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「研究所襲撃時にも使徒の夏音だけで、ハントレイからも残念がられているのに、なんでこんなところにいるんだ!」
天使アセナスを見て開口一番声を上げたのは龍崎海(
ja0565)だった。アセナスも海のことは覚えていたらしい、顔を見ると苦笑いを浮かべた。
「……ハントレイにはすまないと思っている。夏音の件はおまえたちにすまなかった。あれが勝手に出て行ったのは俺の監督不行き届きだ」
「で、なんでこんなところに」
「先輩方のお供のはずだったんだが」
まさか先輩方とはぐれたとは言えない。
海が呆れたようにため息をついたとき、その後ろから5名の女子が入ってきてアセナスは即座にパニックに陥った。しかもまだ向こうに2つほど気配がある。
目元まで温泉に浸かったアセナスを見て、学園指定の水着着用の海はやれやれとまたため息をついた。
「裸じゃないんだし、そこまで狼狽えなくても」
「いや、あれはもう裸に近いだろう」
その言葉を聞きつけにんまりと笑ったのは、やはりアセナスと面識のあるハルルカ=レイニィズ(
jb2546)だ。露出の高い黒ビキニだったのはハルルカにとってラッキーだったと言っても過言ではない。
そしてもう一人、やはり黒ビキニで豊満な胸を覆う里条 楓奈(
jb4066)もアセナスの態度に好感?を抱いていた。
そそくさと2人に背を向け、見てませんアピールをするアセナス。
ハルルカと楓奈は視線を交わすと笑みを浮かべた。ハルルカがアセナスの右へ、楓奈がアセナスの左へ、ぴったりと陣取る。
「混浴でも、水着なので平気ですよ! そんなに照れられるとこっちまで照れます!」
スカートのようにフリルのついた水着を着た日比谷陸(
ja8528)が明るく笑顔でアセナスの背中に言う。実は陸本人も混浴は恥ずかしい。けれども、
(あたしにとって、美味しいもの食べるのと、ぐっすり寝るのと、お風呂に入るのと、にゃんこを愛でるのは最大の癒しですから!)
それになんといっても湯気がある。水着姿を隠してもくれるから恥ずかしさもなんとか抑えられる。
竜見彩華(
jb4626)は下がパンツタイプのビキニ姿だ。白地に星柄が健康的な可愛さを醸し出す。大好きなヒリュウも一緒にのんびり温泉満喫態勢。
「ふわー! いいお湯ー♪ あれ、私達以外にもお客さんいたんですねー。こんにちは!」
もはや「こんにちは」も返せないくらいアセナスの背中は硬直していた。
「天使も色々いるんだねー……」
海の横ではぐれ悪魔のエメが呟く。こちらも豊かな胸を白ビキニで覆っていた。
海はちらりとエメを見てアセナスを見た。
(そういえば、今回の依頼、女子率高かったよな)
そう、あと1人の男子は男の娘だった。
(ん……水着きつい……買い替えないとダメかな……)
イルカの柄のモノキニ水着を着た愛須・ヴィルヘルミーナ(
ja0506)の胸ははちきれんばかり。胸のあたりの調整に手間取って温泉に入るのが少し遅くなってしまった。
もわもわと白い煙の中に広がる温泉。けれどもそのせいで先に入った一行がどこにいるかはっきりとわからない。
(温泉いっぱいある……ひとつひとつ違うのかな……?)
ぽちゃんと浸かってきょろきょろ。楽しい温泉も1人は寂しいものだ。
(誰かいないかな……?)
と、その時、愛須をむぎゅりと掴む腕が!
「きゃっ……!?」
「それ!」
腕はそのまま愛須を水中に引きずり込む。
がぼがぼ……。
お湯の中で笑っていたのはストライブ柄のモノキニ水着姿、姫路 神楽(
jb0862)。狐耳の……実は男の娘。胸がふっくらあるのは光纏のせいだ。
(流石に男性だと女子は恥ずかしいと思うからね♪)
2人でぷはあと湯の上に顔を出して。
「温泉を楽しもう♪」
神楽は愛須をむぎゅり。
「み、水着、落ちちゃう……」
なにせ胸が大きいのだ。水着がきついのだ。押さえようとあわあわする愛須を楽しむように水着を引っ張る神楽。
「きゃあ……っ」
「やっぱり、可愛い女子は良いですね♪」
湯煙もやもやの中でじゃれあいは続く。水着がどうなったかは2人だけの秘密だ。
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一方のアセナスは無の境地を目指そうと試みていた。
「水着なんだからそんなに気にせずともいいじゃないか。別に見られて困るわけでもないのだし」
ハルルカが言うと楓奈も頷く。
「減るものでもない。……ああ、里条楓奈と云う者だ。隣にすまんな、こうでもせんと湯気でお主の顔が見えんからな」
楓奈がアセナスの顔を覗きこもうとするとアセナスは慌てて目をつむった。
「そもそもここは温泉だよ。肌が出ていて当然だろう?」
ハルルカはにやにや笑いながら続ける。ハルルカの目的は今や「アセナスをいじめる」に変わっていた。
アセナスの背中にぴったりと張り付いて指を這わせる。ハルルカはアセナスの耳元で囁いた。
「まったく、何を恥ずかしがっているんだキミは。それとも相手の目を見ず話すのが、キミの騎士としての在り方なのかい?」
ぷるぷる震えるアセナス。それを見て楓奈は微笑んだ。
「女性の裸を見ぬと言ったり休戦を申し出たり……敵対関係にあるが、アセナスは好感が持てるな。ふふ、そういう気概と態度は嫌いじゃない」
「評価はありがたいが、里条楓奈、す、少しだけ距離を取ってもらえないか」
「顔が見えなくなるじゃないか」
しれっと言う楓奈。ハルルカはしばらくアセナスの背に指をくるくる這わせていたがふう、とため息をついた。
「ここまで頑ななら仕方ない。キミに理由をあげよう」
アセナスは聞こえないふりをしている。
「いいかいアセナス君。今日この日、私たちはキミの弱点を知った。当然学園にも報告する。これがどういう意味か分かるかな?」
ハルルカの言葉に温泉が水を打ったように静まり返った。
「そう。次からキミと戦うのは、水着の女の子たちだ」
ばしゃーん!
恥ずかしさから先に陸が真っ赤になって立ち上がった。
(わ、私には無理!)
彩華もヒリュウを抱きしめて状況をおろおろとして見守っている。
「水着の女の子を直視できずに負けました、なんて上に報告するつもりかい? それは避けたいだろう? だから今、ここで少しでも慣れていくべきなのさ。というわけで――」
こっちを向きたまえ、そうハルルカが続けようとしたとき。
「ハルルカ=レイニィズ!」
我慢できなくなったのかアセナスが振り返り立ち上がった。
「白焔」
ハルルカはそっと目をそらす。
「キミは見ないことよりも見せないことを学ぶべきだ」
「きゃあああああああ!」
陸と彩華の悲鳴が響き渡る。
楓奈とエメが持っていたタオルをアセナスに投げつけた。
アセナスはタオルを丁重にいただくが早いか今度こそ頭まで湯に浸かった、というより沈んだ。
お湯に赤いものが混ざる。
アセナスは<出血多量(鼻血)>という理由により重体になりました。
「ちゃっかり見てるなよ……」
海が頭を抑える横をようやく一行に交じることができたモノキニ水着2人組がちゃぷちゃぷ走ってくる。
「のぼせちゃった……の……?」
愛須がアセナスの腕に抱きつき、んしょんしょと引き上げようとする。
「ちょ、ちょっとまて、腕に、あたr」
「ん……? 誰か、手伝って……?」
「わー、アセナスさん、しっかりしてけろー!」
動揺しまくっているのか彩華の語尾がいつもと違う。
「大丈夫か? 養生に来て、倒れたら本末転倒ぞ?」
もう片側から手を貸すのは楓奈。
「いや、だから、腕にあt」
「遠慮するな。襲うつもりはないし、手当の心得もある。私に任せておけ」
天国なのか地獄なのか。
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女性陣が見ても安心な姿勢でアセナスが涼んで手当を受けている間に、海は騒動を同じく遠巻きに見ているエメに声をかけた。
エメはどことなく居心地悪そうだ。
陸もそれは感じていたので海とエメのほうへ漂っていく。
「エメさん、大丈夫?」
「ありがと。なんか……すごいなと思って。撃退士っていつもこんななの?」
「いつもじゃないよー。ね、龍崎さん?」
「うん、それは断言できる」
むしろこんなことになるとは思ってなかった海である。
「どうだった、学園生として初めての戦闘は?」
「敵も強かったけど、みんなも強かった! すごいね!」
「緊張してたでしょ」
「えへへ。バレたか」
「あたしも緊張しました。依頼慣れしてないので……」
陸がエメをフォローするように言う。数々の戦場を歩いてきた海にとって、確かに陸とエメの動きは硬いものだった。
「まさか使徒が出てくるとは思わなかったよね」
「思わなかったー!」
「ずるいと思いました、びっくりした!」
そう、簡単なサーバント退治という話だったのだが、偶然にもシュトラッサーに遭遇してしまったのだ。弱い部類の相手だったからまだしも、正直海は疲労困憊だった。
アセナスの提案を受け入れた背景にはそういうこともある。
「でも、海も陸もすごいよね。あたしも強くなりたいって思った!」
「本当は怖くて逃げたかった?」
「うん」
海の問いかけに素直に頷いたエメに、海と陸は笑った。
アセナスは皆の介抱のおかげで無事肉体的には立ち直ったようだ。
きっちりとタオルで隠して岩場に腰かける。楓奈が渡した冷たいタオルを頭に載せて、天使はうなだれていた。
「大変申し訳ないことをした」
「翼はどうしてるの……?」
そんな空気をぶった切るような無邪気な愛須の質問に、アセナスは微笑む。
「今は隠しているよ。温泉に翼は邪魔だからね」
「ふーん……」
しげしげとアセナスの背中を見る愛須。さすがに愛須の胸にモノキニ水着はまだ精神的に影響が大きいのかアセナスは視線を逸しつつ口を開いた。
「ところで、こんな機会、もう二度とないだろうから質問をさせてもらっていいだろうか」
「敵に塩を送れるほど、こちらには余裕はないよ」
海は肩をすくめる。
「とはいえ、バルシークを介して冥魔に対する共闘を打診してもいるわけだし、多少は答えるか」
エメがその言葉に目をぱちくりとさせるが、海は「後で教えるよ」と制した。
「聞きたいことは2つだ。『思うように成果を出せないとき、撃退士ならどう考える?』そして『力不足を痛感したときに為すべきと思うことは?』」
それを聞いた瞬間ハルルカは大きなため息をついた。
「呆れた……外に出てきたから解決したのかと思ったら、まだ悩んでいたのかい」
ハルルカはアセナスの横に腰掛け、横目で見る。
「『一人で』成果を出したいと考えているのなら、キミは所詮そこまでだ。もう少し周りを頼ることを覚えるといい。夏音君もきっとそれを待ってるよ」
愛須もこっくりと頷いた。
「よくわからないけど……一人で悩んでると……どんどんこんがらがるから……周りの人に頼るのも大事」
「一緒に行動する仲間、親友を頼る。……一人じゃ出来ない事も皆でやれば変えることが出来る。例え時間が掛かっても……少しずつね……っと私はそう思ってるよ♪」
神楽もそれに賛同する。
アセナスは痛いところを突かれたのか、むむ、と表情を険しくした。
海もはあ、とため息を突く。
「つうか、力不足なんて年中痛感しているよ。つい最近も前田にいいように翻弄されたし」
「……前田か」
アセナスは状況を理解したのだろう、苦笑いを浮かべてみせた。
まったく違うアングルから言葉を返したのは陸だ。
「それは壁と言うものですね」
にっこりと気持ちが暖かくなるような笑顔を浮かべる。
「ずっと真剣に続けることはいつか壁にぶち当たります。それでもいつか成果が出ると信じて、今は目の前のことをコツコツ続けるのみです。焦って変にもがくより、着実に、ですね」
落ち込んでいるアセナスに元気を出してもらいたい。陸はアセナスに見えるように傍に寄ってにこりと笑った。
(人間、天使も、笑顔が大事です♪)
「私なら、そうだな……一度落ち着いて、冷静になって原因を考えるかな? 焦って行動しても好転せんからな」
楓奈も陸と同じじっくり派だ。
「力が足りんと感じたときもそうだ、力を上げるしかなかろう? ただ……」
「ただ?」
「何にしても自分だけで……と足掻かんよ。素直に仲間に頼るのも、手だと思うな、私は」
楓奈の答えに頷くと、アセナスは彩華を見た。彩華はヒリュウを抱きしめている。
脳裏に浮かぶのは過去の経験や護れなかった人のこと。一瞬泣きそうな顔になるも、まっすぐに彩華はアセナスを見た。
「力不足を痛感したことは何度もあります。いっぱい考えて……自分の力を正しく知らなきゃいけないって気付きました」
真摯な声にアセナスもまっすぐに彩華を見る。
「私が自分だけの力でできることって自分で思っていたより少なくて、まずそれを認めるのが悔しくて……大変でした」
アセナスも頷く。
「でも、そう思えた瞬間にとっても楽になったんです。次に何ができるようになるべきかちゃんと見えたし、できないことはもう諦めて誰かに力を貸して貰うしかないなって覚悟もできました」
彩華は一度目を伏せ、そして微笑む。それは力強い、未来へと向けた笑み。
「誰にも迷惑をかけずに生きて行く事なんてできないから、迷惑をかけたり助けられたりした分は自分のできることで返していけたらいいなって思います」
「……ああ」
アセナスも微笑んだ。
「その言葉、俺の大切な人に伝えてもいいか」
「私の言葉でよければ」
「ありがとう。きっと『彼女』も勇気づけられるだろう」
彩華にはそれが誰だかはわからない。けれどもアセナスの笑顔を見れば本当に彼にとって「大切な人」なのだろうと想像はついた。
「楽しいひとときだった。礼を言う。そろそろ先輩方が心配なので俺は戻るよ」
「早く帰ってくれ」
海の言葉にアセナスは笑う。
「まだ名前を聞いていなかったな」
「天使に名乗る名前なんてないと言いたいところだけど、龍崎海だよ」
「男が1人でもいてくれて助かったよ、龍崎海」
神楽は光纏でどう見ても女の子にしか見えないからノーカウントらしい。
「悪いがタオルはもらっていく。里条楓奈、すまないな」
「構わんよ。その代わりに約束してくれ」
楓奈は微笑んだ。
「お主は好感も尊敬もできる人物だ。ただ、敵として会った時には容赦せんし、お主もしてくれるなよ?」
アセナスはふっと笑った。
「心得た。是非相まみえてみたいものだ」
湯煙にまぎれて腰にタオルを巻くとアセナスは撃退士8人をぐるりと見渡した。
「あの……アセナスさん、ありがとう……」
愛須が言うとアセナスは思い出したように背から真っ白な羽を広げた。
「わぁ……!」
「こうして隠しておいたんだ。こちらこそ、皆に礼を」
そうして、天使は湯煙の向こうへと消えた。
「あがったらコーヒー牛乳でも飲もうか。用意してきた」
海が言うと何故かつやつやしているハルルカが頷く。
(ここでの眼福は……心のアルバムに仕舞っておこう)
たぶん、解散しても神楽が男の娘だったことはバレないままなのだろう。
徳島の星々は静かに温泉を見守っていた。