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確かにメイドからのご招待。それは間違いないのだけれども。
「ケッ、茶の一つも出ねェのかい。姿ぐらい見せたらどうなんだコラ! ご主人サマの脳みそは穏やかじゃない事は確かだぜ、クソッタレめ」
「メイド長! ここはお茶とか出ないんですか…! 出ないんですか!」
メイド服を着た一川 夏海(
jb6806)と和風のメイド服の似合う若松 匁(
jb7995)は大変にご立腹だった。
そもそも夏海が従業員探しで参加したのが誤解のきっかけではあったのだが、姿を見せないメイド悪魔にも問題はありそうだ。
念のために添えておくと夏海はメイド服の似合うナイスガイである。
「それとなくダルイ気がするのは気のせいデスカ?」
匁がそわそわと周囲を見渡すがこれもゲート内ゆえ仕方がないこと。
「また……見てる……の……?」
浪風 威鈴(
ja8371)も前回の経験から落ち着かない風に周囲を見渡した。
(どうして……観察のために……こんな大掛かりなことを……?)
そう、観察のためだけにゲートまで作り上げ、仰々しく招待もして。冷静に考えればおかしい。
けれどもそれを考察している余裕はない。何故なら目の前にはディアボロが控えているのだから。
今回も未だディアボロは動かない。また攻撃する気がないのか、それともこちらの油断を誘っているのか。
わからない。だからこそ敵に専念しなければいけない。
威鈴はスナイパーライフルSB-5を手にし、構えた。
銀の髪の毛先が橙色に変化し、右肩に血肉を喰らう犬の模様が、左肩に威嚇する猟犬の模様が浮かび上がる。
そんな威鈴の様子を見ながら黒井 明斗(
jb0525)は眼鏡を直した。
(どうせ、どこかで見ているのでしょう、どう引き摺り出しましょうか)
動く前に生命探知を使用し、周囲を注意深く観察する。感じる気配は……味方7人のものとディアボロのもの。他には何も感じない。
(感じない……? 注意深く隠れているのか、それとも)
相手は悪魔だ。ここがドーム内ということも考えあわせ生命探知が効かなかった可能性も高い。明斗はもう一度周囲を見渡した。
(どちらにしろ、出てこなければいけない状況にすればいいですかね)
戦闘態勢を整える二人とは逆にユウ・ターナー(
jb5471)とクリスティン・ノール(
jb5470)は再会したエメと語り合っていた。
「今回もエメさまが一緒で嬉しいですの♪」
「エメおねーちゃん、よろしくねっ☆」
クリスティンとユウがエメの傍で話しかけるも、エメは笑い返すのがやっとだ。
「うん、今回もよろしくね」
前回が囚われの身だっただけに、エメは戦うのが初めて――正確には二回目だが、一回目は怖くて何もできなかったという――になる。緊張がユウとクリスティンにも伝わってくる。
「一緒に頑張るですの! でもでも、危ない時はクリスが絶対守りますですの!」
「ユウもエメおねーちゃんが危なくなったら守るからねっ」
一生懸命にエメを励ます二人にエメはこくりと頷く。どう見ても笑顔が強張っている。
それは緊張か、それとも。
二人にはある懸念があった。
それはふたりきりでしか話せないほど、真実であれば危険な懸念。
そんなエメの様子を夏海は舌打ちをして眺めていた。
●
待っても狛犬のディアボロは動く様子を見せない。
攻撃よりも先に、声をかけたのはクリスティンだった。
「如何して戦わないのですか? ですの」
戦わずに済むならそのほうがいい。それがクリスティンの考え方だ。
天使も、悪魔も、人間も。
(クリスとユウねーさまが、種族は違っても大好きなお友達になれた様に……)
狛犬のディアボロは唸るだけで攻撃をしてこようとしない。
(狛犬に化けているわけじゃねェのか?)
狛犬の一匹にメイド悪魔が化けていると睨んでいた夏海は目を眇める。
(だとしたら植え込みや木々だ)
匁は手の中でトランプをいじりながら、戦闘はお任せの姿勢を貫く。
ふとエメがそれに気づいたように声をかけた。
「匁、それはなあに?」
「黒狐さんにワンゲーム申し込もうかと思って」
トランプゲームで勝負を決めようということらしい。
(コレは引きずり出す為の餌)
フフフと暗黒微笑を浮かべ、匁は阻霊符を用意していることも確認する。
(ゲームに乗ってくれたらいいなぁ……。あわよくば出てきてくれたらもっといいなぁ……。即、阻霊符使うのに)
「楽しそうだね、ゲーム! あたしやってみたいな」
ところがゲームに乗ったのはエメだった。作戦と違う。
「エメさんは駄目ですよ。これは黒狐さんとやるものですから」
「あっ、そっか……。ご、ごめんね」
エメはもじもじと引き下がる。
そんなエメに夏海は声をかけた。
「足手まといだか何だか知らねェが、お前が逃した敵が家族や友人を殺すかも知れねェんだ。だから今だけでもしゃんとしろ、いいかエメ?」
エメは驚いたように目を見開いた。夏海を見、他の5人を見、それから俯いた。
「でも……誰かが傷つくのは、怖いよ……」
「傷つく訳じゃない、戦ってるんだ」
きっぱりと言い切る夏海をエメは眩しそうに見上げた。
油断なく狛犬を見る威鈴と明斗を見た。自分を守るように立ちふさがるユウとクリスティンを見た。そして自分を見る夏海と匁を見た。
エメはゆるゆると首を振る。
「あたしには……できないよ……」
エメは逃げるように一歩後ずさった。
狛犬は未だ動かない。
威鈴が引き金に指をかけた瞬間だった。
夏海はエメの顔をぶん殴った。
「メイド長!」
慌てて匁が駆け寄るが夏海はエメの胸ぐらを掴み上げる。
「テメェだけが悲劇のヒロイン気取りか、ああッ!? 与太抜かすのも大概にしろクソアマ!」
エメは驚いたようにじっと夏海を見る。
ユウとクリスティンも身長的に届かないながらも駆け寄った。
「夏海おにーちゃん、落ち着いて、エメおねーちゃんは……」
「そうですの。エメさまは……」
庇うような二人の言葉に夏海は二人も睨みつけ、匁が慌ててそれを制するように声をかけようとする。
「夏海は、怖くないの?」
エメはまっすぐに夏海を見据える。夏海も目を逸らさない。
「戦いに怖いも怖くないもあるか」
エメは清々しく笑った。
「……あたしは、よい撃退士と巡り会えました」
呟くように言う。
「もう迷いません。あたしは撃退士のみんなが好きだから――全力で戦います」
その言葉と狛犬が走りだしたのは同時だった。
ユウとクリスティンは顔を見合わせる。
前回の戦いも、今回の戦いも、いつでも自分たちを見ているメイド悪魔、黒狐。
何処から? どんな風に?
(まさか……エメおねーちゃん?)
(……エメさまが……メイドさん……です、の……?)
夏海はにやりと笑ってエメの胸ぐらから手を離した。
こんな展開になるとは思っていなかったが、望むものは手に入れた。
「またガタガタ言いやがったら、覚えておけよ」
ただ、エメを励ましたかっただけなのだ。
エメは満面の笑顔で夏海を見上げた。
その銀髪の間から黒い耳が、ワンピースから黒い狐の尻尾が顔を覗かせる。
「言いません。その代わり見せてください。あなた達の戦いを」
●
エメがざっと手を翻した。
不意に6人はそれまで重苦しく感じていた空気の存在を忘れる。
「……失礼ながら、ゲート内の不利を一時的に排除致しました」
エメの言葉を信じるのであれば、それは能力が元に戻ったことになる。
「存分に見せてください。撃退士の本気を」
明斗と威鈴は一瞬顔を見合わせるもすぐに身構えた。
「観察ばかりは楽しいのか」
威鈴は呟きながら素早い一撃を狛犬の片方へと放った。
二匹が威鈴へと気を向けた瞬間、明斗のコメットが狛犬たちに降り注ぎ、狛犬たちの動きを止めた。
動きを止めた狛犬に向けてクリスティンの堅実防御をかけてもらったユウが飛ぶ。
狛犬へと向けて放つは闇。周囲の認識を困難にする妨害。
そこへ夏海のオートマチックP37の銃声が響く。匁は夏海のために防御の準備だ。
ジリとコメットの影響を受けた狛犬が動く。
攻撃範囲に入る前に明斗の銀の鎖が一匹の狛犬の動きを止めた。
「そう簡単に僕が抜けると思いますか?」
威鈴が状況を見て駆ける。
それは猟犬ではなく、すべてを排除する狂犬のような迫力。
敵に専念するあまりに見えなくなっていく周囲。
(……殺す)
一匹の狛犬の背後に回りこみ、至近距離からの強力な一撃。
堅い狛犬の体をアウルの弾丸が貫く。
だが、まだ足りない。それがさらに威鈴を駆り立てる。
ユウの翼が羽ばたき、狛犬の射程外から鎖鎌の分銅が飛ぶ。ぐっと狛犬の首を押さえたところでクリスティンの銀のリングから光が迸った。
天の属性を持つその攻撃は狛犬の体を穿つ。
「ナイス、クリスちゃんっ☆」
「ユウねーさまのおかげですの」
狛犬を狙い撃ちながら、夏海は舌打ちをする。
「なんでェ、エメのヤツ、十分に戦えるじゃねェか」
「まったくです!」
折角持ってきたトランプを使うことなくしまいながら、匁も苦笑いをする。
「メイド長が殴って逆上したことになるんですかね」
「おお、怖ェ」
それでも不思議とクリスティンも夏海も匁もエメを守る立ち位置を崩さない。
それがエメには不思議だった。
同時に理解する。
(でも、エメさまともお友達になりたいですの……)
(だってエメおねーちゃんは仲間だもん☆)
クリスティンとユウの言葉には出さない想い。
「あたしは――……」
もう一匹の狛犬に明斗の銀の鎖が飛ぶ。狛犬は回避に弱いのか二匹とも鎖に絡み取られ動けない。
けれども、威鈴への攻撃は届く。一匹が威鈴へと噛み付いた。
回避が遅れる。威鈴のふくらはぎの辺りに血が滲んだ。
(……殺す、殺す、殺す!)
威鈴の近距離からの一撃がお返しとばかりに一匹の狛犬の頭を吹き飛ばす。
ごろんと転がる石の頭。
エメが唇を噛んだ。
まるで威鈴の傷を自分が受けたかのように。握りしめた手が震える。
――傷つく訳じゃない、戦ってるんだ。
夏海の言葉がエメの中で蘇る。
戦うということは痛みを負うこと。
それでもなお戦うということは。
(越えて行って)
痛みも苦しみも憎しみも敵対心も。
(越えて行って――あたしに見せて。撃退士の輝きを)
ユウの鎖鎌は空を切り、夏海の弾丸は当たるも致命傷にはならない。
匁の構える防御は明斗の足止め策もあり、今は最終防衛ラインと化していた。
クリスティンの指輪での攻撃は狛犬を穿つもあとひとつが足りない。
「そろそろ終わらせましょう、浪風さん」
明斗が言うと最後の鎖を放つ。同時に威鈴が動いた。今度は狛犬よりも早い。
「殺す!」
明確な殺意を持っての近距離からの攻撃は狛犬を粉々に打ち砕いた。
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砕けた狛犬にしばらく銃口を向けていた威鈴は我に返ったように銃を収める。
光纏が消えていき、彼女の瞳が常の穏やかなものへと変化した。
「はじめまして、黒狐さんですか?」
明斗がエメへと尋ねる。
エメは小さく頷いた。
「今までどおりエメって呼んでもらえたほうが嬉しいです」
「……」
クリスティンとユウは顔を見合わせた。
「……戦うのは、嫌……ですの……」
クリスティンが小声で言う。ユウも隣で頷いた。
「お友達には、なれないのでしょうか……ですの……」
エメは笑った。ぎゅっとクリスティンとユウを一緒に抱きしめる。
「あたしにとっては二人とも友だちだよ」
「エメさま……」
「エメおねーちゃん」
「でもそれと、戦わないのは別、かな」
「……何くだらないこと言ってやがるんだ」
夏海がふん、と鼻先で笑った。
「メイド長〜ケーキおごってくださいよ〜」
ダルそうに匁が言うのを受けて、夏海は笑う。
「ケーキねェ……。オーケイ、今日は頑張ったから特別に奢ってやる。……エメもどうだ?」
当たり前のように誘われてエメは慌てた。
ぴょこんと黒い狐の尻尾が跳ねて、後ずさる。
「あたしは……帰れません」
「はァ?」
「あたしは、もう撃退士のみんなとは一緒にいられません。大好きだから……もう残れない」
「何くだらねェこと言ってンだよ。メイドなら俺ンとこで働け」
「そうですよ〜、メイド長、ナイスアイディア!」
匁がぱちぱちと拍手するのをエメは泣きそうな顔で見ていた。
明斗が首を振る。
「はぐれならともかく……悪魔は敵です。友だちだろうが、敵対心がなかろうが、学園で受け入れることはできません」
「……ひとつだけ……教えて……」
威鈴がそっと口を開く。
「どうして、私たちを……観察しているの……?」
エメは笑った。
「観察している理由を見つけてもらう様子も、観察しております。撃退士というものがどういうものか、知りたいのです」
エメはそっと胸を押さえた。
「でも、あたしは撃退士を好きになりすぎてしまった。ですから、一度冷静になる意味でも退きます」
「ンな理由が聞きたいンじゃねェよ」
夏海はエメに近づいた。
「好きならはぐれになれ。簡単なことだろ」
「――あなたは」
エメは目を細めて夏海を見上げた。
「本当に、眩しい」
「エメさま」
クリスティンがおずおずと口を開いた。
「また会えますの?」
「戦わずに会えるかなぁ?」
ユウもクリスティンの言葉に続く。
「あたしたちの観察が、終わらない限り」
「そしてその観察は、戦闘なのですね」
明斗の冷静な問いかけにエメは頷く。スカートの端を摘んで一礼した。
「今回のお詫びとしてちゃんとお茶とケーキを用意するから、遊びに来てくれたら嬉しいです」
「メイド同士の勝負ですね」
匁が違うところで闘志を燃やした。
威鈴が少し迷うように言う。
「戦えば……観察している理由も、わかる……?」
「ただ戦えばそれだけのことしかわかりません。ですが」
エメは遠くに目を向けた。
「多くのメイドが皆、同じ目的のために動いています。異なるピースに見えて、物事は繋がっております。それらを紐解けば……あるいは」
そこで言葉を区切って、エメは威鈴を見た。
「勿論、ただ戦うだけでも我々には十分な意味があります。あなたの望むほうを、威鈴」
威鈴はこくりと頷いた。
「僕としてはあなたたちを観察したいですけれども」
明斗が言うと、エメはくすくすと笑った。
「あまり戦いは得手ではないのですが……次にいらしてくださったなら、全力でお相手致します」
エメはそう言うととん、と崩れた狛犬たちのほうへ跳んだ。
「もう一度言うぞ、エメ。帰るぞ」
夏海の言葉にエメは小さく手を振る。
「あたしは、もう帰れない。ありがとう、大好きな人たち」
「戦うのはいやですの!」
「エメおねーちゃんと戦いたくないよ」
クリスティンとユウの言葉にエメは笑って。
「友だちでも、手加減したら、駄目ですよ」
ひゅん、とその姿は暗闇に消えた。
夏海が「クソ」と悪態をつく。匁が苦笑して夏海の背を叩いた。
「まあ、メイド長。ケーキ食べて帰りましょう」
大好きだから、もう一緒にはいられない。
その輝きを、もっと知りたくなるから。