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その日、とある幼稚園は熱気に包まれていた。
舞台の設けられた体育館。幼稚園生が目をキラキラさせて舞台を見上げている。
今日はラブリー★ドロップが幼稚園に来てくれる日。
子どもたちに話しかける幼稚園の先生の様子を感心しながら眺めているのは星杜 焔(
ja5378)。将来孤児施設を小規模ながら運営したい彼は、子どもたちの喜ばせ方を学びにきていた。
九鬼 龍磨(
jb8028)は舞台準備中に手作りのパンフレットを配る。保護者向けのそれには『天魔に遭遇したら、逃げて撃退署または学園へ通報するよう、お子さんに夢を壊さず教えてあげてほしい』と書かれていた。
龍磨と同じタイミングで子どもたちにパンフレットを配るのは紅 貴子(
jb9730)。子どもたち用のパンフレットも勿論手作り。今日登場するラブリー★ドロップの簡単な紹介や写真などが掲載されている。
そのうちの1人、ブルーローズ★ドロップの説明にはこう書いてある。
『淡い青の青薔薇。常冬の白や青の花が咲き乱れる国のお姫さま』
ブルーローズたるブルームーン(
jb7506)はどうにもむず痒い。
(……ったく、なんでこの私がガキ用の見せ物なんかに)
「魔法少女ラブリー★ドロップ、知ってる知ってる、面白いんだよね」
準備の時間を利用して犬乃 さんぽ(
ja1272)が笑顔で子どもたちに話しかけると、さんぽの笑顔に子どもたちもにっこりする。
下準備も完了。
幼稚園生たちがうながされてせーの、で声を上げる。
「ようこそ、ラブリー★ドロップー!」
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パッとライトが落ちる。
ラブリー★ドロップのテーマ曲と共に、スポットライトが高い位置に当たった。
キャットウォークの手すりに立つのは1つの影。
「カサブランカ★ドロップ、ドレスアップ!」
桐原 雅(
ja1822)の声が響き渡り、カサブランカの王子が登場。
白のタキシードに白のマント。ネクタイとベストは淡い青で爽やかに。黒髪は項で括って。
白の靴が手すりを蹴った。
同時に背に開くのは白い光翼。光の粒を纏って緩やかに舞台に降り立てば、乱れた髪を片手でさっと直す。
スポットライトは次は舞台中央へ。
「月見草★ドロップ、ドレスアップ!」
銀の長い髪をやはり項で結い、月見草よりも少しだけ濃い色の、欧州高級軍人の礼服風のジャケットをきっちりと羽織った姿。騎士風の月見草の王子、Rehni Nam(
ja5283)。
「空に浮かぶは青き月。何者にも縛られぬ自由な心にて、月を仰ぎ、月と共に闇を討つ。我こそは月見草の王子!」
そのレフニーが手を差し伸べるのは月見草の王子の姫。
「ダンデライオン★ドロップ、ドレスアップ!」
響くのは歌うような声。
レースは緑、プリンセスラインのドレスは淡い黄色。胸元はたんぽぽの造花で飾って。
「王子が守ってくれるから、自分は全力で歌うんやで」
きらりとウィンクを決めるは亀山 淳紅(
ja2261)。
王子と姫の性別が逆だなんて、そんな細かいことは無問題!
スポットライトはまた別の舞台上へ。
「グラジオラス†ドロップ、ドレスアップ」
淡々とした声でグラジオラスの花の姫へと変わるのは鴉乃宮 歌音(
ja0427)。動きやすさを重視してドレスはドレープを使用した膝丈。後ろに流すトレーンはシフォンで軽やかに。手にはグラジオラスを中心としたブーケを持ち、控えめににっこり。
名乗らなければ男性だなんてとても思えない。
歌音は花の姫だけれども、別の顔も持つ。それはまた後での披露。
ここでスポットライトが消える。
暗転した場から、照らされるスポットライト。誰しもがそのライトの中の姿に注目する。
「ゼフィランサス★ドロップ、ドレスアップ!」
光の中で、くるりと回るのはさんぽ。オフショルダーのプリンセスラインのドレス。ドレープをたっぷりと取って。
「まばゆいドレスは純白の愛、ゼフィランサス★ドロップここに誕生!」
ここでドレスを軽くつまむ決めポーズ!
「みんなお待たせだよ」
どうやら誰もさんぽが男性だとは気づいていないようだけれども、さして問題もなさそうだ。
今度はスポットライトの中に2人の姿が浮かび上がる。
「ライラック★ドロップ、ドレスアップ!」
「ウィスタリア★ドロップ、ドレスアップ!」
仲良く変身するのは焔と星杜 藤花(
ja0292)。
焔はライラックのような淡い赤紫色のタキシード姿。
対して藤花はビスチェタイプ、バルーンスカートの淡い藤色のドレス。
「初恋の香りに誘われて……ライラックドロップ参上」
『初恋』はライラックの花言葉。藤花の手を持ち上げ軽く膝を折るライラックの王子。
「絆とは決して離れないもの……ウィスタリアドロップ参りました」
光纏をすれば藤花の回りに藤の花吹雪が舞う。
今度はスポットライトが2箇所を照らす。
ひとつはキャットウォーク上。ひとつは舞台上。
「サンフラワー★ドロップ、ドレスアップ!」
龍磨の声が響き、キャットウォーク上に白と青を基調としたフロックコートの姿が浮かび上がる。裾は足元まで広がり腰の切り返しからふわりと広がったシルエット。髪はきりりと青のりボンと向日葵のコサージュで結い上げられている。
「フラワー★ウイングっ!」
背に広がるは白き翼。宙を舞う間に舞台上でも声が上がる。
「ロータス★ドロップ、ドレスアップ!」
帽子で隠していた漆黒の髪がバサリと舞う。Aラインのドレスはまるで睡蓮の花を逆さにしたかのよう。白と濃紅ピンクの2色を使ったドレープたっぷりのドレスを身に纏うは貴子。
「清らかな心を語る気高き花、ロータスドロップ!」
髪をかきあげ、ウィンクをひとつ。その横で、
「蒼天に輝く日輪の花、サンフラワードロップ!」
爽やかに名乗りをあげる、龍磨。
2人は顔を見合わせ、決めポーズ!
そして最後にスポットライトが照らすのは。
「ブルーローズ★ドロップ、ドレスアップ!」
ウィッグで隠していた青い髪をふわりとおろすはブルームーン。きらきらとまばゆい光に包まれる演出はは彼女の力を十二分に活かしてのことだ。
現れるのはビスチェタイプのプリンセスライン、タッキングスカートの白いドレス。青薔薇のネックレスと腰の部分に青薔薇のコサージュをつけ、まさに『常冬の白や青の花が咲き乱れる国のお姫さま』にふさわしい姿。
どやっ、と決め顔を作るブルームーンに子どもたちが歓声をあげる。
「以上、10名のラブリー★ドロップがこれから――」
篝さつき(jz0220)の口上が始まった瞬間だった。
透過を使っていたから物音はない。
最初に気づいたのはブルームーンだった。
(ハァ? なによこのクソ忙しい時に)
彼女の目に映ったのは8体のコボルト。手に棍棒を握りしめた犬のようなサーバントは力を誇示するかのように大声で吠えた。
向かってくるコボルトにブルームーンは指を突きつける。
「……コホン。出ましたわね、コボルティアン!」
ちなみにコボルティアンというのはラブリー★ドロップでお馴染みのやられ役である。
その声に雅も皆を庇うように進み出て、マントをバサリと翻した。
「お前たちの汚らわしい手で、姫たちを穢させはしない!」
こういう台詞は躊躇したら負けである。
(……って、え? 的じゃなくて、本当にサーバントが出た?)
レフニーも瞬きを一度。すぐにこくりと頷く。
(被害を出さずに倒さないと、だね)
いつもと様子が違うとコボルトの動きが止まったときに、歌音の淡々とした声が飛ぶ。
「君たちやられ役ね。空気は読んでくれよ」
コボルティアン、もといコボルトたちの中に『え、何この反応』的な動揺が走った。
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先生たちが幼稚園生たちを避難させる。
さつきが阻霊符を使い「ラブリー★ドロップ、頑張ってください!」と声を上げると、幼稚園生たちも声援を送り始める。
一般人に被害が出ないように動いたのは焔だった。
「花の天使よ、翼の加護を――ディバイン・フェザー!!」
背に広がるは白き翼。コボルトの攻撃はこれで焔が引き受ける。続いて焔が唱えるのは
「祝福の蝶よ、傷を癒せ――リジェネレーション・フェアリー」
虹色に揺らめく炎で出来た羽を持つ、小さな美しい蝶が焔に寄り添うように飛び回る。
「ウィスタリアは、他のみんなを癒してね。俺は大丈夫」
「はい、ライラック」
ダンスを踊るかのようにコボルトの攻撃をかわす藤花。
そんな2人にさつきが「避難完了です」とジェスチャーを送る。
その知らせに今度は攻撃へ。
「ライラックドロップ・ディバインシード!」
コボルトに花の種を植え付れば、白い花びらが舞い上がり光の刃になってコボルトを切り刻む。
そして、ここぞという時に、焔と藤花は交互に魔装活性――スーパードレスアップ!
赤紫から白のライラックに変わるように白いタキシード姿に変わる焔。同時にアウルの力に強く働きかけ、焔は銀髪碧眼姿へと変化する。
同じくプリンセスラインにレースのトレーン、タッキングスカートの真っ白なドレスに変わった藤花も藤色から白藤に変わったかのよう。
「初恋を思い出に、美しい契りをこの手に」
「想いを胸に、心を光に」
そして2人揃いの虹色の指輪をはめた手を前に伸ばした。
「「レインボー・マリアージュ!」」
ライラックの花を模した植物のような光が焔から発し、添えるように藤花の光が寄り添う。
「こんなこともあろうかと」
歌音の手に持つブーケはショットガン仕込み済み。
遊撃兵の幻影を見せながら、陽炎のように揺らめくアウルの中に姿を消す。そしてあっという間に歌音の姿はコボルトの背後に。
子どもたちを守っていたさんぽはコボルトの最初の1撃を回避するも、突然のことに目をぱちくりとさせる。
そこへ走りこむのが歌音だ。歌音はただの花の姫ではない――姫の護衛役であるところの「影姫」。
グラジオラスの花言葉は「用意周到」。
「愛亡き者への別れの一撃『グラウンドゼロ』」
花束にパイルバンカーを仕込んだシンプルで静かな一撃は、確かに花の姫というよりは「影姫」の一撃。
歌音はさんぽに静かに言う。
「姫の懐刀、お忘れなく」
「ありがとう」
さんぽは笑顔を見せるも、守られてばかりはいられない。
見守る子どもたちの前でさんぽもさらに変身をする。
「ラブリー★ドロップ、お色直し!」
肩口辺りの背中から翼のように布地が広がる。
「ゼフィランサスFb(フラワーバード)、ドレスアップ!」
パワーアップに子どもたちは大興奮。
「サモン★アルビオン、バースデー!」
続き、スレイプニルを召喚すると壁走りを使ってスレイプニルの上にすくっと立つ。さんぽは上空から花を降らせる――ヨーヨーの代わりに使うのは花びら。
「降り注げ、ゼフィランサス!」
前線へと駆け出したのは龍磨と貴子のペアだ。
「清き水達よ、私に力を貸したまえ……イノセンス★フルスタ!」
貴子が鞭状に結晶化させたアウルの力を使う少し前で、
「ヘリオス★シールド!」
と貴子を守る龍磨。
だがコボルトも負けてはいない。龍磨へとボカボカと棍棒が襲いかかる。
龍磨はちらりと貴子を見た。貴子も頷く。
「愛の輝きをこの大海の剣に宿し、いざ闇を打ち払わん!」
龍磨の手にはヴェパールソード。波打つ紺碧の刃をもった大剣。
「聖なる炎の槍で彼の者の罪を焼き払え!」
貴子の手には槍状に顕現させた炎。
「いくよ、ロータスっ!」
「いくわよ、サンフラワー!」
「「フェニックス★アタックっ!」」
龍磨の銀色の焔と貴子の焔の槍が同時にコボルトへとぶつかった。
「ブルーローズ★グローアーップ!!」
茨のようなつららの刺を纏った氷の棘鞭を顕現させると、ブルームーンはキリッと表情を作る。
「さあ、薔薇と氷の力、お受けなさい!!」
美しい薔薇の装飾の鞭がしなる。
それを補佐するのは王子役の雅だ。徐ろにネクタイを外せば、それは実は蒼海布槍という仕掛け。けれども雅は王子。マントを使ってコボルトの視界を遮り、ブルームーンを守ることが目的だ。
コボルトの棍棒をマントで絡みとるようにして攻撃を受ける雅。
「行かせない……そう言ったはずだよ」
けれども何度も守ることは不可能だ。タキシードが破れれば、どうしたって柔らかな体の線がわかってしまう。隠すために隙だらけになる雅を、ブルームーンはぎょっとして見る。
「ちょっと、大丈夫ですの!?」
「大丈夫……少し、ごめん」
雅は一歩下がると、魔装の姿へ――オーロラのような光を放つ、ティアードタイプのプリンセスラインのドレスへ変身!
けれどもピンチはブルームーンにも。氷の棘鞭が手から消えてしまったのだ。
「くっ、近づく夏の力で冬の力が届かない」
子どもたちが悲鳴を上げる。
「みんなの力が無いと戦えませんわ!! さあ、皆さんも一緒に!!」
雅のヘーラーバンドを巻いた足がすらりとドレスから伸びる。それに合わせてブルームーンの白色の雷の剣が振り下ろされる。
「冬の空の力!! ウィンター★ホワイトストーム!!」
園児たちの声が唱和すると雅とブルームーンの攻撃が合わさった。
「ジュンちゃん、行こう。準備は大丈夫かい?」
レフニーが手を取るは大事な姫である淳紅だ。
「花びらよ、鋭く尖り、我が敵を撃て!」
ナイフの形状を月見草の花びら型に変え、投擲。淳紅を狙うコボルトに対しては
「まだ咲かざる花、硬き蕾よ、身を守りし鎧となれ!」
アウルの鎧を身に纏い、防御力を高め、淳紅を守る。
ぐるりと見渡せばほとんどのコボルトは倒れている。ならばとレフニーは淳紅へと向き直った。
「セイヨウタンポポの姫、貴女の力をお貸し下さい。共に悪を討つ光となりましょう」
「ツキミソウの王子、貴方が自分を求めるのなら、喜んで♪……やで」
見つめ合い、微笑んで。
「月見草、それは月を仰ぐ夜の花」
「タンポポ、それは太陽を仰ぐ昼の花」
「月見草、それは大地に咲く月の花、地上に在りし月!」
「タンポポ、それは大地に咲く光の花、月の訪れを歌う者!」
「闇を照らす光はここに」
「闇を照らす光の傍に」
そして、
「地上の月!」
「愛の唱歌!」
燃え盛る劫火は月見草より赤く。巨大な火球はタンポポのように黄色く。コボルトたちを焼きつくした。
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コボルトをやっつけたラブリー★ドロップに子どもたちは大はしゃぎ。
(皆の幸せは守られた……かな)
焔は藤花と顔を見合わせ、微笑み合う。反対にブルームーンは
(……はぁ、マジで疲れたわ)
そんな中、進み出たのは龍磨。
「ラブリー★ドロップはいつだって戦ってる。次は、僕達も遠くにいるかもしれない」
子どもたちは真剣な目で龍磨を見上げる。
「だから、お化けが出たらすぐに逃げて、撃退士さんを呼んでね?」
「はーい!」
素直に返事をする子どもたちを見守る龍磨。その横で貴子は龍磨をちらりと眺めた。
「いつか私も、ちゃんと着る機会があるのかしらね?」
Aラインのドレスをそっと触って。
それは自分たちが守る、夢のお話。