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マスター:さとう綾子
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
参加人数:6人
サポート:2人
リプレイ完成日時:2014/10/12


みんなの思い出



オープニング

 始まりは悪魔大公爵メフィストフェレスの興味から。
 調べられる者をと集いかけられ、集ったメイドで彼等を見つめた。
 撃退士。
 人類側の盾と剣。唯一、天魔に対抗し続ける力持つ者。
 その日常生活を、戦いを、思いを、言葉を、見つめ、集め、届け、触れ、まるで恋する乙女のように見続けてきた。
 もっと、を望んだのは誰だったか。
 終りある時を感じながら、ゲートを開き、招いたのも任務に差し挟むべきではない思いが心に生まれたから。
 どうか、次の階梯に。
 どうか、私達と同じステージに。


 貴方達の力を、世界に、数多の天魔に、大いなる存在に示してと願って。





 最後の戦いを。
 その日に向け集まった娘達に、女は微笑む。
 二回のゲート戦。戦いの余韻はそれぞれの胸に。
「彼らも、私ほどじゃないけど、それなりに強いのね」
 変わらぬ静かな表情の中、瞳の輝きがルクーナの気持ちを表している。
「次は『金色』でいくわ」
 もっと、もっと楽しみを。そのためなら、少しの負荷等かまいはしない。
「そうですね、彼らは強い、ふふふ、本当に強いですわね」
 淑やかに頷き、シェリルは艶やかな赤毛を揺らす。楽しかった『稽古』。ああ、けれどあれは自分の負けにカウントされるべきもの。ピクリと震えた手を逆の手で包み込む。
「今度は全力の私を堪能して頂きますわ」
 珍しくにんまりとした笑みを浮かべる少女の横で、リロ・ロロイは呟いた。
「彼らは約束したからね」
 いつもならここは「仕事だから」。けれど口をついて出た声はそんな言葉。
「最後まで、ボクの時間を奪ってもらうよ」
 紫水晶のような瞳が僅かに細まる。珍しいと女が思ったのは、それが微笑の範囲だと知っているから。
「あたしは、大好きだからこそ本気で戦いたいです」
 お帰りなさい、と。女に迎えられたエメは銀のツインテールを揺らし満面に笑みを湛える。輝く瞳は、今此処にいない人達を思うが故か。
「またあの眩しい人たちが見られると思うと……ドキドキするんです」
 ピンと立った黒い狐耳を撫でると擽ったそうに笑む。その胸の内に、複雑な思いもまた抱えているだろうに。
「あたしも裏方じゃなくて遊びたいのですよ」
 ヴィオレットがしょんぼりと呟いた。ここに居ない他の仲間と共に準備に奔走していた為、近くで見ることも殆ど出来なかったのが寂しいのだ。
 その小さな体を抱き上げ、女――マリアンヌは微笑んだ。
「ふふ。いつか――そう、いつか、『一緒に』戦えれば、素敵ですわね」
 その言葉は何にかけた言葉なのか。口を尖らすヴィオレットの眼差しの先、マリアンヌはただ微笑む。
 ずっと見つめていた。次の動きを、思いを、考えを、先の未来を予測しながらずっとずっと。

 それはまるで恋のよう。

「さぁ、行きましょう」



 時が近づいている。
 気づき、娘は口元に微笑を浮かべる。
「横に並べないのは少し少し残念ですが、後悔はしてないですよ?」
 傍らの女はただ静かに見つめるばかり。
「だって、一番傍で彼らを見れるじゃないですか」
 好きだから去った人。
 好きだから残った人。
 見る場所が違うことで、きっと見えるものも違ってくるだろう。
 かつて命じられた任務の通りに。
 氷の眼差しを持つ女は小さく息をつく。冷然とした表情は変わらねど、頭を撫でる手は優しい。
「したいことがあるのなら、動きなさい。これが、最後の機会になる可能性もあるのですから」
 氷のような声。その内側にどんな感情があるのか、誰も読み取れないほどに。
「責任は私がとります」


 ――その『時』はもうすぐ。





 いつか終わりは来ると知っていた。
 それでも眩しくて、ずっと見つめていたくて、会えなくなるのが悲しくて。
 胸が締め付けられる。

 これが最後だとしたら……大好きな人、あなたはどうするの?




「いらっしゃいませ」
 ずらりと並ぶメイド一同に揃って礼をされ、並んだ撃退士側は複雑な表情になった。
 人質の無いゲート。けれど無視するには強大すぎる悪魔達。
 学園が誘いに乗るのを了承したのは、彼女達の動きが学園にとっても利となる可能性が高まったから。

 即ち、――撃退士の威を、大公爵に認めさせる為に。

 何人かがこちらに微笑み、円陣を組む。かつて二回、見てきたのと同様に。
「これが、私達が直接お会いできる最後となるかもしれません。……どのような結果が出たとしても」
 ただ一人、亜麻色の髪のメイドだけが最初の位置で微笑む。穏やかな笑みの中に、寂しさを感じるのは何故か。
「せめて、最高の舞台を皆様に」
 集い円を成して唱和するメイド達。亜麻色のメイド――マリアンヌもまた、その中に加わる。
 告げる言葉のかわりに、ふと、今まで聞けなかった歌が聞こえた。


 闇宿りし手にて編み綴る
 時閉じ込めたる永遠の柩
 深き眠りは遍く天地を満たし 
 空の天蓋 打ち砕きたる


 空間が震えるのを感じた。周囲の温度が一気に冷える。
「これは……」
 音をたててメイド達の足元が凍りつき始める。編まれる強大な魔力の方陣。一つでも二つでも無い、重なり、繋がり、爆発的に力を増していく同種の力。


 時は空を編みて間を作り
 間は別れ出でて界を作りたる
 地の臥榻 これを支え
 以て世界に軛を与えたり


 メイド達が唱和する。
 手に持ったカードが光る。
 世界が閉ざされるのを感じた。圧倒的な力と質量が具現化する。



 我ら氷結の徒の名の元に

 時よ止まれ



『Verweile doch, du bist so schoen』



 急激な揺れに足が浮いた。倒れ、飛び起き、人々は気づく。
 音をたてて形成される壁。光輝く氷のシャンデリア。煌く階段。何人もが腕を伸ばさなくてはならないような円柱。先の氷の塔すら上回る規模の氷の建造物。
「氷の……城」
  



 もう既に慣れた転移の光。
 その光が納まりきった後、目の前に広がるのは夕焼けに燃える社の境内だった。
 石畳を挟み撃退士たちを出迎えるように並ぶ二体の狐を模した石造。並ぶ石の灯篭。
 おそらくは、何も祀られてはいないのだろう。がらんどうの社が、その奥で明け放たれたままの扉を晒している。

 その手前で待ち受けるのは二つの影。
 ひとつはメイド服を着こみ、長い銀色の髪をツインテールにし、漆黒の狐耳をはやした少女。
 もうひとつは体のあちこちに、護符を張りつけた三本の尾を持つ狐。

「ようこそ、最後の舞闘会に」

 エメは妖狐を愛しげに撫でながら告げた。

「この子は別の方がお相手。皆さんはあたしが僭越ながらお相手させていただきます」

 メイド服を摘み一礼するとエメはざっと手を翻した。
 ぽっぽっぽっと灯っていく緑色の狐火。その狐火が妖狐とエメを取り巻いたとき、狐火は炎の結界となり、緑色に燃え上がった。
 妖狐を含む周囲に強力な結界が構築される。

「ルールは簡単です。この結界を破ってあたしまで攻撃を届かせることができれば皆さんの勝ち。届かなければ皆さんの負けです。負けたらお茶もお菓子もでません」

 エメは楽しそうに笑う。お菓子はあたしの手作りですよ、などと言いながら。

「あたしはみなさんをじっくり見たいので、攻撃は致しません。手加減なく攻撃してきてください」

 エメは眩しげに撃退士たちを見やった。

「念の為に言っておきます。あたしの結界は、メイドたちの中でも一二を争うほど強力ですよ?」
 


リプレイ本文


 緑色の狐火を身のまわりに巡らせて、エメは微笑んで6人を見た。
 本当に攻撃はしないつもりらしい、指を組んでごく自然に立っている。
 エメに見えるように阻霊符を置いて、龍崎海(ja0565)は確認するように口を開いた。
「どんな手段を使ってもいいから、攻撃を当てればいいんだね?」
「うん。でもちゃんと結界を破ってからだよ?」
 自身の結界に自信があるのか、エメは動揺の色ひとつなく答えた。
「海の攻撃、実はすごく楽しみなんだ」
 一度依頼で一緒になり、彼の実力を知っているからこその言葉。海もエメは知り合いとは言え、撃退士として長年動いているため、情に流されることもない。
(彼女が覚悟を決めた以上、こっちも手を抜かない。他のメイドと戦っている人達もいるんだし)
 横で妖狐と戦うチームをちらりと見て、海は淡々とシュトレンを構えた。
(好意があっても敵味方に分かれることがあるのは当たり前だよね)
 海と同時にメタトロニオスを構えるのは黒井 明斗(jb0525)だ。
(戦わなくて済むのはありがたいですが……心理戦と言うのは苦手なんですよね)
 額を軽く掻き、明斗は海と顔を見合わせた。
 動いたタイミングはほぼ同時。
 海から無数の鎖が伸び、それが緑の狐火に絡みつく。明斗は思い切りメタトロニオスで結界があると思われる場所を貫いた。
「だめーっ!!」
「戦いは必要ないですの」
 悲痛な声をあげるのはユウ・ターナー(jb5471)とクリスティン・ノール(jb5470)。
 二人の声を聞き届けたのか、狐火は鎖と槍を弾き、ゆらゆらと揺れる。
「なるほど、素晴らしい結界ですね」
 明斗は手応えを感じると素直に槍をしまった。海も軽く舌打ちをする。
 今回もメイド服で参加している――それは彼の勧誘の意図も示している――一川 夏海(jb6806)も大変不愉快そうにエメを見ていた。
(メイドが俺に勝負しろって命令してるぜ。ヘイ、何かの冗談じゃなかったらタダじゃ済まさねェぞ)
 彼はメイド長。メイドを治める者の自負がある。
(どちらにせよ、殴られ足りねェなら改心させるまでだ)
 やはり複雑な心境でエメと夏海を見ているのは若松 匁(jb7995)。和風のメイド服を着ているのは夏海と同じ理由だ。
「エメさん。この間、言いましたよね? “友達でも全力で行きます”って。これが、結界に篭ることが全力なんですか……?」
 エメは匁の言葉に口ごもった。その様子を匁のもう一つの人格が苛々と見つめる。
(じっくり見たいから攻撃しない……? ゲート内だからって、あまり彼等を舐めないで貰いたい……!)
 エメは小さく息を吐いた。
「ごめんね、匁」
(どうしても解く気がないって言うのなら、せめて反撃してみせなさい!)
「では、始めましょうか」
 明斗の声で、エメの結界を解くために各自の行動が始まった。


 ユウとクリスティンは武器も持たず、エメの結界の傍に駆け寄った。
 怖さもない。結界に触れる。緑色の狐火に囲まれたそこはまるで透明な壁があるようだった。
(エメおねーちゃんと……戦う……? 嫌……嫌だ……だってエメおねーちゃんはお友達なんだよ?)
 ユウはただその一心でエメを見つめる。
 嘘も偽りも脅しもない。ユウはただひとつ、自分の気持ちを伝えるだけだ。
「ねぇ、エメおねーちゃん。どうして……どうして、皆を試そうだなんてするの? 試す……ってことは、エメおねーちゃんはユウ達を信じてくれて無かったってこと?」
 エメは困ったように笑った。
「難しいなあ。あのね、ユウとクリスのことが好きなのは本当なんだよ。好きだから信じてる。それも本当なの」
「じゃあ……」
「でもね、好きとか信じてるって、形のないもので。あたしが今回持って帰らなくちゃいけないものは形のあるものなの」
「形が結界を破るってことなの? おかしいよ、そんなの」
 ユウは哀しそうに視線を下げた。
「エメさまが、決めた事……クリス達と戦うという事。それには、どんな意味が在るのですか?ですの。それとも、意味など不要なのですか?ですの」
 クリスティンもユウの声に重ねるように問いかける。
「クリスには解らないですの。こうするしかない事が、解らないですの」
 どこか泣きそうなクリスティンの声にエメはうーんと腕を組んで考え込んだ。
 しばらく考えこんでから、エメは結局へんにゃりと笑う。
「うまく答えられないけど。でも、クリスとユウにそう言ってもらえるのは、あたし、とっても嬉しいよ」
「またいつもの『撃退士は眩しい』か?」
 金剛夜叉を構えて夏海が吐き捨てるように言う。
「眩しいからってこんなもん張る事ァねェだろ!」
 エメはますます困惑したように結界の外を眺めた。
「勝負なんざ端から興味無ェんだよ! とっとと出て来い!」
 金剛夜叉を結界に打ち付ける。結界はびくともしない。
 エメは困ったように首を傾げる。そんなエメの目にちかちかと眩しい光が当てられた。
 海がペンライトでエメの目潰しを試していた。
 エメが慌てたように光を手で遮ると同時にもう一度夏海が金剛夜叉を振るった。
 手応えは固い。そう簡単に破れるものではないらしい。
 海はため息をついて、言った。
「あまりこういう手段は取りたくないんだけど。はぐれとして暮らしていた家の家宅捜索が進んでるんだよね」
「えっ」
「秘密の日記とか衣服一式とか色々見られちゃうよ。止めてもらうようこれで連絡とってみる?」
「いや、あの、それは」
 海が光信機に見えるものを掲げてみせると目に見えてエメはうろたえた。
「あたしが人間界で買い占めたゴスロリ服やメイド服が……!」
 6人の生暖かい視線を受けて、エメは頭を抱えた。
「じゃあ、僕から。ココに居ない人達の声を聞いて下さい」
 明斗が開いた手紙は篝さつきからだと言う。もっと色々と遊びたいよ、と切々と綴ってある手紙を読み上げるとエメの表情がさすがに曇った。
「追伸。龍崎さんに日記らしきものは渡しておきますね」
「うわあああ」
「何が書いてあったんですか、龍崎さん?」
 さすがに匁が声を潜めて尋ねると海は首を振った。
「出てこなければ見ちゃうっていう条件だからね。まだ見ていないよ」
「見ないでええええ」
 相当な黒日記に違いない。エメの精神的ダメージはかなり稼げたようだ。
 それでも結界はそびえ立つ。夏海は腹立たしくそれを蹴飛ばした。
「テメェがはぐれにならない理由は何だ? 忠義か、個人的な思想か? それとも他の理由でもあるのか!?」
 エメはぐっと言葉を飲み込んだ。さすがに真剣な表情になる。
「俺はメイド長、言わばメイドを統べる者だぜ? テメェをどうにかしたいって気持ちがあるのは当たりめェなんだ!」
 嬉しい、とエメは小声で笑った。それからまっすぐに夏海を見る。
「あたしね、やっぱりメイドだからお仕えする方がいるんです。その方を崇拝しているの。今回、みんなの力を『形』にして持って帰りたいのもその方にお伝えしたいから。……撃退士ってすごいんですよって」
 崇拝と言ったとき、胸を押さえ、エメは幸せそうな笑みを浮かべた。
「それに、悪魔のメイド長もいる。幼馴染もメイドをやってる。あたしは、我侭で贅沢なんです。……みんなも、悪魔の仲間も、好きだから失いたくない」
「『好きだから』なんて、おかしいよ! 『好き』ならもっと壁を無くしてよ! 」
 ユウがすかさず叫ぶ。エメは至近距離にいるユウを目を見開いて見た。
(だって……エメおねーちゃん……いつも優しくて寂しい瞳をしてたもん)
 ユウは言葉を飲み込むと傍にいるクリスティンと手を繋いだ。
「出来るよ、エメおねーちゃんなら。だってハーフだけど、天使のクリスちゃんと悪魔のユウは、現に大のお友達だよ。大事な存在だよ?」
 クリスティンもユウの言葉に頷いた。
「人間……人類側にとって、天使も悪魔も敵……ですの……。クリスは天使だけれども……ですの。クリスには戦わなければならない理由は、解りませんですの」
「うーん……」
 エメは困ったように苦笑いを浮かべた。
 元より四国を拠点とする悪魔陣は四国にゲートを展開したままだ。天使陣はツインバベルを展開し、四国という土地だけを見ても単純に悪魔と天使と撃退士が手を組むということはしづらい状況だ。
 現在、劫炎の騎士団を通じて撃退士と天使が手を組み、悪魔のゲートを打ち破ろうという話を持ちかけてはいるが、そのこと自体奇跡的なことである。
 それを踏まえると、エメは素直にユウやクリスティンに頷けないところがある。エメも悪魔だ。悪魔の利になるように動いているのは、どんなに撃退士が好きでも変わらない。
「エメ」
 夏海が低い声でエメを呼んだ。
「……まさか、撃退士に殺されたいなんて抜かすんじゃねェだろうなァ……?」
「それは言いません」
 エメはきっぱりと言った。
「あたしも、こんなでも悪魔です。やるべきこと、すべきことはわきまえてるつもりだから」
「じゃあ、もう一度言う。俺の店に来れば大好きな撃退士と一緒に働けるし、尚且つ良い上司がそこで待ってる。良い職場だと思うんだが、……どうだ?」
 それは夏海のはぐれへの最後の誘い。エメは首を振った。
「夏海のお店は憧れだけど……今はまだ、行けない。あたしはまだ今回の舞闘会の報告をきちんとしていないから」
 夏海は苦々しく舌打ちをした。
「いつか……そんな日も来るのかもしれない。でもそれは『いつか』であって今じゃない」
 エメはそう言うと口をつぐんだ。
 一瞬沈黙が支配する。
 海が再び脅しを繰りだそうとしたとき、意を決したように匁が口を開いた。
「……あの、あたしからも提案です、前にやってみたそうだったし」
 匁が取り出したのは6枚のカード。一枚がジョーカー、後は普通のトランプだ。
「エメさんがこの6枚からジョーカーを当てたら、エメさんの要求を飲みます。当てられなかったら……あたしたちの勝ちです」
 どうですか、と尋ねる匁に、エメは頷いた。
「うん、あたし、やってみたかったんです。匁の勝負、受けます」
「わかりました。みんな、手出し無用でお願いします」
 匁は丁寧にカードを混ぜた。イカサマなしの真剣勝負だ。
 身を屈め、石畳の上にカードを6枚並べる。エメもつられたように石畳に正座した。
 結界を挟んで匁とエメは向かい合う。視線がぶつかった。
「どうぞ」
 匁の声にエメはしばらく考える。
「これ」
 エメは匁から見て一番左端のカードを指さした。
 匁は一度息を吐き、左端のカードをめくる。
 クローバーのA。ジョーカーではない。
「あたしたちの、勝ちです」
 匁の言葉にエメは笑った。
「匁、希望を言って」
「結界を解いてください」
 エメは立ち上がった。
「ちなみにジョーカーはどれだったんですか?」
「あたしもわからないけど……」
 匁は一枚ずつカードを開けていく。ジョーカーは匁の右側から3番目に置かれていた。エメは「あーあ」と言ってさばさばと笑う。
 同時に緑色の狐火が消えた。結界に触れていたユウとクリスティンがバランスを崩す。
 その隙に夏海はオートマチックP37に持ち替えた。エメを狙う。
「最期にひとつ。俺の店に来ないか……?」
 それは夏海なりのエメの救い方。
 撃退士を好きなエメが、撃退士を傷つける前に殺す。夏海はそう決めていた。
 エメが目を伏せたとき、夏海の前にユウとクリスティンが立ちふさがった。
「駄目!」
「邪魔ならクリスごと、吹き飛ばせば良いだけですの。それで構わないですの」
 二人の悲痛な覚悟に夏海は声を荒らげる。
「匁、撃て」
 リボルバーAH17に持ち替えた匁が銃口をエメに向けたとき、すっと明斗が歩み寄った。
 後ろ手で隠していた青バラの花束でエメの頭をぽすんと叩く。
 それは、あまりにもあっけない「一撃」。
「はい、終了ですよ。ついでに貰って下さい、茶会には花を添えるものでしょう?」
 海が苦笑する。ユウとクリスティンがエメに手を差し伸べる。
「エメさま、クリスと手を繋いでください。ですの。 エメさまの温かさ……クリスの手に乗せて下さいですの……」
「エメおねーちゃん。一緒に手を繋ごう?」
 エメは微笑んで、ユウとクリスティンの手を握った。
「……あったかいね、ユウもクリスも」
 ぎゅっと手を握り、それからエメは夏海と匁に視線を向けた。
「撃ってみてもいいですよ。その代わり、回避しますが」
 悲痛な声をあげるユウとクリスティンをそっと押して、エメは匁と対峙する。
 匁はトリガーを引いた。エメはすっと首を傾けるだけで避ける。
「えっとね」
 言いづらそうにエメが口を開くと、海が当然のように言う。
「エメがどんなに弱くても悪魔だからな。ヴァニタスやディアボロとは桁が違う。6人で全力でかかって倒せるかどうかじゃないかな」
「……うん、そういうことなんです」
 だからこそ、エメが指定したのは「一撃を与えること」。けして「殺すこと」でも「倒すこと」でもない。
 そしてそれは一番効果的なやり方で果たされた。
「……よかったら、お茶にしませんか」
 エメはおずおずと口にした。


 かくて、まだ横で炎が踊る戦闘が繰り広げられている中、石畳に毛氈が用意され、意外にも緑茶と和菓子が振る舞われた。エメ曰く「実は紅茶淹れるの、下手なんです」とのこと。
 エメは炎の踊る戦場をどこか楽しそうに見ながら、クリスティンとユウと手を繋いだり、海に日記は燃やしてくれと頼んだり、最後のひとときを満喫しているようだった。
「ところで、エメさん」
 明斗が緑茶をすすってから口を開く。
「まだ、構想の段階なんですが、いずれ、冥魔の方々とも話し合いの場が持てれば、定期的に会談する事が出来ればと思ってるのですよ」
 エメは驚いたように目を見開いた。
 明斗はエメをまっすぐに見る。
「上の方に伝えてくれませんか? 共に生きる未来を考えませんかと。エメさんには、その一助になって頂きたい」
「あたしで、いいんですか?」
「適任だと思いますよ。いかがでしょう」
「うん……うん。それって、すごく素敵です」
 エメは膝の上に乗せていた青バラの花束から一本、バラの花を引き抜いた。それを明斗に渡す。
「必ず、上の者に伝えます。これは、その約束の証に」
 青バラの花言葉は「奇跡」。
 これは、そんな小さな「奇跡」の舞闘会。


 夕焼けに燃える社に夜がゆっくり訪れる。
 それはメイドたちの舞闘会の終わりの時。
 白銀の狐耳にメイド服を着たコルネリアと黒の狐耳にメイド服姿のエメは社の前で手を繋いで、転移していく撃退士たちを見送っていた。
 撃退士の間で過ごした陽焔(かげろう)のように揺らめくひととき。
 二人のメイド悪魔は声を揃えて「忘れない」と告げた。
「また、お会いできたら、ですね」
「さよならは言いません。またね」
 目を細める二人の妖狐。
 最後の茜の光が滲んで消えた。
 


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: 鉄壁の守護者達・黒井 明斗(jb0525)
 一期一会・若松 匁(jb7995)
重体: −
面白かった!:4人

歴戦勇士・
龍崎海(ja0565)

大学部9年1組 男 アストラルヴァンガード
鉄壁の守護者達・
黒井 明斗(jb0525)

高等部3年1組 男 アストラルヴァンガード
繋ぐ手のあたたかさ・
クリスティン・ノール(jb5470)

中等部3年3組 女 ディバインナイト
天衣無縫・
ユウ・ターナー(jb5471)

高等部2年25組 女 ナイトウォーカー
撃退士・
一川 夏海(jb6806)

大学部6年3組 男 ディバインナイト
一期一会・
若松 匁(jb7995)

大学部6年7組 女 ダアト