪魔をするつもりはないんです。少しだけハロウィンを、その」
「かしこまりました。とは言え、この四国の地、冥魔を警戒している方も数多くおります」
エメは素直にこくりと頷いた。
「主催者は穏便にこのハロウィンパレードが終わることを望んでおります。しばし監視をさせていただいてもよろしいでしょうか」
及び腰になるエメに広星は言葉を足した。
「監視と言っても実質付き人のようなものだとお思いくださいませ、お嬢様」
「あの、あたしも侍女なので、あまりかしこまらずに」
慌てるエメに広星は微笑んだ。
しばし二人並んで歩く。広星は人間界におけるハロウィンやこのパレードの詳細を説明する。エメは彼女が参加しているのはもう一人の悪魔、セーレを監視しての参加だと説明した。
「セーレ様は、その……ちょっと難しい方なので。あたしがきちんと責任を持ちますから」
「では上空から監視させていただきます。ハロウィンはご満足頂けましたか?」
お礼を言うエメに恭しく一礼をするとまた広星は上空へと飛び上がった。
平和なハロウィンも影の努力あってこそ。
「あ、海!」
最後に会ったときとは違いミニスカートのメイド服を着たエメがばつが悪そうに海に手を振る。
「えっと、最近ぶり?」
「うん、意外と速い再会だったね。日記はちゃんと処分しておいたよ」
「ありがとうございます、海」
「服とかは返還したほうがいい?」
面倒見のよい海にエメは少し考えてから、
「送ってもらうこともできないし。さつきに着てもらって」
会場のどこかにいる篝さつきがくしゃみをした。
詠代 涼介(
jb5343)はぼろいローブに棺桶を引っ張る仮装で警備中。
行き交う子どもたちの視線が棺桶に集中するが、これも立派な仕込み。
棺桶の中を開けるとおばけの着ぐるみ。その中にヒリュウを召喚させればふわふわ飛ぶおばけが周囲を監視してくれる。
天魔は姿を隠していないのですぐに見つけられた。特に騒ぎを起こそうとする者もいないらしい。
とは言え、涼介から声をかける義理もない。遠くから監視を続けようとすると目ざとくセーレが走ってきた。
「トリック・アンド・トリート!」
「……そもそも菓子を持ってない。てかお前はあんまりトリート(もてなし)したくないんだが」
「じゃあトリック!」
セーレは涼介の顔に向けてクラッカーを発射。
「クラッカーか……お前にしては可愛い悪戯だな」
「む。ボクを馬鹿にしたな。トリック! トリック!」
パンパンクラッカーを鳴らすセーレ。とは言え、今日はクラッカーで済ますらしい様子に涼介は少しだけ安堵する。
(……こうして見てると、奴を倒すという選択肢以外にも、奴の『戯び』を止められる可能性があるかもしれない、と感じてしまうな。だが、それは……)
難しい顔をする涼介にセーレはやれやれと溜息をついた。
「じゃあ、ボクから特別にトリートをあげるね」
苔色のキャンディを一粒差し出すセーレ。
「……何の味だ、これは」
「苔。きゃはは!」
笑いながらまたセーレはパレードへと戻っていく。涼介はその背を監視しながら溜息をついた。
(色んな意味で過酷な選択、だな……)
クリスティン・ノール(
jb5470)とユウ・ターナー(
jb5471)は天使と悪魔の仲良し同士。
今日の仮装はクリスティンが悪魔風でユウが天使風だ。
「ユウねーさま、素敵ですの」
「クリスちゃんも可愛いよ☆」
二人で手を繋ぎ、パレードに参加。ポイントでお菓子をもらっていると、不意に後ろから飛びつく悪魔が一人。
「トリック・オア・トリート、ユウとクリス!」
我慢できずにエメが声をかけたらしい。
「トリック・オア・トリート、エメおねーちゃん!」
「悪戯しますの、エメさま?」
「あたしはお菓子のほうが好きです」
内緒だよ、と二人にカボチャのクッキーを渡すエメ。
「じゃあ、あたし、お仕事に戻らなきゃ。楽しもうね」
手を振ってパレードに戻るエメを見送って。
クリスティンとユウも手を繋ぎ、パレードへ。参加したからには楽しまなきゃもったいない!
黒いワンピースに赤いリボンの魔女風仮装で参加しているのは一川 夏海(
jb6806)。お化粧もし、箒も持ち、バスケットをもっているが、れっきとした男性である。
夏海は少しだけ矛盾した感情を持ってエメを探していた。
(エメのことを少しも考えてなかった……バツが悪いぜ)
それでも夏海がエメを探すのは仲良くなりたいという一心だった。
「あ、夏海!」
声をかけたのはエメのほうが先だった。さすがに動揺する。
「げ、元気そうだなエメ。元気か?」
「元気です?」
矛盾した問いかけにはてなマークを浮かべて答えるエメ。
脇でクラッカーを鳴らしたそうなセーレは放っておいて、夏海はエメを真っ直ぐに見た。
「エメ、この前は変な事してすまなかった……。別に死んでもらいたかったとかじゃないんだ。……そ、それだけだ。じゃあこれやるから」
ぐい、とバスケットを押し付ける。バスケットの中にはパンプキンパイ。
「え、夏海?」
「じゃ」
後はもう顔を合わせないようにパレードの中に戻ろうとする夏海。
(俺カッコわる……帰ろう……)
落ち込みつつパレードからも逃げようとしたとき、エメの声が追ってきた。
「あのね、夏海! あたしね」
振り返るとエメが大きく手を振っていた。
「夏海のこと、もうひとりのメイド長だと思ってるから!」
古びた商店街がカラフルに着飾り、カボチャが揺れる。
「不思議なお祭りですね……」
造形物大好きな天使、ウィズレー・ブルー(
jb2685)はハロウィンの雰囲気の街にきょろきょろそわそわ。
「人間というのは、また不思議な行事を思いつくものですね。……ウィズ、迷子にならないように」
ともすると街並みに目を奪われそうになるウィズレーを茶飲み仲間の悪魔、カルマ・V・ハインリッヒ(
jb3046)が苦笑して眺める。
ウィズレーは深い夜の空の様な藍を基調にした魔女姿、カルマは銀色のドラキュラ姿。事前に聞き、お菓子も持参したが、実際に見るハロウィンは新鮮だ。
「トリックオアトリート? カルマ。悪戯は思いつきませんが……」
「無理に悪戯をする必要もないでしょう、ウィズ、そっちではありません」
ふらふらきょろきょろとともすればパレードから外れそうになるウィズレーを確保しつつ、カルマは周囲を見渡した。
「ふむ、これはこれは」
視線の先にはウィズレーにとっては嫌悪感の強い悪魔、セーレが。
「こういう事は外しませんね」
ウィズレーとカルマはセーレに近づいた。
「良い夜ですね、セーレ」
「あ、トリック・アンド・トリート!」
見知った顔二人に嬉々として言うセーレをウィズレーはそれとなく制する。
「悪戯は結構ですのでこれを」
色鮮やかなクッキーを渡すと、セーレはにんまりと笑った。
「美味しそうなのもらっちゃうと、悪戯できないなあ」
今年はどうやらおとなしくしている様子だ。
(本物の悪魔がこうした場所に混ざるのも、また一興)
カルマも交戦の意図はない。クッキーの上に色鮮やかなキャンディを載せる。
もぐもぐお菓子を食べながらハロウィンを楽しむセーレ。そして天魔に負けず楽しむ人間たち。
「天魔の侵攻は未だ衰えず。でもそれに負けず楽しむ心。きっとその中で様々な思いもあったでしょうね……」
「楽しむ心を忘れるべからず。それが文化に、そして強さにも繋がります」
ウィズレーの沈む心に声をかけるカルマ。
(この子が人に行った行為は消えず。だからまた何時かは……いいえ、それでも)
ウィズレーはカルマに微笑んだ。
「今は楽しみましょう」
「ウィズの言うとおり、今は楽しみましょう」
ウィズレーにもキャンディーを渡すカルマ。
セーレもウィズレーにカボチャの提灯を渡して笑った。
良助はセーレと一緒にハロウィンを楽しむ。
セーレはハロウィンが大好きらしくて、珍しい光景に目をきらきらさせていた。
(人と天魔は分かり合える)
いつか争わずにすむのではないかと考える良助の思いは届くのかどうか。
パレードが終わると良助は言った。
「次は戦場で会わないといいんだけどね」
セーレが答えないのは悪魔の性ゆえか。
「大福、また食べたい!」
そう笑って去っていく。
だからセーレの鞄の中にいつの間にか大福がたくさん入っている悪戯に気づくのは、もう少し先のこと。
●
この四国の地にまた争いの起こる数日前の幻の夜。
今はひととき、魔法の夜を。